5話 隠しクエスト【Dragon Hunt】
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メインクエスト【冒険奴隷】 クエスト崩壊
隠しクエスト【Dragon hunt】進行中
「…………久しぶりだ、褒めてやる。ここまで不愉快な気分は本当に久しぶりだ」
「キレんなよ、どうした、さっきまでのたのしそうな態度は?」
遠山が軽口を返す。
空気が震えている。その鎧野郎の存在に世界が怖じけているようだ。
だが、遠山は退かない。
既にダンジョン酔いがその恐怖を感じるべき脳を茹だらせて、壊していた。
「似てるな、お前。俺と違う、本物だ。本当に数少ないマジでやばい奴だ」
一度だけ、遠山鳴人は"本物"を見たことがある。
国家よりその力を認められ、国家戦力の1つとして指定された探索者ーー
「"指定探索者"、連中と同じ化け物だな、お前」
探索者の中の最高峰の存在。その中で最も輝く存在、人でありながらアメリカ合衆国の国旗を飾る星の1つとして数えられた現代の英雄。
現代ダンジョンから"嵐"を持ち帰った52番目の星。
遠目から一度見たことがある彼女の輝き、それと同じ感覚を鎧ヤローは放っていた。
「シテイ、タンサクシャ? ふん、まあ、いい。覚悟は出来ているようだ。……竜は約束は破らん、そして言葉を違えることはない。この場に残った、ということは貴様が死ぬわけだな」
「ひ、ヒヒヒヒヒヒ、バァカ。この場に残ってるのはてめえも同じだろ?」
「……なんだと?」
「ノーミソの回転がトロイな。朝飯食ってんのか? ……この場で死ぬべき奴は俺じゃねえってことだよ」
「……よい、許す、囀ってみよ、奴隷」
「てめえが死ね、この場で死ぬのはてめーだけだ。タコ鎧」
「………く、ククククク、はははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
辺りが揺れた。軽い地震でも起きたのかと思えば違う。鎧野郎の笑いに世界が揺れているのだ。
びり、びり、と身体が痺れる。それでも遠山はじっと、時を待つ。
「もうよいわ」
圧力が膨らむ。
鎧野郎の大槍、三又のゴテゴテした大槍が赤熱している。
傍らで倒れている一つ目の化け物、巨人、サイクロプス。首チョンパされたそいつからはしかし、血が流れていない。
つまり
「火、熱か。……斬り結ぶことすら出来ねえクソ武器、厄介だな」
「ははハハハハハ!! やけに冷静ではないか! 良い、獲物としては退屈はせぬ!」
膨らむ、膨らむ、膨らむ。殺気、大型の怪物種が向けてくるそれより何倍も大きく、身体の動きを鈍くする殺意。
遠山は動かない。
鎧が、地面を踏みしめる、踵が地面を割り沈むレベルの膂力。
人の形に押し込められた竜が、奴隷を殺そうとーー
「獲物はお前だ、マヌケが」
関係なかった。いかに奴の武装が恐ろしくても、いかに奴が本物のヤバい奴であろうとも。
この瞬間、この勝負に限ってはもう、決着がついていた。
「っーー?!」
鎧野郎は踏み入れてしまった。いや、どちらにせよもう遅すぎた。
遠山鳴人の準備は、既に終わっているのだから。
遠山が風上に立っている時点で、全ての準備は終わっていた。もう、これは戦いではない。
「お前が、死ね」
上級探索者の狩り、だ。
ソレは、現代ダンジョンの中でのみ見出される探索者への"報酬"
現代ダンジョンの中でしか出土しない、特異現象を引き起こす物品。
時に荘厳な宝のように人の足の届かぬ領域にそっと隠されている。
時に大いなる試練、強大なる怪物種の亡骸から見出されることもある。
そして時に、あっけないほど簡単に巡り会うこともある。
「っーー き、さま、ソレは」
鎧が足を止めた。獲物へとびかかる肉食獣のごとき勢いが鳴りを潜めた。だが、もう遅い。全てが遅い。
ソレは2028年、現代ダンジョンが現れた地球において物理法則を覆し、"かがく"を嘲笑う存在。
ダンジョンが孕む、この世の理を書き換えるモノ。
ソレを人は、こう名付けた。
「仕事の時間だ」
アーティファクト、レリック、あるいはーー
「遺物、霧散」
遺物、と。
「満たせ、"キリヤイバ"」
遠山鳴人の右胸から何かが引きずり出される。
それは酷く傷んだ刀剣。湾曲した刃はしかし、半ばから欠けて壊れていた。
主人の肉から溶けるように出でし刃。しかし、主人の肉を傷付けない。
折れた刃の先を、遠山がヘラヘラしながら鎧に向けていた。
「その香り、まさか、"副葬品"っ?! バカ、な?! ア?! ギャッ?!」
突如、鎧が悲鳴を上げた。身体を掻きむしり、膝をつく。
「何、を、奴隷、このオレに、何をした……っ?! 答えよ!! 人間!!」
「あ? 言ったろ、殺そうとしてんだよ、マヌケが」
遠山が見下し、鎧が見上げる。
金色の鎧の隙間から漏れ出す液体、真っ赤な液体、血液だ。
「"キリヤイバ"は既に、半径50メートル範囲に広がっている。お前が間抜けにも風下に立ってくれて助かったよ」
縫い目、関節、鎧の至る所からポタポタと血が流れ始めた。
「"キリヤイバ"は空気の中に見えない刃をばら撒く。仕組みなんか知らねー。そうなるからそうなるんだ。お前がいくら分厚い鎧着込んでてもよー、空気に触れないなんてことはねえだろ?」
「ア、痛い? このオレの鱗、身体が、バカ、な?! バカなバカなバカな…… ど、奴隷!! これを止めーー」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、ああ、怪物狩りはたのしいなあ」
「アーー」
ばちゃり。
あっという間に、鎧からは致死量を超える血液が流れた。
「すげえ鎧だな。ソウゲンオオジグモの甲殻すらキリヤイバは刻めるんだが…… まあ、鎧の中身はそうはいかなかったみたいだな」
その分厚い鎧の内側を、遠山鳴人の探索者道具がズタズタに引き裂いていた。
これが遺物、世界の理を書き換えるチート。
遠山鳴人はそれの主人でもあった。
「……うえ、気分悪……」
使いすぎると異様に腹が減り、気分が一気に悪くなるのが欠点だ。
「うえ、ウエエエエエエ」
その場で遠山がキラキラを吐き始める。頭が痛く、世界がグルグル廻り始める。鎧の死体のすぐそばで奴隷が吐き続ける。
おぞましい光景が広がっていた。
「ウエップ…… あー、気持ち悪。使うといっつもこうだから、出し惜しみしちまったんだよなー。まあ、反省を生かして開幕ブッパしてみたが、効果は大なり、ってか」
あの最期、一つ目オオザルどもとの大乱闘、キリヤイバの攻撃は遠山にも影響することや、この揺り戻しのことで使用を躊躇った。
だから、死んだ。だから、負けた。
もう、遠山は今の状況を夢とは思っていない。
リアル、すぎた。慣れ親しんだ己の兵器を扱う感覚も、その代償のこの気持ち悪さも。
あのトカゲ男、ラザールのパンの味、夢とか関係なしに気に入ったあの言葉。
「ひ、ヒヒヒヒヒヒ、ああ、でも、たのしい、なあ」
そして、この探索者としての狩りの成功の昏い高揚も。
夢でもなんでも、もう関係なかった。欲望を満たすその感覚がはっきりと遠山鳴人に生を知らせていた。
「なめ、るなよ、下等生物が」
「お?」
↓は未だ消えず。
血の海に沈むその鎧を刺し示していた。
やりを杖のように地面に突き立て、鎧野郎が立ち上がろうとする。
バキリ、鎧が膨らみ、弾けた。背中の部分のプレートを突き破り、現れ出でるのは金色のーー
「……翼?!」
雄々しく開く、大空を制する上位生物の証。輝く翼膜はまるで陽光を透かしたかのように。広がる翼骨は黄金の如く。
ばきり。
背中、腰のあたりのプレートを突き破り、這い出でるのは金色のーー
「は? 尻尾?!」
木々を薙ぎ倒すその上位生物の尻尾は始祖の名残り。
「ア、アアアアアアアアアアア」
竜。世界に選ばれた上位生物。
この帝国においては"教会"の認める"天使"とその眷属以外で唯一、信仰の対象として存在する現人神ならぬ、現竜神。
「リュ、ウ、カ」
神威すら内包するその圧倒的な力が、傷を癒やし、殺意をたぎらせる。己に反抗するちっぽけな奴隷を狩る為、その力が目覚めようとーー
「あ、そういうのいいんで」
バチャ。
「ーーァ?」
大きく、激しく。
翼が、尻尾が、その竜に変化していく部位が裂けた。
立ち上がりかけていた鎧、その身体が跳ねて、仰向けに。再び血の池に沈む。
翼、尾、まるで内側から弾けたかのようにグズグズのボロボロに成り果てーー
「言っだろうが、死ぬべきはお前。獲物はお前だってよー」
再生、復活。竜が竜たる所以、その生命の強さ。
しかし、相手が悪すぎた。遠山鳴人は探索者だ。再生する敵、己よりも遥か強大な生命。
それの相手に慣れていた。
それの殺し方を熟知していた。
「"キリヤイバ"は既に、とも言ったよな。ああ、もう聞こえてなくてもいい。説明した方が何故かキリヤイバの効果は強くなるんだよ。えーと、続けるぞ? 空気に混ざるんだ、目に見えねえ細かいヤイバがな」
「お前、何のために呼吸してる? その喧しいくぐもった声を叫び散らすだけか? 違うよな、てめえも血をながすんなら、その血が赤いんなら答えは簡単。呼吸、空気を吸うことによる酸素を利用してのエネルギー変換で生きてるんだよな」
遠山が、血の池に沈む獲物を冷たく見下ろす。折れた刃、己の遺物をクルクルと掌で弄びながら。
「ならもう、仕込みは完了してんだよ。てめえの血、てめえの身体、全部"キリヤイバ"が入り込んでる。便利だろ? 上でやったみたいに真っ白に"キリ"を流す事もできる、てめえにやったみたいに透明に、見えない"ヤイバ"を仕込むことも出来る…… まあ、次があったら活かせよ」
ぴくり。
その鎧の身体が痙攣する。
遠山は顔色1つ変えず、
「殺せ、キリヤイバ」
びち。
その名前を呼ぶ。鎧の身体が一瞬跳ねる。さらにズタズタに、鎧に仕込まれたヤイバが生命を切り刻む。
「しぶてえな。俺はこう見えて慎重なたちでな。確実に殺しとかねえと夜、寝れなくなるんだよ。ほら、いやだろ? 夜は11時までには寝て、6時くらいまではぐっすりしたいんだ。睡眠欲も俺の欲望だからなあ」
遠山が、拾う。
ラザールが勇気を持って投げ捨てたそれ。
やたら美しいナイフ。その刃は透き通り、分厚い。そっと切れ味を確かめるために、親指の爪に刃を立てる。
「いてっ!! マジかよ、すげえな。刃当てただけだぞ」
軽く刃を当てただけの親指の爪、スッと赤い線、つぷり、血が滲み出した。
「いーい、ナイフだ。これなら充分だろ」
遠山が、血の池に踏み込む。身体を内側からキリヤイバに斬り刻まれ続ける鎧。
その生命力に感嘆しつつ、鎧の顔近くを覗き込むようにしゃがんだ。
「じゃあ、まあ、ほれ、返すぜ、高いんだろ?」
ぐっ、と。
遠山が逆手に持ち直したナイフを真下に振り下ろす。鎧のツラ、目の辺り目掛けて振り下ろしたナイフが兜ごとその顔面を貫いた。
硬い物、柔らかいもの、硬くてざらざらしたもの。ナイフを通してその感覚が返ってくる。
「うへえ、気持ち悪」
びくり、びくり。
顔にナイフを突き立てられた鎧が一際大きく身体を痙攣させ、そして動かなくなった。
↓が、その死骸を示した。
【HUNTED DRAGON】
メッセージが流れる。
手についた返り血を拭い、その遺物を己の身体に収納しながら、遠山が見下ろす。
「探索完了」
死すべきものが、死んで。
「あばよ、鎧ヤロー」
探索者が、生き残った。
【隠しクエスト "Dragon Hunt" 達成】
【隠し技能 "竜特攻"が解放されました】
TIPS€ "竜特攻"
竜に対する特攻を得る。この技能を持つ者は戦闘に限らず、あらゆる"竜"との関わりにおいて非常に優位な補正を得る。
この技能を得るには最低1柱の竜を殺さねばならない。本来"竜"特性を持つ者しか得るとこは出来ない技能である。
そもそも"竜"を殺すためにはこの技能が必要になるので、実質的に生まれた瞬間から"竜特攻"を持つ"竜"でない限りは後天的に得るのは不可能な技能である。
ただし、抜け道はどこにでもあるものだ、例えばこの世界のルール外の力で、竜を一度でも殺せた存在にはこの技能が発生する。
それはしかし、歪みとなるだろう。持たざる者に備わっていいはずの力ではないのだ。
ここに天使の創り出した世界においてまたバグが生まれた。物語を好む"彼女"は喜ぶだろう。
さあ、もっと、もっと面白きものを、と。