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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
竜祭りの前に

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95話 遠山鳴人とストームルーラー

 



「は? アレタ、アレタ・アシュフィールド?」




 その名前を、もちろん遠山鳴人は知っている。




 探索者ならば、いや、2025年以降の現代、つまりダンジョンが出来た現代に生きるものならば、彼女の名前を知らないものなどいない。




『YES I Am!! You really heard it? What is the situation now?』




 それはテレビのCM、街中の広告、雑誌、ありとあらゆる広告媒体、日常とメディアに浸透した文字通りのスター。





 彼女がランチに出かけただけでそれが新聞や雑誌の見出しにすらなることもある大衆の偶像。





 世界で1番有名な指定探索者、生きながらその功績、現代ダンジョンから"嵐"を討ち取り、持ち帰った偉業により、アメリカ合衆国の星条旗に数えられた女。






「あ、あー? えーと、やばい状況。多分死ぬ」




 遠山にとってまさに、生ける伝説といった人物。



 彼女の流暢な英語をなんとか聞き取り、そのまま返事をする。




 自分の言葉が通じるかどうかなんてことも、遠山の頭からは消えていた。




『that? Japanese? Why not translated? uhh……! Sophie! Hey, Sophie! I don't understand the words! What should I do!』




 端末の向こう側から聞こえる声と様子、なにやらバタバタとしている。




 Sophieーー ソフィ。その人名のような響きだけ辛うじて聞き分けることが出来た。






『Did you connect? Are you serious? Okay, I speak, the other person is Japanese, isn't it?』




 スピーカー通信の向こう側から、また別の声。先程の声よりももっと幼く、それでいてどこか




『YES!!』




 元気なイエスは最初の声、アレタ・アシュフィールドと名乗る女の声、そして、ゴソゴソと雑音が混じって。






『Ah, can you hear me hello? AH…… アー、ゴホン、やあ、通信の先の人、聞こえてるかい? ワタシの言葉がわかるかな? ニホン語で構わない、返事をしてもらえたらありがたいんだが』






「ニホン語……! 聞こえてる!! アンタは? こっちの声が聞こえてんのか? てか、アンタは、さっきの人と声が違うけど……?」




 英語から、ゆっくりニホン語へ。どうやらニホン語が喋れる人物らしい。少し発音が奇妙だが、聞き取るのに問題はなかった。






『OK、聞こえる。ニホン語を一応頭に入れておいた甲斐があったものだよ。ああ、さっきの、アレタはまだニホン語が完璧じゃなくてね。




 ワタシは、ソフィ。"ソフィ・M・クラーク"。知っていてもらえれば話が早くて助かるんだけどね』





 その幼さと理知性、両方を兼ね備える声が紡いだ名前も、遠山鳴人は知っていた。





『は? ソフィ・M・クラーク?! 合衆国の指定探索者、"女史"か?!』





 掛け値なく有名人。




 アレタ・アシュフィールドという確実に後世に名を残す人物と同じ程度の知名度。




 10代にして、ハーバード大学を飛び級&首席入学と卒業を同時に終わらせた天賦。




 そして、軍属となったのち、アレタ・アシュフィールドと共にダンジョン黎明期の活動に従事。現代ダンジョンに、"バベルの大穴"という名称をつけた名付け親でもある。




 ああ、どちらにせよ2人とも間違いなく後世の教科書に乗るであろう人物だ。






『イグザクトリー! よろしい、話が早くて助かるよ、いくつか質問をしたい、状況は?』




 頭がおかしくなりそうだ。




 遠山はさまざまな疑問、つまり、なんでそもそも自分が元々いた世界の人間から今になって通信が届いたのか、しかもその相手が、あのアレタ・アシュフィールドとソフィ・M・クラークなのか。





 少し考えて、それから





「入道雲の上に座っている馬鹿でかい化け物と、その子分の化け物に囲まれてるとこ」




 もうあるがままを答えるだけにした。



 全部の疑問に意識を向けるだけで頭がパンクすると判断して。





『おっと、それは…… 単刀直入に聞かせてくれ、その化け物の名前は、セナ・ナゼ、もしくは、ヒナ・クサカベに関わる者かい?』





「そこまで知ってんのか。多分イエスだ」




 ピタリと正解を言い当てられたことに、背筋が冷える。





『…………会いに行く、あの人、ファイヤチーム、バベルの大穴深層、伝承再生、號級遺物による量子学的多世界解釈線への干渉………』





「お、おい?」




 ぶつぶつといきなり始まる独り言に遠山が慄く。




 さっきまで会話していたのに急に自分の世界に引きこもり始められるのは、正直不気味だった。





『いや、結論を急ぐべきではないか』




 ひときしりの独り言は終わったらしい。ふう、と電話口の向こうからため息が聞こえた。




「よく話がわからないんだけどよ、わかりやすく簡潔に話してくれ。今にも、アイツらが襲って」




 そう、こんな呑気に通話している場合ではなかった。遠山は屋上の端っこから空を見上げる。




 夕空を埋め尽くさんばかりの異形と、入道雲の上に佇む女神の化け物。



 どう考えても世界観の違う大敵は、今にも襲いかかってーー






「あれ?」




 来ていない。



 蝗害の如く夕焼けを背景に広がる異形達は、動きを止めて空にぼんやりと浮かんでいるだけ。





 そして巨大な女神の化け物はーー




『ああ、大丈夫。ワタシとお話し出来る程度の時間は確保出来ている筈だ。彼女がそちらに潜る前に打ち込んでいたものが、そろそろ効き出す頃合だ』





「あ?」




 《っア…… クソ、ソフィ…… ソフィ・M・クラークの石化……か……ほんと、厄介な、目……》





 ぴき、ぴし、びき。



 空に響いた硬質な音、最初はそれが何かまるで見当がつかなかった。






『クックック、おや、聞き覚えのある声が聞こえたぞ。ああ、君にも効いたようで、何よりだよ』





「すげえ…… 石に、なってる……」




 入道雲の上に鎮座する女神、それの表面がコンクリート色に変色している。




 乾いた音とともに、その巨体がどんどん石に変わっているのだ。






『神秘種、"ゴーゴンの瞳"。腑分けした甲斐があったものだよ……このワタシがタダで逃がすワケないだろう、愚か者め』




 吐き捨てられた言葉に込められた冷たい敵意。




 指定探索者のそれは、たとえ遠山に向けられたものではないにしても充分に、怒りが込められたものだった。







『これで我々が最低限状況を共有するためのコミュニケーションの時間は取れそうだ。さて、奇妙な君、届くはずのない指定回線を受け取った君、探索者、と考えていいかい?』






「……ああ。もうなんか意味がわからんすぎて混乱しているけど、アンタこそ、本物のあの、ソフィ・M・クラークでいいのか?」





『ああ。だが残念ながらこの状況では君にそれを証明する手立てはないがね。どうしたものか、身分証明に自動車のライセンスでも見せようか?』




 フフン? という鼻で笑う声。




 その反応でもう、相手にするのが面倒な人種だということがよくわかる。




「うるせーよ。えらい余裕がありそうで何よりだが、こっちはそれどころじゃない。……色々、気になることはある、だがそれ全部放り投げて、アンタに聞きたい、頼む、答えてくれ」




『なにかな?』





「アンタは俺の味方か?」




 もし、この問いが即答でなければ遠山は探索者端末の電源を切るつもりでーー





『我々、アレフチームはセナ・ナゼの敵だ。これは答えになるかな?』





 即答だった。遠山が、笑う。





「充分だ、指定探索者。この状況でありえない事態だ。助っ人じゃなかったらどうしようかと思ってたよ」





 敵の敵は味方。確証もなく、理屈や理由すらわからない与太話、




 つまり、自分が元いた世界の住人との通信という話でも今の遠山には縋るべき蜘蛛の糸に等しい。





『クク、なかなかに余裕があるじゃあないかい。簡潔に話すよ。セナ・ナゼによって、我々アレフチームのバカが1人、連れ去られた。正確にはまあ、その、食べられたんだが…… 我々はそのバカを取り戻したい』





「食われた? え? アレに」




 遠山が目を剥く。




 お気の毒に。それはもう生きてはいないだろう。彼女達はそれの報復に来たのだろうか。




『おそらくそのアレに。それはもう丸呑みでね。……ダンジョンの深層まで逃げ込んだ彼女を追い詰めたのはいいものを、最後の最後に逃してしまったわけさ』





「……ダンジョンの深層、ほんと、なんでもありだな」




『バベルの大穴だ。なんでもありさ、まあ、もはやそれはバベルの大穴に限った話ではないけどね』






「逃げ込んだ名瀬が、こっちにやってきた…… おの偽物が、目印になったのか……」





 本体がどうのこうの言っていたはずだ。



 異世界転生か転移かわからないが、それは確かに自分に起きた事実だ。




 だが、今こうして、自分が元いた世界と、今いる世界が繋がっているということはすんなりと受け止めることが出来ない。




 夢か、幻か。そんなふわふわした感覚。





『ふむ、君、我々が知らないことを知っていそうだね。正直、この状況はワタシにとって数々の疑問と好奇心を抱かせるに相違ない状況だ、本来なら、君に色々問いただしたい所なんだが…… まあ、そうもいくまい。向こう側の探索者、君はセナ・ナゼと敵対している、そう思っていいのかな?』





「ああ、これから殺し合いの予定だ」





『大変結構!! クク、なら、もう答えはシンプルだ。共同戦線を依頼したい。我々、アレフチームにーー ん? 待て、ま、待て! アレタ!! アレタ! なにをしようとしてる!?? グレン!! グレン、アレタを止めろ!アレタ! ほんとに、やめて!! 勝手なことしようと!! ああアアアアアアアアアア! ダメだ、状況把握がまるで出来ていない!! 向こう側に何があるかもわからないんだぞ! やめろ! まだその湖に入ろうとするんじゃなーー










 ーーRelic START』





 端末の通信、向こう側が少し騒ぎ始める。



 静かな、それでいて強い声が聞こえた。






【警告ーー 號級遺物の発動を確認】





『Drowsyーー まどろっこしいわ』





【異界 "ヨミヒラサカ"が新たな異界からの侵食を受けています。異界"ストーム・ルーラー"の侵食により、"バベルの大穴深層"と異界が接続されました】





「あ?」




【共通語現象が発生します。異なる言語の使用においても相互の意思疎通が可能になりました】







 西暦2025年。現代世界に"ダンジョン"と呼ばれる神秘の地が生まれたその年。




 アレタ・アシュフィールドはダンジョンから"嵐"を勝ち取り、持ち帰った。




 2025年以降、北半球においては嵐は発生しない。



 アレタ・アシュフィールドの持ち帰った力はその名前の通り、嵐を調停し、支配し、使役したのだ。





 人類はついに、惑星の天体活動をその手中に収めた。



 人類の段階を進めた女、惑星の天体活動を膝づかせた女。アレタ・アシュフィールド、その力はまさにーー







『聞こえる? 探索者の人』




「その声、一番最初の……」




『あたしの名前はアレタ・アシュフィールド。貴方は名前は?』




「遠山鳴人」






『待て、アレタ! トオヤマ? 今、トオヤマナルヒトって言ったのかい? 上級探索者、トオヤマナルヒト!』





 通信の声、ソフィ・M・クラークが叫んだ。





「え、知ってんのか?」




 少しテンションが上がる。



 指定探索者、それもアメリカ合衆国のトップクラスの探索者が自分の名前を知っている。




 それは探索者であれば誰でも驚き、そして自慢出来るようなことだ。






『違法遺物不法所持者の嫌疑がかけられていた行方不明のニホン人探索者……! アレタ、彼だ! 2028年9月の捜索任務!』





『ええ、覚えてるわ。そう……生きてたのね』




 噛み締めるような、アレタ・アシュフィールドの声。




「え? バレてんのか? マジ?…… てか、捜索任務って?」




 だが、それよりも遠山にとっての驚きは、自分が隠し持っていたつもりの"遺物"の所有が既に疑われていたという事実だ。





 遠山はそれをかなりうまく隠していたつもりだったのだが。








『ふふ、行方不明になった貴方の捜索はあたし達、アレフチームの仕事だったの》





「……アレフチームが、俺の捜索を? ……ああ、もうすげえな」





 現実感があるんだか、ないんだかよくわからない会話だ。




 自分があの日、あの時、あの場所で迎えた最期。当たり前だが、自分がいなくなっても世界は続く。




 あの時、遠山が迎えた終わりはしかし、確かに、誰かの冒険の一幕になったのだろう。





 《なかなかハードな任務だったわ。……ミスター、生きててくれてありがとう。貴方の生存を誇りに思う。……今、貴方がなぜそこにいるのか、どうやって生き残ったのか、詳しくは聞かない。ミスター、貴方は今彼女と戦おうとしてるのね』






「ああ、日下部を、藤堂を、名瀬を、狂った俺の仲間は、俺が始末する」





『貴女の捜索はセナ・ナゼが探索者組合に圧力をかけて行わせたもの。方法は褒められたものじゃないけど、あの子の理由は、貴方よ。それでも? あの子は貴方の為に全て行動しているとしても?』




「だからこそ、俺がやるべきなんだろ」






 アレタ・アシュフィールドの問いに、何もブレることなく遠山が答えた。





『OK。わかった。貴方のその誇り高さに敬意を。聞いて、ミスター。あたし達と貴方がいる場所は遠く離れてる。あたしじゃ、そこまで行けない、だからお願い。もし、貴方が彼女と戦うのなら、あたし達にもそれを手伝わせて欲しい』







 びし。



 一際大きな乾いた音、破裂音、石の。








 《52…… 番目…… フフ、フフフフフフフフフ、この人を取り戻しにくるの? ……いいよ、おいで、おいで、貴女なら、出来る、貴女なら私と同じく、遺物の最奥、人間の最上の可能性、カミサマにもなれるでしょうね》





 ぱら、ぱら。



 石化が進んでいたはずの女神の化け物。それの身体を覆っていた石がどんどん崩れていく。





 ヨミの国の大いなる神が、星の英雄に問いかける。



 自分と同じモノに貴女ならなれるはず、と。







『いいえ、セナ・ナゼ。あたしはもう、間違えない。そんなものには、1人で全てが完結するようなものにはなれない、あたしはちっぽけな只の人のままでいるって決めてるの』




 きっぱり、それを断る52番目の星。



 ちっぽけな只の人。以外と普通の人間なのかもしれないと遠山は思う。





 《フフフ、何も失う覚悟もないのに! 私の前に立ち塞がろうとしないで! 私は私の求める完璧ない遠山鳴人のために、私になる、もっと、もっと》






『うわ、やめてよほんと、こっちが恥ずかしくなるわ。……あの時のあたしもこんな感じだったのかしら』





「なんの話だよ」




 よくわからない会話に遠山が口をはさむ。





『あら、ごめんなさい、こっちの話。ミスター、貴方に出来ることを教えて。可能な限り、貴方の狩りを援護するから』





「……遺物を使える。名称はキリヤイバ、力は細かく鋭いキリを出す、それを吸い込んだ相手を内側から切り刻める。あとは、まあ、色々だ」






『あら、素敵な遺物ね。あたしの次に》





「うわ、ナチュラル強者じゃん…… 世界最高の探索者、アレタ・アシュフィールドに手伝ってもらえるのは光栄だけど、姿形も見えない、通信だけ届いてるアンタは何が出来る? そのまま応援でもしてくれんのか?」




 メッセージが告げた異界の侵食。




 だが、今のところ言葉が通じるようになったこと以外、特に変わった様子もない。



 まあ、都合の良い話だ。遠山もなんだかんだ、本気で直接的な助けが得られるなんて思っていない。






『あら、あなたけっこう言うわね。いいわ、萎縮されるよりかなり、いい感じよ、ミスター』





 《鳴人くん! 鳴人くん、鳴人くん鳴人くん! 鳴人くん鳴人くん鳴人くん鳴人くん鳴人くん鳴人くん!! 今、行くから! 見て! 私の力を! あああ」





 石化が溶ける、同時に異形の群れがざわめきだす。



 攻撃が、始まる。





「やばい、石化が解けてる…… 簡潔に! アレタ・アシュフィールド、アンタは何が出来る!? てか、援護って、一体何をするつもーー」





 遠山が、空を睨んで叫びーー






 《ああ、もう始めてるから、大丈夫よ』






 2025年以降の世界。



 先進国を問わず各国の防衛戦略、及び国家間の軍事力は、"號級遺物"の運用を前提としたものになる。




 何故か?




 答えは簡単。





 アメリカ合衆国指定探索者、"52番目の星"の號級遺物。




 嵐を従えるその力に対抗できるのは同じ"號級遺物"でしか叶わないためだ。







 ーーその女は世界のパワーバランスを変えた。




 ーーアレタ・アシュフィールドの力は、星の天体活動を従わせるもの。





 故に、それは神の御業に等しく。












 《たどり着いたわ』






 故にその力にとって、異界を渡ることなど、容易いことだった。





 ぽた、ぽた、ぽつ。



 水滴が、屋上の床を濡らす、気づけばそれは頬を打ち、髪を濡らしている。




 雨が真上から降り始めた。



 風が強く吹いている。



 雲が渦巻き、信じられない速度で空を泳ぎ始めている。





 夕立ち、夕の嵐空。




 夏に、嵐がやってきた。




「は?」




 《え》






 世界が震えた。



 その異界の輪郭が、外からの衝撃に震えた。



 いや、それは震えというより、世界が






『レリック・スタート》





 怯えた、ような。





 《跪け、ストーム・ルーラー》





 その声は、通信から響いたものではない







 遠山は、声のした方向、つまり真上を見上げて。







「……マジか」




 声を漏らした、マジか。もうそれしか言葉が出ない。





 遠山の真上に、屋上の真上、血のような真っ赤な空に、"嵐"がいた。




 風も、雨も、雲も、その全て遠山の真上に顕れた存在と共に顕れた。





『何が出来る? うーん、そうねえ、何が出来る……か……ひとまずは、うん、そうね。この嵐、ぜーんぶ貴方の味方よ、()()()()()()()()()





 現代世界の軍事の歴史、国防の概念、ゲームのルールを根こそぎ変えた力。






 それは嵐だった。




 雨風を衣のように纏い、時折り輝くそれはきっと雷を編み込んでいるのだろう。



 それは嵐だった。



 夕焼けの空は気付けばその半分が暗く、雨雲に閉ざされている。ゴロゴロと怪物が喉を鳴らすように、分厚い雲の中から稲光と雷鳴がとぐろをまいている。





 そして、それはーー








【異界侵食、ストーム・ルーラーによりヨミヒラサカの異界強度が著しく下がっていきます】




 そして、それは"瞳"だった。



 嵐を纏う巨大な、人間の瞳。




 青い目だ。




 雲一つない、人の手が入らない美しい晴れの浅海、太平洋のエメラルドブルーの海をそのまま溶かしたような瞳の色。




 その青い虹彩の中に、蠢くものがある。




 数々の影絵のような、何か。水生生物が水底で揺蕩っているようにも見えた。






 《ストームルーラー・ホライゾン。境界線を、世界を跨ぐ? カミサマの力? ハッ、セナ・ナゼ、貴女にできて、あたしに出来ないって本気で思ったの?》




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 瞳から声が響く。嵐を纏った巨大な青い瞳が、入道雲に座る女神の化け物を睨んでいた。





 アレタ・アシュフィールドの號級遺物、ストーム・ルーラー。その力そのものが突如、ヨミヒラサカの異界へと顕れる。






 《まさか、遺物を…… いいえ、遺物の力だけを、あそこから、ここまで……!! ストーム・ルーラーだけをここまで届かせた、の? ふ、フフフフフフフフフ、、ほんと、デタラメね、アレタ・アシュフィールド!!》





 《貴女に言われたくないわ、セナ・ナゼ。さて、悪いけど、貴女が食べたそのバカ、あたしのなの。返してもらうわ》






 眼前には、巨大な女神の化け物、頭上には巨大な嵐を纏う青い瞳の化け物。






 《ふ、フフフ、しつこい女は嫌われるよ》




 《自己紹介かしら? 貴女にそれほど興味はないのだけれど》




 瞳が、羽虫を見つけた猫のように歪んで。




 嵐、雷鳴鳴り響く。





「「「「「「「ヒヒビャュ!? ギャ!?」」」」」」」」




 同時に、光る稲光が一瞬で、空を埋め尽くさんとする羽の生えた標識頭の異形を文字通り消し炭にしていく。




 ブスブスと黒焦げになる異形の残骸、それらが雨に冷やされ蒸気を上げながら、カトンボのように堕ちていく。






 《フフフ、残酷なのね、英雄。でも、まだまだ死なないわ、おいで、みんな》




 波紋、波紋、波紋。



 空間に浮き出るねじれから異形が再び現れる。




 嵐に侵されつつあるも、未だここはヨミノヒラサカ、すなわち神話回生・ヨモツオオカミ(名瀬瀬奈)の世界である。




 神話に語られる狭間の世界、あの世とこの世を隔てる坂。黄泉の軍勢は尽きることを知らない。





 《アハ、いいストレス解消になるわ。羽虫を捻り潰すの得意なの》




 《フフ、貴女、思ったよりも嫌な女ね」








「……これ、俺いるか?」




 頭上、嵐と夕焼けの空の中繰り広げられるスーパー化け物大戦を眺めて、遠山がぼやいた。




 ゴジラとキングギドラの戦いを下から眺める連中の気持ちがよくわかる。





『あ、あー、聞こえるかい? トオヤマナルヒト』




「あ、どうも」



 こんどは通信が鳴る。ソフィ・M・クラークの声だ。




『作戦目標を簡潔に伝える、仕切るようで申し訳ないが、これには君の協力が必要不可欠だ』





「了解、殺し方の段取りは任せる」




『助かるよ。作戦目標、セナ・ナゼ。アレの巨大な体の体内には、ワタシ達の仲間が捕食され、囚われている、ここまでいいかな?』




「う、ん…… あんま言いたくないんだが、普通あんなでかいのに食われたら、それはもう囚われているでは済まないのでは?」




 とっくに死んでいるのでは?



 ボブ…… 遠山は訝しんだ。




『いいや、済むんだ。アレはそう言う奴なんだ。本当に申し訳ないが、もうそれはもう、そういうものなんだと諦めてくれ。事実、こちらで把握しているデータにより、食われた奴のバイタルは生存値を示している』





「……それは人間の話をしてるのか?」




 遠山は訝しんだ。




『ああ、どうしようもない凡人さ。さて、トオヤマナルヒト、作戦の内容は極めてシンプル。アレタの嵐、"ストーム・ルーラー"との共同戦線だ。アレを、目の前のアレを可能な限り殺し尽くしてほしい』




「いいのか? 中に、その、まだ食われたやつがいるんだよな?」





『ふむ。それについては問題ない。簡単な話さ、トオヤマナルヒト。我々の敵、セナ・ナゼは決して身体には入れてはいけない病原菌のようなものを取り込んだわけだ。今はまだ彼女が元気だから、問題ないが…… 風邪や病気はどんな時に罹るものかな?』





「弱らせろ、ってわけか。ああ、そりゃ、シンプルでいい。……ねえ、ほんとにアンタらのその食われた仲間って人間なんか?」




 遠山はまた訝しんだ。




 あの化け物にとっての病原菌、つまり食われてなお、その"アレフチームの凡人"とやらは、あの女神の化け物の脅威となるということだろうか。





『ふ、クク、ああ、人間だよ。どこにでもいる只の人間さ。右腕はよく燃えて、左手は骨の刃になって、首にはエラが生える時があるけどね』





「B級映画のクリーチャーの話をしてるんだよな」





『いいや? 人間の話さ』




 人間であってたまるか、そんなものが。





 やはり指定探索者ともなると少しばかり頭がおかしくないとなれないのだろう。





 いや、それかきっと、仲間が食われたという状況で流石のソフィ・M・クラークといえど混乱しているのだ。




 遠山はそう結論した。そうするしか、理解のしようがなかった。





 《ああ、あああああ! 厄介! 邪魔をするな! ストームルーラー!! 私と鳴人くんの時間に入ってくるな!》





 《アハ! これはお笑いね、セナ・ナゼ!! 思い込みが強い女の悪いところよ! きっと、ミスター・キリヤイバはそんなに貴女との時間を楽しみにはしてないわ》







「……嵐を纏ったでかい目ん玉と、顔半分が暗黒の化け物女神が殺し合ってる……」





 苛烈さを増す化け物同士の殺し合いを眺める。



 嵐と雷が、数多の異形を殺し尽くしている。




 だが、殺しても殺しても雨後の羽虫の如く、どこからともなく異形は湧き続ける。




 異形の標識頭たちが、嵐を纏う瞳に近づこうとするも、大風と、稲妻に滅ぼされ尽くす。





「悪夢かな?」




『だが、遺物保有者の君にはその悪夢に参加する資格がある。トオヤマナルヒト、君の戦闘能力は資料で読んだことを記憶しているよ、……驚嘆に値する、あの記録がまやかしでないところを、ひとつ、見せて欲しいのだが』





「……ソフィ・M・クラーク、いい性格してんな、アンタも」




 ぼやきつつ、そして化け物大戦に呆れつつも、この男、実は全く引く気がなかった。





 カイキユサの弔いと、ファイアチームの責任は自分が取らなければならない。





 ーー覚悟は既に決めている。




「ーードラ子!」




「え、う、ウン! な、ナルヒト、お、お空のアレ、貴方のケータイの声、だ、誰? ダレなの?」




 少し置いてけぼりになっていたドラ子、カイキの亡骸を未だ抱きしめて、雨に濡れている少女に遠山が声をかける。




「イカレた愉快な味方達、かな。おい!! アレタ・アシュフィールド! でか目ん玉!!」




 《なに?! ごめんなさい、今見た通り、少し忙しいのだけれど!》





「こいつらのいるところに雨降らすのやめてくれ! 俺の友達が風邪をひく!」




 《ーーアハ! アハハハハハハ! ちょっと、どうしよ、ミスター・キリヤイバ! あたし、貴方のこと嫌いじゃないわ。そうね、女の子の身体を冷やしたらいけないわ。…………大切なのね》





「ああ、2人ともな」





「な、ナルヒト? も、もう、わたし、何がなんだカ……」




「ドラ子、聞いてくれ」




「え、エ、ウン……」




「今から少し、多分無茶をしてくる。でも絶対帰ってくるからよー、カイキと一緒にいてやってくれ。お前にしか頼めない」



「な、ナルヒト……」



「あ?」




「ダメ、行っちゃダメだ、ヨ。アレ、とても良くなイ、別の人が来たんなラ、その人たちに任せようヨ……! わ、ワタシ、わかるの、ナルヒト、ナルヒトが、このままじゃ、遠くにーー」




 差し伸ばされる手、弱々しく、惑うように。




 遠山は、それを見て



「ドラ子」




 友達の名前を、竜の友の名前を呼ぶ。




「俺には必ずたどり着くべき光景がある。目標が、希望が、欲望(ゆめ)がある」





「ゆ、め?」




「そこの光景にはよ、もうお前もいてくれないと困るんだ。だから、俺がお前を置いていくことはないよ。友達だろ、俺たち」




「アッ」




 遠山が少女の手に、軽く握り拳を当てる。伸ばされた手を握りることはしない、それを掴みもしない。




 ただ、ポスンと差し伸ばされた手にグーパンチで返事をする。





「無茶はする。でも、帰る。約束だ、竜との約束だ、俺がこれから何をしようと、信じてほしい。絶対帰る」





 命を賭けることになる。



 一度、あの白蛇女、伝説の生物との殺し合いを経たからこそわかる予感。




 身体の芯がふわふわして落ち着かない、自分が今、怖いのかどうかもわからなくなる妙な感覚。





「り、ゅう……」





 つぶやく少女に背を向ける。



 少女が伸ばした手は、遠山に届くことはなかった。






「待たせた、いつでもOKだ」




 腕のストレッチをかましつつ、遠山が頭上のデカイ目玉に声をかける。





 《アハ、貴方、悪い男ね。OK、彼女たちの上の雨雲と風をどけたわ。これでいいかしら? さて、覚悟はいいかしら? 少し、歯応えのある相手だけれども》





 言葉通り、屋上に降り注ぐ雨と風が嘘のようにやむ。恐るべき力だ、あの嵐を完全にアレタ・アシュフィールドは掌握している。






「あいよ。……ん?」




 かた、かた。




 気付けば、手が、膝が震えていた。身体が気付いてしまったらしい。



 頭上にて繰り広げられる神話の戦いを。決して人が踏み入れることなど出来ないその争いの恐ろしさを。




 《……震えてる、やっぱり怖い?》




 静かな声。その声に込められているのは期待と、不安とーー





「武者震いだよ、ミス・ストームルーラー」




 品定め。




 今、試されている。それに気づいてしまったのなら、もう意地を張り、見栄で立つしかない。




 狂人の真似とて大路をはしらば。




 遠山鳴人が、前へ進む。震える膝に、震える手につぶやく。




 ふざけるな、今更ついてこなくなるんなら切り捨てるぞ。






 《! さすが、ニホン人の探索者はそうこなくちゃ》







「でも、アイツ雲の上にいるんだよなー」




 《ああ、それ。問題ないわ》




「え、え、う、おおおおおお!!?」





 ふわり、遠山の身体が空に浮かび上がる。





 しゅる、しゅる、しゅる。風が逆巻く音、気付けば遠山のブーツに小さな竜巻、嵐がまとわりついていて。






『素敵な靴ね、空を走れるブーツなんて羨ましいわ』




 浮かび上がった遠山が、()()()()()()()()




 足元の小さな嵐が、空気をつかみ、地面を踏んでいるのと同じく、空を歩ける。






「は、はっ! マジでアンタめちゃくちゃだな! だけど、これで!」





 頭上、気配、粘つく粘液をかけられたようなそれは、殺気。





 《カンカンカンカン!!》





 標識頭の異形が、踏み切りバー、真っ赤な肉片がたくさんこびりついた凶器を握り、羽を震わせて遠山へーー






「キリヤイバ」





 足に力を入れる、空を蹴り、空を飛ぶ。



 信じられない跳躍と立体的な動きは全て嵐の助けによるものだ。




 化け物を飛び越えた遠山、既に仕込みは終わっている。




 《ガァン!?》




 迎撃。




 血を漏らしながら、地に落ちる異形。



 眼下、異形の進路に合わせて、()()()()()キリを作動する。





 ふわりと跳ぶ遠山の足元で、異形がキリに刻まれてカトンボのように地に落ちていく。





「ヒヒヒヒヒヒ、こりゃあ、もしかしすると死ななくて済むかもなァ!!」




 嵐の夕空に、遠山鳴人が立つ。嵐の絨毯を踏みしめて。




 首元から引き抜く欠けたヤイバ、左手に。



 腰ベルトから引き抜いた鉄のメイス、右手に。









 《鳴人くん、鳴人くん、鳴人くん、鳴人くん!! いいわ! これは、試練なのね! 良い! 嵐を乗り越え、竜女を殺して、貴方も殺して!! 完璧な貴方にしてあげる!!》





 眼前、未だ遠く、雲の上に鎮座する女神が叫ぶ。







「ヒヒヒヒ、お仕置きの時間だぜ、名瀬ェ!! 頼む、アレタ・アシュフィールド! 甘えるぞ! 合わせろ!!」








 シンパシー。





 ある一定の領域、同じ分野、そして力量の優れた者同士のスタンドプレーは、時にチームワークになり得る。




 言葉にせずとも、既にこの2人は互いの力を一度見ている。




 2人の連係には、それで充分だった。






 《アハ、そー言うこと! いいわ、まとめて始末しましょう!》






 遠山鳴人と、アレタ・アシュフィールド。




 生きる世界は違えど、手段や、道のりは違えど、互いに彼と彼女は、その力にたどり着いている。




 1人は、死を前にしたことで。



 1人は、大敵を前にしたことで。






「遺物 霧散」



 《遺物 顕現 (レリック スタート)





 常に、その力は大いなる試練に立ち向かうために存在するのだから。





 強欲と英雄よ、人の極地たるもの達よ。





「キリヤイバ」




 《ストーム・ルーラー》







 無限の勇気と底のない欲望を供にして。霧と嵐を従えて。







「《オーバ(拡大)ロード(解釈)》」







 さあ、黄泉路を越えてみよ。






いつもありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
凡人2周目n回目感 少なくとも凡人300話よりもまだ先の時系列のアレフチームですよね? アルファチームではなくアレフチーム。しかし世界線がたくさんあるから読者が認識している誰でもない可能性が一番高い
[一言] これ、ファランはどうなってんの?|ूᐕ) 夢の中の状態を認識出来てんの?| ᐕ) それとも、創るだけ創って後は知らんみたいな感じ?| ᐕ)
[一言] 味山久しぶり!
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