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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第1章 星の乙女が舞い降りて
36/71

第36話 世紀の作戦を前にして

 この場にいる将官は――最先端技術の粋である空母において、意思決定の一端を担うエリートたちは、状況というものをよく理解していた。母国が誇る、人類の軍事技術の切っ先も、あの巨大な怪物には届きもしなかったと。

 もちろん、米海軍の働きにより、敵の実態をいくらか推測することはできている。それに、空母という場を提供し、他の艦艇からも観測情報を上げ続けている貢献は大きい。

 それでも、状況それ自体に介入できずにいるのは確かであった。そして、そうした相手に艦隊では太刀打ちできずにいる中、全く別の存在が、敵に唯一の有効打を浴びせつけた。救星軍が秘密裏に用意したという兵器と、話題の人形兵器、それに日本からの若い女性二人が。

 こうした事実が、将兵たちを極めて謙虚な気持ちにさせ、同時に人類のこの先について深く考えさせた。階級や職分による細かな差異はあろうが、思考の方向性は似たようなものだった――



「こういう航空母艦は軍事機密の固まりですが……だからこそ、この上で配信を行うということに、彼らは大きな意味合いを見出してくださったようです」


 艦橋から出て、会議室へ戻る道すがら、精華は真希に優しい笑みを向けて語りかけた。


「ここでやるのが、逆に都合良かったってことですか?」

「はい。母国に対しても、全世界に対しても、強烈なメッセージになると」


 ただ、話を聞く真希は、言葉の前後をつなぐのに多少の努力を要した。やや伏し目になって考え込んだ彼女は、やがて解に至ったようで、顔を上げて言った。


「今までの技術じゃ歯が立たない相手だから、世界中で協力しようって?」

「そういったところですね。恥をさらす覚悟で、彼ら自身や軍の名誉よりも、この先を取ってくださったと」


 精華の口から出た言葉に、真希は感じ入ったようで、頬に赤みがさしていく。ただ、彼女は急に恥ずかしそうになって、小声でこぼした。


「英語できないと、こういう時ちょっと……残念ですね」


 口にした言葉通りの感情を顔に出す彼女に、精華は顔を綻ばせて微笑んだ。ともに歩く藤森と春樹も、彼女に微笑ましく温かな目を向けている。

 そうした状況に、一層気恥ずかしい感情がこみ上げたようで、真希は顔を伏せて春樹の腰を小突いた。



 関係各所から本当に配信の許可が降りたとして、せいぜい30分程度の枠になれば御の字――と、春樹は考えていた。しかし……


「本当に大丈夫ですか?」

「許可が降りてしまったんだから、仕方ないだろう」


 聞き返す春樹に、現場を仕切る藤森は、困ったような笑みを向けた。

 現在の時刻は16時すぎ。急場だからというのが相手先にも伝わったのか、あるいは現地艦隊が応諾したという情報が、早くも強いメッセージになったのか……ともあれ、真希の口からお願いが発されて、ものの1時間程度で、関係各所からの許可と協力を取り付けることができてしまった。

 配信時間が多いのは、いいことではある。しかし、思いがけずトントン拍子で進んだ状況に、真希と春樹は驚きを脱せずにいる。そんな二人に苦笑いしつつ、藤森は現状について答えた。


「一番食いつきが良かったのは、動画サイト運営だな。ぜひとも、ウチの独占でと」

「それはわかります。でも、独占はお断りしましたよね?」

「ああ。こちらとしては、共有してもらいたいところだからな。守屋グループのIT企業を仲立ちに、各サイトへミラーを作るとか何とか……細かいところはわからんが、そんな対応になった」


 動画関係について、さほど慣れていない様子の藤森は、言葉を濁しつつ力なく笑った。それから、彼はまた表情を引き締め、関係各所の反応について話していく。


「現地艦隊の説得もあって、米議会と軍も、これを了承してくれた。まぁ、全てを開けっ広げにするわけでもないが」

「こちらの空母は、我々に貸し出す前に、重要書類等を引き払ってますから……ちょうど良かったという判断でしょうか?」

「そうなるな。立入禁止区画の設定はあるが、あとはご自由に……だそうだ」

「日本政府の反応は?」

「特に難色を示されることはなかった。冗談交じりに、支持率が心配だと笑われはしたが……特に外務省と文科省は、この取り組みを強く推すとのことだ」


 そうした話を聞くにつれ、戸惑い気味だった真希の顔が、緊張を帯びつつも少しずつ晴れやかになっていく。この変化を目ざとく捕らえ、春樹は問いかけた。


「どうかした?」

「いや、なんていうのかな……嬉しいっていうのとは、少し違うけど……興奮、かな?」

「よくわからないけど……まぁ、わかるよ。僕もそんな感じだ」


 言葉を交わした二人は、視線が合って微笑んだ。

 それから少しして、会議室へと精華が現れた。手にはハンディカムが握られ、彼女の後ろについた作業員が、カメラにつながれた端末を操っている。


「配信の準備はできています。一応、テスト配信を行い、30分後の16時30分から本番と参りましょう」

「わかりました。しかし……それはそうとして」

「何でしょう?」

「あなたが撮影役を?」


 藤森が尋ねると、精華はにこやかな笑みを浮かべて、困惑気味の救星軍職員たちに告げた。


「私には、現状で役立つ専門技能がありませんから。せめて、これぐらいのことは、させていただけませんか?」

「そこまで仰るなら……いえ、あなたも撮られる側かと思ったものですから」

「はい。番組によっては、そういうこともあるかもしれません」


 精華が言葉を返すと、彼女の傍らに控えていた男性から、場の一同へとスケジュール表が手渡されていく。真希と春樹の手にも渡り、彼らは書類に目を落とした。


「急な話ではありますが、どうにかスケジュールを組みました。色々と異論はあるかと思いますが」


 配信スケジュールは、枠を3本使用する形となっている。救星軍側で1枠、米海軍で1枠、後は甲板上の作業光景単独で1枠だ。

 まず、救星軍からの配信については、戦術や技術・科学面の解説が主体だ。また、真希本人の意向次第で、彼女へのインタビューないし所信表明を行う。

 もっとも、次の作戦について公表しただけで、相当“荒れる“だろうが……

 米海軍からの配信では、主に作戦に関わった艦艇や各種兵器の紹介を行う。軍事技術系チャンネルを、現職の人間が現地で作戦中に行うという、その筋の人間にはたまらない試みである。また、作戦中の航空母艦が、機密保護面で処理済であるのを良いことに、そちらの観光案内も行うという。

 そして3つ目の甲板作業中継は、ヴァジュラの解体作業を生で延々と垂れ流す。それだけの番組になるが、今回の配信においては重要なポシションを占めている。



「突発的な試みですから、何かしらトラブルで中断という可能性もあるでしょうし、番組と番組の間の空白もあります。そこで、3枠同時に走らせることで、場をもたせる考えです。最悪、3つ目の作業光景でも見てもらえればと」

「ハワイの現状はよくわかるでしょうな……」


 黒い雨が降る、この世ならざる雰囲気のハワイ近海は、生中継するだけでも意義あるものになるだろう。また、今もなお、敵の挙動を探るためのミサイルが散発的に発射されている。それらが、赤い光線で切り払われていく様もまた、状況を物語るものとなるだろう。



 17時30分。やや疲れ気味の真希が医務室に入ると、ベッドに横たわる先客が(ねぎら)いの声を掛けた。


「お疲れ様」

「どーも」


 ベッド脇のイスに腰掛け、真希は困り気味の笑顔を浮かべて答えた。そんな彼女に、香織はタブレットを近くのテーブルに置いて微笑みかける。


「目が覚めたのって、いつ頃?」

「1時間ぐらい前……だったかな」

「そっかー」

「私、映らなくて良かった。だって、固まってお話できなくなっちゃうから」


 そういって香織は顔を綻ばせ、真希に「カッコよかったよ」と声を掛けた。一方、真希はその時のことを思い出し、顔を朱に染めて視線をそらした。

 救星軍からの配信は、結局の所アドリブだらけのものになった。というのも、各所からの反響がありすぎて、それらを完全に無視して進めるのも相当不自然だったからだ。

 そうした流れの中、次の作戦に関わる真希が雲隠れするのは難しく、彼女自身の意向もあり、所信表明を行う運びとなった。ただ、彼女の過去を伏せた上でのものであり、いくらか緊張していたということもあって、ややグダグダに終わった感はあるが……


「まぁ、配信はもういいかなって感じ……すっごく疲れるし」

「一回だけでも偉いと思う。私、こんな感じだから……」


 香織がそう言うと、場の空気が少し沈んでいく。それを打ち消そうと、彼女は「守屋さんって、すごいね」と明るい口調で言った。


「立川さんもね。なんだかんだ、あの二人で番組が持ってる感じだし……」

「一緒に視る?」


 尋ねる香織に、真希はうなずき、イスをベッドに寄せた。香織は少し身を起こして真希に寄せ、タブレットを二人で見る格好に。

 現在のプログラムは、精華と春樹、さらには救星軍技術者を交えた解説番組だ。もっとも、当初の想定から少しかけ離れた形のものになっており、「今回の作戦について、各動画サイトに投げられたコメントに全力で返信していく」ものとなっている。

 次の作戦が、「パイロットがもしかすると生き残れるかもしれない」というレベルのものだということは、すでに先立つ番組で配信済みである。それに対する反響は、当然のように凄まじい。特に、真希のような少女が関わるということもあって、非難轟々であった。

 そして、もっとマシなやり方があるのではないかと、門外漢の素人から専門家に至るまで、多くのコメントが寄せられている。それらに、精華が中心となって、誠実に反論していっているというわけだ。

 寄せられた提案の例としては、弾殻の厚いバンカーバスター(地中貫通爆弾)を、敵直上から落とすのはどうだ。極超音速の巡航ミサイルであれば、相手の迎撃が間に合わないのではないか。爆薬を抜いた弾頭であれば、迎撃によって爆発しない。ミサイルを運動エネルギーとして扱うのはどうだろうか、等々……


「正直、聞いててもよくわからないけど……」

「うん」


 専門用語飛び交う配信を眺め、香織と真希は呆気に取られていた。外部から寄せられる案に対し、「すでにやった」あるいは、「現状の観察から無意味と推定される」といった旨のことを、精華を中心とした解説側が、懇切丁寧に回答していく。

 一時は積み重なるほどであった質問と提言の数々も、現地の専門家の解説によって、山が平らに均されていく。新たに積まれる勢いも減っていくように感じられる。


「真希ちゃん、番組ちょっと変えていい?」

「どうぞ」


 そこで香織は、甲板のチャンネルに切り替えた。黒い雨が降りしきる中、建機が動いてヴァジュラを解体していく。黒い雨を抜きにしても、海に浮かぶ甲板上とは思えない、現実味のない光景である。

 そして、その中にはアストライアーも。右前腕部が欠けているその姿に、香織は表情を暗くした。


「……確か、一部を切り取って、反応を試すんだっけ?」

「うん」


 次の作戦では、切り詰めたヴァジュラをアストライアーに搭載させ、敵上方から降下させる。黒雲を抜ければ敵から迎撃されるため、五体を賭して武器を保護、敵の核に近接したところで一撃……という流れだ。そのため、実際に機体がどこまで耐えられるか、現物で試そうというわけだ。

 この結果について、真希はすでに聞かされている。彼女は、まだ知らなさそうな香織に、それを告げた。


「前腕部だけで、5秒持ったって。ミズチでうまいことやれば、もっと持つと思うけど……」

「そう……」


 深刻な顔で応えた香織は、言葉が続かず口を閉ざした。配信中の甲板では、アストライアーの採寸に加え、固定用の器具の準備を行っている。その光景を眺めながら、香織は尋ねた。


「作業終了は、いつ頃?」

「あと1時間ぐらいって聞いてる。腕の復元も、それぐらいだって。一度、機体を核に引き戻した上で、1時間経てば戻るって」

「そう……」

「それで、アストライアーの右腕に装着させて、稼働するか確認して……」

「それで、本番ね」

「うん」


 二人とも、返す言葉が短くなっていき、ついに会話が途切れて気まずい雰囲気となった。香織の顔に、苦々しい感情がこみ上げ、彼女は視線を伏した。そんな彼女に、真希は……


「心配?」

「あ、当たり前でしょう?」


 つい、気色ばむような声音で返した香織は、口をついて出た声の響きにハッとして、その口を手で覆った。しかし、彼女が視線を向けた先で、真希は静かな表情を保っている。


「私だって、やっぱり怖いよ。でも、やるだけの理由が、私にはあるんだ」

「真希ちゃん……」

「だから、応援してほしいな。私のことも、立川さんのことも……もちろん、ステラのことも。ね?」


 微笑んで話しかける真希に、香織は顔を伏せ、震える手でシーツを握りしめ――そして、真希をまっすぐ見つめて答えた。


「ええ、もちろん」

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