第51話 ステラの相談
外には内密の話を――ステラの言に、パイロット二人は身構えた。先程のやり取りよりも重そうな話題を前に、コックピット内がキュッと引き締まる。
すると、モニター上にはハワイ決戦における敵の姿と、その中核が現れた。戦闘後、アストライアーが取り込んだ赤い核である。それを見て、真希は思い出したように声を上げた。
「敵の核を回収して、何か技を覚えたりできるんだっけ?」
『はい』
「……ということは、こうして飛べているのも、その核の力で?」
香織が問いかけるも、ステラはすぐに『いいえ』と答えた。
『今回の飛行については、救星軍の技術と、お二人の力によるものです』
「そうでしたか。いえ、それならそれで、今後に期待が持てるというか……」
『ハワイで取り込んだ分については、機体の修復から翼の接続等に集中していたため、手付かずのままでした。飛行面について段取りが見えてきた今が、お話しするにはちょうどいいタイミングかと』
「ん? ちょっと待って。例のクラゲとかも、核はあったように見えたけど、あれは取り込めないの?」
すると、モニターには久里浜での戦闘で、コスモゾアを撃退する場面が映し出された。アストライアーの手刀で、件の核を打ち貫くところである。その光景を「やらかし」と捉え、真希は恥ずかしさと後悔で顔を歪めた。
「ゴメン……もしかして、私が壊しちゃったからダメだったとか?」
『いえ。あれらの核と私が触れ合った時、吸収できる感じがありませんでした。おそらく、あの程度の敵からは得るものがないということでしょう』
「なるほどね」
「つまり、クラゲばかり倒しても、アストライアーが強くなるというわけではないということですね」
『はい、そう思われます。もちろん、実戦経験がお二人の糧になるとは思いますが……』
そう答えたステラは、久里浜の映像を消して、話の流れをハワイでの戦利品に戻した。そこで、真希が問いかける。
「あの核の力を使って、何か新技ってことだよね? ってことは、あの光線を撃てるようになるとか?」
『いえ……申し訳ありませんが、私単体であそこまでの出力は……操作への慣れや、今後の核の回収に次第ではありますが、マクロフォージ相当の砲撃は無理だと思われます』
返答の後、ステラはモニター上に二つの可能性を映し出した。片方は、右の籠手から赤く輝く刃が伸びる図だ。
「これって、ヴァジュラ2回目みたいな?」
『はい。あの時の攻撃は、射撃というよりは斬撃に近いものでした。真希さんの動かし方からすれば、その方が馴染みがあるのではないかと。もちろん、光線として飛ばしても、それなりの威力は見込めるものと思います』
イメージの方では、赤く輝く軌跡を宙に残し、刃を振るうアストライアーの姿が。操る側の感覚としては、武器というよりは手刀の延長に近い。手刀のリーチが伸びて、さらに熱で敵を焼ききれるようになったといったところだ。
新技の動きにしっくりするものを覚えた真希ではあるが、彼女は後部座席に目を向けて意見を求めた。
「先生はどう思う?」
「そうね……射撃なら救星軍の方がやってくださると思うし、あの方々ではできないことを私たちが担当するっていうのはアリだと思う。ただ、そう考えると……」
香織は言葉を詰まらせて、もう片方の可能性へと目を向けた。光熱の刃を振るうアストライアーの横で、もう一つのアストライアーは――明らかに瞬間移動している。
「これは……いわゆる瞬間移動ですか?」
『はい。機体を除く、私の核部分単体であれば、今までも空間転移はできたのですが……』
「今度は頑張って、機体丸ごとって感じ?」
『どこまでやれるか、お二人の負荷と応相談という形になりますが……試みる価値はあるかと』
ステラの言葉に、香織は神妙な表情で考え込んだ後、「そうですね」と応じた。
「最終手段として、こういう逃げ道を用意しておくのは重要だと思いますし……どこかへ急いで駆けつけたい場合も、移動できる距離次第ですが、大いに助かるのではないかと」
「じゃ、先生は瞬間移動に一票?」
「ええ。真希ちゃんは?」
「いつまでも素手ってのは……と思ってたけど、すぐ逃げられるってのは魅力的だし……」
そうして悩む様子を見せた真希。すると、ステラがやや遠慮がちに問いかけた。
『あの……少々、よろしいでしょうか?』
「どーぞ」
『もしかして、どちらか択一だと思われていますか?』
この言葉に、パイロット二人は面食らって同時に「えっ?」と声を上げた。
『いえ、実現するにあたり、順番という物はありますが……両方とも、新技として両立できるものと考えています』
「そ、そっか~、早とちりしちゃった……」
「でも、どっちを先にするか決めないとだし、ね?」
「そうそう」
早合点の二人組は、やや早口で言葉を交わし合った。しかし、そこで香織が、真面目な表情に戻って口を開いた。
「でも、私たちだけでこういうことを決めてしまって、大丈夫でしょうか?」
『吉河博士からは、こういう話題こそ、あなた方へ先に伝えるようにと。特に、操作感覚に関わる話題については。最終的な決定は開発部門と運用部門も交えてのものとなるそうですが、結局はお二人の意向を汲むとのことです。お二人で決めきれなかったり、あまりに不合理なことを言い出したりした時、救星軍として介入する形になるかと』
おそらく、ここまでの実績あってこその、この信頼だろう。この方針に対して真希は、意思決定における責任を感じないでもなかったが……むしろ、道を誤った時には修正してもらえるものと捉えた。
ただ、彼女としては、まだ一つ気になることがあった。
「ステラは、どっちを先にしたい?」
『空間転移の方です』
ノータイムでの返答に、真希は少なからず驚いた。二人に打ち明ける前に、前もって考えていたというのもあるかもしれないが……
「理由とかある?」
『いえ、簡単に逃げられるようにしないと、真希さんがその……』
「……なに?」
『危なっかしいので』
☆
午前中の飛行試験も終わり、アストライアーが甲板に下り立つと、すかさず誘導員が走り出た。昇降機を用い、これから格納庫に収めるためだ。
すると、この環境にすっかり慣れた記者たちが、沈みゆく台座とアストライアーの姿をカメラに収め始めた。格納が済めば、今度はパイロット二人へ軽い質問が。
「飛んでみたご感想は?」
「もうちょっと、思うままに飛べたらって感じですね。今日はまだ、ちょっとヨタヨタしてて……不格好だったと思います」
マイク代わりにペンを向けられ、落ち着いた様子で応答する真希。香織の方も、取材には自然に受け応えできている。
そんな中、真希は記者陣の中に身を潜めるようにして状況を見守っている、ある女性の姿を認めた。
「守屋さ~ん!」
手を振り、朗らかな調子で呼ぶ真希。しかし、精華はややためらいがちな様子を見せた。自然と道を開けた記者たちの間を歩く姿に、あまり元気はない。
呼びかけた側の真希は、どことなく悪いことをしたような気がしてきて、顔を少し曇らせた。
「どうかしましたか?」
すると、ハッとした表情になった精華は、周囲の記者たちに目を向けた後、真希に向き直った。
「少し考え事を。ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ、気付かずに呼んでしまって……」
二人のやり取りで、場の空気はどことなくどんよりとしたものに。それを嫌った真希は、努めて明るい口調で精華に声をかけた。
「普通に飛べるようになったら、一緒に飛べますね」
「……そうですね」
答える精華の態度と口調は、落ち着いたものだ。彼女が見せる穏やかな微笑にも、特に不自然なところはない。
しかし、真希は、どことなく違和感を覚えた。先程の態度がまだ気にかかるのが原因か、今回の受け答えにも、微妙な間があったように感じられる。
とはいえ……些細な違和感に囚われて変な目を向けたのでは、さすがに精華に申し訳ない。それに、記者が周囲にいる手前、自分の方から妙な態度を取るわけにもいかない。
思い直して軽い取材に戻った真希は、単なる思い過ごしだと割り切ることにした。




