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39話 竜大使館のお昼過ぎ

 



……


〜竜大使館、中庭にて〜





「ふむ、いい香りだ… やはり茶葉は中央栽培のものに限る……」






 白を基調とした大理石の建物。





 柔らかな日差しの差し込むガーデンテラス。小鳥がちちちと鳴き戯れる。




 日差しはしかし、あまどいに張り巡らされたツタ状の植物にうまい具合に散らかされ、眩しくはない。





 竜の執事、ベルナルがティータイムを楽しんでいたその時だ。





 ふわりと花の香りが顕れる。




「執事さま、お茶の時間失礼します。ご報告をば。先ほど、冒険都市での遠山鳴人と、第一騎士の戦闘が無事、終了いたしました」




「そうか、結果は?」




 シックな袖の長いメイド服に身を包んだ短髪の女性、竜大使館のメイド長、ファランであった。




 彼女の報告に、ティーカップを皿に戻し、脚を組み直すベルナル。新調したモノクルの奥にある赤い目が僅かに細くなる。





「……うーん、どういえばいいものか」



 顎に手を当て首を傾げるファラン。黒いショートボブの髪に飾るホワイトブリムが揺れた。





「なんだ、らしくないな。ファラン、言葉を濁すような性根でもあるまい、言ってみなさい」





 未だ、優雅。ナイスシルバーであるベルナルがティーカップを揺らし、その香りを嗅ぐ。




 先ほど女主教とのやりとりが終わり、なんだかんだ彼女のことを気に入っている彼の主人も機嫌が良い。




 今頃呑気に湯浴みしているところだろう。竜大使館では割と珍しい平和な時間をベルナルは満喫していてーー










「は、はい。えーと、遠山鳴人は一度副葬品により、死亡、に近いところまで追い込まれました。その間に、彼とチームを組んでいるリザドニアンが、眷属の力と種族の力を解放、亜竜形態となり、天使教会第一騎士、第4騎士、第7騎士と交戦、この戦いで第4騎士が重傷を負いました。その後、リザドニアンと騎士の交戦中、遠山鳴人が蘇生、リザドニアンと遠山鳴人、そして騎士が再び交戦、と言ったところでお嬢様に脅ーー いえ、仄めかされた天使教会女主教と、聖女によりその場は落ち着きました。あ、女主教は継承秘蹟である"大主教令"を使用してます。あ、それとゲロ土下座かましてました」






「ふむふむ………… は?」




 かたり。わずかな音を立ててベルナルがティーカップを置いた。





「ほらー、そんな反応になるじゃないですかー。私も走り狗を通して見てて何度も突っ込みましたからね。いや、そうはならんやろ、みたいな。あ、それと、つーん、走り狗が途中からおかしくなり始めて…… まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()、冒険都市の青空市場が異界化しかけてましたー」





「あ、頭が痛いな。……まて、異界化? 副葬品や秘蹟による異界への取り込みではなく?」




「はい、どちらかというと人界への侵食、でも途中で止まりましたね。遠吠えが霧に遮られた、って感じです? うーん、なんでしょうね。遠吠えの持ち主はほんと無邪気、純粋って感じでー、霧の方は打算、焦りって感じでしたー」





「ちなみにその異界の楔は?」





「もちろん婿殿、じゃないや、友人殿、トオヤマサマですー」





「……確認するが、友人殿の"竜化"の線は?」





()()()()()()()()()。その方面の才能はないと思いまーす。魂喰らいの兆候はありますけど、それは本人というより、なんか、うーん、よくわかんないけど、彼というよりも彼の中にあるもの? うーん、私ではその辺りまでしかわかんないですねー」






「ふむ、ならいい。油断していた状況とはいえ、友人殿はお嬢様のお命を1つ奪えるほどの優秀な狩人だ。少しばかり異質な部分があることの方がむしろ当たり前だ」





「だがしかし、お嬢様にどうお伝えしたものか。あまりそのままをお伝えすると興奮しすぎるだろうし、かといって、竜たるお嬢様に嘘は通用せんしなあ」





 ううむ、とベルナルが頭を捻る。さてどうしたものか。トオヤマナルヒトのことであれば伝えるべきだが今の内容をそのまま伝えるのはーー






「ふふ」




 悩むベルナル、上品な微笑みがテラスを潤す。





「む? どうした?」





「いえ、かの鬼もお嬢様のこととなると本当におじいちゃんみたいだなって」




 ニコニコと微笑むファラン。仕事の上下関係ではベルナルが上ではあるが、この2人は少し特殊な立ち位置だ。






 そのどちらもが数少ない、"竜"と並び立てる上位生物。





「抜かせ、ファラン。恐るべし"奉仕の眷属"よ。貴様こそ、人界でかなり毒気がぬかれたのではないか?」





「ふふふ。私は分霊ですからいーんですよーだ。本体が生命に友好的ですからね。"悪事"や"死"みたいに眷属憑きを生むほどじゃないですけど。"商売と契約"なんて1000年先を見越して、後継者を見つけたーとか言って本体が人間と共にいますからねー」





「ふん、ままならんな。鬼と眷属2人をして、あの幼竜に振り回されっぱなしなのだから」




 首をすくめるベルナル、しかし、彼の顔は朗らかだ。暖かくふわふわしたものを見つめるような目で、空を見上げた。





「ふふ、あの子は竜の中でも特別ですからね、人と竜そのどちらの世界でも生きていける護り竜。見てて退屈しないし、ご奉仕しがいがありますー。お嬢様からこれからどちらになるのか」





 ファランも同じ、ニコニコと微笑みを崩さない。白い手袋に包まれた長い指に小鳥を止まらせながら、くすひと笑う。





「世界の柱たる、竜として生きるか、それとも人界の護り手たる護り竜として生きるか、か。まあ、どちらにしてもこのベルナル、最後までお供する所存だ」





「ふふ、私もでーす。それに最近、ていうか昨日からのお嬢様可愛すぎて推せますもん。トオヤマサマと一緒にいる時とか、竜体のほうはずっと尻尾振って、角光らせてるんですよー」




 ふふふと笑いを堪えられないファラン。ぴちちち、小鳥も同じく笑っている。




「む、それは少しあれだな。複雑だ」




「むふふ、孫を取られたおじいちゃん?」





「抜かせ、阿呆」





 ふ、とベルナルがため息をつく。




 まあ、街はそれなりに大変な事態になっているが、想定の範囲内だ。





 あの男、トオヤマナルヒト。




 あの小僧は、そういう存在だ。生きている限り、自分の求めるものに必ず辿り着こうと足掻き続ける存在だ。




 さまざまな勢力が入り混じり、さまざまな欲望が食い合うあの街に、あんな男が向かえば必ずこうなる。






 ーー欲望のままに。




 あの時、竜と鬼を前にして、尚啖呵をきったのだ。で、あるならば冒険都市、なにするものぞ。あれは必ずやらかす存在であることをベルナルは理解していた。





 だが、まさかこんな早くに騒ぎを起こすとは。それはベルナルの目をもってしても見抜けない。





「そういえば、肝心のお嬢様はどこに? 普段ならばこの時間は湯浴みされてらっしゃるはずだが」




 ふと、ベルナルがファランに問いかける。




「うーん、あれれ。大浴場にはいらっしゃいませんね。んん? お部屋にもいないし、炊事場にもいない、ありり? 鍛錬場も、いないか」




 ファランが手で輪っかを作り、それを覗き込みながら首を傾げる。





「……嫌な予感がしてきた」




 ベルナルの予感とは裏腹に日差しは暖かく燦々と降り注ぎ






「し、失礼します。執事様、メイド長!」




 どもりながら、また新たなメイドがテラスに現れる。白い肌に玉のような汗をうかばせ、その手に何か、紙のようなものを握りしめていて。





「あらら、パル。どうしたのですかー? お嬢様のお風呂場のお掃除の時間でしょ?」





 ファランが優しくメイドに話かける。





「あ、あの、そのその」




 どもりつつも、メイドが何かを伝えようとしているのはわかった。



 たしか新人、どこか頼りなく焦りまくっているが、奉仕の眷属たるファランが見つけた人材だ。




 なにかしらの才能があるのだろう。






「よい、落ち着いて話せ」




 ベルナルが務めて優しく声をかける。



 びくりと小動物のように跳ねるメイド、しかし深呼吸しながらしっかりとベルナルを見つめて、




「あ、は、はい! そ、そのお掃除してたら、脱衣場にこのお手紙が置いてあって」




 2人にそれを広げて見せた。





「「………………??」」



 ベルナルとファラン、顔を見合わせてその紙、置き手紙を読んだ。










『ナルヒトからてがみがこないし、なんか仲間はずれにされてる気がしてきたのだ。オレを差し置いてあの竜の眷属のリザドニアンとばかり仲良しになっていく気がしてきたのだ。しんぱいなのでオレも街に降りる。ねとられはいやなのだ。ナルヒトは気難しいやつだからな、バレないように助けてやろうと思う。しんぱいするな、ファランに教わった変化の術式をマスターしたのだ。じゃ、そゆことで』

















「「…………Wow」」





 鬼と、眷属が同時に固まり、同時につぶやいた。










 冒険都市に、竜が降りるーー 





「ちなみにこの手紙を見つけたのは……」




「えっと、ついさっきなんですけど、その…… インクが完全に乾いてるので、お手紙書いてから時間は経ってるかと……」





「「wom………」」






 もうとっくに降りていた。





「あ、あの!」




「ど、どうしました、パル。す、少しファランさん、今あまり余裕が……」




 ファランがくらりとその場に崩れ落ちる。



 ちちち、小鳥たちが心配するようにファランの頭や周りに留まり始める。





「よし、落ち着こう、落ち着いて紅茶を飲もう、うむ、美味い」




 ぐいっと一気にベルナルがポットの中身を一気に煽る。




 喉越し爽やか。





「し、執事様、それ、ただのお湯ですううう。え、えっと、その、じ、実はさっき、帝都のワシ便で、執事様とメイド長、それと竜大使館、アリス・ドラル・フレアテイル竜爵名義宛へのお手紙も……」




 恐る恐る、もう一つの手紙。青い封蝋が張られた便箋をおずおず差し出す。




「内容は?」




 竜大使館宛て、竜爵への手紙。その言葉を聞いた瞬間、ベルナルとファランが雰囲気を切り替える。





「えと、その。よろしいので?」




「構わん、竜爵宛の手紙はこの私がいる時に限り開封の許可を頂いておる。差出人は? 皇帝か?」






「い、いえ、差出人は、その"魔術学院"ですう。魔術学院学長、サイノーム様からのお手紙で……」





 魔術学院。




 天使教会と対をなす、王国と帝国以外の国家級勢力。




 魔術式によって生み出された空飛ぶ島、ピュタラを拠点に存在する魔術師たちの本拠地。





 王国や帝国に存在する魔術師もみな、その学院で学び、ルーツをそこに置く特異な存在である。










「開けて読み上げてもらえるか?」



 ベルナルの声が低い。とある歴史から魔術学院と"竜"は仲が悪い。




 その学院からの手紙、時候の挨拶ではないことは確かだった。




「は、はいいい。ごほん。………え?」




 メイドが丁寧に封蝋を解き、便箋を開く。




 中身をみて、また、固まった。





「パル?」




 ファランの言葉にもメイドは反応しない。文面を追う目が泳ぎ、口をわなわな震わしていた。





「……パル、貸しなさい」




 ベルナルが優しく手を伸ばして、



「は、はいい、ご、ごめんなさい、わたし、私驚いちゃってええ」





 それを受け取った。








 美しい文字で、踊るような文面ーー







『パンパカパーン、サイノームの坊やからの手紙ってのはウッソでーす。やっほ、ぼくだよ 大切な友人の可愛い孫娘のこと、聞いたよ。久しぶりに顔が見たくなったので今から冒険都市にお邪魔しまーす。冒険都市の"対竜災防御結界式"を解いてくれると助かります。あ、解いてくれなくても私が解いちゃうけどね。




 PS アリスちゃんを一度殺した竜殺しにも興味があります。ついでに趣味の魔道具店も開店する予定なのでその辺ベルナル君、シクヨロー


























 "人知竜"より』












「whoops……」






 今度こそ、ベルナルも地面に倒れ込む。




 上位種2人が、日差しと小鳥の鳴き声のもとで倒れ込む。




 ちちちち、まん丸の小鳥が首を傾げて小さく鳴いた。







読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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脳みそになるまでは愉快な竜だったんだなあ人知竜って
[一言] スルバ!
[良い点] ピュラタで笑った
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