第43話 記念すべき友軍機第1号
6月1日。日本時間10時頃。真希たちを含む救星軍日本支部の一行は、ハワイ作戦時の米空母に、再び世話になっていた。
あの一件以降、この空母は救星軍へ正式に貸与された扱いとなっている。もっとも、艦の運用には米軍の正規兵が必要で、艦を丸ごと出向させたような扱いだ。
艦の現在地は、南鳥島から南方へ370km強。あと数キロほどで、日本の排他的経済水域へ入るという位置である。
そして、この海域にいるのは、空母だけではない。不測の事態に備えるべく、何隻かの艦艇がともに行動している。久里浜での戦闘により、実用性を証明するに至った各種兵装を備えている、まさに宇宙の侵略者と戦うための艦艇だ。
だが、彼らはあくまでピンチヒッターに過ぎない。今日の主役は、また別にいる。その主役がうまく戦えるかどうか。艦橋では関係者一同が固唾を飲んで、その時を待った。
すると、レーダー上に反応が現れた。コスモゾアが4体、何重もの衛星軌道による監視網を通過し、ついにこの空域へと降下してくる。艦橋の端で双眼鏡を覗き込む者もいれば、食い入るようにレーダーやスクリーンを見つめる者も。
そんな中、緊張を隠し切れない様子の真希は、香織や春樹とともに、艦橋内では一際大きいスクリーンの前に立った。そこには、件の試験機のコックピット内映像と、機体視点での映像が並列して映し出されている。
コックピットは半球状だ。アームレストには、いくつもの操作器具が据え付けられている。見るからに複雑そうな操縦系に向き合うテストパイロットは一人。敵の接近を静かに待ち受けているようだ。
その落ち着いた佇まいに安心感を覚える真希だが……向こうの半球上モニターが映し出す海の様子に、彼女は違和感を覚え、口を開いた。
「立川さん」
「何か?」
「あれって、浮いてるの?」
「……みたいだね」
友軍機は間違いなく、空中にある。ただ、コックピットモニターに映る光景とレーダーから、機体は飛び回っていないことがわかる。空中のその場に留まれない戦闘機とは違うようだ。
ではヘリかというと、そういった雰囲気でもない。座席の前方を覆うような半球モニターは、アストライアーのコックピットに近いものがあり――真希の頭の中で、「もしかして」や「まさか」といった言葉が飛び交う。
艦橋のざわつきは、次第に静かになっていく。三次元的に捕捉できるレーダーと表示スクリーンが、敵の接近を示している。太陽を背に、まばらな雲の覆いを超え、ついに視線が通る位置へ。モニター越しにその姿を認めるや否や、静まり返った艦橋は、より一層の緊張に包まれた。
久里浜での戦闘においては、政治面を始めとする諸々の事情から、万全の状態で迎え撃つことはできず、迎撃に出た艦にはいくらか損害が出ている。それに比べれば、今回は前もって備えて迎え撃つ格好ではある。倒すだけなら、何とでもなるだろう。
だが、事の本題はそこではなく、試験機が敵に通用するか否かだ。今後を占う重要な戦闘だけに、一同の緊張ぶりも無理もない。
やがて、降下した敵が試験機とほぼ同高度まで降りたところで、パイロットが行動に移った。アームレスト先端に付けられたスティック状の操縦桿を操り――モニターに現れたのは二本の腕。それぞれが構えるのは、表面の凹凸がほとんどない、平坦な見た目の白いライフルだ。
腕が出てきたことに、真希は目を白黒させた。その可能性をあらかじめ考えはしたものの、実際にそうだと示されると、どうしても困惑してしまう。
(まさか、ヘリに腕が生えてるなんてことは……)
そんなことを思ってしまう彼女の前で、事態はスムーズに進行していく。パイロットは操縦桿を素早く操り、あっという間に狙いを定めた。武器照準に合わせ、モニター上の一部で照準先の拡大表示が滑らかになされている。これが操作性に一役買っているのだろう。
とはいえ、双方の距離は、レーダー上では相当あるように思われる。キロメートルを基本単位とするような距離感の中、操縦桿の細かな動きもミスにつながりかねない。
しかし、パイロットは迷いなく撃った。左右の腕がライフルを構えて2、3秒程度のことである。発射とともに、左右の腕が白い霞に包まれていく。
射撃の早さは、思い切りの良さか、それとも自信から来るものか。いずれにせよ、見る者に気を持たせるでもなく、さっさと放たれた弾丸は、あっという間に彼我の距離を詰め切った。
「2体撃墜しました!」
レーダー管制官が大声で告げると、艦橋は大いに沸き立った。敵は総勢4体。半分倒しただけであり、戦いはまだ続くものの、望外の滑り出しといっていい。
渦巻く歓喜が場を満たす中、喜びよりも安堵を示す者もいる。研究開発部門の者が主であるが、真希も彼ら同様に、興奮の中で安心感のようなものを覚えていた。
(頼っちゃってもいいのかな……)
久里浜での防衛、ハワイでの突撃等、真希だからこそなしえた技というものはあって、彼女自身そういう自負を持っていないわけではない。
だが、クラゲを手早く倒すという点においては、そこまで自信を持てるものではなかった。ミズチで巻き付け、引き寄せて拳で一撃。倒せないこともないが、多対一では苦しいものがある。
そこへ来て、このスマートに敵を倒してのけた友軍機である。泥臭さすらある自分の戦い方に比べれば、いかにも洗練されているし、なにより――アストライアーではない、また別の戦力が味方になってくれる。それが、真希にはとても心強く感じられた。
しかし、胸中を満たす安心感の裏で、彼女は何かいいようのないさざめきを感じてもいた。
心の奥底でうごめく、薄ら寒く暗い何か。それが何であるかを彼女が知る前に、モニターでは動きがあった。射撃時に生じた霞を抜けるように機体が斜め後方へ移動、残る敵へと詰め寄っていく。明らかに空中戦であるが、その動きは驚くほどに滑らかだ。クラゲのように、自在に浮遊しているように思われる。
レーダー上で敵が1体射程に入るや、機体の左腕がモニターから消え、構えているのは右腕だけに。そして、初撃同様にほんのわずかな時間で照準、発射。今度も正確な狙いが敵の核を打ち抜き、再び場が歓声に沸き立つ。
ただ、程なくして雲行きが変わった。場を取り仕切る支部長の藤森が、面々に告げる。
「では、これより被弾試験を行う」
つまり、敵の攻撃を実際に受けてみるというわけだ。実地テストの前に、研究室か何かでそういう試験は行っているのだろうが、真希は急に心配になった。事情に詳しいであろう研究者たちも、これからが本番とばかりに、息を呑んで映像を見つめるばかりだ。
多くの視線を受けながら、画面ではじりじりと戦闘が推移している。彼我の距離が少しずつ詰められ……これまでの観測から予想される敵射程までの距離が、リールのように勢いよく回っていく。
そして、推定射程とほぼ相違のない距離で、敵の攻撃が放たれた。一瞬だけ前方の光点が赤く輝き、それに次いで光線が襲いかかる。
これを受ける機体の側は、どこかにライフルを収めたのか、徒手の左腕で防御する構えだ。果たして、胸元に構えた左前腕部の装甲に――おそらくはパイロットの狙い通り――敵光線が着弾。
すると、被弾した箇所から急激に、白く濃い水蒸気の雲が噴出された。損傷箇所が反応するのと同時に、パイロットも対応を示す。突如として生じた雲を障害物とするように、その場から後方へ機体を動かし、それから回り込むように側方へ。
機体が敵射撃の正面を外れると、敵は攻撃をやめた。これを見る限り、雲それ自体が単独でダミーになるわけではない。
ただ、大きく損壊するまでの、重要な時間は稼いだようだ。それをアピールするように、パイロットは機体の左腕をモニター上に映し出し、軽く動かしてみせた。艦橋のスクリーンに映し出された、試験機の自己診断においても、重大な損傷は出ていない。
この成果を受け、艦橋内は拍手喝采の祭りとなった。敵撃墜時よりも盛り上がっているくらいだ。AIMの主力と思われるコスモゾア相手に、攻防ともに有望視できる結果を得たと考えれば、自然な反応ではある。
そんな歓喜を知ってか知らずか、パイロットは残りの業務を淡々とこなしていく。危なげなく機体を操り、敵への距離を少しずつ詰めていき、射程に捉えるや発射。百発百中の精度に傷をつけること無く、最後の敵も一射で仕留める結果に終わった。
☆
試運転の後、艦橋はちょっとした祝賀ムードになった。そんな興奮冷めやらぬまま、救星軍日本支部の一行は、空母を後にして自分たちの拠点へ。
甲板上に降り立った一行だが、誰一人甲板を降りて中へ入ろうとはしない。ここで試験機の帰還を待つためだ。
今か今かと待ちわびる人の群れの中、一番ソワソワしていると言っていいのは真希である。他の面々に比べて知り得る情報が少ない彼女は、先程の試運転でコックピット内映像と機体からの視点を得ても、機体の全容は未だに知らない。
ただ、周囲の大人たちは、味気のないネタバラシを避けていた。彼女がそれを求めもしなかったということもあるが。全ては、現物を見てのお楽しみである。
やがて、主賓がその姿を表した――ある程度、予想できたことではあるが、人型である。徐々に近づく機体が拠点に十分近づいたところで、真希はその大きさをアストライアーとほぼ同等と見積もった。
機体の色は、白みがかったマットな灰色。流線型基調のアストライアーと比べると、鋭角的でシンプルな見た目のその機体は、それはそれで中々ヒロイックな見た目ではある。そちらと比べると、アストライアーは中性的、あるいは女性的と見えないこともない。
しかし、意匠面のことはさておき……全長15mを超える人型の物体が空を浮遊していることに、真希は驚きを隠せないでいる。一応、背面に飛行用の翼らしきパーツが見えはするものの……それで納得してしまう彼女ではない。
アストライアー自体、人智を超えて不可解な代物ではある。が、こちらも大概だ。人類の科学技術の為せる業だとしても、既知の技術には接続しないものを目の当たりにしているような感覚に、彼女は無意識に体を小さく震わせた。
とはいえ、周囲の開発者たちは、すでに慣れっこのようだ。実物を目の当たりにしても困惑する様子はなく、むしろ誇らしげにしている。さすがに香織は驚いた様子ではあるが、真希ほどではない。自分ばかり浮いているように思われ、彼女は気持ちを切り替えることにした。だいぶ意識して、狼狽を追い出すような形ではあるが。
試験機の実物を目にして大いに驚かされた真希。だが、これだけではなかった。
機体は甲板上に降り立ち、すねで安定して接地する正座のような姿勢を取った。すると、周囲の関係者たちが機体へと小走りになって近づいていく。それに応じ、真希も駆け寄っていった。
一行が機体を遠巻きに囲う形になったところで、機体背面のハッチが開いた。そこから縄梯子的なものが垂らされ、パイロットが降りてくる。白く装飾の少ないパイロットスーツは、全体的にシュッとした見た目だ。
パイロットが甲板に立つと、一陣の潮風が甲板上を走った。つややかな黒いミディアムヘアが風に揺れる。その、なんとも様になる容姿に見覚えがある真希は、予想外の事態にたじろいだ。
機体を離れ、歩いてくる彼女は、インカム等がついたバイザーを取り外して首元にかけた。ああ、間違いない。真希とも面識のある人物が、これまで試験機を自在に操っていた。
その女性が近づくと、関係者たちは自然と動いて、彼女のための道を開けていった。彼女が向かう先は真希である。やがて、真希の前に立った彼女は、白い薄手の手袋を取り、手を差し出した。
「救星軍、日本支部所属、守屋精華です」
「……存じ上げております」
すると、精華は茶目っ気のある微笑みを浮かべて「驚きました?」と問いかけてきた。それに思わず苦笑いし、やや戸惑いつつも、真希は握手に応じた。少し色白で滑らかな手は、しかし、見た目の印象よりもしっかりと力強く、真希の手を握ってくる。
そして、目の前にいるやや年上の女性の笑みに、柔らかだが、どこか嬉々とした気持ちを真希は感じ取った。それに呼応するように、戸惑いっぱなしであった彼女の気持ちも和らいで、朗らかな笑みを浮かんでくる。そんな二人を、周囲から温かな拍手が包み込んだ。




