51話 キリ、カミ、トオヤマ
……
…
「うおっ、と、あ?! 扉、扉扉!? ぶつかるっての!! ああ、もう、開け!」
キリに身体を捕らえられ、ベルトコンベアで流れるドーナツのように運ばれていく遠山。
目の前に迫るドア、目を剥いてそれに叫ぶ。
がたん。観音開きの大きな門とみまごう豪華な木の扉が、公文書館の主人の命により開いてそのまま外へーー
「うおっとお?! イダっ」
ぺしり、強引に運ばれてついに公文書館の外へ投げ出される。顎を絞めて上手いこと受け身を取り、その場に座り込んだ。
「いてー…… キリヤイバ、てめ、えらく荒々しいじゃねえか」
こんなのは初めてだ。キリヤイバが遠山の制御を離れて濃い霧を操り遠山を運んだ。
欠けた刃を見つめてもなんの返事も返ってこない。
「ん? お前、なんか少し長くなってね?」
ふと、先程も感じた違和感、改めてキリヤイバの刀身を眺める。座り込んだまま軽く振ってみたり、上に持ち上げて下から覗き込んでみたり、いつもより刀身が長くなっているような。
ーー我が勇者、よくぞ公文書館を抜け出した。前へ。湖へ
「うわ、また声が…… 湖……? あ………」
響く声に顔を顰め、遠山が前を見る。キリヤイバを己の首に収めながら、ぽかんと口を開ける。
そして、言葉を失った。
静謐な空気に、ようやく気付く。
太陽が僅かに顔を出し、遠くの空が白み始めている。
薄闇の中に曙の光が僅かに混じる、暗いのと明るいの狭間。
「すげえ……」
薄い霧が辺りに。絹のように空中に揺蕩う霧はしかし、視界を覆うこともなくただ、辺りを浮かぶだけ。
空気は冷たく、心地よい。息を吸うたびに冷たさが熱った身体を内側から覚ましていく。
冷たい朝、夜明けの中に遠山はいた。目の前に広がるのは絹のような霧を湛える大きな湖。
「湖…… いかん、頭おかしくなりそう」
無意識に歩む。朝露で濡れた芝生を踏みしめて、一歩、一歩。
ようよう白くなる山に囲まれ、遠くには細い紫色に染まる雲がのんびりとたなびいている。
夜明け、早朝。ただ、吹き抜ける風が心地よく。
さああっと、風が舞うたびに湖の水面がざわめく。見えない大きな何かが湖の上で踊っているように、風が吹くたびに湖面にたゆたう霧も舞い踊る。
「……ふう」
気付けば遠山は湖のほとりに腰を下ろす。朝露が身体を濡らすことすら気持ちよかった。
清廉な空気の中でぼーっと、湖に見惚れて。ただ、ただ、その空間は美しく、そして心地よい。
「これでサウナあったら完璧だな」
ぼんやり、遠山はつぶやいた。自分が思い描く辿り着くべき光景の理想的な立地だ。
「美しき光景だ、ヒトの子の心の中とは思えぬほどにな」
「まあ、そりゃ俺は心が綺麗……… うそだろ」
思わず顔を抑える。
気配も何も気付かせず、それは当たり前のように遠山鳴人の隣に現れた。
「ふむ、少し静かに。仕掛けが悪いのか? ふんむ、太公望のようにはいかぬものだ」
「え、ええ……」
釣りを、している。
その盛り上がった太い腕で振るわれる物干し竿のような釣竿を振り、そいつは釣りをしていた。
傷だらけの身体、見上げるような巨躯。そう、でかい。遠山3人分くらいにはでかい身体のそいつ。
正気のない肌色はまるで死人のごとく煤けている、袖の短い神主が着るような装束から覗く身体は抉られたような傷跡が目立つ。
そして、何よりその見上げる位置にある顔はーー
「む、きた!! 我が勇者よ! そこのタモアミを待てぇい! しくじるでないぞ!」
「あ、はい」
いつのまにか遠山の側に現れていたアホみたいに大きなタモアミ。もちろんこんなもの今の今まで存在していなかった。
「ほ、ほほほほほ! これはよい引きじゃあ!! でかい、でかいぞお!」
「ええ……」
ぐぐぐっと、波打つ筋肉を振るい、大男が釣竿を持ち上げる、くの字にしなる釣竿、波打つ水面、完全に釣りだ。
遠山は流れに飲まれて言われるがままに、両手でタモアミを持ち上げる、人ひとり掬えそうなタモアミはもちろん重たい。
「おんどりゃあああああ!!」
「あの、これタモアミデカすぎなんすけど」
格闘する大男にぼやく。
「気合いじゃ! ヤマトの国の男じゃろて! 気合いで待てぇい!」
「ああもう、なんでもいいや。どっ、こいしょ!」
聞いても無駄そうなので、気合いでタモアミを身体ごと持ち上げる勢いで振るう。
そのまま水面にタモアミを差し入れて。
「フン! よし、よくやった! こちらにもてぇい!!」
「ふんぎ、ぎぎぎぎぎ、オラァ!!」
水しぶきが近い、静謐を破るその騒がしさ、野太い2人の掛け声が湖に響く。
遠山の持ち上げるタモアミに一気に重さがかかる、引きずり込まれるかと思った瞬間、でかい手のひらがタモアミを握り、一気に引き上げた。
飛沫、水。
人間を丸呑みに出来そうな大きく真っ黒でツヤツヤした魚体。
ふよふよ動くひげに、大きな口。
ナマズだ。ナマズが、釣れた。
「よっしゃ、よっしゃ、くるしゅうない、おお、これは立派なナマズじゃ、我が勇者よ、よお頑張ったのお」
「お、も…… てか、でかいな。丸呑みにされそうだ」
ばちゃばちゃとタモアミの中で暴れる大ナマズ。怪物種かとみまごうほどの見事な魚体に遠山がため息をつく。
男は常にでかい魚に惹かれるものだ。
「しかし此奴は我らに釣られた。お主を喰らうことは出来ん、此奴を喰らうのは我らよ。よっと」
大男が、ナマズの魚体に触れる。
次の瞬間にはなんの脈絡もなく、遠山の背後に大きな焚き火が熾り、そこで大男がいつのまにか捌いていたナマズを炙っている。
「マジかよ、もうなんでもありだな」
夢独特の展開の速さと意味の不明さに遠山が力を抜いた。パン文書館の次はナマズ炙りの夢だ、疲れているのは間違いない。
「ふむ、人の子の大きさだとこのくらいか? ほれ、ナマズの白焼きじゃ。塩と山椒かけて食べると優勝出来るぞい」
すっと、差し出されるのは見事なナマズの開きの白焼き。
綺麗に串打ちされ、雅な漆塗りの皿に盛られたそれはまるで料亭で出される上品さを醸し出す。
「優勝てなんだよ、……いただきます」
綺麗な焦げ目に、ほくほくとのぼる湯気と魚のいい匂い。ニホン人である以上これには逆らえない。
いつのまにか用意されていた丸太の椅子に腰掛け、遠山が勧められるままに食事を始める。
「ほほほ、その食へのこだわりと胆力、誠に結構、たんと食え」
上機嫌そうに、大男が笑う。
その顔には濃い霧がまとわりつき、首から上が見えない。
「うわ、いつのまに串打ちしてんだよ。あ、めちゃ美味い……」
ほわり。
口に運んだ途端、舌の上で白身がほどける。魚臭さは全くなく、ほくほくと暖かい。
葉っぱの上に盛られている塩と山椒を指でつまみ、もう一つぱらりとかけた後に、また頬張る。
美味い、魚の油と塩辛さ、そしてピリリと効く山椒の刺激、鼻を抜ける香り高さ。
「これ、マジで美味え……」
この世界に来てからラザールのパンとドラ子の家のステーキ以外は食事に満足していなかった遠山にその料理はがつんと響いた。
気付けば夢中で、塩や山椒での味変カンフージェネレーションを繰り返し、優勝してしまっていた。
「ほほほ、やはりヤマトの国のヒトは魚じゃろうて。ホントなら稲や粟も欲しいところじゃが、あいにくまだそこまで開墾できおらぬ。そういうのは瓊瓊の領分でのう」
「人の夢ん中でダッシュ島するのやめてくれ。……美味かった。アンタは食わなくていいのか?」
「ああ、もう食ったさ、我が勇者、貴様が沢山の贄を運んでくれたからのう……」
遠山の問いに、大男がその場に座り込み胡乱とした返事を返す。
「贄……?」
物騒なワードに遠山は嫌な予感を覚えて。
「ほほ、そう警戒するでない。我が勇者よ。わぬしを脅かすことはせんでな」
「……美味い飯の礼はする。だが、答えてもらう。何者だ、お前」
改めて遠山はそいつを見上げる。
でかい、筋骨隆々の巨人だ。あの時出会ったサイクロプスよりかは小さいがそれでも4メートルほどはありそうだ。
神社の神主のような服装はしかし、あまりにもマッシブな身体を抑えきれていない。
マッシブ神主、それだけでもインパクトある姿だがさらに輪をかけて印象に残るのがーー
「ほほほ、そう警戒するでない。儂はそうさな、少なくとも怪しいものではないぞ」
「うるせえ! どう見てもてめえなんかやばい奴だろうが! 顔にそんなでかいお札貼られてる奴が怪しくないわけあるか!」
霧が、晴れた。そう、その顔だ。
見上げる位置にある顔、表情は見えない。なぜか。
お札だ。ソイツの顔にはまるでキョンシーかなにかのようにでかいお札が貼られ隠されている。
梵字のようなものが描かれているでかいお札がそいつの顔面を覆っていた。
頭に抱いた烏帽子に、顔面お札のマッチョ巨人神主。
怪しい以外に言葉がなかった。
「ほほほ、ヤマトの国の巫女、名前をなんちゅーたかいの。ヒミコ、とか。小娘がぺちーっと貼りおって剥がれんのよ。そのあともあべのはるあきらとかいう小僧に貼り直されてたり、おまけに腕も足も一度、厄介な鬼に斬られてのう…… 昔のように動かんから剥がれんのよ」
訥々とつぶやくその姿、生物的な嫌悪が遠山の身体を震わした。
しゃべってはいけないものとしゃべっている、確信めいた警告を身体が発していて。
「うわ…… こわ……」
「ほほほ、恐れを口に出来る者は恐れに惑わんものよ。わぬしは特に恐れ知らずであろう、酔いにまみれた探索者だものなあ」
「……いや、マジでお前なにもんだ?」
こちらを知っている口ぶりに、遠山が静かに立ち上がる。いつでも何が起きても対応できるように周囲の地形を把握して。
「ほほほ、我が勇者、貴様のことをずっと見ておった。始めて人を手にかけた瞬間、初めて人の枷を踏み越え化け物を殺した瞬間、貴様の克己のその時をずっと見ておった。……なかなかのものだった」
「名を名乗れって言ってるんだ、何者だ」
遠回しな口ぶりに、遠山は苛立ちを隠さない、端的に相手に問う。
「……ふむ、なにぶん儂には名や銘が多くてのう。まつろわぬもの、界を隔てる者、上空に広がる霧、あるいは平原に溜まる霧でもある、が、そうさな、わぬしにはこう名乗るのがよかろうて」
顎を撫でながらも大男は呑気だ。その場にあぐらをかき首をひねりつつ、そして答えた。
「儂の名は、キリ。キリヤイバ、ワヌシに名乗るにはこの名前がふさわしかろうて」
「は?」
その名前は、遠山鳴人最強の兵器の名前と同じで。
ピコン 運命の知らせは夢の中でも。
【条件が達成されました。
隠しクエスト:FOG Dream :が開始されます】
【クエスト目標 キリヤイバ?と会話し、理解を深める。互いの存在を認め合う】
【クエスト報酬 未登録遺物 キリヤイバの拡大解釈使用解放】
【注意 非常に危険なクエストです。失敗した場合、キリヤイバに自我を乗っ取られます】
「うへえ……」
注意で済ますなと突っ込みたくなるメッセージを横目に遠山は舌を出してうめいた。
目の前の存在が少なくとも厄い存在であることだけは理解できて。
「ほう、わぬし、やはり何か見えておるのう? 命運か、天運か。少なくともそれが見えるように弄られておるわ」
「……てめえみたいな怪しい奴と縁があってな。天使とやらとお前、うさんくささだと同じくらいだぜ」
「ほほほ、抜かすでないか小童。まあ、安心せい、今すぐ取って食おうなどというつもりもない故に」
「お札貼られてる奴なんざ信用できるか」
人は見た目が9割、多分人以外も見た目は大事だ。少なくとも無害な奴にはお札は貼られないだろう。
「手厳しいものよ、儂、昔から勘違いされやすいタチでのう。ヤマトのムラを霧で覆い隠して我が界に保存しようとしただけで、ヒミコとやらの小娘に封印されたり、京の都に同じことをしたらまたおんみょうでらの連中にいじめられたりする不幸系の存在なんじゃ」
「いや聞いた限り悪玉じゃねえか。劇場版の敵じゃん」
邪悪極まりない前科を、よよよと泣き真似しながら話す大男に遠山が口を尖らす。
「よよよよ、ヒトの子は老骨に当たりが強いわい。まあ、わぬしにはお似合いの力じゃろうて」
「ヒミコにあべのはるあきらって…… いかん、考えるとキリがねえな」
「霧だけにか?」
「うるせえ、お札マッチョ。そんな図体のくせにフランクに絡んでくるんじゃねえ。テンションのもちどころが難しくなるだろうが」
浮ついた口調で急にちょけてくる大男、得体の知れない存在が戯けてもなんらリラックスはできない。
「ほほ、わぬし、やはり良いのう。この状況、怯えておらぬ。軽口交わしながらも儂という存在を冷静に見極めようとするのはさすがじゃろうてや」
「お前みたいなイロモノによく会うからな。まさか眠ってる時にまで夢見るとは思ってなかったけど」
軽口かえしながら遠山はソイツを観察する。ぼーっとあぐらをかいて隙だらけに見えるが、殺せるイメージがなかなか湧かない。
経験から理解する、目の前の存在は簡単に始末できる存在ではなさそうだ。
「ほほ、試練に挑む者は夢の中に光景を持つものよ。ヒトは夢の中でそれに備える準備をする。別にこれはわぬしだけの話ではない。みな、起きた時に忘れているだけよな」
「お前みたいなのがたくさんいるのか? あのコウモリメンタル雑魚メガネみたいなのも?」
「いるさ、それが先祖の霊であるか、儂のような存在であるかの違いゆえに。まあ、他の連中のことはよい。一度、こうしてわぬしとは話してみたかったのだ。儂に供物をよく捧げる、我が勇者への」
「供物……? さっきもそんなこと言ってたな。あいにくてめえにくれてやるもんはねえ」
「いいや、わぬしは勤勉よ。たくさんの供物を儂に捧げたではないか。故にこうして儂はたらふく腹を満たしてある故に」
「あ?」
邪悪さを滲ませる声だ。己を捕食者であると、強者であると理解している傲慢なもの特有の声だった。
「今日だけでも、ほれ。愚かなる小物、己の責務を忘れ弱者から搾取する薄汚い人間、立ち向かうことを諦め、狡猾に他者から奪うことで生きることを選んだ痴れ者、そして強き自然の芸術品をわぬしは儂に捧げてくれた」
「……まさか」
愉快げに、太い指を折りながら数えるその姿は邪悪。その言葉に遠山は今日始末した連中のことを思い出した。
「その通り、キリヤイバ、我が力を用いてわぬしが殺めた者の魂、それこそが我が贄。我が勇者よ、その献身、評価に値する。誇れ」
お札マッチョの大きな手のひら、そこから霧が漏れ出す。遠山はたしかに見た、霧の中に無数の蠢く何かがいる。人の顔、苦悶の表情を浮かべて叫び続ける人の顔が、霧の中にーー
それを、もぐり。
お札マッチョがお札の隙間に手を差し込み、それを霧ごと咀嚼した。
キリヤイバが始末した怨嗟の声も、苦しみの声も、その全て大男が喰らう。
魂、それを食料とするおぞましい何かと遠山は相対していて。
「うむ、美味い。人の痛みを知らん獣にも劣るヒトの魂はこの軽薄な味がたまらんのよ」
ゲフッと、お札の裏側でゲップをかますお札マッチョ。遠山は目の前の存在への警戒をさらに引き上げる。
「……胡散臭さが倍増したな。生き物の魂を喰らう奴なんざロクな奴じゃねえって6000年前から決まってるんだぜ」
「ほほほ、ふんむ、儂がこの星にて意識を持ったのはだいたい2628年前じゃからのう。えらく昔からある決まりごとよな」
なんのこともなし、と言ったようにキリヤイバと己を名乗るナニカはどこまでも余裕げに遠山を見下ろす。
「………お前、マジで、なんなんだ」
おかしい、そいつを見ていると何か心がざわつく。
それは遠くの記憶、施設を抜け出して見に行った神社で開かれていた縁日のざわめき、祭囃子の音、太鼓の音、笛の音、目眩とともにそれが一気に遠山へ。
思わず、膝を折って、そいつに跪きたくなる奇妙な衝動、祈りを捧げたくなるようなーー
「キリヤイバ、わぬしの力にして、わぬしを見守る存在よ。ほほ、ヤマト、いやニホンか。ニホン人たるわぬしが儂に対して畏れを抱くのは自然なこと故。いやなに、わぬしのような男に畏れられるのは悪い気分ではないのう」
「……お前がキリヤイバという証拠は」
畏れ、大男が言う言葉はまさしく的を得たものだ。ニホン人ならば誰もが抱く超越的な何かへの奇妙な感覚。
鳥居や、地蔵、道端にあるそれらを不思議と避けてしまう、少なくともそこには粗相をしないでおこうという感覚を更に強くした感覚が遠山を襲う。
「ほほ、わぬしはもう理解しておろう。わぬしが生きるたび、わぬしが殺すたびに儂は共におったのだ。良いものを見せてもろうたわ」
キリヤイバを名乗るそれは笑う。遠山のこれまでを称賛するその言葉には軽薄さはなく。
「……なんで、今更姿を現した。それともこれは俺の見ている夢か? 都合の良いキリヤイバという存在を夢見て……」
「そうでないことも、わぬしは既に知ってある。つまらぬ逃避など意味もないぞ。なぜ、と問われればそうさな。儂の方も覚悟が決まったわけよ」
「覚悟……?」
「我が勇者、わぬしはこの儂の力の振るい手として充分に価値を示した。わぬしは人の身でありながらこのわぬしを感嘆させ続けた。故に、わぬしとこうして話したくなってなあ」
「なにが言いたい?」
嫌な予感しかしないが、状況はもう進むことしか許されない。遠山は問う。
「まあ、よくある話よ。儂はそのうちわぬしを殺してその骸を乗っ取るつもりでおったのよ」
「………そうか」
少なくとも心を許していい存在ではなさそうだ。物騒な言葉に遠山は静かに心を冷たく沈めていく。
「まあ、待て待て、そうすぐ殺気だつでない。ほれ、我が剣はしばしの間お預けじゃ」
「は? っぐ、あ、……?!」
熱、遠山は思わずその場に膝をつく。首が、熱い。抑えても抑えてもそこから熱と、キリが漏れ続ける。
ずるり、遠山の意思を無視してキリヤイバが引き出される、それはすぽんと抜け落ちて、大男の手のひらに収まった。
「ふんむ、素晴らしい、ようけ殺したの。徐々にじゃが長さが戻っていきよるわ」
キリヤイバの刀身を眺めた大男が感心の声をあげる。
「て、めえ……」
痛みはない、奇妙な脱力感だけ。遠山は歯を食いしばり、膝をつくことを拒否した。
「これで儂がキリヤイバじゃと信じてくれたかいの。ほほ、安心せい、夢から覚めればきちんとわぬしの言うことは聞くからの。ま、儂が抵抗してもアレはわぬしに服従しとるし」
「アレ、だと……?」
「おっと、口が滑ったわい。ほほ、まあ、気にするな、気にするな」
大男がチラリと、湖の方へ顔を向けた。軽い口調、しかしそれは今までの口ぶりと比べると明らかに早口で。
遠山鳴人はそれを見逃さない、言葉の端にうくソイツの焦りに気付いた。
「待てよ、お前、今湖の方を見たな? ノリで流せると思うなよ。俺に服従してるアレってなんだ? 湖に何かいるな」
遠山の言葉にすぐに返事はなかった。
ようようのぼりゆく山際、遠い空に群れを為して飛ぶ鳥の高い鳴き声が響いて。
風が、さああと吹いた。
湖面に満ちる霧が一瞬それに流されるも、また重たく化粧をするように水面に張り巡る。
「………ああ、まことに、わぬしは恐ろしい男よ。儂の考えは間違いなかったわい。アレがわぬしに懐く理由もわかる気がするの」
じっくり、時間をかけて大男が口を開く。
あぐらをかいたまま、膝を膝に乗せて顔を傾けた。
「お前は脅威だ。やばい奴ってことだけはわかる。だけど、お前、湖にいる何かにビビってるな」
「ほほほ、これは手痛いところをつくものよ。ああ、その通り、儂は恐れとる。あの広き水面の奥の奥、そこの底に沈んじょるアレを恐れとるよ」
大男がその太い腕、肩から手首にかけて刻まれている傷跡へ顔を向けてつぶやく。
「……やりにくいな。お前、底が見えん」
「わぬしに言われとうないわい。あんなものを抱えて、あんなものを孕んで、あんなものを懐かせておるわぬしだけにはの。底が見えんのはどっちじゃい」
ため息混じりにつぶやく大男、その言葉は重たく、それでいて確かな遠山への畏れを含んでいた。
「何言ってるかよくわからねえが…… お前が本当にキリヤイバなら俺が素直に殺されるような奴かどうか、わかるよな」
殺される、乗っ取られる。
単なる夢と切り捨てるのはリスクが高すぎる。
遠山は目の前に迫る不明な存在を見つめる。こういうのはびびったら負けだ。
「ほほ、ああ、分かるともよ、我が勇者。わぬしが厄介なのはいやっちゅーほどに理解しとるわい。何度指を折って数えたものか。わぬしは本当ならとっくの昔にくたばっておる筈じゃった」
傷を撫でながら、キリヤイバと名乗るその巨人がつぶやいた。
「あの日、あの時わぬしは死なんかった。友を失い、儂の力を暴走させ、霧に呑まれてもなおわぬしだけは死なんかった」
物々しい梵字だらけのお札が揺れる。視線すらわからぬその表情はしかし、遠山鳴人をじっと見下ろす。
「あの日もわぬしは死なんかった。手作りの武器だけで己の気に入らぬ者たちの盛り場に乗り込んだわぬし。一宿一飯の恩だけで暴力を生業とする者たちの根城へ乗り込んだ時もわぬしは死なんかった」
ずっと、見ていた。
キリヤイバは、語る。彼が見てきた遠山鳴人という人間の半生を。
「あの時もわぬしは死なんかった。探し索める者となり、己の限界を超えて土蜘蛛のごとき化け物と相対した時も、なお、わぬしは死なんかった。そしてついに、探索の中力尽きてもなお、死んでもなお、わぬしは死なんかった」
忌々しさと、ほんのわずかな感嘆の響きで言葉は続く。
早朝、草むらから虫たちの鳴き声が、凛と響き続ける。
「わぬしの歩みは止まらない。ついには死んでもなお、その続きの中を歩んじょる。ああ、死ですら結局わぬしを止めることは出来んかった」
その封印の枷の内側に隠れる顔は、いったいどのような表情を向けているのだろうか。
巨人がただ、己の繰り手を見て話す。
「じゃから、儂はわぬしが恐ろしい。殺せる気がせん、殺される気しかせん。人の子の範疇におりながらそれを為すわぬしを心底恐れちょる」
「…………お前、まさか本当に」
遠山がつぶやく。抽象的なその言葉はしかし遠山には何を言っているか全て分かる、覚えているのだ。
ガキの頃、タロウを喪ったあの河原で全身大怪我してなお生き残ったときのこと。
高校の頃、ある目的から半グレ集団の駆るハイエースに当たり屋かましてそれを理由に全員釘バットで半殺しにした時のこと、ケツモチのヤクザと揉めたこと。
そして、探索者。ソウゲンオオジグモとのタイマンや、最後の殿での大乱闘。
死にかけた、そして、死んだ全ての出来事を巨人は語っていた。遠山しか知らないはずの過去を。
遠山は口を挟まない、大男の挙動から目を離さずその場で立ち続ける。
大男が手のひらを広げ、こちらに差し出すようなポーズを取りつぶやいた。
「儂の目的はただ1つ。復活」
一度、滅びた、そして封じられた。しかし、続きがあった。
遠山鳴人とどこか似ているその境遇、ありうべからざる機会を得たソレは己が最も畏れる小さきモノへ偽らざる本心を語る。
「もう一度現世にて儂は儂らしく在りたい。拝まれ、畏れられ、憎まれ、感謝され、蔑まれ、褒められ。ああ、ただ、儂は儂として在りたいのだ」
その願いは、小さき者とよく似ていた。
「わぬしは、儂にとっての僥倖、儂の依代、儂の未来、儂の肉体。本来なら、ふむ、すぐにでも内側から呪い殺し、全てを貰うはずじゃった」
「極悪の邪悪じゃねえか」
思った以上にやばい奴だ。だが遠山は不思議に思う。はずという言葉はつまりーー
「ほほ、儂らはもとよりそう言う存在故に。意識をもった天体の現象、善も悪もまた人の概念ならば儂らを縛ることはできんでな」
「なるほど、じゃあついにてめえは俺をぶっ殺そうと正体を現したわけだ。やるじゃないか、道具の分際で。遺物、わけわからねえモンだとは思ってたがとんだ呪われた装備だったわけだ」
「ほほ、そう、その通り…… と言いたいところなんじゃがなあ。言ったろう、我が勇者よ。儂は貴様を恐れちょる、と」
「何が言いたい」
「色々考えたのよ。本気で呪い殺すことや、貴様の味方のフリをして騙すこととかの。じゃが。うん、どれもうまくいく気がせん。味方のフリをしてもそのうち見破られそうじゃし、騙すにも貴様は聡い、必ず儂の思惑に辿り着く。貴様、いや、わぬしはそういう男じゃて」
「………」
返事はしない、遠山は言葉を待つ。
「そこで儂は思った。もう考えても無駄じゃとな。じゃが儂は儂の夢、ほほ、この儂が夢というのも笑えるが、それを諦めたくない。わぬしを見ていると余計に強く思えての。儂はどうあっても、わぬしを殺してわぬしを奪いたい」
「たちわるいな、お前」
「じゃから、正々堂々と真正面からわぬしを乗り越えることにした。正々堂々、王道で、わぬしに挑むことにした」
「おっと、タイマンか? キリヤイバナシでやるのは少し勘弁したいんだけど」
遠山はソイツの言葉に構える、さてどうなるか。まだ殺し方が完全に整理できてなくて。
「違う、儂は待つことにした」
「ん?」
しかし、その大男のものものしい言葉と裏腹に殺気や敵意はいつまでたっても感じられない。
「わぬしは強い、わぬしは恐ろしい。わぬしは必ず敵を滅ぼす。わぬしは必ず辿り着く。他の誰がそれを信じんでも、儂はそれを信じる。運命を放り捨て、なお変わらぬその強靭さたるや、国津はおろか天原でさえおらん。故に、待つ」
穏やかさと、力強さだけの言葉だ。
捧げるように告げられるのは、高きモノから小さきモノへとくべられる最大限の賞賛。
「待つ?」
「儂とわぬしの最大の違い、それは定命の存在であるかないか故に。儂の時間は永遠なれど、貴様の時間は有限である故に。じゃから、待つ。貴様が死ぬその時を。貴様が諦めるその時を、儂は待つことにした、時が来るまで儂は貴様には刃向かわんことにしたのよ」
「……ええ、新しいパターン。てか、ガチすぎない?」
つまり、寿命まで待つということだろうか。遠山はオタク知識によるお約束から外れたその言葉に少し戸惑う。
こういう何かに取り憑く系の奴ってそんなガチな感じで身体を奪おうとする奴いるっけ、違う方向で遠山は焦り始めた。
「わぬし相手には一切の遊びも、一切の油断もいらん。わぬしの生き様を見ていて、強く思うたのだ。儂もわぬしのように生きたい。それにはわぬしを殺さなくてはならんが、儂にはわぬしを殺せる気がせん」
どこまでもその言葉は真摯だ。誰よりも近くで遠山鳴人の拡大する自我に触れていたその存在は、誰よりも遠山鳴人の本質を理解していた。
「故に、待つのだ。遠山鳴人。貴様はこの儂を感嘆させ続けた。貴様は戦わずしてこの儂を超えたのだ。故に、貴様が生きている間は儂の力を貸そう。貴様が死んだのちにその身体を貰う代わりにな」
遠山鳴人は、知らぬ間にそれを調伏せしめていた。拡大する自我に魅せられた存在は、虎視眈々とその身体を狙っている、しかし、争う気すら遠山に奪われていて。
「ん、んん? まて、つまり、お前は…… 俺が死んだ後に俺の身体を乗っ取るって言いたいわけな?」
「その通り」
「……つまり、生きてる俺をぶっ殺して乗っ取る、とかじゃないわけ? 身体を寄越せみたいなノリとかは」
「諦めた。怖いもん、勝てる気せえへん、地元じゃないし」
「ええ……」
邪悪な存在であることは間違いないが、脅威度が微妙に理解できないそいつに遠山が戸惑う。
「遠山鳴人、わぬしは儂にとっての超えるべき試練。人でありながら、儂を驚嘆させ、感嘆させ続けた憧れにも似た存在。誇るといい、我が勇者よ。儂の力は生きている間は貴様のものだ」
ぐぐぐ、巨人が身を屈める、片膝をつき、頭を下げて、大きな腕を遠山に差し出した。
「あ?」
「我が勇者よ、序列はここに定まった。儂が下、貴様が上。儂は貴様が生きている間は、ただ忠実な力として共にあろう」
ソレは明らかに、遠山鳴人に首を垂れた。
強大なる力、そのもの。己の快と不快のみで行動するべきその存在はその小さきモノの生き様に魅せられ、畏れていたのだ。
「……てめえみたいな胡散臭い力に俺が今後頼るとでも?」
「頼る、そして使う。人は一度覚えた力を手放すことは出来ん。わぬしも例外ではない。わぬしが、わぬしらしく生きるのに力は必ず必要だ。敵が、多いだろう?」
言い切る。
そしてその言葉は的を射ている。遠山鳴人は力を手放すことは決してない。
「嫌な野郎だな。たしかにキリヤイバ無しの縛りプレイはやりたくねえ。おい、お前が本当にキリヤイバで、俺を殺したいんなら、正直いつだって出来るはずだろ?」
「ああ、その通り、その通り。じゃが儂はそのやり方は選ばん。言うたろう、想像できんのだ。貴様が死ぬところが、貴様に勝利する儂の姿が想像出来ん。仮にキリヤイバを奪ったとて、貴様は必ずそれを取り返しにやってくる。貴様の味方のフリをして裏切ったとて、貴様を仕留めきることが出来ずに、必ず儂は殺される。そんな気がしてならんのだ」
最大限の賛辞だろう。
最大限の評価だろう。
誰よりも近くで強欲なる自我に触れすぎたその存在は、在り方すら拡大するその自我に侵され始めていて。
「儂は、儂は、わぬしに殺されとうない。あんな、恐ろしき畜生を愛し、愛されるような化け物に勝てる気がせんのだよ」
「お前、震えて……」
「じゃから、これは宣戦布告と、命乞いじゃ。儂を殺すな、代わりに力をくれてやる。儂を殺すな、貴様の邪魔はせん故に」
これはつまり、そういうことだ。
己の中にある力、キリヤイバ、を名乗るソイツを受け入れるか、どうか。
「……後顧の憂いを消すために、ここで俺がお前を始末すると言ったら」
「ふ、抵抗するさ。儂の全性能をかけて、貴様に挑む。儂は死にとうない、儂はいやじゃ、もう2度とあの闇に還りたくない。ここにいたい、生きていたい、儂はーー」
大男、高原に広がる霧、平原に溜まる霧にして界をわける高きモノは既にーー
「儂の欲望のままに、存在し続けたい、ただ、それだけじゃ」
既に、遠山鳴人に魅せられて、侵されていた。
その言葉に、遠山の動きが止まる。
判断、目の前の存在を受け入れるか、否か。
目の前のこれは毒だ。それは間違いない、意思をもった毒、いずれ己を必ず蝕むであろう毒。
切り離すべきだ、ここで始末するべきだ。理性は曹結論づける。
しかし
「…………俺が死んだ後、お前はまず何をするんだ?」
興味を持ってしまった。目の前の毒のことが気になってしまって。
「……旅がしたい。儂はこの目で世界を見て、行って、体験して、儂は儂のやりたいように生きたい」
「そうか、そりゃ…… 悪くねえな」
遠山鳴人の自我は完成していない、ゆえに他人に深く影響を与える。
故に、他人からも強く影響をうける。
遠山鳴人はこういうのに弱かった。目の前の存在の怪しさや、底の知れなさと、そのちっぽけな願いを天秤にかける。
すると、興味の方が重くなってしまった。
「……俺が死んだ後、気になるのはお前が俺の周りの人間に余計なことしないかどうか、それが気になる」
「要らん心配さ、わぬしは最後まで生き残る。わぬしが死ぬ時はわぬしにとって大事な存在を全て見送ったあと故に」
「お前の存在を許す理由が欲しい」
短く、問う。その問いにうまく答えてくれることを遠山は願う。
「力を。わぬしが生きている間、わぬしの欲望を叶える力を。儂は力そのもの故に」
「お前の言葉を信用する理由が欲しい」
短く、問う。信用する建前でもいい、それを遠山は願う。
「………儂の殺し方はシンプル故。我が遺物、我が楔たる刀身を折れば良い。そうすれば儂はおそらく死ぬだろう。天秤のバランスは崩れ、儂は湖に引きずり込まれて消える」
「なに?」
「わぬしよ、今のこの状況こそ、儂が貴様をもっとも恐れる理由なのだ。わぬしの中に居るのが儂だけなら儂はすぐにでも貴様を殺せたはず、わぬしの中にいるのがアレだけなら、わぬしはすでに人ではおらなんだ」
「何を、言ってる?」
「ヒトと獣、儂とアレ。貴様は両方を受け入れて、両方を飲み込んだ。人間という存在のなんと恐るべき、おぞましいほどの強欲。力であるならばその全てを受け入れる本質のなんと強く、逞しく、しぶといことか」
震える声で、巨人が囁く。
遠山鳴人に慄く姿を晒し続けて。
「キリヤイバを捨てれば良い。儂が信用できぬのであれば刀身を折れ。さすればアレは己の好きなように貴様を変えるだろうさ。
わぬしに永遠のぼうけんをさせようと。その無邪気な本質のままにの」
ぼそりとつぶやくその声は重たく。
霧が濃くなってゆく。
「待て、あの湖の中に何がいる?」
「さてな。それはわぬし自身で確かめるといい。儂の言いたいことはこれが全てだ。ここでキリヤイバを捨てるような人間であれば、儂もここまで苦労はしておらぬ。……ではな、我が勇者。ああ、そうだ。早速だが我が力の一端を貸してやろう。キリの持つ"保存"の力を役立てるといいさ」
「保存?」
「たくさん殺すといい。たくさん蒐めるといい。それは全て貴様のキリとなるのだから」
「いや、説明する気ゼロかよ」
呟きながら、遠山は思う。キリヤイバを捨てることはないだろう。
自分が死ぬその時に、終活が少し面倒になるだけだ。そう結論づけた。
「要らんだろうさ。人は危険とともに強くなる存在じゃろうて。危機が迫れば自ずと使い方はわかる筈。そういうふうに貴様らはできてあるのじゃろう」
ぼのり。
大男、キリヤイバを名乗る何かの言葉が終わると、同時に湖が揺れた。
湖面に波紋がいくつも沸き起こる。
ごぽり、こぽり。まるで湖の底にいる何かが呼吸を始めたようなーー
「なんだ? 湖が……」
「……長くここにおりすぎたの。アレがまどろみから覚めようとしちょる。懐かしい、わぬしの匂いに興奮しとるわ」
「湖が、揺れて……」
「はよいけ、アレはわぬしに悪意はないが存在が強すぎる。じゃれ殺されるぞ、貴様」
「俺が殺される方がお前にとって都合良いんじゃねえの」
「ふん、アレは例外じゃ。ではの、また次の夢で。湖とは反対側に進め。あの血吸いの寄生虫の公文書館の向こう側を目指すと良い」
大男が指さす方向、わかりやすくそちらは光に満ちている。本能的に理解した、あちらが出口、夢の終わりにして、目覚めへの入り口だと。
「……夢にしちゃ楽しめたよ。じゃあな、お札マッチョ」
「キリヤイバじゃと言うとるに。またの、我が勇者、我が宿敵、我が肉体よ」
遠山が、言われた通りに光に向かって歩き始める。何度か湖の方を振り返るも、次第に湖の揺れは収まりつつあるようだ。
不思議な、懐かしさ。でもなんとなく今の自分では湖に近づくべきでないと感じた。
光が更に強くなる、眩しさに目を瞑ると、すぐに遠山鳴人の意識は消えてーー
「さてさて、どうなるものか。遠山鳴人よ。欲望のままに生きる強欲なる人間よ。貴様はその欲望により身を立て、試練を乗り越えてきた」
光に呑まれ、夢から消えた主人を見送るソレはつぶやく。
彼は何一つ嘘は言っていない。遠山鳴人という人間に畏れを抱き、支配ではなく共生を選んだ姿勢に間違いはない。
「だが、気付いておるか? その在り方の歪さを。貴様は危うい。もし、その欲望が"怒り"に変わったその時、果たして貴様は人のままでおられるのかのう」
だが、諦めてもいない。主人に影響されたその性質、強欲ーー
遠山鳴人が、遠山鳴人のまま居続けるのであれば、彼は力になり続ける。
だが、もしも道の最中、遠山鳴人がそうでなくなったのなら、その時はーー
全てが霧に包まれていく。
揺れる水面も、上りかけの朝日もまた濃い霧に。
遠山鳴人の行先を見つめるこの世ならざる存在、界を分け隔てし霧の概念もまた、揺れ動く湖から目をそらさない。
「まあ、どちらでもよいさ。貴様はどうせ進むのだろう、それだけは知っておる故に」
やがてまた静かに釣糸を垂らし始めて。
夢は、つづく。
………
…
「起きろ、ナルヒト。朝だ」
「アニキ! 朝だぜ」
「……おはよ、兄さん」
「はい、アニキさん、お水!」
「すびー、しぴー」
「ぷすー、ぷすー」
みんながいた。
遠山鳴人は目を覚ます。
「……おお、おはよ」
藁のベッドを取り囲む声、まどろむ体を引きずるように体を起こす。
開かれた窓から差し込む陽光が瞼を通じて脳に染みる、いくらでも吸い込める心地よい明るい朝の空気の中に遠山はいた。
「やけにうなされてたな。悪い夢でも見たたのか?」
ラザールが水差しからコップに水を注ぎながらつぶやく。
「……おお、ラザール。公文書館がパン文書館になって、メガネがヴァンパイアで、湖でお札マッチョにナマズの白焼きご馳走になったんだけど、これ、夢?」
「高熱の時に見る悪夢かな?」
ラザールの容赦ない一言。
夢は、はっきりと残っていた。知識の眷属との出会い、キリヤイバを名乗る何かとの邂逅。
現実か夢か判断できないほどの奇妙な体験。思い返せば、あのナマズの白焼きの味すらまだ舌の根に残っているんじゃないかというほどに。
遠山はしかし、その夢の全てを覚えていた。そして確かに成果を持ち帰っていて。
ピコン
【パンの知識、きちんと使ってもらうから。よろしくby ハーヴィー】
「……マジかよ」
遠山鳴人の新しい1日がまた始まった。
【隠しクエスト :FOG・DREAM 達成!
報酬 未登録遺物 "キリヤイバ"への拡大解釈が可能になりました。
遺物使用の新たなるステージです。危機が訪れる前に使いこなせるようになることをお勧めします】
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
<苦しいです、評価してください> デモンズ感




