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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
サイドクエスト "石窯に火を灯せ"

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59話 そして蠢く者たちよ

 



「あらあら、流石です! 兄上」




 豪著な空間だった。



 王城の最上階、王都を一望出来るパノラマ広がる大広間。





 真面目な平民が一生働いても買うことの出来ないだろう高価な絨毯が敷き詰められた広間。



 その国の歴史を語る様々な調度品が並び、部屋の中心には大きな椅子。



 国の全てを決める者の椅子だ。国を統べ、民を導く、その責務に選ばれし者の名前は"王"。




 この国は、"王"の国。




「上姉様も、お父様もお母様も2回目でダメでしたのよ。なのに、兄上ときたらもうこれで6度目の成功! ふふ、流石は王位継承者第一位、豪運もまた王の器の一つですものね」




 明るい女の声が響いた。



 どこまでも明るく、明るく、明るく、この世の全てを照らし出す光の如き声。愉快げに、心底たのしくて仕方ないと子どもが笑うような声だ。





「女狐が………」




 対照的に漏らされるのは悲痛な声。



 怒り、憎しみ、しかしそれを決して晴らすことは出来ぬと理解してしまった絶望の声。




「まあ、ふふ。傷ついてしまいます。兄上は昔からからお口が悪いのですから」





 女と男が、いた。



 銀のテーブルを囲んで対面に座る両者の顔色はしかし、対照的。




 片や女、愉快そうに。片や男、憎々しげに。



 美しい顔をした2人、ゆったりとした女の垂れ目と、すこし垂れ目気味の男の目は血の繋がりを表す。





「……貴様が、僕を兄と呼ぶな」




「あらあら、怒られてしまいましたね。ふふ、ああ、懐かしいです。覚えていますか? そろそろこの季節は中庭にラモエバの花が咲く頃です。兄妹皆でよく乳母の言いつけを破ってお花遊びをしたものですよね」




 テーブルの上、用意されている茶に女が手を伸ばす。銀のティーカップはしかし、一切の音を立てることなくすっと、女の口元に運ばれる。




「…………お前と思い出話をするつもりはない。()()()()()()()()()()()()




 男が、薄い金色の鎧とマントを身につけた凡そ茶会にはそぐわない戦装束に身を包んだ美男が、つぶやく。





「ふふ、どれにしましょうか。あーん。ああ、美味しい。宮廷料理人のフラットのことは覚えていますか? 彼のレシピで作らせた砂糖菓子、全部綺麗で美しいですよね」




 躊躇いもなく、女がフォークを広げられた色とりどりの茶菓子、砂糖で象られた花のようなお菓子へ。




 ぱくり。頬を緩ませ、ニコニコ笑うその顔は食を心からたのしんでいる者の顔だ。




「………気狂いめ、お前が手慰みに殺した者の名前をよくもそんな顔で」




 女が躊躇いもなく茶菓子に手を伸ばしたことに対して、男は心底侮蔑の目を向ける。




 いや、それは侮蔑というよりもむしろ……





「あは。まあ、人聞きの悪い言い方。だって傷ついたんですもの。わたくし、彼のこと気に入っておりましたのに。トレナの件でフラットったらすごく怒るんですもの。……怒られるのは嫌なんです」




「……呪われたクズめ。死に腐れ」




「あは、それはわたくしとお兄様どちらのお話でしょうか? ふ、ふふふ、さあ、次はお兄様の番ですよ。大丈夫、()()()はたったの1つだけ」




 ぴくり。女の言葉に、男が身体を僅かに揺らした。



 彼らのお茶会は、つまりそういうことなのだ。





「……貴様の言葉に嘘はないな? この悪趣味な遊戯、僕が勝てば、我が臣下、そして我が家族の安全を約束出来るという言葉に」




「ええ、古い血にかけて。そして同時に兄上の勝利はわたくしの死を意味します。竜教団を率いて、今まさに、王国という1つの国を終わらせようとする悪逆の徒の死を」




 国の命運を決めるお茶会だ。



 王国において静かに、夙く、そして容赦なく起こった"竜教団"によるクーデター。



 今、それは佳境の時を迎えていた。



「お茶会を続けましょう、兄上。大丈夫です、貴方が真に王の器ならば、王の国の長に相応しい人ならば、わたくしの浅ましい"幸運"にも負けることはございませんから!」





「…………はっ、は」





 王子の手が、止まる。脂汗が、その端正な顔つきをゆっくり滴り落ちた。




 そのゲームのルールは至って、単純。互いにお茶とお菓子をつまみながら談笑する。





 お菓子を食べるのは必ず交互、そしてお盆に広げられた様々な茶菓子、クッキー、砂糖菓子、スフレ、パンケーキ。




 それらのなかにはたった一つ猛毒入りのアタリが紛れ込んでいて。




 運が悪いほうが、いつか死ぬ。そういうゲームだ、王子の手が止まるのも無理はない。




「あらあら、兄上、手が止まっていらっしゃいますね。うーん、どうしたことでしょうか? また何人かウィスにシめて貰えばわたくしとのお茶会を続けてくださいますか?」




 女、緑髪の女がサイドにまとめた髪の毛をいじりながら椅子に深く背中を預けた。




 町娘の奔放さと、王に連なる者としての上品さが所作に滲み出る。



 だが、その言葉の邪悪さは隠しきれない。




「次はどいつをやるよ、親戚のガキ連中か、有能な宰相殿か、それとも最愛の奥方か?」




 彼女のそばに立つ長身の男、真っ赤な短髪に黒い革鎧の男が、ちらりと目線を向ける。




 広間に敷き詰められた捕虜たち。後ろ手を縛られて虜囚と化した王子の臣下や、家族たちだ。






「ま、待て!! 続ける、続けるから! 僕の臣下に、大切な人たちに手を出すな!」




 男がこのふざけたゲームを降りない理由として、捕虜達は生かされているに過ぎない。





 玉座の間には数多くの死骸が転がる。騎士鎧に身を包んだ死骸が畳まれるように潰れていたり、壁にめり込んでオブジェとなって死んでいたり。






「まあ、勇ましい。大丈夫ですよ、兄上がわたくしとのお茶会を続けてくださる限り、()()()()()()これ以上兄上の大切な方々に手を出す気はありません」




「ぬけぬけと、どの口が……」





「いやほんとにな。王子サマとのゲームのために何人見せしめに殺させたことかよ」







「……狂人どもめ」






「殿下、どうか、どうかご無事で。私は、リズはあなた様のことを信じています!」




 苦々しくつぶやく男に囚われた捕虜の1人、花のような美しい美人が繋がれたまま声を上げた。




「うう、わたくし、涙ぐんでしまいます。義姉上。なんて健気な。あんなに震えてなお、愛しい人のために声を上げる。人が恐怖に抗う姿のなんと美しいことでしょうか」




 緑髪の女が涙を拭うような仕草をみせる、ふざけているように見えて女は割と本気で感動していた。




「殿下!! オルト王子!! どうか、どうか、我らのことはお気になさらず! ()()()()()()()をお討ちください! 殿下、貴方様ならば、いや、貴方にしかその狂女は打ち倒せませぬ!」



 同じく初老の鋭い目をした捕虜も叫ぶ。青あざを身体中に作りながらも王家への忠誠を胸に、その捕虜は自らの主人へと鼓舞を向けた。



「……リントナ宰相殿、狂女なんて、傷つきます。そんなにわたくし、変かしら? ねえ、どう思う? ウィス?」




「あー? まあ狂ってることにゃ間違いねーだろ。お前以上のイカレ女がいたら見てみたいもんだ」




「よよよ、私の英雄まで冷たくて悲しいです。ウィス、傷ついたので、死んでくださったらいいなあ」




 ぱしゃん。



 ガラスが、割れる音。玉座の間を覆う星見の天窓。そらを突き破る何かーー



「あ、ちょ、おまーー」




 ぶちゅ。



 赤い華が、咲いた。なんの脈絡もなく、なんの予兆もなく、なんの理由もなく。



 ()()()()、男の頭に空から天窓を突き破って、岩が降った。




「あらあら、()()()()です。運が悪いことですね、私の英雄」




 くすくす、頭を岩で潰された赤髪の男を見下ろし、緑髪の女が喉を鳴らす。




「な、なにを、貴様、本当にイカれているのか?!」




「あら、兄上。どうなされたのです? 顔色が悪うございましてよ」




「お前、お前、何を、何をしたんだ?! 何故、自分の臣下を?!」




「え?」




「その男は貴様の臣下だろう?! 僕の騎士や、王国の軍を滅ぼした怪物だ、だが、貴様にとっては臣下だろう?! それを、そのおぞましい力で……!?」




「アハ」




 王子の声を、女の笑いが遮って。



「……なにが、おかしい、何を笑って」




「いえ、ごめんなさい。兄上も間違うことがおるのだと可笑しくて…… 今、こうして目を瞑っても昨日のことのように思い出せます。王族として仲睦まじく過ごしたあの幼少期、ええ、わたくしの人生においてもあれほど、たのしかった時代はございませんでした、思えば兄上、あの時から貴方は完璧な存在でした、何も間違えず、ただ、ただ、完璧だった」




「だ、だから、だからお前はなんの話をして」





「ふたつ」




「は?」




「ふたつほど、兄上のお言葉に間違いがございます」





「まず一つ、そこの頭の砕けた脳みその風通しが良い男はわたくしの臣下ではございません。そうですね、ウィス・ポステタス・ヘロスは、わたくしの英雄にございます。わたくしに従う者ではございません」




「ヘロス…… まさか、ヘロス家の生き残り? 大戦の終わりに勇者によってあの忌まわしい血統は絶たれた筈だ!」




「生命とは道を見つけるものですよ、兄上。ああ、そして2つ目の兄上の間違いはーー」






「いってー、くそアマ、屁をこく感覚でよー、てめーの"幸運"振り回してんじゃあねえよ、死ぬかと思ったわ」





 呑気な声が響く。



 潰れたトマトのように赤い血を絨毯に染み込ませていた男の身体がゆっくり起き上がる。




 がらり、岩が転がる。その下に潰れていたはずの頭はたしかに傷だらけ、砕けていた。




 でも。




「………………な、に?」




「わたくしの英雄はこの程度では死にません」




 死んで、いない。



 頭が砕けて、血塗れでなお赤髪の男はなんのこともなしに立ち上がった。



「おお、王子サマ。どした、そんな顔してよ。俺サマがアンタの騎士皆殺しにした時みたいな顔してんぞ」




「なんで、死んで、いないんだ? 頭が砕けて、岩に潰されていたのに」




 王子の口が塞がらない。目を見開き、死んでいた筈なのにペラペラ喋る男を見つめて。



「あ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()() あ、やべ、脳みそこぼれてるわ。汚ねえ」




 絨毯をくつぞこでなじりつつ、赤髪の男が首をゴキゴキと鳴らした。





「あら、ウィス、メイド長が苦労するからきちんと自分がぶちまけたものは自分で掃除しなさいよ」




「メイド長はもういねえよ。昨日お前が殺しただろうが。せっかく俺サマが気を遣ってお前がガキの頃に世話んなってた奴は生かしておいたのによー」




「あら? そうだったかしら。もう、ウィスのせいで人が何をしたら死ぬのかがよくわからないじゃないの。エマも殺したら死ぬものなのね。小さい頃はあんなに怖かったものだけど」





「うっへー、コワー」




「ヘロス家…… "勇者"を裏切った英雄の家系…… どうして、歴史書では貴様らは滅びた筈だ」







「あー、そりゃアレだ。能無しの歴史学者の怠慢だな。たしかにヘロス家は勇者を裏切ったことの報復を受けた、まあ、でもついついガキ1匹逃したんじゃね? どんだけ人間離れしてるやつでも情の一つはあるもんさ。そこの女と違ってな」




「えー、ウィス。それでは私が情も涙もない女に聞こえるんですが」




「うるせーよ、その通りだろうが。殺しも殺したりよ。王都の城下町、王城にあれだけいた侍従やメイド、騎士、貴族…… もう息をしてるのはこの広間にいる数十人だけだぜ?」





「えー、わたくしが手を下したわけじゃないでしょうに。貴方がほとんど殺したんじゃないですか」




「お前に命令されたからだろうが。戦争中の兵隊の行動は全て上の責任って王国法で決まってるんだぜ」




 朗らかな声のやりとり。だが内容はどこまでも痛ましく、血生臭く、そして残酷なことに、全て真実。





 王国。



 この世界において、唯二の人類国家。大戦により歪んだ世界の中、帝国と並び立ち人類が生きることを許された国家。



 その国は今、存亡の危機にある。たった2人の女と男により古い歴史を持つ国は終わろうとしていた。




「あら、知りませんでした。じゃあ、はい。わたくし、なかなかの悪党ですね、アハ、どうしましょ」




「まあ、アレさ。悪か正義かは後年の歴史が決めるもんだ。勝てばいいんじゃね? てか、我が主サマよ、俺だけなんか不公平だろ。宰相殿だってさっきお前になんかごちゃごちゃ言ってたぞ」




 赤髪の男が指差した先は捕虜たちのいる場所、先程声を荒げた宰相を指していて。





「あら?」




 女が、目を彼に向けた。




「ヒッ?!」



 ある女と、男により存亡の危機にあった。





「たしかに、わたくし、傷つきましたね。酷い人です、リント宰相、人を狂女なんて」




「よ、よせ!! フォルト、ナ"ッ?! グハ!!」




 テーブル席から立ち上がろうとした王子が、テーブルに叩きつけられる。





「おっと、王子サマ。悪いが今はウチのイカれお姫様とのゲームの最中だろ? この女に勝つにはゲームで勝つしかない、それがルールだ。暴力は、禁止だぜ?」



 いつ動いたか誰にも理解できない。赤髪の男が王子の背後に周り、身体を抑えていて。





「リント宰相」




「ひ、フ、フォルトナ様!! フォルトナ()()()()様、どうか、どうかお情けをーー」




 宰相が、命乞いを。



 その女の力を彼は思い知らされていた。




「死んでくださったらいいなあ」




 女の言葉が、終わる。



 この世界に歪に、不公平に愛された過ぎた女の言葉に世界はいつも答えるのだ。




 ピョー、ピョーオオオオオオ




 呑気な鳥の声が、割れた天窓から響く。ある者は青ざめた顔で、ある者はぼーっとした顔で、ある者は絶望の顔で上を見上げた。





 ばさり。



 ぱしゃん。



 翼のはためく音、同時に、割れかけの天窓、その全てが割れた。




 砕けるガラス片、王国の職人が白星浜から砂を集め、特殊な技法で作った"星ガラス"が光の粉のように割れ散らばる。




 まるで光のシャワー。光々しさすら感じるその景色の中に、青い羽毛が混じっていて。




「ピヨ」




「あ」



 降り立つのは、モンスター。この世界に存在する生態系の上位の存在。人を襲い、人を喰らう生き物。




 長い嘴、青色に染められた見事な羽毛、空を掴み、風に乗る大きな翼。そして捕食者の証、鉤爪。




 山嶺に住み、()()()()()()姿()()()()()()()()()()()のモンスター。



 巨大、小屋ほどのサイズの翼が、はためく。



 玉座の間はしかし、その怪物が侵入できるほどには広く、


 帝国の冒険者ギルドにおいてその生き物はこう定義されている。



 1級モンスター"マチリクバード(谷間の怪鳥)"。




 それが、王城に降り立ち。




「ピョー」




「あ、アアアアアア嘘?! 嘘嘘嘘?!?! 嫌だ、ヤダ、ヤダヤダ!! で、殿下!? 殿下アアアアアア、助けて、助けーー」




「ピヨ」




 バサり。



 そのサイズの生き物からすれば人など本当に餌にしか見えないのだろう。



 おもちゃをつまむように、その大きなかぎ爪の足が後ろ手を縛られたままの宰相を掴んだ。




「あ、アアアアアアアアア、嫌だアアアア、やめてええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇエエエエエエエ」





 ばさり。もう悲鳴も遠く。モンスターが、宰相を連れて飛び立って。




「アハ、たまたま、ですね」




「あーあ、もう見えなくなってら。生きたままヒナの餌にされるなあれは」




 呑気な2人。女はくすりと笑い、男は風通しの良くなった天窓を見上げてぼやく。




 また、人が1人死んだ。




「……すまない、すまない、リント…… おのれ、おのれ! フォルトナ!! 逆賊め! マーヤジーアの奥底より来た忌み子め! よ、よくも!」




「あらあら、兄上。ウィスに押さえつけられた状態でそんなに力むと血管が切れてしまいますよ。ウィス、離して差し上げて」




「いいのか? この王子サマ、今にもアンタをひねり殺しかねないぞ」




「アハ、素敵なお話じゃあないですか。正当な王位継承者である兄上が、簒奪者を打ち倒し、王家と王国を救う。ああ、なんと人間らしく、高潔な物語でしょう。それが見れるのなら大歓迎です」




「へいへい」




「っ!? 覚悟!! 逆賊! "秘蹟、承認"!!」



 金髪の美男、王国第一王位継承者、オルトドクス・ロイド・アームストロング第一王子は間違いなく、選ばれた側の人間だ。




 高潔なる血に、深い歴史。



 ()()()()()()()、勇者を生み出す国の長、その始祖たる血を受け継ぐ選ばれし者。




 何かに選ばれし者、何かの使命を持つ者、そうあれかしと生まれた者、役割を持つ者、それらみんな天使の残り香たる"秘蹟"の苗床に相応しい。




 世界の法則として存在する、人外の力がまた当たり前に王子にも備わっていた。




 幼い頃より、聡く、賢い彼はそれを親、兄妹にも秘匿していて。






「おっと」




「あら」






 王子の両腕が、煌めく。それは光の剣。魔術式のように仕組みを持って世界を侵す力ではない。



 世界に元より設定されている現象、王子の両腕が熱量を持った光の奔流へ変わる、そして光の奔流は収束し、剣の形へと。





「"王の光剣(ムーン・ライト)!!  その蛮行、命をもって償え!」




 光々しい剣は間違いなく悪を貫き、王家の敵を滅ぼすだろう。



 剣が、王子の対面に座る女へと向けられた。






「アハ」




 ぼじゅう。たしかな手応え。



 蒸発だ。水が熱せられた石の上に落とされて瞬く間に沸騰して蒸発するような音だった。




 光の剣、オルトドクス第一王子の秘蹟が人の身体を溶かしたのだ。剣が振われる時いつもこんな音がする。秘蹟の力の前には人体など飴細工よりも脆く。




「あーあ、可哀想に。ほとんど跡形もなく溶けちまってるよ」




 頭が砕けた男が、のんびりした口調でぼやいた。その光の剣により肉体を溶かされ、死んだ者たちの方を眺めて。




「あらあら、流石は兄上。まさか秘蹟までお隠しになられたとは。わたくし、心底敬服致します」





「………………………………………………………………………………へ? な、んで?」





 王子が、呆然と呟いた。その目は泳ぎ、手が震え始める。



 たしかに向けた筈だ、たしかに振り下ろした筈だ。




 目の前の女、今や血の繋がりすらおぞましい叛逆者に。己の妹、姉ばかりか親、はたまた国をすら笑いながら冒し尽くしたその敵へ。




 オルトドクス第一王子は、叛逆者フォルトナ第二王女を本気で殺そうと秘蹟を振り下ろした。




 なのに。



「ねえ、ウィス。今の兄上の攻撃ならあなたを殺せるかしら?」




「あー? 当たりどころによるんじゃね? 上半身全部消しとばされたら俺でも流石に死ぬだろ」




「ほー」



「あ、悪い顔しやがる。てめー隙あらば俺を殺す算段立ててんじゃねえよ」



「あら、仮想敵への対策は必要でしょう?」




 なのに、健在。



 王子が滅ぼそうと力を向けた相手は、リラックスした様子で己の臣下、頭の砕けた男と言葉をかわしている。気軽な友人同士の茶飲み話かのごとく。






 王子の頭が混乱する。なんで、どうして。




 何が、起きてーー





「あらあら、偶然にも、いえ、"()()"にも兄上の秘蹟はわたくしから外れたみたいですね」



 女が、クスッと笑った。



 王国がその歴史の中で保ってきた高貴な血。美しいものを絶えずその血筋に取り入れてきた家系の終着点。



 兄から見ても、その女の笑みは美しく、故にどこまでもおぞましく。






「で、んか、ど……… して」




「あ」


 あ



 掠れた声に王子が反応する。




 手応えが、あったのだ。たしかに人の肉を焼き潰す手応えが。




「あら、義姉上にも当たってしまいましたか」




「は?」




 王子の身体が震える。恐怖にもいくつか種類がある。



 己の生命の危機に対する恐怖、理解出来ない者に抱く根源的な恐怖、そしてそれらと同じくらいに巨大で強い恐怖。





 自らの致命的な失敗に対する恐怖。





「う、そだ」




 いない。



 広間に捕縛されていた捕虜たち。第一王子に付き従い、竜教団を迎え撃った彼ら、彼女ら。



 抵抗虚しく、捕虜として捉えられていた皆が部屋から消えている。



 彼らがいた場所の床は、どろりと溶けていた。まるで高熱に晒された蝋のごとく。



 かろうじて、1人の半分だけが残る。



 ああ、そう、1人の半分。



 上半身だけの人間の身体がそこに溶け残っていて。




「で………… か…… おう、じ……」




「り、ず?」




 それは、囚われていた王子の婚約者だった。美しいブロンドの髪は焼け爛れ、華美なドレスも今や焦げ布と化している、何故か。




 王の光剣の熱量が彼女の全てを焼け溶かしていた。



 王の光剣の光が王子の臣下を舐め溶かしたのだ。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「ああ、不運にも。クス、兄上の手元が狂ってしまったのでしょう。アハ、()()()()()()()()お気を病まないで」





「え、え、あ、え、あ、へ」




 王子の呼吸が不規則に。



 失敗が、形となる。仄暗い谷底から、真っ黒な手が伸びてくるような焦燥感。




 違う、違う、ありえない、僕はこの女に光を向けてーー




「どんまい王子サマ。アンタの部下やら奥さん、みーんなアンタが始末しちまったなあ」





 男がぼそり。



 ()()()1()()()王家の軍事力を壊滅せしめた英雄(化け物)が呑気に、物見遊山でもしてるかのようにぼやいた。





 始末ーー




 溶けた地面。消えた捕虜となりし己の臣下。上半身だかの焼け爛れた女の死骸。




 腹が、ない。そうだ、自分の婚約者はどこだろう? 上半身だけの女の死骸自分の婚約者、幼少の頃から共に育ち、ともに成長し上半身だけともに愛を誓い合い、互いの腹がない上半身、胸の辺りしか残っていない、己の子どもを、愛すべき子宝を宿していたはずの、未来を共に歩む筈だったーー





「義姉上は"運が悪かった"ようですね、残念です」






 女が笑う。



 王子は理解した。




 自分の光剣が、己の臣下を、己の妻を、己の生まれてくる筈だった子を全て焼き溶かしてしまったことを。





「あ、アアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




 慟哭も、嘆きも無力。



 髪を振り乱し、虚な眼窩から血の混ざる涙をこぼして、王子がその光剣の通り過ぎ去った跡に駆け寄る。




 何度も転んで、何度も躓き、嗚咽しつつ、その溶けた地面、人の脂と血が焦げた臭い漂うそこで這いつくばる。





「うそだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘だあアアアアアアア…… アアアアアアア」




 もうそこに、王族としての威厳や華美さもなく。全てを奪われた、いや、致命的な失敗により己で大切なものを失った男の姿があった。






「壊れたな。ありゃ。どーすんだ? お父様やらお母様やらと同じく廃人にして利用すんのか?」




「ん? いえ、兄上には利用する用途はないのできちんと始末いたしますよ?」




「了解、あんまあれ以上生かしてやるのも可哀想だ。一思いにやってくるわ」





「いえいえ、ウィス何を言ってるのですか。まだ、わたくしと兄上のゲームは、王国の未来を決める()()()は終わっていません」




「あ、おい。……っとに趣味ワリぃな」





「ア、アアアアアア……」




「兄上、泣かないでくださいな。皆、運が悪かっただけです。ほら、立って。人の価値とは窮地にこそその真価を発揮するものです。人生においてその障害に対してどのように立ち向かうか。そこに人間の価値は現れるものですよ」




「……き、さま、アア……」




「ふう…… 残念です。ここでもう一発わたくしをころすような気概を見せてほしかったのですが…… うーん。試練に対して怒りや憎しみでなく悲嘆で応える人間のなんと哀れなことでしょう…… さ、兄上」




「……え」




「兄上の番です。わたくしたちの運試し。お茶会はまだ終わっていません。さあ、選んで。お菓子を選んで、食べてくださいな………さあ、 選べ、負け犬」





「………お、まえは、何を、なにが、したいんだ…… 国を滅ぼし、家族を殺して、なにが……」






「運試し」




「は」




「試してみたいのですよ、わたくしの運を。このクソッタレの世界にどれだけわたくしの運が通用するのか試してみたい、ただ、それだけです」




 その目は朗らかに。



 しかし、異形の瞳、星形の虹彩に爛々とした野望の火が覗く。



 全てを無くして、敗北した王子は悟る。



 勝てるはずがなかった。こんな目をした人間に、まともなままで勝てるわけ、相手になるわけもなかったのだ。




 初めから負けていた。いや、ともすればこの女と血を分けた時点で負けていたのだ。




 親が子を選べぬように、子もまた生まれる親を選ぶことは出来ない、どんな存在と血をわけるかも、全ては天使のみが知ること。




 すなわち、運ーー




 つまり、自分は




「ああ……… 僕は」




「ええ、兄上、貴方は」





 王子が、手を伸ばす。



 幸運に愛されし人間主義者、かつては妹であり、今や竜教団を率いる巫女であり、王国を滅ぼさんとする簒奪者。



 フォルトナ・ロイド・アームストロング、第二王女が差し出すお盆に手を伸ばしてーー






「「運が、悪かった」」




 お菓子を、口に入れた。



 たのしいお茶会、兄妹水入らずのそれが終わる。
















「ウ、ア」



 それを口にした途端、始まった。



 当たりだ。その呪われた茶会、どちらが先にそれを口にするかの運試し。




 毒入りの菓子を、とうとう王子は選んでしまった。



 猛毒、この世界の人間に、その毒性に対する耐性はない。




「あ、ぅぼえ、あああええ」




 吐瀉、吐瀉、吐瀉。口から、鼻穴から。胃の中に入った毒物が一気に排出される。




 毒に侵された身体の防衛反応、懸命に生きようと肉体はもがく、だが、もう王子の心はすでに。




「あ、ひ、ヒッ、ヒッ、ふ」




 身体中から垂れる汚液に、血が混じり始める。呼吸も引き攣り、王子が溶けた床の上をのたうち回る。




 陸に揚げられた魚よりも、醜く、苦しそうに暴れ続ける。



 ばた、ばた、ばた。手が床を叩く、足が床を蹴り続ける。華美な鎧とマントは吐瀉物まみれ、血塗れ。



 美しかった顔にもう、そのおもかげもなく。




「アアアボボボボボボボ、ブオルドナアアアアアアアアアアボボボボボボボァァァァァ……」




「はい、兄上。さようなら」




 怨嗟の声も、その女には、幸運に愛されし女には届かない。



 一際大量の血をごぼりとこぼした後、壮絶な表情で王子はもう動かなくなった。




 あれほどのたうっていた手足はぱたりと止まり、虫の死骸のように折り畳まれて。




 ここに、王国、第一王位継承者、オルトドクス・ロイド・アームストロングは敗死した。





「あら、死んでしまいましたか。うーん、兄上は昔から少しメンタル面が弱かったですから。仕方ないですね」




 クーデターは、成った。




 最後に残った王家の血を継ぐものは、ただ静かに己の兄の亡骸を見下ろすのみ。



「チェックメイト、だな。これで王家の後継者はアンタだけだ。歴史上稀に見るクーデター大成功なわけだ」



「チェックメイトってなんですか?」




「ええ、知らねーの? 今帝国で流行り出したる盤上遊びの用語よ。ほんとアンタ育ちいいせいか世の中のこと知らねーよな」




「よよよ、じゃあウィス今度教えてくださいよ。友達でしょ?」




「へいへい、我がお姫様」




 死臭ただようその玉座の間に、簒奪者たちが呑気な会話を繰り返す。




 豊かなミディアムの緑髪をサイドでまとめてテールにした町娘とも見える髪型。しかし一つ一つの所作から生み出される気品が彼女の生まれを保証する。




 丸く大きな垂れ目に星形の虹彩を持つ"幸運"に愛された女。




「あー、またそうやって。わたくしと貴方は対等です。お姫様とか言わないでください!」



 フォルトナ・ロイド・アームストロング第二王女。



 竜教団を巫女として率い、国を乱し、ついには玉座を運だけで冒し尽くした女。



「へーへー、じゃあ巫女様、とでもお呼びしたらよろしいかな?」




 ウィス・ポステタス・ヘロス。燃えるような赤髪に、日焼けした筋骨隆々の男。




 第二王女の最強にして最大の戦力、事実上、王国の軍事力はこの男という戦力にその機能を壊滅させられた。




 かつて、"勇者"を裏切ったある英雄の子孫、本来ならば途絶えたはずの血筋はしかし、今ここに先祖返りした暴力とともに歴史の表舞台に現れた。



 その血は愛され、英雄としての使命と実力をもって生まれた異物と成り果てている。




「うーん、まあそれならギリ許します。教団の皆様はそろそろ終わった頃でしょうか?」




「あー? ぼちぼちじゃねえの? 王国の要所の同時攻略。まあ、今更各地の軍勢力が王都にかけつけようと遅いけどな」



 ウィスがつぶやいた、その時。




「お待たせしました。巫女様」




 ふっと、5つの怪しい光が玉座の間に灯る。



「あらあら、皆さん、お揃いで」




 緑髪の女、竜教団の巫女にして簒奪者フォルトナが己の臣下へ声をかけた。





「竜教団、五本爪、我らが巫女のご命令通り。王国、各地の要所の攻略に成功いたしました」




 光の中から現れたそれは奇妙な騎士鎧。



 錆色のプレートメイル、細やかな意匠は鱗を思わせるデザイン。




 そして兜、竜の顔を模した造形は5つ全て同じものだ。




「ご苦労様です、首尾は上々ですね。あ、ナルク司教、帝国からの商人たちには手を出していませんね?」




「は、ご命令通り、彼の国からの商人には手を出しておりません。経済特区である北部の港町もまた穏便な方法で我ら教団のものと化しております」



 マントを翻し、竜鎧の男の1人が野太い声を響かせる。



「うんうん、よろしい。さて、では西部のハバキ殿は?」




「は、我らが巫女のお言葉通り! 王国食料生産の要! 西部の農村部全ては焼き尽くして参りました!」




「上々、ふふ、空腹という試練、寒さという試練のもと、人は果たしてどのような姿を見せてくれるものでしょうか」




「は、私も楽しみです! いや! それにしても我らが巫女にもお見せしたかった! 何もわからずに自らの畑を、家畜を焼き尽くされる弱者の姿を! 弱肉強食! 我ら竜教団の教義そのまま! 伝説の再現でしたぞ!」




 強く、大きな声だ。



 彼らは皆生まれながらの強者。



 天使教会と対をなす、この世界においての二大宗教組織が一つ。




 竜教団。王国を滅ぼした者達、竜を崇め、竜になろうとする求道者の集団。



 今やしかし、彼らはその教義を曲げて都合の良い弱肉強食の言葉に踊らされている。





「あらあら、次の機会を楽しみにしていますね。では次ーー」




「おっと、待てよ、巫女サマよ。俺サマァよ、少し気になることあるぜ」




「ん? なんですか?」





 ウィスの鋭い声にフォルトナが首を傾げた。





「おい、ハバキ。てめえ、随分、()()()()みてえだなあ。プンプン香るぜ、女の香りだ、灰や血の匂いに混じってるが、余裕でわかる」




 玉座の置いてある一際高い場所からウィスが竜鎧達を見下ろす。





「……あまり調子に乗らない方がいいぞ、巫女守り。貴様は巫女様の強い希望で我らの末席を汚しているに過ぎん。口の利き方には気をつけろ」




「あ? 軍事作戦はその巫女様から俺に全権を委任されているよな? ならてめえは俺の決めた事を守る道理があるとは思わねえかァ?」




「何が言いたい?」




「とぼけんな、下衆が。てめえから女の臭いがするんだよ。戦場で盛ってんじゃねえ、下士官ならまだしも、将であるてめえが何してやがんだって聞いてるんだ」




「ははは! 野良犬が。私は戦利品を頂いただけだ。ああ、安心しろ、きちんと処理はしている、使い終わったものは片付けるものだからな、おっと、貴様見た目によらず潔癖症か?」



 くくくと笑う竜鎧。彼の目は曇っている。不相応に、幸運にも与えられた力に酔い、弱者にそれを振りかざす快楽に溺れている。




 だから、気が付かないのだ。



 だから、思いもしないのだ。



 弱肉強食という言葉は、己にも振りかかるものという当たり前の結論に。






「…………ああ、もういいや。フォルトナ、いいか?」




「うーん、ハバキはそれなりに優秀な方なのですが、まあ、ウィス、貴方に任せますよ」



 簡単な会話の後。




 ふっ。と。



 ウィスが一歩進んで。




「ははは! 巫女様、何を仰られるのですか! 弱肉強食は貴女も知る竜教団の教えそのもの! 弱きものは強きものに全てを奪われるのが世のつ





 ね?」




 ぼりん。



 次の瞬間にはもう、竜鎧の男の身体と首は繋がっていなかった。



「お前、いらねえわ」




「て、ぺ?」




 英雄、ウィスが鎧の男から首をもぎ取っていた。果実を収穫するように、素手でぎゅっと。





「え、え、え」



 首だけの兜から、くぐもった声が漏れて、それからそのぐじゃぐじゃの断面からふと思い出したように血が垂れ落ちる。







 ばたり。


 ぽいっ。




 首を失った鎧の身体が仰向けに倒れるのと、ウィスの手から生首が放り捨てられるのは同時だった。





「貴様!!」



「何を?!」




 鎧の男、竜教団の5本爪、今や4本爪になった教団の幹部が次々に怒気を露にする。




「フォルトナ、こいつら、これから必要か?」




「ええー…… 仲良くしてくださいよー。まあ、ウィスに任せますけど」



「だとよ、来いよ、竜フェチ。どうせ最後は()()()()()()()で殺し合うんだ。タイミングが早いか遅いかの違いだろ」




 赤髪の男、ウィスが砕けた頭から垂れる血を舐めながら手のひらを上に向けて指を折る。




 くいっ、くいっ。わかりやすい挑発の意味はシンプル。



 かかってこいよ、だ。





「巫女様、やはりこの男、捨ておけませぬ!」




「恐縮だが、巫女様、この男にもはや用無し!」




「王国の騎士や兵を平らげたのがなんだ! 我ら竜になるべく修練を積んだ信徒も同じことは出来る!この巫女様からの賜り物! 竜にすら届く力に選ばれた我らと貴様に力の差はないのだ!」




「竜になるのは我々、正当な竜教団の信徒。貴様が如き不信心ものが竜に近づけると思うなよ!」



 残った竜鎧、教団の武闘派、王国の主要部を攻め滅ぼした強者達がウィスに殺意を向ける。



「あらあら、血の気の多いことです。まあ、うん。どうぞお好きに。それもまた人の業ですよね」




 緑髪の女はよっこいしょと玉座に腰掛け、肘を立ててその様子を見守るだけ。



「英雄の出涸らし風情が調子に乗るなよ」




「ここで根絶やしにしてくれる、ヘロスの生き残り!!」




「前から貴様が気に食わなかったのだ」




「我ら竜教団、竜を超え、竜になる資格を持つ者! その高潔な誇りの中に貴様のような野良犬はいらぬ!!」





「ぐだぐだうっせえな。いいなら、ほら、来いよ。巫女様からのプレゼント、どんなもんか見せてみろよ。弱い者いじめ以外に役立ったいいよなあ」





「「「「漂竜物 起動」」」」



 彼らのことばに、その力は反応する。




 それは絶望のなか見出されるもの、それは危機の中現れるもの。しかし時にあっけなく見つかる、この世界が隠す力の物品。




 竜にすら届きうるかもしれないそれは、竜に抗う兵器として銘打たれる。




「竜麟砕き!」



「竜殺の刃」



「竜炎の槍」



「竜呑み!!」



 巨大な槌。竜の鱗すら叩き潰せるかもしれない。



 血の滴る刃、竜をすら殺せるかも知れない。



 燻る炎を宿す槍先、それは竜をすら焼き滅ぼす炎竜の吐息を保ち。




 竜のアギトと化す頭部、この世にその顎から逃れられるものなどいるわけもなく。





 竜教団が、最高戦力、五本爪。




 竜をすら、殺せる力を高らかに英雄へと向けた。










「死ねい!! 英雄! ぽぴ」




「竜を殺す力の前にひれぷぺ」




「炎竜の炎を残すこの槍先をミヨヨヨワワ」




「竜の顎に耐えられるか、その脆弱な身パパン」





 1、2、3、4。



 1人目は、その巨大な槌を振り上げた瞬間、首を180度に捻じ曲げられた。




 2人目は、剣を構えた瞬間、腕を折られそのまま奪われた剣で顔面の真ん中を貫かれた。




 3人目は、槍を突き出した瞬間、それを踏みつけられ喉に手を突っ込まれて舌を抜かれて、ついでに臓物を抜かれた。



 4人目は、竜の顎と化した顔面を蹴り抜かれて破裂した。




 五本爪は、もう何本でもない。爪ですらなくなった。



 瞬きの間に、英雄が皆殺しにした。



「竜殺しの為の武器が人間に役立つかよ」



 ばたり、悲鳴もなく竜鎧が全員絶命して、倒れる。




「いや、漂竜物って竜にしか効かないじゃなくて竜にすら届きうる兵器のことですから普通は人間にも効くんですよって」



 フォルトナが呆れた声で手加減の出来ない己の英雄へとぼやいて。




「あー、まあ、いいだろ。コイツらにゃ過ぎたおもちゃだったってわけだ」




「えー、せっかく竜教団を乗っ取った時から懐柔して育ててた人たちだったのにー。五本爪って名前徹夜して考えたんですからね」




「嘘だろ、俺のお姫様ネーミングセンスなさすぎ」





「はあ、まあいいです。彼らも運が悪かったのでしょう。私の英雄を敵に回すとは、ホントに不運な人たちです」




「まあ、まだ戦力としては竜教団の信者もわんさかいるだろ。祭りに参加して賑やかすくらいは問題ねえよ」




「もー、英雄独特の適当な計算やめてくださいよね。わたくしの幸運にも限界はきっとあるんですから。えーっと、まあほかの信徒にもこの前冒険者を使って集めた漂竜物を配れば、何人かは適合するでしょう」





「え、待て。おいおい、まだアレ数あんのか? 普通お前、漂竜物って要は帝国の"副葬品"と同じもんだろ? 一生に一度お目にかかれるかどうかのシロモノだろうが」




「えへへ、わたくし、運が良いので」




「うっわ」




 フォルトナの微笑みに、ウィスが苦虫を噛んだ顔を見せた。



「まあまあいいじゃあないですか。貴方にはとっておきの"漂竜物"があるんですから。とてもお似合いですよ? そのバケツみたいなヘルム」




「あー、これな。腰にくくりつけてるだけで身体が軽くなるのはいいけど、これ明らかにヤバイもんだよな。だって被れねえんだぜ?」




 フォルトナの指差した先、ウィスの腰には薄汚れた兜がアクセサリーのごとくぶら下げられていた。




 バケツみたいな形をした兜だ。





「アハ、英雄ですら御せない力というのも乙なものじゃないですか。まあまあ、ウィスには他にも沢山の漂竜物を用意してますからそんなに拗ねないの」




「ケッ、そもそもこの飾り物のヘルムはうちのご先祖様が使ってた家宝だっつーの。福利厚生は厚くしてくれよ、お姫様」





「はいはい。さて、うーん。五本爪もいなくなってしまいましたし。これからの予定はもうわたくし達だけで決めてしまいましょうか」




 2人、死骸だらけの玉座の周りで軽口を繰り広げ。




「だな。予定通り、これで王国はアンタのもんだ。さて、我らがお姫様。次はどいつでアンタは運を試すんだ?」



 男は自分に黒い革鎧にこびりついた返り血をぬぐいながら問いかける。




 だいたい問いへの答えは分かっていたが。







「はい、予定通り、"王国"の次は"竜"にします! 帝国は護り竜、蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイル様! 彼女を殺そうとしてみましょうよ」





 手を合わせ、朗らかに、楽しくて仕方ないイベントを語るが如く。




 フォルトナは、この世界においては許されざる言葉を紡いだ。



「あー、やっぱそうなるかあ。ま、遅かれ早かれだな、これも。竜になるにゃ"竜の心臓"はどのみち必要になるわけだ。やるしかねえか」





「勝てますか? わたくしの英雄」




 フォルトナが小さく問いかける。己の武器、己の友、王国をすら滅ぼしたのはその英雄という名前の暴力のお陰であることを彼女は理解している。





「あー、まあ、竜教団を使い潰して、俺サマも命かけて、漂竜物フルで運用して、アンタの"幸運"がハマれば五分五分じゃね? なにせ竜だ。生きる伝説だ、そこまで詰めてようやく手が届くかも知れない、だろ」





「あら、ふふ、意外と見込みがあるんですのね。わたくし、もっと難しいかと思ってました」




「まあ、最近、竜も殺したら死ぬってのが分かったしなあ。一度死んだ奴は2度目も割と簡単に死ぬだろ」




「ああ! 帝国の"竜殺し"! アハ、彼のことはわたくしも存じております。竜教団の暗殺リストに入っていましたもの」




「まあ、そういうことだ。竜殺しサマが証明してくれた。やっぱり、竜も死ぬってことをな。まあだけどな、フォルトナ。この五分五分ってのは全てが本気で理想通り行った状態だ、実際はそう上手くはーー」



 ウィスが戦闘思考を回しながら言葉を選ぶ。



 ニコニコそれを微笑みながら聞き続けるフォルトナの笑みが深くなり。



「アハ」



「なんだよ」



 ウィスが怪訝な顔を浮かべた。



「いえ、少し面白くて。全て上手くいきますよ。幸運にも、きっと、ね」




「……ああ、そういやそうだった。恐ろしい女だよ、アンタは。だけどな、フォルトナ、1つアレだ。竜にちょっかいかけるんなら提案したいことがある」



 己の主人の言葉に、英雄は頷く。確かにそうだ。その呪いにも等しい幸運の前に、予想も馬鹿らしい。




 全ては運。彼女の思うまま、彼女の都合の良いように物事は進んでいくのだろう、と。



 だが、英雄には1つだけ、その幸運を理解しつつも避けたいことがあった。




「あら、なんですか?」




「今回、"竜殺し"には俺サマ関わりたくねえ、嫌な予感がする」




「へえ、というと?」



 フォルトナが興味深そうに、瞼を大きく持ち上げる。垂れ目の奥、星形の異質な虹彩が爛々と輝いていた。




「簡単さ。竜を殺すようなイカれ野郎だ。きっとアンタと同じ種類さ」




「それが何か問題ですか?」




「あー、わかんねえのか? イカれ野郎とイカれ野郎が殺し合うと、それはもう戦いじゃなくてギャグになるんだわ。イカれバトルに巻き込まれたくねえの、俺サマは」




 竜殺しと幸運。



 英雄はその超人的な勘から、己の主人とそれを会わせたくなかった。



 理屈も根拠もなく、ただ、予感のみのそれはしかし彼の人生において間違えたことはなく。



「えー、わたくし、今回の竜祭りで"竜殺し"とも会ってみたかったのです! "運試し"、してみたいなあ」




「うわー、俺サマの提案聞く気ねー。はあ、わかった。もうアンタの好きにして。幸運を祈るさ」




 だが、だめだ。英雄の言葉ではこの女は止まらない。



 ウィスはフォルトナのどこまでもたのしそうな顔に弱かった。





「あらあら、わたくしにそれを言いますか、英雄。まあいいです、それに、帝国には何人かこれからの戦い、竜を殺してその後にやってくる存在との運試しのために集めておきたい人材もいますしね」





「人材?」




「はい! やはり人とは宝です。今回の内乱で探し出せなかった王家の影たち、それの長、"影の牙"こと、ラ・ザールでしょ? それにわたくしが竜教団と接触した瞬間に全てを予見して王国を離れた宮廷商人のドロモラ! 帝国からは返してもらわなければならない人材が沢山いますのよ」




「いやいや、そいつらそもそも帝国に、しかも都合よく冒険都市にいるわけーー」




「いますよ」




「ーーあ」




 ウィスが言葉を失う。



 フォルトナのその短い言葉、傲慢でしかしだからこそ混じり気なく美しいその姿に、言葉をーー





「たまたま、いますよ。わたくし、運が良いので」





「……ああ、そうだった。アンタはたしかに幸運な女だったわ」




 ウィスが噛み締めるようにつぶやく。



「アハ、ねえ、ウィス。これからもっともっと人生を楽しみましょう、人間の生きる楽しみとはつまるところ、己の力を世界に振るうことに尽きます」




 フォルトナ、"幸運"な女は思い描く。



 追い求める、己の運が果たしてどこに辿り着くのか。それを夢想し、ウィスを見つめた。



「わたくしはわたくしの"運試し"を、貴方は貴方の"力試し"を」




「……ああ、だな。国盗りの次は、竜殺しときたもんだ、んで、その次は?」




「たくさんありますよ、竜を殺し、帝国を飲み込み、ついでに魔術師や教会も滅ぼしてみましょう! ああ、そうだ、帝国にはトレナのお墓でも作ってあげましょう。あの世間知らずの甘ちゃんは多分もう死んでるでしょうから」





「アンタ、ほんとたのしそうだなあ」



「楽しまないとたのしくありませんよ? さて、では準備しないと。"竜祭り"、王国からの賓客として向かう段取りを幽閉しているお父様にお願いしてきますね!」




 玉座から立ち上がったフォルトナが、駆ける。



 死骸だらけの玉座の間、しかし彼女の様子はまるで花畑でも走り回る少女のそれで。





「コワー」




 男が死人だらけのその広間、空っぽになった玉座に座る。そこから見る光景は国から捨てられ、歴史に葬られた彼の一族の悲願でもあった。




 だが




「思ったより大したことねえや」




 その悲願はすでに、男の1番の願いではなくなっていた。



 眩しいものを見るかのように、男が呪われた女の後ろ姿へ目を細めて。





「おい、待てよ、フォルトナ。俺サマも一緒に行く!」




「アハ」



 嬉しそうに振り向いた緑髪の女、おぞましくただ、ただ、"幸運"な女。




 英雄が、己の定めた主人の元へ一歩で駆け寄る。




 腰に縛り付けていたその漂竜物。



 彼の先祖が"遺した物品"。




 かしゃりと揺れた。




 錆びたバケツヘルムには、この世界の人間には読むことも、いや、文字とすら判断出来ないあるメッセージが書き殴られて。







 "Slap!fucking arm Man"








 そして、蠢くもの達よ。役者は揃い、舞台は整った。





 竜祭が、はじまる。

















読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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― 新着の感想 ―
独りよがりすぎて萎える
> 35話 それは死すら恐れる強欲にて にて“竜狂いの第六王女”とありましたけど、この第二王女のことですか? バケツヘルムは群体的な表現が凡人の方にあった気がするので、どうなっていくのか楽しみです。
[一言] 王剣さんこっちでも活躍しょっぱくて草
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