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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第44話 記者会見①

 実地試験の結果は上々。目覚ましい成果に揚々とする救星軍だが、盛り上がってばかりもいられない事情がある。拠点への帰還を果たしたばかりの精華は、場の一同に向けて礼をした後、どこかへそそくさと立ち去っていった。主役の片割れが去ったことで、場は自然とお開きムードに。

 そこへ、試験機の周りを囲うように、誘導員らしき職員が現れた。赤く光る指示灯を片手に掲げ、取り囲む一行を試験機から遠ざけていく。

 程なくして、甲板上にかすかな振動が伝わり、低い駆動音とともに、試験機が乗る区画が下へと沈んでいった。かなり大規模な昇降機といったところだ。研究開発設備があるということで、こういった装置も、あってしかるべきではある。

 だが、事のスケールがいちいち大きいために、真希はずっと驚かされっぱなしであった。一方、周囲にいる大人たち、特に男性陣のいくらかは、大きな昇降機を少年のような目で見つめていたが。


 やがて、甲板上に見るべきものがなくなると、今度こそ本当に解散となった。照り返しの強い甲板上を歩き、今いる棟の上から、居住系の棟へと足を向ける一行。

 ただ、この後もまだまだ何かがあるようだ。春樹は真希と香織の二人に、小走りで先へ向かうように促した。


「何かあるの?」

「記者会見があってね。君らが出るわけじゃないけど」

「もしかして、守屋さんが?」

「ああ」


 足早に居住棟の出入り口へ向かいつつ、真希は精華に対して、感嘆の念を抱いた。

 試験運転において、なんの危なげもなく処理してみせた精華だが、テストにかかっている物の大きさ・重さを考えれば、相当なプレッシャーはあったことだろう。その後すぐに記者会見に移るというのは、成功という手土産を持参していてもなお、大仕事のように思われる。

 重大な戦いも、配信を通じての広報も経験がある真希としては、なおさらにそう感じるのだった。


 居住棟に入り、春樹が案内した先は、ちょっとした大きさの講堂である。中にはすでに関係者が集まっており、講堂前面に配された大スクリーンには、記者会見の会場が映し出されている。

 会見を開く立場の救星軍関係者は、まだ現場入りしていない。一方、報道陣はすでに揃っているようで、記者席は満席となっている。

 同僚たちと軽く言葉を交わす春樹が席に着くと、さっそく彼に香織が尋ねた。


「報道の方々も、こちらに来ていらっしゃるんですね」

「あ、私も気になりました」


 香織の言葉に真希も食いついた。

 周囲の目がある場では、春樹は真希に対して砕けた態度を取らない。それに合わせ、真希も言葉遣いや態度を改めるよう心がけている。彼女としては、最初の内は少しよそよそしさを感じないこともなかったが、今では心に引っかかるものなく振舞えている。

 さて、女性二人の言葉に、春樹は答えた。


「我々にも広報担当の部門はありますが、一方的に情報を流すよりは、民間の方々相手に対話性があった方が好ましいだろうと」

「先ほどの戦闘では、報道陣の方々がご一緒でなかったように思いますが、彼らはずっとこちらに?」

「万一、彼らが巻き込まれた際のリスクを考慮すると、現場付近へはご一緒できないな、と。そこで、中継映像と資料を見ていただいていました」

「なるほど」

「それと、何もこのためだけに呼び出したわけではなく、彼らは今後もこ地らの拠点で取材を継続していきます。特派員というか、番記者というか……」


 それを耳にして、真希は会話に割り込むように言葉を滑り込ませた。


「もしかして、私たちにも取材が?」

「先方は、そう考えていることでしょうが……あまり煩わしくならないよう、目を光らせておきますよ、もちろん」


 春樹がこう言う位なのだから、まず心配はないだろう。それに、今までの報道の在り方を見ても、抜け駆けのように動く報道社はなかった。

(だったら安心かな)と、真希はホッと胸を撫で下ろした。何も、目立ちたくて善行を働いているわけではないのだ。ただ、自分たちの行いを知ってもらいたくはあるが、あまりチヤホヤもてはやされるのも……という、中々難しいことをお考えの、年頃の少女である。

 すると、春樹の同僚たちは待機時間に退屈しているようで、口々にヤジを飛ばした。


「何か、変な虫がつかないようにしているみたいだなァ」

「芸能事務所じゃあるまいし」

「いや、そういう側面がないわけでもないんじゃない?」


 実際、真希と香織の、世間での扱いといったら――相当なものである。功績を思えば無理もないものではあるが、ある種の偶像化が進んでいるといっても過言ではない。

 では、この場の面々はというと、また別種の感情を抱いているようではある。


 そうこうしているうちに、会見の会場で動きが。精華を始めとする、救星軍側の人員が入室した。試作機に関する会見だが、精華はパイロットスーツではなく、普通のスーツを着用している。

 やがて、一行が前方の席に並んだところで、代表として精華が口を開いた。


「ではこれより、救星軍の制式戦力につきまして、実地試験とその結果をご報告させていただきます」


 言葉を結ぶとともに、救星軍一行が一礼。その後、精華以外は着席し、彼女は長机の横へと歩いて行った。会場前方のスクリーン脇に立った彼女は、レーザーポインター片手に解説を始めていく。


 解説内容は、敵の主力と見られるコスモゾアについての救星軍見解と、それをベースにした戦力の開発思想だ。

 まず、救星軍が表舞台に立つ遥か前から、彼らは宇宙に対して目を向けていた。そして、今ではコスモゾアと呼ばれる存在について、かねてからその性質のごく一部分を掴んでいた――つまり、連中がレーザーを放つのではないかということについて。

 そして、地球に近づきつつあるそれらに対処すべく、救星軍は秘密裏に研究開発を続けてきた。


 レーザーに対する防御の要となると考えられるのが、濃い水蒸気による威力減衰だ。これは、久里浜での戦いにおいて、すでに実証されていることでもある。

 そこで、スクリーンには試験機の装甲断面が映し出された。


「装甲の下に、高圧をかけた水管を張り巡らせてあります。これは冷却のための熱交換システムの一部ですが、敵の光線によって装甲表面が溶解した際、損傷個所から水が噴出する作りとなっています。これで、敵の攻撃に対する、一時的な防御となります」


 彼女がそこで一息つくと、記者席から手が何本か上がった。それらを順繰りに指していき、ちょっとした質疑応答の流れに。


「一時的ということは、戦闘を継続するには支障があるということでしょうか」

「はい。彼我の距離も関わる話ですが、損傷個所をそのままに戦う運用は、もとより想定していません」

「それは、冷却機能が損なわれるから、ですか?」

「そういった面もあります。装甲下の水管は、全てが一つにつながっているわけではなく、いくつかのブロックに分かれています。そうした一区画の冷却が損なわれることで、当該の箇所に不具合が生じる可能性があります」

「この防御策の意図するところは、被弾によるある程度の損傷を前提とした上で、大破を防ぐというところでしょうか」

「はい。撃たれた際、パイロットが反応するよりも早く、装甲が自動的に反応して防御膜を張る。これにより、パイロットに思考と離脱の猶予を与えられるのではないかと。加えて、装甲への損傷を軽減することで、長期的な整備性にも貢献するものと考えます」


 淀みなく応対する精華に対し、記者たちはうなずいて感嘆しているようだ。

 スクリーン上には、先ほどの試運転の映像が映し出されている。加えて、試験機の自己診断情報も。これらを見る限りでは、テストパイロットである精華の適切な対応の甲斐もあり、目論見通りの結果を得られている。


 防御面についての話が終わったところで、次はコスモゾアに対する攻撃面に移った。敵への攻撃において考慮すべきは二つ。前述の、自軍機から放たれる水蒸気、及び敵の熱光線である。

 まず、前者により、レーザーによる攻撃は使いどころを選ぶものとなる。そもそも、大気圏内では減衰しやすいということもあって、より効率のいい武装が好ましい。

 一方、誘導兵器の類は望み薄である。というのも、弾頭に積む炸薬の有無に関わらず、推進機構を光線で撃ち抜かれれば、標的に着くまでに爆散するからだ。相当な速さで飛翔するとはいえ、熱光線による迎撃には間に合わない。

 これは、軍事に明るい人間であれば、周知の事実である。人類も、そういったミサイル防衛を考案しているのだから。

 となると、他に有望なのは、単に実弾を飛ばすという昔ながらの攻撃方法である。これを、科学技術の粋で強化すればいい。


「攻撃方法といたしまして、最終的には質量弾の電磁加速を採用いたしました。弾速に対し、敵は反応する兆候が見られず、現時点では期待通りの結果を得られています」


 実際、精華に狙われた敵たちは、なすすべなく空の露と化していった。だが、記者陣の中には、懸念を抱く者もいる。


「先ほどの防御策を加味すると、敵の射程外から攻撃を行うことを意図しているように思われます」

「はい。水蒸気の中でも射撃できることは実験済みですが、それを推奨するものではありません」

「では……かなりの間合いでの撃ち合いになるものと思われますが、正確に狙うのに相当の困難があるのでは?」


 試運転において、精華は百発百申であった。照準合わせに苦慮した感じでもない。しかし、彼女は少しの間、押し黙った。実際以上に長く感じられる沈黙の末……彼女は口を開いた。


「照準を合わせるための補助的な機能がいくつかが、FCS(火気管制システム)に備わっています。ですが、これはあくまで補助的なものであり、狙って撃つ大部分はパイロットの技量にかかっています」

「数撃ちゃ当たる……ともいきませんか?」

「連射可能な設計にする場合、射程は短くなり、本当に“撃ち合い”の戦闘になります。前述の防御システムでは間に合わず、動き続けての回避行動が必須になるでしょう。技術的に不可能ではありませんが、パイロットへのGを考えると、実現には課題があるものと思われます」


 そう言い終えてから、精華は参席する身内にそれとなく視線を向けた。そこに開発主任の吉河博士はいないが、技術部門の人間は当然のように出ていることだろう。その、視線を向けられた者たちは、ただ彼女にうなずいて返した。

 この反応は、精華の発言に誤りがなかったことを示唆している。テストパイロットというものは、技術面に精通しているものであり、それだけ考えれば驚くに当たらないが……年若い彼女が、こういった面に明るいという事実は、会見を見つめる真希の胸中に、どこか切ない感情を呼び起こした。会見に臨む者たちもまた、同じような気持ちを抱いてくれているだろうか――


 質問の切れ目の沈黙で、やや気まずい雰囲気になったが、それをはねのけるように一つの質問が上がった。その声で、真希の中に占めたかすかな暗雲も、どこかへ飛び去っていく。


「ここまでご説明、ありがとうございました。ところで、正式採用される機体とのことですが、名称などは?」

「なければ困りますものね、ご安心を」


 実際、報道側としては、正式名称がなければやりづらいことだろう。やや冗談めかした精華の言葉で、場の空気がほぐれていく。

 だが、彼女が柔らかな表情を引き締めると、場の空気も一緒に粛々としたものに。やがて彼女が口を開くとともに、その名がスクリーンに映し出された。


VALIANT(ヴァリアント)、和名では『勇猛なる者』と言ったところでしょうか」

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