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6話 辺境伯、壊れる





〜【冒険都市、アガトラ】、中央区、冒険者ギルド敷地内の"領主邸"にて〜



 



「…………は?」



 その日、【帝国南部領】、冒険都市"アガトラ"に激震が走る。



 まず、初めにそれに気付いたのはこの男、南部領主にして、冒険都市アガトラの最高責任者である小太りのこの男。




 冒険者ギルドと同じ敷地にある領主邸、自室で朝の至福のティータイムを楽しもうとしていた時のことだ。




「………え、えっー、ちょ、うそうそうそ、えっ、えー」




 アガトラ、この街は帝国において中央の帝都、皇帝が住むその都と同じレベルに重要視されている街だ。




 "ヘレルの塔"を始め、竜大使館、天使教会大聖堂、貴族居留地に、勇者パーティの生き残り。そのほか多数の帝国にとって重要すぎる施設や存在が一同に会する火薬庫。



 どこを叩いても即大爆発し、その爆発は国家運営にすらかかわる規模となることが簡単にわかる厄介な土地。



 おまけに周囲の平原や森は、塔に影響されてモンスターが生態系を成し、繁栄すらしてしまっている恐ろしき場所。





「んあああああ!! 私のさあ! 任期中になああんでもう! こんなことが起きるのですかあああ!! 天使さまあああ!! あなたはいっっつも私に試練ばかりおあたえになりますねえええ!!」




 3年前の貴族領会議でこのアガトラ領の領主、そして冒険都市の管理者を半ば押し付けられたのがこの男。





 海老反りで絨毯の上を転げ回るその男の名前。



 サパン・フォン・ティーチ辺境伯であった。





「もおおおおおお、やだあああああ、おうちかえううううううう、あ、おうち、ここでした。んほほほのほおおおおお!!」




 いよいよ男が、その高価な調度品に囲まれたシックな部屋をエビ反りで反復横跳びを始め出した時だった。




「失礼、領主様、先ほどから少し騒がしすぎ…… 」



 黒檀の木をふんだんに使われた豪華な扉が音もなく開く。


 シルクのタイツに、タイトスカート。ワイバーンの翼膜で作られたジャケット、メガネ姿のよく似合う長身の美女がその部屋に入る。




「ああああ!! マリーくうううううん!! すげえ良いタイミング! マイフェイバリットパートナっぶげら!?」




 小太りの領主がエビゾリのまま、長身の美女にとびかかる。しかし冷静に振り下ろされる美女の右拳の振り下ろしがサパンを地面にたたきつける。




「あ、失礼、つい。ですがエビ反りで肉体関係を求められてはこのような態度をとっても仕方ありませんよね。つまり、私は何も悪くない」




 見事なカウンター。小太りの領主は絨毯に叩きつけられ動かない。




「ぐほ、ごほ、さすがはギルドマスター…… いい右のチョッピングライトだよ、あ、パンツ見えそう」




「黒のレースです。今の発言は議事録に残し、数ヶ月後の貴族院の査定に出しますので」




 メガネをくいっと、整えながら口元のホクロが眩しい彼女が冷静に手に持っているバインダーに何やら書き込んでいく。




「エッッッッッッッッ!! いや、違う違う、それは勘弁してよー。……はあ、はしゃぎすぎて逆に落ち着いてきた」





「どうされたんですか、奇行がお目立ちになるあなたですから今更あまり驚きは………… え?」




 彼女もまた、部屋のとある点を見て、それから固まった。



「あ、やっぱり? だよね、その反応になるよね? ね?」




「………うそ、"命のともしび"、これ、蒐集竜さま、"竜の巫女"の、命の火が」




「だ、よねー。ね、一応マリーくん、数えてみてくれない? ほら、私の目がこわれてるかもしれないし」




 その部屋、暖炉のすぐ隣にあるずっしりした木のチェスト。



 その上に広がるのは優しい火が灯る数十本のロウソクだ。


 円形に並べられたそのロウソクの中心、一際かがやく杯の上にシャンデリアのごとく揃えられた金色のロウソクがたっている。




 マリーと呼ばれた鉄面皮の女性がずりさがった眼鏡を直しながら細く白い指で、ゆっくりそれを数え始める。





「いち、に、さん、……し、ご、ろく…… ろく…… ろく、しかありませんね」



「だ、よね…… ろく、しかないよね。7つ。ないとまずいよねー……」




「え、ええ、竜には7つの命がありますから…… え、うそ、これ、領主様、そういうことですか?」




「あー、吐きそうになってきたよ、うん。まあ、"副葬品"である"命のともしび"が嘘をつくことはないだろうから、ねえ」





 領主が、テーブルで淹れたての紅茶を音もなく啜る。



 ティーカップから上る王国から取り寄せたその高貴な香りを愉しみ、静かに皿にコップを戻してーー













「いや死んどるうううううううう!!?!! 帝国の守り竜! 上位生物の竜が死んどるううううううう!? 蒐集竜だよ?! 竜の巫女だよ!? 帝国有数のVIP中のVIP!! 7つの命のうち、1つが消えとるううううううう!? おんぎゃあああ!!」




 辺境伯、壊れる。赤ちゃんに戻る。




「これは……、にわかには信じられませんが、たしかに竜の巫女さまのともしびが1つ消えておりますね…… 今日は確か、"ヘレルの塔"に狩りに出かけておられたはずです」




「いやいやいや!! 例えね、あの人外魔境の地、ヘレルの塔だっていっても、竜よ!? 竜、竜竜竜竜!! 第二文明!! 天に輝く星々すらも支配した時代から生き残る上位種よ?! そう簡単に死ぬもんですか!! あのワガママ金ピカ竜が! あ、やべ、ワガママとか言っちゃった」





「領主様、落ち着いてください。今、竜大使館より送られて来ていた本日の巫女さまのご予定を確認しています。……ふむ、2級冒険者の徒党【ライカンズ】とのサイクロプスを標的にしてのハンティング…… 到底、巫女様が命を落とされる要素は見当たりませんが」




「塔級冒険者の生死を知らせるこのロウソク一本消えるだけでも帝都に報告せにゃならんのに!! 何で死んどるんじゃ! なんで死んどるんじゃ! なんで死んどるんじゃ!」





 白目を剥いた領主が、両手をシュッポシュッポと機関車のように動かしながら部屋を走り回り始めーー




「えい」





「きゅぷ」



 がしりと途中でギルドマスターに首をキュッっと、締め上げられた。



 彼女の方が遥かに身長が高いため、豚が屠殺人に絞められているように見えなくもない。





「落ち着かれましたか? 領主様」




「かふ、あ、けほ、う、うん。え? 今、喉を? ま、まあいいや、ああ、ありがとう、少しなんか落ち着いたよ」



 絨毯に崩れ落ちた領主が目をぱちくりしながら自分の喉を撫でる。



 え、我、貴族ぞ? ノブリスぞ? 辺境伯ぞ? え? 首を、絞められ……?



 真面目に抗議しようとしたが、メガネの奥からジロリと見つめてくるギルドマスターの目が怖かったので何も言わなかった。




「では、まず状況の整理と対策を。……今日のスケジュールは大幅に変更ですね、1級、いえ、"塔級冒険者"への蒐集竜様の探索依頼を正式にギルドから発行しましょう」




「今日は待機の塔級がいるのかい? ああ、ロウソクが消えたことは帝都の皇帝閣下も既にご存知だろうし、教会のあの銭ゲバ女教皇も掴んでるだろう。わあ、竜大使館への説明もいるし…… なんで、竜が死んどるんや」




「記録に残っている竜の死亡ではおよそ200年振りでしょうか? 大戦期に"魔術学院"が炎竜を一度殺しています。まあ、そのあと復活した炎竜に学院は焼き尽くされていますが」




「はあ、いっそ連中の命が1つだけならまだマシなんだが…… 不死寸前の生き物だからなあ。……マリーくん、各地方、そして帝都にはもう"竜祭"の届出を出しておこうか、竜大使館から言われるより先にこの都市として竜を盛大に迎えることを発表してた方が体裁がいいだろう」




「あら、領主様、いいお顔になられてきましたね。貴方様はやはり、追い詰められないと本気が出せないようで」






「まあ、やるしかないから…… んおおおおお?! やべえ! 竜の巫女様が亡くなったってことは、あのクソガ……じゃなかった非常にご聡明にあらされる、"姪御殿"へもお知らせしなければ……」





「ああ、皇帝閣下の。なんでも、また家庭教師をクビにしたらしいですね。齢7つにして"古代ニホン神国語"の学位を取得されている才女様ですから。帝国の未来は非常に明るいかと」





「あの知識マウントだけは勘弁してほしいけどね……

  もう叫び疲れたよ…… とほほのほ。なんで私の任期中にこんな厄介ごとが起きるんだ…… ま、まあ、こんなこと一度きりか! うん、もう大丈夫、これ以上のことはもう絶対起きない! 竜が死ぬより厄介なことなんてない!」



 領主が自分を鼓舞するごとく満面の笑みで頷く。



 ピコン、誰にも聞こえない旗の立つ音が世界のどこかで響いた。




「今、どこかで何かが立った音が…… あら、領主様、少しだけいいお知らせです」




 ギルドマスターが手に持っている千年樹のバインダーを覗きながら呟いた。



「そういうのはもっとちょうだい、で、なにさ」




「本日の地下待機冒険者の中に、"塔級冒険者"が1人、いらっしゃいました。ふふ、なんの因果でしょうね。死んだ竜を彼女に捜索しにいってもらうとは」





「え? 誰?」




 メガネがキラリ、反射して。





()()()()()()() ()()()



 その言葉に領主が固まる。



 200年前の大戦、それを終わらせた英雄()



 帝国と王国を除き、他の人類国家と魔の王と呼ばれる未知大陸の支配者を滅ぼした、世界の免疫システム。




 "勇者パーティ" その生き残りの1人。竜と同じくらいこの帝国、いや、王国にすら影響力のある人物。




「塔級冒険者、"ウェンフィルバーナ"様が現在、ギルド地下にて待機中です。いかがいたしますか?」






「う、うーん、厄介」




 ぎゅぎゅぎゅ、領主の膨れた腹が音を立てた。





 ……

 …



 帝国暦第3紀 28年 開花の月 12日。



 この日、帝国全土に衝撃が走る。



 伝書鷹の中で最速、最優、コンドミニアムがその日午前中には帝都にその知らせを報告。




 帝国と竜界の融和の象徴。




 竜の巫女、"蒐集竜"、その7つある生命のうち、1つの落命。




 その死の追悼と、約束された復活の祝いで200年振りに冒険都市のみならず、帝国全土での"竜祭り"の開催の具申。




 皇帝の判断により貴族院の会議を経ずに、この開催を決定。




 これにより帝国の経済は一気に加熱。帝都を中心に食料品や高級品の商人ギルドによる買い付けが加熱。




 物流の活発化により護衛の為の冒険者ギルドへの依頼が殺到。多くの冒険者の懐が潤う。




 その金は飲食店、そして色街へと流れ込み行き渡る。暗い場所を生業とする存在たちにもまた竜の死と復活の恩恵は生き届く。




 帝国。



 未知大陸を除き、別大陸の王国を除けばたった1つの亜人を含む人類種国家。




 歴史において帝国の激動の時代の始まりはいつも、その街、冒険都市から始まるものだった。




 今回も、それは例外ではない。





 この日、ギルドより地下待機していた"塔級冒険者"。




 元勇者パーティ、射手。ウェンフィルバーナへと指定依頼が発行。



 ウェンフィルバーナはこれを快諾。その日のうちにヘレルの塔へと出発し、すぐに壊滅状態の2級徒党、【ライカンズ】の生き残りと接触。




 とある"冒険奴隷(カナリア)"2人を逃したことをきっかけに起きた騒ぎ。それに引き寄せられたヘレルの塔原生のモンスターの襲撃を受け同徒党は壊滅。




 ウェンフィルバーナは生き残りをギルドへ送還したのち再び、塔の探索を開始。




 第一階層下に新たに見つかった光る滝壺付近にて復活直後の"蒐集竜"を発見。




 黄泉がえりを果たした竜は非常に凶暴になっている故、戦闘の危険もあったが蒐集竜は恐ろしいほどにおとなしかったという。




 ウェンフィルバーナが"蒐集竜"とともにギルドへ帰還。




 そして、その後、蘇ったその竜。



 帝国において"竜の巫女"と崇められる蒐集竜の言葉は大陸を大きく揺らすことになる。







「オレを殺した奴隷を探し出せ」



「人間の黒髪の奴隷だ。出来ぬのなら竜界は今後、帝国との縁を切る。だが、その奴隷を探し、オレの元へ連れてきたのならば竜界と帝国の盟約は永遠のものとなり、更に我が蒐集品、その全てをくれてやっても構わん」





 蒐集竜自らの言葉での明かされた衝撃の事実。




 つまり、奴隷が竜を殺したのだ。




 この言葉によって冒険都市では辺境伯の抜け毛が通常の1000倍に増え、帝都では皇帝が紅茶を天井にまで吹き出したという。






 "蒐集竜"の下知により、冒険者界隈の経済は活発化。




 ヘレルの塔への常の挑戦を認められている塔級冒険者はもちろん、1級冒険者や2級冒険者も我先にとギルドへ塔への挑戦申請を提出。



 ギルドはその処理に追われるも、竜協定に基づき、特例的にほぼ全ての2級以上の冒険者にヘレルの塔への登頂を許可。




 多くの冒険者が塔に挑むための武具を買い揃えることにより、鍛冶屋も大繁盛。




 鍛冶屋が忙しければ鉱山所有者もホクホク。



 そして多くの冒険者が実力不足のまま、魔境である塔へ挑む為にたくさん死ぬ。



 祈りやら葬儀やらで教会もホックホック。銭ゲバ女教皇の内陣室からはしばらく笑い声が止まらなかったとか。




 まさに、竜が死ねば全てが儲かる、と言った様子で帝国、その巨大な1つの生物が蠢き始めていた。





 しかし、肝心かなめのその"黒髪の奴隷"は未だ、見つからず。




 竜に挑むことを誉とし、それに打ち勝つことで竜の番にならんとする名誉ある"教会騎士"たちは総力を上げて帝国中を探し回るも見つからず。



 若い教会騎士の何人かは無謀にも、奴隷に殺される程度の竜ならば自分にだってと勇足に駆られるものもいた。



 もちろん、皆、もうこの世にいない。消し炭か、生首か。蒐集竜のその日の機嫌次第でミディアムかレアかを選ばされていた。




 また、似たような奴隷を用意して竜を騙そうとした冒険者は皆一様に、消し炭にされ、それに恐れた生半可な冒険者は次第に塔への挑戦をやめていた。




 竜祭りの準備が進めば進むほど、経済だけが加熱、膨張を続けていく中。




 あっという間に、蒐集竜の死と復活から1ヶ月が経とうとしていた。

















 ………

 ……

 …



 〜そして時は、遡り。ある黒髪の奴隷が蒐集竜を殺した直後のこと〜




「よーし、ぶっ殺した。あー、いい満足感だ。さて、トカゲさん、ラザールも多分逃がせたことだし。こっからどうすっかな」




 背伸びしながらあくびをする遠山。



 するとまだ矢印がフヨフヨしていることに気づく。




「ん?」




 ↓はキリヤイバが殺し尽くした生命の抜け殻を指していた。





【死骸を漁る】




「おっ、そういうのもあるのか。いいね」




 キリヤイバの力すら通さないその鎧。そして恐らく予備を持っているだろう帰還手段。



 ああ、そうだとも。探索者の勝利の後には報酬が必要なのだ。




 遠山鳴人が血の池に沈む"戦利品"へとゆっくり、足を伸ばしていった。






<苦しいです、評価してください> デモンズ感



次は21時過ぎ更新予定!


よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 竜にとって得ては行けないものを獲得したわけか、ソウルかな
[良い点] 領主様がいいね。 その奇抜さが読者全てから愛されると言っても過言ではない筈、領主様に対しての感想で感想欄が埋め尽くされている筈… [気になる点] そんな馬鹿な… 感想欄で領主様に触れている…
[良い点] 楽しいなあ♬︎♬︎♬︎«٩(*´ ꒳ `*)۶» 楽しいなあ♬︎♬︎♬︎«٩(*´ ꒳ `*)۶» 雰囲気が洋ゲーライクの全くもって容赦なし ( ´ゝ`)無し!! な感じが、た…
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