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54話 夜の街へ繰り出そう!

 


 冒険都市、アガトラ。



 帝国において首都である帝都に並ぶ規模の人口と、経済力を誇る南部領の要所。




 冒険者ギルドをはじめとする帝国の産業においても重要な都市。




 人が多く、多くの金が生まれ、それ以上に消費されていく大都市。ならば、人の街である以上そこには数々の欲望が蠢く。





「こちらファイア1、目標を視認した。各分隊、状況報告せよ」




「こちらファイア3、同じく目標を視認ディス、髪の毛の色やメイクをしているが間違いなく目標ディス、歩き方や所作の癖まではごまかせていませんディスね。私は賢いのでわかるのディス」




「……こちらファイア2…… なあ、ナルヒト。今俺たちは何をやっているんだ?」




 夜の欲望蠢くその地区の名前は、"色街(カラータウン)。夜を膿ませるような熱と、男と女の愛と欺瞞と金が渦巻く一大歓楽街。




 扇情的な姿の女性、鼻の下伸ばした酔っ払い、いかめしい用心棒がひしめくその街に影が蠢いていた。



 街を照らすカンテラや、たいまつも、その影を照らすことは出来ない。





「おい、ラザール、作戦行動中はコールサインを使え」




「トオヤマ、あなたもディス。ラザールは今ラザールではなくファイア2ディスよ」





「おっと、悪いストル、じゃないファイア3」





「いやもうお前らも徹しきれてないじゃないか」




 その影は悪事を包み込む。遠山とその一味はある人物の尾行のため、日が落ちると同時に、色街に繰り出していた。




 ラザールの眷属スキル、"影の導き" によりその身を影に紛れさせている3人は、どこかウキウキとした足取りで街をゆく1人の女を尾ける。




 堂々と色街のメイン通りを歩く3人はしかし、誰にも認識されていない。めざとい客引きや、呼び込みも遠山達の存在を知ることはできない。




 もちろん、変装してお忍びでルンルン気分の女も彼らに気づくことはない。かわいそうに。





「んだよ。ラザール、ノリ悪いな。かっこよくないか? コールサイン」




「私はなかなかにこの、ロールスライス? 気に入りましたディス」




「コールサインな、うーん、覚える気がないのかな?」




 尾行しているとは思えない緊張感のなさ。しかし、いくら無駄話を繰り返そうとも、その影は彼らを包み隠す。




 悪事の眷属に愛されたトカゲ男の意のままに彼の友人達を影は覆い隠すのだ。




「いや、そもそもなんで俺たちはこの時間にこんな街で尾行なぞしてるんだ」




 ラザールがため息つきながら、ぼやいた。どこか色街の様子に疲れているようにも見える。




「忘れたのか? パン屋の開業のためだ。俺たちがこの街で真っ当にそして素早く商売を始めるのには竜祭への参加が条件だ、ここまではいいな」



「ああ」



「はいディス」




 遠山の言葉に2人が頷く。



 ゆらゆら揺れるカンテラて作られた街灯の下、男を誘う女の香水の香りが鼻につく。





「んで、間が悪いことに竜祭への出店参加はもう締め切りが終わってる。普通に参加するにはちと遅すぎたわけだ。俺たちは普通とは違う特別な参加方法を取る必要がある。OK?」




「ああ」




「ディスディスのディス」




 昼間にドロモラ商会から得た情報を基に、日が落ちると同時に遠山達は活動を開始していた。



 パン屋開業のための、竜祭への参加の権利を手に入れるため、遠山はすでに悪巧みを計画し終えていた。




「特別な方法=この街の権力者の力を借りて参加者としてねじ込んでもらうこと。ラザール君、ここまで言えばわかるわね」





「いや、まるでわからん」




 ラザールに向けて指を指す遠山、しかしにべもなくラザールが首を振る。





「なんでトオヤマ、急に女の人の喋り方になりやがるディス?」




「まあ、つまりだな。俺たちは今からあの銭ゲバ女の弱みを握り、それをネタにして竜祭への参加権を手に入れる必要があるわけだ。はい、論破」




 ストルの純粋なツッコミを無視して遠山が少し早口に計画を口にする。その計画はシンプルかつ、ゲスい計画だった。




「いや何も論破できていないぞ。俺にいい考えがあるとか言ってたからここまでついてきたが、そもそもなぜ彼女の弱みを握る必要があるんだ、ナルヒト」




 ラザールが至極当然な疑問を口にする。その問いに遠山は少し言葉を考えながら口を開いた。




「ラザール、よく考えてみろ。あの女と俺らは確かに敵対はしていない。だが残念ながら仲良しこよしでもないんだ。この前の騎士団とのあれこれであの女には借りがある。これ以上アイツに借りを作るのは避けたい」




「……待て、ナルヒト。俺はどうしてもそこがつながらない。ただでさえ借りがある人間の弱みを握るのはその、人道的にどうなんだ?」





「んー、まあ人道を言われるとぐうの音も出なくなるんだがよ。あの女はやり手だ。残念ながら正攻法じゃ取引出来る気がしない。借りを増やすだけになっちまう、ここまではいいか? ラザール」





「む、ま、まあ言いたいことはわかる。あまり借りを作らない方がいい人種というのも納得はできるのだが……」




「だろ? あの女に必要以上借りは作りたくねえ。だけどあの女の協力が必要だ。うーん、どうしようか? 俺はそこで考えた。でもどうしたらいいかわからない、そこで、逆だ。逆に考えてみた。借りを作る以外の方法をな。そして、思いついた」




 逆に考えるという思考は大切だ。あげちゃってもいいんだ。人生とはそういうものだ。







 遠山は色街の雰囲気に酔いつつ、ニヤリと笑い、





「そうだ、借りを増やすんじゃなく、銭ゲバの弱みを握ってそれをネタに脅して協力させたらいいや、と」





 本人は精一杯にさわやかに言ったつもりで言葉を放つ。




 ラザールは無言で眉間を抑えて、ストルは丸い目をぱちぱち閉じたり開いたりした。




「おおう、さすがはトオヤマ。血も涙もないゲスディス。教会の命令じゃなければ、騎士団の粛清対象ディスね」




 早くも慣れてきたらしいストルが冗談だか本気だかわからないことをいう。




 遠山は割と倫理観や常識が壊れているので、第一の騎士の正義スイッチギリギリのところをかすめていることを自覚しつつ、それでも淀みなく話し続けた。





「だがストル、今回脅す相手はあの主教だ。見たくないか? お前ら騎士団の目の上のたんこぶの女が慌てふためく姿をよ」




「……ディス」




 遠山の言葉にストルが口をつぐんだ。遠山がまた、にいいっと、年下の少女に向けてはいけない微笑みを口に浮かべる。




「今更いい子ぶっても遅いぜえー、ストルちゃんよー。そもそもあの銭ゲバ女が、側近の聖女に隠れて夜遊びしてるっつー噂もお前が教えてくれたんだ。自分に正直になれよ」




 絡む遠山。



 そう、そもそも遠山の作戦は銭ゲバ女、主教カノサ・テイエル・フイルドの弱みやスキャンダルに目星がなければどうしようもない作戦だ。




 そこを、彼女がクリアしてくれたのだ。主教派と敵対していた騎士団のメンバー、ストルはその"弱み"の目星を知っていた。





「む。むむむ、でも、本当にあの主教様がこんな場所にお忍びで来ているとは思いませんでしたディス。騎士団の間諜の調べで報告は上がっていましたが、誰もまともに取り合いませんでした。あの主教がそんなはずはない、と」





「よっぽど素敵な面の皮をお持ちあそばせておられるわけだ。その夜遊び風景をばっちり抑えて、お願い事を聞いてもらうのが今回の目的な」





 ストルから得た主教のスキャンダルのタレコミを元に遠山は悪だくみの絵を描いた。




 古今東西、民衆は権力者に対して潔癖だ。それをあの主教は理解している、ならばこのYOASOBIは確実に奴にとっての弱みとなりえる。




 わざわざ入念に変装までしていることからそれは明白だ。





「……願いを叶えるために努力せよ、か。今宵ばかりは天使教会の教えを都合よく解釈させてもらおう。ナルヒト、ストル。周囲に俺たちと同じように潜んでいる連中が何名かいる。主教殿を囲む…… この動きは護衛だな」




 自分の中で納得が終わったらしいラザールが、歩きながら、メイン通りに並び立つ建物をいくつか指さす。



 どうやら、自分達以外にも身を潜めている連中がいるようだ。





「お、ラザール、やる気出てきたな」




「ふん、お前とつるむようになってこの方どんどん悪徳を積んでいる気がするが、まあ、嫌いじゃないよ。だがナルヒト、彼女の弱み、つまりは身分を隠して夜遊びしているところの現場だが、どういう風に抑えるつもりだ?」





「おん?」





「正直、この街、いや、帝国に彼女の名前は知れ渡っている。金に汚いというイメージすらあくまで彼女の反対派が流している風説程度にしか浸透していない。基本的に帝国民の多数は主教、カノサ・テイエル・フイルドは清廉潔白な人物と思っているんだぞ」




「うん」




「いや、うんじゃなくてだな。いくら俺たちが彼女がこの色街で豪遊するところを確認しても、しらばっくられたらもうそれで終わりだ。どう考えても信用や発言力は彼女の方が高い」




 ラザールの問いは正しい。たしかにその通りだ。主教と自分達の世間からの評価は比べ物にならない。



 人が重視するのは真実や言葉の真偽ではない、誰が何を言うか、これに尽きる。




 自分達が今の状況で、主教の夜遊びを周りに吹聴したところでそれを信じる者はいないだろう。あの女には痛くも痒くもないはずだ。




「お、おお! ラザールの言う通りディス! わたし、私もそれを言おうと思っていましたのディス! 騎士団でも結局、そういう結論になっていましたディスよ」




 この世界ではやはり立場が全てだ。弱い者が強い者を脅かすことが非常に難しい。




 ()()()()()()





「はははは、なんだ、そんなことか。ヒヒヒヒ、久しぶりの現代技術無双の時間が来たな」





 だが、遠山のいた現代は違う。




 例え、生まれや立場が弱くても弱者が強者を追い詰めることは必ずしも夢物語ではない。




 技術、人の重ねた執念と妄執により生み出されたそれは弱者と強者のパワーバランスを捻じ曲げた。





 誰しもが発信者となれる、誰しもが情報を得ることが出来る、誰しもが誰かに影響を与えることが出来るようになる。




 本来、強者ゆえに許されていたはずのそれを、遠山のいた現代の世界ではまさしく誰しもが行えるようになっていた。




 それを可能たらしめる技術が生み出したアイテム、それはーー




「む?」




「ディス?」




「じゃじゃじゃーん! 探索者端末ー! 2028年の最新型、太陽光電池付きー!」




 ローブの懐から満面の笑みで遠山が取り出したのは、現代人にとっての必需品。




 薄く四角い小さな板。多機能通信端末、いわゆるスマホだ。探索者に支給されるそれは民間用のものと比べて非常に多くの機能が備わっている。





「それは…… たしか一昨日、()()()()()()()()()()()たナルヒトの私物か?」




 現代ダンジョンで死んだあの時から気づけばなくなっていた探索者端末は奇跡的に、塔内でとある冒険者により見つけられていた。




 ギルドやらオークションやら回り回って、最終的には"工房"と呼ばれるドワーフを中心とした組織の元に流れ着いていた遠山の端末は、ドラ子の協力やら工房と遠山の全力の取引の末、再び主人の元に戻っていたのだ。





「なんなんディスか? 小さな手鏡?」




「ふ、ふふふ。未開な非文明人どもよ。2028年の技術におののけ。ラザール、ほい、こっち向いて」




 純粋無垢な異世界人にウキウキで端末を見せつける遠山。



 通信技術のないこの世界においても、その端末には使える機能がいくつかある。




 遠山はその端末の小型カメラを向けて、画面をタップ。



「む?」




「ん、見てみ」



 差し出した画面には、しっかりとラザールの写真が記録されている。影の中でもはっきりと怪訝な表情のトカゲヅラが映っていた。




「……歯にかけて。ナルヒト、今度はどんなインチキを使ったんだ?」




 遠山のデタラメに変に慣れていたらしいラザールは驚くというよりもゲンナリした様子で答える。




「あ、私も見たいディス。……え、エエエエエエエ?! ら、ら、らららラザールが! ラザールの絵、が一瞬、え、す、すごいディス! いつのまに書いたんディスか?!」



 飛び上がって驚くのはストルだ。目を輝かせて遠山の端末を覗き込む。水色のアホ毛がぴこんぴこんと揺れていた。




「ストル、少し声を抑えてくれ。影の中とはいえ気付かれる可能性もあるんだ」




「むふふふふ、いやあ、いい反応だな。説明めんどいから省くけどこれはまあ、要は周囲の様子を一瞬で画として記録出来る機能でな。写真、っつー機能だ」




 それなりの反応に遠山は少しいい気分になりつつ、簡単にスマホの機能を説明する。




「しゃ、シャシン?」




「……聞いたことのない言葉だ。ナルヒト、お前は一体……」




「まあ、興味があるんならまた今度時間ある時に説明すんよ。要はこれで奴の夜遊び姿をぱしゃりと決めたらそれで作戦成功だ。言い逃れはできないだろ?」




 遠山の作戦は極めてシンプル、しかし、この世界の人間ではまだ行えない仕込みだ。




「スマホの写真を使ってのこの作戦、"オペレーション・ブンシュンキャノン"と名付けよう」




 ここに、この世界においてはじめてのパパラッチが誕生した。




 影を使っての隠密と、キリを用いての撹乱が可能な現代においても非常にタチの悪いパパラッチが。





「おおう…… なんという邪悪な顔ディスか。トオヤマ、あなたに持たせたらきっと花束でさえ何か悪どい使い道を思いつくのでしょうね」




「お前人のことディスる時だけ、IQ上がるよな。おっと、ファイアチーム、見ろ。奴が止まったぞ」




 おしゃべりに興じていると、目標である主教がある建物の前で立ち止まった。




 遠山は目を見張る。



 大きな屋敷だ。




 雑多な店が居並ぶ色街の中でその建物は異質そのもの。



 正面は大きな門、おまけにいかつい門番。周りは高い塀に囲まれている。にもかかわらずその敷地内に映える建物の存在感は損なわれない。




 ぼんやり照らされるカンテラの街灯がその建物を幻想的に仕立て上げている。熱に浮かされたようなその街の中においても、なおその店は際立っていた。



 昔、教科書で読んだことのある社交場、"鹿鳴館"に似ているような。





「御目当ての場所に着いたようだな。どうする、ナルヒト。店に忍び込むか? それともまともに入店するか?」





「理想を言えば忍びこみたいが、ラザール、お前の影、あとどれくらい維持出来る?」




「連続してこのまま使い続けるのなら10分と言ったところだ」




「うーん、出来ればお前の力はもう少し温存したいな。アイツと時間をずらして俺らも普通に入店するか?」




「む。出来ればそちらの方がありがたいが…… まさか、夜亭、レイン・インとはな。さすが主教殿はお遊びされる場所も違う、少し面倒だな」




「レイン・イン?」




「冒険都市の色街でも屈指の人気を誇る夜亭だ。上流階級御用達の店でな。前の仕事の時に忍び込んだことがある、おそらく俺たちの稼ぎだとここに一晩いただけで破産するだろうな」




「なるほど、セレブ御用達のお店ってわけだ。で、なにが面倒なんだ?」




「簡単なことだ。あの店は会員制でな。普通の客は入ることは出来ないんだ。会員からの招待でも有れば話は別だが」




「なるほど、高級ラウンジやお座敷遊びみたいなもんか。となると、潜入一択か、確かにめんどいな」





 遠巻きにその屋敷を眺める遠山とラザール。この影を使えば潜入出来ないことはないだろうが、バレた時が面倒だ。



 今のこの状況で犯罪は犯したくないものだが。遠山が少し頭を捻ってやり方を考えていると、




「ムッフッフッフ、ディス」




「……なんだよ、ストル」




 バカがにんまり、笑い始めた。少し頭が痛くなる、これはそう、嫌な予感というやつだ。



「またまたこの私が役に立ってしまう時が来てしまったのディス。トオヤマ、ラザール。私、賢いのでわかりますディス。あなた達は今からストル様すごーいと言います」




「……ラザール、やっぱこいつ部屋に置いてきた方が良かったかな」




「ふむ、子供たちへ人見知りしているチキンだからな。無理矢理でも馴染ませるために置いてきた方が良かったかもしれん」




 ストルの言葉に遠山とラザールが淡々とした言葉を突き刺していく。



「な、ちょ! そ、そういう認識は心外なのディス! 決して今まで同年代の友達いないから彼らと話すのが恥ずかしいとかではないんディスからね!」




「自己紹介ありがとう。で、ストル、役に立てるってのはどういう意味だ?」




 コミュ障バカに遠山は問いかける。早く子供たちとも慣れてもらわないと困るのだが、なかなか人間関係はそう簡単にはいかないものだ。





「ムフフ、トオヤマ、お忘れディスか? 私、こう見えて、少し有名人なのディスよ?」




「「あ?」」




 水色の髪をくるくると指先で弄びながら、ストルがフフンとドヤ顔をかました。




「ムフフ、勉強させてあげますディス。騎士の交渉というものを」



 そう言った瞬間、ストルが一気に駆け出した。




「あ、おい! バカ、待て、バカ、頼むから勝手なことするなって!」




「だめだ、ナルヒト。影の範囲外だ。ストルが出るぞ」




「ああもう! ラザール、俺らも行くぞ。あのバカ1人に任せてたらどうなるかわかったもんじゃない」





「了解、ナルヒト」




 人混みに一度紛れて、それからラザールが影を解除する。突然現れる形になった2人を見て、酔っ払いが何人かヘラヘラ笑っていた。



 この色街ではそれだけ。熱に浮かされた人々は何にも気付かない。




「こんばんはディス、お勤めご苦労様」




 ストルが門番に向けてひらひら手を振る。体格が違いすぎた。ゴツめの革と鉄が入り混じった鎧を着た大男が、ストルをジロリと見下ろして。




 そんな視線を流して、ストルが門へ近づく。ざっと、大男がその行手を阻んだ。




「……お待ちください。本日はご予約されていらっしゃいますでしょうか? あいにく当店は完全予約制と会員制を取っておりまして……」




「ふん? ああ、あなた最近入った人ディスか? 私の顔を知らないのは、へえ、教育が行き届いていないのディスね。レイン・インも」





「なに?」





「あなたでは話になりませんディス。用心棒統括のホーライはどこディスか? 新人教育がなってないことを叱りつけるのディス」




 めっちゃ喧嘩売っとるうううう!!




 駆け寄った遠山とラザールは同時に頭を抱えた。やはり、ストルはストルだ。交渉(INT1)だ。




「……おい、嬢ちゃん、悪いがママごとに付き合ってる暇はねえんだ。そこの兄ちゃんたち、連れかい? 早いとこ連れて帰ってくれ。怪我したくなかったらな」




「ストルさん、ストルちゃん? 嘘でしょ? なに? どういうつもり? ほら、一回、一回ここから離れよ? ね?」




 遠山がストルの肩を掴んで何度も揺らす、しかしストルはどこ吹く風。挑戦的に両手を後頭部に構えて、口笛を吹いている。




「ここで騒ぎは起こしたくないな…… 主教を監視している連中にも気取られてしまうぞ」




 ラザールがそんな様子を見て、ぼやいていると。





「おう、どうした、ニコライ。なんかトラブルか?」




 ざっ、門の奥からまた1人大男が現れた。顔に大きな斜め傷、筋肉のつき方も悪くない。




 遠山は少し顔を顰める。




「あ、ホーライさん。いやなにすいやせん。このお嬢ちゃんとお兄さん方が少し無茶言ってるもんで。





「……ナルヒト」




「囲まれちった……どないしよ。INT1連れてくるんじゃなかったわ」





 ラザールの警告、気づけば遠山たちは周囲をごつい男たちに囲まれている。こう言う街にお約束の用心棒達だろう。中にはなんかでかい棒みたいなものを構えている奴もいて。




「おっと、お兄さん方、困るなあ。こんなお嬢さん連れてこの店の前にいられたよ …………ん?」




 彼らの取りまとめ役らしい顔に傷のある男がふと、言葉を止めた。



 彼の目がストルを捉えて、揺れ始めて。




「……ああ、ちょうどよかったディス。ホーライ、久しぶりディスね。私のこと、もう忘れてしまいましたディスか?」



 ストルが片目を歪に見開き、にいっと笑った。バカさと残酷さを併せ持つ危うい人間。




「……あ? ーーあ、ヒ?! あ、アンタ、まさか、あの時のバーー き、騎士?!? な、なんでアンタがまたこんなところに?!」




「よかったディス、覚えてくれていたようで。2ヶ月前の"連合会"以来ディスね。腕はもう治ってるようで」





「ひ、ま、待て! あ、あの時は俺たちが悪かった! だ、だがあの時のことは騎士団と連合会で話はついてるよな?!」




「おっと、雰囲気変わってきたな」



 傷の男の余裕が消えていく。辺りの男たちにも動揺が広がっていった。




「ええ、もちろん。相変わらず図体の割には小鹿のように怯える男ディスね。安心しなさい、今の私はもうあなたの恐れる騎士ではないのディスから」




「おい、ガキ、いい加減にしろよ。ホーライさん、叩き出して構いませんね?」




 男たちの中から1人、勇敢な奴が現れた。周りの静止を振り切り、憤慨を露わにしてストルに詰め寄る。




「……部下の教育が行き届いているようディスね、ホーライ?」




 その男には目もくれず、ただストルはリーダー格の傷の男を舐めるように見つめて。




「おい、だからガキ!! てめえ、さっきから口の利き、カバラっ?!?」





「うるせえエエエエエエエ!! この人にナマ言ってんじゃねえええ!! す、ストルさん!! たいっへん失礼しましたああ!!」





 殴り飛ばされる若い男、ストルではない傷の男が自分の部下をぶん殴り、その後見事な最敬礼をストルに向ける。





「「「「え??」」」




 男たちが、目を剥いて。



「お、おい、今、ホーライさん、ストルって……」




「あの、連合会を一人で叩きのめしたっていう騎士……」





 ざわざわと、辺りを囲んでいた男たちが明らかにざわめき出す。ストルの名前はこの街に知れ渡っているらしい。あまり良くない方向で。




「お、おおおお、お前ら!! 何してやがる! 全員礼だ!! ストルさんはもちろん、そのお連れ方にも敬意を示せええええ!!」




「「「「う、ウス!!」」」




 ざっ、と全員で頭を下げる男たち。遠山とラザールは真顔でストルを眺めていて。



「よかったディス、ホーライ。あなたが色々覚えててくれて。さて、そして一つ相談なのディスが……」





「は、はい!! す、ストルさんが言うんでしたらこのホーレン、出来る限りのことはやらせていただきやす!!」




「フフ、でしたら少し私の友人がレイン・インに興味があるようでして。特に予約などはしていませんし、招待も受けていませんが、入っても良いディスね?」




「そ、それは……」




「それは?」




 ストルが小首を傾げた。可愛らしい所作だが、傷の男にはそうは見えなかったらしい。



「いえ!! なんでもないです! お、おい、お前、マダム・ハロトに3名様を門番推薦で入れると伝えてこい! お前の人生で1番本気で走れ!!」





「へ、ヘイ!!」




「お、お待たせしました、ストルさん。ど、どうぞ、メインホールにご案内させて頂きます! お、お連れ様もどうぞ、大変失礼しました!」




「「「「「し、失礼しました!!」」」」」




 再びの最敬礼。



 男たちは頭を下げ、道を開ける。



 レイン・インの重たい門が開いた。



「ーーフフン?」




 ぱちり、遠山とラザールへ振り返り、ストルが下手くそなウインクをかます。下手すぎて、両眼を閉じていた。





「「こわー」」








 …………

 ……

 …



「君に紹介したくてね、西領で今1番勢いのあるメロウ商会の一人息子でーー」




「へえ! すごい方なのですね。貴方の人脈にはいつも驚かされます」




「なあ、そろそろ逆指名してくれよ。俺の気持ちわかってるんだろ?」




「あら、ふふ。じゃあ、喉乾いたから、フィーネワインの30年モノで乾杯してくれるんなら、少しお話してもいいわよ?」






 煌びやか。




 電気のない世界とは思えない夜の街に煌めく輝きがそこにあった。




 大人数でも全く息苦しさを感じない大広間、テカテカの大理石は覗き込めば顔が映り込んでしまうほど、要所に敷き詰められた赤い絨毯は、踏み込めば靴がゆっくり沈んでいってしまう。




 高い天井に配置されたシャンデリア、灯火がゆらゆらとガラス細工を通して光をさらに強くさせる。




 男女の夜の欲望、その醜さすら、ただただ輝きの中に溶かしてしまうそんな空間に彼らはいた。




「はえー、すっごい」




「相変わらずだな、この店は」




「おー、男と女が盛りやがってるディスね。トオヤマ、口説くのが下手な男を肴にしてお酒でも飲みますディスか? ここのお店はラック・シャインというお酒が有名ディス。ワイルドミントのフレーバーが喉から頭をぶん殴ってきますディスよ」




「おまえロクな大人になんねーぞ、ストル」




 広間の中心、屋内に用意された噴水、その側に置かれたソファ席に少し場違いな雰囲気の遠山たちは座っていた。






「ああ、確か帝国では13歳から飲酒が認められていたな。あまり飲みすぎるなよ」




「てか、今は飲むなよ、仕事中だ、仕事中。でもあれだな。上流階級御用達のラウンジって聞いてたけど、これじゃまるで王族のパーティだ」




 遠山は辺りをキョロキョロ見回す、言ってしまえばまるでお城で開かれる舞踏会の中に迷い込んでしまったみたいだ。





 胸の空いた煌びやかなドレスに、のりの効いたテカテカのタキシード姿の男女が入り混じる。




 バベル島で年に一度行われていた探索者表彰会の雰囲気によく似ている。





「それがこの店の売りさ。客層は基本的に金持ちの上流階級の連中、豪商、地主、爵位持ちなんかもいるだろうな。そして面白い仕組みなのが……」




 ラザールが言葉を途中で止めた、ジロリ。自分たちのソファに近づいてきた気配に遠山も視線を向けた。





「こんにちは、可愛いお嬢さん。今日はご友人といらしたんですか?」




「あ?」



 遠山がポカンとつぶやく。



 もんのすごいイケメンだ。身長は180センチ、白いタキシードに身を包んだ姿はまさに美男。



 生まれて始めて白いタキシードが似合う男を見た遠山はあまりのイケメンレベルに固まってしまう。




 卵型の顔に、女とみまごうほどの美しいパーツが配置され、おまけに顔も小さい。下手したら8頭身はありそうだ。




「これさ」




 ラザールが肩をすくめて、ストルに視線を流した。





「あー、お兄さん、ごめんなさいディス。今はまだ友人と楽しみたいので……」




 話しかけてきたイケメンに苦笑いしながら首を横に振るストル。こいつ苦笑いとかそういうコミュニケーションできたのか。遠山は素直に感心する。




「おっと、これは失礼を。リザドニアンさんに、黒髪さん。なかなか隅におけませんね。お嬢さん、また気が変わったらいつでもお声がけを」




 イケメンは心までイケメンらしい。にべもなく振られたというのに全く苛立つ様子もなく、ただ穏やかに微笑む。






「はーいディス、あ、その飲み物だけ貰ってもいいディスか?」




 ストルがイケメンの持っている小さな銀色のボード、それに乗っているシャンパングラスを指さした。



 そのクソガキムーブに遠山が、目を見開いて口を歪めた。





「お美しい貴女のお名前と引き換えでもよろしいのなら」




「ハッ、私と少しの時間を共有した代金として貰うディス。何か問題がありますか?」




「はは、これは敵わないな。どうぞ、水色の瞳のレディ。貴女の眼と同じ色のスコールフィズです。お味がお気に召したら、僕を思い出してくれれば嬉しいな」




「ええ、覚えておきますよ。忘れるまでは、ディスけど」




 完璧なイケメンだった。登場から退場まで全て完璧だ。




「……なんだ、今のイケメン」




 遠山はぽやんと、去りゆくイケメンの背中をソファの背もたれ越しに眺めながら呟く。



「ああ、あれはキャストがストルを"逆指名"したのさ。これがこの店の面白いところでな。客がキャストを指名するのではなく、キャストが客を選んで指名するんだ」




 ラザールが、くくくと喉を鳴らしながらつぶやく。




「えーと、つまり、あれか? 選ぶのは客じゃなくて……」




「店側、ということだな。まあ、正確にはキャスト個人が好みの客を選ぶわけだ」





「ええ…… それ、商売になんのかよ?」




「なるのさ。見てみろ、ナルヒト。胸に銀色のブローチをつけている男女がいるだろう? あれがこの店、レイン・インの店員なんだが、どう思う?」




 ラザールの視線を追って、遠山が煌びやかなメインホールを行き交う人々を眺める。




 小さな顔、均整の取れたスタイル、みんな脚が長く、目は大きい。見ているだけで恋をしてしまいそうな外見の良さだ。




「あー、みんなアホみたいに顔がいいな。ツラの良さ、ビジュアルだけで飯食っていけそうだ」




「そういうことさ。人はみんな誰かに好かれたい、認められたいと思うものだろう? 特にその誰かが美男美女で有ればなおさらだ。この店が上流階級に贔屓にされているのはな、人の自尊心を満たしてくれるからなのさ」




 ラザールの目がわずかに細くなる。低く、しかしよく通る声はメインホールの賑やかな声の中でもしっかり聞こえる。




「レイン・インのキャストに逆指名されるのはいわゆる一種の勲章、まあ、ステータスのようなものさ。お気に入りのキャストに逆指名されるためにみんなじゃぶじゃぶ金を使いまくるわけだな」




 ふっと、ラザールが笑った。



 愉快そうに目をくゆりと傾けて、静かに周囲を指差していく。





「フルマリア!! 貴女の為に王国から仕入れたプレゼントがございます! ヒトダの木で作らせた細工です!」




「まあ、とても綺麗だわ。フフ、でも、こんなもの貰っていいのかしら?」



「ジェイ! これ、貴方の瞳と同じ色のフレア石のアンクレットなの、つけてもらえないかしら」




「わあ、奥様! こんなもの頂いていいんですか?」






「おう…… マジか。美女やイケメンがめちゃくちゃ貢がれてる……」




 ラザールの指さした場所に順番に視線を向けると、そこには客とキャストの一夜の戯れのシーンがあった。



 たしかに、客の方が店員、キャスト側に気に入られようとしているように見える。





「あそこまでしても彼らが報われるかどうかはわからない。しかし、一度この店に魅せられた者達はああしてどんどんハマっていくのさ。憧れのキャストから逆指名される日を夢見てな」





「なるほど、よく出来た、いやほんとに恐ろしいシステムだな。アイドルビジネスやらホストやらキャバクラを魔改造したような…… そういえば、バベル島にも似たような夜の店があったような」




 以前、同業者から似たような話を聞いた記憶が遠山の頭をかすめる。確か、"あめりや"とかいう料亭まがいのお座敷遊びが出来る店だったような。



 何人もの探索者や島の関係者がその店の沼につかり、破産したとかしないとか。




 どちらにせよ恐ろしい仕組みの店だ。どんな世界でも同じようなことを思いつく人間はいるらしい。





「そういうことディス。彼ら彼女らは夢を見せるのが仕事ディスからね。人はみんな、夢のためなら簡単にお金を投げ捨てるものディスよ」




「どーしたんだ、ストル? 何か悪いもの食べたか? お腹痛いんならすぐトイレいけよ?」




「……どうやらトオヤマは私に対する認識が少しズレているようディスね。ラザール、貴方の友達どうなってるんディスか?」




「大丈夫、ナルヒトのいい加減さは君もそのうち慣れるさ」



 ラザールが疲れたように息を吐く。




「あ、てか、ストル、それ一口くれよ。喉乾いた」




 そんな評価を無視して、遠山が呑気に自分の欲求に従った。



 水滴のしたたるグラス、水色のしゅわしゅわを見ていると無性に喉が乾いてしまった。




「え」




「なんだよ、固まって。一口だけだってば。全部は飲まねーからよー」





「……いや、それは別にいいのディスが…… その、それをすると…… か、か……」




 既にストルはそれに口をつけていた。





「あ? だめ?」




「……ッ…… でぃす……」




 目を白黒させるストル、しかし思い立ったかのように両手で勢いよくグラスを遠山に差し出す。



 水滴の垂れるグラスの中には水色のしゅわしゅわした飲み物が氷をなめている。



 確かに、ストルの目の色と似ていた。




「お、いーのか。サンキュー、一口いただきますっと。……おお、美味え……」




 なんという清涼感。喉から鼻に突き抜ける爽やかな香り、ミントのようなそうでないような。




 もう一口飲んで舌の上で転がすとピリリとした辛口の中にわずかな甘みを見つけた。乾いた喉が一気に潤った気になる。




「もう! 飲み過ぎディス! 私のなんディスから!」




「あ、わり」




 ぱしり、ストルが素早い動きで遠山の手からグラスを取り戻す。



 目を泳がせながら、何回か視線をいったりきたり。



 遠山を見て、グラスを見て、また遠山を見てーー




「………ディス!!」




 何度目かの逡巡のあと、ぐいっとグラスを傾ける。



 ストルの細く白い喉がごくり、ごくりと動いて、水色の液体が一気に消えていった。




「あ、おいおい、一気飲みは危ねえぞ。なんだよ、そんなに喉乾いてたんかよ」




 ストルの顔が、わずかに赤い。ガラス玉のような目、星の形をした虹彩が歪んでいる。アルコールを一気にとったせいだろうと遠山は推測した。




「……う。うー、私だけ、バカみたいじゃないディスか」




 遠山の態度を見て、ストルが恨めしそうに唸って。



「ナルヒト……」




 ラザールが静かに、遠山を見つめていた。




「え、なんだよ、ラザール。その目は。ハエかなにかを見る目?」




「いや、なんというか、その…… いや、なんでもないよ」




 口をモゴモゴさせながら、最終的には沈黙を選んだラザール。遠山は友人の奇妙な態度に首を傾げた。




「はあ……まあ、リザドニアンのラザールにここまで信頼されるのディス。悪人ではないのでしょうが」




 ストルがため息つきながらぼやく。




「俺みたいな素直な悪人がいてたまるかよ。……さて、休憩はここまでにしてそろそろ目的のアイツを探さなきゃだが」




 遠山が背伸びしながら、辺りを見回す。1日動きっぱなしで疲れが出てきているがふかふかのソファのお陰で少し楽になってきた。




「いかんせん広いな。このメインホールだけでもかなりの人数だ。主教殿の姿はぱっとは見当たらないな」




「うーん、やはり、主教様ほどのVIPは個室に案内されているのかもしれないディスね」




 メインホールをあらかた見回しても、当初尾行していた主教の姿は見当たらない。そんな中、ぽつりとストルが言葉を漏らした。




「個室?」




「ええ、キャストに逆指名された客はそれぞれのキャストにあてがわれている個室、まあ要は部屋ディスね。そこに入ることが出来るのディス。主教様でしたら、レイン・インのキャストを既に何人か口説き落としていても不思議ではありませんディス」





「なるほど、姿が見えないのはそういうことか。さて、どうする? ナルヒト」





「どうするっつてもなー。ラザールの影で個室のあるところに忍び込もうとしても、場所の見当がついてねーだろ? ストル、その個室とやらはだいたいいくつあるんだ?」





「このレイン・インの屋敷の3階部分ディスね。数までは把握しておりませんが、かなりの数もあり、警備も厳重ディス」




「うーん、忍びこむのはリスクが高えな。今回の件でしくじると悪いのは完全にこっちになっちまう。……ん? ストル、つまりあれか? 逆に言えばよ、キャストに逆指名されることが出来れば、俺らもその3階、個室とやらの建物に入れるわけか?」




「そうなりますディスね。まあ私たちはみんな言うなれば一見客ディス。私のような超絶賢くて可愛い女の子なら、一見でも逆指名は余裕でしょうけど……」




 ストルが、じっと遠山の顔を見つめる。ぼんやりとろけたような顔。



 こうしてみるとストルもあのキャスト連中に負けず劣らず綺麗な顔をしている。




 小さな顔に、ガラス玉のような綺麗な瞳。何故か星の形をしている虹彩に、薄く桜色のぷるぷるしてそうな唇。



 水色の髪はポニテにまとめられて、サラサラと彼女が動くたびになびいていく。あのイケメンが声をかけてきたのも納得だ。




 出会い方が最悪だったことや、普段のINT1ムーブを見ていなければ遠山もまっとうに美少女扱いをしていただろう。




「ふっ……」




 そんな美少女(知性1)が、遠山の顔を見て笑った。




 ふっと、歪められた唇と瞳はからかうように遠山を見つめていて。




「おいラザール、このガキ、今俺の顔見て笑ったんだが」




「落ち着けナルヒト。瞳孔が開いてるぞ」




 珍しく目を大きく見開いた遠山は怒りを鎮める為にラザールへ話しかける。このクソガキはいつか泣かす。沸点の低い遠山は、大人げなく子供に向かい合う。





「まあまあ、そんな怒らずに。なるほど。読めてきましたディスよ。トオヤマ、あなた、キャストを口説こうとしてますディスね」




「……今日はやけに頭が回るじゃねえか。その調子で頼むわ、ストル」




 顔をバカにされたことは忘れずにひとまず置いておいて、遠山はストルの指摘に頷いた。




 主教を闇雲に探すより、この店の流儀に則る方が早そうだ。




「ふむ、キャストを口説き、個室エリアに合法的に入るのか。案外悪くないかもしれないな。ついでに聞き込みも出来る。もし主教がこの店の常連ならば、今まで遊んでいる様子や、お気に入りのキャストのことを知っている人間もこのメインホールにいるかもしれないぞ」




「こう言う店の店員ってのはその辺口が固いもんなんじゃないのか?」




 ラザールの言葉に遠山が口を挟んだ。




「普通の売春宿ならお偉いさんは身分を隠したがるんだがな。この店、レイン・インは別なんだよ、ナルヒト。この店に来て、豪遊すること自体が上流階級の連中にはステータスとなっている、さっきの言葉を覚えているか?」




 ラザールの言葉に遠山はぽん、と膝を叩いた。




「あー、 後ろめたくないわけだな。なるほど、なら店員、いや、キャストの連中の口もそこまで固くねえわけか。いやー情報リテラシーってのは難しいもんだなあ」



 要は認識の違いだ。




「まあ、それでも会って間もない人間に色々ペラペラ喋ってくれる人間は少ないだろう、そこはーー」





「どれだけ彼ら彼女たちの警戒を解けるか、まあ、要はその人間の魅力次第ってわけディスよ、トオヤマ」





「なーるほど、あんの糸目女にたどり着くにはこの美男美女どもを口説き落とす必要があるわけかあ」





「そーいうことディス。ふむ、集団で廻るよりもバラバラになってそれぞれで動いた方が、やりやすい気がしますが、どうしますディスか? トオヤマ」




「おっと、意外だな。いちいち俺に確認とってくれるとは」




「ふ、ふん、まあ、これでも、その…… らしくなるように努力してるのディスよ。……早く馴染みたいディスし」




「すまん、ディスしか聞こえん」




「ナルヒト……」




「……なんでもないディス。では、異端審問官殿。天使教会第一騎士、ストル・プーラ改め、異端審問官側仕えとして、貴方のご命令をば」




 はあ、とため息をついた後、ストルがうやうやしく遠山に向けて頭を下げる。所作こそが優雅だが、その顔には、にへらと笑顔が浮かんでいて。





「ナルヒト、いっちょやってやるか」



 ラザールが肩を回しながら、目をぱちくり。トカゲ特有の気合の入れ方らしい。




「おお、やるかー。パン屋創業の為に美人を口説くぞ。誰が銭ゲバ女に近づけるか、これもパン屋のため、卑怯とは言うまいな、主教殿」




 遠山が立ち上がり、ゆっくり背伸びをして。





 目の前に広がるラグジュアリーな光景、セレブ感あふれる美男美女に向けて、そのチベットスナギツネのような細い目をにたりと、歪ませた。






「ラザール・ベーカリー、ファイアチーム。モテモテ大作戦、開始だ」





 


読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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[良い点] 今まで命のやり取りでヒリヒリしてたのが、モテモテ大作戦なんてカワイイものが出てきてホッコリ笑いました
[一言] 逆に考えるんだ。 あげちゃってもいいやって。 紳士になることを目標にしている人物もそんなでしたね。
[気になる点] >「あー、 後ろめたくないわけだな。なるほど、なら店員、いや、キャストの連中の口もそこまで固くねえわけか。いやー情報リテラシーってのは難しいもんだなあ」 後ろめたくないなら、そもそも…
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