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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
竜祭りの前に

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87話 グダグダの分岐点

 






「いや、ドラ子、なんで」




「……貴様は、なにものだ」




「お、おい、ドラ子? マジでどうした? 顔色悪いぞ……」




「ナルヒト!!!」




「うわ」





「なにが、貴様、何があった!? 気づかぬかった、目の前にいたのに、話していたのに、オレは気づかなかった…… ナルヒト、そなた、何を、した?」




「ま、待て、ドラ子、話が見えない、落ち着いてーー」




「質問に答えろ」




「ッーー」




 竜の威圧に、押される。


 ドラ子の支配者としての側面、いくら仲良くなろうとも決して切り離せないその本質が垣間見える。




 ああ、だが、竜の支配者としての本質、それが恐ろしいのと同じように。





「あ? なんだ、その言い方」




 遠山鳴人の本質もまた大概他人のことは言えない難儀なものだった。





「俺に命令すんなよ、ドラゴン」






 苛立ち。



 遠山鳴人は、己に向けられる理不尽な圧力に対し、真っ向から刃向かうタイプの人間だ。




 例えどれだけ距離の近い人物であれ、遠山の道理から外れるのであれば、この男は容易に牙を剥く。







「良いから答えよ!! 貴様、何もしていないのに、定命の者がそんなふうになるわけがない! ふざけるな、ふざけるなよ、ナルヒト、貴様、どうしたのだ……!?」





「……どうしたはこっちのセリフだ。いや、違う違う、ダメだな、こんなことで頭にいちいち来てたらキリがない。話し合いが大事だ」




 だが、遠山もガキではない。



 高校の頃の尖ってるコイツならこの時点でもう話し合いは無理になっているかも知れないが、今は違う。




 すーっと、息を吸って、吐いて。





「ドラ子、落ち着いてくれ。俺、お前に何かしちまったのか?」




 遠山が自分のイカれスイッチを制御する。ドラ子は敵ではない、味方で、友達だ。




「あ、う…… みえ、ない。ナルヒト、貴様がわからない……」




「は?」



 一歩、ドラ子があとずさる。遠山を見て、はっきり混乱している。





「今までは見えていたのに、貴様の心が、言葉が、ほんとうが見えていたのに、急に、見えなくなったのだ」



 きゅうっと、胸の前で組んだ手、その仕草にいつもの傲岸不遜、唯我独尊のドラゴンっぷりは全くなくて。



「見えない? なんのことだ?」




「ナルヒト、教えて、教えてくれ。心配なのだ、貴様、何を抱えている? 何を、したのだ……」




「いや、話が見えねえ」





 だから、遠山鳴人は間違える。



 今までの人生、本気で人を頼ることなく来てしまった彼は、ここで致命的なミスを犯す。




「ナルヒト、頼む、教えてくれ。何があったのだ……」





 バカだ。



 友達が教えてくれ、何があった、そう聞かれれば素直に答えれば良かったのに。




 遠山鳴人の過酷な人生は、彼からそんな当たり前の選択肢を自然に奪っていた。




 ああ、"幸運"にも、このタイミングで、この場所で、この状況で、どこまでも、遠山鳴人は、遠山鳴人のままだった。





「あー、大丈夫、べつに、()()()()()()




 人を頼れない男は、善意100パーセントで竜に何も言わなかった。




 他人に心配をかけるのは迷惑なことだ。例え自分の身体に何が起こっていようと、自分の問題はまずは、自分で解決しようとするべきだ。




 シンプルに遠山はそういう人間だった。




「ーーで」



 夢の中のパン文書館、いつのまにか自分の夢に棲んでいた眷属と、怪しいお札のマッチョ男。




 白蛇女との死闘、その中で自分がたどり着いた領域。その中で触れたある者、深い霧との死後の約束。




 遠山が話すべきこと、ドラ子が聞きたかったこと、たくさんあった。



「ーーんで」




 だが、遠山は心の底ではまだ誰も信用することが出来ない。




 進むのは自分だ、決めるのは自分だ。そして死ぬ時も自分を看取れるのは自分だけだ。





 欲望のままに。



 ただ前だけを見て、進み続ける男の人間性は時にヒトを魅せ、時にこうしてヒトを






「ーーなんで」






 ーー絶望させるのだ。





「あ?」




「なんで、何も話してくれないのだ…… ナルヒト」



 コロン、カラン。



 ドラ子の足元に何かが転がる。透明な飴玉のようなそれ。



 彼女の蒼玉の瞳から溢れ、筋となり頬を伝う液体。



 外気に触れ、瞬く間に、夕焼けを映し照らす固形の雫と変わってころがり落ちる。



 竜の涙は、美しい宝石となるのだ。





「あーー」




「見えない、分からない、そなたが、わからない、遠い、近づけたと思ったのに、なんで……うう」



 竜は、静かに泣いている。



 遠山鳴人の言葉が、そうさせた。





「こわい、よぉ……」





 しゃがみ込み、えずくドラゴン。




「ど、ドラ子、お前、泣いてーー」




 無意識、遠山はドラ子に向けて手を伸ばした。




 ドラ子の眼が揺れる、揺れる。それはまるで夜闇の中に見てはならないものを見たこどものように。




 怯えた、瞳ーー





「ーーヒッ」





 ぱしん。



 ドラ子が遠山の手を叩き払う。




「え?」




 ぽきん。



 折れた、枯れ木か何かのように。



 遠山が、どたんと、座り込む。ぼーっと、それ、明らかに曲がってはいけない方向によれ折れた自分の腕を間抜けに眺めて。



「ま、じか」



 竜に、竜が力の加減なく、()()()振った手の一撃。それは人間の肉体が耐えられる膂力を軽く超えていた。





「あーー」



 ぶわり、ドラ子の顔から玉のような汗が一気に噴き出る。



「あ、ああ、ち、違う、違うのだ、オレ、今、ナルヒトーー あ」







「い、てえ」



 ぷらん、ぷらん。



 まだ水分をたくさん孕んでいる生木が折れて、揺れているようにへし折れた。



 鍛えられた筋肉も、発達した骨も、食に支えられた腱も。全てめちゃくちゃに壊されて。





「うそ、ナルヒト、ナルヒト?! 大丈夫か?! オレ、オレのせいで、オレがナルヒトの腕を、あ、ああ……」



「おちつ、け、ドラ子。落ちつけよ、大丈夫、大丈夫だから」




 竜、すげえ。



 ははは、と乾いた笑いが聞こえる。すぐにそれが自分の声だと遠山は気付いた。





「うで、うでええ…… ナルヒト、折れてる…… オレがはたいたから…… オレのせいで…… ごめん、ごめんねえ、ナルヒト」




「ドラ子、だいじょうぶ、大丈夫だから、俺は大丈夫だから、頼む、泣き止んでくれよ……」





 痛みにより、どろどろの脂汗をかきつつ、地面に座り込む遠山。




 はっ、はっ、はっ。息が、おかしい。身体が芯の底から冷え始めている。腕だけ、焼けるように熱い。




「あああ…… なんで、どうしてこんなことに、オレ、ナルヒトと、おはなし、してただけだったのに、なんで、こんなことに……」



 竜は半狂乱。




 ガリガリと自分の髪と頭を掻きむしり、瞳孔を開いて声を震わせる。




 痛みに茹だり、息を切らしながらも、ここにきてようやく、遠山は自分がしでかしたことに気づく。




 自分が、竜にこれをさせた。



 何も話さなかった、その選択が今の状況を招いた。




「やっぱり、ダメだ、オレは、竜では、そなたと、こうして一緒にいることさえじょうずにできない…… ナルヒトはオレに大事なことを教えてくれない、オレはナルヒトを簡単に傷つけてしまう、オレが竜だから? オレは……」




 ああ、竜のなんと無力なことだろうか。



 美しい容姿は、陰に曇り、声を震わして、手をこまねくその姿は無力の一言。




「ナル……ヒト…… ナルヒト、オレ、どうすれば……」



 ヒトであれば、こんなことにはならなかった。少しの怯えで、遠山の肉体を破壊するようなことにはならない。




 竜のままであれば、よかった。



 いと貴き、高き上位の生物、他者への共感などなく、ただ支配と暴力だけを悦ぶ生き物のままであれば、こんな無様を晒すことなどなかった。




「やっぱり、間違いだった…… オレが、竜が、ヒトと共になど……」



 だが、蒐集竜は今、変わっていた。変わろうとしていた。



 遠山鳴人という()()に魅せられていた竜は定命の存在を、見て、聞いて、理解しようとしていた。





「オレとナルヒトは、一緒には」





 だからこそ、苦しむ。



 己の本質、邪悪なる竜としての自分、その現実を今叩きつけられる。



 全てが、ままごとに過ぎなかった。ヒトと友になるなど、今日の穏やかな時間も全て、全て、ただの。




「友達なんてなれるわけーー」




「待て、ドラーー」




 それだけは、遠山は、言わせてはならなかったのに。





 夕焼けが、今まで誤魔化していたままごとを全て暴いてしまった。






「はーい、お嬢様ー、ストップでーす」




 パチン。




 目が覚めるような、乾いた音。指鳴らしが、夕焼けの修羅場に響く。




「は?」




 顕れるのは、白いカフスリボンに、ふわっとしたロングスカート、ツヤツヤのショートボブに、まさしく人形のような整った無表情。




 夕焼けの光が注ぐのと同じように、彼女がその場に突然顕れる。



 メイドさんはいつも、神出鬼没なのだ。




「ふぁ、らん?」




 竜大使館メイド長、ファラン。



「ダメですよー、お嬢様。一時のテンションでー、そういうことを言っちゃうのは大人になったあと恥ずかしくなったりするのでー」




 奉仕の眷属が、ここに。




「はーい、お嬢様。あなたの敏腕メイドのファランでーす。修羅場の雰囲気を感じ取り、お恐れながら参上いたしましたー…… まあ、様子がおかしいと知らせてくれたおせっかいのおかげでもあるんですがー」




 いまいち表情の分からない彼女が、んーと唸りながら、小さな指を顎にあてつぶやく。




「ファらん、ファラン、ナルヒト、ナルヒトのうでを、オレ、オレが……」



 ドラ子が、メイドさんの小さな胸に抱きつく。



 子供と大人なほどの身長差、だがしかし、小柄なファランにすがるドラ子の姿はまさに幼な子。




 狼狽した小さなこどもが、母親に泣き喚く姿にしか見えない。




「あらら、ぽっきり。さすがはお嬢様、つよい。友人殿、少し失礼をー」




 ヨシヨシとドラ子の頭を無表情に撫でつつも、無の視線だけを遠山に。




「え?」




「ちちんぷいぷいっと」




 小さな指が、くるり、くるり。



 すぐに、異変が起きる。



 まず、痛みが消えた、その次に体の冷えも、震えも消えた。



 ぐち、じぎぎ。変な音とともに、腕が、ぽきりと竜にへし折られた腕が元に戻っていく。




「ま、じか」




 あっというまに、腕が治った。常識や、法則を無視した意味のわからない現象。



「はい、お嬢様、友人どの腕は繋がりましたよー。普通に動かせるはずです。心配なようならしばらくは安静にしてくださいねー」




「ファラン、ファラン、ファラン! ナルヒト、ナルヒト、ナルヒトが!! ナルヒトがヒトじゃなくなってる! どうしよう、どうしよう!? オレの、私のせいなの?! ねえ、ファラーー」




 ドラ子はしかし、パニックのまま。一気に喚き立て、声を荒げる。



 夕焼けに、ぱちり、ぱちり、彼女の制御から外れた金色の焔がチラつき始めて。





「ちょっぷ、アンドゲッツ」



 きっと、それは俺でなければ見逃してしまうほどのとんでもない速さの手刀。



 メイドさんの無表情のまま繰り出された手刀が、ドラ子の首元に吸い込まれた。




「あ、う……ごめ……さい、ナル……」




 が、くりと意識をうしなうドラ子。



 その最後の呟きは、きっと自分が傷つけてしまったか弱きヒトへの謝意。





「ドラーー」



 なんで、お前が謝るんだよ、どう考えても、悪いの、俺じゃね?




 遠山はあまりの事態の速さについていけない。




「友人殿ー、お嬢様は連れて帰ります。今は、おはなし出来る状態じゃないですからー」




 動けない遠山を、メイドさんが無表情に眺める。気絶したドラ子を抱きしめて、ぼそり。




「友人殿、……しんじてますからね」




 その目と言葉は、何かを期待、少なくとも失望を恐れているような。



「ちょ、待っーー」




 遠山の静止虚しく、メイドさんが消える、竜と共に景色に溶け込むように当たり前にその場から消えた。




 遠山は、1人取り残される。友達に心を開けなかった男は、また独りになった。




「……やら、かした」





 間違えた、失敗した。




「……また、泣かせちまった」




遠山鳴人は、遠山鳴人だからこそここまでたどり着いた。



そして、今、遠山鳴人だからこそ、大きな間違いを犯した。




ああ、それはきっと、どこかの誰かの幸運でーー













「いたああああああああああああああ!! スヴィ、確保! 確保よ!」





 どんがらがっしゃああああん!!



 河原に飛び込み、砂煙を上げて唸りをあげるそれは、馬車。



 筋骨隆々の馬鎧をつけた二頭の馬車馬に引かれた馬車。




「はい、主教サマ」





「んぐえ!? え、主教に、先輩? なんで」



 そこから飛び出てきた長い白髪が、夕焼けに染まる。




「竜は?! 蒐集竜様はどこ!? トオヤマナルヒト!!」




 カノサ、主教が腕を振り上げ、ものすごい良いフォームで猛ダッシュ。



 ロングスカートなのになぜそうまで走れるのかというほどの速度で遠山に詰め寄り、その首元をがしりと掴み上げる。




「ぐえ。め、メイド、メイドさんが今、連れて帰った……」




 ぐわんぐわんに頭を揺らされながら、しかし、遠山はなんとか問いに答えて。



「はあ?! メイド?! アンタ、なんか竜様となんかあったの?! 言いなさい、トオヤマナルヒト! 何があったの!? 何もなければ良いなぁああ! そんなわけないけど!」




「……な、泣かせ、ちまった。アイツが俺のこと心配してくれてたのに、俺、また、なんでもない、関係ないって、大丈夫って、言って」




「泣かせた………? なんで?」




「これ……」




 遠山が自分の手の甲を主教に見せる。




 赤きを喪った白い血液が、すうっと小さな傷跡から流れ続ける。




 メイドさんは、この傷だけは治してくれなかった。




「は??? なに、これ、キッッッショ!!! アンタ、なんで血が白いのよ!?」



 火の玉ストレートの返答と共に、カノサの遠山の胸ぐらを締め上げる力が増していく。




「わ、わかんねえよ!! 俺だって、何がなんだか!! 




「ハァー?! なによ、なによ、なンなのよ、このクソ状況は?! いや、カノサ、落ち着きなさい! クールに、クールになるの! 天使教会主教は取り乱さない! すー、はー」



 ばっ、と遠山の胸ぐらから手を放し、ウロウロウロウロ歩き出す主教。



 形の良い顎に手をやり、ぶつくさ言葉を食みながら呟く姿、彼女の思考が周り続ける。





「く、そ。ほんと、なんだよ、これ」




 白い血。見てると怖気が走るそれを眺める。なんだ、これは。



 いったいいつからこうなった? 最後に大量に血を流した時は、あの白蛇女との戦いの後、あの時は普通に赤かった筈だ。



 なら、原因はーー




「整いました!! トオヤマナルヒト! 竜様は、メイドが連れて帰ったのね! メイド、なんか言ってなかった?!」





 遠山が自分の白い血の心当たりにたどり着く、その瞬間に主教が再び遠山に詰め寄る。





「は? メイドさん……? いや、特に…… あ」



 メイドさんは、確かに最後に、遠山に言葉を残している。



 気を失った竜を抱きしめ、感情を移さない瞳を遠山に向けて、確かに、一言。



「言ってたの?! なんて言ってた?! 追いかけてとかそんな感じのこと言ってなかった?!」




「……信じてるって」




 たしかに、そう言った。



 ドラ子を泣かしたことを非難するわけでもなく、ただ、静かに一言告げて消えていった。



「シャ! オラ!! まだ勝つる!! だいたいわかったわ! アンタ、このキショイ血のこと、竜様に問い詰められて、心当たりあんのに誤魔化したでしょ?!」




「あ、はい」




「かーっ、ぺっ!! このスットコドッコイがよおおお!! なんだァ? かっこつけやがって、手前のことを心配してる女になんで弱みの一つも見せれねえのよ! フニャチン野郎がよお!!」



 主教が糸のような細い目を彼女にしては開いて、遠山にドスの聞いた声を向けた。



 紫色の瞳が、煌々と圧力を持っていて。



「う、ぐ。何も、言い返せねえ……」





 主教のキレっぷりに、どんどん遠山は冷静になっていく。




 自分のあまりのデリカシーのなさ、そして少なくとも、また自分の発言によって誰かを泣かせてしまったことを理解して。





「うむ! 言い訳しないぶんまだ救いようあるわね! スヴィ!」




「はい、いつでも」



「え?」




 気付けば、馬車が近くに。



 御者席に座る先輩、聖女スヴィは馬をあやして、準備万端。目覆いのついた馬鎧、ごつい馬たちもやる気まんまんで、蹄で土を掻いている。





「行くわよ! トオヤマナルヒト! こんなクソバカ展開、天が許してもこのわたし、カノサ・テイエルフイルドが絶対に許さない! こんなことであんな未来を呼んでたまるものですか!」




「いや、なにを? 行くってどこに?」




「竜大使館に決まってんでしょ!」




 ヒヒン。



 馬車ウマもみんな、やる気満々にいなないていた。



「アンタが泣かした女子に土下座かましにいくのよ! バカ男子!!」



 がっと、遠山の胸ぐらを掴んで無理矢理に立たせる主教。





 夕焼けの中、めちゃくちゃになりつつある運命はしかし、未来を夢見る銭ゲバがその崩壊に楔を打ち込む。




 デリカシーゼロ、病気じみたかっこつけで事態をめちゃくちゃにしかけた男も、しかし、少しずつ成長している。




 似たような感じで、昔、何人も泣かせたことがある。だから、これは、そう、乗り越える時だ。




 過去を、前の人生を、この続きの世界で乗り越える時がきたのだ。




「……ドラゴン、つえー」




 遠山が、へし折れて、気付けば治っていた腕の動作を確認しつつ、自分の足に力を入れる、自分の足で立つ。



 ようやくできた少ない友達を、こんな簡単に手放すわけにはいかない。




『心配なのだーー』




ドラ子はそうだ、最初からそう言っていた。



「ばか、か。確かに、クソバカだ」



竜は、初めからなにも変わっていない。ただ、自分を心配して、寄り添ってくれようとしただけだ。




「了解。ありがとう、委員長」




 謝ろう、全部、話そう。



 そう、決めた。



「誰がイインチョウよ、主教様とお呼び!」




 夕焼け小焼けでまた明日。でも、もう遠山鳴人は大人になっている。




「ああ、助かったよ、主教様」




 家に帰るのはまだ、早い。



ある日 ニホンにて



「やーやー、久しぶり! 元気にしてたかい? 会うのはいつぶりだろうね、高校卒業以来かな」



「そうね、そのくらいだと思う」



「アハ、君も変わらないねえ。その愛想のない感じ。とーってもらしくていいよ」




「貴女も。そのデリカシーのないところ変わらないわ。優砂さん」



「三つ子の魂100まで。僕たちの人格や人間性は一度固まれば変わることはないってね。特に僕は、高校の3年間で人間性が拗らされてしまったからね。今更変わることはないよ、これは、彼の残してくれたものだから」




「……………」




「おっと、怖い顔するね。なんだいなんだい。旧交を深めようとノコノコ出てきたのは僕だけってことかな。よよよ、悲しいなあ。僕にとって、あの高校時代の友人はまさに、宝物と言ってもいいものなんだけど、それで用事とはなんだろうね」




「遠山鳴人が死んだの。それを貴女に伝えておきたくて、今日は呼んだの」





「…………とーやまが?」




「ええ」




「ぷっ」



「あっははははははははは!! キミもジョークを言うようになったんだね、ははははーー あまり、面白くはないけれど」




「私が冗談で、貴女にわざわざ連絡とって会うと思う?」



「わお、確かに。たしかに、そうだね。私の、この海城 優紗の知るキミは、藤堂 未来はそんな下らないジョークを言う女ではないね」



「だったらーー」




「んー、でもどうかなー。キミには色々な顔があるからねー。わっかんないなー、こればかりは、ねえ?」



「なんの話かしら?」




「またまたとぼけちゃってさー。キミのたくさんあるお名前の話だよ、基特高校3年C組卒業生、彼とあの3年間を過ごした藤堂未来としてのキミのことはよく知ってるつもりだ、け、ど」




「……なんの話か、わからないわ」



「あっははは! そんな怖い顔しないでよ! あ、でも、その顔、昔もよくしてたよね? とーやまが別の女の子と話してるのを見るキミはいつもそんな顔してたよ」




「貴女みたいな人、ほんと苦手」




「あっはははは! 僕はキミみたいな人のこと好きだよ、いいじゃないか、欲しいもののためにそこまでするんだ、それはまさしく情熱、人が生きるために最も大事なことだよ」




「高校時代にあれだけ死にたがって自殺未遂繰り返してひとが言うと説得力が違うものね、ああ、そう、あれ、遠山鳴人の気を惹きたくてやってたものね」




「おや、調子が戻ってきたね、未来ちゃん。ああ、僕の3年間はまさに、あの青春はまさにその為だけにあった。まあ、結局、彼をめちゃくちゃにしてやろうとして、僕の方が全部めちゃくちゃにされてしまったのだけれど」




「そ。悪いけど、貴女の惚気に付き合う気はないの。……彼のことを教えたのは、義理みたいなもの。言っておいてなんだけど、海城さん、昔の同じクラスのよしみで警告するけど、あまり"探索者組合"について調べない方がいい。海城家でも手に負えないーー」






「生きてるよ」




「は?」



「生きてるよ、とーやまは」



その女の目は、暗く、昏く、輝いていた。



夜の闇の中、湿った熱を放つ炎のように。





「とーやまが、死ぬわけがない。この僕が死んでないんだ、あの男は、約束を守るやつだからね」



女の目の中、黒い炎が煌々と。




「キミだって、同じだろう? あの男に人生を狂わせられた人だ。手放したくなくて、あれの脳みそを弄るほどだものね、藤堂 未来、ああ、それともこう呼んだ方がいいかな?




「遠山鳴人の探索者仲間、ファイアチームの日下部日菜さん? いいや、公安部隊の名瀬 瀬奈さんの方がいいかい?」




「貴女……」




「とーやまは生きている、あれが僕より先に死ぬわけがない。もう彼と僕が交わらぬ運命だとしても、彼と僕の物語が結末を迎えているとしても」



賭けの結末、ある青い春の物語、その報酬はたしかに、その女ーー




「とーやまは、約束を違えない」




海城 優紗の手の中に。



「きっと、どこかでヘラヘラ生きてるに決まってる。あのデリカシーのなさで、人の人生にずけずけと踏み込んで、荒らして、狂わせて。それで、デリカシーないからまた女の子でも泣かしてるはずさ」




「それは……… たしかに、有り得そう」




なんのこともないある世界の話。



ある男が消えた後も、当たり前に続く世界の話ーー



彼と彼女達の物語は終わっても、みんなまだ、生きていた。

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― 新着の感想 ―
アジヤマさんなら許せる鈍感さも、トウヤマさんだといらっとするのは、多分下手に頭が回る設定にしちゃったせいでどんだけ設定積んでもキャラ乖離が激しくなるんだろうなあ… アジヤマさんは、ほら、おみみだからゆ…
うわー、最後のやりとりゾクゾクする。これ絶対伏線でしょう
[一言] 鈍感系は読んでてストレス溜まるな
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