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94話《Emergency call.Emergency call. This ーー》

 


 これは、僕から君へのちょっとしたイジワルだぜ。





 とーやま。君の選択を知っていながら少しだけ君を試すイジワルだ。





 知ってるよな、僕が生まれた時から、ずっと死にたがってたこと。何度も話したし、何度も君は身をもって体験した筈だ。




 別に人生に不満はないし、心を病んでいるわけでもない。でも、ふと気づくと、僕は死にたくなっていた。




 歩み続ける人生の長さ、考えれば考えるほど汚く感じる世界の仕組み、脳みそにまとわりつくように緩く温い怒りと失望が僕の中にはずっとあった。





 だから、何度も何度も自分で終わらせようと試みた。電車に飛び込もうとしてみたり、屋上から飛び降りようとしてみたり、殺人事件を探してそれに巻き込まれめみたり、危ない連中と関わってみたり。





 君に、全部めちゃくちゃにされちゃったけどな。




 なあ、とーやま、何でだよ。




 何で僕を生かしたんだよ、何で僕を生かしたのにどっか行っちゃうんだよ。






 何で、僕を連れて行ってくれなかったんだよ。




 なんで、何で、なんでーー







 つって、まあ、この気持ちも、そんな記憶も全部どこかにいる本物の海城優紗のコピーに過ぎないんだけどよー。




 あーあ、全く。貧乏くじだぜ。



 結局、こんなふうに終わっちまうなんてよー。




 せっかくたのしくなってきたのに、せっかく良い友達ができてよー、夏休みの予定立てたり、バイトのシフト詰めたりしてたのに、どうだよ。




 死にたいと思いつつも、まあ、それなりに僕の人生が楽しくなってきてたのに。



 君のおかげで、進み続けるそのうちに、僕にも何かが見つかるかも知れないと思ったのに。





 生きてやってもいいかな、と。死にたいと言う気持ちを抱えながらも歩いて行けると思っていたのに。




 僕の世界は5分前に壊れちまった。いや、初めから世界なんて全部偽物だった。



 僕の生きた時間も、僕の感じた思いも、僕が願った未来もぜーんぶ偽物で、本物なんて一つもなかった。





 この気持ちも、この苦しみも、この世界を作ったやつに用意されたもの。




 こんなことを考える僕も、どこかにいる本物の"海城 優紗"のコピーに過ぎない。僕の全てが誰かの模造品、僕だけのものなんて、何もない。





 この常に体にまとわりつく想い。




 "死にたい"という想いも、ぜーんぶオリジナルから模倣されたものなんてさ。




 君との思い出も、君へのこのグツグツした気持ち悪い感情も、全部作り物。




 否定したいけど、僕は理解してしまう、自分が偽物で造り物であることを。





 あーあ、神さまとやらがいるとしたら全く残酷だぜ。乙女心をなんだと思っているのやら。





 ああ、でも、まあナシよりの、アリかな。




「オイオイオイオイ、なんだよ、とーやま。その顔」




 ぷ、ププッ。ああ、見ろよ、とーやまの奴。怒ったんだか、驚いてんだか、よくわかんねーツラしてる。





 ああ、僕も、そして、オリジナルの海城優紗もほんとたいがいイカレてるぜ。





 今、少し嬉しい。




 遠山鳴人が僕を、僕だけを見てる。これは、ナシよりのアリだぜ。




 ああ、悪いな。ドラル。君まで泣きそうじゃん。悪いことしてるな。



 ドラル、君は優しい奴だからね。僕とは違って他人の為に生きることが出来る奴だ。




 ああ、結局カイキユサは自分が一番大事だったわけか。




「ほら、早くしてくれよ。何度も言ってるんだぜ? 時間がないってさ。今、こうしてる間にも、他の不服ある連中の声を僕が抑えてやってるんだ」





 とーやまとドラルには、実は一つ、嘘をついた。




 この世界が壊れたって、言ったけど。まるで何もしてないのにパソコンが壊れたみたいに言ったけど。




 ああ、パソコン壊したやつはみんな、"何もしてないのに"って言うけどさ。





「ははは、おい、まさかとーやま、なんか遠慮してるんか? ひっひっひっ、正義の冒険者は、自分の可愛いお友達は殺さないってかー。ならさ、こういうのはどうだよ? 僕は、化け物だ、僕は他者を喰い殺す化け物だ、え? なんでかって? だって、この世界は」





 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






「この世界、壊したの僕だぜ? いや、正確に言うと、殺したのは、僕だ」




 全部、僕が殺した。




 あの教室でさ、昼寝してた君が大人の姿に変わった瞬間、僕がこの世界の仕組みを全部理解した瞬間。




 この世界が偽物だと気付いた瞬間、僕が全部殺した。




「学校のみんなも、街の人々も、家族も、友達も、全部、僕が殺した、だいたい10分くらいかかっちまったかな」





「エ……?」




「………………」




 ドラルがその言葉にびくりと身体を跳ねさせる。



 とーやまは、微動だにしねえ。ひなたぼっこ中の爬虫類か何かかな?





「ああ、安心しなよ、ドラルのパパとママは殺してない。僕が君の家に行った時、2人はもういなかった。でもさ、とーやま。彼女達は僕が殺したよ」




「………………」



 黙ってこちらを見る遠山の目が、鋭くなっていく。





「君が3年間でめちゃくちゃ(救った)にした彼女たち。優しいあの子も、夢を持っていたあの子も、自由になりたかったあの子も、君に夢を見たあの子も、そして、ずっと君を見ていたあの子も、全部、僕が殺した」




 まあ、彼女を不意打ちで一番初めに仕留めれたのは《()()》だった。とーやまの寝顔に見惚れていたからかな。まるで、大人のとーやまを知っていたようにさ。






「………………」




「なんでかって? 納得しないからだよ、彼女たちは。この世界が偽物で、自分がスワンプマンなことなんて、受け入れることが出来る奴はイカレてるだろ。ああ、そうだ、元から生きたくない奴、死にたがり慣れている奴くらいしか、そんなこと受け入れられないっしょ」




 なんで。



 どうして。



 いやだ。




 死にたくない。



 僕が手にかけた全員の断末魔がまだ、耳に、手のひらに、残る。




「さすがにさあ! 命乞いする彼女たちを君に殺させるのはきついかなぁって、感謝してほしーくらいだぜ? とーやま。僕、友達殺しちゃったんだよ! 友達でもなんでもない、君のためにさあ!」






 とーやまの記憶をもとに街一つを再現し、それを舞台として機能していた世界にもだいたい120万人くらいの人がいた。




 120万人を殺し、120万人の死を見た。




 きっと、死ってのはみんなが言うほどそう悪いもんでもないと思うぜ。





 だって、死んだら誰もそこから生き返ったりしないんだからよ。







「……カイキ、お前やっぱ最初から」




 とーやまが、ようやく口を開いた。




 ははは、こえー。ああ、怒ってる、怒ってるよな、その顔、知ってるぜ。




 シロカワの家に乗り込むって決めた時、同じ顔してたよな。




 ああ、あの半グレのクラブパーティに乗り込む時、鍵バットを工作室で自作してた時も同じ顔してた。




 ひっひっひ、いや、割と他にも色々な時にその目をしてたよな。




 チベットスナギツネのようなどこ見てるから訳わかんねー目ん中に、怖気がするような暗いモンがある。




 そこには決して底の見えない暗いもの、まるで風の吹かない深夜にだけ顕れる湖のような。




 ああ、知ってる、ゾクゾクするぜ、とーやまなるひと。




 お前の怒りは、とても怖い。ああ、生きてるって感じがするなあ。





「最初から? なんだよ、とーやま。その先の言葉が、"最初から死ぬつもりだったのか?" なんならそれは正解だぜ。……あの南の島では残念ながら、僕は殺されそびれたからよー。その反省点を生かしたわけさ」





 海城優紗の記憶、南の島で起きた殺人事件。あれは結局、遠山鳴人とその"保護者"によってめちゃくちゃにされちまったからなあ。




「そうさ、とーやま。これはエクストラステージだ。君にとって、僕は過去、僕は幻、僕はまやかし。乗り越えるべき試練だ。僕を殺して、世界をきちんと終わらせろ。じゃねーと、君も、そしてドラルも帰れねーぜ」





 頑張って、思い切り嫌な奴の顔を浮かべてみる。




 これは、高校の時結局怖くて出来なかったやり方だ。




「とーやま、君はなんだかんだよー、いつも僕のそばにいてくれた。君はあの3年間、ずっと僕の道と共にいた」




 そうだ、とーやまはいつも僕のそばにいた。僕の敵はとーやまの敵で、とーやまの敵は僕の敵だった。






「だから、失敗しちまった。君は恐ろしい奴だけど、同時に甘い奴だから。身内には、ほんと、甘い奴だからよー。でも、今回は違うよな? 今回、君が共にいるのは、ドラルだ」





 だから、僕は敵になる。




「選べ、遠山鳴人」




過去()か」




未来(ドラル)か」





「ああ、でも知ってんよ。お前は、先しか見てねえ奴だからよー。選ぶのは決まってる、そして先に進む方法も知っている」





 詰んでるんだよ、とーやま。君はもう、殺すしかない。



 震えたよ、あのプールで、君を見たとき、君の記憶を、冒険を見た時、震えたんだよ。




 すげえ殺すじゃん。君、敵であるなら男も女も関係なく皆殺しにしてんじゃんって。




 これなら、今の君ならーー




「とーやまァ!! 僕を見ろ! 僕を選ぶな! 殺せ、連れていかないなら、前へ、進むんなら、殺せよ!」




 ああ、やべ。声がなんか、張り裂けそうだ。



 瞼がかゆい、眼球が震えて、鼻の奥がツンってする。



 色々言いたいことはあるけど、まだまだ沢山伝えたいこともあるけど。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「頼むよ、とーやま! 安っぽい同情とか、ご都合主義の君の心変わりとかそういうの、全部いらないからさあ! 






 彼女が目覚める前に、あれが生き返るまえに。



 君たちを送らないと。





「とーやま、とーやま、とーやまァ、わかるよな? わかってんよな? 君の冒険をここで止めたくないなら、ここから出ろ! ドラルを連れて帰りたいんなら、僕を殺せ、世界を消せ! それ以外、無理なんだぜ!」



 口が跳ねる、舌が踊る。





 ああ、セミの声がうるせえ。1週間しか命が残っていないせいか、それを理解しているのか、奴らは必死に夏を奏でる。




 はは、僕も同じだ、セミと。





「とーやま! 君の冒険の邪魔をする奴がいる! 君の大切なもの(友達)の未来を遮ろうとする奴がいる。僕だ! 僕を見ろよ! 僕こそが障害、僕こそが敵! そうだ! カイキユサは君の敵だ!」




 とーやまの目が、暗い栗色が微動だにせず僕を見る。



 ドラルの目が、綺麗な蒼が揺れながら僕を見る。




「僕は、もう人殺しだ! すげえ悪い奴なんだ! 親から子供を奪った! 子供から親を奪った! 家族から家族を、友達から友達を! みんなから大切なものを奪ったんだぜ! はははは! 怪物さ! 今の僕は!」




 僕の声、みっともない叫びが屋上から世界へ。夏に溶けていく。



 この日差しに言葉が焼けつけられて、焦げて、溶けて一つになる。



「君は、探索者なんだろ? なあ、だったら、ああ! 君が言ってた言葉だ! あの世界で、君が初めてヒトを殺す前に言った言葉だ! 探索者なら、怪物は殺さなきゃさあ!」






 たのしかったよ、とーやま。君との3年間は。



 たのしかったよ、ドラル。君との3ヶ月は。




 ぜんぶ、偽物だったけどさ。





「敵なら、殺せるよな?! なあ、今度こそさあ! 君が僕を終わらせてよ! 君が僕のものにならないんなら! 君なしで、生きていかないといけないんならさあ!」




 この気持ちすら、全部、偽物なんだからさあ。



 せめてーー 





「ーー君が」






 夏の声がした。



 僕の足元に、ぽつり。水の跡。雨かと思って上を見上げたら白い入道雲がいつもよりとてもぼやけて見えた。



 ああ、ちくしょう。だっせえな、僕。





 意地だ、へらへらと笑ってやる。絶対言わないけど、この笑い方、君を真似してたんだぜ?






「ーー君が僕を葬ってよ」




 だから、これは僕のイジワル。せめて、最後は君に。君に終わらせてほしい。





 お願いだから、とーやま、僕を殺して。




 こんな、偽物。いやだよーー
























「作るサウナは決まってる。フィンランドサウナだ。ロウリュが出来る奴な」















 セミの声が止んで、遠山の声が、聞こえた。







 ………………は?












 ◇◇◇◇

 ◇◇◇

 ◇




【スピーチチャレンジが開始されます】




【スピーチ・チャレンジ目標 カイキ ユサの"自殺"を止める】






「作るサウナは決まってる。フィンランドサウナだ。ロウリュが出来る奴な」





「…………………………は?」




「ナ、ナルヒト?」




 カイキが言葉を詰まらせ、少女が戸惑うようにその男の名前を呟いた。




 そんな反応を全て無視して、欲望のままに男が舌を回し続ける。




「木材にも拘りたい。理想として、外壁はパイン、椅子はスギかレッドシダー。ああ、立ち枯れしたパインなら最高だ。コストはやべえけどケロサウナが理想だな」




 あの世界の木材も調べねえと。



 遠山がモゴモゴとつぶやく。静かな口調、支離滅裂な内容。ぽかんと口を開ける少女と、目を開いて固まるカイキ。




「ケロサウナ、知ってるか? フィンランドで立ち枯れした木だけを材料に作ったサウナのことをケロサウナって呼ぶんだよ」





 遠山のサウナ語りは止まらない。




「樹齢300年以上の木が立ち枯れして、そこから100年経った木はな、甘い香りがするんだ。それに包まれて暖まるサウナ、やべえんだよ」




 その目はいつになく、見開かれ、濁ったままきらきら輝く。




「ほんとは、スモークサウナにしたいんだけど…… あれは時間と金に余裕がある人間にのみ許された神の遊びだからな。俺の今の生活スタイルには合わねえ。冒険者として働く合間に入れるようにするために、薪ストーブのサウナが現実的だろうな」




 腕組みした遠山が、割と本気で頭を悩ませる。




 スモークサウナはだいたい部屋を暖めて、中の煙を出すのに8時間ほど、かかる。




 全てが終わった後の人生の楽しみにとっておくべきだろう。




「ラッキーなことに、帝国の井戸水は冷たくてな。それを利用したヒノキ水風呂を庭に作る予定だ。川から水を引いたり、いっそ地下水を引いてくる方法もありだな。とにかく水風呂、コレも必ず作る。比較的暖かい今の季節でも、俺の体感だと14°、U15の水風呂だ。冬が今から楽しみでなあ」





「な、なにを、何言ってんの、お前……」




「静かに。まだ続きがある。黙って聞け。それで全部が完成したとする。資金面や時間のことを考えると、竜祭りが終わった後になるだろうけどな。俺の、あの世界での俺のサウナが完成した後だ。あの賃貸の屋敷の庭に、ついに俺のサウナが完成した後だ」




 カイキの言葉を静かに、しかし力強く遮り遠山は言葉を続ける。





 空を見る。目を瞑り、夢想する。





「ーー朝だ。早朝、そうだな、庭で筋トレやらなんやらを終えた後がいい。今からようやく日が昇る、冒険都市の高壁の影を、朝日がゆっくり溶かしていく、そんな時間だ」





 目を瞑れば、ゆっくりと明るくなるよあけの空。冒険都市の空がそこにある。





「季節は、冬。空気は澄んで、吐く息は白い。俺の体には昨日の疲れや、朝練後の心倦怠感が残っている。汗を掻いているんだが、寒いからすぐにそれも引いあて、身体が末端からどんどん冷たくなっちまう」



 痛む爪先、白い息。



 生きる力を試される、そんな季節。





「体を水で洗ったりなんだりしてたら風が吹く。朝の風は冷たくて、心底凍えるようなものだろうな。空を見上げると、しん、と恐ろしいくらい暗い静かな空があるんだ。ゆっくり朝日が差し込む空がな」





 本当に寒い日、世界が死んだように静かなあの空を遠山は知っている。



 あの世界、冒険都市の冬もそうなのだろうか。






「そして、汗を流してキンッキンッに冷えた俺。手の指先や足先はもう取れちまうんじゃねえかってくらいかじかんで傷んでる。朝の寒気から逃げるように、俺はそこに入る。そう、サウナだ」




 こじんまりとしてていい。



 可愛いサウナ小屋をゆめにみる。




「高級感あふれるパイン材の外壁、丸太で組まれた骨格、小さいけど可愛いサウナ小屋だ。朝練始まる前に火はもう熾してる。薪ストーブの煙突からはもくもく、白い煙が吐き出されて空に昇って消えていく。そして、俺は木のドアノブを開き、小屋に入る」





 枝をそのまま打ちつけたドアノブを、ゆっくり引く。




 小さな窓からは、きっと、朝日がゆっくり差し込んでいる筈だ。




「暖かい。ただ、それだけ。ただ、それだけなんだよ」





【クエスト目標 更新】




 メッセージが流れ出す。



 だが、遠山はそれに目もくれない。




「ゆっくり、息をする。さっきまで俺の身体に突き刺さっていた冷気なんかない、あるはずがない。俺は最上段のベンチに腰掛ける。俺のサウナだ、主は俺だ、誰にも文句は言わせねえ。お気に入りのサウナハットを被り、背もたれに身体を預ける」





【眷属界 "ファーブニルの歌"により創世された異界の主は現在、奉仕の眷属" ファラン"から、"カイキ ユサ"に移譲されました】




【カイキ ユサの特性、"運命の戦争" "選ばれし者"、"主人公"、"■■"により異界の主の権限は全てカイキユサの元にあります】




 流れるメッセージ、それに目もくれず、遠山は夢を語る。




「パチパチと音を立てる薪ストーブ。その中で揺ら揺ら揺れるオレンジの炎。それを眺めてると、かじかんでた手の指、足の指がゆっくり解けていく。冷たさは死と似てる、暖かさは生と似てる。さっきまで死にかけていた俺の身体がゆっくり、生き返るんだよ」






【異界 "夏への扉"の主はカイキ ユサです】





「遠く、北欧の人々を想う。ああ、サウナは遥か昔からこうして、人の冷たくかじかんだ指先を解いてきたんだな、と。かじかんだ手の指や、足の指が溶けていく、その感覚だけが、ただ気持ちいい」




【異界の主を倒さない限り、異界からの脱出は叶いません】




【クエスト目標更新、異界の主"カイキ ユサ"の殺害】



 そうかよ。




 遠山は、メッセージを全て無視する。



「そして薫るサウナ室の木の香り。俺は暖かい森に包まれる。死から生へと戻る瞬間、ただ、暖かいと言う感覚だけが広がる瞬間に浸かる」





 サウナを想う。



 穏やかな時間、暗いサウナ室、小さな窓からわずかに差し込む小さな朝日。




 木の香りに包まれた自分を想像してーー






「あ、俺、そういえばあの時、カイキを殺したんだな、って」





 その想像、カイキユサを殺した後に入るサウナの光景にノイズが走った。




「え、え?」




 わけがわからないと言うように大きな目を何度も瞬きさせるカイキ。



 そんな彼女を無視してさらに遠山の言葉に力が入る。




「いや、有り得ねえだろそんなの。俺の至高のサウナの時間。あの1セット目、極寒から暖を味合うあの瞬間に、そんなことが頭をよぎるんだぜ? 次のロウリュタイムも、水風呂も、そして宇宙へぶっ飛んでる時もよー」




 遠山が空を見上げて。




「あ、俺、そういえば、カイキを殺したんだな」




 ぼそり。また、その想像にノイズが走った。




「そう思っちまうかもしれねえ。そんなどうしようもないノイズが生まれるかもしれねえ。いや、ありえねえ」




「ちょ、とーやま、君、まさかーー」





「だから殺さない。カイキ、俺はお前を殺さない」




 遠山には理由があった。




「俺のサウナの為に、お前を殺すわけにはいかないんだよ」




 そして、結論なんか最初から決まっていた。





「………………ま、じかよ」




 震えるカイキの声。




「いや、君、バカだよね? 話、聞いてた? 僕を殺さないと」





「この世界から出れない。聞いてたよ、お前こそなんだその反応。話聞いてたのか?」




 遠山のその言葉に、カイキの暗い瞳孔が開いて



「ふーー」




「ふざけてなんかない。大真面目だ。くだらねえ事言うなよ、カイキ」




 カイキが叫ぶより先に、遠山の舌が回る。





「あーー? な、なんだ、僕、僕が間違えてるの? い、いや、そんな訳ない…… あれだけ、まじめに、え? きちんと話したよね? え?」




 よた、よた。カイキがフェンスに背中を預けて、自分の頭を抱え始める。



 濡れたままの猫っ毛をくしゃっと、何度も、何度も掴んで離してを繰り返す。




「お前はきちんと話した。俺もきちんと聞いた。その上での完全な答えだ。カイキ」





「いや、やっぱふざけてるよ。とーやま、バカだよ、バカすぎる! そうだ! それは、それは罪悪感の話だよね? 海城 優紗を殺したら君には"罪悪感"が生まれるからだよね!」




 首を振り、カイキが唾を飛ばす。




「なら安心しなよ! 君が罪悪感を覚える必要なんてない! なぜなら僕は、本物の海城優紗じゃないんだから! 君の記憶から創られた偽者だ! 命も想いも記憶も! 全部、全部偽者なんだ! 人じゃない、本物じゃない、だからーー」




 だからーー その先の言葉は声にならない。



 カイキ自身の口が、ぱくぱくと動くだけ。






「いや、お前はカイキだよ」




 遠山にはその様子が泣いているように見えた。






「ーーは? ど、どこが」





「キレそうになるとそんなふうな芝居がかった喋り方になるとこ。女に優しいとこ、俺に容赦ないとこ。全部。お前はクソみたいな性格してて、喋り方もめんどくさくて、時たま何考えてんのかマジで分からなくて、よく笑うくせにすぐ死にたがって、そんで」




 ああ、そうだ。



 遠山にとってこの世界は過去の思い出に過ぎず、目の前の少女もまた過去の友人の幻影に過ぎない。





 だが、それでも。




()()()()クソ女。それがお前だよ、カイキ」





 目の前の少女もまた、"カイキ"なのだ。遠山にとってはカイキなのだ。




 それが一番重要なことだった。




「ーー…… は」




「俺がそう決めた。お前がどんなに喚こうがお前はカイキだ」





 欲望のままに。



 遠山鳴人の人生の全ては、遠山鳴人が決める。





「き、君は人を、どうでもいいヒトを、敵を殺せるじゃないか、僕は今、君の敵でーー」




「俺にとって、お前はどうでもいい人間じゃない。少なくともお前を殺すことは俺のコレからのたのしい時間に支障を来たす恐れが強い」




 大真面目に遠山が言う。



 本気で、言っている。




「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい! 安っぽい言葉ならべやがって! 何が、サウナだ! 馬鹿じゃないの?! 僕は、僕は世界を殺したんだ! 殺されるべき罪を、敵なんだよ!」




 カイキがそれでも目を見開き、口調を荒くして。





「お前は俺たちに危害を加えていない」





「は?」




 その勢いは、遠山の小さな言葉でしゅんと、止まった。




「ここに来てから、カイキ。少なくとも俺とドラ子はお前に攻撃は愚か、何もされてない。お前は俺にこの世界のことを教えてくれた、お前はドラ子の友達になってくれてた、お前は、あの時と同じように自分の友達に優しかった」




 シンプルなのだ。



 例えカイキが、遠山の知らない所でどんな残酷なことをしていようとも、遠山はこういう人間だ。





 自分と、自分の身内のことしか考えていない。




 世界のことなんか、どうでもいい。





「あ、う、うるせえ、うるせえ、うる、せえ……」




 がしゃん。



 カイキが後ずさる、しかしフェンスに阻まれる。もう彼女に逃げ場はない。





「カイキ、俺を見ろ」




「ッ」




 遠山の目は真っ直ぐ。



 カイキの目はうろうろと、泳ぐ。





「お前が敵というならば、お前が滅ぼすべき敵なら、簡単な話しだぜ、カイキ」




 前へ進む遠山のコンバットブーツ。



 もう退がる場所もないカイキのローファー。



 どちらが力強いか、誰が見ても明らか。







「お前が、俺を殺してみろ」





「あ……う」





「どうした、世界を殺す。ああ、なんでだろうな、納得したよ。多分お前ならそれが出来る。カイキユサなら街一つ皆殺しにするくらい出来る。そう思えるよ。その力をよー、俺に向けてみろよ」





「お前、何いって……」




 カイキが首を横に力なく振る。言葉よりも先に身体が、そんなこと出来ないと知っているかのように。




「証明しろよ、お前が殺せる奴なんだってことを。お前が俺の敵だと証明してくれ」




 遠山の目は鋭く。ぶれることはない。



 その首も頭も、目も前を見る。






「そしたら、ああ、お前が俺を殺そうとするんなら、俺がお前を殺してやるよ」




 真っ青な空、本当に濃く白い雲。



 じーわ、じーわ、じーわ、



 セミ達の大合唱だけがしばらく続く。




 屋上にかかる日差しを雲が遮って、風に流れて、また昼の陽光が屋上を照らす。





 ずっと、沈黙。




 そして、またカイキの立つ場所の日差しを雲が遮った頃だった。





「………は、はは。んなこと、出来るわけ、ねーじゃん」





 ゆっくり、カイキが声を震わせる。





 へなへなと、足を畳んでその場に座り込む。白い太ももが床に直に触れることもいとわず、彼女は崩れ落ちた。




「僕は、僕たちは死者ですらない出来損ないなんだぜ。そんなのが、君たちみたいな本物を、今を生きる命を殺すなんて、そんな恥知らずな真似、出来るかよ」





 遠山はただ、黙って彼女の言葉を聞く。





「くそ、クソクソ! とーやまぁ! でもさ! じゃ、どーすんだよ! お前、このままだと、ずっと出れない、帰れないんだぞ! 僕を殺さないってのはそういことだ! どうするつもりなんだよ!」





「ふむ。確かに。まあ正味お手上げ感はある。そこで」




 けろりと遠山が両手を挙げる。





「エ?」




「ドラ子、頼む。なんとか出来ね? 人で無理でも、竜ならなんとかならんかね」




 そして、そのままその手を、今まで黙っていた金髪の少女へ向けた。





「………ふ、かか」




 蒼い目を丸くして、固まっていた少女。何度か目をパチクリした後、笑った。





「ナルヒト、……ヨクわかんないけど。うん、あなたが何いってるカ、ほとんどわかんナイケド、うん、いいヨ。ワタシ、オレも、ユサがいなくなるのはヤダし」




 クスクスと笑う少女が、とっとっとと、カイキの元へ駆け寄る。




「は? は? ドラル? 君まで何言って」



 まどうカイキを眺めて、遠山が口を開いた。




「欲望のまま、俺が全て決める」



 その男は、そこだけは違えない。




「あの異世界オープンワールドで殺すやつも、生かす奴も全部、全部決めるのは俺だ、俺が全て決めるんだ」



 これまでもそうしてきた。それは今回も、これからも変わらない。




「カイキ、結論は出た。お前は殺さない。なんとかする方法を考える、だからお前も考えろ」




 遠山が選んだのは、和解。



 100%の答えがなくとも、殺したくない者は殺さない。



 共に考える、生きているのならそれが許される筈だ。





「ユサ…… ごめんネ、ワタシ、オレ、よくまだわかんないケド、ユサとナルヒトが何を話してるノカよくわかんないンダケド、それでも、ユサが死んじゃうのはヤダ、よ?」




 カイキの元にたどり着いた少女が、おずおずと声を。






「は、はは、なんだ、なんだよ、なんなんだよ、ほんとお前ら、君たち、バカだぜ……僕のなつやすみさあ、はじまりも、しなかったよぉ」





 カイキがイヤイヤをする子供のように首を横に振る。



 少女がその様子に、首を傾げて、ふっとカイキとの距離を縮めた。湖の上を跳ねる蝶々よりも軽い、羽のような動きで。





「ううん、きっと、一緒ニ行けるヨ、ユサ」



 ぎゅっと、少女がカイキを抱きしめる。






「……ドラルぅ、……暖かい…… ちくしょぉ……」




「うん、ユサも」




 びくりと身体を跳ねさせたカイキ。すぐに抵抗をやめて、少女の抱擁に体を委ねる。




 ああ、温厚で人懐こいゴールデンレトリバーが、気難しい黒猫を抱きしめている。






「……百合に挟まるのはダメだよな」




 うんうんと、腕を組んだ遠山が後方保護者ヅラで美少女2人が抱き合う姿を眺めて。




 半袖セーラーの少女たちの抱擁は、この夏空の下で、氷が音を鳴らすラムネ瓶よりも涼しいものだった。








【眷属クエスト "夏への扉" クエスト目標 "カイキ ユサ"の殺害に失敗しました。オプション目標 "カイキ ユサ"との和解に成功しました】





 ピコン。



 流れるメッセージは遠山の選択を受け入れた。



 どんな悲劇的な運命だろうと、必ずそれには抜け道がある。





【眷属クエストをクリアしまし





 これで全て解決ーー















 《い                 や》












 《いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいいやいやいやいややいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいいーやー、ヤダヤダ》





 《ーーダメだよ、鳴人君》





 声がした。


 女の声。



 セミの声が一斉に止んだ。













「ッッ?! ドラル!!」




「ーーエッ」



 抱き合っていた2人。



 ドンっと、カイキが少女を突き飛ばす。本来ならば少女のいた場所にカイキが滑り込む。





 ぐねり、空間が歪み、水面に波紋が立つように景色がゆがんだ。




 そこから、黒い、棒状のものがにゅっと。



 雨後のタケノコみたいなそれが、射出された。






『あ、……外した』





「ゲホッ……」



 小さな唇から、ドス黒い血が漏れて。



 カイキの腹に黒い棒が深く、食い込んでいた。





「あ?」




 遠山がようやく状況を理解する。秒にも満たない一瞬の出来事。未だ人域、超越者ではない遠山に反応出来る速度ではない。






『……なんで邪魔するかなー』




 気怠げな声が、そして苛立ちを含んだ声がどこかから響いた。





「ユ……サ……?」




「ぐ、フ…… ど、ラル、怪我ないかい?」





 アリー・ドラル。本当の名前を忘れた金色の髪の少女を、カイキが庇った。






「カイキ!?!」




「ユサ、ユサ?! なんで、どうしテ?!」




 カイキが仰向けに倒れる。一気によるべのない人形のように倒れた。



 少女が半ば悲鳴のような声をあげて、倒れたカイキの元へ駆け寄る。





「……いってー、ひっひ、痛覚とかはすげえしっかりしてるんだよなー。うひー、死ぬー…… 」



 仰向けに倒れ、口の端から血を流すカイキが引き攣った声で笑う。



 血が、すぐに彼女のセーラー服を赤く汚していく。





「カイキ、おい! 腹、コレは…… 杭?」




「ユサ、ユサ、大丈夫?! ねエ、ネエ!?」



 倒れたカイキを介抱する2人。遠山は反射的にカイキの負傷の状態を確認、ドラルは倒れたカイキの頭を起こし、膝に乗せて手を握る。





「……あー、やらかした…… やっべー、これ、最悪のパターンじゃん」




 カイキが焦点の合わない虚な視線を仰向けのまま空に向けて呟いた。




「おい、カイーー」




 ばん!!




 遠山の呼びかけに被せるように、大きな音が鳴った。




 う




 バン!!! 再び鳴る。




 たわんだのはドア。



 屋上から階下へと続く階段口のドアが、大きく鳴った。




「ッヒ!? な、ナニ?」





「ドラ子、カイキの手を握って、声をかけ続けてくれ。刺さってるソレは抜くな」



「う、ウン……」




 遠山はカイキと少女を背中に庇う位置に移動し、ドアを睨む。




 気付いていた。今、あのドアは通用口のドアは、内側から叩かれた。




 あれは、ノックだ。




 ドアの向こう側に、誰かがいる。





 バンバンバン!!



 バンバンバンバンバンバン!!

 バンバンバンバンバンバン!!

 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!バンバンバンバンバンバン!!バンバンバンバンバンバン!!







「ひっひっ…… あーくそ、失敗した。もう、生き返ったのかよー。わりー、とーやま。ミスった……」





「カイキ…… 知ってることを手短に。出来る限りでいいから話せ」




 響き続けるノックの音、遠山はドアを睨みつつ、カイキに問いかけて。




「ゲホッ、言ってたろーがよー、()()()()()()()()()()あー、いや、ごめん、僕のせいでもある。君の言葉で、君の目に揺らいだ。死ぬ気が少しなくなって、それで、揺らいだ…… だから、僕が殺した彼女が甦っちった」




 ヒュー、ヒュー。



 カイキの言葉の狭間に、嫌な音が挟まれている。



 力ない隙間風のような音。きっと、その隙間から漏れているのはカイキのーー






「ヒュー、ヒュー……ゲホッ、……君も、知ってる子だよ。多分…… ある意味、僕より付き合い長いんじゃね…… げほ、げほ…… まあ、その子をその子と認識しての付き合いとは言わないけど……さ」




「ユサ、もうダメ、喋ったらダメ、デス……!」




 少女が泣きそうな声で、悲鳴じみた声でカイキの手を握る。握り返してくるあまりの力の弱さに、少女は一瞬怯えて、でも、決して手は離さない。





「状況説明どうも。休んどけ。おい! 扉の向こうにいる奴! 聞こえるか!? 何者だ! いきなり攻撃しやがって、何が目的だ!」




 わめくフリ。



 遠山は口調をわざと荒々しく振る舞い、その実、その思考はどんどん冷めていっている。




 誰であろうと、ドアの向こう側にいる奴。今、ドラ子を狙い、カイキの腹を撃った奴。





 敵だ。



 殺そう。




 遠山は、自分で決める。殺すべき敵を。




 静かに、ドア付近にキリヤイバのキリを流し込み始めて。










『……いや、違うよ、違う違うよ、鳴人君』






『……貴方はそういうの、しちゃダメだよ』






「……出てこい、ツラ見せろ」





 心臓が、少し跳ねた。



 ドアの向こう側から聞こえてきた声、それを少し、知っているような。




 カイキが目の前にいた時と同じような、既視感。




 懐かしさを、その声から感じてしまって。





『……………………………』




 がちゃり。





「………お前」




 力が、抜けたような声を遠山が。






「ひっひ、やっぱ君……かよ、藤堂ちゃん」




 掠れる声を、カイキが。





『……久しぶり、鳴人くん。海城さん』






 ドアの向こうの闇の中に、女がいた。




 黒いロングヘアにぱっつんと揃えられた前髪。大きな目の涙袋はぷっくりと膨らんでいる。




 女性らしく起伏に富んだスタイルをカイキや、少女と同じデザインの制服に身を包んで。




 ただ、その色は彼女の髪と同じように真っ黒。




 涙袋の下に目立つ隈は、どこか彼女を病人のように目立たせる。






「…………藤堂」




『フフ、覚えててくれたんだ。鳴人くん』




 ぱっつん女が薄く笑う。病的で、弱々しい振る舞い。細い脚を真っ黒なタイツがさらに細く見せている。




 大きな瞳は熟れ過ぎた果実のやうに輪郭が曖昧で。





『……フフ、本当に、鳴人くんだ。本物の、鳴人くん……』





 藤堂 未来。



 その女を遠山は知っている、覚えている。あの3年間を共に過ごした奇妙な女。



 カイキと仲が良かったため、なんだかんだ付き合いが多かった部類の女。




 何度か、高校時代のトラブルを彼女と共に体験したことを、はっきり遠山は覚えている。





「ゲホ、やあ、藤堂ちゃん。少し、ばかり起きるのが早すぎる、ぜ……」




『……痛かったんだけど。ひどいよ、海城さん。ほんと、不意打ちで殺してくるなんてさ』





 カイキ ユサがその3年間の太陽だったすれば、藤堂 未来はその影。




 気付けば、遠山鳴人の3年間の冒険の影にいつもいた女だ。





「……とーやま、ドラル、いますぐ、ここから、逃げれない? 僕を置いてさ……」




「ドラ子、カイキに喋らせるな」




「ハイ!」



「むぎゅ」





 遠山の指示通り、少女が素直に反応し、仰向けに倒れるカイキの顔に覆い被るように抱きついた。




 傷口から流れる血が一旦止まっている、それを見ての判断だった。







『……カイキさん、いたそーだね、それ。クスクス、たーいへんだ、お腹に穴が空いてるよ』



 その様子を見て、涙袋の不健康そうな女、藤堂が笑う。




 あの奇妙な黒い杭は彼女の仕業で間違いないらしい。







「お前がやったのか、藤堂」



 それを確認するために、遠山が声を出す。



 自然と、目を細め、睨む。






『……鳴人くん、久しぶりに会ったのにそんな怖い顔しないでよ。フフ、変わらないよね、その目』




 うっとり、と遠山の視線を見て頬を赤くしつつ女が答える。その様子はどこまでも、嬉しそうで。





「藤堂、質問に答えろ。俺があんま、気が長い方じゃないの、知ってるよな?」




『……どうしてそんなに怒ってるの? ああ、もしかして、私がドラルさんを狙ったから?』





「トードー?」




 この、仮初の世界、存在しない時間の記憶。



 ありうべからざる夏の時間で少女はその女とも友人のはずだった。




 だから、少女は理解できない。あれほど仲の良かったはずのカイキとトードー。




 なぜ、こんなことになったのか、本気で理解出来なくて。







『……やめてくれる? 馴れ馴れしく名前を呼ぶの』




 少女の問いかけの返事は、強い嫌悪そのものだった。






「……エ?」





『……ああ、もう!! 痒い! かゆい、痒い痒い! 痒くなる!! クソ、ちくしょう! 全部、思い出したのよ、全部、見たの! アリー・ドラル! いえ、別の世界、遠い世界、先の世界の竜女! あなたが、あなたなんかいたせいでさあ!』




 がり、がり、ガリガリガリガリ。



 藤堂が頭の側頭部をかきむしる。長い黒髪が恐れるように揺れた。





「藤堂」



 遠山が、静かに彼女の名前を呼ぶ。低い、声だった。




『……アッ、違う、違うのよ、鳴人くん、……ふ、フフ、マジギレの顔…… いい…… フフフ、私、全部、全部あなたの為にやったの。ええ、そう、お前がやったのか、その質問はハイ、だわ。……ほんとはドラルさんを狙ってたんだけど、失敗しちゃった』





 悪びれることなく、長髪のぱっつん女、藤堂未来が早口に語る。




 頬を赤らめ、額に汗を流しつつ、女が興奮した様子で遠山を見ていた。





「……そうか」




 遠山が、静かに己の()()()()()()()()()()()



『……ァ"』



 その目に、その声に、藤堂が短い悲鳴じみた声をあげる。白目に近い目、赤く上気した肌。



 彼女はわかりやすく、興奮していた。






「てことは、お前、敵だよな」




『…………カイキさんは殺そうとしないのに、私はダメなの?』




 自分で自分の肩を抱き、荒い息を繰り返しつつ、藤堂が短く問いかける。






「藤堂、お前には高校んとき色々助けられた。でも、それはそれ、これはこれだ。限度があるだろ」




 遠山が言葉を選ぶ。



 静かな言葉の内側で、もう遠山の引き金は引かれている。あとは、何かのきっかけでーー






『……えー、別にいいじゃない。結果的に、お腹に穴が空いたのは、カイキさん。偽物のカイキさんだったーー「殺せ。キリヤイバ』ギャッッッッッッッッッ』




 藤堂未来、そのスワンプマンはあまりにもあっけなく、遠山の逆鱗に触れた。




 キリが、その華奢な身体を切り刻む。






「お前はすでに、有効射程だった。偽物というんなら、お前もそうだろうが。藤堂の顔で、藤堂の声で、藤堂の姿でモノを語るな、化け物」





 首からわずかに引き抜かれた欠けたヤイバ。




 既に、それの仕込みは終わっていた。






『………フフ、フフフフフフフフフフフフフフフ、フフフ、ひどい、なあ。それを言うんなら、海城さん、カイキさんだって、私と同じ、貴方の記憶が創られた存在のはずだけど』




 血だらけになりつつも、ふらつき、ボロボロになりつつも、その女の目の輝き、爛々とした暗い灯りは消えない。






「知らん、関係ない。俺が決めた。あのカイキはカイキだ。俺の知るカイキのままだ。アイツは俺の敵じゃない。だけど、お前は違う」




 遠山がその女を睨みつつ、キリを再び仕込みはじめる。





「お前は俺の友達を狙った。カイキの腹に穴を空けた。お前の行動は、全部アウトだよ、藤堂」





 殺す相手、殺さない相手、それは全て遠山が決める。



 そして、遠山はもう藤堂のスワンプマンをどうするか決めていた。






『……イイ、イイヨお、鳴人くん。その目、よかった、まだ出来るじゃん。……でも、ダメ、ダメダメ。カイキさんをさ、殺すんならよかったの。カイキさんを殺して、この世界から出ていくんなら、まだ私、我慢できたんだよ…… でも、無理…… もう、無理……』




 ばちゃり、自分の血の池に倒れ込んだ藤堂。うつ伏せに這いながら、顔は、目は、遠山の方へ向けられる。






「まだ息があんのか」




『……あなたは一人でたどり着かないといけない。貴方は、もっと、もっと残酷で孤独で孤高で冷たくないといけないの』





「やかましい。お前は偽物だ。本物の、藤堂未来に失礼だ。だから始末する」





『アハ…… いや、違うよ。オリジナルの私も同じだよ、きっと、貴方にその在り方は求めていない。ああ、貴方が変わる、美しい貴方が変わっちゃう、嫌だよ、私、貴方はもっと、もっと、もっと」




 湿度の高い声、身体をズタボロに切り刻まれてなお、藤堂の言葉は止まらない。




 血の池を這いながら、遠山に向かっていく。






「目をつむれ。一撃で終わらせる」





 遠山が、腰のベルトからメイスを引き抜いた。




 頭を砕いて、終わらせる。せめてこれ以上苦しまないように一撃で。







『……フフ、痛いなあ、私、殺されるの? カイキさんは殺さなかったのに? フフフ、命乞いしちゃおうかなー』




「うるさいな、お前」




 ばちゃり。



 遠山の靴底が藤堂の血の池を踏み込み、叩いた。



 メイスを振り上げ、倒れた藤堂の頭に振り下ろしーー







『ほいほいっと』




 それよりも早く、藤堂が自分の髪をくるくる弄る。





 結び、固め、止める。それはあまりにも早いワザで。指以外にも、何か、藤堂の頭から黒い紐のようなものがするすると蠢いていた。







 あっという間に、ハーフツインテールの出来上がり。






『はい、()()()、い、の、ち、ご、い』




 うつ伏せから一転、すくっと体勢を入れ替え、血の池のなか女の子座り。






 キャハっと、女が明るく、変わる。



 一瞬で夜が明けて、真昼に変わったかのような印象。




「………………………あ?」




 ピタリと、遠山のメイスを振り上げていた腕が止まった。




 その女を、知っていた。




 藤堂ではない、自分のことをナルピ、そう呼ぶ明るくて、ポワポワした女、いや、見た目も、表情も、顔の作りすら一瞬で、変わって。









「くさ、かべ……?」




 その名前を、遠山鳴人は仲間の名前を呼んだ。




 自分が、あの日、あの時、あの場所で死んだ理由。



 探索者の仲間、ファイアチームの仲間の名前を呟いて。





「はい、隙あり」




 女が嬉しそうに、笑う。




 吊り上がり気味の目と、右目の端の泣きほくろ。その顔をよく知っていた。




「な?!」




 瞬時、遠山の足元から黒い何かが生え出る。



 植物のツルか、枝のようにも見えるそれは一瞬で、遠山の身体を縛り上げ、その場に固定した。






「ナルヒト?!」




 少女がその様子を見て悲鳴をあげる。いつしか、少女の遠山の呼び方は、トーヤマから本来あるべき呼び方に変わっていた。






『おっと、ドラルさん、いいや、竜女は動くのダメー。動いたらさ、カイキさんとナルピ殺すから』





「ヒッ……」





 冷たい目、顔の作りすら一瞬で、豹変した女の目と声に少女が息を飲む。





「……あ、ありえねえ、な、んで?」





 縛り上げられた遠山、何をどうしても身体が動かない。何かのアートみたいに、身体の至るところに植物が巻き付き、離さない。






『……藤堂未来だけだと、殺せるけど、そこに日下部日菜がプラスしたら殺せないかなーっ? ね、ナルピ』





 いつのまにか、キリヤイバの傷が治っている。



 女が簡単に立ち上がり、腰の後ろで手を組んで、身をかがめて、にへらーっと笑いつつ、遠山を見上げる。






 ああ、その、明るい顔。



 どこまでも呑気で、ほわほわした日溜まりがふざけているような笑顔。





 何度も、それを向けられたことを覚えている。






「……うわっ、そういうことかよ…… 趣味悪いねー…… 藤堂ちゃーー アッ?!」





 状況を理解したらしいカイキが声を、すぐに悲鳴をあげる。それは痛みによる悲鳴だ。






『カイキさん、うるさいわ。ちょっと私イラついてんの。なんなの、貴女。すぐにぶれやがって。アンタがきちんと殺されて、ナルピがナルピのままだって証明してくれたらよかったのに、アンタまでナルピを変えるとかありえないんだけど』





 カイキの傷口に刺さった黒い棒と、遠山を締め付けているこの植物は同じものなのだろう。




 藤堂?の意思で、自在に操れるものらしい。




 カイキの腹に刺さっているそれが、蠢いている。






「……おい、おいおいおい、意味がわかんねえんだけど」




『……あ。説明してなかったね。はーい、ナルピ、数年またぎの伏線回収! ……貴方の高校時代のクラスメイト"藤堂未来"はーー 貴方の探索者チーム、ファイアチームの紅一点! "日下部日菜"でもあるのでしたー! わー、パチパチ』




 どこまでも明るいその様子は、ニコニコ顔で子供のようにわちゃわちゃ動くその様子は、遠山の記憶にある仲間の姿、そのもの。






「……日下部」




『ん? なーに? ナルピ』



 自分が命を懸けて逃した仲間、それに今、遠山は追い詰められている。




 おまけにそいつは高校時代のクラスメイトで、でも、名前も顔も性格も違って。





 何がなんだか本気でわからなかったから、遠山はいったん藤堂に対して考えることをやめた。





「これ、俺を縛ってるこの植物、なんだよ、これ」




『ん、タケノコ。え、てか、気になるのそこ? 私的には、藤堂未来と日下部日菜が同じ人間だったとこ、も少し驚いて欲しい系なんだけど?』




「…………わけわかんねえんだけど」




『んー、気持ちいいなー、ネタバレするの。ほんとはこれ、オリジナルの私がやりたかった奴なんだろうけど。シンプルな話だよ、鳴人君はずっと、私の監視下にあったの。高校の頃だけじゃなく、小学生、中学生の頃もね。高校卒業後、フリーターの時も、探索者の時も、私はずうっと、貴方を見ていた』





「…………やべー奴じゃん」




『そうさせたのは君、鳴人くん。ねえ、鳴人くんはどっちの私が好みかな? やっぱり元気やる気純粋っ! の日下部日菜? ………それとも、少し陰のある貴方のそばにそっと寄り添う女、藤堂未来……? ねえ、どっちが好みかな……?』




 まるでスイッチのオンオフが入れ替わるように、その女の印象は会話の中で切り替わっていく。






「……待て、想像以上に気持ち悪い展開で頭が回んねー。お前、結局、誰なんだよ」




 陰と陽、あまりに簡単に入れ替わるその有様はおぞましさにもにていた。




『それは秘密……。……私はね、君のファンなの』




「あ?」




 女が、縛られたままの遠山の顎を撫でる。



 その輪郭に沿って、這うように動く白魚の手。何かとても壊れやすいものの形を確認するような手つき。





『君の人生をずっと見てきた。最初はそれが役割だったんだけど、いつからか、君に私は冒された。君の生き方に冒されて、変わっちゃった。鳴人くんは、私の生きがいだったんだよ』




「……そりゃ、どうも。だったらこれ、外してくんね?」





『……ダメ。外さない。私は、貴方が好きだった。やることなすことめちゃくちゃで、貴方にしか見えない光景にたどり着こうとする君が、残酷で残忍で、どこまでも独りで進む貴方の姿が大好きだったの』




 女の言葉は続く。



 神に愛を説くような一方的な言葉。女の明るい顔、綺麗な栗色の瞳には、とぐろを巻く輝きが映っている。




 それは遠山鳴人、ただひとりに向けられている。




「……………」




『だから、貴方が貴方のままでいられるようにさ! 色々したんだよ。組合にかけあって、記憶洗浄をたくさんして 色々催眠をかけて、貴方の脳を強くしたの。フフフ、ナルピがナルピのままでいてくれるように、人の脳みそってさあ、結構うつろいやすいから、そうならないように、色々したんだよ』





「初耳なんだけど」




 想像以上の気持ち悪い事実に、割と素で遠山は引く。




 ナニカサレタヨウダ。





 遠山が、真顔で固まっていると。






『なのに、これは、なに?』




 女の笑顔が、そこで停止した。



 一時停止ボタンを押したかのように、ニコニコ顔からもう表情がピクリとも動かない。






『おかしくない? なんで、カイキさんを殺さなかったの?』




『おかしくない? なんで、友達なんか作ってんの?』





『そんなの遠山鳴人じゃないよ』








「っぐ、お……!?」




 ぎちっ。



 女の声がどんどん圧を増やしていく、同時に、遠山を縛り上げるタケノコの圧も増していく。






『鳴人くんはね、友達なんか作らないの。邪魔なモノは全部殺すし、一人で独りでヒトリで進むの。自分のことしか考えず、自分の欲望のままに進み続けるの』




 笑顔が、ふっと消えた。



 真顔で、遠山の顔を撫でながら女が言葉を紡ぐ。





『貴方に愛は必要ないよ』




 その言葉は、どこかで聞いた覚えがある。




 遠山が記憶を探る。




 ピコン。



 メッセージが流れた。




【技能 "ラン・ホースライト(走馬灯)"により発想ロールに成功しました】





 そうだ、異性に好意を示された時に感じる、どうしようもない嫌悪感と、怒り。あれが湧き出る時に耳に響いてくる言葉だ。




「……ヒ、ヒヒ。やべーな、お前」





『……フフフ、だから私が貴方を元に戻してあげるね』




「お、おい、待て、お前、何しようと」




 女が、遠山の顔を撫で回すのをやめて背を向ける。



 拘束は緩まない。





『だから、貴方を私が守る。遠山鳴人を遠山鳴人のままいてあげさせてあげる。……鳴人くんを、変えるヒトはみんないらないよね』



 女の目は、倒れるカイキと彼女を介抱する少女へと向けられていた。




 その目は血走っていて。







「お、おい。待て、待て待て待て!! キリヤイバ、ギッーー」




 遺物の力を使おうとした瞬間、黒い表皮に包まれたタケノコがその身体を強く締め付ける。




 まるで、力が入らない。それどころか、キリヤイバを扱う感覚が消えている。




 それは遠山にとって、腕が一本突然消えたのと同じ衝撃だった。






『"ゆつつなくし"、鳴人くんのキリヤイバ、すごい力だけど、フフフ、私とは、相性が悪いね、でも、ある意味運命だよ。似た力、同じ神話の力なんだもの』






「は、神、話?」





『そこで、見ててね。貴方にとって、邪魔なもの、全部無くしてあげる。カイキさんもいらないかな。あと、竜女、貴女だけは絶対に滅ぼす。ダメ、ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ、いやいやいやいやいやいやいやいヤイヤイヤイヤイヤ、友達? ふざけないで、鳴人くんにそんなものいらないから』






 女がすたすたと、カイキと少女の方へ歩きはじめる。



 まずい。それだけはわかった。





「ぎ、アッ、ドラ子!! ドラ子、頼む、逃げろ! カイキを連れてここを離れろ!」






 強くなるタケノコの締め付けに苦悶の声を上げつつ、遠山が叫ぶ。






「ゲホッ、いや、違う、ぜ。とーやま、ドラル。僕を置いて、逃げな…… ドラル、よくお聞き、僕がなんとか、時間、稼ぐから、ここから」





「ユ、サ……、ダメ。だめ、デス……」




 フラつきながら立ち上がるカイキ。




 涙を目にためて震える少女へ向けて、ニヤリと笑い、真っ青な顔を引き締めて前を見る。





『らしくない、らしくないなあ、カイキさん。え? なんでなの? ……なんで竜女の味方するの?』





 陽と陰、そのどちらをも行き来する女の表情が狂る狂る回る。






 カイキと藤堂(日下部)



 2人の遠山の思い出たちが相対する。





「ひ、ひっひ、本気で言ってるのかい? 藤堂ちゃんよ。おかしいだろ? 僕や君のような紛い物、偽物が、とーやまや、ドラル、今を生きるモノたちの邪魔、していいわけないじゃん…… バカなの? 死ねよ」




 ぺっ。



 カイキが吐き出した唾にはもう、どうしようもなく黒い血が混じっていた。






『……おっと。フフ、本気で効いてるみたいね。さっきの不意打ちで一回殺された時とまるで速度が違う…… カイキさん、やめよーよ。意味ないよ、こんなこと。なんで? 貴女だって、鳴人くんのこと好きでしょ? 彼が全てを、貴女のその死にたがりすらめちゃくちゃにするような人だから好きになったんでしょ? その鳴人くんが、おかしくなってるんだよ? その竜女のせいでさ』




 それを見て、女が嗤う。



 首を傾げて、カイキへと言葉を紡ぐ。



 女の目は、カイキの背中に庇われている少女へと向けられていて。





「ひっひ、あり、えねーぜ。この僕が、友達を売るわけがねーだろーがよ。……僕は、この2人にきちんといるべき世界に戻ってもらうんだ。それと、別にとーやまのことなんて、好きでもなんでもないっつーの……」




『嘘つき』




 カイキの言葉を、女の短い言葉が塗りつぶした。



 コーヒーの残り滓の更に底の底、ドロドロの真っ黒がぐるぐると渦巻いているような女の瞳が、死にかけのカイキユサを映している。





『……知ってるわ。鳴人くんの近くにいる時に、カイキさんの体温が高くなるの。……目つきが優しくなるの、……女くさくなるの! 髪の毛をたくさんいじり始めるの! スカートの丈を短くするの! メイクを少し濃くするの! 香水のミドルの時間を合わせるの! ずっと、知ってたよ!! ずっとずっとイラついてたよ! でも、貴女は! 私の友達だからさあ! 許してたの! それに鳴人くんは貴女では変わらなかったから! 見逃してあげてたのに! やめてよ、そんなの! どいて! カイキさん! その女、殺せないじゃん!』





 情念。




 それが燃え上がるような言葉の勢い。



 狂う狂う狂る、藤堂、もしくは日下部が声をまき散らし、髪を振り乱す。








「ウエッ……恥ずかしいことバラすのやめろっつーの……どかねーよ。バカ野郎がよー」





 その異様にも、しかしカイキが怯えることはない。血をまた、吐きつつ前を見る。






「とち狂った友達止めるのも、友達の役割だろうがよー。んで、友達守るのも、友達の役目なんだよ。……これは、僕の()()の問題なんだぜ」




 じわり、カイキの傷口からまた血が漏れ始めている。命が、漏れている。





『……立つのが限界、平気なフリしてるけど120万の殺戮で心もボロボロ、そんな人が私の邪魔が出来るのかしら、それ、意味ないことだってわかってる?』





「勇気ってのは、そういうもんさ」





『………………そ』




 もう、2人の間に言葉はなかった。





 カイキと藤堂(日下部)、互いに造られた存在、誰かのコピー、偽りの存在達が向き合って





「ッ!」




『…………』




 勝負は一瞬で終わった。



 カイキの左手のひらが何かを求めるように開いて、閉じる。






 だが、それよりも早く、その動きが終わる前に女の指先がカイキを指す。







 それだけで




「ウ、アッ、アーー」





 カイキの腹に突き刺さる黒い杭がぐねりと歪み、その傷口を広げて背中を突き抜けた。





 ばたりとうつ伏せに倒れるカイキ、その背中からは黒い杭が枝分かれして生えている。





 趣味の悪い盆栽のような。






『本物の海城優紗じゃあないなら、せめて本物らしくしようよ』





 斃れたカイキを静かに見つめる女。






『偽物が。何息巻いてんの?』




 小さくその姿を見て、嗤った。




「か、カイキ!!? おい、カイキ!!」




 何も、遠山は出来ない。タケノコに縛られたまま、それを見ることしか、喚くことしか。






『……ああ、鳴人くん、可哀想。本当の貴方はこんなことでは取り乱さないはずなのに。なんで、そんなに人間臭くなってるの? キャハ! いやー、知ってるよ、私! この女のせいだよね?』




 女が次に見つめるのは、カイキが庇っていた少女。



 呆然と、斃れたカイキの肩を静かに揺すり続ける無力な金髪の少女。




 その少女に、女が静かに歩み寄る。




「おい、おい! 藤堂! 日下部! やめろ! 今、ドラ子に戦う力はねえ! 一般人だぞ!」





『えー? かーんけーないよ、ナルピ。……本当に変わってしまう、いや、ダメいやいやいやイーヤー、ヤダヤダ。鳴人君を変えてしまうこの子を、女臭いメス竜を、生かしておく理由がないし』





「ッ、ドラ子!! 逃げろ! 頼む、置いていけ!! 逃げろ!!」




 自分が死にかけた時にも出てこなかった酷く狼狽した声を遠山が叫び散らす。




『鳴人くんは独りでたどり着くの。鳴人くんは独りで進むの。お前を殺して、この世界を膨らませて、私はあの世界に。鳴人くんの生きる世界に行く。ああ、見える、見えるよ、貴方の人生の続きが。貴方の命の続きは異世界に、遠い世界、先の世界にあったんだ。……フフフ、全部、貴方にとって不要なもの。全部私が剪定しなきゃ』




 女はその声を背中に受けつつ、ぶつぶつブツブツ呟き続けた。





「この、イカれ女……!! おい、日下部! てめえ、探索者のくせにパンピーやるつもりか! おい!」





 遠山が叫ぶ。



 しかし、硬くしなやかなタケノコの締め付けは更に強くなる。




【警告 "ゆつつかくし"により"キリヤイバ"への神話攻略が発生しています。"キリヤイバ"は使用出来ません】




 メッセージには意味が掴めない文言が流れる。






『やだなあ、ナルピ。今更じゃん。私はたくさん殺してきたし。それがまた1人増えるだけ。……ああ、貴方の世界でも殺さないといけないの、多いなあ。なにこれ、たくさんいる…… たくさんいるよ。ウジムシみたいに鳴人くんに引き寄せられる奴ら。へえ、へえ、薄汚い孤児達、己を知らぬ血に飢えた正義の化け物、女臭い古い竜。……パン職人のトカゲ…… へえ、 ラザール。……みんな、殺して、ゼロに戻してあげるね』





「ふ、さげんな。クソ女。てめえ、殺すぞ……」



 その声の、言葉のなんと無力なことか。



 それはあんなを悦ばすだけだ。




『クスクス、可愛い。でも、ダメ。まだ足りない。鳴人くんはもっと、もっと、恐ろしくなれる、もっと鋭くなれる。まずは、一つ一つ試してみるね。貴方がもっと素敵になれるように、貴方を変えてしまうノイズを、私が、貴方のために、貴方を、貴方を貴方を貴方をもっと、もっともっともっと素敵にしてあげる、私、だって、貴方を愛してるから!! 愛してるからもっと素敵になってほしいの!!! 鳴人くん!! 貴方は、もっと、貴方はもっと、素敵であるべきなのおおおおおおおおお』




 女が、斃れたカイキの背中を跨ぐ。



 地面に座り込み、俯いたままの少女を見下ろす。





「ドラ子!!」





『私以外の女に愛称なんて使わないデエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』




 女が、手に握る杭を思い切り、少女に向けて振り上げて。






















「黙レ、下等セイブツ」






『ゑ』





 ザンッ。



 美しい音が鳴った。



 耳に良い気持ちのいい音。



 まとめて束ねた新鮮な野菜を切れ味の良い包丁で一気に断ち切った、そんな音。





『え、ゑ、ェ』



 真っ二つ。


 見事に正中線から縦に割れた女が、言葉を漏らす。目を丸くして、割れた唇をパクパクと動かして。




 それは怒りに触れたのだ。




「ワタシ、ナニもわからなイ…… ナルヒトや、ユサが話してイルこと、ほとんど、わからなイ、デス」





「ド……らる?」



 斃れたユサが声を漏らす。その声に少女は優しく笑う、安心させるように。



 さっきカイキが、少女にそうしたかのように。






「でも、1つわかってイルことありマス…… 貴様は、ワタシの敵ダ」




 少女の蒼い瞳が、その瞳孔が縦に裂けていた。





『ッッ、"伝承ーー「失せヨ、目障りダ」



 ゾン。



 次は横。少女が無造作に、蜘蛛の巣でも払うように手を横に。




 束ねた藁を達人が袈裟斬りにしたかのような良い音がした。




 少女の手、細い陶磁器で出来たような白い手、その爪が金色に輝いている。




 人間には目視すら出来ない速度で振るわれた金色の爪が、女を縦に、横に引き裂いた。




『フ……ふフフフ…… いた……イ、でも、これで…… ふ、フフフフフフフフフフフフ、本体……が』




「ワタシの、宝に触れるナ」





 ズタズタにされた女の体がバラバラと地面に崩れる。



 ようやく自分がもう立つことなど出来ないほど、裂かれたことに気づいたようだ。




 ドロドロした黒い眼窩から、黒い血がつーっと垂れていた。






「っと!! ドラ子、カイキ!!」




 ぱきん。



 女が斃れると同時に、遠山を縛っていたタケノコもまた崩れる。





「ユサ! ユサ! あ、ああ、どうしよウ、ナルヒト、ユサが、血が止まらない……デス……」





「……ひっひ、ドラル…… やるじゃん、僕ぁ、知ってたよ、君はやるときはやる奴だって。ああ、とーやまが、カッコいいっていうのも、わかる、なあ」




「おい、おい! カイキ、聞こえるか! おい!」




 すぐに駆け寄る遠山、カイキに向けて大声を上げる。






「な、んだよ、とーやま。んな必死な顔して…… ただでさえ、ブサイクなツラがよー、余計ひどくなって、んぜ…… とーやま」




「やかましい、喋るな! 今、止血を……… ッ……」




 言葉が、出なかった。



 その傷口を見た途端、またカイキが意識を保っている理由が見当たらない。





 遠山は自分の口の中が一気に乾いていく感覚を覚えて。






「ナルヒト? ナルヒト、ど、どうしたノ、止血、血を止めないト、ユサが………」




 少女の声に、返す言葉がなかった。縋るような、声に返すべき返事が、なかった。






「……いいんだよ、ドラル。僕の身体だ、全部、わかってる…… ひっひ、偽物の身体のくせに、作りは完全人間だからなー、きっついぜー、冷たいのに熱くて、痛いのになんも感じないんだからよー……」




 カイキが、口から血をこぼしながらも、へへへと笑う。







「おい、待て、待て待て待て…… お前、ダメだ、こんな感じで終わるなんざ、ダメだろ! カイキ!」




 その口元の方を拭うことすら忘れて、遠山が叫ぶ。





「そんな……怒んなよ…… 僕は、偽物ーー」




「お前はカイキユサだ!」




 違う、それだけは言わないといけない言葉だ。





「とーやま?……」






「お前は、ドラ子を、自分の友達を守ろうとした! 俺たちを、お前なりになんとかしてくれようとしていた! そんなやつを偽物とか思えるわけねーだろうがー、タコボケ!!」




 胸が、引き攣る。



 声が、喉が、痛い。



 自分の無力さに、体の全てが痛い。それでも遠山はそれだけは彼女に伝えなければならない。





 遠山が、カイキに声をかけ続ける。




「…………昔のさ、君…… どこを見て、どこに行こうとしてんのか、わからない、そのくせこっちの事情に首突っ込んでるくる、わけわかんねーキミも、よかったけどさ」




「お、おい、カイキ……」




「ひっひっひ。今のその、ぼろぼろでぐちゃぐちゃブレブレのキミも、悪くねーぜ」




「あ」



 ぐい、と。



 カイキが身体を起こし、遠山の胸元を掴む。弱々しい力だが、遠山はそれに引き寄せられて。




 2人の顔。



 遠山の栗色の瞳と、カイキの黒い瞳が触れ合うような距離。




 桜の香り、カイキの匂いがした。




 桜色の薄く小さな唇が、震えて。





「さっき君がドラルに言った通りだ。君はどんなになろうと、どんなに変わろうと遠山鳴人だ」




 すっと、遠山の乾いた唇に、桜色の唇が近づく。



 あと数ミリで触れ合っていただろうそれはしかし、決して触れ合うことはない。




 桜の香りが強く。




「ありがと、とーやま。……ほんの少しの間だったけど、たのしかったよ」



 こつん。



 カイキのおでこが、遠山のおでこにそっと。





 にこり、カイキが笑う。





「……ドラルを、……ドラルは、あんま泣かせんなよ、タラシや、ろー」




 ゆっくり、ゆっくり、名残惜しむかのように、カイキの身体から力が抜けていく。




 遠山の胸元を掴む力が、どんどん弱くなっていく。





「カイ、キ……」




 やめろ、まだ、まだ、まだいくな、だめだ、ダメだ。




 頭の中でぐるぐる回る激情と裏腹に、遠山にできることはカイキの身体を抱き抱えて、支えるだけ。




 あまりにも、その肩、腰が細すぎて、その身体がどんどん冷たくなっていって。





「へへ、ああ、うん。予定とは少し違ったけど…… これはこれで、あれれ? とーやまが、僕を看取ったことになるなァ……貴方が、私を葬るって、ね。 ひっひ、あばよ、とーやま」




 ひゅー、ひゅー。



 命の抜けていく音が聞こえる。それすらもどんどん弱く。





「ゆ、ユサ…… い、嫌ダ、め、目ヲ、目を開けて、ヨ……」




「ドラル…… 僕の友達…… ありがと。それとごめん、苦労、かけるね。とーやまを、よろ……しく」




 カイキが、少女に手を伸ばす。



「ユサ…… ユサァ…… ナンデ」




 少女はその手を握り、自分の頬をそれにくっつけ静かに泣く。



 行かないで、と懇願するように、消えていくカイキの体温を引き止めるかのように。






「もう、泣くなよー、ドラル。君は、凄い奴なんだぜ、僕にはわかる、僕たち、は、少し似てるからよー。……君と、知り合えて、友達になれてよかった…… あ」




「ユサ……?」




「ひっひっひ、気付いた。ぼく、にせものでも、よかったこと、1つあるや。……オリジナルの海城優紗には、ドラルって友達いないじゃん、いえーい、僕の、勝ち、だね」




 弱々しいピースがふらふらと。



 力なく笑うカイキの顔は、少女に伝える。



 その死がもはや避けることなど出来ないものなのだと。



「あ、ァァァアアアアア……」




 少女の涙腺が壊れる。



 流れる涙、決して止まらず。慟哭が明るすぎる夏の昼に広がる。






「ーーカイキ」




「………なに、とーやま」




 ふっと、カイキの目が笑う。



 人懐こい猫のような目。ああ、そうだ。思い出した。




 遠山は、海城優紗の、カイキユサのこの目がーーだった。






「……おやすみ、()()()




「……ああ、またね」





 カイキが、目を瞑る。



 今にも解けそうだったピースサインが斃れて、青白い手が滑り落ちた。






 セミの声が、ただ。











【クエスト目標をクリアしました】





【異界の主"カイキ ユサ"が死亡しました。異界が終了します】





【クエスト目標をクリアしましta】







 ピシッ。



 入道雲に亀裂が走る。




 セミの声が続く。




【苦エスト目標を達成しました】





「………ナル、ヒト、ごめんなさい……」




「ドラ子……?」




 嗚咽の中から、力なき少女の声が。



「ごめん、ゴメン、ワタシ、まだ、わからないノ! ユサが死んだノニ、ワタシはワタシじゃないってわかるノニ、ワタシはワタシがわからないノ! 竜って、ナニ? ワタシ、アリー・ドラル、じゃないヨネ?!」




「ドラ子、落ち着け」




【クエスト目標を達成シました】





 遠山が静かに噛み締めるように言葉を紡いだ。




 少女の名前を呼ぶ。




「ドラ子、ドラ子、……覚えてる、ヨ、その呼び方、ナルヒトが付けてくれタ。ワタシの名前……ワタシ、ワタシの知らなイ、すごくてかっこいいワタシの名前……」




【クエス屠目標wo達成シました】







「ユサはワタシをすごいって言ってくれタ! ナルヒトはワタシをかっこいいッテ、言ってくれタ! なのに、なんで、ユサは、死んじゃったノ?! ワタシが、ほんとにすごくて、カッコいいんなら、ユサはーー」




「ユサは、ナンデ、死んじゃったノ……? ワタシが本当にすごくテ、かっこよかったラ…… ナルヒトはワタシを頼ってくれたのニ、ワタシは…… なにも、出来なかったヨ……」






「ドラ子、違うんだ」




「……エ」




「すごくて、カッコいい奴だよ、お前は。カイキの言う通りだ。でもな、そんなすごい奴だって、どんなにカッコいい奴だって、どうしようもないことはあるんだ……悪かった、俺、お前だけに背負わしちまう所だったな」




「でモ!! ワタシが、ワタシがもっと、ワタシが自分が何カ、思い出せてたらーー ユサはーー」




「いや、俺が傲慢だった。こいつをなんとかしようとか、ドラ子になんとかしてくれとか。まるでいつも全部うまくいくように勘違いしてた」




 ドラ子1人に負わせることになっていたかもしれない。



 それはダメだ。この優しい少女に、未だ自分がなんなのか思い出せない優しい竜に何を伝えればいいのだろうか。




 考えるより、先に、遠山の心が答えを紡いだ。




「ありがとう、ドラ子」





 それは、ちっぽけな言葉だった。





「エ……」




「カイキのために、泣いてくれて。こいつ、結局よー、一人勝ちしやがった。俺の目の前で、お前の目の前で、かっこよく、気持ちよく死にやがった。見ろよ、この顔……」




 でも、それしか言う言葉がみつからなかった。それしか。




「……ナルヒト、う、ワ、アアアアアアアアアア…………」





 少女は泣く、ただ、ただ泣く。でも、誰にも縋ることなく1人で泣いた。




 遠山は見る。ただ、ただ見つめる。決して少女にも、カイキにも触れることなく。




 静かに、弔い、葬る。




 夏への扉、それを開いた先には思い出があった。



 遠山鳴人は思い出に助けられ、思い出に苦しめられた。



【クエスト目標を達成シました】





「………バカ女が。賭けは俺の勝ちだったのに…… 今更てめーの死に顔見せられるとはよ。……ムカつくぜ。満足そうな顔しやがって」






 ーーこれは、賭けだぜ。とーやまなるひと。



 あの3年間。青い春の中で、遠山鳴人と海城優紗が行った賭け。



 遠山鳴人に友達が出来るのが先か、海城優紗が死ぬのが先か。



 それは、遠山鳴人の勝利に終わっていた筈だったのに。




「勝った気がしねーよ、カイキ」




 ぼやけた言葉。遠山の言葉は行先を失う。



 自宅のベッドで昼過ぎの惰眠を貪っているかのような穏やかな死に顔、それがカイキの返事だった。






【クエスト目標を達成シました】




「……うるせえな」




【クエスト目標を達成シました】




「ーーじゃあ、さっさとここから出せよ……! おい!!  ファラン! クソメイド!! 胸糞悪い真似しやがって! 眷属とかいう化け物が!! 選んだぞ! 俺は! 全部終わらせた! 早くここから出せ!」




「……ファ、ラン?」




「あ、いや、ドラ子、……すまん。悪く言うつもりはなかった…… つい……」





【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】




「………なんだ?」




【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】




 遠山の視界に映るメッセージ。先ほどからそれは全く同じ文言を繰り返すだけ。




 何か、おかしい。




【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】《ミ【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】ツ【クエスト目標を達成シました】ケ【クエスト目標を達成シました】【クエスト目標を達成シました】タ》【クエスト目標を達成シました】















【苦絵好斗目標ヲ達成死魔死タ】





【クエストが更新されました】








 身体の毛穴がいっせいに開いた。ちくり、ちくりちくり。小さな針で皮膚を突かれたような痺れ。





「ドラ子!!」




「う、ウン!」



 少女が遠山の手の届く範囲に近づく。




 カイキの遺骸と少女を、遠山は己の背に庇う。





「来い!! キリヤイバ!!」




 どろむ。



 戻った力の感覚。首元から引き抜いた己の最強の力を構えて、辺りを見回す。







 まだ、終わっていない。




 運命(クエスト)がそれを知らせる。












 《……ああ、やっと、やっと、見つけたよ》





「この、コエ……!? なんデ……」




「……日下部」





 死骸がしゃべっている。








【異界、"夏への扉"が外部より侵食されています。新たな異界の主が現れます】






 《ハハ、フフ、ふふふふふふフフフ、私は、偽物、だけど、同じなの》





 少女がバラバラに引き裂いた女が。




 《貴方への思いも、貴方へのこの気持ちも同じ。偽物でも本物なの。だから、呼んだ、だから、喚んだ》




 死骸が、死骸のまま。





 《……鳴人くん、ああ、変わってしまう貴方を見るくらいなら、私の鳴人くんじゃあ、なくなってしまうのならーー》




 その目から黒い血を、その口から黒い血を。








 《貴方を、私が葬る》




 死骸が。



 《来て、本体ーー》




 それを、呼んだのだ。








 それはとてもとても濃く強い情念と、縁が起こした奇跡、なのだろう。





















【警告 "()()()()"の発動を確認】

















「號級ーー!?」





 《遺物 建国》






「……上から!?」




「ナルヒト、アレ……! 雲の中ニ、雲ガ……!!」





 頭上から、世界に響く声がした。



 荘厳な鐘、世界を終わらすラッパのように、女の声が響き渡る。







「……マジかよ」



 雲が、裂けた。



 夏の空を支配する入道雲。




 それを内側から裂くように顕れた極大の何か。




 ああ、あれ




「槍だ……」






 《號級遺物 アメノヌボコ》




 入道雲の中から、それを破き裂くように美しい槍刃がぬうっと現れる。




 あまりにも磨かれた刃には夏空がそのまま、鏡のように映り込んでいて。






 《ずっと、ずうっと探していたよ》




 《貴方がダンジョンで死んでから、こっちは色々なことがあったよ。それでも私はずっと、チャンスを待って、ずっと、貴方を想って、ずっと、探してたんだよ》




 《ミ、ツ、ケ、タァ……… 鳴人くん、ナルピ、…… 遠山鳴人、みいつけたぁ》





 空から、いや、入道雲の中から声がした。



 女の声、誰の声かなんてみんなもう知っている。






 《フフ、本体、ここよ! ここ! ここ、ここ、こここここここ!! 鳴人くんは、ナルピは、コッーー》





「よいしょ」




 《ギャッッ》




 ぷちっ。



 死骸の頭を遠山がメイスで潰す。もう遅いだろうが、同じ声が空から足元から同時に響くのは耳障りだった。






「やかましい、黙ってろ。……おいおい、日下部、藤堂、流石に、それは引くわ」





 ()()()()()()()()()入道雲の中から響いている。








 《久しぶり、鳴人くん…… 会いたかったよ、フフフ、ああ、偽物、私の偽物、殺しちゃったんだ。……お疲れ様。貴女のおかげで、ここを見つけたから、もう、いいよ》






 槍が裂いた入道雲の中に、それはいた。




 大きな顔。それは酷く歪な顔。右半分はクマが目立つ垂れ目、ふっくら浮かんだ涙袋の顔。藤堂未来の顔。



 大きな声で、それは酷く歪んだ顔。左半分は、大きな吊り目に、泣きぼくろ。日下部日菜の顔。





 空に浮かぶ巨大な女の顔が、入道雲の中から遠山たちを見下ろしている。






「まあ、えらくデカくなっちゃってからに…… お前、本物の藤堂、あるいは、日下部か」





 《フフ、ううん、違う、その名前はどれも本当の名前じゃないの…… 名瀬、私の名前は名瀬 名瀬 瀬奈。これが本当の名前。はじめましてえ、遠山鳴人ぉ、久しぶり、鳴人くん、ナルピ」





「……ああ、はじめまして、名瀬。そんで久しぶり、藤堂。生きててよかったよ日下部。そんで、さよならだ、化け物」




 敵だ。



 それだけが、事実。





 今、認知することはそれだけでいい。遠山の中から戦闘に不必要な余計なものが削ぎ落とされていく。






 《……なんで、私にそんなに冷たいの? 見てたよ? 海城さんは慰るのに、私の偽物は簡単に殺すの……?》





「……日下部。藤堂、あと、名瀬、だったな。正直、アレだ。きしょすぎて頭がまわんねえ。あとは、そうだな」



 遠山が律儀に答える。



 色々聞きたいことはある。自分が死んだ後、ファイアチームはどうなったのかとか、そもそもここにどうやって顕れたのか、とか。




 だが、今、遠山がこの女に向けて言う言葉は、一つだ。







「俺たちは、探索者だ。ファイアチームの仲間だ」




 《あは、そうだよ、ナルピ。(日下部)は貴方の探索者としての仲間。そうだ、貴方は私の為に命を懸けてくれた、貴方は私の為に死んでくれた! そうだよね! ナルピ、貴方は私のことを愛してくれてたんだよね!? 大変だったの!! ずっと、私、貴方を探してたの! ダンジョンをずっと、貴方が死ぬわけないと思って、だから、ダンジョンの底を、底で、彼らをーー》




 あの日を、女が想い声を荒げる。




 遠山鳴人が死んだ、2028年9月。女にとってはそれから数年越しの再会となる。




 その顔はスワンプマンと同様に、興奮に満ちていて。






「だから、俺が殺す」





 《え?》





 雲の中の巨大な顔の動きが止まった。




「とち狂った探索者は、仲間がきちんと始末をつける。それが俺らのルールだ。名瀬 日菜」





 それが遠山の、探索者たちのルールだ。




「そして、俺には引き継がないといけない仕事がある」




 とち狂った友達を止めるのも、友達の役割。




 それを為せなかった奴、遠山にとって友達ではない、だが、きっと特別で、大切な存在だったそいつの仕事はまだ残っている。






「カイキの代わりに、俺がお前を止めるぞ、藤堂」





 遠山鳴人には、その歩みを支える理由が2つもあった。






 《……ふ、フフフ、可愛い、鳴人くん。ああ、もうわかんない。でも、良いの。今の私ならなんでも出来る、この世界なら私は、なんでも出来そう。……貴方をもっと、もっと、素敵にしてあげる、貴方を一度壊して、作りなおして、産み直してあげるね》






「やってみろ、化け物」





 《うん、全力でやるから。見て、鳴人くん。貴方にたどり着く為に私がたどり着いた力を。フフフ、知ってるよ、鳴人くんは、とても強いから、私、貴方を好きにする為に頑張って強くなったんだよ》





「……號級遺物持ってるやつを殺すのは、初めてだな」





 入道雲の中の巨大な顔を始末する。



 まともな頭では、おかしくなりそうな状況。



 だが、この男の脳みそはもうまともではなかった。




 《アハ、ナルピ、それだけだと、思ってんの? 甘ーよ》






 そして、この女もまた当然のことながらまともな存在ではなかった。







【警告ーー】







「なんだって?」






 《遺物 拡大解釈(オーバーロード)





 雲の中の巨大な顔、つまり、本物の藤堂未来、本物の日下部日菜、名瀬 瀬奈はその領域にたどり着いていた。




 遠山が死んだ後、大きな変化を迎えることとなった現代世界。




 その世界が迎えたある歴史、ある星と凡人たちの物語の末。



 その続きの向こう側を、名瀬は遠山を想い、生き延び、力を手に入れたのだ。





 世界の境界すら、侵す大いなる力をーー




 その、報酬をーー







 《アメノウボコ・拡大解釈・アメノウキハシ淤能碁呂島婚姻絵巻》





 巨大な槍が、ゆっくり、巨大な顔の眉間を突き刺し、そこに吸い込まれるように溶けていく。







【警告ーー 號級遺物の拡大解釈により異界が変異していきます】







「……な、ナニ?」




「おいおいおいおい、なんだ、こりゃ……」




 空が、空が、空が変わっていく。



 遠山の思い出を強く反映していたこの世界の空、あのプールの授業の後に見上げていた辛くなるようなほどに青く眩しい空が変わっていく。






 一瞬で、空は夕焼け空に。



 血管のような紫が貼り巡る病的な夕焼け空に変わった。





 血の空だ。






 《ふ、フフ、アあ、アアアアアアア、フフフフフフ、国産みのおはなし、鳴人くん、教えてあげるよ、遺物の本当の使い方をさあ!! それで、貴方をまた産んであげる!! 今度こそ誰にも冒されない、ブレない、変わらない、不変の!! 完成された、貴方を、貴方を葬って、看取って、取り上げたい!! 殺して、食べて! 産みたい!!》





 顔が嗤う。巨大な矛を眉間で飲み込んだ顔が嗤う。



 夕焼け空の、入道雲の中の巨大な顔が愉快に笑い続ける。





「……ナルヒト、モテるネ」




「パスで」




 少女のボケた言葉に、短く返す遠山。



 流石に頭が痛くなっていた。





 ピコン。




【異界の主 "指定探索者 名瀬 日菜"の自壊が始まります。號級遺物の拡大解釈により彼女の自我が溶けていきます】




 流れるメッセージに遠山は視線を。そしてすぐにまた空を見上げる。






 《あ、ふ、フフ、すごい、すごおおおおい…… これが、アメノウボコの本当の力…… 私が、私じゃあなくなる》





「ん? あれ?」





「ナルヒト?」




「いや、なんかあの変態、扱う力が強すぎて死んでいってるような……」





 なんか、巨大な顔が、その輪郭がぼやけて、いや、溶け始めている。それに苦しそうだ。



 ふと、気づく。



 自分の血が白色に変わっていた事実。アレがもし、遺物の力を引き出したことによる弊害なのならば。




 遺物の力に耐えきれない人は、みんな自分と同じようになんらかのリスクが肉体に発生するのではないか。






 その仮説を裏付けるように、巨大な顔は今も苦しんでいてーー






 《ナルピ、だから甘いって》




 《……私がなんの策もなく、遺物の拡大解釈を使うわけないでしょ》





 すんっと、苦しんでいたはずの巨大顔が真顔に戻った。



 それはシンプルにおぞましい光景だ。





 《全て、コツは、ヒントは彼らにあった。いいね、出来るヨネ、あなたは私のお腹の中にいるんだから…… ああ、恐ろしい只の人、答えは全部、あなたが持ってた、感謝するよ、してあげるよ。あなたのおかげで、鳴人くんを、好きに出来るんだもの、ほんとならお星様を食べたかったけど、あなたもすごく素敵な栄養だよ》





「ごちゃごちゃ何言ってーー」





 ピコン



【"霧" いかん。わぬしよ、ありゃあ、まずいぞ】





「あ?」




 メッセージの文体が少しおかしい。すぐにそれが、あのキリヤイバ、お札マッチョからのメッセージだと気づいてーー









 《伝承再生 "道敷オオミカミ"》




 それは遠山にとって知らない言葉。



 遠山の今いる異世界では恐らく、発現しない人間の可能性の一つ。







 食べることによる存在の取り込み。地球の歴史の中でありとあらゆるものを殺し、捕食し、それを取り入れて発展してきたホモ・サピエンス(頂点捕食者)にのみ許された進化。






 《人じゃあ、神様の力を扱えない…… けれど、けれどね、人は育つ、人は受け入れる、人は想いの苗床となる。遠山鳴人くん、教えてあげるね、人の持つ本当の力を、神様の領域にすら手を出す、私達人間の有り様を》





 伝承再生。



 それは星にかつて存在した神秘の残骸…… "神秘の残り滓"を食事することによる肉体の進化。







「お、おい、なんか、まずい……」






 そして、その女は、それだけでは終わらない。



 女は、指定探索者、名瀬 瀬奈はもう一つの可能性にもたどり着いているのだから。







 《伝承再生+遺物拡大解釈》




 これも、ひとつの進化の形。



 遺物の拡大解釈、それは人の身で彼岸の向こう側を渡ろうとする無謀な行為。




 大いなる力に、定命の肉体が耐え切れるわけがない。





 だが、名瀬はその問題をクリアした。器が力に耐えきれないのなら、その器ごと無理矢理、強く、大きく。





 人間の持つ可能性の力、それを2つ重ね合わせる無茶苦茶なやり方はしかし、成功してしまった。








 愛。



 遠山へのそれだけで、女はついにその領域へと辿り着いた。



 世界を跨いで渡ることをすら許される、大いなる力を。





 そんなめちゃくちゃな存在を、自分たちでは決して理解すらできない大いなる力を古来から人はーー






 《()()()()








 ーー神と呼ぶのだ。















「……なに、ソレ」






 《かしこみ、かしこみ、奉るーー かしこみかしこみ奉れ》




 巨大な顔の輪郭が溶け崩れる。



 ああ、それで終わりなはずはない。



 そこからまた巨大な姿が現れた。






「あちゃー……」








 《神話回生・ヨモツオオカミ》








 見よ、その異様。



 夏空の入道雲の上に、座布団か何かに鎮座するように座る巨大な女神の姿を。





 顔の右半分は名瀬瀬奈、藤堂と日下部達を混ぜ合わせた美しい女の顔。



 そして顔の左半分はただ、闇と黒に染まっている。



 神主が着るような白無垢に、手に持つ巨大な矛。




 不浄の女神が、入道雲の上で膝を崩して座っていた。







 《鳴人くんはさあ、カミサマにも勝てるのかなあ?》





「デカイって」





 《異界 ヨミヒラサカ 拡張》




 ーーとーりゃんせ、とーりゃんせ。こーこはどーこの細道じゃ、天神さーまの細道じゃーー





 夏の夕空。かなかなかなとひぐらしの鳴き声に混じり、流れ出るのはニホン人なら誰しも知るわらべうたが流れ始める。





「こわいって」




 《おいで、みんな、ヨモツシコメ》





 ずぷん、すふん。





 空に、波紋の揺めきがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつーー たくさん。




 雨が打ち続ける池のように数えきれないほどの波紋が空に浮き出る。



 そこから




『ア、オオ、アアァ』


『うひ、ヒヒヒィあ』




 異形。



 腐りかけた人間の身体、肋の浮き出た痩せっぽちの体に、昆虫の羽を背中に生やし、手には踏切のゲートバーを握りしめた異形が現れる。




 ああ、その異形はみな同じ姿。首から上はぐしゃぐしゃにマジックで書き殴られて模様の道路標識が生えている。




 異界の住人が主人の命に従い。次々と空に現れた浮かぶ。




 まるで、イナゴの大群が夕焼けを舞うかのような光景。





「多いって」




 もう笑うしかない。



 遠山の声は乾いていた。




 《フフフ、フフフフフフ、ヨミヒラサカの数追う者、今度こそ、貴方を…… フフフ、貴方に追いついてみせる、今度こそ貴方を捕まえて見せる、貴方を産み直してあげる、完璧にしてあげる》





 そこに広がるは黄泉の国。黄泉の国の大いなる神の国が、遠山達の目の前に広がっている。





 そこに広がるは黄泉の国。黄泉の国の大神とそれが率いる軍勢が、遠山達の目の前に迫っている。





 夕焼けが、近い。






「……キリヤイバ通用すんのかな」




 気付いたら、神話の世界に取り込まれていた。遠山が首を傾げる。なんだ、この頭の悪い展開は?




 高熱の時に見る悪魔か?




「な、ナルヒト……」




「顔上げろ、ドラ子、行ってくる」




 遠山がフェンスをよじ登り、屋上の端から神を見上げる。






「わ、ワタシも!!」




「いや、カイキを頼む。……そいつを1人にさせるのは忍びない」





「ユサ………」




 少女が、もう何も言わないカイキを見つめて、それから小さく頷いた。





「寂しがり屋だからな、そいつ。ドラ子が一緒にいてくれたら喜ぶと思うよ」





 遠山が2人を振り返る。




 これは、尊いものだ。これは、残さなければならないものだ。




 この2人を置いていった先に、遠山の求める光景は存在しない。






 《ナニ? その目…… おかしいよね、おかしいよ、なんで??  あんなに、脳みそをいじくりまわしたのに、アレだけ貴方を強く、女が寄らないように脳みそをぐちゃぐちゃにしたのに! なんで!! その竜女にそんなに優しいの!? 貴方は違う、貴方はそんなことしない、遠山鳴人は女に、誰かに、他人にそんな目は向けない……!! うみなおさなきゃ、作り直さなきゃ、そうだ!! カイキさん! 海城さんも、作り直してあげるから! 海城さんは友達だもの! だから産みなおしてあげるの! 貴方と海城さんと、私! もうそれだけでいいじゃない!!》






「黙れ」




 探索者として、同じ3年間を過ごした存在として。





「お前が海城を、カイキを語るな」





 《なんで、そんなコト言うの…… その目、その目え、なんで私にはその目を向けて竜女や、カイキさんにはあんな優しい目をするの? ……私にはそんな目向けてくれないのに!! 貴方のことを一番大切に、こんなにも大切に思ってる私にはなんで!? 貴方の為にここまでしたのに!! なんで私の愛がわからないの!? 貴方に完璧になってほしいだけなのに!! なんで!? なんで?! 私、貴方の為にここまできたのに、貴方に会いにきたのに!!》





「やかましい。お前だけは、ここで殺す」




 その女の問いには答えない。



 両者ともに、互いの話しを聞く気は毛頭なかった。





【警告 DEADクエストが開始されます】




 それは、運命の死を告げる知らせ。





【警告 非常に危険なクエストです。このクエストに失敗した場合は、死亡します】





【 DEAE クエスト "Battle of (ヨミヒラサカ) Yomihirasa(の戦い)ka】






【クエスト目標 "神話回生・ヨモツオオカミ"の討伐ーー討神】






【警告 クエスト目標は一神話体系の頂点に君臨する存在です。現在のレベルでは万に一つも勝ち目はありません。"神殺し"に類する技能は現在保有していません。現在のキリヤイバの侵食段階では、敵神性への抵抗のみが可能です】




【警告 このクエストの()()()()()を達成するのは不可能です】





【警告 クエストを開始した時点で、貴方の死亡が確定します】








「それでも」






 思い出を少し、想う。



 ファイアチーム、探索者時代の思い出は炎のように短く、しかし、鮮烈に。



 日下部日菜は、それでも、遠山鳴人の仲間だった。





 だからこそ、その炎を美しいままで終わらせる為に。





 カイキユサのことを忘れないために。彼女が出来なかったことを、去っていった人間のやり残しを終わらせるために。





「この始末は俺がつける」





 遠山鳴人に、絶望から目を逸らして良い理由など微塵も存在しなかった。





 《ーーああ、ならもういい。貴方は穢れた、他の女で穢れたんなら、もう仕方ないよね。作り替えるしかない、今の私ならそれが出来るもの。貴方を殺して、殺して、殺してーー ああ!! ああああ!!》





 巨大な女神が、雲の上に鎮座する、黄泉の国の大神が悶える。






 《貴方を1000回殺して、産み直してあげる!!》





「ヒヒヒヒヒヒ、なら俺ァ、1500回生き返って、てめえをぶっ殺してやらァ!」









 例え相手が、死そのものでも、死の国全てを敵に回すことになろうとも。




 遠山鳴人には、この戦いから降りる理由が見当たらなかった。





 《私が貴方を葬るわ。遠山鳴人》







 死が、一斉に降りて。





















 ピコン




【条件達成 DEADクエストのオプション目標がクリアされました】




「ん?」




 PI PI PI PI PI q


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【オプション目標 ・素性が "死亡した探索者" であること。・異界内にて探索者端末を携帯している・2028年冬までに現代ダンジョン"バベルの大穴"で死亡する。・異界の種別が"彼岸"である・DEADクエストを2つ以上クリアしている。・決して諦めない 全てのオプション目標を達成しました】






 一気に流れるメッセージ。遠山の目がそれを追う。





 どくん。心臓が跳ねる、




 嫌な感覚ではない、それはどこか心地よく、足から頭まで一気に体が湧き上がる感覚すらもたらして。







【 ☆DEADクエストの特殊ルートが解放されます☆】





 そのメッセージにはなぜか、()のマークが付いていた。



 こんなこと、初めてだ。




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 PI PI PI q




 PI PI PI PI PI PI PI PI PI PI PI PI




 唐突に胸ポケットに振動と、軽快な電子音が響いた。





『Emergency call』




 鳴った、響いた。



 それはありうべからざる現象。



 この異世界で、この異界で起動するはずもない探索者端末の機能。




 電波など存在しない、届くわけもない状況。




 だが、たしかに、その端末は通信を傍受した。








 彼方からの、緊急通信(エマージェンシー)を。







『Emergency call . Emergency call This device is online』





 緊急通信、緊急通信。



 探索者端末がそれを鳴らす理由は2つ。



 現代ダンジョン、バベルの大穴内の環境の激変を感知した組合からの通信。




 そして、もう一つは。




『Designated line Open』




 ()()()()、起動。




 ある権限を与えられた探索者から、探索者への通信。




「あ?」




 《Reply Reply Reply》




 『Communication from a Designated Searcher』



 応答せよ、応答せよ。










 ()()()()()からの通信だ。















 『TAC NAMEーー"The 52nd STAR"』








「え」







 《Wow!! Did you really connect? hear? If you hear a request, reply!!》















 《I'm Aleta!! "Aleta Ashfield"!!









         Can you hear me?》














感想お待ちしてます。



長文ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
この先の話タイトルで察していたのにも関わらず、背筋が痺れた。 ここで星からのコールか。 いや、味山がお腹の中ってどついうこと? はやくぺっしなさい
ストームコーラーキタ、これでかつる、ってコト?
[気になる点] いやまぁそういう作品ってのは分かってるんだけどシリアスな場面でパロディ出てくるとちょっと冷めちゃうんよ……
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