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52話 ストル・プーラの憂鬱、異世界生活7日目の昼

 


 〜異世界生活()()()昼ごろ。冒険都市近郊 平原地帯の北部、"森林"の奥深くにて〜






 どうして、こうなったのでしょうか?




「イヤアァァァァァァァァァ!! ミス、ミスった! キリヤイバの出力ケチりすぎたあ!! ラザアアアル! すげえ元気なのがいくぞ!」





「ば、馬鹿野郎!! 元気満々のティタノスメヤだと?! ああ、偉大なる歯よ! どうか愚かな我らにご加護を!」






 私は樹上、太い木の枝から彼を見下ろしています。




 眼下では、ティタノスメヤの巣穴に腕を突っ込んでいたあの人が鼻水垂らし向こう側から猛ダッシュで森を駆けています。




 身を捩りながら、大口を開き地面を這う丸太よりも太い身体。



 大蛇の化け物。騎士団でもアレを無傷で狩れるのは上位の騎士か、10騎士くらいのものでしょう。




「ああ、もう! ナルヒト、早くこの位置まで逃げてこい! 気合いで駆け抜けろ!」




「ひ、ヒヒヒヒ! 死ぬ! 死ぬぅ! マジで喰われる! ヒヒヒヒ!」




 私の隣で、トカゲさんが表情をくるくる変えながら叫んでいます。これではもう待ち伏せの意味がありません。




 彼らは今、死にかけているのです。騎士ですらおじける化け物を狩りの対象として殺されかけているのです。





 ああ、でも、なぜでしょう。





「うおおおおおおお!! 目覚めろ、俺の末脚!!」




「走れ、走れ、走れ! ナルヒト!」






「シャアアアジュラアア蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇蛇ジャあああ!!!」





 鼻水、汗、涙、怪物の叫び声。死と隣り合わせのその空間。




 恐怖と絶望だけが満ちるはずのその空間、ああ、でもどうして、こんなに、彼らはーー






「ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ、ンヒ、ヒヒヒヒヒヒャアハハハハハハハ」




「ハ、はは、ばかやろうめ、は、ハハハハハハハハハ!!」





 どうして、こんなにたのしそうなんでしょう。



 どうして、こんなに笑っているのでしょう。




 理解できませんでした、彼らが笑っている理由が。



 ああ、そして、なんででしょうか。あの人とトカゲさん。怪物を前に笑っている2人を見ていると胸の中がすこし、痒くなります。




 笑い合う2人が、何故かとてもまぶしくて、なぜかそれが寂しくて。



















()()()()()出番だ、バカガキ!」





 あの人が、私の名前を呼びました。




 私を見上げて、走りながら、汗をかきながら、鼻水を垂らしながら。




 私を呼んでくれました。



 なぜでしょう、それだけでもう寂しいのはなくなりました。





「ーーじゃないーィス」





 胸がざわつきます。




 身体が熱いです。




「……仕方ない、腹を括ろうか。ストル、出番だ。バカを助けにいこう。第一の騎士の力を貸してくれ。準備はいいかい」





 トカゲさんが低い声で、あの人を見下ろしながらとても優しい顔つきでつぶやきます。





 大蛇が、あの人を追い続けて。



「シャアアァァァァ蛇ジゃ!」




「うわばら! やべえ!! 追いつかれる!?! 喰われる、マジで喰われるって! おい! ストル!」




 あの人が私を呼びます。



 価値がない私を、正義を失くして役立たずになった私を。




 役に立たないから、生きる価値もない私をーー







「バカ騎士!! 俺の、()()()()()





 声が響きました。




 同時に私の身体は弾けて、信じられないほどの力が湧いてーー







「私は、バカじゃないディス!! トオヤマナルヒト!!」






 浮遊、私は気付けば飛び降りて。





「ーー蛇ジャ?!ブ?!」





 衝撃、彼を追って真下の位置まで迫っていた大蛇の脳天に剣を叩き込みました。




 ぐにりとした反動、市場で買った安物の剣はぐねりと折れ曲がります。




 暴れる大蛇、粗末な武器では仕留めきれなかったそいつに振り落とされ、地面に転がります。あ、私、弱いな。





「ーーでも、私は」





 あの時、一度は死ぬことを受け入れたのに、なぜでしょう。身体は勝手に動きます。鼻血が垂れて唇を濡らす不快な感覚、それを拭い立ち上がります。





 あの人とトカゲさんの声が、また聞きたかったからです。




 たのしそうに笑う彼らに置いていかれるのがいやだったから、立ち上がって、動いて、生きようとして。




「じゃ蛇」



 あ、蛇、化け物が目の前に。



 食べられるーー





「よくやった」




 私に向けて大きな口がぱかりと開いた瞬間でした。



 影が。蛇に落ちて。



 首をもたげた大蛇の化け物の頭の上、トカゲさんが音もなく飛び移っていたのです。



 惚れ惚れするようなみのこなし、音もなく、気づくのが遅れるほどでした。



 十騎士2人を相手にして、生き残った理由がわかった気がします。




「フッ!」




「じゃ?! じゃアアアアアアアアアアアア?!?」




 両手で力強く振り下ろされるナイフが蛇の化け物の頭を抉りました。しかしそれで死ぬような生命ではありません。




 化け物、大蛇はその黒い鱗に包まれた身体をめちゃくちゃに動かします。木々を薙ぎ倒し、藪を裂きながら化け物が大暴れしています。



「じゃア!!」




「むっ?!」



 化け物が木々に頭突きをはじました。トカゲさんは木々にペシャンコにされる直前、間一髪で飛び降りて




「あ、危ない!!」



「むお?!」





 しかし着地の瞬間に待っていたの尾の一撃、トカゲさんはぺしんと吹き飛びます。




 地面にゴロゴロ転がって、すぐに立ちあがろうとします、でも、もう大蛇、ティタノスメヤが大口を開いてトカゲさんに迫って。






 間に合わない、そのはずなのに。




 トカゲさんは傷だらけの顔で、笑って。









「ナルヒト」




「おうよ、ラザール」





 パチン。



 トカゲさんが指を鳴らしました。鬱蒼と広がる森の中響くその指音は心地よく。





 影。




 大木が日差しを遮ることによって生まれる影、それがどろりと歪みました。




 大蛇がその影に触れた途端、体勢を崩します。沼にでもハマったかのように。





「シャ?!」




「よう、蛇野郎」




 どろり、影にはまってもがく大蛇、そのすぐ隣から彼が現れました。影の沼の中からどろりと現れた彼が蛇の巨大に再び取りつきます。




 トカゲさんと比べると全く洗練されていない動き、しかし力強く、確実に化け物の体をよじ登っていきます。




 ナイフを2本手に構え、それを突き刺しながら支えにして登る彼、化け物は身を捩るも、影の沼にハマってあまり動けていません。




 トカゲさんより時間をかけて、不恰好に、しかし彼もまた蛇の頭の上までたどりつきました。







「よいしょっと。末恐ろしい力だよなあ、ラザールの影。影ん中で自由に動ける対象まで選べるとは。チートか?」




「いいから、さっさと終わらせてくれ」





 その場に座り込みながら口を尖らせるトカゲさん、その声は言葉と裏腹にとても優しいものでした。





「了解、殺すぞ、キリヤイバ」




「蛇蛇蛇蛇蛇蛇?!」





 そこからは一瞬でした。



 彼の首から噴き出るのは白い靄、霧。霧に紛れて現れたのは欠けた、刃?



 何故彼の首から出てくるのか、何故彼の身体からは血が出ないのか。色々なことを考えました。




 でも、それよりも早くに。




「傷口、そこだ」




 ぶじゅる。



「じーー」




 化け物の頭の傷、私やトカゲさんが付けた傷口に彼がその刃を突き入れました。




()()1番効くんだぜ」




 霧、また彼の持つ欠けた刃から霧が漏れて、それが突き刺した刃から直接化け物の中へ。




「じゃア………」




 それで全部終わりました。蛇の化け物は目を大きく見開き、その長くしなやかな身体をぶるりと震わせて、それでおしまい。




 目から青い血を流し、ゆっくり身体を地面に伏せ、もう2度と動きません。





「探索完了」




 ずるり、傷口から引き出される欠けた刃。青い血を引きながら現れたそれは瞬きするうちに霧となって消えていきました。




 彼が、化け物を仕留めたのです。




「お見事、あのまま食われるかと思ったよ、ナルヒト」




「いやー、マジで悪い。慣れが出ちまった。すこしコスト節約したら巣穴の中で殺し切れなかったわ」




 力なく横たわる化け物の上から降りてきた彼、立ち上がったトカゲさん。




 生死の淵の綱渡りを終えた直後だというのに、2人の様子はいつも通りです。




 教会騎士ですら、化け物狩りの直後は高揚や安堵で心を乱すものがほとんどの中、彼らはあまりにも平然としていました。





「まあ、次から気をつけてくれ。しかし、これでテイタノスメヤも12頭目か。また今日も市場が荒れるだろうな」




「ま、その辺の面倒な所はおっさんの商会に任せるさ。俺らは早く家賃とパン屋の開業資金貯めないとな。さて、まだまだ働くぞ、明日の労働英雄は俺たちだ」




「何を言っているかはわからないが、不穏な言葉な気がするな。おっと、すまない、ストル怪我はないかい?」





「お、バカガキ。じゃない、ストル。ナイスキルだ。お前の一撃恐ろしいな。あの蛇の頭骨まて抉れてたぜ」








 2人が、私に笑いかけました。




「ーーわたし、役に立っていましたか?」




 声が震えます。恐る、恐る声を絞り出して。





 2人が顔を見合わせて、それから無表情で親指を立てました。



 ああ、何故でしょう、なぜでしょうか。



 胸が熱い、こんな気持ちに私はなってはいけないはずなのに。



 騎士団の役に立てなかった私に、もう価値なんてないはずなのに。





 私は今どうしようもなく緩み始める頬を押さえて。





 ふと、あの日主教様の言っていたことを思い出しました。




 …………

 ……

 …



 〜3日前、昼頃。天使教会、審問室にて〜




「ひざまずいて、第一の騎士。天使教会、最高のお人。主教様の御前です」





 聖女、いえ、聖女様の言葉が私に向けられました。お花のような香り、とてもいい匂いがしました。




 そこは綺麗なお部屋です。




 色とりどりのガラスで作られ、天井一面に広がる絵は誰も見たことのない天使様のお姿を描かれているものだと副団長に聞いたことがあります。





 あれ、誰もみたことないのに、絵があるんだ。不思議だなと思っていました。








「貴女の処罰が決まりました、第一の騎士」




 ああ、これで終わりか。




 主教様、天使教会で最もえらい女の人の声は冷たく、その細い目は私を睨んでいました。





 真っ白のお部屋、大きな椅子に深く座る主教様、その周りにはへんなお面をつけた猫の獣人たち。




 私は両手を縛られて、ひざまずいています。



 私の隣には、聖女様。多分、私が暴れたりしたら彼女に殺されるのでしょう。





 意外にも私は冷静でした。よく分からないけど、自分が何か大変なことをしでかしてしまった、そんなことだけは分かっていました。でも、なにがダメだったのか全く分かりません。





「第一の騎士という重責にありながら、思い込みと安易な決断で貴女は教会の仲間を、この私直下の組織たる審問会の信徒を手にかけようとしました。それは教会の教義と反する忌むべき蛮行です」





 主教様の言葉は冷たく、ほとんどなにを言っているかはわかりません。




 私は剣だから、なにも考えなくていいと育てられて来ました。私はただ、教会の決めた正義を守ればいいとそう教えられて育ててきました。




 教会の正義、天使様の教えにしたがうこと、教会に従うこと。




 つまり、騎士団に従うこと。騎士団に捧げること。



 それが正義だと教えられてきました。




「貴女は天使教会をおびやかしたのです。その無知と愚かさによって」




 よくわからないけど、多分、私は教会の正義を守れなかった。騎士団の命令を果たせなかった。




 つまり、私は正義ではなくなったのです。



 こじいんでは、私の他にもたくさんの子供たちがいました。でも、彼らの半分は14歳の卒院を迎える前にいなくなります。




 こじいんのせんせいは言うのです、あの子達は役目を果たせなくなった。教会の正義、教会の力にはなれないとわかった、だからいなくなったんだよ。




 人にはみんなやらなければならない使命がある。それが出来ない子や、やろうとしない子は生きていたら、だめなんだ。遠い場所にいくことになるんだよ、と。





 みんなの役に立たない、役立たずの人間はね、生きてる意味はないんだよ、と。





「……私の番、ディスね」




 たくさん、殺してきました。たくさん、裁いてきました。教会の正義に反する物を、教会の敵になるものを、騎士団にあだなすものを。




 ありとあらゆる、私たちの役に立たないものを。




 こじいんでも、そうでした。教会に拾ってもらっておきながら教会の役に立たない子供たちを私は訓練として殺していました。





 役に立たないものは殺される、つまり私の番が来たということです。




「発言は許可していません、静粛に」






 私の呟きを主教様が遮ります。




 ええ、つまりそういうことです。




 正義を果たせなかった私にはもう価値がありません。正義を間違えて教会の役に立てなかった私にはもう価値がありません。




 生きてる価値がなくなってしまいました。ここにいる理由もなくなってしまいました。





 私の"正義"も呼んでも答えはありません。




 私の剣は砕けて折れてしまいました。





 騎士団のみんなも、誰も助けてくれません。





 でも、それでいいのです。それが当たり前なのです。





 役立たずの人間は生きる必要すらない。それがこじいんで私が教えられてきた全てです。



 私も、ソレに納得してます。よく分からないけど、正義も使えない私はもう、なんの価値もないのでしょう。




「第一騎士ストル、貴女には本来騎士団による教会裁判を受ける権利があります。しかし、現在、不慮の事故により裁判の開廷権を持つ、騎士団長、及び騎士副団長は行方不明。よって、教会法によりあなたの処断は最高指導者たるこの私、カノサ・テイエル・フイルドの名の下に行います」




 なにを言ってるかよくわかりません。主教様は難しい言葉をたくさん知っていて、偉いなと思いました。





「異論があるなら首をあげなさい、ないのならば沈黙にて答えなさい」





 あるわけがありません、これは順番なのです。人は皆生きて殺して殺される、役に立たなくなった者から順番に殺される。だっていらないから、そーゆーふうに出来ているのです。





 殺し殺され、生きて死んで。




 いらなくなったものから舞台を降りる、世界はそういうふうに回っている。




 頭のいい私はソレを知っていました。






「よろしい、異論はないと受けとりました。教会裁判の略式手続きにより、貴女には教会に対する反逆罪が適用されます。罪には罰を。貴女ならこの仕組みはよく理解しているでしょう」





「はい」





 死ぬ、しぬ、終わる。




 特に考えたことはありませんでしたが、死ぬとどうなるのでしょうか。




 私が今まで正義の元に殺してきた人たちはどうなったのでしょうか。




 ふと思い出します。こじいんで私が訓練として殺した沢山の人たちのことを。




 彼らはなんで、あの時あんなに泣いていたんでしょう。




 あの子はなんで、笑っていたんでしょうか。





 あの子は、なんで、私に殺される直前に私へ手を伸ばしていたのでしょうか。





「第一騎士ストル、教会への反逆罪により貴女には死罪が適用されます。何か言い残すことはありますか?」





「……いえ、ありません」





 どこで間違えたのでしょう、なにがいけなかったのでしょうか。




 言われたとおりにしていました、教えられたとおりにしてました。




 でも、だめでした。まあ、仕方がありません。私にはもう価値がないのだから。






「……よろしい。ですが1つ聞かせなさい。なぜ貴女はなにも言わないのですか? 理解していますか? これから貴女は死ぬのですよ?」





「はい、わかっていますディ…… です。教会の決定に私は従います。異論はありません」





「……チッ、ほんと、気に入らないわ」





 つぶやく声、その苛立ちを込めた声は驚くことに主教様から漏れたものでした。




 私は、思わず顔を上げてしまいました。




 教会という存在そのものといってもいい偉いお方、普段はお人形のように静かで、団長や副団長も一目置いている人完璧な人が浮かべるその顔が、不思議なお顔になっていました。





 怒ってるような、




 ーー泣いているような。





「貴女は、貴女たちはなぜそんな風なのですか? 貴女のような子どもが、どうして簡単に死を受け入れることが出来るのです?!」





「……主教様の言ってることがわかりません。わたしにはもう価値がありません、私にはもう生きてる意味がありません」




「……ッ、貴女たちはなぜ、そんなふうに」





「怒っておられるのですか? 私には主教様がお怒りになる理由がわかりません。迷惑をかけてごめんなさい、役立たずが生きていてごめんなさい。教会の裁きによりせめて、私の無能が濯がられることを祈ります」




「……っ〜 分かりました、よーくわかりましたとも。貴女が心の底から死を恐れていない理由が。つまり、貴女は自分が死んでもいい存在だと、生きることになんの未練もないのだと、そういうことを言いたいわけですね」




「……主教様がおっしゃる意味が私にはよくわかりません、私には価値がないという」





「黙りなさい、愚物め」





「…………………」





「よく考えもせずに分からないと言うな。ろくに思考を回すこともせずに考えることを放棄するな。無知を言い訳に私の前で囀るな」




 どうしてでしょう。主教様のお声はとても冷たくて尖っているのに私にはどうしてもそれが怖いものとは思えませんでした。




 どうして、主教様がそんなに泣きそうなお顔をしているのでしょうか。




 わかりません、主教様がそんな顔をしている理由も、隣にいる聖女が私を睨んでいる理由も。




 私にはなにもわかりませんでした。





「よく、よくわかりました。貴女がどんな人間か、どういう風に育てられて、何に成るように仕組まれていたか、よく、ね」





 主教様は全部わかっているようです。私にわからないことをわかるのは頭がいいんだなと感心しました。




「今の貴女に死は罰たりえない、貴女は本気で自らに生きる価値がないと信じている、本気で価値なき者は生きる意味がないと心の底から考えている」





「……だって、それがルールなのでは?」




「……違うわ。そんなクソみたいなルールなんざあってたまるものですか。第一騎士ストル、貴女には死罪すら相応しくありません。今の貴女には死罪は罪足り得ない。死を恐れていない人間を殺してやるほど私は優しくありません」




 主教様の言葉が、サラサラと。




 でも。私は何を言っているかわからなくて。




「なにを」





「あなたへの刑罰を決めました」




 主教様の長い脚が組み直されます。黒い修道服に広がる、白い髪の毛がとても綺麗でした。




「死を恐れない者に死罪は罪たりえない。ならば、あなたにはまず死を恐れるようになってもらいます」








「え?」




「役に立たたないのなら、生きる価値なし。あなたのその歪んだ価値観を直してやる気などありません。ならばあなたに価値を与えましょう。そして生きるのです、生きて、その生が惜しくなった時に、あなたへ相応しい罰を与えます」





「……主教サマが何をおっしゃっているのか、わかりませんディス」





「第一の騎士。あなたには竜殺し、いえ、天使教会異端審問官、トオヤマナルヒトの元での無期限の奉仕活動を命じます。これは命令です」






「本日を以てストル・プーラ。貴女を天使教会騎士団から除名。騎士団の自治権による主教からの命令を拒否する権利は、騎士団長、及び騎士副団長の不在により認められません。第一騎士の座は空席として扱います。あなたは今日より"異端審問官側仕え見習い"として扱われます」





「…………え」





「価値がないと決めるのは貴女ではない。あなたの命の処遇を決めるのは私です。この命令は本日より発動。なお、異端審問官の命令はすなわち、教会からの命令と同じと考えなさい」




「わ、私に何をさせようと言うのディスか? わ、私は何がなんだか」





「役に立ちなさい。貴女がその生の意味を他者の役に立つことと言うのならば、私たちの役に立てばいい」





「騎士団への忠誠はつまり、教会への忠誠に他なりません。貴女が未だに教会の剣、いえ、天使の教えを胸に生きる者としての自覚があるのなら不服はありませんね」





「で。でも。私は、私にはもう、正義も、ない……」





「おバカ。誰しもが、騎士団のように貴女へ剣となることを強要するわけではありません。……貴女への助命は、審問官たっての希望です」




「は? 審問官とは、まさか」




「ええ、トオヤマナルヒト。貴女が殺しかけたあの男です。彼は私とのある取引の中で、貴女の助命を選びました。正直、私はこの機会に騎士団の最強戦力たる貴女を消しておきたかったのですが…… まあ、竜殺しの言葉です。無下にできるものでもありませんしね」




「あのひと、なんで……」





「貴女の罪は無知なことではない。無知と蒙昧を許していることです。知らないことは罪ではなく、知らないままでいることが罪なのです」





「ストル・プーラ。貴女が未だ教会の信徒なればどうすればいいかわかりますね?」




 主教様の言葉で、わかりました。



 私は頭が良いので、わかりました。




「…………ご寛大な処置、ありがたく。教会と天使の光の名の下に、課せられらた使命を果たします」




 審問官、あの人はきっと自分の手で私を殺すために呼んだのでしょう。



 刃を交えて、殺し合ったからわかります。



 あの人はそういう人間です。




「騎士団の剣としての役割を放棄し、教会の徒として命に従いますか? 異議あるならば顔をあげよ、了承するのなら沈黙をもって答えなさい」






「………………」




 悪くない気分でした。



 どのみち殺されるのは変わりないでしょう。私の正義でも殺せなかったあの人、審問官、いえ、竜殺し。




 あの人に殺されるのなら、まあ、それなりの終わりでしょうから。





「よろしい、ただ今をもって教会騎士ストル・プーラは死にました。今この瞬間よりは、ただの信徒のストルとして教会に殉じなさい。話は以上です。細かいことはまた後ほど。 下がらせなさい」





「「「はっ」」」







「……主教様、感謝を。きちんと役目を終えて参ります」





「……貴女、何かつまらない勘違いしてそうね。ま、どうでもいいわ。バカの考えることなんて、理解したくないし」




 主教様はそう言って、立ち上がり広間から出て行ってしまいました。




「え?」




 主教様の言葉。何かおかしかったような。でももうその意味を聞くことはできません。





「ストル・プーラ殿、お部屋へご案内いたします。こちらへ」






「……わからない」





 猫さんたちに連れられて、広間を出ます。見慣れた教会の建物の中のはずなのに、知らない場所のような気がしました。





 私は、ほんとうに何もわかりませんでした。




 それから新しい服を貰って、気付けば馬車に乗せられ、冒険都市へ降り立ち、そこに連れて行かれました。





 やすそうな場末の宿屋。



 商業区から外れたお金のない旅人用のボロ宿が彼らの棲家でした。




 その部屋、朝日に照らされる埃っぽい部屋の中に彼はいました。




「よーう、クソガキ。いや、バカガキ。昨日ぶりだな」





 その人の笑みに敵意はなく、そして




「わあ、この人が新しい店員さんなのね! はじめまして!」




「俺らとあんま歳変わらねえんじゃないか? よろしくな、俺はリダ」




「……よろしく」




「よろしくねー、ストルおねーさん」




「あーうー」





 彼の周りには子供たちがいました。私とあまり歳の変わらない子や、それよりも小さな子。



 報告にあったスラム街の子供たち。




 違う、私の知ってるスラムの住人と彼らの目は明らかに違いました。




 宝石のような輝きで私を見つめる彼ら。




 その中にいるトカゲさんと彼の姿、私が正義の元に奪おうとした、知りもせずに奪おうとした彼らの姿がそこにありました。





「う………」




 その瞬間、ありとあらゆるわからないものが私の口から吐きこぼれそうになったのです。




 それは、気付きでした。




 私が今まで教会騎士として、正義の元に裁いて、いえ、殺してきた人々。よくわかりもせずにふるった力が奪ったものの中にも、このような光景があったのだろうか、と。





 わからない、わかろうとしなかったことが今更膨れ上がり、私を押しつぶそうとしたその時でした。





「バカガキ、うろたえんな」




 彼が、私の新たなる主、トオヤマナルヒトが声を紡いで。





「今まで無自覚だろうが、自覚ありだろうが関係ない。お前はたくさん殺してきたんだろ? お前が定めたルールの元にお前は自分の意思で他人を殺してきたんだ」




「わ、私、私……」




「おい、ナルヒト」




「いや、ラザールここは任せてくれ。ガキ、いいか、よく聞け。お前は邪悪だ。正義っつー耳心地の良いことを盾に、それを言い訳にして他人を害してきた邪悪な奴だ」




 彼の言葉に、吐き気がさらに強くなります。




「だ、だって、私には価値がそれしか……」




 剣として、殺してきました。たくさん、殺してきました。




「ああ、そう教えられでもしたのか? どこの世の中でもガキを使って悪さするやつの言葉は同じだな。だがどんな理由があっても、お前がしてきた事は変わらないし、殺した奴が生き返ることもない」





 彼の言葉は鋭く、正しいことです。




 私は今更、騎士団から離れたことでそれに気付きました。自分が今までやってきたことがどんな事だったのかを。




 正義の為に殺すことは間違っていないはずなのに、もしかしたら自分は目の前にあるこんな光景を奪ってきたのかもしれないと気づくと、私の心はとても脆くて。






「あ、は…… は、わ、私が今まで、やってきたことって……」





 全部、分からなくて。




「今更ビビったか? でももう遅い、死んだ奴は生き返らないし、罪を償うなんて都合の良いことなんざほんとの意味で出来るやつなんかいない」





「わ、私、やっぱり、死んだ方が、いいのディスか」




 慰めを求めるわけではありませんでした。彼の言葉に甘さはありません。





 当たり前です、そして私は私のやるべきことを行いました。




「あ、あなたが、あなたが望むのなら、今すぐにでも、死にます…… 教会の、信徒として、あなたの言葉は主教様の言葉と同じと伺っていますから、じ、じ、自害の許可を……」




 そう言って、私は無意識に帽子の男の子から盗み取っていた小さなナイフを自分の喉にあてがっていました。





「え、うそ、ナイフ…… 」




「お、おい、ルカ! お前のナイフじゃねえか! いつのまに!」




 子どもたちが騒ぎはじめます。帽子の子はそれなりに腕が立つのでしょうが、わたしから見ればまだまだでした。





「………俺が死ねって言ったら死ぬのか?」




 子どもたちとは裏腹に彼とトカゲさんは冷静でした。




 トカゲさんの目配せに、彼が視線だけで答えています。私には、そんなやりとりだけで分かり合える相手はいないから少し不思議でした。





「はい、それが私に残された唯一の価値ですから」




 第一の騎士、剣としての価値がないのなら、もう私にはそれしかありません。





 せめて、教会の教えを守る信徒として、主教様のお言葉に、教会に従うものとして。




 彼に従い、死にましょう。



 直接彼に手を下されるのなら、それもいいでしょう。





「そうか、なら、だめだ。死ぬのは許可しない」



 彼はなんのこともないように言い放ちます。



 私から目を離さず、しかし落ち着いた様子でテーブルに置いてある水差しから直接、水まで飲んでいました。




「……………なぜディ…… ですか」





「ウップ。逃げるなよ。そんな勝手な真似は許さん。耳を澄ませ、目を瞑れ、思い出せよ、お前が今まで殺してきた人間の顔を」




 彼の言葉は、不思議です。



 似てもにつかないはずなのに、どこかで聞いたことのあるような言葉。




 そう、主教様のお言葉と似ていたのです。




「奴らはお前をずっと見ている。お前の魂はもう奴らに呪われている。だからお前がそんな簡単に楽になることは許されない」




 午前の日差しが差す部屋、ベッドの影、テーブルの影に、人の姿が蠢いた、そんな気がしました。




「奴らを捨てるのは許さん、全て連れて行け。恨みも憎しみも呪いも。全て連れて生きていくことだけが、何かを殺した人間が出来る唯一の生き方だ」




 その影たちは私を見ています。




 その影は彼を見ています。




 私は知っています。見ています。彼もまた殺せる側の人間です。私は正義のままに殺しました。彼は何の為に人を殺したのでしょうか。





「あなたも、同じじゃないですか」




 思わず、言ってしまいました。



 知りたかった、私は今、自分のしたことが少し怖くなり始めている、なのに何故あなたはそんなにも平気なのか、知りたくなったのです。





「ああ、そうだ。俺も殺す、殺した。俺は、生かす奴と殺す奴を自分で選んだ、自分で決めた」




 彼が言い放ちます。トカゲさんと子どもたちへ視線を向けて。




 影たちは恨めしそうに彼を見ています。でも。誰1人彼に近づくこともできません。




 なんて、強くて、なんて、傲慢で。なんてーー





「わ、たしは……」




 それに比べて私はーー






「奴らはみんなお前を見てる。だから、お前も奴らを忘れるな。まあ、あれだ。お互い呪われた人間同士、仲良くしてこうぜ」





「あ……」




 ぼうっとしていたから、彼にいとも簡単にナイフを取り上げられました。




 小さくて、しかし鋭い、子どもにも扱いやすそうなナイフ。




「ほら、ルカ。お前もスられることとかあるんだな」




「……ごめん、もう2度と盗られないようにする」



 彼が差し出したナイフを帽子の子が受け取ります。心底安堵したように。大事にその小さなナイフを抱きしめていました。




「よし、頼んだぞ。さて、バカガキ。残念だがお前に死んでる暇はない。あの銭ゲバ女から話は聞いてるな? 役に立てないから死ぬだとかどーだとか、バカのくせに色々考えすぎなんだよ」





「わ、私は、バカじゃ」




「バカだ。考えなくてもいーこと、考えてもどうしようもないこと、答えのないことを考えるのはバカのすることだ。価値がどーとか、生きる理由がどーたらとかはな、時間を持て余した暇人がすることだ。そして、俺たちにその暇はない」





「私に、何をさせようと言うのですか」





「ん? 雑用係とボディガード。がきんちょどもが街に出る時はそいつらの護衛、後はラザールと俺とお前の3人でたのしいモンスター狩りだ。お前の強さはよーく知ってるしな」





「………はい? な、んで?」




「あ? なんだよ」




「いや、だって、あなた、私に、私を痛めつけるために、私に復讐するために、自分の元へ呼びつけたんじゃ……」





「復讐……? 誰が、誰に?」




「いや、だって、私、あなたを」




「あ? なんでよ? 俺、お前に勝ったじゃん」




「え?」




「いやいやいや、え? なに? まさかお前、なに? 自分が勝ったと思ってる?」




「……決着はついてませんが、あなたが勝ったとは思ってませんデ、……です」





「は?」




 彼と私の会話は噛み合っておらず。



「ふ、フハハハハハハ! ナルヒト、これは一本取られたな! たしかにあの時、俺たちは彼女と決着をつけていないぞ」




 トカゲさんが笑いはじめました。牙をぎらつかせ、顔を覆ってお腹を抱えて。




「はー?! いやいやいやいや、ラザールラザールラザールくん、あれはノリ的にどう考えても俺らの勝ちだろ?」





 わいわいと彼ら2人が騒いでいます。



 大人もこんなふうに笑って、こんな風に騒ぐなんて初めて知りました。





「ふふ、面白い人たちでしょ? お兄さんとトカゲさん」




「貴女は……」




 あの人とトカゲさんの側からすっと、可愛らしい女の子が私に近づいてきました。





「はじめまして、私、ニコ! 貴女は?」




 そのおひさまみたいな笑顔に、ついほだされて。




「……ストル、ストル・プーラ、ディ…… です」




「そう! 素敵なお名前ね! ストルって呼んでもいいかしら? ふふ、お兄さんからあなたのことは聞いてるわ。とても強くて頼りになる人だって」





「あの人が、私を?」




「ええ、ふふ、お兄さん、面白い人だから。とても冷たくて怖いのに、暖かくて優しいの。楽しくて寂しい人だからたまに勘違いされちゃうけど…… でも、私たちはみんなあの人が好きよ」




 おひさまのような女の子が、おひさまを見るような目であの人を眺めていました。




「いやいやいやラザール、あのガキとよー、俺ならぜってー俺の方が強いって! その認識はプライドがあれなんだけど!」




「ナルヒト、お前、彼女に影響されたか? 蒐集竜様みたいなこと言ってるぞ」




「げ、マジかよ。……わかった、引き分けで手を打とう」




 わちゃわちゃと言い合う2人、しかしトカゲさんの方が彼をあしらうように会話はおわったようです。






「おい、バカガキ。ナルヒトだ」



 彼が、ぬっと近づいて自分を指差しています。



「え?」




「え、じゃねえよ。名前だ、名前。改めて自己紹介。俺は遠山鳴人、お前は?」




「わ、私、ですか?」




「お前。今ニコには自己紹介してたろ? 俺にもしろ。一応俺今からお前の上司だからな。俺の名前は遠山鳴人、こっちのトカゲ男はラザール。で、お前は?」





 名前を、聞かれました。



 彼らと初めて出会った時も名乗ったはずです。でも、何故かその言葉がとても、遠くて。





「ヘイヘイヘイ、もったいぶんなよ。これから忙しいんだからよー。リダ、ルカ、ニコ、ペロ、シロ。今日の仕事は?」




「おう! 俺とルカは宿屋の掃除の手伝いで銅貨1枚稼ぐぞ!」




「……リダと同じ」




「はーい、私はペロとシロの面倒見ながらおばさまのお台所のお手伝いします! 銅貨1枚頑張って稼ぐわ!」




「はいはいーい、僕とシロはー…… つまみ食いしないようにします!」





「だーう! だう!」





 彼の声に、子供たちはみんな楽しそうに答えました。私の知る大人と子どもの関係ではありません、私の知る大人と子どもの光景ではありません。





 そこには、私の見たことのない世界がありました。



 こんなにも狭い部屋なのに、私はこんなのを知りませんでした。




 ずきり。



 何故だか、わかりません。なんで、今、こじいんでの卒業出来なかった子たちのことを思い出したのでしょう。






「お?」




「あ……」




 私が、無意識に彼らへ向けて伸ばしていたのは手。





 ああ、わかりません。けれども私は気づいてしまいました。こじいんでの卒業試験、私があの子を殺したあの日。




 あの子も、今の私と同じように手を伸ばしていて。





「ほい、握手」




「……………………?」





 手を握られました。



 あっけに取られて、動けません。喉が、急に乾いて。ああ、でも。なんて、大きな手ーー





「ぃよし、じゃあ新入りもやる気を見せてきたことだし、仮称ラザール・ベーカリー全員で今日の仕事を始めるぞ。ちみっこどもは、宿屋ん中での仕事、俺とラザール、んで、バカガキは冒険者ギルドにいって肉体労働の時間だ」





 彼らが動きはじめます。日の光の指す狭い部屋の中、子どもたちの目はキラキラと輝いて、大人たちもまたしっかりと前を向いていました。





「……じゃない、です」




「あ?」




「私は」




 何故でしょう、今でもわかりません。



 でも、きっと、この瞬間から私の何かが変わりはじめる、そんな気がしました。





「私は、バカガキじゃないです、違いまス、私の名前は」




 乾いた喉を震わせて、震える胸を握りしめて。





「私は、ストル。ストル・プーラ、ディス!!」




 叫ぶように、名前を。




 彼らは、少しポカンとした後、大声で笑いはじめました。




 わたしだけ、置いてけぼり。でも、少し、ほんの少しわたしも釣られて笑ってしまい。




 ああ、この日、この瞬間から私の何かが始まったのです。




 私は、賢くて、頭が良いのでそれがわかりました。





 ディス。







読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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― 新着の感想 ―
[良い点] TIPSから読み始めてすっかりハマってしまい、1作目に戻ってここまで一気に読んでしまいました! いい感じに狂った血の通ったキャラクターたちと、ホラー感じる苦難、そして最後はハッピーエンドと…
[良い点] 最高です 安易な許しでも適当な死でもないとこが特に [一言] トオヤマの兄貴もぶっ頃すって思ったら頃してるもんなぁ
[良い点] だが罪は消えない
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