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56話 言葉に気をつけなさい、それはいつも竜に聞かれているから




ヒロイン回です。

 


 ………

 ……

 …


 〜少し前、遠山がウキウキで色街に向かっている頃。


 竜大使館にて〜




「すぷぷ、おやおや、蒐集竜。君ぃ、なかなか面白い趣味してるねえい。しばらく見ないうちにまあ、また丸くなっておいでで」





「………貴様、よほどオレの焔に焼かれたいようだな」




 広い部屋。オーケストラがそのまま入っても不足はない部屋というにはあまりにも広大な空間。




 独特な笑い声が、愉快げに響く。




 蒐集竜の寝室、人知竜が化粧台に腰掛けて微笑む。蒐集竜がその様子を見て、青い瞳を細く、細く。





「いやいやいやいや、今のキミでは私を焼くことは無理だろうねえい。せめてあの忌々しい炎竜の三分の一、いや、五分の1の熱がなければねえい……」





「ふかか、ロートルは過去の事しか自慢するものがなくて困るな。……老竜、それを今すぐ、閉じろ。そして、それを今すぐ返せ」




 それ。アリスが指さしたそれは人知竜が親指と人差し指で挟むように持っている一冊のノートだ。



 1級モンスター、"エスキモカリブー"と呼ばれる大型の鹿の化け物。それの老成した個体から剥いだ皮をなめして作られた装丁を人知竜が撫でる。





 ぺらり。そのまま人知竜が、アリスの言葉を無視してノートを開いた。





「すぷぷ、何々、"あやつともっと仲良くなりたい、奴のことをもっと理解したい。だがオレは竜で、奴はヒトだ。同じ存在ではない。だからこそ、奴を理解するのには努力が必要だ。このオレが、努力。うむ、悪くない。なので、ヒトが己を顧みるために綴るというーー」





「やめろお!! オレの"日記"を読むな!! この痴れ者が!!」




 アリスの大声が響く。少し涙声混じりのそれは怒りか、それとも羞恥か。竜が、羞恥。それは本来であればありえない感情ではあった。





「すーぷぷ! いやいやいやいやいや! 蒐集竜、アーリスウウウ!! キミ、ほんと面白くなってるじゃあないかい! 日記?! 日記だって!? 竜が日記?! いやー、やられた、やられたものだよ全く!」




「う、うううう、返せ! 貴様、おとなげないとは思わんのか?! お祖父様や、お婆さまと同じ古き竜のくせになんなんのだ、ほんとに!」




「私は探究者だからねえい、気になるものは気になるのさ、あははは! キミもまあ、可愛くなっちゃってほんと」




 迸る金色の焔、空気を焼く。




 ひょいひょいっと振るわれる人知竜の人差し指、金色の焔がその指の動きに合わせて蒸気に変わってゆく。




 金色の焔は銀色には届かない。





「き、さま…… 気に入らぬ、そもそもなんのだ! ナルヒトの前と今とでは立居振る舞いから一人称まで違うではないか!」





「すぷぷぷ、あれは彼の性癖さ。キミと同じだよ、私も彼を理解したい、彼に近づきたい。彼に選んで欲しい。となるとだね、彼の好みに合わせるのは至極当然の戦略だろう?」




 竜と竜。アリスが怒鳴る。しかし、銀髪の美竜、人知竜はどこ吹く風。




 ぷひーっとため息をつきながら、己のお気に入りの為に色を変えた白銀色の髪を指で梳いてゆく。




 まるで流れゆく水に指を差した如くゆらめく銀の髪。下位の生物であれば目にしただけで魅了されてしまう所作。




「……老竜、貴様、なぜナルヒトにこだわる? 貴様が人を好んでおるのは知っている、だが、なぜ今更に1人にこだわり始めた?」




 しかし、アリスにはなんの影響も及ぼさない。太陽は月に嫉妬はしないし、見惚れることもない。




「ふうん?」



 人知竜が、アリスの問いにわざとらしく首をかしげた。



「ふうんではないわ、誤魔化すなよ、貴様にとってヒトはオモチャだったはず。愛でることはあっても、求めることはなかった。それがここ最近、どういうことだ?」




「へえ…… 幼竜、アリスちゃん、キミ、ほんの少しだけど成長したかい? 疑問を持って、それを問いかけることを覚えたわけだ。ナルヒトくんもなかなかどうして……」





「今、ナルヒトは関係ない。これはオレの疑問だ」



 ぴしゃりと言い放つ金髪の美竜。深い蒼の瞳はしっかりと見開かれ、黄金比の肉体で姿勢良く立つ。



 暴力的と言ってもいい美しさが凛と言葉を言い切った。




「すぷぷ、関係ないわけないと思うけどねえい。……ほら、返すよ、勝手に覗いて悪かったさ。まあ、また気が向いたら読むけどねえい」





「……悪趣味な奴め。悪かったという者の顔かよ。それで、どうなのだ」




「どう、とは?」




「はぐらかすな、陰険な女め。貴様がナルヒトにこだわる理由を教えろ。拒否権はないぞ」




「おやおや、私たち竜の間で権利の話をするのかい? 竜の権利を奪えるのは竜を下した者のみ、すぷぷ、君に負けた覚えはないけどねえい」




「いや貴様、普通に居候の分際で何を言うておる。追い出すぞ」





「………言われてみれば私、かなり馴染んでるね、ここに」




「いや馴染んではおらん。ベルナルやファランや他の者がそれとなく追い出そうとして色々嫌がらせを貴様にしておるが、貴様が全く気にしておらんだけだ」




 アリスがしらっーとした目でしたり顔の人知竜を眺める。




 メイド達がそれとなく人知竜を追い出そうと、寝室にナイフを意味深に置いたり、勝手に占拠している来賓室のイスを全て逆さまにしたりの嫌がらせも、しかしアイ・ケルブレム・ドクトゥステイルにはまるで効いていなかった。





「よよよ、冷たい、冷たいねえ、私からすれば友人の孫娘であるキミと朗らかに交流しているつもりなだけなのだけれど」





「孫娘からしたら祖父の友人と居候など普通に居心地悪いわ。全知の竜よ、家主命令だ。貴様がオレの竜殺しにこだわる理由を教えよ」





「すぷぷ、傲慢な家主だこと。おっと、アリス。私の名前は全知竜ではない、人知竜だ。間違えないように」




「………それも、ナルヒトが関係しておるのか」




 なんの前触れもなく、己の名前を変えた古い竜に新しい竜が言葉を向ける。



 誤魔化すことは許さない、アリスの視線に人知竜が目を細めてため息をついた。




「……ああ、してるとも。家主殿。すぷぷ、全てを話す気はないが、まあそうだねえい。1つ言うとするのであれば……」




 長い指を、ぴんと人知竜が立てる。




 黒いロングのスカートに、同じ夜の色をしたベスト。



 銀色の髪が彼女の服に垂れて、夜に浮かぶ星の光のように煌めいた。





「彼がキミだけの"竜殺し"であるとは限らない、かな」





「………冗談のつもりか? だとしたら貴様にユーモアのセンスはないな」




 空気が、冷えていく。この空間に竜以外の生き物がいなくて良かった。さもなければその圧力を増す空気に耐えきれず死んでいたかもしれない。




「なに、冗談でもないさ。竜と竜殺しは深く結びつく。この世にこれほど強い因縁はないだろう。殺せないはずの存在を殺す存在、法則を乗り越える異物、ああ、竜はみんな面白いものが好きだろう?」





「何が言いたい?」




「彼がキミの"退屈"を殺したように、彼は私の"絶望"を殺したのさ。アリス、この際だ。ちょうどいい、はっきり言っておくけども」




 人知竜はアリスに背を向けて化粧台に座ったまま、鏡越しに微笑む。




「彼は、私のだよ」




 それは竜の微笑み。同族であるアリスすら背筋に僅かな怖気を走らせる古い竜の歪んだ欲望。




 ヒトを己のモノと定義する傲慢、しかして竜には許される超越者としての言葉。



 支配する、痛めつける、試す、闘う、苦しめる。



 人が寝て食って犯すのと同じ、本能として竜にはそんな機能が備わっているーー










「黙れ、奴は誰のものでもない。誰かの所有物ではない」




 だが、彼女。ドラ子、アリス・ドラル・フレアテイル。




 彼女だけはその言葉を認めない。




 遠山鳴人の存在を尊ぶ彼女、その在り方を認めて、理解を深めていく方法を選んだアリスはその意見を決して認めない。




 彼は誰のモノでもない、自分のモノでもない、だからこそ尊く、だからこそーー





「……すぷぷ。ほんとに、大きくなったねえい。蒐集の竜が、己の竜殺しを己が蒐集物にはしないと?」





「素人はこれだから困るものだ。モノにはそれに相応しい尊び方がある。あれはオレの手元に置いていてもその価値を十全に発揮はしない」




 アリスは目を瞑る。



「あれは自由だからこそ、あれは追い求めるからこそ、そう、あれはーー」




 目を瞑れば容易に思い出せる、彼の姿、彼の言葉、彼の眼。




 それはアリスから見た竜殺しのありのままの姿。



 何一つ思い通りにならぬ、生意気で、不思議で、ずっと見ていた必ず面白い存在。





「ーーオレのモノではないが故に、美しいのだ」





 静かに、蒐集の竜は言葉を紡ぐ。



 蒼い瞳が、優しい色を灯していた。夢を、見守るような。




「……なんか、悔しいな。キミの方が彼に近いようだね、まだ」




 化粧台イスの背もたれに深く体を預けて、人知竜がため息混じり。




「フン、オレは奴の友人だからな。おや? おやおやおやおやおや? 人知の竜、そういえば貴様は奴のなんなのだ? ンー? オレの知るところによれば、ナルヒトは貴様のことを不気味な存在だと感じているはずだぞ?」




「へえ、言うじゃあないかい。でもお、キミぃ、すぷぷ、知らないだねえい…… 友人枠に収まることが何を意味するかを」




「なんだと?」




 きょとんと、アリスが言葉を止める。人知竜が目をニヨニヨと細めて、幼い竜を見つめた。





「ああ、幼き哀れな竜よ。キミは彼とどうなりたいんだい? いや、いい。答えなくていい。そのままどうぞ、友人で満足してくれていると助かるよ」




「な、なんだ、なんなのだ、貴様、その余裕は…… お、オレは奴の友達で」




「私は別に彼の友人になりたいわけじゃないんだ」




「な、んだと……」




 アリスが今度は言い淀む。己の感性から外れた言葉、なぜだ、此奴もナルヒトを気に入っているはず、なのに友人になりたくないとはどういうことなのだ。




 気に入った人間に対してのアプローチ=友人という図式しかないアリスにとって、人知竜の言葉は理解が及ばぬものだった。





「私はね、彼に私を見てほしい、彼に私だけに囁いてほしい、彼に私だけに彼の人生を教えて欲しいんだ。それは友人という関係ではない、もっと違う形を私は求めているんだよ」




 人知竜は知っている。己の感情の名前を。



 闇よりも深く、炎よりも熱く、病よりも厄介なソレの名前を。




 己の脳と心臓を狂わせ、喉を焦がすその感情の正体を。






「キミは、どうだい? アリス・ドラル・フレアテイル。キミはキミの竜殺しに何を求めるのかな?」




 人知竜は知っている、アリスが知らないヒトの心の名前を。




「………貴様には言いたくない」




「おや、すぷぷ。振られてしまったねぇい。まあ、なんだ」




 コホン、人知竜が咳払い、背もたれにだらりと体を預けて首を後ろに弓なりに逸らしてアリスを見た。





「アリス、キミには負けないよ。それだけは言っておくから」




「フン、……なんの勝負かは知らぬ。だが、奴の在り方を、奴の歩みの邪魔をするのなら、その時は必ず貴様を焼き滅ぼす」




「すぷぷ、ああ、キミ、本当に変わった。いや、冒されたのか。彼はキミにとってどんな存在なのかな」





「決まっておる、奴はオレの竜殺しで、友人だ」




 アリスは知っている、ヒトと仲良くなるためには友人になる必要があることを。




 アリスは知らない、自分の本当の心の意味を。今はまだ。




「頑なだねえい、キミも。まあ、いいさ。そうやって友情ルートを進んでくれてた方が私も助かるというものだよ、すぷぷ。さて、どうやってトオヤマくんを遊びに誘おうかなあ。やっぱりサウナかな。ふむ…… ダイミョウの残した文献が確か学院に残っていたような……」




「ふか」




 人知竜がモゴモゴ呟き始めたと同時、アリスがニンマリと唇を歪めた。



 凶暴な表情、しかしそれは笑みであった。





「……なんだい、蒐集竜。そのいやらしい笑い方は。嫌な竜の顔だよ。相手よりも自分が上だと確信した傲慢な微笑み。……キミの祖父そっくりだねえい、忌々しい」




「ふかか、いや、なに。なんだ。今、オレは気分が良い」




「なんだってぇ?」




「いや、なに、やはりオレもつくづく竜だな、竜という生き物の本能を思い知らされる。競い、勝利し、見下す。我ら竜に備わる闘争の本能。それも同じ竜に対するモノは格別よのう」




「その遠回しな言い方はあの子そっくりだねえい、水竜を思い出すなあ。……何が言いたい、小娘」




「ふ、か、か。これを見よ」




 にまにましながら、アリスが人知竜に近づき懐から大事そうに羊皮紙を取り出した。




 製紙技術が進んでいる帝国において、羊皮紙は格別の贅沢品とされている。




 怪訝な表情の人知竜は突きつけられた羊皮紙を眺めた。




「うん? 紙? 保存蝋で固められてる…… おや、"第一文明語"……なになに、 "私、遠山鳴人は、この度の"工房"とのスマホ奪還交渉に於いて貴殿の協力に感謝の意を表します。したがって契約に従い、私、遠山鳴人は、貴殿、アリス・ドラル・フレアテイル様をご希望の日に友人としてお食事、もしくはそれを含めた冒険都市近郊での交遊に必ず可及的速やかにお誘いすることを誓います。また貴殿との約束の日までは身を清めることとして、他の存在、特に雌とは交わらないことを固く誓いーー




 こ、れは」





 人知竜が、くわっと目を見開く。



 ふぴーっと、蒐集竜が得意げに鼻息を長く。



「ふかか、そういうことだ。ンッンー、ああ、悪いなあ。鳴人と遊ぶのは貴様ではない、このオレだ。既に、奴の予定は友人たるこのオレと遊ぶことで埋まっておる、ふかか、んん? なんだったかなあ? 遊びへの誘い方を考えるぅ? ふかか! よいよい、せいぜいそのご自慢の頭脳で考えると良いさ」



 くるり、くるくる。人知竜の周りを舞うように歩き回るアリス。部屋着であるシンプルなワンピースのスカートが華が咲くようにふわりと広がる。





「ああ、気分が良いのう! あの古き竜、全知、いや、人知竜が欲するものをオレは既に持っておるのだから。ふかか、ナルヒトの初めての相手は貴様ではない、このオレだぁ!」




 指を突き出し、竜的ドヤ顔をかますアリス。喜色満面、精神年齢思春期前のアリスらしい顔だった。




「ぐ、ぐぐぐ…… くそう…… 何も言い返せない…… なんで今回キミそんなにナルヒト君に好意を持つのが早いんだい……」





 人知竜のぼそりとした呟き、本気で悔しそうにその美貌が歪んでいて。




「こう、い?」



 だが、その一言がアリスに突き刺さった。ぴたりと、喜びと勝利の舞が止まった。





「え、なにその反応。……まさか、キミ、自分の感情に気づいてないのかい?」




「好意……? この、オレが? これは、好意……? ナルヒトに」




 目を、ぱちくり、ぱぱぱぱちくり。



 何度も何度も忙しなく。



「うわあ、キミ、ほんと色々歪だねえい…… 理解したい、近づきたい、側にいたい。性別関係なく他者に対して抱くその感情の名前が好意でなければなんなんだい。鉄竜と花竜め、どれだけ箱入りで育てたんだか」




「う、あ……オレ、オレは…… 違う、オレはナルヒトを、ただ……」




「友人とか歩み寄るとか、まあ表現やアプローチはキミの自由さ。ただ、まあ、同じ雄を気に入った竜同士、"敵に塩を送る"という奴で言えば、目的だけは誤魔化さない方がいいよ、蒐集竜。年上からのアドバイスさ」




「オレが、好意…… ナルヒトに、好意…… で、では、この気持ちは…… いや、あり得ぬ、オレは、竜で、あやつはヒトなのに、好意……」




 人知竜からの言葉を無視して、完全に呆けているアリス。宇宙ドラゴン。




「おーい、アリス? アリスちゃーん。……すぷぷ。ダメだねえい、こりゃ。完全に自分の世界に入っちゃってまあ……」




 人知竜がため息をついて、化粧台に座り直す。まさか、あの蒐集竜のこんな一面を見ることになろうとは。込み上げる笑みを抑えた。





「さてと、そんな子は置いといて。日課のトオヤマナルヒト鑑賞でもするかあ。……人知竜魔術式、仮説提唱開始、"水眼鏡" 世界構成への侵食完了、っと」




 紡がれるは、魔術式。



 世界を侵す誤魔化しの技術。世界の法則に自分の構成した先を混ぜ込み、法則を狂わすヒトと竜の見出した抜け道。





「む、貴様、何を」




「いや何、ライフワーク、趣味さ。朝、昼、夕方。1日最低3回は彼の顔を見ないと落ち着かないものでねえい。さてさて今回は何をしてるやら。この前は少し見過ごしただけでドワーフどもと一悶着起こしたり、密造酒作ろうとしてカラスの連中と揉めたりなんだり。彼は何をやらかすかわからないからねえい……」





「なぜオレの部屋でやるのだ…… と、というか、それ」




「すぷぷ。水眼鏡、私が作った新しい式さ。便利だろ? キミの部屋でやるのはむしろ親切だよ、彼はあまり筆まめな方じゃないだろ? 気にならないかい? キミといない時、彼が、トオヤマナルヒトが何をして、何を考えて、何を話しているのか、さ」




 ふわり、ふわり。何もない空間に水の泡が現れた。かと思えば急にそれは広がり、薄く平べったく変わっていく。




 あっという間に、部屋に水で出来た皮膜、鏡が出来上がって。




「……これは友人として、友が危ない目に遭っていないかどうかを確認したいという気持ちだ。よい、……許す。代わりにオレにもナルヒトの様子を見せるといい」




「すぷぷ、はいはい、"水眼鏡"を確認してっと。さてさて、我らの竜殺し殿はいい子にしてるかなあ?」






 《だからーー俺に、いい考えがあるぜ。ラザール、ストル》




 ふわり。空中に薄く皮膜のごとく拡がる水が遠見の眼鏡となる。



 現代におけるテレビのように、式により張り出された空中に浮く水面。それに遠山鳴人の姿が映された。



「む…… ナルヒトだ」




「相変わらず悪い笑い方だねえい、まあ、そこが可愛いんだけど」




 2人の美竜の言葉は違えど、表情は同じ。嬉しそうに各々の竜殺しを見つめて。





 ちょうど、時刻は昼下がり。





 《あの女を見つけ出す、今やるべきはそれだ》



 《そんなにあの女が必要なのか? ナルヒト》




 《ああ、必要だ。俺にはもうそれしか方法が思いつかん。あの女以外に考えられねえ》






「ふか?」




「すぷ?」




 だが、それも一瞬。



 この世はいつも間が悪い。




 2人の美竜は、遠山鳴人にとって最悪のタイミングで彼を観てしまった。




 2人の美竜は知らない、遠山鳴人は己の悪だくみの為に色街に向かおうとしていることを。




 2人の美竜は知らない、その女が天使教会の主教であること。






 水眼鏡の向こうの遠山も知らない。自分が狩る側だと思い込んでいる男は、今まさに自分が死刑台に向かって、ホップステップーー






 《さあて、色街に突撃だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 ジャンプしてしまったことを。





「色街に突撃? あの女以外に考えられない?」




「欲望のままに、ヤリたいことをヤりにいく?」




 竜が、遠山の言葉を無表情で復唱していく。



 いつもの決め台詞が今回に限っては最悪の働きをかましてしまったことを。



 嗚呼、遠山鳴人は何も、知らないのだ。









「「は?」」





 都合悪く都合の良いところだけ聴こえてしまった。




 2人の美竜から表情が漂白される。




 蒐集の竜は、蝋で固められた約束状、()()()()()()()()()()()()()()それをぎゅっと握りしめ。




 人知の竜は、ぱちりと指を鳴らし水眼鏡をかき消す。





 ただ、無言。だが広がる竜の威圧。そしてどちらからともなく。





「アリス・ドラル・フレアテイル」




「アイ・ケルブレム・ドクトゥステイル」





 互いに同時、名を呼ぶ。その視線は交差せずとも2人が見ているものは同じだ。




「少し、出かけてくるねえい」



「オレもだ。出かける」




「……行き先は?」




「色街だ」




「奇遇だねえい…… 」




 蒼眼、瞳孔縦に裂ける。ゆらめく金色の煌めきが虹彩を泳ぐ。



 暗眼、瞳孔、縦に裂ける。暗い瞳の中、もはやその激情は抑えきれない。




 誰も、笑っていなかった。





「いくよ」



「いくぞ」




 そういうことに、なった。



 なっちゃった。













読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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― 新着の感想 ―
[一言] もう、ダメかもしれんね
[気になる点] みんな主教さん忘れてそう
[一言] 人知竜が日に三度と言わず四六時中鳴人を見てれば防げた悲劇。
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