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綺羅星のアストライアー  作者: 紀之貫
第1章 星の乙女が舞い降りて
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第35話 一生のお願い

 今日の出来事を配信したい――真希のお願いは予想外のものであり、耳にした春樹を驚かせもした。ただ、世界中にこの戦いを知ってもらうという行為に、彼自身は大きな価値や意義があると感じてもいる。

 とはいえ、そうした考えが、どこまで他人に通じるものか。真希の願いの実現可能性を思い、彼は腕を組んで考え込んだ。


「無理なら、諦めるけど……」

「いや、僕としても、ぜひやりたいとは思う。ただ、関係各所を説き伏せるとして、それだけで結構時間がかかるだろうし……まぁ、いいか。とりあえず、一緒に説得に行こう」


 春樹の言葉に、真希はにこやかな笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。


 それから、二人で応接室を後にすると、見張りの兵は一瞬だけ真顔で固まった。真希がどうなっているのか、気が気ではなかったのだろう。

 ただ、迷いが晴れた顔の彼女を見て、彼も凝り固まった緊張がほぐれていく。その後、彼は晴れやかに敬礼して二人を見送った。


 この見送りに対し、春樹にはしみじみと感じ入るものがあった。今の状況がそうさせている、いや、させてしまっているのかもしれないが、この子には周りを勇気づける力がある――と。

 立ち向かう者たちにとって、法的には成人ですらないこの少女は、今や精神的な支柱になりつつある。それをどこまで自認しているかわからないが、折れかかった心を、彼女は自力で立て直した。

 そうした有り様に、春樹は感銘を受けるとともに、彼女の世話役として改めて強い使命感を抱いた。


「どうかした?」

「いや、良い顔だなって」

「カワイイ?」

「そーゆーのではない」


 冗談めかして答えると、彼の腰にやや鋭い肘が飛んだ。


 それから二人は、まず上司の元へ向かった。作戦を統括する、救星軍日本支部長、藤森の元へ。

 即席の司令室となっている会議室は、今も大勢の人間が慌ただしく動いている。持ち込まれた機材越しに、敵をにらみ続ける者もいれば、外部とのやり取りに専念する通信士も。

 そして、それら情報の渦中に、統括する藤森たちの姿。大声こそ上がらないが、情報行き交う喧騒の中へ、二人は足を踏み入れた。

 すると、部屋の入り口から徐々に、静けさの波紋が広がっていく。それが藤森の元まで届くと、会議室は完全に静まり返り、全ての視線が一人の少女の元へ集中した。いずれの顔にも、期待からくるような明るさはなく、抑えた真顔の奥から、申し訳なさと恥じらいが目に染み出るようであった。

 そんな、ある種のいたたまれなさすらある空気の中、真希は腰から曲げて頭を下げつつ、静かに口を開いた。


「えっと、ご心配をおかけしました」


 謝ることではないと、春樹は思った。ただ、彼女がそうしたいのなら、そのようにすべきとも。言わせずに彼女の中でせき止めさせたところで、つまらない”しこり”になるかもしれない。

 一方、謝られた側はというと、多くは戸惑う様子を見せた。やはりと言うべきか、謝られるような筋合いはないと思っているのだろう。そんな中にあって落ち着き払った態度を保つ藤森は、さすがに春樹の上司であった。

 その後、顔を上げて再び室内を見渡した真希は、真剣な面差しで堂々と言った。


「次も、私が乗って戦います。生きて帰れるように協力してください」

「もちろん。力を尽くします」


 場を取り仕切る藤森は、一同を代表して深く頭を下げた。彼に続いて、部下から関係者に至るまでが、黙して真希に頭を垂れる。

 ただ、春樹たちとしては、ここからが本題である。面々が頭を上げたところで、彼は上司に向かって、事の次第を告げた。


「次も戦うにあたり、条件提示を受けまして。この作戦を、世界中に配信したいと。私自身、そうすることに大きな意義を感じていますが、いかがでしょうか」

「配信というと……動画サイトでの生放送か?」

「報道関係を呼ぶ時間がありませんし、そうなるでしょう。ただ、事が事ですし、各サイト運営に配信の許可をもらう必要はあるかと」

「うーむ、他にも話をつけるべき相手は多いな……」


 渋面の藤森がそう言うと、すぐ近くにいた精華がすかさず声を上げた。


「守屋には、私の方から説得します」

「お願いします。救星軍本部には私から。後は……差し当って、艦隊司令殿からでしょうか」


 この話の流れに、真希は呆けた顔で固まっていた。春樹も、少なからず驚きを覚えている。彼は上長に問いかけた。


「つまり、現場の救星軍としては、是認するものと考えて構いませんか?」

「反対意見が出なければだが……」


 そこで、室内のそれぞれは周囲を見渡したが、何事か言いたげな顔は見当たらない。ということは、この場の面々に限って言えば、同意が取れたと言ってもいい状況である。


「知ってもらいたいという気持ちは、理解できますし……ええ、知ってもらいたいですよ私も」

「手が空いたら、技術的な解説とかやらせてもらいますよ。許可出ればですが」


 そうして口々に賛同の声が上がっていく。ただ、現場の考えだけで押し通すわけにもいかないのが、難しいところである。


「我々の意向だけでゲリラ配信というわけにもいかんしな……まずは、艦隊司令殿に掛け合うか」

「では、僕も説得に伺います」


 腰を上げた上司に春樹は声をかけ、それから横の真希に向き直って言った。


「高原さんも、一緒に行こう」

「はい」



 この作戦に関わる艦隊を取り仕切る司令官は、旗艦であるこの空母の艦橋にいる。そちらへ向かったのは、藤森を代表に、真希、春樹、精華の4人だ。

 そして、一行が艦橋に姿を現すと、その中に真希がいることを各々が認め、場の空気が一気に変わった。

 救星軍中心の会議室と違い、こちらの艦橋は正規の将兵の割合が大きいが、それでも真希に対する態度は似たようなものである。彼女の再起が、作戦上は好ましくはあるものの、心情的には手放しで喜ぶわけにもいかず……といった空気である。

 そんな雰囲気の中、藤森は状況について英語で話しかけた。相手は、白髪の偉丈夫である艦隊司令だ。会話の中身がわからない真希は、重役二人の顔をうかがった後、春樹に小声で尋ねた。


「英語わからなくて……立川さんは?」

「わかるけど……」


 すると、察しがついたのか、艦隊司令は微笑ましいものを見るような視線を、二人に向けてきた。そして、彼は藤森とともに、軽くうなずいた。それをGOサインと受け取り、春樹は通訳していく。


「こちらからは、配信について伝えたところ。それで、司令官殿は、一個人としては支持する見解で……あ、いや、部下のみなさんも割とノリ気かな?」

「ちょっと、意外なんだけど……聞き間違えてない?」


 くさすつもりはなさそうで、本当に心配そうに尋ねる真希。すると、横から精華が口を挟んだ。


「大丈夫ですよ。立川さんの話で合ってます」

「ああ、良かった。ありがとうございます」


 精華の介入で、お役目を取られたような感覚に陥った春樹だが、すぐに思い直した。

(いろいろな人と触れ合う方が、高原さんにはプラスになるかもしれない。というか、こちらのお嬢様なら、きっと……)

 そこで彼は、司令官が部下の意向調査に入ったのをいいことに、精華に通訳を振ってみることにした。


「よろしければ、守屋さんに通訳していただければと。いかがですか?」

「私が、ですか?」

「私の英語は、使えなくもないぐらいのレベルですので」


 彼が謙遜を込めて口にすると、精華は傍らの真希に目を向け、真希は柔和な笑みを浮かべてうなずいた。


「わかりました……状況としては、艦内の連絡網を用いて意見を募るようですね。他の艦とも連絡を取り合い、作戦に関わる艦隊としての意見を抽出。それを軍と議会に掛け合う……という感じです」

「それってつまり、頭ごなしに『ダメです』とは、言われてないってことですか?」

「ええ。むしろ、こちらの方々には、好意的に考えていただけているようです。機密情報の取り扱い等もあるので、細部を詰めていく必要はあるとのことですが……」


 その言葉に、真希は「信じられない」といった感じの顔で艦橋を見回した。そんな彼女と目が合った艦隊司令は、ただただ温かみのある表情を向け、小さくうなずいた。

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