表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
47/71

第45話 記者会見②

 新戦力の名称を発表したことで、会見はとりあえず一つの区切りを迎えた。懸念すべき事項がないことはないものの、明らかになっている成果は華々しい。拍手とともに、場の空気がフッと緩む。

 しかし、会見はまだ終わらない。精華が同席する藤森に視線を向けると、真剣な表情の彼が立ち上がり、精華と入れ替わる形に。同時にスクリーンの表示が切り替わり、記者陣がスッと静かになっていく。


「後日、改めて詳細について触れますが、本件に関わる事項ということで、今後の戦略の概要についてお話させていただきます」


 画面に映し出されているのは、地球を中心とする空間で、かなり広域にわたるものだ。そこかしこに見える薄い雲のようなものが”観測済み"のAIM、他にも地球近傍に光点が散財している。

 このスクリーン上を図示しながら、藤森は解説を進めていった。


 敵がレーザーを発するのではないか、という推定と並び、ごく早期に救星軍が観測・把握できていた事項がある。敵が電波のやり取りによって、意思疎通を行っているのではないかということだ。

 これは、人工衛星が失踪しやすい宙域、いわば太陽系のバミューダトライアングルに幾度も偵察を飛ばしたことで、確度の高い情報となっている。

 そして、太陽系の外側から徐々に近づく敵群に対し、救星軍は対策を講じてきたという。


「群れからはぐれた小規模な集団については、観測と操作が行き届かない部分もありますが……大規模な群れに関しては、専用の衛星を電波発信源という囮とすることで、ある程度は誘導することに成功しています」


 藤森の言葉とともに、スクリーン上では敵群が進攻する模式図が展開された。うっすらとした雲が天文学的な距離を進んで地球へと近づいてくる中、道中の横手に存在する光点から、黄色い波紋が広がっていく。その波紋が群れに触れると、群れは波紋の発信源に惹かれるように進行方向を変えた。

 これが、衛星を用いた誘導法だ。


「これは、かなり極端にわかりやすくした図です。実際には、まっすぐ進ませるのをジグザグに進ませる程度で、これ単体ではそれなりの遅延効果です。しかし……」


 藤森が言葉を切ると、画面上の視点がかなり引いて、地球と火星の公転が収まるほどになった。


「十数年規模での計画で、衛星による誘導を用いて火星の公転に敵群をかすめさせ、火星の重力でいくらか減速させることに成功しています。今、こうして迎撃態勢を整えるまでの時を、どうにか確保した形です」


 あまりに遠大な計画を打ち明けられ、記者陣は呆然としているようだ。会場の様子を見る真希、香織も同様に、事のスケールの大きさに圧倒されている。

 真希が周囲の様子をうかがってみると、救星軍の内部においても、この件を知らない者が中々いるように見て取れた。春樹はすでに知っていたようで、落ち着いた様子を保っているが。

 会見の側では、ざわめきが静まり返るのを待って、藤森が話を続けていく。


「敵を後退させる試みについては、全て失敗しています。すでに地球近傍へと敵が取りついた今、人為的に敵を遠ざけるのは不可能というのが、当方の見解です。ですが、衛星での誘導法は時間稼ぎ以外にも用途があり、それが今後の軸となるものです」


 画面は地球周辺の図に切り替わり、地球をにらむように分布する薄い雲と、黄色い光点が散在している。

 そうした光点の一つから、雲へ向けて光が伸びていった。かなり絞った扇型のものだ。それが薄い雲の端をかすめるように当たると、光を照射された群れの切れ端が黄色い扇の道をたどるように動き、元の集団から離れていく。

 こうして分裂した小集団に、今度はまた別の光点が光を浴びせつけ、次第に群れが細切れになっていく。「かなり単純化した、理想的なモデルですが」と前置きし、藤森は今後の戦略について解説を始めた。


「これからの衛星誘導においては、群全体の進行遅延に並行する形で、群れの分割も推進していきます。現在表示されている黄色い光点は、指向性のある電波を照射する誘導用衛星です。こうした誘導法については、すでに実証済みで、実際の敵にも効果が認められています」


 と、そこで、一人の記者が手を挙げた。さして表情を変えるでもなく、藤森は彼に「どうそ」と発言を促した。


「群れを細切れにするという考えは理解できましたが、一か所に固まっているからこそ、管理がしやすいという側面もあるのでは? いえ、あまり密集していても、処理には困るでしょうが……」

「仰る意味はよく分かります。衛星誘導のコストやリスクを踏まえれば、敵の群れを増やすことそれ自体は、下策といって差し支えないかと。真の目論見は、また別にあります」


 藤森の返答に、会場がややざわつく。だが、それが収まるのにさほどの時間はかからなかった。

 場が完全に静まり返ると、映像が先へと進んでいった。扇状の電波がリレーのようにつながり、群れが分断されつつも、徐々に地球へと近づいていく。

 そして、その最後の道が――地球の側から示された。青い星から伸びる黄色い道に乗って、小さな群れが降下していく。

「誘い込んで迎撃します」と藤森は言ったが、記者陣は呆気に取られて完全に沈黙している。「わざわざ呼び寄せるなんて」と考えるのが普通だろう。


 しかし、そうもいかない事情がある。他の天文系諸機関を交えた秘密裏の観測により、衛星誘導の実効性は認められているが、この仕組みは決して盤石ではない。

 というのも、宇宙空間という人の手を遠く離れた場所で、主役である衛星を活動させる都合上、不具合への対処が困難だからだ。加えて、敵誘導の結果によっては、衛星を使い捨てる羽目になるかもしれない。また、誘導のために衛星を動かそうにも推進剤は有限で、誘導路を設計する上での制約となる。

 化け物を天文学的な規模でジャグリングするというのは、文字通りの離れ業である。いつまでも続けられるものではなく、だからこそ、敵の勢力を計画的に削っていく必要がある。人類に、その力があるうちに。


「いずれ交戦することになるのは避けられません。であれば、可能な限り有利な条件を整えるべきです。宇宙空間に出向くのは困難ですので、迎撃は地球の洋上。敵は極力分割した小規模な群れを。これが、今後の対AIM戦略の骨子です」


 藤森が一息つくと、手が何本か上がった。ただ、彼は落ち着き払って、記者たちに尋ねた。


「どの海に落とすかが、一番の懸案事項ではないでしょうか?」


 この言葉に、上がった手がするすると下りていく。聞きたかったことが藤森の口から語られる、そう判断したのだろう。

 すると、画面が再び切り替わった。映し出されたのは世界地図で、海に鮮やかな黄緑色のラインが惹かれ、いくつかのブロックに分割されていく。


「大洋の内、救星軍では東太平洋・北太平洋・南太平洋・北大西洋・南大西洋・インド洋・南極海・北極海の8つに、それぞれ支部を置きます。各支部に配された戦力で、担当エリアの敵を迎撃する構えです。ですが……」


 藤森が言葉を切ると、場が急に重苦しいムードになった。そして、彼が続けていく言葉は、会見を目にする大勢が思い描いたこと――を、だいぶオブラートに包んだものである。


「敵群をある程度は人為的にコントロールするという都合上、どの海にどれだけ誘うかは、様々な意図・思惑が介在しうるものとなるでしょう」


 誰かが始末してくれるのなら、自分のところにおびき寄せたくはない。少なくとも、一般市民はそう考えることだろう。民意を反映すべき立場にある政治家も。

 だが、このような他力本願は、むしろ穏健な考えとさえ言える。AIM(共通の敵)が新たに降って湧いたとはいえ、それで直ちに国際社会の軋轢が解消されたわけではない。任意の場所に敵を落とし得るこの仕組みは、使い方次第では、新たな緊張関係をもたらしかねない両刃の剣だ。

 そして、この程度の懸案について、救星軍は当然のように頭を悩ましてきたわけである。加えて言えば、覚悟を決めた上で、この場を設けたのだ。あまりにも重い話題に対し、藤森は決然と言い放つ。


「担当海域の面積、保有戦力とそのコンディション等、多角的な観点から各海域への誘導量を算定します。また、誘導する敵の想定規模、実際の降下量、各部隊による撃墜数、そして犠牲者――これらの情報は全て公表する考えです。国際社会と民の意向を踏まえつつ、我々は公明正大かつ合理的に、全人類の生き残りを図ってまいります。どうか、ご理解を」


 そう言って頭を下げる藤森に合わせ、同席する面々も深く頭を下げた。毅然とした彼らの態度は、鬼気迫る決意すら感じさせる。

 これに対して記者陣は、ただ黙して受け入れることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ