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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
竜祭りの前に

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96話 ヨミヒラサカの戦い

 



 風が強く吹いている。




 嵐の空、雲が濁流のごとく流れ、雷鳴が太鼓のごとく腹に響いた。




 遠山の癖っ毛が風に巻き上げられ、ボサボサに爆発していく。




【DEADクエストの特殊ルートが解放されました】




【DEADクエスト☆ルート "THE FIRE & ALEPF"】




【目標 アレタ・アシュフィールドと協力し、神話回生・ヨモツオオカミを弱らせ、◆■只■の目覚めまで戦線を維持する】






 《吹き飛ばされないでよ! トオヤマナルヒト!!》




「アンタこそ、怪我すんなよ! アレタ・アシュフィールド!!」





 嵐の中、遠山が叫ぶ。



 眼前、身体の半分が暗黒で出来ている女神を睨みつけてーー






【ヨモツオオカミの"神性・ニホン"によるニホン人への特攻、及び絶対優位権が発動ーー】




「っ?」




 震え。



 まただ。アレを直視すると身体から力が抜けていく。




 女神の化け物がその様子を眺めて、ニヤリとーー






「ーー!! ヘラヘラしてんじゃねえぞ!! 名瀬ェ!!」






【対抗ロール発動、"キリヤイバ"の侵食によりあなたの肉体には"神話耐性"が存在します。敵神性による絶対優位権に対抗可能です】




 鼻から垂れる血、赤と白が入り混じる神性を帯びた血を垂らしながら遠山が叫ぶ。



 もう、震えはない。






 《へえ、()()()()()()()()()()。フフフ、そうこなくちゃ、真正面からあなたを捻り潰してあげるね!》






「やってみろや、入道雲ザブトン女」





 一歩、前へ。それからまた、前へ。




 進む、進む、進む。




空を走る快感、眼下に広がる自分が生きた街、初めてみる空からの光景。それを見て、少し笑う。





 夏の夕空を、嵐の空を、遠山鳴人が、()()()()




 星の英雄の嵐が、彼のブーツに力を与えた。人間らしく、2本の足で、遠山鳴人が嵐の絨毯を踏みしめる。







 《うひ、ぎわ、カンカンカンカン!!》




 異形、空を埋め尽くすのはヨモツシコメ。






 《吹き飛べ》




「切り刻め」




 嵐が唸る、霧が広がる。互いに自然現象、もしくは限りなくそれに近い何かを支配し、使役する能力。




 アレタ・アシュフィールドと、遠山鳴人。接点など僅かしかないこの両者の力はしかし、その規模こそ違えど似通う部分もあった。




 故に。





 《ひ、ギャッカン!?》



 《カンカンカンカン………》



 鏖殺。



 嵐が怒り猛る。



 迫る異形の大群、空を舞うそれらが嵐の起こした大風に巻かれる。




 そして風に囚われたものから順番に、身体中から紫色の血を吹き出し、内側なら切り刻まれていく。






「えっぐい力だな!」




 《あなたも!》





 嵐が、霧を、キリを運んでいるのだ。




 ストームルーラーの力に、キリヤイバの力が混ぜ合わさる。




 超攻撃範囲を誇るストームルーラーに、キリヤイバの殺傷能力が合わさる。




 《()()()()()()ミスターキリヤイバ》




 その嵐の風、その嵐の雨、その嵐の雷。



 その全てにキリのヤイバが混じり合う。




「おい、マジか、キリヤイバを取り込んで…… ヒヒ、やべえな、52番目の星」







 大いなる嵐の力がキリを伴い、異形を殲滅していく。




 遺物、互いに同じ力の形、故にそれは強弱の概念を共にする。




 嵐は今、古いキリをすら飲み込み己のものとして。




 《目標、前方! セナ・ナゼ!! 彼女の全てを可能な限り殺し尽くす! 目の前の全て! Search & Destroy!! 全て滅ぼすわ》





「ウィルコ」





 進む、進む。空を埋め尽くす異形の群れを、遠山鳴人が空を踏みしめて進みきる。





 《フフフ、フフフフフフフフフ、鳴人くんが私を見ている、ナルピが私だけを見てる!! ああ! ああ! ずっと、ずっとこの時を待っていたのかも!》





「お前ほんとやべえ奴だな!! 全然気付かんかったわ!」




 《ああ! ああ! 私、私、生きててよかった! 遠山鳴人! 貴方は私の光、私の意味! そんな貴方を殺して、もっともっと完璧に! 今度こそ何者にも冒されない貴方に産んであげるから!》





 勢いを増す異形の群れ、嵐がいくらその大風と雷で捻り潰しても後から後からどんどん湧いてくる。





 《次から次へと! 精が出ることね! セナ・ナゼ!》




 嵐の隙間を抜けて、異形が瞳に近づこうと。




「よっと!!」





 がきん!! 




 空を飛び走る遠山鳴人が、標識アタマの真上から降る。大上段に構えたメイスを勢いのまま振り下ろし、標識を砕いた。





「アレタ・アシュフィールド! 目にゴミが入ろうとしてんぞ!」





 《あら! ありがと! 目が大きいのも考えものね》




 嵐の勢いが増していく。



 夏空、夕焼け、黒い雲が、稲光をたたえる。





 《トオヤマナルヒト! 好きに動いていいわ! 合わせてあげる!》




 嵐の瞳が遠山の動きに合わせて雨風雷を操る。





 鼻に香るアスファルトが湿る匂い、むわりと顔を覆う湿気。



 ゴロゴロと腹に響く遠雷遥か。




 ああ、どうして。





「了解、じゃあお言葉に甘えて」





 嵐の日は少し、ワクワクするのだろうか。





「いっくぞ」




 どん。



 スターターピストルが鳴る音が遠山の頭の中で響いた。嵐を足元に、嵐を頭上に、稲光と横殴りに吹く雨の中、遠山鳴人が突っ走る。









 《ギャヒ!》




 《カカカン、カカカン!」




 迫る異形、嵐の包囲殲滅を潜り抜けた何匹かが、遠山に向かう。




 空をしかと踏みしめて、遠山がメイスを構える。




【ほ、本気でアレと殺し合うんか? 正気じゃないのう…… モノを知らん言うんはほんに怖いわー…… やめとかんか?】




「やかましい!! 人の身体に細工しといて今更何言ってんだ、害悪お札マッチョ! 黙って力ぁ貸せ!」





 流れる弱気なメッセージ、夢の中に棲まう奴の弱音を怒鳴り散らし、遠山が標識アタマを迎え打つ。




 《フホホホホホホホ!!》




「ッフ!!」




 空を舞いながら掬い上げるように、血塗れの踏み切りバーを振るう標識アタマ。



 遠山の靴、嵐を纏う靴底が空を蹴って飛ぶ。最低限の動き、大振りの攻撃をすかされた標識アタマが、踏み切りバーを持ち直して。





「遅えよ」




 バン! 遠山が空を蹴る。嵐が空気を掴み、バネ仕掛けでも作動するかのようにびゅんと遠山の身体が一気に跳ぶ。





 《カカン!?》




「よう、いかした標識だな」




 ガキん!!




 無操作に振り下ろしたメイスが、標識アタマを凹ませる。



 飛び出し注意!! そう書かれた子供のデザインの標識がベコリと折れ曲がる。




「標識が動くなよ」




 メイスで殴りつけた勢いを利用し、そのまま異形のアタマをくるりと回転しつつ飛び越える。




 標識アタマがその動きに合わせて振り向ーー




 《カカン……?》





 ずぶり。



 それより先に、欠けたヤイバが異形のやせ細り浮き出た肋骨の隙間に差し込まれた。




「キリヤイバ・ワスプナイフ」




 ぶびゃん!! 



 異形の標識アタマ、それの胴体が膨らみ、一気に弾ける。その貧弱な身体は流し込まれたキリに少したりとも耐えることが出来なかった。




 ぽきりと折れた血塗れの標識が、地に落ちる。





 《フホホホホホホホ!! ホソホホ!》




 もう1匹残っている。遠山の死角、真上から迫る標識アタマ。




 《ッ、まずい! 上よ! 避けて!》






 真っ逆さまに落ちてくる、それを既に遠山は把握していて。








()()()()、ミス・ストームルーラー」




 ぐねり。




 《え?》




 嵐が揺らぐ。大風、雨、雷、それらの一部が今、はっきりと、遠山鳴人の元へ集う。




 嵐の一部が、()()()()()()()()()()()()()()()





 ば、ごォオウ!! 




 横薙ぎに大砲のような風が吹き殴る。





 《フホホホホ…… 府ビャュ!?》




 きりもみしながら吹き飛ぶ異形、もがき苦しんだかと思えば、パンッと弾けてバラバラに。






 《あたしじゃない……うそ…… あなた、まさか、あたしの嵐を……》




「お互い様だぜ、アレタ・アシュフィールド」




 出来ると思ったから、やった。




 遺物とはつまり、そういうものだ。瞼を閉じて瞬きするように、知らずのうちに息を吸って吐くように。




 遺物所有者にとって、大事なのはその感覚。嵐を操るのも、霧を従えるのも全て彼らにとっては呼吸をするのと同じこと。





 アレタ・アシュフィールドが嵐にキリを混じり合わせて使役したのと同じく、遠山鳴人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 《あなたの、遺物、それまさか號級……》




「知らん! 組合にゃ秘密にしてたからなァ! 色々薬とか飲まされそうで怖かったからよお!」





 遠山の周囲に、小さな嵐がぐねり、ぐねりと集う。アレタが使役する嵐とは違い、雨や風の動きがおかしい。




 まるで意思を持つかのように、白いキリの混ざる風雨がとぐろを巻く。





「ひ、ヒヒヒ、ヒヒヒ!! ああ、やべ、なんか少し楽しくなってきたぞ」




 キリが、嵐を操る。



 本来自然そのままに荒れ狂う嵐が、白いキリにその動きを無理矢理動かされる。





 ピコン。





【遺物・キリヤイバの侵食段階が、"お前の血は白色だ"まで進行しています。その為、キリの濃度と重さがオリジナルの半分ほどまで上昇しています。周囲の気体、液体に強い影響を与えることが可能です】






 濃いキリは、雨と風を蝕み、それを操る。タチの悪い多くの寄生虫が宿主を都合よく操作するのと同じように。





 《ほんと、ニホン人の探索者って……》




『ば、かな。アレタのストームルーラーに、干渉しているのか? そんな遺物、どの国の號級遺物だって不可能だった筈だ!』




 どこか呆れたようなアレタの声、端末から響く慄くソフィの声。




 それを聞き流し、遠山鳴人が空を進む。






「今なら、出来る、俺には出来る」




 大いなる力に触れ、それを操る興奮が、黄泉路を進む恐怖を容易に塗りつぶしていく。




 酒に酔った酔っ払いが恐れ知らずになるように、探索者は大いなる力とそれを振るう悦びに、戦いに酔うのだ。





「遺物・拡大解釈」




 イメージがある。実感がある。




 ならば、あとは実行するだけだ。







「魑魅魍魎狭霧山野絵巻物語・嵐夜」






 どろり、どろどろり。




【ほ、ほほほ、ほほ、ほほ!! ああ、もう! こうなりゃやけよ! ああ、儂、器の候補間違えたかも知れんのう! まさか、国産みの祖母君に弓引くことに、なろうとは!】



 どろどろ。



 嵐の夕空、覆うはどんよりと、渦巻く黒闇。




 白いキリがそれに昇り、混じっていく。同時に、どろり。ねんどろり。



 遠山鳴人の周りに蠢く嵐雲から、何かが這い寄り出る。




 《ひ、ひひひ》



 《ひ、ひひひひひひ》




 《びびひびびび」



 《ひひひひひひひ》



 《ぴぴぴぴぴ》





【うえ、うええ、祖母君の眷属、腐っちょる、うええ、まっずううう、そりゃ祖父君も全力逃走かますわい】





 蠢くキリの嵐から這い出るのは異形。先ほど遠山が殺し、そしてアレタの嵐が殲滅し続ける標識アタマの異形が、顕れる。





「材料は腐るほどある。目には目を、大量の化け物には、大量の化け物を」





 キリヤイバによる魂の保存とその使役。それはついに神話の存在が生み出したものにすらその牙を届かせた。





 《ワオ…… これ、少しひどい絵面ね》





 ぼとり、ぼとり。



 新たにキリヤイバが生み出す標識アタマたち、名瀬が使役する元の奴らと違い、一様にみな襤褸キレを纏っている。





 ぐち、ぐち。




 キリヤイバの生み出す標識アタマ、皆同じく"進め"と書かれた標識のデザイン。




 それの頭がぐねぐねと蠢き、一斉に姿を変える。それは遠山の意思とは関係ない。





【"神話攻略" 条件達成 キリヤイバにより異界ヨミヒラサカの異形を使役する】




【遺物拡大解釈による神話攻略が発生します】




【"霧" ほほほ、祖母君のシコメどもならば、この形が最適じゃろうて。祖父君よ! 貴殿の機転、見習わせてもらおうぞ!】





 キリヤイバの意思による魂の変形。



 それにより、キリが産んだ異形たちのアタマが変化していく。




 《ひひひひもーー》




 《ひひひ、も、もももも》




 《もひももひももももももひ》






 もも、モモ、桃だ。



 遠山が生み出した異形たちのアタマが変形し、それはピンクのツヤツヤした桃の形に変わっていく。




 羽を生やした桃の異形たちが、遠山の周りに集い、膝をついた。





 《なに、それ……》




 嵐の瞳、アレタ・アシュフィールドの声はシンプルに引いていて。







「進め、食い殺せ」



 号令。






 桃の化け物が、羽をはためかせ飛び立ち、一斉に名瀬の異形たちに襲いかかる。




 《フホホホホホホホ、オゲ!?》




 《ももももももももも》





 ぶちん。




 桃アタマがぱくりと口を広げる、びっしりと牙の生えたその口で近くの標識アタマ達を喰らい始めた。





 《ももももももも!》




 《ふへ、ぼご!?》




 数こそ、桃の化け物の方が少ないがその力は明らかに桃の方が強い。





 嵐の力も備えた桃の化け物が風を操り、逃げ惑う標識アタマに容易に追いつき、その身体を食い尽くす。






 嵐の夕空、標識アタマを喰らう桃アタマ。





『……アレタ、ニホン人の探索者ってゲテモノじゃないとなれないものなのかい?』




 その様子を視認できているらしいソフィの声が端末から響いた。





 《……ほら、ガラパゴス化が進みやすいじゃない、島国って》





 フォローか何かよくわからない返答を嵐が返す。





「進行問題なし!! ヨシ!! 目標、前方! ついてこいよ! ストームルーラー!!」




 そんなアメリカ人たちの呟きを全て無視して、ノリノリの遠山が叫んで進む。




 地獄のような光景を遠山鳴人が振り回す。嵐の力をキリにて引きずり回して無理矢理使役する。




 嵐と桃をかいくぐり、迫る化け物をメイスとキリと大風を利用し殺し尽くす。





 嵐すら、キリが操り使役する。欠けたヤイバをタクトのように振るえば、キリが混ざり込んだ嵐が巨大な手のように横薙ぎに異形を薙ぎ払い、切り刻んでいく。





 嵐の夕。



 ワクワクが止まらない、止まってなんかいられない。身体中がどこかへ吹き飛んでしまいそうな衝動。




 ここではないどこかへ、次へ、見たことない所へ、前へ、先へ、前へ。




 夏休み初日、台風の中を駆けるガキのような顔で、遠山が走り続ける。





「ひ、ヒヒヒヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ!! やべ、やべ、やべえ! たのしい、たのしい、俺ァたのしい! なんだ、これ! こんなことまでできんのか! キリヤイバ!」




 明らかに遠山鳴人の戦闘限界を超えた力。



 そう、今、この瞬間、遠山は超えつつある。




 ミックスアップ。ボクシングの用語。



 試合中に本来の実力を遥かに超え、互いに強くなっていく一種のゾーンに近い状態。




 アレタ・アシュフィールドという遺物所有者の到達点。遠山と似た力、それの最終形態。





 それを目の当たりにし、肩を並べて戦うという環境。それが無理矢理に遠山鳴人を次の段階へと引き上げていく。




 準備はあった。戦いに備え、鍛え、殺し続けてきた。




 土壌はあった。何度も死にかけ、しかしそれをねじ伏せて生き抜いてきた。




 予感もあった。遺物の新たなる力の領域。そこに踏み入れていた。





 手をかけていた領域の深奥を、世界すら跨ぐ大いなる嵐を間近に感じたことで、遠山鳴人は探索者としての限界を超えつつある。






「名瀬ェ! これならてめえを殺せそうだぜえ!」





 嵐とキリを従えて、遠山鳴人が目標を見つめる。遥か高き場所、神話をすら再生させた古い時代の仲間を。







 《ヨモツシコメを…… 殺したヨモツシコメを、鳴人くんが産んだ……? ああ、そんなのもう、そんな、そんなの、そんなの》




 だが、それだけで状況が傾くわけではない。遠山が次の段階へ進んだとて、目の前の大敵が弱くなるわけではないのだ。




 その歪んだ愛、ただそれだけを原動力に神話をすらその身で再現した特異個体。




 歪な人間の可能性そのものに愛された女が、ねちゃりと笑う。






 《婚姻……だよね、鳴人くん》





 それが、名瀬瀬奈という女だ。





『ッ、また量が増えた!! トオヤマナルヒト! 敵の尖兵がまた来る! 先ほどの量の、倍……?』




 通信の声に、明らかな狼狽が混じる。




 頭上、だいぶ進んだとはいえ、未だ遠く、高い入道雲。





「……桃、足りるか?」










 《ああ、なるほど。そうやるのね》







 だが、この場にはこの女がいる。



 現代世界において並ぶ者なき一番星。



 もし、この世界の全てが物語ならば、明らかに"主人公"の資格たりえる女が。








 《OK、だいたいわかったわ》




「……アレタ・アシュフィールド?」




 《ディティールはイメージを中心に。材料は魂……? うーん、よくわからないけどエネルギーみたいなものかしら。うん、それならトゥスクのみんなが言ってた話の通りね、無理矢理に捕まえて嵐を纏わせて…… いえ、魂がエネルギーなら、あたしのが一番効率がいいか。うーん、ストームルーラーを飛ばすのと同じ要領でいけそう、か》




「お、おい、何を」





 《あら、ごめんなさい。ーーアイデアを借りるわ。ああ、アレよ、貴方も遺物所有者ならわかるわよね? アハ》





 嵐の目が笑った。






 《出来ると思った。だからやった。と、言うやつよ》




「待て、だからーー あ?」




 嵐の目、それが厚い雲に覆われている。



 ぴかり、ひかり。煌めく稲妻を握りしめた拳のような雲。




 それが、一際強く輝いて。







 《ストームルーラー・モデル・アレタ・アシュフィールド》





 ごおう!!




 風が、遠山の真横に()()()



 あまりの強さにキリが吹き飛ばされて視界が真白に染まる。





「ハァイ、ミスター・キリヤイバ。どんな状況?」




「マジか」





 嵐が落ちた場所に、ソレはいた。





 そこには嵐がいた。そこには雨と雲と雷がいた。





 ()()()()()()()()()()





 人間のカタチ、その身体は全て嵐で形作られている。顔の表情は雲と雷が渦巻いていてわからない。



 だが、すらりとした手足に、きゅっと絞られたウエスト。



 女の体をした嵐が、遠山に向かってヒラヒラと手を振っている。





「……自信なくすわー」





 一目見て、遠山には彼女がなにをしたのか理解出来た。




 キリヤイバの拡大解釈、魂の使役のアレンジ。




 ストームルーラーにアレタ・アシュフィールドという情報を付与、そのままそれを人間の形に変化させたのだ。





 遺物と人間のハイミックス。おそらくソレは人が神に成るよりも、もっと手を出してはならない領域ーー





 いわば、嵐の写し身。





「あら? そう? あなた、かなり凄い方だと思うわよ。ストームルーラーを勝手に使われるなんて思っても見なかったもの」





 そんなことは知らないと言うように、嵐のヒトガタがけらけらと笑う。




 いや、顔のパーツがない為表情がわからないのだが、それでも彼女が笑っているのはわかる。








 《やめて、やめて、やめて。私の前で他の女とそんな風にお互いの実力を認めた感じで砕けた感じにならないで、違う違う違う違う、鳴人くんはそんなんじゃないの》





 女神の化け物のねっとりとした声が、世界に広がって。






「アハ、彼の知らない一面を見れて良かったじゃない。女は役者、とか言うけども、男だってそれなりに色々な面を待つものよ?」





 《鳴人くんを、貴女が語るなあああああああ》




「うわ、またすげえ量……」






 アレタの言葉に反応した女神の化け物が叫ぶ。ワラワラと数を増やしていく標識アタマの異形たち。






 絶望の光景、しかし、まだ嵐はうねり、風は吹き続ける。






「いい感じね。それだけ力を使えばそろそろガス欠になるでしょ。ミスターキリヤイバ、まだいけるわよね?」




「ヒヒ、ああ、エンジンかかってきたとこだよ」




 その光景に屈することはない。



 アレタの問いかけに、遠山が笑う。







「OK!! さあ、嵐の中に突っ込むわ!」




 嵐のヒトガタ、アレタ・アシュフィールドの写し身の両手に嵐が逆巻く。



 二振りの棒、いや、投槍を構えて。





「好きに動けや! ()()()()()()()





「アハ、ナーマーイーキ! ええ、じゃあ、お言葉に甘えて」




 稲光よりも、速く。



 嵐のヒトガタが異形の群れを貫く。ソレが空を駆けて、飛び跳ねる。手に持った嵐の投げ槍を振るうたび、異形が砕けて、飛び散っていく。





 《な、速……!?》




 屠る異形を足場にして、跳ぶ跳ぶ、跳ぶ。




 異形が塊となり、その進行を止めようとーー







「おっと、鴨がネギしょってきたな」





 星の英雄の速度。遠山はそれに合わせる。





 異形たちの数を頼ったその戦法は遠山鳴人のキリの餌食にしかならない。





 《ギャヒ! カカカカン……》




 キリを含んだ嵐風が吹き上がる、またたくまに、塊となった異形達は薙ぎ払われ、切り刻まれる。




 バラバラになり落ちていく異形達、嵐とキリが運ぶ死の怒涛を嵐の写し身が登り切りーー






「ハアイ、こんにちは、セナ・ナゼ。あたしから逃げられると思った?」




 《……! しつこい女は嫌われるよ!》





 ついに、アレタ・アシュフィールドと名瀬瀬奈の目線が同じ位置に。




 巨大な女神の化け物の顔の位置まで、登りきる。





「鏡と話す趣味なのかしら? 白雪姫に出てきそうね、貴女!」




 嵐の写し身が、投槍を振りかぶる。






 《あ、アアアアア!!》






 名瀬が振るう巨大な手の薙ぎ払い、それをくるりと当たり前のように空を駆ける写し身が飛び跳ねながら、上り、避けて。






「ストームルーラー!!」




 寸分たがわず。





 嵐の槍が投げ入れらる。嵐の写し身から放たれた風と雷の投槍は吸い込まれるように女神の化け物の喉と胸に突き刺さりーー





 《アッ、ぐ、フッ ……ふふふ、でも、足りないわ、それだけじゃあ》





 小さな悲鳴。そしてすぐさま奮われる女神の化け物の巨大な拳。






「チッ」



 アレタの写し身が舌打ち。その巨大さ故に今の位置からは避けられないとーー





「ふんごおおおおお!! どっこいせええええ!」






 ねどり。





 白いキリに無理やり操られた嵐雲が、その大拳を受け止める。弾けて、歪みながらも粘性のあるそれが女神の拳を受け流した。






「アレタ・アシュフィールド!! 挑発しといて見通しが甘え! 接近すんなら一撃で殺す気でやれや!」




「……ッ、正論!」






「素直か!」





 空中で身を翻し、体勢を取り戻すアレタの写し身。まだ余裕はありそうだが、少しづつ動きが悪くなっている。





 《…………………》




 そんな2人を尻目に、女神の化け物が拳を見つめる。



 遠山がなんとか逸らし、ついでに切り刻んでおいた拳を、女神がじっと見つめていて。





 《ああ、ああ! 鳴人くんが! 鳴人くんが傷をつけてくれた! 私だけの傷! ナルピが私だけにくれた傷! 鳴人くんが私を見てる!! 私だけを! 海城さんでもなく、私だけを! ふ、フフフ、フフフもっと、もっと、もっと!! もっとおおおおおおおおおおお!!》






 目を飛び出させ、暗黒をこぽりとあぶく立たせて歓喜の声を上げる化け物。






「ちょっと! ミスターキリヤイバ! あなたが奮闘すればするほど、彼女なんか興奮してるんだけども!」




「変態なんだろ! 仕方ない!」




「救いようがないわね!」





 救いようがない女神の化け物がゆっくりと緩慢な動きで両手を振り上げる。




 じわり、じわり、世界が血を流しているかのように暗黒が空間から滲み出る。




 そこから、こぼれ出てくるのは矛。



 極大の大矛が女神の化け物の掲げた両手に収まっていく。





 《フフフ、フフフフフフフフフ!!》





 びり、びり。




 見ているだけで電気風呂に入った時と同じ感覚。身体がこわばり、痺れていく。






「うわ、なんかでかいのくるぞ、やべえ!」





 どうする? 避ける? 受け止める?



 遠山がその思いつき、誰もが無理そうだと判断しているうちに。








「ノープロブレム!」





 嵐がさらに勢いを増す。




 頭上に座す大きな嵐の瞳。嵐の目が、裂けてしまうのではないかとばかりに見開かれる。







「うわっと、お!!」




 あまりの風、雨、雷。遠山がなんとかその場に踏み止まって。





「さて、そろそろあまりこっちも余裕がなくなってきたわ、終わらせましょう」





 英雄が嵐の中、笑う。顔がないので雰囲気でしかわからないけども。






「あぶ! ちょ、アレタ・アシュフィールド! 風、強いって! くそ! 周りの雑魚は任せろ! 決めろよ、頼むから!」





「ええ、ありがと。巻き添え喰らわないように気をつけて。終わらせるから」





 たんっと、嵐の写し身が、嵐の瞳に吸い込まれていくように飛び上がる。







 《フフフフフフ!! よくやる、よくやるよ! アレタ・アシュフィールド! そんな無茶苦茶で! 遺物だけを無理矢理こちらに飛ばしてるんだもの! そろそろ疲れてきたんじゃない!?》






「いいえ! あいにく! 貴女をこれからぶちのめすと思えば、不思議ね! ワクワクしてそれどころじゃないの!」






 ぐぐっと、高度を上げる嵐の瞳と写し身。



 遥か空、入道雲よりも高い位置。嵐達がそれに追従するように集っていく。







 《フフフ、フフフ!! ああ、そう! なら、やってみればいい!! 遺物・建国》




 見上げるは女神の化け物。




 国産みの矛を片手に持ち、肩を引き絞り、振りかぶる。



 投擲。その矛の切先は上を睨んで。






「アハ! 遺物・顕現(レリック・スタート)




 見下ろすは星の英雄、嵐の支配者。



 この世全ての嵐の概念、星の天体活動そのものを掲げ、集め、歪めて、変えていく。嵐の大槍が雷鳴を伴い形成されて。





 投擲。その嵐の大槍の切先は下を狙って。





 《アメノウボコ》




「ストームルーラー」







 同時に射出された暴力。




 分厚い雲がかき消され、有象無象の異形達が消し飛ぶ。




 音すら、発生せず。




 光、明滅、暗い、明るい。




 なにが起こったかも理解できない刹那が終わる。そして次の瞬間、遠山の目に映ったのはその暴力が振われた結果だけ。




 ただ、互いに振るった暴力はその爪痕を刻む。








 《フフフ、フフフ、化け物ね、あなた……》





 嵐の大槍が、入道雲に座る女神の化け物の半身を消しとばした。



 食われたかのように抉られた半身、ぽっかりと穴が空き、入道雲がドロドロと崩れていく。




 嵐の大槍が、たしかに女神の化け物を脅かし。





「あ、ハ、やって、くれる……わね」




 国産みの矛が、嵐の瞳を貫いた。



 真っ直ぐ正中線を貫く矛、見開かれた瞳から雷や雨が、涙の如く漏れ落ち続ける。




 国産みの矛が、この世全ての嵐に届いた。







「おわ、やべえ」





 相打ち。



 スケールの違う光景に、遠山はぼやくことしか出来ない。







「はっ、はっ、はっ…… しん、っど」




 すうっと、遠山の隣に嵐の写し身が降りてくる。なんとなく先ほどよりも輪郭がぼやけてきているような。





『よくやった、アレタ。トオヤマナルヒト。こちらからも彼女の様子が確認できる、あれほど痛めつければそろそろ奴が目覚める筈だ』




「ほんと、彼、いつもは寝起きがいいのに。今日はずいぶんとお寝坊さんだわ」





 アレフチームの2人が声を交わす。




 消耗しつつも、どこかやり切った雰囲気。彼女達は確信しているらしい。これで終わりだと。





 名瀬に食われている"アレフチームのバカ"とやらの帰還を信じているのだ。







「目覚める…… アレタ・アシュフィールド、なあ、この作戦の前提ってよ、要はアレに食われた奴が自力で

 脱出するのを待つってことだよな」






 だが、ここに1人。遠山だけは彼女達と気持ちを共有することが出来なかった。





 半身が消し飛んでいる女神の化け物を見つめる。ピクリとも動かないそいつ、なのになにも安心出来ない。





「ええ、そうよ。食われたバカのバイタルは正常値を示してる。そろそろ出てくる頃合いだと思うけど」






 星の英雄の写し身は、ため息混じりに笑っている。




 ああ、やはり、遠山だけはどうしても笑えない。






【目標 アレタ・アシュフィールドと協力し、神話回生・ヨモツオオカミを弱らせ、◆■只■の目覚めまで戦線を維持する】






 何かがおかしい。




 女神の化け物、名瀬瀬奈は沈黙。しかし、それ以外なにも動きがない。




 もちろん、アレフチームのバカとやらも帰ってこない。





 何より、引っかかるのはあの藤堂が、日下部が。



 遠山鳴人が知るあの女が、本当にそんな()()で、アレフチームという強大な存在と敵対するだろうか?






 藤堂、日下部、つまりは名瀬。




 その女をよく知る遠山だからこそ、感じる違和感。





 それがぽろりと、言葉に出る。




 アレフチームが期待していること、名瀬を弱らせ、体内に囚われているバカがそこから自力で帰還して勝利。




 ある意味の他力本願。



 そんなことで倒せるような女だっただろうか。




 遠山鳴人は名瀬のことは知っているが、アレフチームのバカのことはよく知らない。



 故に気付く、考えてしまうのだ。






 アレフチームのバカが帰って来れば、勝てる。



 アレフチームのバカは必ず帰ってくる。アレタ・アシュフィールドとソフィ・M・クラークには言葉の節々に、そのバカへの大きな信頼が見て取れる。





 だが、もしもそれが間違えていたとしたら?





 本当に、その期待はーー







「……それ、さ。ほんとに前提合ってんのか?」




 ただしい認識だったのだろうか。





「え?」





 《フフフフフフフフフ、鳴人くんの、せーいかぁあああい》




 世界が揺れた。



 夕空の輪郭が崩れてしまうのではないかと錯覚するばかりの大音量。




 嵐が喚んだ分厚い黒い雲達が掻き消され、夕空が赤々と。





「ッ!!」




「うおっと!」





 大きな風に吹き飛ばされながらも、遠山とアレタが空に踏ん張る。





『……バカな、まだ、まだ目覚めないのか!? この前、神秘種タイタンに丸呑みにされた時は既に内側から食い破ってーー』






「■◆ヒト? なんで…… なんで、起きないの? ねえ!! 聞こえてる!? タ■◆■!!」





「落ち着け! アレタ・アシュフィールド! クソ! ほんと、嫌な予感ってのはどうしてーー」






 間違えていた。




 初めから、アレフチームはその作戦の前提を勘違いしていたのだろう。





【クエストキャンセル 攻略不可】




 いやな、メッセージが遠山の視界流れ出す。





【目標設定失敗 神話回生・ヨモツオオカミの"神性"により、"ニホン人"への特攻、および、ニホン由来の存在全てへの特攻が発動しています】







【◆■只■の自力帰還は不可能です】





「ーーこんなにも当たるもんかね!」






 《フフ、隙あり》



 女神の化け物が残った片腕で印を結ぶ。




 その瞬間、ワラワラとウジムシのように異形達が女神の元に集散し、その体に取り込まれてゆく。




 虫の集団行動を眺めているような気分。あっという間に、嵐が消しとばした女神の半身は元通りに。







「あっ……」





『アレタ!? アレタ!!? クソ! 意識があっち側に飛んでいるのか……! トオヤマナルヒト、応答しておくれ! 何が、何があった!』






「……やられた」




『なに?』




 遠山がソフィの通信に返事を。






「アレフチーム! あんたらの作戦、読まれてんぞ! 名瀬に!!」




 その叫びを愉しむように、女神の化け物は口角を釣り上げた。






 《アレフチーム、あなた達を見てたよ》




「名瀬……」



 《進むものたち、試練を乗り越えるものたち、神殺しの探索者。神秘狩りの先頭。でも、少し活躍しすぎた。あなた達は多く、勝ちすぎた》




「なん、ですって……」





 《パターンだよ、アレタ・アシュフィールド。あなた達にはいつしか重ねる戦いの連続でパターンが生まれてしまったの》



 女神の化け物の名瀬の顔をしている部分がどこまでも楽しそうに笑う。腕を組み替えて、サラサラと笑う。





 《アレタ・アシュフィールド、ソフィ・M・クラークによる純粋な力のゴリ押し。それでダメならグレン・ウォーカーの遊撃と爆発力。そして、それでもダメなら、■◆■人が盤面自体をなんか意味わからないうちに訳わかんないことをしてめちゃくちゃにしていく、それが貴女達のパターンになってたの》






「貴女に何がわかーー」




「……いい、今はしゃべらせておけ」




 動こうとするアレタを制し、遠山は思考を回し始める。






 《一度そのパターンを掴めば、攻略方法は見えて来る。あなた達、アレフチームの勝利の鍵は■■◆◆だった。敗北をひっくり返す、盤面をめちゃくちゃにするのはいつも彼。それなら彼さえ処理して、後は普通に勝てる道筋をつければ、フフ、この通り》




 動揺しているアレフチームとは裏腹に、遠山の脳みそは冷え始めていた。




 名瀬はやはり、本気でアレフチームへの対策を固めていたのだ。




 《私はね、本気なの。私の願いを叶える為に本気で考えた。どっちのプラン、貴女を食べた場合のプランと彼を食べた場合のプラン、両方を用意していたの。どちらも本命。個人的には、鳴人くん以外の男を食べたくなかったから、貴女が欲しかったんだけどね》




 遠山はその言葉に耳を傾ける。




 ペラペラとよく喋るのは、名瀬の本質か、それとも、"日下部"だった頃の名残か。





 《今の状況はプラン通り。◆■◆人の捕食と吸収、そして封印は完璧。はっきり言ってあげるね。貴女達の狙いなんて、意味がないの。いくら私を消耗させようと、無理。彼が自分で目覚めることはない》





 そう、名瀬が"藤堂"だった時、似たようなことをしていた。




 何かを計画立てる時はメインとサブ、両方の計画を用意して、互いに互いを補強するような段取りを組むのがうまかった。






「くだらない嘘を!!」




 《クスクス、嘘じゃないよ。それは今の状況がそれを表している。ソフィ・M・クラーク、見てるんだよね。貴女の見立てでは、私がここまで弱れば彼が自分で目覚めると思ったんでしょ? ふ、フフフ、甘ーよ》





 落ち着いて淡々と話す名瀬。散発的に感情を散らすアレタ。






『アレタ、落ち着くんだ。残念だが、事実、あのバカが未だ目覚めないということはーー もう……』




 どちらに余裕があるか、痛々しいほどはっきりしてしまう。







「嘘よ!!!」




 英雄の叫び。




 けれど、それはあまりにも。



「うそ! 嘘よ! 彼が、あの大バカがこの程度のことで死ぬわけない! バイタルだって生存を示してる! 彼はきっと、あの中にいて、今も生きてる!! 絶対、絶対、そうに、きまってる……」





「アレタ・アシュフィールド……」




 あまりにも力がなく。




 《フフフ、ええ、ええ、そうね。生きてる…… でも、ああ、彼、とても可哀想……》




「……マジで全部治しやがった」




 《そう、そうよ。治るの。でもこの治るのも無限じゃない。フフフ、人と同じ傷を治すのには栄養がいるよね》




 再生した身体を撫でながら、女神の化け物がより一層笑みを深めて。



「……っ、まさか」





 《うーん、美味しい。灼熱のようで、涼しげで、香ばしくて、甘い。ああ、アレタ・アシュフィールド。貴女の男の味、悪くないよ。もちろん、栄養としてね》





「ーー」




 それはわかりやすい挑発だ。だがそれは効果覿面。





 アレタ・アシュフィールドの写し身、ストームルーラーで象ったヒトガタの見えない顔が凍りつくのがわかった。




 《貴女は、勘違いしていた。◆■◆人をまるで無敵で不死身のヒーローか何かだと思っていたんじゃない? フフ、ああ、おかしい。自らの理想の押し付け、安易な偶像化、誰かに幻想を抱くなんて…… フフフフフフ、よりにもよって、貴女が》





「………違う、あた、しは」





 だが、それ以上アレタ・アシュフィールドから言葉は出なかった。それは皮肉にも名瀬の言葉への返答となる。




 《この人の狙いは失敗したの。今まではうまくいったけど、今回はダメだった。貴女達はこの人を失ったの。もう帰ってはこないんだよ、ふ、フフフフフフフフフ、ね、結構きついでしょ? 無敵で不死身で必ず未来に辿り着くと思っていたヒトがもういないって気づくのは。私もそうだったから、気持ちはわかるよ》






 名瀬が、女神の化け物がにんまりと笑う。



 膝を折って、動かない英雄の写し身を見下ろして、つぶやく。






 《ああ、それともあれかな。フフフ、◆山◆■が目覚めない理由って、あなたの隣より、私のナカの方が気に入ったから、とかだったりして》





 女が、アレタ・アシュフィールドの女の部分を突き刺した。





「殺す」




 嵐が、唸り、雷が弾けた。




「あ、待て!! 無策でいくな! ああ! もう、これだから思い込みが強い奴は!!」





 遠山が止めた時にはもう、嵐のヒトガタ、アレタ・アシュフィールドの姿をした嵐は空を駆けていて。






「いいわ、貴女を殺して、バラバラにして無理矢理彼を引き摺り出す」






 速い、速い、速すぎる。



 数多の異形を薙ぎ飛ばし、穿ち、貫き、あっという間に入道雲、女神の化け物と同じ目線の場所まで、駆け上がる。







 だが、それは速すぎた。合図もなしに飛び出したその動きに、遠山鳴人のキリによる援護は間に合わない。







 《フフ、こう、かなーー》




 女神の化け物が微笑んだまま、自分の喉に手を当てて。





「返して、あたしのーー!!」




 アレタの右腕に、巨大な嵐の槍が瞬時に現れる、それを振りかざしてーー







 《"アシュフィールド"》





「あ」




 動き、アレタとまる。





 男の声。





 女神の化け物から、男の声が響いた。遠山の声ではない。遠山はその声を知らない。




 だが、アレタはそれを、自分の名前を呼ぶその声を知りすぎていて。






「はい、また隙あり」





 巨大な拳が振り下ろされる。今度は、キリの援護はなく。




「ガッ」




 そのまま直撃。



 蝿が吹き飛ばされるのと同じように、アレタ・アシュフィールドの写し身は地面に真っ逆さま。




 大きな土埃と、瓦礫の山を築き、英雄の写し身は帰ってこない。





『アレタ!? アレタ!! クソ、完全に、完全に手のひらの上…… アレタ! 起きろ! 追撃が来る!」





 《フフフフフフフフフ、フフフ!! 脆い! 脆いよ、アレフチーム! ジョーカーを失った貴女達の何と脆いことか! 待っててね、待っててね、鳴人くん! これはあなたのための祝祭! 再誕祭! 嵐と星を生贄に、あなたを殺して産み直すから! ひとつになるの! 完璧なあなたに! ああ、愛なんて必要なくひとりで進むあなたに戻してあげるから!》





 危機。




 嵐は神に貫かれ、英雄の似姿は地面に吹き飛ばされて叩きつけられる。




 女神の化け物は意気軒高。周囲の異形は増えるばかり、少しづつ、少しづつ、嵐の援護が薄くなり、桃アタマの化け物達が数に押されて殺され始めている。









 遠山鳴人が、空の上にしゃがみ込む。息を吐いた。





 アテが外れた。進めていたはずの盤面はしかし、最初から詰んでいた。



 頼みの援軍たちも、打つ手なし。英雄は神に打ち落とされ、嵐はいずれ止むだろう。




 危機、劣勢、死、敗北。遠山鳴人の道はここで潰えてしまうかも知れない。



 そう、つまりーー







【技能 戦闘思考が発動します】








()()()()()()()





 遠山鳴人が手のひらを合わせて思考を沈める。どんな状況だろうと、今更この男が考えることをやめるのはありえない。





 沈む、沈む、沈む。




 ほんの少しのきっかけで傾く戦況。嵐の瞳は大矛で貫かれ、アレタ・アシュフィールドのヒトガタは吹き飛ばされて、瓦礫の下。




 アレフチームが混乱に陥る中、遠山鳴人だけが冷たい思考を回していく。






「……落ち着け」




 劣勢。遺物所有者2人をもってしてもやはり相手は神話体系の頂点。簡単に殺せる相手ではない。





「考えろ」




 まだ、靴底には嵐が纏う。空の嵐は未だ健在。ならば、アレタ・アシュフィールドはまだ大丈夫。





「状況は」




 己に問いかける。劣勢、それはなぜか?




「そう、作戦の前提が間違えていたからだ。アレフチームの頼みの綱、()()()()()()は自力では帰ってこない」






 そこが肝だ。



 アレタ・アシュフィールドは、ソフィ・M・クラークはそこを読み違えた。




 おそらくそれは、名瀬瀬奈の言う通りなのだ。そのバカに、託しすぎた、そのバカの活躍に目を眩ませていたのだろう。




「この戦いには足りないものがある」




 言葉に出して、思考を加速。




 前提が、つまり最初の勝利条件を見直す必要がある。





 《ボボボボボボボ!!》



 《かかかかん!! カカン!》




 《ギュば、きゃぼ、かかかかん!!》





 異形の数がどんどん増える。この異界を埋め尽くしてしまわんとばかりに。








「チッ、増えてきたか。アレタ・アシュフィールド!! 起きろ! 寝てる場合じゃねえ!」



 反応はない。



 だが、遠山は知っている。



 52番目の星。あの世界で指定探索者の頂点に数えられるということが、なにを意味するのかを。






 現代の英雄と呼ばれるものが、この程度で終わるわけがないということを。



「お前、このままじゃ負け犬だぞ、名瀬の言う通りよー、その食われたバカまとめてとんだ間抜けだぜ」





 空気が破裂した音。



 一際大きな雷鳴が轟き、瓦礫に向けて大雷が落ちる。





 地より天に向けて吹き上がる大風、瓦礫がそれに巻き上げられ、それと一緒に嵐のヒトガタが空に舞い戻る。




「ーーひどいモーニングコールね、でも、ありがと」






「……まだいけるか?」




「見ての通り、元気満タンよ」





 遠山の隣に戻ってきた嵐の写し身。



 遠山はそれに指示を出す。




「……時間を稼げるか? 勝ち方を考える」




「あなたが? ……信じていいの?」





「信じろとは言わねえ。それを言うには関係が短い。




「じゃあ、どうしたらいいかしら?」




「俺に賭けろ」




 短い言葉。




「……アハ、土壇場で妙に説得力あること言うのも、ニホン人の探索者の特徴かしら? ……OK、わかった。飲み込まれたまま出てこないおバカさんに、少しだけ似てるあなたに賭けるわ」





「……微妙に縁起悪いな」





 遠山の言葉に、ヒラヒラと手を振って答える写し身。



 ひゅっと、また空を跳び、異形の群れの間引きを始める。



 これであと少しは時間が出来た。







「さて、考えろ。考えろ、考えろ」





 さらに思考を深める。





「まず、そもそもなんでアレはまだ死んでない?」




 敵の正体の考察。勝利条件の再設定にはまず正しく相手を認知することが必要だ。




【INT値が6を上回っています。"神話回生"、神秘に対する考察が可能です】




「考えろ、全てのことに理由はある」




 空を見る。



 アレタ・アシュフィールドの嵐の似姿、嵐の写し身が異形を屠りつつ、巨大な嵐の槍で名瀬を攻撃している。




 だが、それでも削りきれない。風が、雷が、その身を穿っても女神の化け物の余裕は消えない。




 つまり。





「効いてない、あいつと嵐は相性が悪い」




 なら、ほかに何か有効打を探さなければならない。




 思い出せ、言動、状況、メッセージ。



 答えは必ずそこにある。





【技能 "ランホースライト"が発動します。技能"戦闘思考"が発動します。技能"ホモ・サピエンス(頂点捕食者)"が発動します。





「奴の正体、必要な有効打。キリヤイバ、だめだ、デカすぎる、切り傷くらしにしかなんねえ。直で刺しても、全身にまわりきるかどうか不明」




 己の兵装、おそらく効果は薄い。




「アレタ・アシュフィールド、ストームルーラー。恐らくかなり無理をしている。出力にも制限つきだ。おまけに、名瀬はどうも嵐、いや、水や雷に耐性がありそうだ。()()()()()





 嵐の写し身と女神の化け物の殺し合いを眺める。




 どれだけ嵐が猛りても、雷が轟いても、女神の化け物からは、恐怖を感じない。その様子はまるで、それが自分に脅威となりえないと確信しているようにも見える。





「なら、ほかにある筈だ。あいつが恐れるものが」




 嵐とキリでは殺しきれない。だが、だからといって諦める理由にならない。




 拳で殺せないなら刃物で、刃物でダメなら銃で、銃でダメなら爆弾で。




 こと"殺す"ということに関して、人間ほど知恵を回らせるものはいない。




 そして、遠山鳴人は強くその形質を持つ個体である。





【技能 "殺害適性"が発動します】






【複数の技能による考察が進行しています。INT値によるアイデアロールが開始されます】




【神話回生の討伐には、"神話攻略"が必要です。目標設定。敵神性の解明】






「日下部、お前それ、そもそも、なんだ?」






 日下部、あるいは藤堂、そして名瀬。



 遠山の旧知がたどり着いたのは、嵐すら滅ぼしきれぬ神性とやら。




 殺すには、それの正体に辿り着かなくてはならない。




「思い出せ、ペラペラ喋るあいつの言葉にヒントがある筈だ」





 遠山鳴人は、記憶を探る。知らずに合わせていた手のひらの合掌がさらに強く。





「異界…… 境界を越える、馬鹿でかい矛の遺物、女、産み直す……」




 呟くのは、遠山の無意識が拾っていたヒント。



 大いなる神話の存在、それの正体へ少しづつ、人間が近づいていく。




「遺物・建国…… アメノウボコ…… 標識アタマ」




 ーーヨモツシコメ。そう、あの女は標識アタマのことをそう呼んだ。





【技能"オタク"が発動します、クリティカル発生】





「ヨモツシコメ…… "黄泉醜女"。黄泉平坂の化け物!! 待て、よ。てことはーー」





【技能"オタク"が発動します、クリティカル発生】





「伝承再生、道敷大神、神話回生、ヨモツオオカミ、黄泉大神……








  古事記!!」








【技能"オタク"が連続発動します。クリティカル発生。連続でクリティカルが発生したため、アイデアロールを判定無しでクリアしました】





 遠山鳴人はオタクである。ジャンルを問わず様々なメディア媒体を読み漁り、一人でニヤニヤする学生生活を送ってきた男である。




 そんな遠山にとって、図書館の世界の神話大全は大体1ヶ月近く手持ち無沙汰な昼休みを潰してくれた愛読書でもあった。




 遠山は知っている、黄泉の国の大神にて黄泉醜女を使役して、国産みの矛を持つその神性の名前を。





 道敷大神、黄泉大神。そう呼ばれた大神の最も古い名前。



 最初の名前を、遠山はーー









「"イザナミ"か」







【神性掌握】



【敵神性の正体にたどり着きました】







【敵神性の情報が開示されます。




 神名 伊弉冉大神


 出典 ニホン 古事記


 神格 神話体系の頂点、主神


 耐性 全ての自然現象


 神性権 全てのニホン人への絶対優位


 弱点  不明            】






「いや、耐性パズルがガチすぎるだろ。日下部の野郎、何をどうしたらそんなになるんだよ」





『トオヤマ、トオヤマナルヒト、聞こえるかい? 忙しい所悪いが、アレタがそろそろマズイ。無茶をしすぎた。彼女に許された遺物の使用時間の限界が近くなってきている』





 通信が声を響かせる。ソフィの声だ。





「おい、待て。時間制限あるんか。そういうのは先に言え、先に」





『恥ずかしい話、ここまで苦戦するとは思わなかった。本来なら、ここまで暴れればもう中のバカが、いや、一度失敗したことに執着しても仕方ない、とにかく打開策をワタシがーー』





「火、だ」




 ソフィの声を遮り、遠山が要件だけを伝える。





『……なに?』





「火だ、ソフィ・M・クラーク!! 名瀬のその力の本当の名前は、イザナミノオオカミ!! ニホン神話、古事記に出てくる国産みの偉いカミサマ!! そいつは、"火"で死んだ!」






 火の神、カグツチを産んだことによりイザナミは焼け死んだ。



 中学時代の遠山が、ひとりぼっちの図書室で得た知識が今、神殺しのヒントを届ける。






『火、火だって?』




「待て、アレタ・アシュフィールドにはまだ言うな。名瀬に警戒されたくない。古事記ん中で、イザナミはカグツチっつーカミサマを産んだ時に焼け死んだ。アレがカミサマの力を、イザナミの力をそのまま扱うてんならよー、弱点だって同じなんじゃないか?」





『……トオヤマナルヒト、神秘種との交戦経験があるのかい? いや、ない。あるはずがない、君は2028年9月にいなくなった筈だ』




「あ? 神秘種? なんだそれ。いや、今はどうでもいい。とにかく、アレを殺すのには"火"を試したい」





 言いながら、考える。



 一番に思いついたのは、キリヤイバによる竜の魂の使役。蒐集竜の尻尾の焔だ。




 だが




「だめだ、デカすぎる」




 サイズが違う。それにキリヤイバでの蒐集竜の焔はあくまで模造に過ぎない。





 名瀬を警戒させるだけ、殺し切れない。




 遠山が無意識に、今は遠く、遥か足元に見える校舎を振り向く。




「……いや、他に手があるはずだ」




 記憶を無くした竜のいる屋上を見つめたあと、すぐに視線を前に戻す。





 本物の竜の焔ならば、あるいはーー






 だが、今の彼女にそれを期待するのは賭けが過ぎる。





 ゆっくりと無くなっていく選択肢、眼前と繰り広げられる嵐の写し身と女神の化け物の殺し合い、しかしやはり決定打には至らず、徐々に、異形の数が増えていく。





「……火がいる。アイツを神話と同じように、中から焼き殺す火が」




 手を合わせたまま、遠山が呟く。思考を言葉に、頭の回転を止めずに。





「一手で全てひっくり返す、焼き殺す、()()()()()()





 だが、そんな都合の良い火など、どこにも。






『……ある』




 通信端末から、ぼそりと声。




「……なんて?」




『いま、火葬の火、そう言ったね、トオヤマナルヒト。ある、あるぞ! 奴を焼き殺す、焼き滅ぼせる特大のどでかい火種が!』




「……アレタ・アシュフィールドは火も操れるのか? ならーー」




『違う、アレタじゃない。あのバカだ。食われたバカの右腕はよく燃える!』





「……は? よしてくれ。今マジでそんな冗談かましてる場合じゃ」





『このワタシが! アレタの危機に、仲間の危機に冗談を言うと思うのか!! トオヤマナルヒト!!』




 耳元で火薬でも破裂したかと錯覚するような声量。





「っ…… そんなでかい声出せんのかよ。……マジ、なのか?」




 片目を瞑り、耳を押さえながら遠山が問う。




『ああ、現に、そうだ。これまで何度も汚い声で笑いながら怪物を何匹も奴は焼き殺している! 奴が火種なのは確かだ!』





「火種…… 名瀬は、火を操れる奴を腹ん中に入れてる、のか」






 どくん。



 心臓が一際強く高なった。



 危機により、今最高に回転している遠山の脳みそが本能的に、ある一つの結論にたどり着いたのだ。





「いや、まて、待て待て待て……」




 本能が導き出した答えを、理性が一度抑える。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。






「……ソフィ・M・クラーク。一つ聞かせろ」




 だが、遠山鳴人はもう確信している。




 閃いて、しまったのだ。



 やめろ、聞くな、確認するな。出来る可能性を探そうとするな。




 理性が何度も何度も、遠山の後ろ髪を引っ張り続ける。



 が、






「食われた奴のバイタルはまだ正常なんだよな?」




 だめ。聞いてしまった。もう止められない。




『……ああ、生体チップの情報は多少血圧と心拍がいつもより高い程度だ。……健康体と言っても差し支えない』





 ああ、やばい。



 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。






 できてしまう。遠山が自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしり始める。





「そいつが食われてからどれくらい時間が経った?」




『そちらとは時間の流れる速度が違う可能性を勘案しても、……1時間ほどだ」




「OK…… 話を整理する。食われたアレフチームのバカはまだ生きていて、そしてソイツはなんか知らんが以前もデカブツを内側から焼き殺したことがあるんだな?」




『……デカブツに食われるのが趣味みたいな男だ。むしろ、大物を殺すための手段として食われるという方法を選んでいるフシすらあるよ』




「ハッ、イカレてるな、そいつ。可哀想に。まともな人生歩んでないな」




 言いながら、遠山は自嘲気味に笑う。



 いや、人のことは言えない。




 なるほど、理解してしまった。




 その食われたバカは、恐らく狙って名瀬に食われたのだ。




 ーーこの人の狙いは失敗したの。今まではうまくいったけど、今回はダメだった。






 名瀬の言葉を思い出す。アレの意味がわかった。






 ()()()()()()()()()には意図があり、勝ちの目があった。名瀬に食われることで、奴を殺そうとしていた、その可能性が高い。





 だが、しくじった。




 前提条件をまた、ソイツも間違えた。名瀬瀬奈という存在が、そのバカの狙いを上回ったのだ。




「だが、つまり、今の状況は…… ああ、なるほど。そう言うことか。アレフチームのバカの狙いは、その作戦は、今もーー」




 たどり着く、たどり着く。遠山鳴人がそれに気づく。



 自分が出来ると思った名瀬の殺し方。恐らく、非常に気に入らないが、アレフチームのバカもまた同じ結論に至ったのだ。





 だから。






 ピコン。




【条件達成】




【神話攻ーーー 333####333332323333333333333333オミ、み、みーみみーーーミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミ3000 ミミ3000 ミミ3000 ミミ3000I Qミミ3000IQ I Qミミ3000IQ I Qミミ3000IQ I Qミミ3000IQ耳GYAHA耳耳ミミおみみI Qミミ3000IQGYAーー】







 知性と知識をもって。




 遠山鳴人は、バカの下した結論にたどり着いた。









「ーーアレフチームのバカは今も戦っている」








 シンパシー。




 強欲冒険者は凡人探索者と同じ答えに至った。





【■■■■】





 それが、呼び水となる。



この境目すらあやふやな異界の中、決して届かないはずのEmergency callと同じく、遠山鳴人には()()()()()()()()()()




本来であれば、よく聞こえる耳を持つ凡人にのみ届くそれが、今。







 目の前のメッセージ。



 黒塗り、歪み、そして、初めて見る言葉が現れた。



























  【TIPS€】











  【いまわの際を役立てろ】








【IQ3000の超天才的な神殺し作戦の概要が解放されます】





【◆■◆■は失敗した。内側から伊弉冉大神を焼き殺すIQ3000の作戦は失敗した。伊弉諾大神の持つ神性に、ニホン人は抗えない】






【◇◆只■は伊弉冉大神に囚われ消化され続けている。◆山■■の神秘の友人たち、鬼を裂く鬼と西国大将は伊弉冉大神の同化に抗っている。はじまりの火葬者は■■■人と共に在る、彼の熱は■■◆人の生命を暖めて守っている】





「ひひ、なんだ、これ」




 意味のわからない情報が一気に遠山の視覚に流れ込む。




【いずれ、主人を無くした神秘の友人たちの抵抗は敗北に終わるだろう。◆◆只■は燃料として消耗される】




 頭が重い。一気に広がる情報は受け取り側のことなど一切考えていない濁流。





 だが、遠山は本能的にそれを全て読み干していく。





【■山■■は"2人目の火葬者"だ】





「火葬……!」





 それは遠山の知りたい、欲しい情報。



 目を剥いて一言一句見逃さないように速読する。





【■■■人の右腕はよく燃える。はじまりの火葬者の火を宿している。その火は神ですら燃やし尽くせるものだ】




【その火は今、伊弉冉大神による■■■人の消化と吸収を遅らせるために燻っている。だが、いずれ消えるだろう】




【■■只■は失敗した。しくじった。だからーー】






【お前が引き継げ】







 すうっと、メッセージが消えていく。





 いみがわからないのに、意味が分かる。



 今、まさに遠山鳴人が欲しかった情報が全て開示された。






「やべえ、やべえやべえやべえ。出来ちまう……」




 脂汗の理由は、多分興奮だ。




 出来る訳がない、ありえない。それなのに、思ってしまった。





「……これ、多分、出来るな」





 遠山鳴人は()()を思い付いた。目の前の神を殺す方法を思いついてしまった。






 状況、人物、敵。



 それが気づけば全て揃っている。





 ソフィ・M・クラークからのバイタル情報、食われたアレフチームのバカ。火葬の火、今のメッセージ。







「ヒヒ、なにが、IQ3000だ。頭おかしいぜ、お前」





 凡人探索者が実行し、失敗し、しかし今もまだ続いているその作戦。





 ああ、気付いてしまった。たどり着いてしまった。






「俺なら、それを成功させられる」





 馬鹿げた自殺じみた作戦。どうしようもなく頭が茹ってイカレれた狂人の思いつき。




 ああ、それを、遠山はーー







「出来ると思った、だから、やった。てか。ヒヒ、やかましいわ」






 そう、思ってしまった。




 ピコン。




【クエスト目標の再設定に成功しました。全ての条件を達成した為、新たなDEADクエストの特殊ルートが解放されます】






『お、おい、トオヤマナルヒト? 急に黙って、どうしたんだい? クソ、こうなったらワタシもその場にーー』





「ソフィ・M・クラーク。作戦がある。アレタ・アシュフィールドを呼び戻せるか?」




『なに? 作戦、だと?』





「ああ、俺がお前たちを、アレフチームのバカを勝たせてやる」




 勝ちの筋が見えた。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






 アプローチの手段だけが、甘かったのだ。




「ゲホッ、……魅力的な提案が聞こえた気がしてもどってきたけど、どんな状況?」





「いや、お前がどんな状況だよ」




 気付いたら戻ってきていた嵐の写し身。なんか身体中に標識が突き刺さっている。かなりシュールな姿だが、本人は平気そうだった。






「不死身の化け物相手は慣れてるつもりだけど。アレね、今回は相性悪すぎ。効いてないわ」




 ずぼり、嵐で構成された体に突き刺さった"徐行!!"と書かれた標識を自分で引き抜きながら、アレタの写し身が喋る。






「気付いたか。ああ、そうだ。アレは普通のやり方じゃ殺せない」





「……悪い顔ね、ミスターキリヤイバ。その顔、それとよく似た悪い顔する奴、知ってるわ」




「……アレフチームのバカも、アイツに食われる前こんな顔してたか?」




 ニヤリと、遠山が笑う。確信がある、きっとアレフチームのバカもこの作戦を決めた時笑った筈だ。




 笑うしかない。





「……なんで、それを」





「同じだからさ。ミス・ストームルーラー。誠に遺憾だが、そのバカと同じことを俺も思い付いた。今のアンタの反応で予想が確信に変わったよ」





「なにをする気?」





「勝ち。勝ちにいく。アレタ・アシュフィールド、ソフィ・M・クラーク」






「なに?」




『なにかな』





「アレに勝ちたいよな? 食われたバカを取り戻したいよな?」





「………あなたに願い事をしたら叶えてくれるのかしら?」




『アレタ、待て、まずは彼がなにをしようとしてるかを確認しなければ』





「悪いが、悠長に説明してる暇はない。あんま時間かけすぎて名瀬に気づかれてもコトだ。よく聞け、アレフチーム。俺がお前たちを勝たせてやる。バカがやろうとして、失敗したことを俺が完遂させてやる。条件は一つだけだ」





「………」




『それは、なんだい?』





「俺に全賭けしろ。俺がこれからやること、言うこと、その全てが名瀬瀬奈をぶちのめす為に必要なことだ。俺がなにをしようと、賭けて、待て」





「待つって、なにを」





「オールインの払い戻しだ。お財布握りしめて待ってろよ。出来るか?」






「……もう一声、口説かれる身としては欲しいところだけど」




 嵐の写し身の判断は早かった。



 遠山の言葉に軽く笑いながら戯ける。




『アレタ!!』




 それを嗜めようと、ソフィが声を上げて。




「ソフィ、あなたもよくわかるでしょ? 今、流れをこちらに取り戻せるのは、トオヤマナルヒトよ。彼だけがあたし達の中で唯一明確なビジョンを持ってる。そうでしょ? だから、お願い。あたしをきちんと口説いてみせて」




 顔のない写し身がウインクした、そんな気がする。





「ヒヒ、口が減らねー。……信じてやれよ。俺じゃない。こんなイカレた作戦を思いついて、それを実行したバカを」




 だから、遠山は最大の殺し文句を用意する。




 アレフチームのバカ。それに一番期待しているのは多分、アレタ・アシュフィールドだろうから。




「アンタらの方が詳しいはずだ。食われたバカがこんなところで終わる奴じゃないって事をよ、アンタが一番知ってる筈だ、そのバカの価値を」





「OK、あなたにチップを全て預けるわ」





 瞬殺。きちんとそれは殺し文句たりえたらしい。




『アレタ! せ、せめて詳しい作戦を聞いてからでも! うわ、ぶ、あ! コラ! ワタシの通信機を

 をーー グレン!!』




 通信機の向こう側、まだ不満そうなソフィがわちゃわちゃ騒ぎ出してーー




『いーじゃねーっすか! センセ! 俺もアレタさんと同じ! コイツに任せるのに賛成っす!』






 新しい声だ。



 さわやかな男の声。砂漠のオアシスに吹き抜ける風のように、どこか涼しく、からっとした男の声だ。





「……誰だ?」




 だが、遠山はどこかでその声を聞いたことがあるようなーー





『おいおい! 忘れたとはいわせねーっすよ! カナヅチのトオヤマくんよー』




「っあ!! そのあだ名! てめ、まさか! グレン・ウォーカー!?」





 その男、グレン・ウォーカー。



 今はもうかなり昔のことだと錯覚してしまう上級探索者への昇格試験で同じチームだった男。




 怪物種を素手で殴り殺す変態で、遠山鳴人に"カナヅチのトオヤマ"という絶妙にダサいあだ名をつけた男だ。





『よーぉ、トオヤマナルヒト。上級探索者試験依頼っすねー。久しぶりっす。……積もる話はまあ、色々るけどさあ、すまん! アンタに任せる! あの食われたバカ、ダチなんすよ、だから、頼むわ! ね、センセ!』





「お前、アレフチームだったのか。世の中狭いな」




『ははは! アンタもしぶといっすね。生きてて良かったっすよ、カナヅチ』




「絶妙にダサいんだよ、お前のセンスは」





 互いに男同士、少し笑う。探索者の知り合い同士、必要なやりとりはそれで十分だった。






「ソフィ、これで2対1の意見ね。民主主義って素晴らしいものだとあたしは思うけど?」




『ーーああ、もう、わかった! ……わかったよ。トオヤマナルヒトに、ワタシも賭ける。……聞こえるかい、トオヤマナルヒト』





「あいよ」



 ソフィの少ししおしおした声に、遠山が返事を。






『……本当に、すまない。アレタと違い、そこにすら行けない、口を出すことしか出来ないワタシがなにを言っても軽い言葉にしかならないのはわかってる、だが、それでも……君の勇気に敬意を、その献身に、 感謝を』





「ーーああ。どういたしまして。アレフチームに貸しを作れるなんて滅多にないチャンスだ、気張ってくるよ」





 思ったより、いい奴だな、ソフィ・M・クラーク。



 想像よりしおらしい言葉に、遠山が軽口で返す。





「……機会を待つわ。ジャイアントキリングのチャンスを期待してるから」





「ああ、ーーあと、どれくらい保つ?」




遠山がそれを聞く。



明らかに、アレタ・アシュフィールドの写し身から感じる存在感、プレッシャーが薄くなっていて。





「アハ」





写し身が笑う。






()()()()が勝つまで」





表情もないのに、きっとその笑みは余裕たっぷりなーー





「ーーああ、なるほど。確かにアンタは英雄だな」





英雄はきっと、危機にこそ笑うのだろう。






【DEADクエストの新たなる特殊ルートが解放されます】





「ねえ、トオヤマナルヒト、なにを見せてくれるの?」




「ひひ、IQゼロの超絶望的クソバカ大作戦の続き、かな」





 振り返らずに。



 遠山が歩き始める。





 《フフフ、フフフフフフフフフ、まだ、まだ、まだ。鳴人くん、次はなにを見せてくれるの? 全部、全部見せて、あなたの輝きを、かっこいいところを、全て! その全てを見た上で、更なる私の理想をあなたに!






【DEADクエスト 更新】




【特殊ルート"FIRE&YEAR"が開始されます】





【クエスト目標 更新ーー】




 狂人の真似とて大路をはしらば。




 ああ、本当にお前、イカレテるわ。




 遠山は名前も知らないそのバカの考えを理解して、少し笑う。その笑いには僅かな安心が混ざる。




 ああ、世の中自分以上に頭のおかしい奴がいて、よかった、と。






【クエスト目標 神話回生 "伊弉諾大神"の殺害】





【オプション目標ーー】




 遠山が、空を歩く。



 女神の化け物の近くへ。その歩みに敵意も殺意もなく。







 《フフフ、フフフフフフフフフ、まだ、まだ、まだ。鳴人くん、次はなにを見せてくれるの? 全部、全部見せて、あなたの輝きを、かっこいいところを見せて欲しいな》




 女神の化け物が目を細めて笑う。ネズミをいたぶる猫のように楽しげに。







「日下部」




 《ん。なあに? 命乞いとかはやめてよね? すぐに殺したくなっちゃうからね? その点、この人は凄いよ。フフフ、もうしゃべれなくなってるけど、弱音を一切吐かずに最期までーー》





 女神の化け物が自分の胎を撫でる。我が子を宿す母のように優しい手つき。




 きっと、その中に逆転のバカは眠っている。




 ならば、遠山鳴人のやることはもう決まっている。この男にしかできない。



 藤堂未來と日下部日菜、その2人と共に時間を過ごした遠山鳴人にしか出来ないことがある。







「名瀬」





 遠山が、その女の本当の名前を呼んで。





 《んー?》






 遠山鳴人にしか出来ない、神殺し。




 今、この瞬間。




 凡人探索者のIQゼロの超絶望的クソバカ大作戦は、強欲冒険者が引き継いだ。





【オプション目標 "凡人探索者"の救出】





 冒険者の舌が、踊り出す。




 希望なき、絶望の女運。それすらも、冒険の道具にして。




 竜をすら説き伏せるその舌が、残酷な運命すら誤魔化すその舌が蠢く。





「俺以外の男の話、しないでくれよ(嘘)」






【スピーチ・チャレンジ(誘惑)を開始します】










読んで頂きありがとうございます!



強欲冒険者、凡人探索者共に書籍化作業進んでいます。



共に加筆してる部分ありますので既読の方も必ず楽しめて頂けると思います。コミカライズも進んでいますのでお楽しみにしてもらえれば!



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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、展開をちゃんと畳んでいってほしい アリスとの関係がどうなるのか? というところが気になってるところに過去の女エピ(現時点までほぼ話に絡んでない&好感をもってないキャラ)の話が降ってき…
[良い点] そうだよなぁ、最適解はやっぱり火だよなぁ。 神話的に言えば。 [一言] 最ッ高~に頭がブッとんだ主人公ガンバレ!
[良い点] 味山って二周目特典で神性への対抗取得してませんでしたっけ?
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