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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第2章 彼女たちの戦争
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第40話 変わっていく世界と日常

 決死の作戦を前に配信したいという真希の願いと、それを受け入れた救世軍及び関係者の対応は、後の世の流れを大きく左右することとなった。


 ステラによって収録された、突撃時のごく短い動画は、コックピット内視点とアストライアー側視点のいずれも爆発的に視聴された。その勢いと言ったら、「全人類が二度見した」とまで言われるほどである。

 こうしたユーザーの反応に対し、各種動画サイトは一つ対策を取ることとなった。すなわち、救世軍カテゴリーの新設である。というのも、新カテゴリーで隔離しないことには、ランキング等の機能に支障が出る可能性が極めて高いからだ。


 こうして名指しのジャンルができたことは、救世軍にとっても大きな事柄であった。これを機に、救星軍は組織全体として、配信体制を整えることに。

 これまでは「胡散臭いぽっと出の秘密結社」という世評も少なからずあった救世軍だったが、彼らが秘密裏に用意したヴァジュラは、確かに事態の解決に大きく貢献した。加えて、真希の要望に応える形で配信を行ったということもあり、救世軍は世間一般から広く信用を得つつある。

 そういった流れを無駄にしないよう、組織としての透明性と健全性も考慮し、各種配信で情報公開を行っていくというわけだ。


 そんな世の流れの中にあって、渦中の人物である真希もまた、様々な変化にさらされることとなった。自ら引いた引き金による流れ弾ではあるが。

 全世界へ向けて大々的に発信したことで、彼女の素性は隠しきれなくなった。この件に関し、彼女は自身の日常で関わる者たちに、大きな罪悪感を抱いた。

 ただ、真希の身辺に関し、大手報道各社は紳士協定を結んだ。情報源や取材対象は救世軍に絞り、英雄的働きをした一個人や、その周囲に迷惑をかけるようなことはしないと。

 日本政府や国家公安委員会、それに県警・市警等も、彼女の近辺が騒がしくならないようにとの姿勢を示している。特に県警に関しては、OBである圭一郎の個人的な働きかけもあって、通常の公務に障らない程度で私服警官が周囲を警戒する構えだ。

 個人レベルで情報が漏れ出たり、探りを入れたりといった動きまでは、さすがに防ぎきれない。もっとも、世間一般が彼女の味方になっている空気が醸成されていく中、虎穴に入ろうというフリーランサーは少ないだろうが……真希としては、周囲への申し訳無さを感じてしまうところであった。


ハワイでの一件を契機に、大きく潮目を変えた議論もある。

 久里浜での戦闘により、アストライアーと救星軍の存在が明るみになり、次いでパイロットが若い女性二人であると明かされた。その時から、彼女らに戦わせることについて、ネットを含む各種メディア上で広く議論が戦わされることに。

 そして、ネット上の匿名の声が、「我こそは」と名乗ることも少なくなかった。もっとも、それらの名乗りが、どこまで本気かは知れたものではないが。そういった声は、地球規模の危機を前にした現実逃避と捉えられ、不謹慎とすらみなされず軽くあしらわれる扱いであった。

 そんな中で、マクロファージとの戦いを収めた動画が与えたインパクトは、あまりにも強大だ。一連の動画は、彼女らの扱いについての議論を完全に変えた。思うがままに動くが、痛覚もそれなりに伝わるという機体の仕様が、真希の精神力とセンスを明るみにする。

 そして、世間一般は思い至った。「今のパイロットは、成り行き上で乗っている」のではなく、「たまたま相応しい人材を引き当てた」のだと。パイロット交代の議論は、気遣われていた本人の力量によって、ほとんど沈黙する形となった。


 ハワイでの一件を契機に、世の流れが変わりつつある。救世軍を中核に、国際社会も連携の動きを見せている。

 そんな世の流れの中にあって、渦中の人間である真希の実生活も、変化していく最中にあった。



 ハワイでの戦闘から一週間経ったある日のこと。放課後の教室には西日が差し込み、涼やかな風がカーテンを優しく揺らす。

 教室には、真希を含む全員が着席している。教壇に立つ若い担任は、いつになく神妙な雰囲気で静けさを保つ教え子たちを前に、何とも言えない味わいの表情を浮かべた。


「雪でも降るんじゃないかってぐらい静かだなァ」

「こっちの方がやりやすいんじゃねーの?」

「実際にこうなってみると、そうでもないというか……」


 渋い笑みを浮かべて返す担任に、教室のあちこちから含み笑いが漏れる。そうして雰囲気が少し砕けたところで、担任は咳払いした。


「みんなも知っての通り、高原は来週引っ越しをする予定だ」


 少し弛緩した空気がすぐに引き締まる。窓際にいる真希の方へ、級友たちの視線が突き刺さる。そうした空気に居心地の悪いものを覚え、身を縮める真希。すると、担任はやや大きめの声で言った。


「しかし、授業には出てもらう」


 宣言とともに、彼は床に置いた大きな紙袋を教壇に置きなおした。その中へ彼が手を突っ込むと、教室前列に座るお調子者が口でドラムロールを始めた。

 それを受け、担任はノリを合わせ、耳をかじられた例の青いロボットの口調で口を開く。


「テレワークセット~」


 笑い声の渦の中、担任はカバンの中からポイボイと、各種機材を取り出していく。中核であるノートバソコン、延長コード類、ケンジントンロックのワイヤー等々。


「これを高原の机にセットし、リモートで授業に出てもらうというわけだな。これさえあれば、台風の中でも俺の数学を受けられるって寸法よ」

「いらねー」

「台風のときぐらい休めよ」


 次々とツッコミが入る中、彼はノートパソコンを開く。すでにスタンバイ状態だったようで、すぐに表示された画面では、ビデオ会議のアプリが開かれていた。つながる先の設定がないため、表示は真っ黒だが。

 そこで、女子生徒から質問の声が上がる。


「先生。使っていいのは授業中だけですか?」

「お、良い質問だな……」


 彼は腕を組んで真希の方を一瞥(いちべつ)してから、問いかけに答えた。


「これは、授業向けにと用意してもらったんだが……ま、高原と会う分には、授業に限る必要はないだろ」


 担任からの言質を得て、教室は一気に沸き立った。しかし、彼は軽く手を叩いて牽制し、釘を差していく。


「引越し先の都合もあるし、向こうでの人付き合いも重要だ。こっちで髙原を専有ってわけにもいかんだろ。ま、先方と相談して、高原のスケジュールでも組むか」

「マッキー用の時間割みたいな?」

「そんなところだな。とりあえず、他の授業はさておいて、数学の枠だけは確保したい」


 他の授業を差し置いて自身の科目を優先する担任に、教え子たちは笑った。


「まぁた、そーゆーことするー」

「いや、担任だしな。これぐらいは正統な権利だ」

「独占欲が強い数学教師」

「解けなくなったらどうすんの?」


 軽口が飛び交い、教室内がまたも笑いで満ちる。ひとしきり笑いが落ち着くと、質問の声が上がった。


「真希ちゃんの出席日数とか……大丈夫ですよね?」

「とりあえず、期末テストで赤点じゃなきゃOKって流れだ。赤点だったら補習……そのへんはみんなと同じだな。早い話、出席日数はどうしようもないから、高原の場合は考慮しないことになった」

「良かった。じゃ、一緒に進級できるんですね!」

「ま……高原なら赤点とらんだろうし」


 担任からの信頼ある眼差しと、級友たちからの嬉しそうな視線を受け、真希は照れに身を縮めながらもはにかんだ。そんな彼女へ、気の良いお調子者から声がかかる。


「いやしかし、留年を重ねてもらって学校を守ってもらうっつーのは……?」

「ナシ寄りのアリ」

「番長だな、番長」

「おう、シュークリーム買ってこいやコラァ」


 お調子者たちに巻き舌気味で真希が応じ、再び場が笑いに包まれる。

 そんな賑やかしいクラスに、次いでネタが一つ投下された。「先生」という声とともに、男子生徒が一人教壇へ歩いていく。そして彼は、懐から手のひら大の円筒を取り出した。円筒にはUSBケーブルが接続されている。


「つなげればいいのか?」

「はい」


 やや怪訝(けげん)な表情の担任が、その周辺機器をPCにつなげた。その後、男子生徒がエンターキーを押すと、円筒に動きが生じた。高らかに「ピンポーン」と音がなり、円筒の上端部に置かれた丸いボードが起き上がる。

 つまり、クイズ番組で解答権を行使する時に使う、アレである。


「これ、使えませんか。高原さん側の操作に連動させればって」

「さっすがクイ研部長!」

「たまには役に立つ!」

「うっさいわバーカ!」


 ノリの良い連中が(はや)し立て、部長が笑って応じる中、使われる側の教師は顔を引きつらせて苦笑い。ただ、すぐに否定しようというのではなく、彼は少し考え込んで言った。


「画面の中で手を挙げられても、分かりづらいってのはあるかもな。この『ピンポーン』無しなら、案外まともなアイデアだと思うが」

「いや、この『ピンポーン』が肝でしょ」

「そりゃそうだが……」


 教師としては、音を出されるとやりづらい一方、こういうジョークもありではないかと彼は考えているようだ。しばし悩む様子を見せた彼は、最終的に結論を保留した。とりあえず、(くだん)の機器は預かり、一度試してみることに。


 そうして一通り、テレ授業の連絡が済んだ後、真希へ質問が投げかけられた。


「高原さんの引っ越し先って、どこ? っていうか、聞いてもいい?」

「えーっと……」

「言いづらそう」

「一応、東京都」

「だったら、普通に会いに行けるじゃん!」


 女子生徒を中心に、教室内が盛り上がる。ただ、中心人物である真希はというと、急な盛り上がりを前に、少し戸惑いと狼狽(ろうばい)が入り交じる態度を取った。


「会うってのは、ちょっと……」

「あー、そっか……」

「いや、なんていうか、物理的に厳しいっていうか」


 少し暗い雰囲気になった級友に、しどろもどろな真希が答えると、彼女の言葉に今度は級友たちが困惑を見せた。「物理的に……始末される?」などと、物騒な発言も飛び出る。

 すると、真希の発言からほどなくして、クイ研部長が口を開いた。


「南鳥島だの沖ノ鳥島だの、あの辺りに住むってオチだったりして」


 この発言に、誰よりも真希が驚きを示し……彼女は口を閉ざしてうなずいた。


「さっすがクイ研部長!」

「たまには役に立つ!」

「うっさいわバーカ!」

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