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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第49話 守屋家

 記者陣を交えてのジョギングと質疑応答、その後にクールダウンからヨガ等々……専門トレーナーを加えてのプログラムをこなして2時間強が経過すると、記者たちと取材対象は、すっかり打ち解けた雰囲気になった。

 今回の体力づくりは、概ね香織のために実施されたと言っていい。今後も彼女は継続的に取り組むことが望まれるのだが、初回が終わった今、彼女は疲労感の中に浸りながらも心地よさそうではある。

 一連の運動が終わった今、一行は円座になってくつろいでいるところだ。いつの間にやら用意されていた、よく冷えたスポドリを各自片手に、ちょっとした歓談を楽しむ流れに。

 と、そこで、真希は記者たちに向かって尋ねた。「私の方から、ちょっと聞きたいことが」と声を掛けられ、一瞬真顔になる記者たち。ただ、彼らはすぐに、真希へと親しげな顔を向けてうなずいた。


「えっと、守屋家について、お話をうかがいたくて」

「守屋家というと、あの?」

「はい。自分で調べれば済む話だとは思いますけど、政治や経済に強い方から見ると、またちょっと違うのかなって……もう色々とお世話になってますし、精華さんのこともあって、詳しく知りたいんです」


 こうまで言われて引き下がれるような記者は、ここにはいなかった。むしろ、問題があるとすれば、これを語るに相応しい者は誰かということである。この場を譲るようでは……というわけだ。

 そこで、各紙の政治経済担当が顔を合わせて集い、結局は入れ代わり立ち代わりで講釈することになった。


 守屋家は、日本有数の大財閥グループだ。その中核に守屋重工がある。戦後の復興期に頭角を現した企業であり――軍需産業において、国際的な地位を持つ企業でもある。救星軍の制式戦力、ヴァリアントの配備も、そうした側面あってのことと目される。

 グループ企業としての特徴は、垂直統合を含む多角経営という一点に尽きる。重工業から始まった一企業は、関連する他業種へと徐々に手を伸ばしていった。

 この企業体質において、特筆すべきは創業者、守屋忠義(ただよし)氏の先見性だ。業界や市場が興る前に種を植えるような慧眼が、多方面で存在感を示すグループとしての原動力となった。撤退した分野もままあるが、グループ会長としてはあまり気にしなかったという。


「本当に、手広くやってらっしゃるんですね……」

「はい、本当に。関連企業を挙げさせるだけで、立派な入社試験になるんじゃないかってジョークもあるぐらいで」

「救星軍と守屋の関係を知ったときは驚いたけど、ありえない話じゃないとも思わされたよな……」


 つぶやくように話す一人の記者に、他の面々もうなずいて賛意を示していった。

 救星軍の装備や設備に関し、「いつの間に、これだけの準備を」という声が上がることは度々ある。しかし、経済に明るい記者たちからすれば、守屋の関与を踏まえると、むしろ「なるほど」と腑に落ちさえするという。


「なんていうか、グループ全体が今に満足しないというか……土台は固めつつ、次を求める企業風土があって」

「はい」

「それで、傍から見ると『何に使うの?』って感じの準備とか投資が、守屋ではしょっちゅうあって。ただ、すぐに収益化されないとしても、何かまたどこかで芽を出すかもみたいな……株主の多くも、守屋にはそういう認識があって、とやかく言わないんですよ。そういう認識に隠れて、今まで仕込んできたのかも」


 つまり……「また何かやってる」という認識が常態化しているおかげで、救星軍への多様な支援が、明るみにならなかったという指摘だ。もちろん、情報工作はそれだけではないだろうが、無視できない一要素ではある。


 守屋という財閥がどういうところか、ある程度聞き取ることができた真希だが、そこで彼女はややためらう様子を見せた。そうした態度が記者の方にも伝わったのか、一人の記者が彼女に問いかける。


「他にも、何か?」

「えっと……精華さんのお父さんって、どんな方なのか……」


 すると、記者たちは互いに顔を見合わせた。

 つい数日前、精華が立った記者会見において、彼女の父親について話題に上がっている。父は若い頃に傭兵業を営んでいたと。そのことを真希も耳にしており――それについて触れているのだと考えるのは、ごく当然の成り行きである。

 そこで、記者の一人が「タイム」と言って手を挙げた。真希がそれを認めると、記者たちは顔を突き合わせて話し始めた。程なくして、先ほどとは別の記者が声をあげる。


「精華さんのお父さんの孝介氏には、一度インタビューさせていただいたことがあるので、私から話すのが適切かと」

「お願いします」


 真希は姿勢を正し、深々と頭を下げた。横の香織も、合わせるように慌てて頭を下げた。すると、この場を任された記者は、「大したことは話せないかもしれませんが」と前置き。それから、守屋孝介について話していった。

 彼がまず話したのは、ネットで調べる程度でもすぐに行き当たる情報――つまり、広く知れ渡っていて、今更言及するのに差し障りのない所だ。

 グループ創業者である忠義氏は、現在ではグループの会長を務めている。一方、彼の一人息子である孝介氏は、名義上では守屋宇宙開発の取締役だが……あまり表舞台に立つ人物ではない。同社の代表取締役兼社長は、守屋家とはまた別の人間が務めており、一族からすれば社を任せているといった格好だ。


「では、守屋孝介さんは、会社で何を?」

「社に席はあるんですが、もっぱら世界中を飛び回っていて、テレビ会議ばっかりだって仰ってましたね」

「世界中に用事が?」

「そういう面も、なくはないそうですが……本人が仰るには、旅行が趣味だと。もっとも、色々とはぐらかされていた印象です。忠義氏の代理として動き回り、各所と顔をつないでいるのか、あるいはヘッドハンティングに奔走しているんじゃないかと解釈しています」


 それから、話はいよいよ本題に入った。つまり、孝介氏が傭兵をやっていたことについてだ。彼に直接インタビューしたことがあるという記者は、その時を思い出すように目を閉じ、言った。


「傭兵になった理由についてなんですが、言葉にすると、驚くほどシンプルでした。『ウチの商品を、誰にうってるのか、それを知りたかった』と」


 その、“うってる“という言葉を耳にし、取り得る漢字に迷っている自分に気づいた真希は、一瞬頭が真っ白になった。どちらかだけを知るためだけに動いていた可能性はある。しかし、結局は単なる伝聞でしかないながらも、銃を挟んでの両サイドに目を向けていたのが自然だと、真希は直感した。

 それからも、記者は過去を懐かしむように、しかし、どこか寂しそうに続けた。


「社に顔をあまり出さない理由を、旅行とかはぐらかす程度には、面白い方だったんですが……傭兵業について話されたときは、真剣そのものでしたね。それだけ、ご家業についてシビアにお考えのようでした」

「そうですか……ありがとうございます」

「いえいえ。精華さんには聞きづらいでしょうしね。そもそも、あまりご存知でなさそうな様子でしたが」

「はい」


 会見の場ということで、話が脇道にそれたり、あるいは父への印象を考慮したり……といった可能性が考えられなくはない。しかし、父の過去に関し、精華は本当に詳しくは聞かされてないように、真希は感じていた。

 会話が途切れ、場が急にしんみりしたものに。すると、香織が感嘆した口調で言った。


「精華さん、大変ですよね……本土へ戻ってますけど、きっと色々と用事があるんだろなって」

「でしょうね。案外、旅行を楽しんでるかもしれませんが」

「むしろ、そうあってくれた方が、ちょっと安心だったり……」


 香織の言にちょっとした笑い声が上がり、湿気った空気が少し明るくなっていく。その後、話の矛先が真希へと向いた。記者の一人から、彼女へと質問が。


「そういえば、下関のフグはどうなりました?」

「あ~、そんな話ありましたね。結局、ハワイの後に無理くり時間作って、連れて行ってもらいました」

「美味しかったです」


 笑顔で答える香織。彼女に続き、真希も顔を見合わせて朗らかに笑った。



 真希たちがエクササイズに励んでいたのとほぼ同時刻。都内のオープンカフェにて。街全体が垢抜けた雰囲気のある中、そのカフェも利用客も、相応に小洒落た印象を見る者に抱かせる。

 盛況というほどでもない落ち着いた店の中、精華は待ち合わせの相手を探し出し、テーブルに同席した。まずは挨拶を、穏やかな微笑を浮かべて。


「お久しぶりね、一条さん」

「あ、お、お久しぶり、です」


 相手の女性は精華と同世代だが、かなりしどろもどろといった風である。彼女は紅茶を軽く含んで一息ついてから、どうにか落ち着いた口調で言った。


「最初、全然わからなくて、びっくりしてしまって……」

「ええ。小学3年の時以来ですもの」

「いえ、そうではなくて……今の服装が、予想外で」


 そう言われて精華は、自分の服が意表を突くものだったと認識した。その一方、お忍びということで、確かな手応えの感覚も。

 今の彼女は、パーカーに伊達メガネ、それとジーパン。彼女自身、そこまで特徴的な体型ではないおかげで、だいぶ中性的に見てもらえる状態だ。少なくとも、他人の目を引くような要素はない。それに、一般人向けにはスーツ姿が印象深いおかげで、すぐに見破られる恐れもない。

 そんな彼女の心配事は、久しぶりにあったお相手のリアクションだ。言葉の端にそれと匂わせるものがあれば、周囲に感づかれかねない。

 もっとも、生まれ育ちと教育のおかげか、そういうボロを出さない相手のようだ。言葉を選んでいるその様子に、精華は期待が裏切られない安心を覚えた。会話が途絶えてから少しして、一条が口を開く。


「ごめんなさい。わざわざ時間まで作っていただいて……」

「いえ、たまたまこちらに用事があって、ちょうど良かったもので。それに、声をかけてもらえて、本当に嬉しかったから」

「……嬉しかった?」

「だって、職場を通じてまでつないでくださったもの」


 そう言ってから嬉しそうに含み笑いを漏らした精華は、アイスコーヒーを軽くあおった。しかし、目の前の相手がうつむき加減になり、体を震わせ始める。それが視界に入った彼女は、思わずむせかけた。


「あの、私、何か悪いことを?」

「そんな……あの時、私の方が、本当に悪いことを」

「……私の方は気にしていません。あなたの方が、きっと正しかったと思っています。むしろ、転校なんてしてしまったばかりに、あなたのことを傷つけたのではないかって……でも、確かめる勇気もなくて」


 そこまで言った精華は、急に何かに気づいた顔になり、周囲へ視線を向けて様子を探った。

 どうやら、彼女らの周りの客は、このテーブルにそれとなく感心を寄せている雰囲気である。小耳についた断片的な情報から、何か修羅場的な話になっているのではないか……と。

 そこで彼女は、テーブルの上で組んだ一条の手をつついて言った。


「ほら、あなたがそういう感じだと、変に注目を浴びてしまって……どうしましょう?」

「ご、ごめんなさい」

「では……そうですね、諸々について許しましょう。その代わり、もう引きずらないでね。よろしい?」


 すると、一条は目元を指で軽く拭い、「はい」と確かな声で答えた。それと同時に、周囲からの注目が一気に引いていき、空気の弛緩が解けていく感じも。「やれやれ」とばかりに鼻で笑った精華は、微笑を浮かべて一条に向けた。

 それから、二人はしばしの間、互いの近況について言葉を交わしていった。もっとも、互いの話題は大学生活に関するものであり、精華の口から世間を騒がしている事項が漏れることはまったくないが。


 そうして和やかに語らい、互いの飲み物も尽きかけてきたところで、精華は一言「ごめんなさいね」と断ってからシステム手帳を広げた。ブランド物ではなく、街の文具屋で気軽に買えそうな代物である。手帳を眺める彼女に、一条はおずおずとした態度で尋ねた。


「やはり、相当忙しいのでは……?」

「時間には余裕を持ってアポを入れていますから、ご心配なく。ただ、次の用事まで時間がありますし……それまで、適当に付き合ってもらえたらと」

「私が、ですか?」

「いやならいいですけど……一人でブラブラします」


 すると、一条は抑えていた感情がやや漏れ出たのか、不意に身振りで想いを表明した。首を横に振って、少し慌てたような口調で一言。


「私で良ければ」

「……ありがとう。じゃ、行きましょうか」

「はい」


 すっかり打ち解けた様子の相手を目にして、精華は嬉しそうに微笑み、残ったアイスコーヒーをのどに流し込んだ。

 それから、彼女はホッと一息をついて、手帳に一つ丸をつけた。

(一条さんのことは心配事だったけど、結局はうまくいったから……後も、きっと大丈夫)

 残るご挨拶予定は3箇所。真希が通う学校、町田家、そして高原家である。


――ハワイでの戦闘準備から新戦力お披露目にかけての多忙に加え、組織としての情報戦略上、不用意な接触は避けざるを得なかった彼女にとって、この3箇所への訪問は初めてである。

 彼女の中に、負い目や引け目のようなものは、実のところ確かにある。とても民間人とは言い切れない出自の精華からすれば、巻き込まれたという経緯ながらも戦う道を選んだあの二人と、それを認めた周囲の人間に対しては、言語化して割り切ることのできない感情がある。

 しかしながら、そういった後ろめたさを感じる一方で、向き合ってみたい気持ちも彼女は自覚していた。真希と香織が、いかなる環境で育ったのか、どういうものを背負って事に臨んでいるのか。知りたく思い、そして、知らねばならないとも。

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