第47話 凧揚げ
会見翌日午前10時。救星軍日本支部、甲板上にて。
救星軍戦力と連携を取るとなると、アストライアーの飛行能力も不可欠となってくる。出動のたびに、ちょうどいい足場を用意するわけにもいかない。
そこで、アストライアーの左腕が直ったということもあり、これからは飛行能力を獲得させていく運びとなった。今日は、その段階的な試みの、1段目である。
コックピット内では、真希が右手の感覚に注意を傾けつつ、モニターをじっと見つめている。そこに映っているのは、距離を隔てても見える程度に太さがあるケーブルと、それにつながれて宙に浮く白い機械の翼。ケーブルを握るのはアストライアーであり、一見すると凧揚げである。
しかし、風の力で凧を揚げるのではなく、ケーブルを伝って供給した電力で、翼を浮上させている。また、真希の思考はステラによって”機械語”に翻訳され、電力とともに翼へ伝えられている。浮かせようと念じつつ、実際の動きを思い浮かべることで、それに翼が応えるという寸法だ。
この凧揚げは、アストライアーと飛行パーツの親和性を確認する以外に、パイロットに感覚を掴ませる意味合いもある。機体に力を込める分を含め、操作全般は一人ずつ行い、まずは真希。次いで香織となる。
コックピットモニターには、ゲーセンのダンスゲームよろしく、矢印が上から落ちてくる。落下速度は、だいぶ配慮されたものだが。それら矢印は、モニター中段より少し下に表示された線に触れると消失する。このタイミングに合わせ、消えゆく矢印が指し示す方向へと、翼を動かしていくというわけである。上上下下左右左右……基本四方向に混ざり、いきなり斜め矢印。
「ちょっと一、聞いてないですよ」
『4つだけとは言ってないぞ~』
真希が軽い調子で不平を漏らすと、外で観察する開発主任、吉河博士が同じく軽い口調で応じた。博士の他には研究開発チームの面々、世話役の春樹、それに記者陣が今回の取り組みを見守っている。
今のところ、翼の操作に支障はない。操作指示が遅いというのもある。それに……
(みんなに結構、やらされたっけ)
休日、友人たちと連れ立って遊びに行った折、ゲーセンに立ち寄れば、ほぼ確実に真希がダンスゲームをやる流れになっていた。あまりゲームをやらない彼女だが、こういう体を動かす系のゲームはめっぽう強く、面白がる級友の軍資金で技を披露してきたというわけだ。
なのでまぁ、苦戦する要素はなかった。
「もーちょっと、速くてもいいですよ」
『ハハハ、頼もしいね。じゃ、重いのは?』
吉河は楽しそうに口にした後、少し真面目な口調で指示を出した。
『少しずつ重りを増やしていこう。重力と戦う感覚を身につけるんだ。キビキビやるのは、その後でいいかな』
「わかりました」
『その前にまず、うまく着地させるところからか』
吉河の指示に従い、真希は翼をゆっくりと下ろしていった。
甲板上にはダンパー付きの台座が2つある。これらに翼を架け渡す形で置くよう、真希は操作していき、無事に翼が所定の位置へと戻った。コックピット内には、外の面々からの拍手が響く。
「大袈裟ですって~」
『いやいや、大したもんだ。ところで……高原さんは、褒めると伸びる子かな?』
「うーん……放っといても伸びますよ、たぶん」
『じゃあ、好き勝手褒めるとしよう。町田さんは?』
微笑ましい感じで聞いていた香織は、予想外の流れ弾に少し狼狽した。
「私は、そうですね……穏やかに接してもらえると、助かります」
『そうですか。いやしかし、私は自分のノリでしか生きていけない人間でね。穏やかというのは、ちょっと……』「質問の意味なくない?」
真希がツッコミを入れると、外も中も笑い声に包まれた。
重りを付ける作業は、それなりに時間がかかるようだ。ちょっとした待機時間は、慣れない作業に取り組む真希にとっては、ちょうどいいものとなった。外との会話が途切れたところで、真希は軽く一息ついた。
と、その時、香織がステラに尋ねた。
「ステラさん。あの翼を付けて飛べるようにするってことだと思いますが、そもそも翼を付けられるんですか?」
『付けられるようにしていきます』
ステラは返事の後、少し暗くしたモニター上に、ワイヤーフレームのモデルを描写した。アストライアーと翼だ。これら二つの接合予定部が拡大表示される。
『図面は覚えましたので、後は私の自己認識を調整するだけです。何度か試行錯誤が必要になるでしょうが……お二人の訓練とはまた別の時間に施行すれば、ちょうどよいのではないかと』
「もらった図面に合わせて、自分自身を作り変えるみたいな?」
『はい』
事も無げに応じるステラに、香織は少し面食らった。会話を聞いている真希も、なんとも言えない表情を浮かべ、機体の左腕を軽く動かしてみせた。やや薄暗くなったモニターの向こうに、左腕が入り込む。大破したはずの左腕が。
しばしの間、神妙な顔で機体の手を見つめ、指先を軽く宙に遊ばせた真希は、つぶやくように言った。
「左腕の調子は?」
『特に問題はありませんが……真希さんには、何か違和感が?』
「そういうわけじゃないけど。ただ、ちょっと確認したくて。それで、翼を付けられるように作り直したとして、違和感覚えたりするかな?」
『私としては、特に。調整しながらのことですので。ただ、感覚で操作するお二人の方が、違和感は深刻かと思います』
「そりゃーね。でも、飛べたら飛べたで、結構気持ちいいかも」
「ふふ。頑張りましょうね、真希ちゃん」
そんな緩い歓談の後、重りの準備が整った。ロープに数珠状の水袋が連なっており、これの数で重量を調整させていくというわけだ。
『とりあえずはこんなところか。では、どうぞ』
「はい」
先ほどよりも負荷のある作業を前に、真希は少し伸びをした。軽く気合を入れ直し、腕に力を込めて外に伝えるイメージを。
そして……翼がゆっくりと、台座を離れていった。吊るされたのはたかだか水ではあるが、翼を離陸させるだけで、真希の腕には外から伝わってくる負荷感が。
ただ、先ほどよりも重みがあるのは確かだが、中々絶妙な塩梅ではある。違いが判り、多少の挑戦を求められる程度には重いが、諦めや拒絶が呼び起こされるには程遠い。
少しして、重りつき付きの翼を浮遊させるのに慣れた真希は、矢印の操作も難なくこなした。それから、翼をまた下ろして追加の重りをつなぎ、また空へ。浮かせるのに慣れたら、今度は操作へ。
――そうして1時間ほど。少し息が上がってきた真希が台座に翼を安置させると、外から拍手の音が。
『いやあ、お見事。大したもんだね。今引き上げた重量は、実はアストライアーよりも重いんだ』
「えっ?」
『ヴァジュラを使った時のことを考えれば、十分なポテンシャルはあると思っていたが……期待通りだね』
吉河の言をたどれば、アストライアーに翼を装着するだけで、もう空を飛べるということになる。しかし……
「浮くだけで、割と手一杯ですけど……」
『単に慣れてないだけとも思うね。それに、今回浮かせたのは高原さんの力単体で、町田さんはそのままだろう?』
「ああ、そういえばそうですね。今回は一人で頑張ってるんでした」
『二人で動かせば、他の行動もどうにかこなせるとは思う。ただ、単独でも飛べるようにした方が、色々と安心だね。いわゆる飛行機だって、パイロットは二人だろう?』
「それとこれとは、ちょっと違う気がしないでもないけど……」
真希の疑問をつぶやいたところ、たとえの適切さを、外の観衆たちも論じ始めた。
とはいえ、一人でも動かせる――いや、逃げられるようにする重要性は、真希も認めるところである。もちろん、そういう事態に追い込まれないように努めるべきではあるが。
少しして観衆がまた静かになってきたところで、吉河は次の指示を出した。
『じゃ、次は町田さんの番だね』
「は、はい!」
緊張と不安入り混じる表情の香織は、疲れつつも達成感のある真希に微笑みを向けられ、少し気弱ながらも笑顔を返した。
☆
12時ごろ。香織の分の訓練も終わり、二人はアストライアーから外に出た。その後、機体が光と化し、ステラが真希の元へ。
大方の予想に反し、香織も中々のものであった。特に、翼を操作する面においては。吉河のアイデアでゲーム性を持たせたのが良かったようだ。というのも、兄と弟を持つ香織は、家族で良くゲームをやっていたからだ。
重量物を持ち上げる訓練においても、彼女は及第点といっていい結果を示した。アストライアーよりも若干重い程度の負荷にも耐え、翼を矢印通りに動かしてみせた。
そんな彼女だが、目に見えて真希に劣る部分もある――スタミナだ。
「先生、大丈夫?」
「……ちょっと、キツい、かも」
年上だから、教育者だから……そんな強がりをする余裕もなく、香織は素直に窮状を認めた。今の香織は、訓練直後の真希よりも明らかにグロッキーだ。
息も絶え絶えの彼女は、あらかじめ用意してあったパイプ椅子に腰かけた。傍らでは春樹が日傘をさす。しばらくは、このまま休む必要がありそうだ。
と、そこへ、一連の事態を見守っていた記者陣が、どこか遠慮がちな様子で真希を控えめに取り囲んでいった。緊張した表情の真希は、春樹に視線を送ってみたが、彼は困ったように微笑んで返した。
「彼らも仕事ですし、答えられる範囲で答えてみては?」」
もっともな話だ。しかし、やんわりと軽く突き放すような物言いに相まって、記者たちを前に折り目正しくなった春樹に、真希は仕方ないと思いつつも、よそよそしく感じてしまった。
(ま、私もオトナだし、メンドクサイことは言いませんけどね)……などと心の中でボヤキつつ、記者陣に向き直った真希。
しかし、双方ともに緊張した面持ちのまま固まっている。記者陣は記者陣で、互いにけん制し合っているようにも映る。下手をすれば島――ではなく、本州へ流されるところだ。
こうして数秒間、無言のにらみ合いが続いたところ、輪の外から声が。
「今の心境は?」
声の主に振り向いた真希は、香織に日傘をさす青年に向け、微妙な表情を作った。
「外でやることじゃないね」
場の流れというものもあるだろうが、このまま外で立ち話というのも――である。緊張に固まっていた記者たちは、互いに顔を見合わせた後、力なく苦笑いを始めた。




