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4話 メインクエストぶん投げプレイ

 



「む? どうした、トカゲ。先程までの察しの良さを見せてみよ、それともこのオレの言葉が気に入らなかったのか?」




 鎧ヤローがくっくっくと喉を鳴らし、トカゲの奴隷をからかう。




 遠山の視界にいつのまにかまた、↓が浮き出る。それはトカゲ男を指していた。こいつが目標だ、といわんばかりに。





「こ、殺し合えとは……」



「2度は言わん、まさかこのオレの言が聞こえなかった、とは言うまい、ああ、そうか、なるほど、褒美を実際に見るまでは…… という奴か! かか! トカゲ、貴様なかなかにしたたかよの!」



 鎧野郎が笑いながら懐から何かを取り出し、こちらに見せびらかす。





「それは、まさか……」



 遠山にはさっぱりだが、トカゲ男にはわかったらしい。




「"教会の帰還印"だ。オレの爪と女教皇の血を混ぜた一品よ。かか! これをもっているだけで奴隷からは即時解放、この塔からも生き延びれて、さらには冒険都市、我が街で職につくことも可能だ。まさに、今の貴様らにとっては喉から手が出るほど、というやつだろう?」



 鎧野郎がそれをプラプラ揺らしながら喉を鳴らす。



「貴様ら2人、殺し合い、生き残った方にくれてやる」








「き、教会の…… あ、あれさえ、あれば、俺も……」





「トカゲさん? ありゃなんだ?」




「……………………」




 トカゲ男は答えない。これまでなんだかんだ色々答えてくれていたのに、今回は血走った目で鎧ヤローが投げた小さな印を見つめている。





「くく、それと、ほれ、トカゲ。そこの奴隷はなかなかに腕が立つ、ハンデだ。使え」




「っ! これは」



「光栄に思えよ、オレのナイフだ。金剛石に我が祖父、"炎竜"の竜骨を混ぜた刃、王国の"樹海"にある創生樹から削り出した持ち手、それ1つで7代は遊んで暮らせる一品ぞ」



ポイっと投げられたそれがくるくる回り、地面に突き立つ。



驚くほど透明で、美しいそれは




「……竜のナイフ……」




「くく、くくく、さあ、踊ってみせよ、興じてみよ、奴隷ども。殺せ、戦え、でなければ生き残れんぞ」



「………帰れる、のか」



 トカゲ男がふらふらと歩み始める。足元に抜き身のまま放り投げられたナイフを拾った。



 その刃にたたえた剣呑な光、それと同じ殺意がトカゲ男の目に宿る。




 遠山はじっ、とその様子を見つめている。




 トカゲ男の目、爬虫類特有の縦に裂けている目が大きく揺れて、その中に遠山鳴人の栗色の目が映り




「…………」



「………………」




 遠山はこの段階で少し考え始めていた。もしかしたらこれは夢ではないのかもしれない。



 トカゲ男の激情が伝わる沈黙、それがどうも夢とは思えない。





 ……殺したくないな。




 自分の隣でナイフを握り、こちらを見つめる縦に裂けた瞳孔を眺めた。




 ーー俺が作ったパンだ




 ーーだれか、腹をすかせたらいけないと





 いい奴だ。間違いなく。誰かの空腹を満たそうとしてくれる奴に悪い奴はいない。



 だから助けた。



 トカゲ男をあの冒険者とやらに踏み躙られたままにしたくなかった。それは紛れもなく、遠山鳴人が全てにおいて優先する己の欲望だった。







「どうした? 早く始めよ。ああ、仮にどちらも何もしない場合は貴様ら2人ともオレが殺すからな、出来れば生きる目がある方を選ぶのが賢明とは思うぞ」





 鎧ヤローの言葉は毒だ。恐怖と褒美、その両方で人をがんじがらめにする。



 実は()()()()()()()は既に完了している。時間はかかったが、鎧野郎の長話のおかげでもう充分だ。




 その気になれば今、この瞬間にでも敵を全て始末する仕込みは終わっていた。



 でも、割と、本気で




「……決めたよ、蒐集竜殿」




 トカゲ男が立ち上がる。ナイフを手に持ち、その瞳には覚悟を決めた者特有の昏い光をともらせて。




 ああ、やだなあ。



 遠山がため息をつきそうになる。



 そのナイフの行方を目で追う。ライ麦に似た黒パンの優しい味が舌に、まだ残っていた。











 からん。




「え?」




「…………ほう?」





 遠山が声を漏らす。



 鎧ヤローがつぶやく。





 トカゲ男が、構えていたナイフを一瞬チラリと眺めて、ゴミでも捨てるようにポイっと、投げた。










「ほう、ほう、ほうほう、なるほど、愚かな選択をしたな、トカゲ、貴様ーー」




 鎧ヤローの声が少し低くなってーー















「ーー湖のほとりに店を建てたかった」





 トカゲ男が、ぼそり。




 その言葉、その言葉はある男の欲望とよく似ていた。



 ぞわり。遠山が目を見開く、己の体に流れる痺れのままに。




 トカゲ男が遠山を見つめる。諦めたような笑い、それは優しい顔色で。




「俺だけの店だ。そこは朝、湖の水面からうっすらと霧がかかる、俺の店の煙突から登る煙だけがその湖に映ってるんだ」




「大きな店じゃなくていい。信頼出来る友人がたまに手伝いにきてくれたり、数は少ないが贔屓にしてくれる客が朝の開店直後にやってくる、日が昇ればレイクビューの広がるそこで、俺のパンを食べてもらう」





「……それが、俺の夢だった、夢…… だったんだけどな」




 トカゲ男の目には涙が溜まっていた。ソレは果たして恐怖か、それとも別の感情から溢れた涙か。



「……だが違った。ふふ、なんのことはない、俺の夢は今日、叶ってしまったんだよ、竜殿」




 震える手、水かきのついた鱗の手をトカゲ男は握りしめる。



「……はじめてだった、リザドニアンの俺の作ったパンを、気色悪がるどころか、なんのこともなく受け取り、ソイツは食べた、そして、ふふふ、そしてだ、ソイツは言った、言ってくれたんだ」



 身体は震えている。それでもトカゲ男は前を見た。



 鎧野郎、竜をはっきりと見つめた。





「美味いって、言ってくれたんだよ、竜殿」





 ドサリ、トカゲ男がその場に座り込む。




 震える手を見つめて、涙をこぼしうずくまる。




「俺は…… 俺は死にたくない、だが、ふふ、叶っちまった。俺は満足してしまったんだ……」





「一瞬でも、彼を殺して生き残ろうなんて考えた自分が恥ずかしくて情けない ……俺はどうなってもいい、俺のパンを美味いと言ってくれた人がいる、ああ、我らが偉大なる大いなる"歯"よ、この導きに感謝を……」



 何かに向けた祈り、トカゲが大きく息を吸う。



「彼はいい奴だ、薄汚いリザドニアンの盗人の作ったパンを、粗末にされたパンの為に怒ってくれるいい奴、なんだよ……」




 そう言ったきりトカゲ男が座り込んだままに俯く。それきりもう動かない。





「………心底、心底つまらぬな、トカゲ。貴様ら定命の者の持つ生への渇望、我ら"上位種"が時に羨むそれを、自ら手放すとは…… ほんとにつまらぬ。おい、黒髪の奴隷」



 底冷えする低い声。兜ごしにくぐもって女か男かわからない声でも、機嫌が相当悪いことだけは伝わった。



鎧野郎の手が遠山に向けられる。ヒュンっと、空気を軽く引っ掻く音がして




「………これは」




 投げられたそれを遠山がキャッチする。




「帰還印だ、それを手に持ち、自分の名前を唱えろ。"塔級冒険者"にしか所持を許されない一品ではあるが、貴様がこの世界の生き物ならば問題なく扱えるだろう。……ふん、竜は約束は違えん、が、想像以上につまらん興になってしまったものよな」



がちゃり。鎧野郎が大槍を肩にかつぎため息をつく。



「ふうん、名前、ねえ…… 金メッキ鎧、このあとお前、このトカゲさんをどうするんだ?」




「決まっておる、そやつは自らそのチャンスを放り出した。竜は約束を守る、2人のうち、1人は必ず殺す、そういう約束だろう」





「ははは、なるほど、約束を守るか。たしかにそれは大事なことだ、なあ」




 ぱし、ぱし。




 遠山が手のひらに収まるその爪の意匠の印鑑を弄ぶ。親指で弾き、手のひらでキャッチ。おもちゃを弄るように何度も、何度も。




「……奴隷、それの価値が分からんようだな、……さっさと往ね、つまらん幕引きだが、そこのトカゲの死が貴様を生かすのだ。定命の者らしく、それを握りしめ、今日より新しい明日をーー」













「ヒヒヒヒヒヒ」






 探索者の嗤い声が、鎧の言葉を遮った。







「……オレの勘違いか? 貴様、今、このオレ、"蒐集竜'"の言葉を笑ったのか?」





 怒髪。



 周囲の空気が歪むのを感じる。接触許可制怪物種87号、"ソウゲンオオジグモ"、あの、家くらいサイズのある化けクモを目の前にした時以上の圧迫感。




 それでも、遠山はそれを無視する。




「トカゲさん、顔上げろよ」




「……なんだい、これでも、精一杯なんだ。頼む、見知らぬ人よ、俺のちっぽけなプライドが死の恐怖を抑えている間に、行ってくれ。また、変な気を起こさないとも限らない」






「まあ、そう言うなよ。そういや、アンタの()()、聞いてなかったなって。トカゲさん、じゃあ締まらねえだろ?」




 ↓が未だ、トカゲ男を指している。



 それは何かが示す遠山鳴人への指令、遠山鳴人の道しるべ。




 遠山はそれを見て鼻で笑った。




「……ラザール」



 俯いたまま、トカゲ男がーー  ラザールが己の名前をつぶやく。




「姓はない、ただのラザールだ。薄汚いリザドニアン、そして呪われた盗人の、ラザールだよ、旅人さん」




「鳴人だ、ラザール」




「え?」




「俺の名前は鳴人、姓は遠山。ダンジョン酔いで頭が少しだけハッピーになった探索者だ、ほら、手、出せ」



 誰が従うかよ。タコメッセージが。



 え、と顔をあげるラザール。彼に向けて遠山はそれをぽいっと投げた。



 友人にガムでも渡すような気軽さで放り投げられた"帰還印"。



 ラザールが反射的にそれを受け取り、




 ーーそれに触れ、()()()()()()()()()







()()()()




遠山が、彼の名前を唱えた。



「………は? ?! あ、アンタ?!」




 その印が設定された機能を発揮する。ラザールの身体に触れた状態で、その名前が伝わったのだ。



 瞬時に輝く帰還の光、それがトカゲ男、ラザールを包んで。




「嫌いじゃねえ。嫌いじゃねえんだよ、そういうの」




 遠山が、その愉快な頭の中で欲望を描く。



 湖のほとりに建てる家、そこに必要な1人を見つけたのだ。





「あんたと話がしたくなった。音楽性の一致だ。お前のその夢、俺の欲望と、とても相性が良い」




【クエスト目標ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】


【クエスト目標 ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】


【クエスト目標 ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】


【クエスト目標 ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】


【クエスト目標 ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】


【クエスト目標 ラザールを殺せ、ヘレルの塔から脱出しろ】






「やかましい」




 それを全て無視する。ラザールの頭の上にフヨフヨ浮いている↓、矢印、それに手を伸ばした。





【キャッ?!】




「え?」



ラザールが大きく目を向いて、遠山が握りしめたそれを振りかぶる。



「てめえは、あっち、だ」




 むんずと掴んだ↓を投げ捨てる。



 方向は1つ、この場で唯一、真に、死ぬべき存在は誰か。




 鎧ヤローへ向けて遠山が↓を投げつけた。






「アンタ…… ナルヒト!!?」




「またすぐに会おう、ラザール。良い話がある、ビジネス、お前の夢と、俺の欲望の話だ」



 光に包まれ消えていくラザールに向けて人差し指を指す。



「待っーー」




 しゅん。



 帰還の法則が為される。この世界の生命であるリザドニアンが塔から安全に排出された。




「ああ、バカ矢印。最初からそうだろうが。お前が指し示すべきものは。この場で死ぬべきクソは」





 振り返り、遠山が前を見る。



 矢印、↓が示す、新たなる目標をはっきりと見据えた。




「この場で、俺が殺すべきムカつくヤローは1人だけだ」





 メッセージ、遠山鳴人にだけ告げられるメッセージが現れた。







         【メインクエスト崩壊】




「………不愉快だ、奴隷」




 矢印が、目標を示すそれが鎧ヤローを示していた。



「焦るな、今からもっと不愉快にしてやるからよ。俺の欲望のままに、だ」




 もう、遠山鳴人には矢印に対する不満は微塵もなかった。




          隠しクエスト




          【Dragon Hunt】




     【クエスト目標更新 "蒐集竜"の討伐】





<苦しいです、評価してください> デモンズ感


次の話は夜20時頃! 是非よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] このエピソード、アタマがハッピーになる!
[良い点] セリフのセンス最高ですね
[一言] …死に間際に秘蔵HD破壊を手早く頼んだり、 いろいろと只者ではない気は… 一瞬だけしたけど、味山が、人智竜放置したこと気になりすぎて忘れてたわ
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