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91話 奉仕の眷属

 




『ふ、フフフ、シャロロロロロロロロロロロ!!』




「「「「「ぐ、う、おおおおおおおおおお?!?!!」」」」」




 古代種、キリヤイバにより支配された魂がキリに肉付けされて暴れ出す。



 5人の執事見習いたちがいた場所にその巨体を思い切り叩きつけるように突進して。





 道が、開いた。






「今だ! ストル! 全速前進! イケメンどもは抑えた。行くぞ!」




「は、はい! と、ほー!」




「あ、あ、アババババ…… ひ、ヒトが、エルダーを、いや、なにそれ、副葬品……? キショ……」





「また舌噛むぞ、主教様よ!」




 遠山が馬車に飛び乗り、ストルが鞭を打つ。主教はぼそりと、キリの力を見て毒を吐いて。





「ま、待て、トオヤマナルヒト!!」




 執事の1人が、白蛇女の巨体を跳ねるように乗り越え、馬車に近づこうとーー




「ヒヒヒヒヒ、待たねえ! いいのか、よそ見しといて。その白蛇女には、仲間が多いぞ?」




 遠山は奴らのそれに苦戦した。





『『『『シャロロロロロロロロロ』』』』




 群れ。



 キリヤイバはその化け物の群れを全て食い滅ぼしている。




 蒐集され、保存された魂がキリによってかりそめの肉体を得て顕れる。






「ま、また、また霧の中からモンスターが!?」




 キリの肉体の蛇の化け物。その群れ。




 いずれ超越者になることを鬼に見込まれた彼ら高弟はあっという間に化け物の群れに囲まれた。





「狼狽えるな! 我らアリス親衛隊、この程度のモンスター如き!!」




 その拳、鬼にいたらずとも重く、早く強い。



 キリのテイタノスメヤ、その1匹の頭を高弟の拳が砕く。




 しかし




『アハ』



『シャロロロ』



 蛇、死なず。




 ぐじゅり。潰された頭はしかし、キリが集まり再び形を取り戻す。




「さい、生している……?」




「だめだ!? 頭を潰しても、すぐに動き出すぞ!?」





 イケメン達が慄き始める。そのキリが再現するのは、遠山鳴人の冒険。



 不死の蛇に囲まれたクソゲーの再現。





「ヒヒヒヒヒヒ!! 頑張って攻略しろよ。大丈夫、死にゃしねえよ、俺と違ってな!」




 不死の蛇の群れ。



 それらが鬼の高弟を食い止める。




 馬車は進む、夜を、霧の夜を一気呵成に。





「おのれ、トオヤマナルヒトオオオオオオオオオオ!?!」




『シャロロロロロロロロロロロロロ』




 彼らの声を背中に、どんどん距離が離れていく。もう、追いつかれることはない。




 恐るべきは、キリヤイバのその力。




 魂の使役、遠山鳴人のとりえる戦術の幅が一気に増えた。



 すでに、遠山は現代で言えば上級探索者のトップ層、もしくは指定探索者の枠に手を掛けれるほどの戦闘効率にたどり着いていた。






「相変わらず、めちゃくちゃな男ディスね! あなた、あんなことも出来たんディスか!?」





「ついこの前からな。パワーアップイベントクリアしたから」




 たづなを握るストルに遠山が真顔で返事をする。




 遠山の位置から騎士の顔は見えない。





「訳わからないディス! ……トオヤマ」




「あいよ、ストル」




 ストルの小さな背中に声を返して。




「これが終わったら、その身体のこと説明してもらえるんディスよね」




 少女の声が震えて聞こえたのは馬車の揺れのせいではないだろう。





「…………おう」



 誤魔化さずに、短く応える。



「ーーふうー。わかりました。……今は私の仕事に集中しますディス」





「……悪い、ストル」




「ばかね、トオヤマナルヒト。そこはありがとう、でしょ。……うわ、この霧、どこまで広がってんの? キショ。こんなに濃いのに、目の前だけははっきりと見えるとかなんなのマジで」




 主教に小突かれつつ、遠山はうなずく。



 馬車の行先を、道を示し誘導するように道の脇には霧がまだ溜まっている。



 霧に囲まれた一本道を、馬車が進んで。




「ヒヒイン」




「っ、見えました! 竜大使館ディス!! 正門が見えましたディス!」




 カラカラ、ゆっくり減速。



 大きなそびえる門。竜大使館の庭園の入り口が見えた。




「なんか正門を見たらいよいよ家宅侵入の感じがすげえな。ま、行くけど」




「もう今更よ。つーかトオヤマナルヒト、アンタマジで頼むわよ! ストルの騎士権の返還とかで言い訳は立つけど、これが許されるかどうかはマジでアンタ次第なんだからね! ぶっちゃけ竜様に許されない限り、私らマジで全員ヤバいんだからね!」




 主教が元気に唾を飛ばす。



 言ってる内容は保身に満ちているが、それでも彼女は遠山に賭けた。それを実行してくれた。




「わかってるよ、主教様。賭けの儲けを期待しててくれ」




 千の言葉より、一の行動。遠山は彼女の期待にも応えなければならない。





「んがああ、腹立つ! そのドヤ顔がムカつくけどもう、私もノリノリであそこまで啖呵切ったあとだから戻れない! あーもおおお、マジであの時すぐ帰ればよかったああ」




「釣れないこと言うなよ、ボス」




「やっかましい! ボスとか言うな! ん、あれ、ストル! 前、前! 門が……」




 ゆっくり進む馬車の前方。



 美しい花の細工が施された高そうな庭門がゆっくり、音もなく開かれる。





「開いた……?」




「うっわー、嫌な予感しかないんだけど……」




「と、ほー、ハイ! ストップ、ディス!」





 歓迎するように、ぽっかり開いた門。



 その奥には月夜に照らされた庭園が広がる。




 しゃわしゃわと湧く噴水の音だけが、夜に染み込んでいくようだった。





「…………なんか、入れって言われてるみたいね」




「こう、急にウエルカムな感じ出されると少しビビるよな」




「トオヤマ、さっきまでの勢いはどうしましたディスか。ものすごいドヤ顔でしたよ」




「そんなに?」




「ヤバかったわよ。さぞ気持ちよかったでしょうね」




 さて、どうしたものか。一行が誰ともなしに軽口を叩いてーー











「ようこそー、天使教会の皆様ー」




 その場に似合わぬ、呑気な少女の声が。



 間延びした、のんびりな口調で。








「……最後はアンタか」




 噴水のそばに立つメイド服の少女。



 夕焼けの中で、竜を連れて帰った神出鬼没の無表情ちびっこメイドだ。




「ふふー、こんばんは、友人殿。思ったよりもお早い到着で」




 言葉は笑い声を含んでいるのに、彼女の表情は変わらない。お人形のようにどこを見ているかわからない瞳で、のんびりつぶやく。





「……天使教会のメイド…… ご機嫌麗しゅう、私達、天使教会、蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイル様への竜謁でお伺いしました。夜分に大変恐縮ですが、竜にお会いさせていただいても?」




 主教が馬車席を立ち、式礼の姿勢をとりつつメイドに話しかける。






「わー、なるほど。たしかに天使教会とお嬢様のお約束を使われたら弱いですねー、お嬢様は竜、挑まれるのは竜の誉れですのでー」





 主教がこの場にいる、それだけでメイド服の少女はことのあらましを掴んだのだろう。



 わー、と言いつつ、手のひらのサイズと同じような小さな拍手の音が鳴った。





「……メイドさん。ドラ子に会いにきた。通してくれ」




 遠山がなるべく威圧しないように、けれど警戒は解かないように言葉を選ぶ。




 いつしか雲から覗く月の光。



 明るい月夜、噴水のそばのメイドさん。その景色はある意味、鬼や鬼の高弟を眼前にした時よりも、緊張感のあるもので。






「ふふ、友人殿。よかったです」




 ふと、メイドさんが微笑んだ。




「……なに?」




「しんじてー、いました。あなたならきっとすぐ追いかけてくれるってー」




 メイドさんの目が、遠山を見つめる。



 月光を、その無の瞳が映し返していた。





「……あの時のはやっぱそういうことか。なら、メイドさん悪いけど、そこをどいてくれ。ドラ子に会わせてもらいたい」




 ドラ子を連れて帰る時、メイドさんがこぼした呟き。彼女は最初から遠山が来るのを待っていたのだ。




 遠山が、メイドに道を空けるように頼んで。






「んー、いいですよ」




 帰ってきたのは軽い返事。




 だが、何も安心出来ない。あー、よかった、とはならない。





「……これ絶対なにかあるパターンだよな」




 遠山が主教を見る。




「こっち見ないでもらえるかしら」




 主教がしっ、しっと遠山の視線を振り払う。にべもなかった。





「……トオヤマ、このヒト、何か変、ディス……」




「ストル?」




 ストルの様子がおかしい。




 御者席に腰掛けたまま、動かない彼女の手はしかし、腰に差した剣の鞘あたりを右往左往している。




 まるで、それを、剣を抜くべきか、否か迷っているように。






「あー、正義の幼体さんはやっぱりー、勘がいいのですねー」




 その様子を見たメイドさんが、ぼそりつぶやいた。





「……違う、トオヤマ、このメイド、ただのヒトじゃーー」




「ちょい」




 メイドさんが、小さな指を、ひらひらと。





「あ」




 かくん。



 ストルが首をうなだれて、ゆっくり御者席の背もたれに身体を預ける。





「ストル!?」



 すー、すー。



 ストルから規則的なリズムの寝息が。目を瞑り、動かない。





「ごめんなさーい。正義の幼体さんには眠ってもらいます。貴女が目覚めると厄介ですからー、あ、ついでに星見の主教様もおやすみなさい」




「あ、ウソ、私も!? ちょ、やめて、ほんと変なことしないで、私、もう仕事終わっーー スピョー」




 メイドの指が、ひゅひゅっ。主教もまたスヤァ。



 鼻ちょうちんを膨らませて馬車席にもたれて動かなくなった。





「すぴょー、すぴー、うふふふ、オカネ。ぴかぴか、すぴょー」




「主教様……アンタまで…… いや、なんか大丈夫そうだな…… メイドさん、これはなんのつもりだ?」





「トオヤマさん。いえ、遠山さん、ですかねー、これは」




「あ?」




 メイドさんの目が遠山を見る。観る、視る。



 ふと、その名前を呼ぶイントネーションが変わった。






「わたしはー、シンプルなのですよ。もう、シンプルにー、お嬢様にー、幸せになって欲しいだけなのです」




「メイドさん?」




「お嬢様にはこれから残酷な運命が待ち受けています。あの子は、そういう律の下に生まれ、役割を果たすための存在なのですー」





「…………」





 遠山の言葉を無視して、噴水のそばに立ったまま微動だにせず喋り続けるメイドさん。




「……おい、なんだそれ」




 遠山は今頃違和感に、気づいた。



 なぜ、噴水の音がしているのに、こんなにもメイドさんの言葉だけはっきり聞こえるのだろうか、と。




 彼女の声は、小さいのに、はっきりと。





「わたしはー、せめてその時が来るまで穏やかに。あの子が生きた時間の中、せめてひだまりのような思い出となる時間があればと、お仕えしてきましたー」





 月夜。



 その小さな口がぽしょぽしょ動く。




「ベルナルはいい奴なのですがー、少し、水竜とお嬢様を重ねているところがあるのです。初恋を拗らせた初老なのでー、少し面倒なのですがー」



 月夜。近く。



「話が見えねえな。メイドさん、俺を通してくれるのか、通してくれないのか、どっちなんだ?」





 つい、遠山が反射的にメイドさんを睨んでしまう。



 その目を見て、メイドさんが初めて。




 にやーっと、口角を吊り上げた。





「いい目です、遠山さん。貴方は試練を前に、睨むことが出来る方なのですー」







「なんの話だ」




 月よ、近く、空遠く。



「わたしはー、知りたいのですよー」





 メイドさんが、その頭につけているカフスを外して。






「あなたに賭けていいのか、どうか」







 ピコン




 瞬間、メッセージが流れた。





【新たなクエストの開始条件を満たしました】



【眷属クエストが開始されます】




「……ッ、これは」





 いつからだろうか。遠山が上を見上げる。



 月夜が、おかしい。夜空が変だ。



 近い、近すぎる。



 いつしか庭園はまるで夜空の中に、宇宙の中にぽっかりと浮かんでいるような。








「定命の者よ」








 その存在の喋り方が変わる。



 先ほどまてどこを見ているかわからなかった視線、それが遠山鳴人を観た。



「貴方は、その価値をこれまで多数の者にその価値を示した」




 すでに、その庭園は取り込まれている。




 天使に連なる外部の存在。




 "眷属"にはそれぞれ世界が与えられている。それぞれの領域、それぞれの界。





「貴方は、その試練をこれまで悉く捻り潰してきた」





 奉仕の眷属、それの世界が庭園を侵していた。





「だが、どうだ? 今回は? 次は? その先は? 貴方は本当に進み続けることが出来るのか、貴公は本当に運命を捩じ伏せ、たどりつくことが出来るのか?」




 奉仕の眷属。




 彼女が望むは、ある竜の幸せ。




「私は、それが知りたい。哀れで儚く健気な金色の竜の未来を、託すに値するのかどうかを」




 彼女が願うは、ある竜へのせめてもの救い。




「私の宝物に触れる価値あるべきかを、私は知りたい」




 彼女もまた、同じ。



 遠山鳴人に、望むことは一つ。




 その価値の証明。




「メイドさん…… アンタ、何者だ」





 遠山が、メイドさんを見て。





「私は竜大使館メイドのファラン、あるいはーー」





 彼女の無の瞳が、金色に輝いて。





「私は黄金を守るもの、私は黄金に魅せられたもの、昔の名前はFáfnir(ファフニール)、天使により与えられた席は"奉仕"」




 メイドさん、奉仕の眷属が金色の瞳を男へ向ける。




 彼女もまた、その男に期待を向けていたのだ。




「遠山鳴人。欠けし者よ、強き定命の者よ。貴方の価値を示せ。貴方の価値を証明しろ」






「またバトルか? ひひ、竜に会うのに試練が…………… ファフニール? おい、待て、その名前ーー」




【技能 "オタク"発動。奉仕の眷属の正体を考察出来ます】




 遠山が動きを止める、メイドがつぶやいた名前。オタクである遠山はそれを知っている。



 誰しもがきっと通る道、北欧で古く語られ、数々の創作物でも題材として使われている神話。




 北欧神話に、その名前がーー






「驚いた。貴方は、私の名前を知るのか。故の知らぬ定命の者よ。……妙な香りをいくつも纏う不思議な者よ。貴公ならば、あるいはーー」





「メイドさん、アンタがなんだろうと俺のやることは変わらない。ドラ子に会う。竜祭りも制覇する。これは俺の冒険だ、俺が自分で決めた、自分の道だ」




 訳のわからない状況、騎士は眠り、主教も眠り、いつのまにか馬も眠り。





 夜空の下、意識があるのはメイドと遠山2人だけ。





「ーーよい、その欲望に従うのならば、進むことをやめないのならば、示せ。伝えよ、貴公という男のことを」




 その変わらぬ言葉に、変わらぬ目。



 遠山鳴人の言葉に、どこか安心したような顔で。





「我が金色のいとしい主人は望んでいる、貴公を知りたい、と」





「警告だ、メイドさん。アンタに乱暴したくない。ストルと主教様を起こせ。そしてここを通らせろ」




 遠山は前を見る。得体の知れない存在だろうとなんだろうと、立ち塞がるのならばーー




 ぼうけんの試練は全て越える。





「あの子の願いはひとつだけ。ただ、あなたにあなたのことを聞かせて欲しい、と」





 ーーどうして、何も話してくれないのだ




 あの夕焼けの中、アリスが見せた涙、瞳に湛えた丸粒の涙が離れない。




 気付けば、遠山は喉を震わせて。




「ーーああ! 俺がどう考えても悪かった! 全部話す、ドラ子に、これまで誤魔化していたこと、話さなかったこと、全部話す、そのためにここまで来た! だから」




 謝るだけじゃない。全て話す。



 ほんとのこと、ドラ子があの時聞きたそうにしていたこと。



 遠山の故郷のことーー





「ならば、貴方が竜の友として誠実であろうとしてくれるならば、奉仕の眷属の試練を超えよ」





「ーーヒヒ、黄金を守るファフニールの試練か。あいにく持ってるのはグラムじゃないんだけどな」






 オタク技能により、遠山はソレの古い物語を知っている。悪竜と、いずれ竜殺しと呼ばれる魔剣を握った英雄の物語を。





「フフ、此度の試練に魔剣は要らない。貴方はシグルズではないのだから。ああ、我が宝物に触れようとする者よ。我が金色の君の悲劇をどうか、貴方がーー」





 メイドさんが、静かに微笑んで。







「貴方が全部台無しにしてみてよ」




 月が、気づけば降りてきて。





 視界が、狂う。





「ッ!? 遺物、霧ーー」





 遠山が反射的に、遺物を発動させようとして。





「眷属界、接続 "ファーブニルの歌"」




 ぱちん、その指が鳴る。




「う、あ…… く、そ。なんか、すげえ、嫌な予感が……」




 その瞬間、頭にモヤがかかる。




 まぶたが重たくなり、身体が沼に沈んでいくかのような感覚。




 メイドさんが気付けば、遠山を見下ろしている。





「行ってらっしゃいませ、願っていますよー。貴方がお嬢様と共にご帰還なされるのをー」





「私の望みはひとつだけ。あの子に幸せなひとときを。いえ、願うならばどうか、あの子にとっての幸せな終わりを、貴方が」





「どうか」










 …………

 ……

 …


 〜???〜




『キーンこーんカーンこーん』





「……ふが」




 遠山が目を覚ます。



 昔、よく聞いていた呑気な電子の鐘の音。




「ぐ、頭いて…… あのメイド、何しやがっ、て……」




 遠山が固まる。




 その風景があまりに、先程の夜の庭園から変わっていて。



 色がうるさいほどはっきり見える。整然と並べられた机、椅子、真緑色の黒板、やけに薄い、風に揺られるカーテンレース。






「ーー教室……?」




 そこは、見覚えのある風景。



 遠山鳴人が、その人間性を、己の行先を定めた3年間を育んだ箱庭。




「ああ、ようやく目が覚めた? おはよ。




 嗅いだことのある、香りがした。





「………………は?」




「おいおい、なんだい、その顔は。まるで"僕"の名前を忘れたってツラじゃん、そんなことはよー、言わせないぜー?」




 彼女、もしくは、彼、の黒い猫っ毛は濡れている。



 そうだ、彼女はプールの授業のあとも他の女子みたいに、決してドライヤーを使ったりしなかった。





 遠山鳴人は、そいつのことをよく知っている。




 首にパンダのタオルを巻いて、プールの授業の後、いつも半乾きまま、濡れた髪をいじっていたそいつのことを。





「……海城(かいき)?」




 びゅううう。




 入道雲がぽっかり浮かぶ窓の外から風が吹き込む。




 誰かの開き放しにしている教科書のページがいっきにめくれる。





「あら、忘れてなかったか。オッケーオッケー。そう、君の愉快な高校生活のライバル。海城 優紗(かいき ゆさ)だよ」






 バカみたいに白いセーラ服の似合う人間がそこにいた。




 つんっと、鼻を刺す不思議な匂いが風に運ばれて。窓際の机の上に足を放り投げて座る人間の匂いをさらって。



 短いスカートに、白いセーラー服。その上に男物の黒いスポーツジャージを羽織って。



 白く、細いのに肉付きが良い白い太ももが机の上で潰れて広がっていた。




「また面白いことに巻き込まれてるね」






 カルキの香り。なつの匂いと一緒に。








「とーやまなるひと」






 セミの声が、世界に広がって、もうそれしか聞こえない。





読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!

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[一言] ファフニールって確か親族を「殺してでも奪い盗る」して黄金を手に入れてた気が…? パン文書館の人の言う通りならファフニール=サンにも前身が居るんですかね?
[気になる点] あれ、無数の蛇の魂ってビームで滅んだのかとおもってました。
[一言] ついに
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