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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第1章 星の乙女が舞い降りて
37/71

第37話 決行の時

 救星軍による配信は、結局、できるところまで続けることとなった。現地時刻18時56分。全作業の完了を受け、甲板へ上がる真希と春樹の二人の後ろに、撮影兼実況解説役の精華がハンディカム片手に続く。

 黒い雨を降らせる雲は、未だ空母の上に留まったままだ。煤塵交じる雨が降り続く中、沈みゆく西日が空を茜に染め、黒雲との境目の向こうに満天の星海が広がる。片や敵の方角では、暗雲の中で紫の稲光が、絶えることなくとぐろを巻く。

 そんな吉凶相含む幻想的な光景に、一行は一瞬だけ、我を忘れたように立ち尽くした。


 そして、黒い雨が打ち付ける中、アストライアーが片膝をついて待っていた。主の到着を恭しく待つ騎士のように。

 実験のために切り取られた右腕は、完全に復元が終了したようだ。今では、アストライアー向けに調整されたサイズのヴァジュラが、板材やワイヤーによって固定されている。右の手の甲から少しはみ出す形で射出口が、反対は肩の上部まで飛び出る形だ。

 また、ヴァジュラ解体によって生じた各種パーツは、他の部位にも用いられている。一番目を引くのは、背に取り付けられたバックパックだ。この中には、近隣部隊からもかき集めたドラッグシュートが搭載されている。

パイロットの感覚で落下が速すぎると判断した際、速度を相殺するための装備だ。

 原型は留めつつも、間に合せのパーツで整えた今の姿は、本来の優美なシルエットとかけ離れて不格好に映る。ただ、そうしたなりふり構わない様相が、今の状況には相応しいように真希は思った。


 そうして外見に大きな変化があったアストライアーだが、乗り手は特に変化がない。真希は半袖のデニムジャケットに、ショートパンツという格好。春樹の方はスーツ姿。いずれも、パイロットという感じの出で立ちではない。

 そんな二人に、精華は問いかけた。


「お二人とも、服装はこのままで?」

「えっと……私服の方が、動かすイメージに集中しやすいので」

「私は、これが正装ですので」


 もっとも、変える必要があるならば、すでに変えているはずである。視聴者向けの解説だったのだろう。精華は食い下がることもなく、「なるほど」と短く返した。

 それから一行は、黒い雨粒が踊る甲板の上を静かに歩いていく。やがて、アストライアーのすぐそばに来たところで立ち止まり、パイロット二人は振り返った。二人にカメラを向け続ける精華は、物思わしい表情になりつつも視線をまっすぐに保ち、問いかけていく。


「何か、コメントはありますか?」

「えっ、どうしよう……」

「そちらから、何かありませんか?」


 戸惑う真希の横で春樹が促すと、少し間をおいてから、精華は二人に言った。


「ご武運を」


 その言葉に、二人はほぼ同時に「はい」と答え、それから顔を見合わせて表情を少し崩した。


 やがて、アストライアーを運ぶため、黒く無骨な軍用ヘリが6機近づいてきた。互いにワイヤーでつながれたそれらが、徐々に高度を落としてくる。

 そこで真希は、大きくなっていくローター音に負けないよう、朗々とした声で言った。


「行ってきます!」


 すると、彼女の声に答えるように、アストライアーは左手のひらを上に向け、二人の足元へ差し出した。乗るのが初めての春樹は、少し戸惑いを見せて硬くなっている。

 そんな彼に真希は微笑みを向け、彼の手を取って、アストライアーの手へ一緒に飛び乗った。直後、淡い光に包まれ、二人の姿が消えていく。

 そうして、場に二人が居なくなると、精華は無言でカメラごと天を仰いだ。



「いきなりで迷惑だった?」と、真希は握った彼の手を離しながら言った。


「いや、別にそんなことないけど。ただ、引っ張られる感じで、カッコつかないな~」

「撮られてたもんね」


 そうして言葉を交わしながら、二人は傘をたたんで床に置いた。次いで、真希が「ステラ、お願い」と言うと、ステラの応答の後、傘が淡い光りに包まれて消えていった。

 今回の作戦において、機体は相当アクロバットな動きをすることが想定される。そうなった場合、傘はコックピット内に固定するのではなく、外に出した方が安全……というわけだ。

 ただ、乗る時もそうだったが、こうして人荷をワープのように出し入れする様に、春樹は少なからず衝撃を受けた。やや呆けたように見える彼に、真希が笑みを向けて問いかける。


「やっぱり、信じられない感じ?」

「いや、何て言うんだろうね。映画の中に入った気分っていうか」


 しかし、春樹は自身の両頬を軽くはたき、気合を入れ直した。その後、二人が座席につくと、球体モニターが少し明るくなり、真希の意志で機体が立ち上がっていく。

 それから、真希は機体の左手を上げた。頭上には鈍い銀色のワイヤーと、機体の白い左手が映る。やがて機体がワイヤーを掴む感覚を得ると、真希は告げた。


「いいよ」

「わかった」


 次いで、春樹はインカムに英語で話しかけた。ややあって、機体が甲板を離れていく。相当な重量物の懸垂だが、頑健な軍用ヘリ6機に負荷分散され、上昇の勢いは滑らかだ。ゆるゆると順調に高度が上がる。

 もちろん、ここでつまづいていては話にならない。できて当然のことではあるが、春樹は表情を少し曇らせた。


「高原さん」

「何? 下、見ないようにとか?」

「……まぁ、そんなとこ」

「手遅れだって」


 互いに顔が見えない位置関係ながら、二人は揃って苦笑いした。

 ヘリは現状の負荷に対し、問題なく対処できている。しかし、吊るされる側のアストライアーは、片手でつかまっているだけだ。即席の器具で固定するにも、突貫工事では安心できず、機体の力に任せる格好となっている。実際、自身と追加武装の重みを物ともせず、アストライアーの左手は小揺るぎもしない。

 しかし、離れていく足元の大海は、日暮れの闇に染まり、本来よりもずっと遠くにあるように映る。腕一本で支えているこの状況が、現場にたどり着くまで、本能的な恐怖を呼び起こしていくことだろう。

 すると、ステラが二人に話しかけた。


『現場までは、私が手放さないようにしますので、ご心配なく』

「あ、それ助かる。ありがとね」

『いえ、これぐらいのことしかできませんから……』


 助け舟を出しつつも、ステラの口調には後ろ暗い響きがある。そんな彼女に、真希は声を上げた。


「あんまりさぁ、自分を責めないでよ? 私も香織さんも、あなたに助けられてるんだから。私たちを乗せるために恩を着せたとか、そういうことも考えちゃダメ」

『はい……』

「それに、あなたが前向きになってくれれば、私もヤル気出るっていうか……いや、あなたがどうだろうと、私は全力でやるけど、あなたが置いてきぼりじゃ、お互いに寂しいじゃない」

『はい……』

「じゃあ、元気出す!」


 すると、いくらか間を開けた後、ステラはそれまでよりもやや大きな声で、『はい』と答えた。それまでずっと『はい』としか答えていない彼女だが、パイロットの二人には変化が感じられたようだ。少し困り気味の苦笑ではあるが、二人は表情を柔らかくした。

 それからも機体は、高度を上げていく。まだ目的地には遠い。そんな中、春樹は言った。


「高原さん。そろそろ、最後の配信でも」

「うん、ステラはどう?」

『万全です』


 ステラが返答すると、モニターには二つの長方形が映し出された。一つは、アストライアーから外部を見た映像。もう一方は、コックピット内の映像である。

 これら二つが、ステラを通じて外部へと送信されている。ただ、最悪の場合は最悪のものを放映しかねない。特にコックピット内映像については。そのため、映像の中継役が検閲した上で、数秒遅れで各種サイトへと送られている。つまり、遅延ありの生放送だ。


 この作戦について、正確な成功率は誰にもわからない。ただ、パイロットが無事に済む可能性は、大勢が望み薄と考えている。実際にその手を担う真希も、自分の未来について大口を叩くことはなかった。

 つまり、今からの配信が、悲劇的なものを映し出す可能性は高い。ただ、それでも、全人類が知るべきとまでは言わないまでも、当事者としては知ってもらいたくはあった。

 加えて、「見てもらった方がうまくいくかもだし」というのが彼女の談である。しかし……困り果てた笑みを浮かべ、春樹が口を開く。


「話題に困るね」

「うん」

「ぶっちゃけ、現時点で放送事故じゃないかなぁ……」

「……うん」


 目的地到着までの時間はさほどでもないが、その間を持たせるために何を言うべきか、春樹にはその備えがなかった。真希も当然のように同様で、ステラは論外であろう。

 そうして気まずい沈黙が流れる中、意を決した春樹は問いかけた。


「終わったら、何かこう……希望とかあるかな?」

「うーん……フグとか、いっぺんでいいから食べてみたい」

「フグ?」

「うん」

「じゃ、終わったら下関でも行こうか」

「経費で?」

「まぁ、そうなるかな」

「人のお金で食べるフグかぁ……」


 妙にしみじみした物言いの真希に、春樹は含み笑いを漏らし、その後で思った。

(そういや、これって放映中だっけか)

 ただ、そう思っただけで、組織として不適切な会話とは考えなかった。もっとも、真希の口ぶりから、彼女にためらいがあるのではないかと考えはしたが。「やっぱり、そういうのは抵抗ある?」と尋ねてみると、彼女は少し黙りこんだ後、答えた。


「最高だね」


 この返事に二人で笑い、それから現着するまで、差し障りのない雑談を広げていった。


 やがて、黒雲が眼下に広がるほどの高度になると、二人は息を呑んだ。漆黒の雲の中、紫電が猛り狂ったように行き交う様子は、現世に現れた地獄といったところである。

 と、その時、春樹のインカムに通信が入った。英語で応答する彼を待ち、真希は問いかけた。


「誰から?」

「ヘリのお兄さんたちから。気が重いってさ」

「あ~」


 あくまで、降りる――いや、落ちていくのは、作戦で定めたものであり、二人の意志によるものでもある。だが、そういう特攻に加担しているという自覚は、6機あるヘリで分散されたとしても、良心に訴えかけるものがあるのだろう。

 そこで、真希は少し黙って考え込んだ後、春樹に話を持ちかけた。


「上のお兄さんたちに伝えてほしいんだけど」

「うん」

「お迎え、ちゃんと来てねって」

「そりゃそうだ」


 笑いながら応じた春樹は、軽く咳払いしてから、ヘリパイロットたちと連絡を取り合った。その会話が途切れるのを見計らい、真希は尋ねた。


「なんて言ってた?」

「あったりめえよ! みたいな」

「そっか~」


 意訳ではあるが、気持ちの丈は伝わったようで、真希は嬉しそうに声を上げた。


 それから、機体は降下点の直上に到着した。ヘリのサーチライトから光が放たれ、暗雲の中で6条の光線が交わり、そのポイントを明るく照らし出す。

 いよいよ、その時を間近に迎え、二人はほぼ時を同じくして深呼吸をした。そして、真希から最終確認が行われる。


「ステラ。コックピット内の角度だけど、私の思うままに制御できる?」

『はい。機体側の視界や体勢と食い違うのをご了承いただければ』

「おっけ、大丈夫。立川さん、気持ち悪い動きをするかもだけど、気を強く持ってね」

「ま、座ってるだけだし、それぐらいは……」

「よろしい。じゃ、シートベルトお願い。ギッチギチにね」


 すると、二人の座席から何本ものベルトが伸び、彼女の言葉通りに二人を強く固定していく。これから激しく暴れまわっても、座席からはほとんどズレないだろう。

 その後、春樹は口を閉ざして少し考え込んだ後、真希に尋ねた。


「一応、意気込みでも聞いとこうか。どう?」

「ま……なんとかなるんじゃないかな。っていうか、します」

「頼もしいね」

「負ける気で挑むなんて、マヌケのやることだしね……救星軍の方にシミュレーション作ってもらって、何度も何度もイメトレしたし……」


 それだけ言って、真希は目を閉じて深く息を吸い込んだ。数秒後、目を開けた彼女は静かに言った。


「よし……立川さん、ステラ。準備はいい?」

「いつでも」

『どうぞ』


 二人の返答を耳にした真希は、ついに機体を動かした。命綱を握る左手が、ためらいもなく解かれていく――

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