71話 かしこみ、かしこみ、奉る
「拡大解釈ーー」
それは、遠山鳴人の報酬の一つ。
夢の中に住まうきみょうな存在、顔に梵字だらけのお札を貼られた巨漢。
お札マッチョ。それの権能が今ここに。
ああ、頭に響くのはお囃子の音。夏祭り、秋祭り、遠い昔よりニホンに住む人々は、自然の中に"それら"を見出し、恐れ畏れて敬った。
お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子お囃子。
「ああ、なんか聞こえる」
探索者の"酔い"には大きく分けて2種類の酔い方がある。酒と同じ、どんどんテンションが上がり続けるアッパー系と、自分の世界に沈み込んでいくダウナー系。
遠山鳴人は後者のタイプだ。今、己に起きつつある異変を、ただ、静かに受け入れる。
お囃子に混じり、届く言葉があった。祝いの言葉。
あとはただ、それを紡ぐだけ。引き金に指はかけられて、安全装置などとうの昔に消えていた。
世界のどこかで、お札を貼り付けられ戒められ、縛られたソレがニヤリと嗤う。
ーーつ、か、え
遠山が、頭に届く言葉を、声に。
「かしこみ、かしこみ、奉るーー」
しゃらん、鈴が鳴る音がした。
遠山の背後に広がる乳白色の濃いキリが蠢く。
「たかあまはらよりかみづまり堕ちし、山野と平野にたまる霧。彼方と此方を隔てる霧よ、御宝を己が姿と変じたまいて今ここに」
頭に響く祝いのことば。誰に教えられることもなく己の内側から湧いてくるそれを遠山は紡ぎ続ける。
ぐねり、ぐねり。霧の向こうに何かが蠢く。遠山が一歩進むそのたびに、その霧が世界の決まりを歪めていく。
「一切衆生、つみけがれ。よろづ世界のその全て。あまねく揺蕩う魂すらも、喰らい尽くして霧の中」
キリヤイバ、魂喰らい、お札マッチョ。
必要なピースは全て揃っている。遺物所有者、遠山鳴人にあと必要なものは、イメージときっかけだけで。
「"神"のますます此の夢よ、今、うつしょに疾く参れ」
湧き上がる言葉を、止めて。
「汝が、"主人"の命以って荒振神等の業により安国すらも最早無し」
にいいいっと、口を吊り上げた。
「かしこみ、かしこみ、奉れ。一切全て、たてまつれーー」
『……な、に、それ』
オオオオオオオオオオ、オオオオオオオオオオ、オオオオオオオオオオ。
吹き荒ぶ風の冷たいことよ。その嘆きのなんと、深く哀れなことだろう。
ああ、霧の中に、霧の中に。
《ア、ア》
《オレ、シンデ、ナイ》
《ア、アア、ナニ、コノ、キリ…… アア》
《チクショウ、コノオレガ、チクショウ…… セッカクサンカイメノチャンスガ……》
《ジュロロロロロロロ》
《シャロロロ》
キリの中、遠山の背後に広がる濃いキリの中に蠢く。それら全て、遠山鳴人の殺意の前に散り、そのキリに魂を喰らわれた者たちが。
人、人、人、蛇の化け物。キリの中に彼らは、いた。
キリが、彼らの形を象って。遠山鳴人の背後に侍る。
プシッ。遠山が、首から欠けたヤイバを引き抜いて。キリを纏うそれを逆手に構えた。
「キリヤイバ・拡大解釈・"魑魅魍魎狭霧山野絵巻物語"」
《「「「「オオオオオオオオオオ」」」」》
これが、遠山鳴人の進化。行くところまで行った遺物の真の力。
どこにもゆくことのない、輪廻に交わることも最早叶わぬ"魂"達。
平原に溜まる霧、山に広がる霧。その中に混じるのはキリヤイバが殺した者の魂そのもの。
キリが魂にまとわりつく、キリが魂より肉を象る。
「ああ、今わかった。キリヤイバ。ぜんぶ、わかったよ」
遠山が目を見開き、手で顔を覆う。溢れる笑いが抑えきれない。
「ぜんぶ、ぜんぶ。ああ、全て、連れて行く」
身体が痛くない、吸い込む空気が冷たく、息をするたびに火照った身体が青色になっていくような感覚。
「サウナ、入った後みてえだ……」
空気が冷たく、心地よい。
酔いが、戻る。もう恐怖も、苦しみもない。今この瞬間、ナニも不安もナイ。
仲間のことも、自分の命のことも、全て思考から消えていく。
今はただ、全てが。
「気持ちいい」
両手を開いて、空を見上げる。乳白色の帷が辺りを包む。その全てが遠山鳴人の力の下に。
遠山は力の使い方を理解した。
鳥が空の飛び方を知るように、魚が水の流れに乗るように、人が誰に教わることなく二本の足で立とうとするように。
『気に入らない、気に入らない、気に入らない。ナニ、コレ。ナニ、ソレ』
白い蛇の女、黒目しかない瞳で、霧の幽鬼を従える男を睨む。
彼女の怒りと恐れに呼応し、大蛇たちが体を震わせる。
遠山めがけて、同時に5匹の化け物が襲いかかって。
「さあ、行こうや」
「シャロ?!?」
「ジャ……?!」
遠山は、一歩たりとも動いていない。ただ、静かにその細い目を歪めて笑うだけ。
なのに、大蛇たち、そのどれもが遠山に触ることすら叶わず。
「アアア」
「オオオオ」
「シャロロロ」
キリの人が、大蛇の目を射抜いていた。
キリの大蛇が、大蛇の首元に噛み付いていた。
キリヤイバ・拡大解釈・魑魅魍魎狭霧山野絵巻物語。
その遺物現象、
「ヒヒヒヒヒヒ」
ーー"キリヤイバにより蒐集した魂、その支配と使役"
『ナニ、ソレ……』
「覚醒イベントだ」
おぞろ、おぞろ。
うぞろ。
もう1人ではない、もう多勢に無勢ではない。遠山の背後の霧からキリから、蠢く人影、化け物影。
真白の仮初の肉体を纏いて、霧の中から次々に現れる。今にも解けそうなキリの肉体はしかし、確かにその魂達の生前の姿を象る。
「今思えば、この世界にきてまあ、殺しも殺したり。現代だと確実に過剰防衛で、有罪判決だわこれ」
遠山にひざまずく、キリの人間たち。彼らを見下ろすとその顔に見覚えがある者もいる。
あのスラム街で、皆殺しにした"カラス"の連中、西門で始末した門番達、絡んできたので処理した冒険者たち。
「アアアア……」
「ウウウウウ」
死してなお、キリヤイバに殺され喰われた彼らはどこにも行くことはなく。幽谷に吹き荒ぶ風のようなうめき声をあげるだけ。
「よお、久しぶり。早速で悪いが仕事の時間だ。クソ野郎ども」
今こうして、遠山の道具と成り果てた。
遠山が欲望のままに邪魔者を始末すればするほど、その霧に潜む魑魅魍魎は増え続けるのだろう。コレはそういう業であり。
『ア、アア…… そ、そいつ、ソイツ、ヒ、イヤ、なんで、ヤダ…… なんで』
白蛇女が突如、怯え始めた。
遠山の周りに侍る何人かのキリの男を見て体を震わせる。
「あー? まあいいや、チャンスだな。さて、魑魅魍魎ども、全武装制限解除、殺してこい」
特に白蛇女が怯え始めた理由を考えることもなく、あっけなく遠山は始めた。
「オオオオ!!」
「アアアアア」
キリが広がる、霧もやのヒト影がそれぞれ武器を握り、大蛇達の群れに襲いかかる。
「シャロロロ!!」
「ルルルルルル!!」
統率者たる白蛇女は精彩を欠き、何かをぶつぶつ呟き続けるだけ。
大蛇たちはそれぞれ、キリの魑魅魍魎たちを迎え撃つ。
「蛇ども、ニンゲンたちを乗せろ」
欠けたヤイバをひゅばり、遠山が指揮棒のように振るう。幽鬼の如く虚な彼らはその主人の指示に従順に従う。
「アア……」
「シャロ」
キリの蛇の頭の上に、キリの人が騎乗する。
その動きも全て遠山の意のままに。
「ジャロ?!」
大蛇達は戸惑う。あり得ざるその敵の存在に。同族と同じ姿形をしているのに、なんの匂いもしないそのおぞましい白き姿に。
「ジャロロロロロロロロロ?!?」
1匹、また1匹。霧の魑魅魍魎たちが、蛇を屠り続ける。
「ア、ア」
虚な眼窩のキリのヒト。各々が握りしめるのは生前から愛用していた武装達。文字通り、魂に焼け付いたそれは、肉体が滅び、魂を喰らわれてなおこびりついて離れない。
それらが、剣で、弓で、槍で、大蛇を囲み、その肉を抉り続ける。大きな尾で潰されようが、締め潰されようが関係ない。
霧が身体にまとわりつき、潰れた部分を直していく。既に彼らには、"死"すら終わりたりえない。
「良い、そのまま殺し続けろ。死んでも動け。動き続けろ」
遺物への解釈。遠山は使用を続けると同時にそれを更に深めて噛み砕いていく。
キリヤイバ、それを手に入れた瞬間、名前が頭に響いた。
キリヤイバ、霧を生み出し、その霧を極小の刃に変えて敵を外側と内側から切り刻む兵器。
今まで、遠山がキリヤイバへ向けていた認識はそれで終わりだった。だが、
「続きがあった、もっと、もっと見せろキリヤイバ。お前はナニができる、深めろ、見つめろ、遺物への理解を、解釈を」
解釈を、拡大していく。
ーー美味い。人の痛みを知らん獣にも劣るヒトの魂はこの軽薄な味がたまらんのよ
霧、キリ。あの夢の中、お札マッチョは"魂"を食っていた。
ーー【キリヤイバによる"魂喰らい"が発動しています】
あの時、市場で絡んできた奴らを始末した時も。キリヤイバで殺したヒトの魂が流れ込んできた。
霧、キリ。ああ、そうだ、そういえばあの時も、タロウがいなくなったあの日も、霧が目の前に広がって。
「……そうだ、霧は全部覆い隠す。その中に閉じ込めて、外からなんも見えなくなるんだ」
これまでの全ての冒険、それは全てこの解釈に繋がる。
己の霧に対する解釈がどんどん深くなっていく。
真っ白に澱み、そこに溜まる。その中に潜むものを覆い隠す霧。
霧と魂。
遠山鳴人が、キリヤイバへ向けた新たなる解釈。
「霧は、"全部保存する" ああ、全て俺のもんだ」
【解釈確定 未登録遺物"キリヤイバ"による事象改変が確定しました】
メッセージが少し流れて、すぐ消える。
解釈を一致させ、それを認識した遠山は更に遺物の使用精度を上げていく。
『あ、あああ、やだ、そいつら、こないで、そいつらを近づけさせないで、お願い……っ」
「おっと、自分の世界に入り込みすぎてたわ。続けようか」
白蛇女の金切声に、遠山は前を見る。
魑魅魍魎が、蛇の大群と分け入り交わり、おおいくさ。
数に勝る不死の大蛇たちも、しかし、不滅の霧の魑魅魍魎に徐々に押され始めている。
「ひ、ヒヒヒヒヒヒ、そうら、そうら。死なないんだろ? 滅ばないんだろ? ああ、いいじゃねえか。再現してやるよ、地獄の釜底の光景をよ」
槍はなく。しかし、遠山の腰のベルトにそれはある。
無骨、鈍重。それに刃はなく、鋭くもない。
されど、確実に、何度も何度も振り下ろせば敵の生命を奪うことのできるもの。
おそらく、"ニンゲン"が初めて手にした他者の生命を奪う道具。
鈍器。柄の先には刃ではなく、棘の生えた球根のような鉄の塊が。
変哲もない、ドワーフの"工房"で安売りされていたメイスを構えて。
左手に、欠けたヤイバを。右手には片手槌を。
「遠山鳴人、探索、いやーー」
どうしようもなく、唇が吊り上がる。"死"の危険を乗り越え、進化した人間が闘争の予感、それでもどちらが生き残るかわからない挑戦に、笑う。
それは幼い頃にもふもふの友と夢見た瞬間。
「"ぼうけん" 開始」
『ア、アアア!! 笑うな、笑うなぁ!! みんな、アレを、アイツらを、皆殺せっ!!』
「ヒヒヒヒヒヒヒ」
込み上げる笑みを抑えることもなく。ぞのり、遠山が姿勢低く駆ける。
「シャロロロロロロ!!」
大蛇が、遠山に気付く。口から生えた腕を叩きつけようとして
「今、やれ」
《ジャロロロロロロロロロ》
ぬめり、遠山と大蛇、その間を隔てるようにキリが渦巻き、蛇の形となる。
魑魅魍魎、その全ては主人たる遠山の意思で出現させることが出来る。
大蛇とキリの蛇、互いに巨体を絡ませ合い、殺し合う。血が飛び散り、キリが砕ける。互いに不死、不滅。ならば争いは止まることはなく。
《ア、ア、オオ》
《ひ、ひ、ヒ》
虚なキリの人が、キリの蛇の頭に乗っかり、手近な大蛇を襲っていく。
どの大蛇も遠山鳴人に構っている暇がない。霧が、大蛇を殺し続ける。
ティタノスメヤの大群、本来であれば生まれるはずのないこの群れはもはや一介の冒険者の手には余る存在。
帝国の軍隊か、塔級冒険者のチームで対応すべき、"モンスターハザード"に数えられるだろう。
『あ、ア、嘘、うそ、なに、この数……』
だが、今やその"災害"が"霧"に飲まれつつある。
《ヒヒヒヒヒヒ》
《ヒヒヒヒ》
《ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ》
《ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ》
お囃子の音と共に鳴り響く、笑い声。主人のそれが魑魅魍魎達に広がっていく。
キリに切り刻まれ喰われたヒトも、蛇もみーんな笑う。
笑いながら、殺していく。
『あ、やだ、ヤダ。やめて、皆を…… あああ、なんで、笑って……』
「たのしいからに決まってんだろ。そして、ようやくたどり着いたぜ。今回は、さっきと比べてだいぶ簡単だった」
『あ、うそ、もう……?』
彼我の距離は、もはやない。大蛇の群れは魑魅魍魎のキリの群れと食らい合う、故に遠山鳴人を遮るものもなく。
眼前、白蛇の女。その緑髪、白い鱗、しなやかな躰に、蛇の体躯。
その全て、冒険者の獲物にて。
『ヒ……』
白蛇女が、黒目しかない目を見開く。生命はみな、理解できない存在を恐れるものだ。
先ほどまで、その男は獲物だった。嬲って、尊厳を奪い尽くして、その骸をさらしてやろうとしていた。
なのに、今は、今や、もう。
「ヒヒヒヒ、タイマンいいか?」
獲物ではない、天敵でもない。捕食者でもない。
ただ、恐ろしい。他者を害すことに笑顔を浮かべるその男はーー
『ぼうけん、しゃ……』
「キリヤイバ」
ひゅば。欠けたヤイバが振われる。目に見えぬ斬撃効果も健在。薄く速く、真白のキリが白蛇女の鱗を捕らえた。
『アッ?! イヤ、ア!?』
血が、流れる。赤い血だ。ぼた、ぼた。ぐちゃぐちゃの泥の地面に血が混じる。
ヒトの身体の胸から腹にかけて、キリのヤイバが突き立った。
『イタい、イタイいいい?! あ、アアアアア』
白蛇女が、身を悶えさせ地面に潜ろうとしてーー
「かしこみ、かしこみ。疾く参れ。汝が主人の令である」
キリヤイバ・拡大解釈・魑魅魍魎狭霧山野絵巻物語。
使うたびに、洗練されていく。イメージ、解釈。遠山の中で己の"霧"に対する解釈が更に広がる。
それは、気付けば満ちているものだ。予兆もなく、山野に霧は満ちていく。
《ジャロロロロロロロロロ》
《ジュロロロロロロロ》
『あ、ガ?! あ、アアアアア?! なん、で、どこから?!』
地面に潜ろうとした白蛇女の動きを、2匹の霧の蛇が絡み付いて止めた。そのキリの蛇たちは地面から生えるように現れた。
「霧だ。どこにでも現れる。もう、地下だろうとなんだろうとお前を逃したりはしねえ」
『え』
遠山鳴人の足元から、キリの蛇が現れる。その頭上に飛び乗り、ひとっ飛び。
キリの蛇に絡まれた白蛇女と、遠山鳴人の視線が同じ高さに揃って。
「ぶん殴って、殺す」
がっ。跳ぶ。振り上げるのはメイス。大上段に構えたそれを落下の勢いで振り下ろす。
「アアアアアアアアア!!! 死ねエエエエエエエ!!」
『あ、あ??』
ぼぎ。
白蛇女がすんでのところで、蛇の身体から腕を生やす。あまりにも細いそれがメイスの一撃を受け止めて、枯れ木のように折れた。
「もういっちょ!」
メイスで殴った反動、一瞬、遠山の落下のエネルギーと反動のエネルギーが等価になる。
ふわりと生まれた一瞬の浮遊、それを遠山は見逃さない。
左手に持った欠けたヤイバ、キリヤイバを白蛇女の肩口に突き立てる。霧に響く金切声に笑いを向けて、かけたヤイバをそのまま支えに、落下する。
ぞり、ぞりりりり。
えぐれるえぐれる、白蛇女の鱗がめくれて、皮が破けて肉がえぐれる。
『あ、が、かふ……』
血を吐いた。
読み通り。やはりこの白蛇女、弱点は人間部分だ。
白蛇女の腹のあたりでキリヤイバのヤイバが食い込み落下が止まる。
遠山が腹に力を入れて、キリヤイバを握る手に力を込める。
「終わりだ」
必殺の条件が揃った。キリは充分に広がり、ヤイバはその肉に突き刺さった。
キリヤイバの直刺し。身体を中身からどうしようもないほどにぐちゃぐちゃにする使い方。
それを敢行しようとして。
ぞわり。
気付いたのは、たまたま。酔いで感覚、とりわけ殺意に敏感になっていたおかげか、はたまた新たなる力を使うことにより、一種のゾーンに入っていたおかげか。
【知識の眷属・ハーヴィーからの手助け】
【ちょ?! 嘘でしょ?! ヤバ! "秘蹟の継承"が起きてるじゃん! アンタ
が進化したから、あの化け物も当てられてる感じ!?てか、アレ、苗床の血族じゃん!! ヤバいのくるからなんとかして!!】
「ッ!? キリヤイバ!!! 集まれ! 固まれ、壁になれーー」
『秘蹟・継承』
白蛇女の傷口から、青い光が漏れる。その光が全てを塗りつぶしていく。
それは指向性を持ち、一気に遠山鳴人へ向けて放たれ、霧に沈む森に、青い光が迸った。
「ぐえっ、うお、ギャッ」
ごろんごろんごろん。ぐちゃぐちゃの泥の地面を遠山が転がる。光の奔流に吹き飛ばされたのだ。
反射的に、そしてハーヴィーの警告通りに瞬時に防御体勢を取った遠山、一瞬で霧の魑魅魍魎を自分の前に盾として集めたおかげで、身体のどこにも傷はない。
『ア、ア、アア、今の、光……』
「おいおいおい、マジかよ」
【警告 秘蹟・"王の光剣"により、キリヤイバが蒐集していた"魂"達が消滅しました】
だが、今の一撃。青い光はその一瞬で、霧の魑魅魍魎達を消し飛ばした。白蛇女の動きを止めていたキリの蛇も消え去っている。
青い光、特別な血筋の者、王の血に連なるものに連綿と受け継がれ発現するその才能は、魂すらも消し飛ばす光。
遠山鳴人は、知らない、知る由もない。海を隔てた異なる国、王の国で何が起こったのかを。
"幸運"と"英雄"により、王の国は堕ちた。王家に連なる血もそのほとんどが始末された。その中には王の光剣の正当保持者も含まれる。
『ああ、青い、光。なんでだろう、とても懐かしい……』
今、その秘蹟の保持者は空席だ。追い詰められた白蛇女の"血"が、王家の青い光の苗床となる。
この世界の"ヒト"に備わる機能、秘蹟・"王の光剣"は新たなる苗床を見つけた。
『兄上、上姉様、ああ、みんな、そこにいるのね…… フフ、ああ、そうなんだ。ずっと、ずっと、最初から、私の中に皆いたのね……』
ずっ。
白蛇女の蛇躰から、腕が生える。4本の腕、端くれたつそれが遠山のつけた傷口をまさぐる。
血の代わりに、青い光が漏れ続ける。4本の腕が傷口の中から何かを引きずりだして。
『生きる意味、私が生きる意味なんて、ずっとずっと、私の中にあったんだ』
青い光の剣。白蛇女の腹の中からそれが引き抜かれた。
王の光剣は、今確かに貴き血から、貴き血へと継承されて。
「いや、そういうセリフって気持ちの問題であって、ほんとに自分の中からなんか引きずり出す奴があるかね」
冷静にツッコミしつつ、遠山は周囲を確認する。蛇の群れはそのほとんどが魑魅魍魎達により殺し尽くされた。そして、霧の魑魅魍魎達も、青い光によって消滅させられている。
依然、タイマン。
青い光剣の戦力未知数、しかしたしかに感じる圧力。これと似たものを遠山は知っている。
ドラ子、人知竜、執事のジジイに、あのエルフ。
遠山が今まで出会った超越者達から感じていた圧力ととても似ていて。
大きな剣の形をした、青い光、白蛇女がそれを構える。
「ジュロ」
「ジャロロロロロ」
そして、当たり前のごとく、蛇の群れが再び再生し始める。不死の鱗を持つ彼ら、種の到達点である白蛇女が滅ばぬ限り、その群れにも終わりなく。
『ぼうけんしゃ…… あなたを、殺します』
「ヒヒヒヒ、今更だな。だが、どうした? 急にヒトの顔に戻ったな」
青い光剣を手にした途端、白蛇女の様子は変わっていた。悲劇と怪物の血により失っていた人間性、佇まいでわかる、それを取り戻し始めていることが。
『……やらなければならぬことに気付きました。自由にすると決めたのです。あなたの霧も、もはや全て晴れました。光は、深い霧を払うのです。私は私のなすべきことをーー』
「違うな」
はっきりした言葉で喋る白蛇女、彼女の声を遮って、遠山が言い切った。
「解釈違いだ、白蛇女。霧は、何度でも、現れる」
キリヤイバにより現出していた魂達、そのほとんどは青い光によって焼き払われた。
遠山に侍る魑魅魍魎達は、現れることがなく。
『であるならば! 何度でも! 王家の光があなたの霧を払うまで! そこをどきなさい! 冒険者!』
構えるは、光。魂すらも焼き滅ぼす王家の光。
白蛇女も、またその特別なる血の運び手、ならば光の繰り手としての資格は充分にあった。
『秘蹟・継承! "王の光剣』
秘蹟の最大開放、再びその光が放たれようとして。
「厄介な奴がいた。ソイツは特別な才能を持っていた。自分の近くに、自分と同じ分身を生み出して、替え玉にする、ほんと厄介な力だな」
ふわりと、白蛇女の頭上でキリが舞った。
それは瞬く間に、ヒトの形を象る。
青い光によって、消し飛ばされたはずのキリのヒト。ソイツだけは例え"一度死んでも、次がある"
なぜなら、生前のソイツには2回のチャンスが許されていたから。
「双子達のチャンス」
《双子達のチャンス》
遠山と、霧のヒト、同時に同じ才能の名前を呟く。
ざぐ。
『アッ?! なんで、全部、消しとばして……』
頭上からの不意打ち、キリのヒトが振り下ろしたナイフが白蛇女の首後ろを抉った。
「カラスのクソ野郎。名前も知らない胸糞悪い奴だった。だが、もう、俺の道具の一つだ」
彼は、遠山鳴人に討伐された者の1人。スラム街で人知れずキリにより切り刻まれ、その魂を貪られた被害者の1人。
遠山は彼の名前を、ワイズマン・ボラーの名前すら知らない。
だが、それでも、その霧が"保存"するのは殺害したものの魂。そしてそれにこびりついた才能、
"スキル"さえも支配と使役の対象ゆえに。
『ぐ、ア、なめ、るな!!』
《ァーー》
ぼしゅう。
白蛇女が、肩に取り付きナイフを滅多刺しにしていた霧のヒトを青い光剣で貫いた。
小さな悲鳴をあげて、その魂が消滅していく。
『あは、アハハ、少し驚いたけど、コレで終わり』
青い光が、天を貫く。掲げるは、王家の光、高貴なる選別された血にいつく秘蹟。
かつて、英雄や勇者の力とも比べられた王家の敵を魂ごと滅ぼす光が霧に澱む空を貫いた。
それを向けられれば今度こそ、遠山に防ぐ手段はないだろう。魂ごと、焼き滅ぼされて。
「いや、だから、言ってるだろうが。違うってよ」
双子達のチャンス。それでもう時間は充分に稼げた。
『……え?』
青い光を掲げたまま、白蛇女が動きを止めた。
「コレは、俺の覚醒イベントだ。お前の番じゃねえんだよ」
見れば、大蛇たちも皆一様に動きを止めている。
動けない理由を白蛇女はすぐに理解する。
びく、びく、びく。
身体の至るところが震えているのだ。あとは、その青い光の剣を振り下ろすだけ、なのに、それが出来ずに。
ピコン。
【DEADクエスト Time for answering あの日、仲間たちの為にお前が選んだ自己犠牲。それの正誤を確かめる時がきた。"あの日を超ーーー→→→】】
【DEADクエスト 更新。証明しろ、お前の答えが間違いではなかったことを】
【DEADクエスト目標 "今度こそ、仲間の元へ生きて帰れ"】
「かしこみ、かしこみ、奉る」
遠山は、青い光に目もくれず、ただ己の力と向かい合う。帰る時がきた、あの日を超える時が来た。
現代ダンジョンの上級探索者、遠山鳴人ではダメだった。だが、今の遠山はそうではない。
白蛇女は、知らない。知る余裕などなかった。
その男が、"魂"を喰らうキリの主人たるその男が、"帝国"において、嫉妬と、侮蔑、そしてある種の憧憬をもって呼ばれる名前のことを。
遠山鳴人は、それを"殺している"
この世界に来て、初めてキリヤイバでそれを、始末していた。
「よろづ世界のその全て、喰らい尽くして霧の中」
「とうとき金色、ななつのひとつ、腹の中」
「かしこみ、かしこみ、奉れ。畏れ申すは、我が友人」
その男は、こう呼ばれていた。
「"しゅうしゅうりゅう"よ、いざまいれ」
ーー竜殺し、と。
「魑魅魍魎狭霧山野絵巻物語・アリス・ドラル・フレアテイル」
『は?』
きんいろ、が現れた。
金色の、それは尾だ。
尾骨にそって、剣山のごとき棘が生え揃い、太陽のような鱗に覆われた分厚い尻尾。
うずまく、霧の向こう側からどろり、と金色の尾が出でる。誰のものかなど説明する必要もない。
『それ、うそ、まさか、まさか、うそ、うそそうそうさ、それ、竜ーー』
「試してみようぜ。不死の蛇、魂すら消す青い光、そして、ドラゴン、どいつが最強なのかをよー」
欠けたヤイバを前に。それに倣い、霧の帷から生えた金色の尾が遠山を庇うように前へ。
『あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!"王の光ッーー』
半狂乱、恐怖と焦りにより白蛇女の腕は振り下ろされる。王の光剣、抜剣。
青い光、奔流となりて、霧を裂き、その主人へと迫ーー
「まあ、俺のドラゴンに決まってんだけど」
ボ
オ
ウ。
金色の尾が、膨らみ、その尻尾の先から、金色が吐き出された。
金色、焔。
上位の生物、竜。7つのいのちのその一つ。
その焔すら、キリヤイバは保存していた。
『ーーぁ、きれい』
ぼおう。
青い光の奔流が、金色の焔に飲み込まれる。白蛇女の黒目に、金色が瞬いて。
一瞬で、青い光ごと、白蛇女は焔に呑まれた。
竜の焔は、選んで、焼く。
森の木々や、土、微生物。それら、遠山の敵ではないものを焼くことは決してない。
だが、逆を言えば。
「じゃアああああああ?!?」
「じゅろおおおおおおおお?!」
白蛇女を燃やした瞬間に、その焔は触れもせずに、蛇の大群へと燃え広がった。
金色の焔が、不死の鱗を焼け溶かす。蛇の大群が金色の焔に舐められ、焼け滅んでいく。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、なんで、何でエエエエエエエ!! わたし、わたしばっか、わたしばかり! アアアアア!! うえねえさま! あにうえ、うぉれす! だれか、だれか、フォルトーー』
「お前にも、事情があるんだろ。お前にも理由があるんだろう。だが、その一切全てを俺は踏み躙る」
男が進む。
金色の焔に今、まさに焼かれる白蛇女に近づく。
「お前の悲劇、苦しみ、想像するよ。わからないとは言わない。だが、それだけだ。想像したうえでこう言わしてもらうよ」
『つらいこと、ばかりだっだ! ようやく、ようやくようやくとくべつになれたのに! みて、これ! あにうえ、うえねえさまの、ちから! 青い光も、やっとーー』
燃えながらも、白蛇女が嘆く。
悲劇があったのだろう。嘆きがあったのだろう。その果てに彼女は行くところまで行った。そして、彼女の道は遠山鳴人と出会ってしまった。
その嘆きを、もしかしたらの自分の姿を、遠山は見つめて。
「ーー知ったことかよ」
吐き捨てる。遠山は彼女を救うことを選ばない。選んで殺す。
「俺は必ず、たどり着く。欲望のままに、俺の行くべきところへたどり着く。それを邪魔するてめえは」
遠山が、駆け出す。
『あ、ああああ!?!』
ぼとり。焔、勢い増して。
白蛇女が、焼け落ちる。蛇の身体から、ヒトの躰が溢れるように崩れ落ちて。
「死ぬしかねえな」
敵、至近。
今度はもう逃すことはない。逃れることは出来ない。
「オラァ!!」
崩れ落ちた白蛇女、それに目掛けて振り下ろされるメイス、頭蓋を砕く、そのためだけに。
『いや、だ、イヤァァァ!!』
ぶちゅるる。
白蛇女の肩口。腕のないミロのヴィーナスのような身体。
この場にて、その生への執着に身体が反応する。メイスの一撃から逃れようと生えた白い腕を頭のうえで交差して。
ガッ、き。
かち合う、振り下ろされるメイス、女の腕に食い込む。
『アっ?!』
ぼきり。呆気なく、女の腕はへし折れる。遠山の勢いは止まらない。
誰かから手を差し伸べられるのだけを待って腕を生やすことすらしなかったヒト。
片や、己の腕で救う者、そして殺す者を選んできた人間。
その腕力の差は必然。
「オオオオオオオラァアアア!!」
大上段から、更に一撃。鉄の棍棒、わかりやすい殺意の塊が女のへしゃげた腕にもう一発。
ぼき、ぐしゃ。
『アッ』
枯れ木が折れるような短い音のすぐ後に、白蛇女の小さな悲鳴。
へしゃげた腕ごと、メイスが白蛇女の頭をかち割った。
ぷらん、ぷらん。真上から振り下ろされたメイスの威力に白蛇女の首が折れ、振り子のように揺れている。
『ま、ダ、死に、タクない』
「いや、お前は死ぬ」
ぼがん。
もう一撃、メイスが餅つきでもするように白蛇女の頭に下される。首が取れていないのが不思議なほどに、白蛇女の頭がへしゃげた。
『ああ』
ぐるり、目から血を流して、白蛇女が空を仰ぐ。首の骨が折れようと、頭蓋が砕けようと、化け物の生命は終わらない。
だが、もう、彼女に力は残っていない。
「お前の名前、聞いとくよ」
『……と、れナ。トレナ・ロイド・アームストロング』
「そうか。じゃあな、トレナ」
『あ、アアアアア!!』
最後の交差。へしゃげた腕をトレナが振り下ろす。遠山が振るうは、欠けたヤイバ。
ずんばらり。キリのヤイバがその腕を斬り飛ばし間合いを一気に、詰める。息遣い、体温すら分かる距離に触れ合って。
「お前は俺が連れて行く」
ガラ空きの、心臓に欠けたヤイバ、キリヤイバを突き入れた。
『あーー フフ、負け、ちゃった。フォルーー」
ふっと、緑髪の女。白蛇女、いや、トレナ・ロイド・アームストロングは目を瞑った。
「喰え、キリヤイバ」
お囃子の音が、響いた。
極小のヤイバが、空気を介さず、直に白蛇女の身体を駆け巡る。
一瞬で、体のありとあらゆる所から血を噴き出し、白蛇女が地面に倒れた。
金色の焔に焼かれ、鉄の塊で砕かれ、キリに刻まれた彼女。もう、2度と起き上がることはなかった。
ずり。
化け物の、亡骸から遠山が欠けたヤイバを引き抜く。無意識に、メイスを投げ出し、空いた手のひらを立て親指を曲げる。
片手合掌。
その場に、思わずへたり込む。身体は痺れ、息は大荒れ。痛まない所の方が少ない。
「……はあ、はあ、はは。ひ、ひひ、ヒヒヒヒヒヒ」
それでも、遠山は生きていた。大蛇の焼け崩れた亡骸と、息絶えた特別な化け物の亡骸の中、たった1人の勝者であり、生者であった。
「い、よっしゃアアアアアアアアアアアアア、生存ンンンンンンンンンンンン!!」
ばたり。遠山はそのまま倒れる。すぐに、寝息が響いて。
ピコン。
気絶するように眠った遠山は、流れるメッセージの全てを見ることはなかった。
【DEADクエスト 目標達成 "知識の眷属、ハーヴィーのパン文書館" で特別な報酬を得ることが出来ます】
【古代種 "トレナ・ロイド・アームストロング"の魂を保存しました】
【"遺物"の拡大解釈に辿り着きました、貴方は■■■番■の遺物■■■■となりました】
【古代種の討伐により、レベルが上昇します。……verエラー。レベルアップは発生しません】
【古代種の討伐により、貴方の隠し技能が進化します "ホモ・サピエンス"が、ホモ・サピエンスに進化しました、この星の生命の中で貴方に滅ぼせないものなど、もはや存在しないでしょう】
【警告ーー 遺物・拡大解釈により 零■■ "天之■■神・国■狭■■との習合が進行。身体の血■■■■■■■■■■■■■■■ーー プチッーー
よいよい、今はよかろうてや】
【■■■ーー遺物による身体への影響無し】
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