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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
遠山鳴人のたのしい異世界オープンワールドライフ

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45話 主教サマと話そう!

 



「さて、ごほん。ではそこのコマシ、いえ、我らが竜殺し。よくぞ貴き我らの竜を鎮めてくださいました。異端審問官に相応しい仕事と言えますね」





「ええ…… なんのこともなしに話し始めたぞ。面の皮厚すぎない?」





 竜が消えた瞬間、さきほどまでオソラ、キレイ、ミヨ! アオザメテル! とぶつぶつウツロだった主教が復活した。






「……まあ、なんのことでしょうか?」




 キョトンと首を傾げ、糸目をにっこり笑顔に変える女主教。スイッチの切り替えが異常に早い。権力者としての才能だろうか。






「いや、まああんたがそれで行くんならいいけど」




 遠山がその辺のツッコミを諦めて、ソファに座り直す。





「ナルヒト、これほんとに美味いぞ」




「てめえ、ラザール。それ何杯めだ。蜂蜜トカゲめ」




 銀の水差しをもったまま、ラザールもまた自然に再び遠山の隣へ。




 ごくりと、ハチミツ水を傾けることだけはやめない。





「……竜たちは帰ってくるでしょうか」



 ぼそり、主教が呟く。




「知らん、だがあの2人は完全に実力似たような感じだろ。喧嘩でも時間かかるんじゃないの?」





「はあ、蒐集竜、竜の巫女だけならまだしも、かの全知竜、いえ、今は人知竜でしたか。魔術式の祖、学院の護り竜まで引っ張り出してくるとは…… ああ、予想の3倍重いわ」




 主教の慇懃無礼な喋り方が少し崩れ始めていた。



 大きなため息とともにソファの上で頭に手をやり唸る。




「ナルヒト、お前のせいでボスが頭を抱えてるぞ」




「ラザール、お前が蜂蜜水飲みすぎるからじゃね」




 2人のトラブルメーカーが目を合わさずに互いに色々押し付けて。





「……どっちもよ。竜殺しは言わずもがな、まさかリザドニアンの奴隷があの"影の牙"とはね。王国の暗部組織の中でも名前が知れ渡るほどの存在である貴方がここまで流れ着くのは…… 王国もいよいよってことね」




 主教の言葉にリザドニアンという種族への差別の色はなかった。シャンデリアの蝋燭がわずかに揺れる。





「まあ、それはともかく。えっと、主教様、でいいのかな?」



 遠山が居住まいただしながら、目の前の苦労人っぽい女に声を向けた。





「主教でいいわ。貴方たちに様づけされるの、特に竜殺しには様つけなんてされたら竜を差し置いて、様付けってことになるでしょ」




 それはまずいわよ、胃が死ぬわ、胃が。



 ぼやく主教はまた大きなため息をついた。





「あー、ドラ子あいつ社会的ステータスすげえな」





「……この際、貴方と私たちにある認識の差は諦めるわ。……さて、色々ありすぎて話がほんと飛びまくってるけど、自分たちの状況は理解できたかしら?」




 遠山の暢気な声に顔を見て歪めつつ、主教の声がわずかに低くなって。




「ああ、まあだいたい。それと、主教。助かった、ありがとう」





「まあ、なんのことかしら」




 頭を下げた遠山を主教が糸のような細い目で見つめる。よく見るとその目は笑っていない。うっすら開いた瞼から紫の瞳が覗いていた。





「意地悪いこと言うなよ、異端審問官とやらのことさ。大方、本来ならあれはあんたの交渉のカードの1つだったんだろ? 俺とラザールを庇うためにそれを使わせちまった」





「ふうん…… 貴方、ほんと不思議、いえ、不気味な男ね。驚くほど冷たいかと思えば礼儀を重んじて、でもその舌の根では私、いえ、天使教会へいまだに自分たちを高く売りつけようとしている……」



 遠山の言葉を受けて値踏みする目を続ける主教。




 竜や騎士と相対している時とはまた別の嫌な感覚。自分よりも遥かに頭の良い人間と向かい合う時特有の嫌な感覚に遠山は包まれる。





「そこまでお見通しかよ。あんたすげえな」




 素直に感嘆の言葉を遠山が漏らして。




「ふん、お礼を言うような良識があればこれ以上の交渉、やめてくれないかしら? ひとまず、貴方たちの行った犯罪行為については、ほら、私たち主教派が庇うってことで」





「ああ、もちろん。大きな爆弾抱えてもらった恩は忘れない。俺の地元にはこんな言葉があってな。犬は三日飼えば恩を忘れぬ、俺に関してはさっき庇って貰っただけであんたに助けて貰ったことは忘れないさ」





 チベスナのような無感情な目と、笑顔を保つ糸目が無理矢理に笑顔を象り、互いを見つめる。





「ふふ、なら話はこれで終わりかしら? 異端審問官の仕事に関してはまた、日を改めてーー」





「だが同時に、こんな言葉もある。"それはそれ、これはこれ"、んっんー、名言だなあ」




 話を終わらせようとする主教、しかし遠山の仕事はこれからだ。




 鉄は熱いうちに打て、交渉ごとにも同じことが言える。決めなければならないことはその日のうちに。





「なにが、言いたいのかしら」





 遠山の言葉に、主教の平坦な返事が返ってきた。




 わずかに、ピリ、と。主教の側、猫獣人とちびっ子シスターの纏う空気が変わりつつある。





「俺とあんたにはまだ話し合うことがあるってことさ、ボス。なに、ただもう一蓮托生であることに変わりはない。値段だよ、主教。あんたらは俺とラザールを一体いくらで買ってくれるんだ?」





 身の振り方は大抵固まった。騎士団という公的権力に抗うために審問会に籍を置くのは遠山にとってもありがたい話だ。





 だが、肝心の待遇や関係が不透明なまま。それをないがしろにするほど遠山はのほほんともしていないし、この主教相手に話をしないという選択肢もまたなかった。




「……竜殺し、貴方を我ら主教派に入れることがどれだけリスクになるかをご理解しておいでの発言ですか?」





 遠山の言葉に真っ先に反応したのはシスター服の猫獣人だ。真っ白な毛皮に、宝石のような黄色の瞳。




 しかし鼻に寄せられたシワが、ご機嫌ななめだと伝えてくる。




「ニャンコ先輩、あんたがいい人なのはよくわかる。だがそれを言われたら、俺とラザールにも色々言い分が出てくるぜ? まあ門番のクズを殺したのは少し俺がノリでやりすぎかもしれなかったけど、それ以外はどうよ」




 ニャンコの威嚇をさらりと交わし、遠山が言葉を煙に巻く。




「どう、とは」



 あまりにもまっすぐ返された言葉に、猫獣人、トッスルは言葉を詰まらせて。




「トッスル、黙っていなさい。スヴィもよ、今から私以外にこの男と一言でも会話をすることを禁じます。……私に寿命を使わせなくても貴女達なら聞いてくれるでしょう?」



 主教の一言。なんのことはない一言だが



「っ、失礼を、竜殺し。承知しました、主殿」




「……わかりました、主教サマ」




 しかし、令を使わずともその言葉は彼女に心酔する部下によく届く。




 洗練されている、やはり1番厄介なのは糸目女だ。遠山は改めて目の前の女の脅威を理解した。



 言葉だけで己より強い存在を言うことを聞かせる。その難しさは想像に難くなく。





 ここから先は、言葉1つで全てが決まる舌の戦い。ならばーー




「ちぇっ、締め付けも早いな。ラザール?」





 友人の名前を一言。




「ごくり、うむ、心得ている。俺は黙ってるよ、ナルヒト」




 遠山も同じく、ラザールに一言。ハチミツトカゲは素直にその意を理解して口をつぐんだ。





「締め付けが早いのは貴方も、でしょ。人のことは言えないでしょうに。仲間のことを信頼してないのかしら」



 からかうような主教。白い手袋に包まれた長い手指に顔を傾ける。




「見え見えの口上は互いにやめよーぜ。人にはそれぞれ得意分野がある。ハチミツ水飲みながらパン作るのが得意なやつもいれば、竜を殺すのと交渉ごとが得意な奴もいる。自分の苦手な領域に対しては時に、沈黙が1番正しい場合もあるだろーがよ」




「……言えてるわ、世の中みんなあなたみたいに弁えている連中ばかりなら私の仕事も楽になるのだけれど」




 女狐とチベットスナギツネが2人。唇に薄い笑みを浮かべた。




「そりゃどうも。さて、じゃあ肝心の仕事の内容だ。そもそも、異端審問官ってなんだよ。いや、響き的に想像はつくけど」




「簡単よ、教会創成の際に、初代主教が用意した教会組織。その名の通り、教会にとっての異端を取り締まるための存在」




「別の宗教とかへの弾圧か?」



 現代人としての当たり前の教養、異端審問という概念への知識から遠山が予想を呟く。




「………妙ね、あなた」





「あ?」




 主教が身体の動き、一切を止めてぼそり。




「異端と聞いて、まず出てくる言葉が別のシュウキョウ? シュウキョウって言葉に心当たりはないけど、別のって文脈を理解するに、天使教と似たような概念の話よね」





「……まて、宗教って言葉自体ないのか?」





 少し考えて、遠山はわずかに焦る。宗教という言葉への反応が明らかにおかしい。




 主教のその言い方はまるで、この世に宗教という概念自体が、天使教しかないように聴こえて。





「少なくとも私は聞いたことないわね。もしかしたら古代ニホン語にはそんなのあったかもしれないけど。この世界においては少なくとも天使教のごとく人々に広まる教えはせいぜい竜信仰くらいだわ」




「……キリストサマもびっくりだな、あんだけ十字軍で大暴れしても出来なかったことをここじゃ完成させてやがるわけだ」





 その通りらしい。遠山は同時にこの世界に底知れない不気味さを感じる。竜やモンスターがいること以上に恐ろしい。



 異なる世界とはいえ、同じ人間が住むこの世界。なのに、天使教と竜信仰とやら以外、他の信仰が存在していない?





 人間が社会を構築する上で、そんなことありえるのか? 遠山の思考がぶれ始めてーー





「キリスト? 何言ってるかわかんないけど。まあいい、話を戻すわよ? ここでいう異端はつまり教会の敵、天使様に敵対する存在はもちろん、教会の運営や教会が維持するべき治安を脅かすもの、教会の信徒を害するもの。要は邪魔な奴のお掃除部隊よ」




「だいぶぶっちゃけるな」





 宗教についての思考を一度やめて、遠山は主教に向かい合う。まあ、異端審問官なんて名前からしてだいたいそっち系の仕事なのは予想がついていた。





「ふふ、剣のことを人殺しの道具ではなく、野菜を斬る道具ですなんて紹介しても事実は変わらないでしょ? 剣が肉を裂き、骨を断ち、命を奪う道具と同じように、審問会は教会の敵を闇に葬るために存在するのです」





「なるほど、必要悪なウェットワーカーね。まあ、特にその辺に思うことはないな」




「あら、そう? 普通の人間はその辺が抵抗あると思ったけど」





「いや元々あれだ、化け物殺して生計立ててきたし、これからもそのつもりだったからな。狩るべき化け物が人間の見た目してる奴も追加されるだけだろ」





 けろりと宣う遠山を、愉快そうに主教が眺めて。





「ハッタリで言ってるならいい度胸、本気で言ってるならイカれてるわ。でも、審問会なんてイカレてでもない限りまず無理か」




「まあ半々ってとこさ。それで仕事内容の希望なんだけど」




「希望?」




「ああ、希望さ。ぶっちゃけ俺とラザールにはこれからやるべき本業があってな。冒険者とその本業で兼業して金を稼いでいこうと思ってる。審問会はつまり、バイト感覚でやっていきたいんだ」





「バイト、感覚ねえ」



 遠山の言葉に、主教の声がまた少し低くなる。



「希望はシンプル。まず出勤はしない、基本的に立場は対等、仕事を受けるかどうかはこちらが決める。理想なのはギルドと冒険者みたいな感覚だ」




 低くなる声もなんのその、遠山はストレートに割と舐めた条件を叩きつけた。





「な、ナルヒト、それは」





 ラザールが思わず、言葉を漏らして。





「私の下につく気はないってことかしら?」




 からん。主教の銀の杯、氷が溶けて音を鳴らす。




「勘違いしないでくれよ、ボス。俺とラザールの審問会におけるボスはあんただ。そこは尊重する、ただ、俺らは深入りしたくねえ。他にやりたいことがたくさんあるからな」




 遠山は譲らない。ある意味こちらに恩情をかけてくれていた主教派をないがしろにするような言葉。





 ラザールはアワアワと遠山と主教を交互に見つめて慌てふためき始めている。




 遠山はそれを無視して、主教だけをじっと見つめる。






「……そんな都合の良いことが通るとでも?」



 主教が笑うとも、呆れるともつかない声をため息混じりに放り投げ、





「通る」





 それを完全に言い切る形で遠山が打ち返した。





「へえ」




 主教の声がわずかに高く。





「あんたも人が悪いな。いやむしろ、あんたこそ通したくて仕方ない筈だ。ドラ子やあのやべえ変態へのあんたらの反応で理解した。俺とラザールは明らかに異物だ。本来なら、そう、正しい道筋(メインクエスト)ならば、あんたは絶対に俺に関わることはなかった筈だ」





 主教の反応で理解した。




 自分の意図と、目の前の女の意図は同じ。あとは条件のすり合わせだけだ。




 遠山は言葉を続ける。





「そんなアンタが結果的に俺たちを助けてくれた。感謝はする、感謝はするが理由がわかんねー。騎士と揉めた俺たちをアンタが助ける理由、これがどうにもわからなかった、……ついさっきまではな」





 そう、ここが1番ひっかかっていた。目の前の女は確かに傑物だ。頭が回り、権力もあり、武力も兼ね備えている。




 そして何より立ち回りが上手い。故に今までは理解出来なかった。




 この主教とやらが、自分とラザールを庇う理由がわからなかった。




 だが、答えはあの金ピカドラゴンが教えてくれた。





「ついさっき?」




 主教が興味深そうに言葉を繰り返して。




「ドラ子だ。アンタみたいな合理の塊が理屈に合わない行動を取った。俺とラザールを身内に抱き込むなんてリスクを取らざるを得ない状況、そんな盤面、あのわがままドラゴンくらいしか作れねーだろ」




 ワガママドラゴン。そのワードで思い浮かべる存在は1つしかない。この部屋にいる誰もが同じ存在を思い浮かべていて。




「……竜の巫女に対してそんな口聞けるのはあなたくらいでしょうね」





「友人だからな。だがここの常識じゃあそんなことはありえないんだろ? ドラ子っつーイレギュラーの存在を頭に入れたら答えは簡単。……プリジ・スクロールとやらのリスク、あんたらへの借金を返せなかった場合、俺は廃人になる。ほら、全部繋がったぜ」





 欠けたピースは、あのドラゴンの存在一つで全て説明出来る。




 あのドラゴンにとって、合理に長けた人間に不合理を強いることなど造作もない。





 自惚れかも知れないが、ドラ子なりにきっと自分を助けてくれようとしていたのだろう。シンプルに遠山にはそれが嬉しくて、少し笑った。






「………っ」





 スヴィが、目を見開き唇を噛んだ。ある意味、自分のやらかした悪手が主人を追い込んでいると自覚したのだろう。





「そんな顔すんなよ、先輩。あんたには実際感謝してる。アンタがあの時手を貸してくれなかったら、うちんとこのガキは死んでたからな」





「……ほんと、顔も性格もなにもかも好みじゃないわ。何も可愛くないし、綺麗でもない」





 遠山の言葉に返したのは主教だ。




 笑顔はもはやなく、わずかに覗く紫の瞳が無機質に遠山を見つめる。




 手袋に包まれた形の良い手指が、ぱた、ぱた、膝を叩いていた。




「お互い様だろ、ボス。自惚れるわけじゃないが、俺が仮に廃人になった時の竜の反応、それをアンタらは恐れてるんだ。予想出来ないその反応を」




 遠山がその言葉を紡いで。





「プッ」




 吹き出したのは、主教だ。




 笑いが、溢れて。




「あ?」



 ーーまさか、何か読みを間違えたか?




 遠山は、主教の顔に浮かんだ嘲りの色に少し焦った。





「あは、あは、ふふふ、ウフフフフフフフフ、はハハハハハハハハハハハハハハ!! ちょっと、やめてよ! 予想できない?! 予想できないですって! アハハハハハ! そこまで盤面読んでおきながら、最後の部分! 詰めの部分! 自分への認識ってそんなもんなの?! あはははは! 聞いた?スヴィ、トッスル、予想できないですって! いまの! アハハハハハハハ!!」






 爆笑。




 腹を抱えて、涙を滲ませ、主教が大笑い。




 女狐、銭ゲバ。




 知性が高すぎる故に、世の中を斜めにしか見れない女はしかし、久しぶりに心の底、腹の底から笑っていた。






「主教サマ?」




「あ、主殿?」





 そのあまりの変わりぶり、笑いぶりは側近たる彼女たちすら心配になるほどで。





「ッアハー、あー、おもろ。笑ったわー、っはは。予想できないわけないでしょ、あなた、頭は回るけどやっぱバカね」





 ひとしきり大笑いした主教が涙をレース仕様のハンカチで拭いつつ言葉を手繰る。




「は?」




 バカ、という言葉に遠山が何かを言い返す、その前に。





「全部終わりよ」





 主教の声が、遠山の動きを止めた。






「ぜんぶ?」




「そ、全部。竜殺し、トオヤマナルヒト、これだけは断言出来る、もしあなたに何かあって、それに教会が少しでも絡んでいた場合、私たち天使教会は確実に滅びるわ」




「い、いや、なんだそりゃ」




 教会が滅びる。いくらなんでも大袈裟なその物言いに遠山が固まって。





「あー、本気でわかってないのね。簡単よ、竜の怒りによって滅ぼされるっつてんの」





「は? いや、流石にそこまでのことはないだろ」




 ドラ子の気性は大体わかる。でも、まさかそこまでとは思えない。




「そこまでのことがあるからアンタらみたいな劇薬を飲み干すっつてんのよ、こっちは。トオヤマナルヒト、あなた本当、自分への評価が低すぎるわ。あの竜はあなたにそれほどまでの"価値"を認めてる。単純な蒐集品としてでなく、あなたという個人を好み、その在り方を尊重してる。……どんだけこれが恐ろしいことか、理解してもらえないかしら」





 その考えを主教が真正面から否定する、今度は一才笑っていない。





「……ドラ子は俺が死んだらそこまですんのか?」




 想像する。自分が死んだ後のあのワガママドラゴンを。



 多分、悲しんでくれるとは思うが、そこまで怒るーー





 ……いや、あいつ変なところにキチガイスイッチ持ってそうだな。



 遠山は今までの短い付き合いの中でたまに踏んでいたドラ子の地雷を思い出した。






「ああ、伝わった? 理解の早い人間との会話はストレスなくて助かるわ。そこまですんのよ、竜という生き物はね。そんでさっきの答え、あなた達の待遇についてだけど、答えはイエスよ。その通り、正直あなたからその関係性を言い出してくれて助かったわ。まあ、そもそも異端審問官っつー職業自体、外様向けの称号ではあるんだけどね」





「試してたのか?」




 主教はつまり、最初から自分たちとの関係をズブズブにするつもりはなかったというのだ。




 遠山はその変わり身、いや、本心の隠し方と鎌掛けのタイミングにヒヤリと背筋を冷やした。




「当たり前でしょ。私、バカは好きだけど、頭の悪いのは嫌いなの。いくら竜が貴方を気に入ってるとは言えそれは私の好悪とは関係ないわ」





 こともなげに、主教が吐き捨てる。




 人間の極地、竜やらなんやら、恐るべきものを正しく恐れ、しかし抜け目なく自らの利を模索する。





 人という種のいやらしさや強かさを全て兼ね備えたような女だ。遠山は目の前の人物への警戒をさらに引き上げて。







「……いー性格してんな、アンタ」





「あなた達相手に取り繕う必要ももうないでしょうからね。さて、じゃあ次、私からの提案ね」





「提案?」




「そ。提案、本当は審問会入りをエサにこのお願いしようとしてたんだけど…… まあ、必要経費ね」




「何の話だ?」





「簡単な話よ。誓ってほしいの、竜殺し」




 話が読めない。



 主教が何を望んでいるか、話の流れが急に変わり始めている。





「あ?」





「これから先、この街、いえ、この国にひどいことが起きるわ。それが何か、誰が起こすのか、どうなるのかはわからない。でもね、酷いことが起きるの」





「……何の話だよ」




 唐突に始まる抽象的な会話、なにかのひっかけか、誘導尋問か? 遠山が静かに思考を沈めて。




「……あの話は本当だったのか?」




「知ってるのか、ラザール」




 何故か色々知っているラザールが知ってそうな雰囲気だった。




 今度から雷電と呼んだ方がいいのだろうか。遠山はラザールの言葉に耳を傾ける。







「ああ、今代の天使教会主教は預言者である、王国でも流れている噂話だ」






「預言者……? また新しい設定をいきなり…… いや、ドラ子がそういやそんなことを……」





 急に現れるファンタジー色、そういえばここ異世界ファンタジー的な世界だったわ。





 遠山はしかし、その預言者という言葉に心当たりがある。竜大使館でも確か、ドラ子が主教に対して預言がどうたらこうたら言っていたような。






「ーーりゅうがきりとひとといぬにころされてつきがひとつおわったころ、あらくれもののすみかにりゅうごろしがたどりつく。ぎんいろのかぜにながされて」




 突然、紡がれる主教の言葉。




 部屋の誰もが押し黙る不思議な空気。






「とかげのぱんやとりゅうごろし、あおぞらのもとであう。りゅうごろし、いちどうかもなし、とかげのぱんやこまる。さわぎをききつけ、りゅうとおについにりゅうごろしをみつけるも、とかげのぱんやとりゅうごろし、ぎんいろのかぜにかくまわれ、うみのむこう」





「……なんだ、そりゃ」





「秘蹟の名前は、"十字星(ザ・スター)" 不確定な未来の不確定な情報を掴める。まあ、私の能力不足で預言の精度は高くないんだけどね」



 さらりと告げられた主教の才能の名前。




 秘蹟、遠山の認識では現代ダンジョンにおける"遺物"と同等、いやそれ以上の力を持つ力の名前。





「ラザール、秘蹟とやらのスーパーパワー、こんなにみんな持ってるもんなのか」





「なわけあるか、個人の特異な才能を示すスキルですら数千人に1人に備わるものだ。ましてやその上位互換の秘蹟など…… 秘蹟持ちに出会うことなんか普通、一生に一回あるかないかだぞ」





「……指定探索者の號級遺物みたいなもんか。そのうち嵐を呼ぶ秘蹟とやらが出てきたりしてな」




 脳裏に浮かぶのは2028年に生きるものなら誰でも知っているある指定探索者。



 データを見るだけでもデタラメなその遺物のことを、ふと思い出した。





「はいはい、そこ2人でコソコソ話しないの。今の預言を聞いてわかる通り、まあ大体半分は当たってるわよね」





「トカゲのパン屋やら、竜殺しの部分か?」




「ええ、でもそこのトカゲさんはパン屋ではないし、竜殺しであるあなたは海の向こうには行っていない。わたしの預言はあくまで、かもしれない未来を伝える程度のものでしかない」





「で、そのかもしれない預言者のアンタは何に怯えてるんだ?」





 遠山がおじけず問いかける。





 ふっ、と。主教の顔から表情が消えた。蝋燭の火が風に攫われるかのように。




「おわり、おわり、ぜーんぶおわり」




 預言。




 主教が胸元に手を当てて、言葉を紡ぎ続ける。



「……」







「ほのおがだまされる、おんながぜんぶめちゃくちゃにする。ほのおがきんをのみこみ、くろをとかす。ひかりもつるぎもいみはなし、ぼうけんしゃのまち、ほのおにつつまれる、おおきなとうはこともなし、なにもかわらずたどりつくものをまつだけ。ほのおにのまれたたましいたちみんなとうにのぼる、おわり、おわり」





「まちびとはこず、すくいはあらわれない。せかいにぜんぶおいてかれたおんながぜんぶのおわりをよびさます。きんもくろもみんなほのおにやかれてしにたえる。ひともみんなたましいとなりおんなにたべられる」





「おんなはもうしっぱいしない、いちどめはだめだった、ありえないにどめもだめだった、こんどはさんかい、なきのさんかい。めいんくえすとをおわらせるためおんなはぜんぶをつれてぜんぶをこわす」





「たましいくらいはおおきく、おおきく。ぜーんぶたべられて、おそらのうえ、さらにうえのうえをめざす、はい、さようなら」




 部屋に、じめっとした空気が広がる。




 要点を得ない言葉、しかし、内容はとても気味が悪い。




「……タチの悪い三流の絵本?」





「いいえ、タチの悪い三流の預言」





「なにひとつ要領得ないんだけど」




「預言とは得てしてそういうもんでしょ? ただね、私の預言は確実に当たることもないし、詳しいことはわからない、でもね、必ず起きることなの。いつかはわからないけど、必ず起きる。それは今までのわたしの人生が証明してる」





「……その自信を信じるとして、俺とラザールに何を誓えって? その預言を覆す手伝いか?」





「あら、話が早くて助かるわ。その通りよ」




 けろりと呟く女主教。




 遠山はしばし、言葉を失う。



「……アンタそういう、その、世界の平和とか気にするタイプに見えないけど」




 かろうじて捻り出した言葉はぼやきのごとく。




「あら、よくわかってるじゃない。当たり前でしょ、世界なんて大それたものを守るつもりなんてさらさらないわ」





「じゃあ、なにがしたいんだ?」



 意図がわからない、遠山はシンプルに問いかけて。






「決まってるわ、"今"よ」





 帰ってきた答えもまた、シンプルなものだった。







「わたしはね、この今が好きなの。お金を好きなだけ集めて、好きなように使える地位、大多数の人間を見下ろせるこの立ち位置、可愛い部下に、ピカピカの金貨ちゃんに囲まれた生活、これを守りたいの」




 それは欲望だ。それは強欲だ。世界のことなど知らぬ、ただ、ただ自分の為に、自分の住み良い環境のために女はそれを覆す。





「お金も綺麗なものも、可愛いものも、全ては世界が正常だからこそ輝くもの、永遠はないわ、でも、長く続けることは出来る、わたしはね、今の生活を守るためなら、世界の滅亡だって覆してみせる」




 紫の瞳に灯る光、自己愛に満ちた独善的な光。




 しかし、それにどうしようもなく惹き寄せられるものも、また存在するのだ。





「主教サマ、かっこいい……」




「主殿……」





 うっとりと主教を見つめる聖女とニャンコ。






「ラザール、あの子ら目悪いのか?」




 遠山は思わず指を指して、ラザールに問いかけた。





「ふっ、どうだかな。俺には彼女が誰かさんとそっくりに見えて仕方ないが」





「世も末だな、あんなのが他にもいんのか?」




「ああ、うん、きっとアンタの思ったより近くにな」





「マジかよ、こわ。戸締りすとこ」




 返ってきたラザールの答え、その声はどこか愉快そうで。






「まあそんなこんなで、誓って欲しいことはシンプル。本当にやばくなった時はわたしの味方をしてほしい、それだけよ」




 主教が手を振りながら軽く言葉を締めた。





「味方って何するんだ?」




「決まってるわ。わたしは今を続けるためにこの馬鹿らしい預言を起こそうとしてる奴を始末する。その手伝いしてってこと」




「誰がこんなことしようとしてるんだ?」





「それがわかったら苦労しないわよ、1つわかってるのはそれが女だってこと。やったわね、犯人が人類の半分に絞れたわ」



 おちょくるような主教の言葉、遠山はため息で返事をした。




「そりゃ気の長い話で」




「ああ、もちろん。タダでとは言わないわ。この話はあくまで審問会入りとは別の話だから」




「へえ、ボーナスでも貰えんのか?」




「ええ、もちろん。正当な働きには正当な報酬を。わたしの信条なの。まあ無駄金はビタイチ銅貨払わないけど」



 そう言って、主教が笑顔をつくり、




「トッスル?」




 己の部下、猫獣人の隠密に何かしらの合図を送った。





「は、主殿」





 ピューイ、部屋に響く猫獣人、トッスルの指笛。






「「失礼を」」





 部屋の扉が開かれ、現れたのは同じく二足歩行の猫獣人たち。皆、顔を前布で隠し、黒い修道服に身を包んでいて。






「うお、なに? 猫の恩返し?」




 遠山が突如部屋に続々入ってくる猫たちを見て、呟く。



「いや、違う、あれは……」






 ラザールが目を細め、首を振った。





 猫獣人たちのうち、数人が台座のようなものを4人で運んでいる。




 棺? 台座? 金色の装飾に赤色の素材。長方形のそれの四隅を肩に乗せて、恭しくそれを部屋に運び入れて。





「ご苦労」




「にゃお」





 トッスルの言葉に棺を運ぶ猫獣人たちがそれを絨毯の上に置く。





「開けなさい、お客人に見えるように」





 ゆっくりと、その棺の蓋が開けられた。






「……あ」




 棺に納められた色とりどりの花。




 そこに手を組んで仰向けに眠る人物、遠山ははっきり見覚えがあった。





「生きてるわ、大主教令によって意識は失ってるけどね。この騒動の中心、貴方がケジメをつけさせたい人物でしょ?」




 主教が冷たく、彼女を見下ろす。





「こいつ……」




 少女は眠っていた。




 水色の髪に、水色の瞳。白い肌は今やまるで死人のごとく。白い肌着、胸のあたりがわずかに上下していることだけが彼女の生存を伝えていて。




 幼い顔立ちは、目を瞑り沙汰を待つ。







「そ、第一の騎士。天使教会騎士団、最優にして最強の騎士。"正義"のストル」




 あいつだ。ストル・プーラ。遠山にとっては敵、自分を殺しかけた厄介な相手。






「騎士団の首脳陣がほら、今はいないでしょ? 彼女の身柄は今や主教派の手の中。トオヤマナルヒト、私の味方をするのならあなたにはこれからこういう機会をたくさん与えてあげる」





「機会?」



 主教の言葉が、遠山を絡める。



 それは甘い甘い取引の蜜。




「復讐、いえ、違うわね、あなたの場合、うーん、そう。好き勝手にやるってことかしら」




「そりゃどういう……」




 遠山は飲まれ始めていた。主教の舌、用意していた策。




 この短時間で、主教は遠山鳴人という人間の見積もりを終えていた。これはその最終確認だ。






「今回の騒動、そもそもあのクズどもをあなたが始末したことが全ての発端よ。普通の人間はね、そういうの諦めるの。アイツが気に入らない、許せない。でも何もできない、ルールだから、方法がないから。みんな心に溢れる"欲望"と折り合いをつけて諦めながら日々を生きてる」



 主教は知っている、この男にはそれがないことを。




 抜き身の刃よりも厄介な、ほんとに厄介な人間であることを。





「でも、あなたは違う。あなたにはその歯止めがない。……工房の連中が開発した自動馬車とやらの部品に擬えていうのなら、そう、ブレーキがないのよ」





「……ブレーキって言葉がここにあるのに驚くよ」






 遠山は乾いた口で軽口を返すことしかできない。






「あら、あなたもブレーキを知ってるのね。まあいいわ」



 微笑む主教が、銀の杯を傾ける、薄い唇をハチミツ水が湿らせた。




「……あなたが生きてく上でこれから同じようなことがたくさんある、あなたは自分の欲望として必ず自らを害するものを始末したくなる、そしてそれを止めることはない。……その手助けをしてあげる。お膳立てもするわ、道筋も立てる、法の裁きも捻じ曲げてあげる」




 紫の瞳、開かれる。




 遠山の茶色の瞳を捉えて離さない。



 スピーチ・チャレンジ。それを仕掛けるのが常に遠山鳴人とは限らない。






「欲望のままに、あなたが生きやすいように手助けしてあげる。だから、私の味方になって。これは、取引よ。対等かつ、有益な取引」




「取引……」





「これはほんの手始め。あなたの敵をあなたに捧げましょう。好きにするといいわ、天使教会は、わたしはその欲望を肯定します」




 主教が微笑む。完全に遠山鳴人を狙った懐柔策。




 懐に入れるのは決めた、立ち位置としては対等かつ、ドライな関係を位置付けた。





 あと必要なものは、把握だ。





 遠山鳴人という人間の器を、主教はここで完全に把握するつもりだった。







「…………なるほど」





 目の前の眠る少女を見つめる。




 正義に選ばれた第一騎士。誇張なく、遠山は一度彼女に殺されかけた、いや、殺されたと言ってもいいかもしれない。





 正義という曖昧なそれを振りかざし、自分とラザールの前に立ちはだかった敵、脅威だ、それは間違いない。






「……つまり、こいつを仕返しにぶっ殺してもいいって言いたいわけか?」





「そういうこと。罪に囚われず、あなたはあなたのなすがままに。ああ、ふふ、その在り方は少し、竜に似てるわね」




 細い目、糸目の隙間から覗く紫の瞳が遠山を見透かすように。




 ロクでもない人間だ、間違いなくまともな人間ではない。だが、その言葉は甘露のごとく遠山の心に染み渡る。




 この上ない報酬だ、自分の欲望と社会のルールのすり合わせを全て相手がしてくれるのだという。




 気に入らない奴は全て始末出来る、少しでもムカついた奴も同じく。欲望のままに振る舞う許可を天使教会という組織の長が肯定してくれるのだ。





「俺は……」




 遠山が言い淀む。




 スピーチチャレンジ。




 舌と頭で世界を騙し、理不尽に挑む人の業。いつのまにか、遠山鳴人はカノサ・テイエル・フイルドの舌の上に転がされていた。






 それに気付いた時にはもう遅い。目の前には復讐の対象、しかも権力のお墨付き。




 遠山鳴人はなにより欲望に弱い。




 まだ首を掻きむしった跡が痛む、まだあの首を絞められた恐怖も残る。





 目に焼きついた、あの鮮烈な正義の騎士の強さが恐ろしくてたまらない。




 こいつはいつか必ず、また自分に牙を剥く。遠山鳴人は知っている、自分の道が、自分の生き方が、正義とはかけ離れていることを。




 そして、正義とは自らよりかけ離れているものを許さないということも知っている。





「許すわ、遠山鳴人、あなたはあなたの欲望のままに。わたしはわたしの願いのままに。このクソみたいな世界で手を組みましょうよ」





 甘いスピーチ、甘い言葉。今、それは遠山が欲しくてたまらない言葉だ。




 知性28。考える力はこうも恐ろしく人を絡めとる。そこに美と女の妖しい魅力も、竜のごとき圧も必要ない。




 人を動かすのに必要なものなど、よく回る舌と道理を弁える脳みそさえあれば事足りる。




「………こいつをどうしようとも俺の自由なんだな」




「ええ、不幸な事故で彼女の命が終わってもそれは事故よ。あなたが罪に問われることはないわ」




「そうか……」





 ピコン




【メインクエスト "正義の最期"】




【クエスト目標、天使教会第一騎士 ストルへ借りを返す オプション目標 "キリヤイバ"でストルを始末する】




【クエスト報酬 POW+1 技能 "冷徹"の獲得 オプション目標達成報酬 "正義"の引き継ぎ】






「……処断か」




 流れる多数のメッセージ。オタク知識によりそれらを反芻するとなかなか沢山の報酬が得られそうだ。




 どれもきな臭い感じはするが。





「もちろん、あなた自身の手でやっても構わない、主教派で始末しても構わないわ。あなたが決めていい。私からの報酬は決定権をあなたに譲ることなのだから」





 主教が笑う、慈悲と寛大で本心を覆い隠す稀代の傑物が冒険者を試す。






 ピコン、ピコン、ピコン。




 クエストの知らせ、矢印が台座の上で眠り続けるストルを指し示す。





 滅ぼせ、滅ぼせ、滅ぼせ。




 遠山の内なる声、その欲望もそう告げている。生かしておく理由はない、始末をためらう理由もない。




 全てのお膳立ては出来ている。自分を、そしてラザールを窮地に追い込んだ厄介者。





 正義、正義と囀る愚か者だ。必ずこの先邪魔になる。





「………ナルヒト」




 友人の声が少し低く。遠山の蠢く思考に声が届く。




 滅ぼせ、始末しろ、消せ。




 メインクエストの衝動はたしかに今度ばかりは正しいだろう。




 メインクエストの囁きはたしかに間違いはないだろう。




 正しき遠山鳴人のクエスト(運命)ならば、正義をここで滅ぼすべきだ。





「さあ、決めて。決定権はあなたにあるわ。それがあなたへの報酬なのだから」





 未来を告げる女主教、紫色の瞳がその選択を見届けてーー








 ーー()()()()()()()()()






 その強さと同じく、焼き付いて離れない声。




 それを遠山は聞いていた。








「…………家が欲しい」





「………ん?」




 遠山の呟き。主教が笑顔のまま、固まる。今の状況と全く関係ないその言葉だ。無理もない。





 正しき運命(メインクエスト)ならばーー




 ああ、しかし、残念ながら。この遠山鳴人の脳みそは、頭は、狂わされている。やべえ女の情念は遠山鳴人の歪んだ在り方を尊重した。




 頭ハッピーセットの人間が、正しい道など歩めるとでも?







「ダセエ、いや、普通にダセエわ」





 ーー離れない。あの泣き顔、こどものように戸惑い続ける泣き顔を忘れることが出来ず、思い出してしまった。





『ああ、違う! 違うのディス! わたし、こんなことしたいんじゃないのに! わたし、正義、わからない!!?』




 声を聞いた。泣き歪む水色の瞳を見た。





 何もわからない、たどり着くべき場所も、あるべき自分もわからない迷子。




 それが遠山鳴人にとっての、ストル・プーラという少女だ。





「家が欲しい、いや、店でもある。庭付き一戸建ての2階。一階はラザールのパン屋、2階はリビングに複数の寝室、庭は小屋が建てられるくらいの広さ、そこに、サウナを作る」




「は?」





 立ち上がる遠山を誰もが呆気に取られて眺める。





 台座に眠る少女のもと、ゆっくり遠山が歩み寄る。



 伸ばす手は少女ではなく、少女を指差す矢印へ、

 遠山鳴人にだけ見えるクエスト(使命)の知らせ。逆らえるわけもないそれを、いつも通りに握りしめて。








「ハウスキーパー兼、ガードマンが欲しい」




 握りしめた矢印、びくり、びくり。ストルを示し続ける。




 知るか、俺は俺の好きなようにさせてもらう。ハッピーな頭は、その指示を受け付けない。




「よっ、と」



 メインクエストをぶん投げる。壁に叩きつけられた矢印はびくり、うごめき、そして消えていった。





 ピコン



【メインクエスト失敗 オプション目標失敗 正義の引き継ぎに失敗】





 ピコン





【隠しクエスト発生



 Whereabouts of Justice(正義のゆくえ)



 クエスト目標 "第一騎士"ストルを成長させる




  報酬 ????】






「こいつは俺が貰う。殺されかけた賠償は働きで返してもらう。命はいらねー、家と金と労働力が欲しい」




 決めた。遠山鳴人はその寄り道を決めた。




 メインクエストなぞ、そもそも初めから、ラザールを逃し、蒐集竜との戦いを選んだ時点で捨てている。





「……正気? それをあなたが御せるとでも? 騎士団ですらあえて教育を施さないことでコントロールしていた化け物よ?」





「化け物、ね」





 離れない。消えない。




 正義の異界、あの暗い夢。夏の日の午睡の如くかすみ始めた記憶の中。




 懐かしさに助けられたあの場所で出会った、小さな少女、己の成したいことに戸惑い、泣き喚いていた水色の瞳。






 あれは昔の自分だ。孤児達に感じたシンパシーをまたストルにも今、遠山は抱いていた。





「知らねー、それよりアレだ。こんなガキ、自分が何してるのかわかんなくて泣き叫ぶガキ殺して、一安心、そんなダセエ真似したくねえ。必ずこいつには役立ってもらう。それだけだ」





「……はあ、なるほど。そうなるわけね。ほんと、男って変にカッコつけるわよね」




 事態を理解したらしい主教がおおきなため息をついた。




「どんだけダセエ奴でもカッコつけないといけない時はあるんだよ、そこで意地張れない奴はその先ずっと、そのまんまだ」




 遠山は気にせず、自分の決めたことをやり通す。




 しばらくの間、遠山と主教が互いに見つめ合う。



 互いにピクリとも動かず、ミリたりとも視線をずらさない。





 沈黙が膨れあがる部屋の中、最初に根を上げたのは主教の方だった。





「……はいはい、わかったわ。決定権は貴方にある。彼女が動けるようになった後、手続きはこちらでしておくわ」




 手を組みながらさらりと告げる主教。



 どこか、その声は弾んでるようにも聞こえて。





「手続き?」




「第一騎士ストルは今日より、天使教会を破門。同日より異端審問官トオヤマナルヒトの側仕えとして奉仕活動に従事、その働きを以て天使教会への忠誠を示す、こんなとこかしら、聖女派の連中も黙らせて、騎士派の連中にも文句言わせない詭弁としては」




「あのバカどもそれで納得するか?」




「しないわね、だから今日中でケリをつけるの。相手が全知竜ってのが少しめんどくさいけど。竜に立ち向かった騎士団上層部は現在行方不明、第一騎士もまた上層部に唆され、主教派である異端審問官を襲撃、その責任を取って…… てとこかしら。まああのバカどもにはいい薬だわ」





「その言い方だと、アイツらがまた帰ってくるみたいだな」





「はあ…… トオヤマ異端審問官。あの程度で死ぬんなら奴らは10剣なんて呼ばれてないわ。副団長とお肉の剣にされた連中は微妙だけど、それ以外は必ず生きて塔を脱出するでしょうね」





「マジかよ」





「そ、だから、全知竜は優しいのよ。あれは人間にほんと甘いタイプの竜だから」





 どこか、どこかほっとしたような優しい声音。




 そしてあまりにもすんなり受け入れられた第一騎士の助命。




 遠山は目の前の偽悪を目を細めて見つめた。





「あんた、まさか…… 俺を試したのか?」




「何の話かしら、ま、あれよ。異端審問官、あなたのひととなり、だいぶ理解出来たわ。ガキをガキとして扱う程度の度量もあるみたいだし、身内として扱うのに異議はない。さ、話は終わりよね」




 とんだたぬき、いやきつねだ。遠山の選択に満足したのか、もうこれ以上はないと言わんばかりに主教が話をたたみ始めて。




「……いや、待てよ。まだ終わってない」





「へえ、まさか、さっき家がどうのこうの言ってたけど、それに関係あるのかしら」





 主教から試されていたのは理解した。




 じゃあ、次はこちらの番だ。





 口車で負けっぱなしは、性に合わない。






「ある。家が欲しい。アンタの力を貸してほしい」




 恥ずかしげもなく、遠山は傲慢に、強欲に己の願いを口にする。




「フフ、笑えないわね。わたし、これでも貴方を買ってかなり譲歩してるつもりだけど? それ以上は強欲ってものじゃないかしら」




 本当に主教は笑っていない。



 周りにいる主教派のメンバーたちも黙って遠山を見つめる、その視線に敵意を込めて。






「必要なんだ。宿暮らしも悪くないが、カラスとかいう連中の存在や、俺とラザールの目的のためにも自宅が欲しい。……あんま時間かけるわけにはいかねえからな。アンタ、かなりの権力者なんだろ? 協力してくれよ」




 空気を読まず、遠山は言葉を手繰る。静かに自分の土俵に誘い込む。





「……黙っていれば、調子に乗るなよ、ヒューム」





 引っかかったのはニャンコ先輩たちだ。違う、こいつらじゃない。




 必要なのは、糸目女。主教の関心、もしくは敵意や怒りを引き出しペースを乱すこと。





 遠山は今までのやりとりから理解していた。自分と主教ではモノが違う。まともなやり方では取引なんぞ成立するわけがないと結論づけた。






「おっと、お嬢さん方、俺の相棒に気軽に殺意を向けない方がいい、火傷では済まないぞ」




 ニャンコ先輩たちの圧にラザールが反応する。声色こほ穏やかだが、トカゲ面の口からわずかに牙が見え隠れしていた。






「やめなさい、トッスル、みんな」




「ラザール、大丈夫だ」




 主教と遠山、互いに仲間を制する。ここで必要なのは武力ではない。





「……論外ね。悪いけど、これ以上あなたに譲るつもりはないわ、ストルの身柄は明日にでも貴方の元へ届ける、話はこれで終わり。これから宜しくね、竜殺しさん」



 話を終わらせようとする主教。



「待てよ、待て待て。ここからが交渉だろ? 俺とラザールはここに戸籍がない。家を買うのなんざなんかのコネでもない限り無理だろ? アンタの力が必要なんだ」




 遠山は焦らない。




 考えろ、考えろ。なにかあるはずだ。この女のペースを乱すことの出来るカードが。




「あはは、トオヤマナルヒト。交渉にならないわ。審問会にてあなたを庇うことを決めた、ストルの処遇もあなたの希望次第にした。あなたに譲りっぱなしなのはこちらの方よ?」




 ここまでの会話で理解した主教という人物、それがこだわるものはなんだ。




 コイツの余裕を崩せるカード、それが必要だ。




「そうか? たしかに感謝はしてるさ。だがな、アンタは嘘は言ってないが真実も言ってない。全てがやばくなった時、味方をしろというのなら、もう少し俺らに投資してくれてもいいんじゃないか?」





「フフ、残念ね。カードが足りてないわ、トオヤマナルヒト。自分でもわかってるでしょ? これ以上の交渉は無理よ。まあ、あなたが竜を脅しに使うようなバカであれば話は別だけど」





「アホ言うな、俺のこととドラ子のことは関係ない。ダチの威を借りて人を脅すなんざダサい真似出来るかよ」





「ふふ、でしょうね。そんな人間だからこそわたしはあなたという毒を飲むことを受け入れた、でもこれ以上はナンセンス。スヴィ、お客様、いえ、あなたの後輩がお帰りよ、送ってあげなさい」




 にべもなく、主教が笑う。



 結果としては何も問題ないはずだ。争いは収まり、身の振り方も決まった。出来過ぎなほどの好結果。




 だが、まだ足りない。





「はい、……こうはい、せんぱいの言うことは絶対、だよ?」



 スヴィが有無を言わさず、遠山とラザールに言葉を向ける。





「うわ、今ここで体育会系出してくんのかよ」





「ナルヒト、流石にこれ以上は……」





「トカゲさんの方は良識があっていいわね。協力体制に変わりはないわ、欲張りさん。もうすこしカードを揃えて出直しなさいな」





 主教が笑い、遠山は考える。





 考え続けるのならば、遠山が諦めないのならばそのお知らせ(クエスト・マーカー)はどこにでも現れる。




 こんなふうに。





 ピコン




【スピーチ・チャレンジ発動 難易度impossible→竜の介入により、veryhardへ低下



 主教 カノサ・テイエル・フイルドから家の権利を引き出す】





【ヒント、天使教会 収益、天使の祝福、祝福税】





【失敗した場合、天使教会と敵対します】







 それは遠山にのみもたらされる挑戦の知らせ。




 言葉と舌、頭と脳みそ、それらを駆使し、本来ならばもたらされない結果を引き寄せる寄り道。





 正しい道にはない報酬への唯一の遠回り。





「……………」




「どうしたのかしら?」





 黙り込む遠山を、主教が訝しげに見つめてーー








 ーー天使粉が祝福によって、パンの種になるんだ。




 ーー今期の祝福税の減税をもって。




 これまでの冒険、寄り道の中で得た知識がこの場においての武器になる。




 ここからが、遠山鳴人の挑戦。メインクエスト(使命)をぶん投げて行う大いなるサイドクエスト(寄り道)の始まり。






 あったわ、カード。






 嗤え、不敵に。



 見つめろ、不遜に。




 サイドクエストの向こう側にこそ、素晴らしい報酬がある。そういうふうに出来ているのだから。






 遠山はカードを切る。




 現代人ならば大抵の人間は知っている、その"祝福"とやの別の名前をーー






()()











「          は?        」








 VS カノサ・テイエル・フイルド。



 スピーチ・チャレンジ、開始。








読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感



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― 新着の感想 ―
カクヨムの方読んでないから分からないけど。 ザ・スターの預言とメインクエストって、そっち(推定第一週目)の歴史の準拠なんだろうか。 これ単体でも面白いけど、そのへんすごくきになった。
[良い点]  デモンズ菅(感)というのが何となく受け付けないので、ポイント入れたくないなーと思っていたんですが、つい入れてしまいました。  あたまハッピーセット良いですね。 [一言]  イベントと言う…
[良い点] 読み返すたびに発見とかがあって面白いです。 [気になる点] 見直して気が付いたんですけど主教の預言内容、カクヨムのお試し版なんですね。 なろう短編見る限りだと10月21日に遠山君異世界来る…
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