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現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!【コミカライズ5巻 2025年2月25日発売】  作者: しば犬部隊
遠山鳴人のたのしい異世界オープンワールドライフ

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35話 それは死すら恐れる強欲にて

 


「いやー、それにしてもあなた達2人、只者ではありませんディスねー! テイタノスメヤを無傷で狩れるのは騎士団の中でも上位の騎士、もしくは私達10剣くらいのものディス! 冒険者ギルドも節穴じゃないディスねー!」





「あ、はは。いえいえそんな、運が良かっただけです。な、ラザール」




「あ、ああ、そうだな。その通りだ。騎士殿のように真っ向からの勝負というわけでもないしな」





 ご満悦でニコニコ笑いながら、荷車を引き続ける第一騎士、数歩後ろを歩きながら愛想笑いを浮かべる遠山とラザール。




 奇妙な3人組は帰路をゆく。






「ほへー、なるほどなるほど、何か作戦があったのディスね! 素晴らしいじゃないディスか! 知恵と勇気と狂気を持って大いなるモンスターに挑む! うーん、冒険者! いいディス! とてもいい!」



 ニッコニコのその笑顔は年相応の少女にしか見えない。



 しかしそのどう見積もってもおそらく15歳以下であろう彼女はラザールと遠山2人がかりでなんとか引けていた荷車を軽々と引き続ける。




「は、はは。騎士殿は冒険者にご興味をお持ちで?」




 屈託ない様子に、ラザールが思わずと言ったように問いかけた。




 朗らかでのどかな会話のきっかけ。少なくともラザールに悪気など一切なく。






「ーーいいえ、まさか。天使様の剣たる私がそんなわけないでしょ」




 すんっと、少女から表情が滑り落ちた。全くの無表情、声も抑揚なく、冷たく重たい。




 場の雰囲気が一気に冷えて。




「ラザールくうううん、なんかすっごい彼女表情一気に消えてるんですが、責任を取れるのでしょうかねええ」




「し、しかたないだろ! あの流れだと聞いてしまうだろ! そ、それにナルヒト声がでかい、聞こえるぞ」




「あ、やべ」




 遠山とラザールがわちゃわちゃし始める。




 今は何としても穏便に街までたどり着き、この騎士とさよならする。それを目標としていた2人だが、まさかのコミュニケーション、初手においての地雷を踏んでしまっていた。





「あなた達は」




 ストルの冷たい声、わちゃわちゃしていた遠山とラザールがぴしり、固まる。




「「はい」」




 大人2人が少女の言葉をじっと待つ。




 お前なんとかしろよ、いや、お前がなんとかしてくれ。遠山とラザールがバチバチにアイコンタクトを繰り返して。





「とても、楽しそうディス。仲が良いのディスね。……ふふ、いつまでもあなた達がそのままでいることをお祈りしますディス」



 ストルが目を細めて2人を見つめていた。



 眩しいものを見る時と、羨ましいものを見る時、人は似たような顔をする。




「「あ、どうも」」




 セーフ、なんかセーフだった! 遠山は息を吐き、ラザールは額を拭う。





 よし、これでなんとか話題が変わるはずーー



 遠山が口を開こうとした時、





「ふふ、それにしても。リザドニアンと黒髪の帝国人の組み合わせというと、噂の竜殺しを思い出しますディスね! ご存知ディスか? 2日前に帝国に突然現れた竜を殺した冒険奴隷!」





 話題は変わらない。何も変わっていない。むしろドストライクに当事者の話が出てきた。





 屈託なく笑うストル。



 笑えない遠山とラザールはしかし、なんとか大人として本気で少女を誤魔化さなければならない。






(勉強しろ、ラザール。俺のコミュテクニックを)




(いやいやな予感しかしないのだが。もうなんかオチが見えたのだが……)




 こそこそ話をしつつ、遠山がストルに近づく。




 軽快なトークでなんとか竜殺しとかその辺の突っ込まれそうな話題を遠ざけようと。




「ああ、はは。話は聞いてますよ。えーと、騎士様は」




「ストル、で構いませんよ、黒髪さん」




「あ、どうも、ストル、さんはその竜殺しとやらにご興味をお持ちで?」





「ええ、もちろんディス。人界においての柱。第二文明の時より生まれし偉大なる上位の存在、竜。我ら騎士にとって、至上の存在たる竜を滅ぼした人間。興味ないわけないディス」




「へえ、竜というのはそんなに特別なものなんですね」




「ええ! その通りです! 元々天使教会の騎士団は王国の竜教団から別れたものでして! 竜に対する憧れはやはり特別なものがあるのディス! 炎を操り大空を我が物とし、世界のバランスを調停するこの世の理の守護者! そんな存在にいどみ、己の力を世界に示すこと、それすなわち! 天使様の御威光を世に刻む最大の信仰の顕れなのディスよ!」




「ふーん、なるほど。どこの世でも竜ってのはそういう対象になるわけか」




 オタク技能の発動により遠山の脳裏に自分のいた現代においての"竜"という存在の情報が駆け巡る。




 試練、あるいは災い、あるいは神、あるいは自然。東洋と西洋で若干その存在に違いはあれど、どの時代、どの文化圏においてもその空想上の存在は創られていた。




 この世界と現代双方の共通点は、超常のものとして存在しているということだ。







 遠山が考えを巡らせる、だからすぐに気付かなかった。ふと隣を見ると、ゴロゴロ荷車を引くストルの唇がにいっと吊り上がっていた。








「そんな竜を殺した存在、ええ、すごーく気になるのディス……… ムフフフ、一度、本気で手合わせ(殺し合い)をお願いしたいものディースね……」




 うっとりとした顔、その表情はまさしく闘争をたしかに楽しむ強者の微笑み。



 ぴりっと、ほおに感じるのは殺気に似た気配。怪物がにじり出す強大な生命としての圧力をまたこの少女も兼ね備えていて。



(……………………)




 遠山は無言でラザールに助けを求める。



(だから言ったじゃん、だから言ったじゃん)



 首をプルプルと横に振りながらラザールが声を潜めて繰り返した。



 ゴロゴロ、コロコロ。車輪が回る。



 ゾッとする美しさと凶暴性を秘めた笑顔をその幼い容姿に映した教会の剣と、思わず地雷を踏んでしまった冒険者達が道を行く。





 こそこそ、こそこそ、ラザールと遠山がアイコンタクトを取りながら内緒話。





(ナルヒト、あんたは竜の一件といい、今の話といいなんなんだ、ヴィオラパッチの幼体の上でシックダンスをする趣味でもあるのか)




(は? なに? ヴィオラ? 地雷原でタップダンスって言いたいのか? やべ、地雷原って言っちった)




 そんな内緒話に気づくわけもなく、天使の剣は上機嫌。大蛇を積んだ台車をなんのこともなくゴロゴロ引き続ける。




「さて、そろそろ見えてきましたディスね! 東門は今、封鎖しているので南門から入りましょうディス! ふふふふふ、なんか冒険者みたいでたのしーなー」





「……ストルさん、なんで、騎士になったんだ?」




 遠山は思わず、聞いてしまった。踏み込む必要はなかったのに。




「おい、ナルヒト」




 嗜めるラザールの声、ストルがラザールに微笑みかける。




「むふふ、構いませんよ。うーん、簡単な話ディス。そうあれかしと決められて、私は生まれたのディス。天使様の定めた宿命に人は皆従って生きています。ただ、それだけのことディスよ」




 今度は冷ややかな怒りも、闘争への愉悦も、およそ恐ろしさを感じる気配は微塵もなく。




 ただ、当たり前のことを当たり前のように少女は口にした。




「……そうか。答えてくれてありがとうございます」




「むふふ、いーえ、いえいえ。ま、実は冒険者って言う生き方も少し興味があったのディス! 今日あなた達を見て少し、ほんの少しですが、そういう生き方もきっと、楽しかったのかなーと思ったり思わなかったり! さて、南門はこっちディス! 張り切っていきましょー!」




「うわ、走り出したよ、アイツ」




「……なんであの重さをあの体躯で軽々と運べるんだ…… 心底敵対しなくてよかったよ。……なあ、ナルヒト。今の彼女への質問は」





「……別に。なんでもねえよ。ただ、あれだ。どこにでもいるんだな。自分で自分のことを不自由にしてる奴ってのは」






 遠山は、少し昔のことを思い出した。もう戻れない場所、ほんの少しだけあった学生らしい時代のことを。



 ーーそうあれかしと決められて。




 ーー私はそうしないといけないから





「どこにでも、いるんだな」



 目を細めて、ズドドドと砂煙を巻き上げ進んでいく荷車を見送っていた。











「って、アイツどこまで走る気だ!? まさかあのまま門まで行く気?!」




「い、急げ、ナルヒト、置いていかれるぞ! 持ち逃げはされないだろうが、なんとなくあれを放っておくと面倒なことになりそうな気がする!」




 気付けばかなり小さくなりつつある荷車を慌てて2人が追いかける。空にはぼんやり、小さな雲がぽつぼつ浮かんでいた。








 ………

 ……

 …




「ダメっすね、店長。商人ギルドからの返答は時間かかります。さっきの冒険者2人の情報、はっきりしたことはまだわかりやせんねー」




 商業区、賑やかな青空市場。ここはまだ店舗を持っていない商人ギルドのメンバー向けに解放されている市場。




 食料品、日用品から武器、防具、お土産、雑貨、さまざまな種類の露店がひしめく冒険都市の目玉の1つだ。




「ふむ、そうか。で、街のウワサではどうだ?」




 王国からの移住者にして、遠山やラザールに無償で荷車を貸し出した商人、ドロモラもまた未だ店舗を持たない夢追い人だった。





「うーん、あの2人の見た目と関係ありそうなウワサはどれもこれも荒唐無稽すぎて微妙っすね」




 ドロモラ商会唯一の部下であるビスエへ任せたあの2人の調査。



 あの2人組は色々特徴的すぎた。調べればすぐに情報が集まると思ったがそうでもないようだ。




「構わん、全部話せ」




「うーん、ほら、僕らが帝国に来た時はやってたウワサってか、お達しあったじゃないすか。竜を殺した冒険奴隷」




「ああ、そんな話もあったな。だがちょうど昨日辺りにその奴隷たちの捜索令は取り消しになっていなかったか?」




 露店に置いてある商品、王国から持ち込んだ木彫り細工や食器を磨きながらドロモラが問いかける。





「そうそう、それなんすけどね。その2人もあれなんすよ。黒髪とリザドニアンの2人組なんす。なんでも昨日起きた冒険者ギルドでの竜が起こした一悶着、ついでに今日の朝起きたあのウェンフィルバーナと竜のトラブル、その全てに関わっていたとか、スラム街から出てきたとか、もうぐちゃぐちゃっすね、んぐ、んぐ」




 水差しに入れてある水を直飲みしながら、ビスエが答えた。



 短時間で街を走り回せたのだ、これくらいはいいだろうとドロモラが目を細める。





「ふむ、あまりに荒唐無稽だな。冒険奴隷がこんな短時間で冒険者になれるとは考えにくい。だが無視するにも組合が特徴的すぎるな…… やめだ、中途半端な情報で他人を推し量るものではないな」






「店長がそこまでひとりの人間に気を回すの珍しいっすね」




「商人にとって情報とは時になにより優先するべきものだ。さて、そろそろかな」




 ことん、木彫りのコップを商品棚に戻しドロモラが番台の椅子に座る。



 青空市場はその名の通り雲一つない青空の下、都市の活気が熱量となり動き続けている。






 いい街だ、やはり王国から帝国へきたのは間違いなかった。




 ドロモラは自分が根差そうとしている土地と都市の力を活気から読み取る。






「店長ー、ほんとにあの冒険者2人に無料で貸し出してよかったんすか?」



 水差しを空っぽにしたビスエがその癖っ毛をびよんびよんといじりながら口を挟んだ。



 ドロモラが深く椅子に腰掛け、手を揺らして堪える。





「ふん、問題はない。片方の黒髪の男いただろう。アレには投資価値がある。あの目、そしてあの頭の回転、アレはどちらかと言えば冒険者というよりも、我々側の人間だ」




「我々って?」




「利益のためならなんでもやる、いや、成し遂げる人間さ。あの目をした人間は基本的に危険なことは自分ではやらないことぎ多いのだが、彼は例外らしい。私の話の一部からこちらの求めることを察知し、私の商売の仕組みを一目で見破った男だ。まあ、荷車の一つや二つ程度の投資なら安いものさ」





「おりょ、高評価。店長、まさかほんとにあの2人があの2級の高級モンスター、テイタノスメヤを獲ってくると思ってます?」





「まさか。ああは言ったがそこまでの高望みはしていない。これは先行投資、今の段階でジャイアント・ボアの1匹や2匹狩ってこれればかなり優秀な冒険者と評価していいだろう。我々のようなこの都市に縁のないものにとって、商会を大きくするためには冒険者との直接取引は避けては通れん」





 これは試金石だ。冒険者等級までは確認していないが装備や人員の数からして良くて3級、おそらくは4級の冒険者のはず。




 ちょうどいい等級だ。王国であれ、帝国であれ冒険者とはたいてい2級ともなれば自尊心やらなんやらで増長する人種が多い。




 対等な商売関係を個人間でやりとりするのはそのくらいの等級の方がやりやすいことをドロモラは経験から知っている。






「いやー、王国だとギルドが機能してないからそこら辺余裕だったんスけどねー。帝国の冒険者ギルドはかなりのキレモノが運営しているようで」





「ふん、予想できていた事だ。()()()()()()()()()()()()という存在があってなお、帝国が未だ存続しているのはつまり、民と政治の質が高いことに起因する。帝都の教育機関による優秀な人材育成、民が愚民であると前提した皇帝と貴族院による中央集権体制、まさしく人間の国としての最優は帝国だろうな」




 ドロモラは言いながら改めてこの帝国という国家の治世が上手くいっていることを確認する。



 この都市の活気こそ、その証拠に他ならない。




 目抜き通りには店が多く立ち並び、貧富の差はあれどスラム街という暗部を除いて致命的な貧困はなく、いやむしろ、スラム街という底辺すら貧困層を押し留める一種の受け皿として活用されているような。




 まさに、人が当たり前に人として生きていける国。




 王国とはまるで違う国だった。









「王国はアレですからねえ」




「ふん、いつ生まれるかも分からん勇者という偶像に頼りきりの衆民、血と過去の栄光しか誇るもののない王侯貴族、政治の甘い汁を啜ることを覚えた竜教団。あの国はもう長くないさ」




 かつての本拠にして故郷を話すドロモラの口調に熱はなく。





「まあ、でも王国がヤバくなればーー」




 ビスエが背もたれなしの椅子に座り込み、息を吐いた。





「"勇者"が生まれるだろうな。だが奴らは勘違いしている。勇者が生まれるのは決まって歴史上、人類の存続が危ぶまれた事態になった時だけだ。王国という国が滅びようとて、帝国が無事ならば勇者は生まれんだろうな、王侯貴族の連中はそれがわかっておらん」




 選民思想に囚われ、それを政にすら持ち込む無能ども。


 ドロモラは完全に王国への愛想を尽かしていた。





「ひっひっひ、いやー、店長についてきて正解だったなーて。せっかく王国で国王御用達の調達商人まで上り詰めておきながら、それぜーんぶ捨てちゃうんすもん。マジウケるっす」




「沈むのが決まっている船に乗り続けるほど愛着もなかったしな。それに、あの第6王女…… 竜狂いの王女に王室はすでに侵されている。悪いが俺は人間のままがよくてね」




 舌打ちしながら、ドロモラは脳裏に浮かぶ毒婦の声や姿を頭から追い出す。




 邪悪とは常に善意と笑顔でこの世に現れる。愚者はその中身が毒の泥で出来ていることに気づかない、そして賢者はその毒の泥に殺される。





 ドロモラは臆病者であったために命を長らえることの出来た数少ない賢者のうちの1人でもあった。





「いやー、店長の先見の明を信用してますよ、あっしは」




「ふん、まあ、無事にここまでたどり着いたのも"契約の商売の眷属"たるコトシロのお陰だろう。天使教会の分霊堂へまたそのうち参ることにするさ、これからも先も俺の商会を見守ってくれるようせいぜい媚を売ることにしよう」







「……へへ。そりゃいいや。おやおや、なんか騒がしくなってきやしたね」





 ふとビスエが顔を上げて、青空市場の中心街へ顔を向けた。




 ドロモラもそれに従い、椅子から立ち上がって目を細める。





「んむ? 人だかり、か?」






「お、おい、アレみろよ、テイタノスメヤだ……! 久しぶりに狩られてるの見たぜ?」




「荷車引いてるの1人だぞ?! それにあの銀の鎧に星の鎧匠…… 教会騎士か?」




「あの側を歩いてる奴らはなんだ? 騎士じゃないぞ」




「冒険者? 冒険者が騎士に荷物持ちさせてんのか?」





「んな、バカな。教会騎士がそんな事するわけ、嘘だろ…… 」




「なにもんだ、アイツら。リザドニアンと、黒髪の冒険者?」



「なんかどっかで聞いたことがある組み合わせのような……」





 騒がしかった市場がどんどん熱を帯びていく。大物を狩った冒険者が目抜き通りを進んでいるのだろう。ここは冒険者ギルドへの通り道でもある。





「なんか、騒がしくなってきましたね。……え? 教会騎士が荷車引いて………… て、店長! 店長ォ!?」




 ただいつもも違うのはどよめきがどんどんこちらへ近づいてきている点だ。



 人だからの向こうに荷車が見える。






「なんだ、騒々しい。他の連中が騒いでいようがなんだろうが商人に大事なのはどんな時でも焦らない鋼の精神だ。教会騎士が荷車引いていようが、竜が目の前で暴れていようが顔色一つ変えない冷静さこそーー」



 騒ぎ始めるビスエの声に、ドロモラがため息をつく。まだまだ修行がたりんよ、修行が。




 ちらりと片目でまた外の様子を確認し、




「黒髪さん! リザドニアンさん! あそこの露店でいいんディスね! いやー、久しぶりに商業区までやってきましたディスが、活気があって何よりディス! これも天使さまのご加護あってのものディスね」





「「そうディスね」」




 活気ある少女の飛び跳ねるような声、そして疲れ切った男の声が届いた。





 気付けば人だかりを割って、目の前にその話題の荷車が停まっていた。




 というか、これ、うちの荷車じゃん。ドロモラの顔が固まって。





「………………はい?」





 思わず、ドロモラが目を剥いた。




「あ、店主のおっさんだ。こんちはー。言われた通り荷車返しに来ましたー」」




 黒髪の男だ。先ほどの冒険者が疲れた顔を一瞬で隠して、ニコリとわらう。




 細い目で作られた歪むような笑顔は、腹の中にイチモツを抱えた人間特有の笑い方だ。





「………マジ?」




 しかし、ドロモラにはそんなことどうでもいい。何より重要なのはその荷車に積まれた成果だ。




 黒い体に美しい額の瞳。




 2級モンスター、テイタノスメヤ、それが2頭たしかに荷車に乗っていて。





「店長、葉巻、逆だぜ」




「葉巻なんぞ吸っておらんわ。ゴホン、これはこれは…… 先ほどの冒険者殿、約束を守ってくれたようで何よりだ。持ち逃げの心配はしていなかったけどね」




 ビスエのつぶやきを雑に返し、ドロモラはなんとか態度を取り繕う。




 頭がようやく事態に追いついた。






 本物だ。自分の目利きは間違っていなかった。こみあげそうな笑いをなんとか押し込めながら事態を理解する。





 黒髪とリザドニアンの冒険者2人が、テイタノスメヤを狩ったのだ。






「こんな商売の仕組みを思いつく人を荷車一つで敵には回したくねえよ。で、ついでに商談もしたい。アンタのお眼鏡に叶う商品だといいんだが……」





「うっわー、店長、これマジでテイタノスメヤっすよ…… 本物初めて見たわー」




「く、くはは、ああ、もちろんだとも。冒険者、予想通り、いや、予想以上だよ」




「ああ、そりゃよかっーー」




「おおおー! すごいディスすごいディス! リザドニアンさん、これ知ってますディスか?! 王国の細工職人の中でも一部の存在しか作れないビン細工、ボトルシップって言うんディスよー!」




「ほう、見事なものだ。露店に置く商品にするのはもったいないな」




 呑気な少女の声と、リザドニアンの声が会話を途切らせる。




「………良ければうちの若いのに店の商品を案内させるが…… と、いうかなぜ教会騎士が君達の荷車を引いてるんだ……」





「あ、ああ、話せば長くなるんで、今はスルーで。出来ればそうしてくれると助かる……」





 ドロモラが目線でビスエに合図する。





「へいへい、お嬢さんとトカゲさんはこちらへ。はーい、わるーい大人が今からわるい話をしますからねー」




 ビスエがへいへいと頷き、にこっーと相好を崩し、少女の騎士へと声をかけた。




「むむむ!? 悪ディスか?! それはいけないディス! む、でも私の正義は黒髪さんには反応しなかったので問題ないディスね!」




「あ、やべ。この子そういえば教会騎士……… 教会騎士?!! なんで!?」




 今さらながら状況の意味のわからなさに驚くビスエ。



 教会騎士という存在を知っていればいるほど今の状況が余計にわからなくなるのだろう。




「むふふ! その反応悪くないディス! そう、この私、何を隠そう天使教会第一騎士、ストル・プーラなのディス! ワッ、このコップ可愛い!」




「ワ、ワァ……つ、つまり、すごい人、ッてコト?」




「すまない、店員殿。このボウル、なんの素材でできているんだい? 木製、まさかこれも樹海素材かい?」




「ワッ、ワア、情報が、情報が多い」




 あまりの情報の多さにビスエの語彙力はちいさくかわいくなりつつあった。





「……あちらは大丈夫そうだ」




「ほんとに大丈夫か?」




 ドロモラの言葉に黒髪の男がつぶやく。あちらのお遊戯会はビスエに完全に任せることにしたドロモラは強引に話を続けることにした。





「大丈夫だ、問題ない。さて、それでは改めて商談を、始めよう。まず荷車だ、無事に返してくれてありがとう。役に立ったようで何よりだよ」




「ええ、おかげで獲物を運べたよ。アンタが気に入ってくれたらいいんだが……」




「ふ、そんな人を食うような目をするな、友よ。まさかほんとうにテイタノスメヤを獲ってくるとはな…… 確認だが、2人でやったのか?」




「ああ、相棒が凄腕でね。楽な仕事じゃないが、出来ない事ではなかったよ」




「素晴らしい……ちなみに経費はいくらほどかかったのかな? ああ、特に他意はないが、後学のためおしえてもらえると助かるのだが……」




 さあ、どう出る? ドロモラは僅かに目を細めつつ、目の前の優秀な男を見定める。



 願わくば、自分の言葉の中に隠した意図を彼が見つけてくれるといい。そんな願いを孕みつつ。




 ドロモラが目の前の男を見るその目はまさに、商品の目利きをしているときとまったく同じものでーー





「0」




「はい?」




 そんな思惑や思考が一瞬、全て消えた。





「ゼロだ。金は一切かけてない。特別な道具を用意したりもしてねえ。ラザールの獲物のナイフと、俺の隠し玉で狩った」





「………………」




 あっけに取られたのも束の間。ドロモラは頭を回らせる。どういうことだ、この男は自分の意図を読んだ上で今の答えを?




 ドロモラの言葉に隠された意図、つまり経費を確認することによりその経費分を支払うつもりがある、要はお抱えの契約を提案する心算があることを匂わせたつもりだった。




 王国の人間は、こういう遠回しの方法を好む。恋を伝える時は手紙で、殺意を伝える時は毒で、そして利益を伝える時は言葉の森に心を隠すのだ。





「信じてないのか? まあ、無理もねえ。相性だよ、おっさん。俺とラザールのコンビはこの蛇の化け物ととても相性が良かった。それだけの話だ。まあ、もしアンタが俺たちのことを信用できないなら仕方ない。この蛇はギルドにでもーー」




「待て!! 待ってくれ! ……おっと」





 自分でも驚くほどの大声を出してしまった。にやりと笑う黒髪の男を見てドロモラを内心で舌打ちする。



 このままでは会話の主導権を握られてしまう。内心、彼らが運んできたテイタノスメヤ、これは喉から手が出るほどに欲しい。




 その皮は工房の武器細工に使えるし、何より特筆するべき額にある宝石目と言われる部位は貴族ですら欲しがる一品だ。



 この商品をきっかけに新たな販路の拡大など多くの効果が予想出来る。だが、何よりドロモラが欲しくなったのはーー






「………仮の話だが、正式に私が君たちと契約を結びたいと言ったらどうする?」





「……へえ、契約?」





 黒髪の男の細い目にある種の光が宿った。打算と品定め。ドロモラは正しく自分の現状を理解する。




 品定めするのは、選ぶのはこちらではない。彼の方だ、と。




「やめた、君との取引の間に上っ面だけのやりとりは必要ない。決めるのは君だ、選択肢があるのは君だ。認めよう、テイタノスメヤを狩ってした時点で我々の力関係は決まっている」





 だが、負けるつもりはない。損して得を取る。ドロモラの商売における鉄則の一つだ。




 目の前の男の目利きは終わった。聡明で狩りに優れ頭の回転が早い。自らの舌で転がし利益を吸い取るよりも、むしろ身内にして共に利益を共有する方が遥かに美味しい。




 ドロモラはそう判断した。この方針転換の早さこそが彼を王国でも有数の王室付き商人にのしあげ、そして王国からの脱出をいち早く成功させた所以で。





「君相手につまらない隠しごとはいらないだろう、友よ。私には今後ろ盾も、独自の搬入ルートもない。まだこの国での商売の基盤が何一つない状態なのだ」




「店はそれなりに繁盛してるみたいだが?」





 ウワー! なにこれナニコレエエ! こんな小さいのに木で作ってある犬の置物! カワイーデイイイス!




 ム! コレは王国で人気の木彫り細工だ。モンスターから動物まで数多く存在しているが1人の人気職人による手作り品のため同じものは何一つないというあの蒐集癖のある人間殺しと噂のーー






 露店を見ながらはしゃぎ回る騎士とトカゲ男を指さしながら黒髪の男がニヤリと笑う。





「今だけさ。あれは全て王国から持ってきたものだ。帝国に来た時の繋ぎとして用意している商品に過ぎん。私が必要としているのはこの土地に根ざした新たなる基盤だ」




「……契約内容を聞かせてくれ」




「話が早くて助かる、友よ。手っ取り早く言うのなら、君と君の相棒の腕を買いたい。直接的な雇用関係をとるつもりはない。ただ、君たちが持ち帰るモンスター素材、それを我がドロモラ商会に全て卸してほしい」




「……強気な提案だな。俺たちには他にいくらでも選択肢があるわけだけど」




「その通りだ。何度もいうが選択肢があるのは君たちだ。君の自由を侵すつもりは毛頭ない。私は君に対する利益を示すことしかできない」





「その利益ってのは?」



 黒髪の男の目が細まる。鋭く、そして冷たい。理性と狂気が混じり合っている良い商人の素質を感じる目だ。




「君の目は野望……いや、少し違うか。ふむ、とてつもなく遠い場所を目指す者の目だ。その目をしている人間に渡すことが出来る利益は一つしかない」





 目の前の男を少ない情報からドロモラは推察する、




 頭がキレ、腕も立つ、酷薄な目と冷徹な言葉を併せ持つ油断ならない人物。




 だが、一点の事実がそれはその男の本質ではないと告げている。




 故に、ドロモラは最短最速で答えにたどり着いた。目の前の男の本質と、そういう男が弱い言葉へ。





「誠意だ、冒険者」






「は?」




 ドロモラの言葉に、ようやく初めて黒髪の男から動揺が見えた。



 ここだ、言葉をたたみかける。



「君は目指す者だ。君は進む者だ。選ばれた者でも選ばれなかった者でもない。求める者、自らにないものにそれでも手を伸ばし続ける人間。我々と同じ種類の人間だ」




「目指す者、ね。アンタも同じってのは」




「私はこの国1番の大商人になる、いや、なれる男だ。人の世において商売とはこの世をこの世たらしめる人間の叡知にほかならん。奪い、奪われるだけの獣と人間を違う存在とたらしめる尊い行為だ。私はそれに魅せられている」




「君も同じだ、冒険者。君は何かに魅せられている。そこへ辿り着くためにあらゆる犠牲を払うことのできる人間だ。君が私に力を貸してくれるのなら私も君に力を貸そう。君が私に利益を与えるのなら、私も君に利益を渡そう」




「………アンタの得になるのか? 商人のアンタが利益を人に回すとはあまり考えれないな」




「おお、友よ。君は賢いが少しばかり世を憎みすぎだ。だがその通りだ。故に私ははっきり言おう。君が10の利益を得るのなら私は11を貰う。君にはわからないような商売の仕組みを駆使し、君よりも確実に儲ける」




 ここからが正念場。この場に必要なのは話術でも説得でもなく、真実のみ。





 そう、真実と誠意だ。




 この黒髪の男の本質は、冷徹さでもキレる頭でも、腕が立つという部分ではない。




 根っからのお人好しだ。




 答えは簡単に導けた。あのリザドニアンを相棒とし、そのやりとりから良好な関係を築けていること。それが何よりの証左だ。





 リザドニアンは他者からの悪意に敏感な分、同じくらい信義にも敏感な種族だ。




 過去の行いのら差別種族として存在するリザドニアンを相棒に選び、なおかつ友好関係を結べている人間の本質など、お人好し以外に何があるというのだ。





 少ない情報からしかし、ドロモラはシンプルな真実へとたどり着いていて。





「だが同時に約束しよう。君の10の利益を一つたりとも奪うことはしない。むしろ10を20にする努力も惜しまない。君の邪魔も強制もしない。ただ互いの利益どけを担保とする君との協力関係、それが私は、欲しい」





 だからこそ、冷徹で頭のキレるお人好しへ、なんの隠し事もなく全てを語る。




 それが最優の方法であると理解していた。





「……そしてアンタは21の利益を得る、と。つまりは俺を儲けさせてくれる代わりにアンタはもっと儲ける、そういうことか?」





「包み隠すことなく、それが真実だ。全て話したのがつまり、君に提示出来る私の最大の商品だよ、冒険者」




 打てば響く会話、ドロモラと黒髪の男が黙り合う。




 商品に目を輝かせる少女とトカゲの騒ぎ声、こちらを遠巻きに眺める人だかりの声。




 青空市場の活気や喧騒だけが、じわじわと高まり続けーー











「……トオヤマだ、遠山鳴人。呼び方はなんでもいい」





 黒髪の男、遠山鳴人が先に音を上げた。




 商談において、最後の詰めで先に声を出した方が負けだ。




 今回の勝負はドロモラに軍配が上がった。




「ほう……」




「アンタの誠意、確かに見せてもらった。商売の才能も十分理解出来た。OKだ、今後、俺とラザールは優先的にアンタに商品を卸す」




「全て、という話だが?」




 ドロモラはふふんと笑みを浮かべつつ、目の前の優秀な取引相手に微笑みかける。





「ひひ、ごうつくばりが。ケースバイケースだ。選択はさせてもらう。だが約束しよう、必ず最初はここに商品を持ってくる。あとついでにあの荷車だけど」




 遠山がその声に同じような悪い笑顔を浮かべ、そのあと荷車に目をやった。



「ふん、どちらがごうつくばりかよ。好きにしたまえ。普段はこの露店で確保している。必要になれば好きに持って行って構わん」




 何が言いたいのかを瞬時に理解するドロモラ。まあこの程度は痛くも痒くもない譲歩である。




 だから次の言葉が本命の駆け引きだろう。ドロモラはの遠山の言葉を待つ。






「ああ、そりゃどうも。ついでに経費、の話だが」




「ふむ、経費については我々に持ち込んだモンスター素材の狩猟に関してのみ払わせて貰う。雇用関係ではない以上、買取金額を増やす形で払わせて貰ってもいいかな。商人ギルドの監査は厳しくてね」




 ここだけは確実に決めていた。こちらに利益をもたらす存在には十分な恩恵を。



 信頼できる取引相手には結局、誠意と対価を返すのが1番安上がりに済むことをドロモラは知っている。




 さて、そうなると今回の経費はどのくらいのものか。だがまあ、商品はテイタノスメヤだ。いくらでも経費分はペイできるだろう。ギルドでの買い取り相場は金貨7枚から10枚、しかしこの獲物の良好な状態から考えれば一体まるまるオークションに流しても金貨20枚は硬い。買い取りに金貨11枚を払い、経費を払っても確実に利益は出る、いや、いっそ加工して貴族への流通まで関わった方が利益がーー




「OK、まあ今回はゼロって言っちまったからな。経費の上乗せはなしでいい」





「はい?」





 加速していた商売への思考へ冷や水をかけられたような言葉がびしゃり。




 ドロモラは思わず素で、口を開いてしまった。






「待て、あれは、その、つまり本気で言っているのか? テイタノスメヤを? なんの道具も、設備も、罠も使わずに2頭も?」




「ああ、言ったろ。相性が良いって。まあつっても危険がないわけじゃない。だいたい、そうだな、安全パイ考えて、狩れてあと2頭くらいか?」




「おいおい、友よ。それは流石に」




 ドロモラが喉を鳴らして笑う。




 ()()()にテイタノスメヤを複数狩れる冒険者などそうはいない。獲物の獰猛さ、強大さ、何より普段は巣穴に潜っているという生態からもその狩猟の困難さは知られていてーー






「あ? ()()()4()()ペースだと足りないか? 多分荷車で運べる限界が2頭だからな。巣穴の構造や住処の特徴は覚えた。見つけるのさえうまくいけば輸送の時間考えると1日使ってもそれが限界だな」






「…………………はい?」




「あ? なんだその反応。うーん、輸送の時だけ人員雇うのもありだけど弱い奴だと食われるだろうし邪魔だな。まあ、現実的にラザールと俺が組んで狩っていくのがいいだろ。つーか現状、安全パイ取りながら確実に狩れる獲物はこの蛇の化け物だけだ」






「まて、まってくれ、頭が痛くなってきた。今の言い方だとまるで1日最大4頭テイタノスメヤを狩れるという風に聴こえたのだが……」





「いやそう言ってるだろ。こっちもこれから色々資金が必要でね。今のうちにたくさん稼ぎたいんだ。んで、おっさん、そろそろあの蛇の化け物の買取金額について話そうぜ。誠意をもってな」





「………素晴らしい」




「は?」




「ふ、ふふ、今の言葉が真実だとするならば…… テイタノスメヤの宝石眼を主軸に我が商会専用の商品開発も可能…… いや、待て待て、まだトオヤマの自己申告にすぎない、次の成果を持って判断してもーー」




「おーい、おっさん?」




「おっと、すまない。つまり、アレかな。君はこのテイタノスメヤを常態的に我が商会に卸せると、そう言いたいのかね? 信じるよ? もう信じちゃうよ? テイタノスメヤ一本賭けで事業計画練っちゃうよ?」




「この蛇そんだけ商品力あるのかよ、ああ、嘘はつかねえ。誠意には誠意を、だ、これからよろしく、店長殿」




「ふ、ふん。ドロモラで構わん。トオヤマ、君との利益関係が長く続くことを竜に祈ることにするよ」




「……いや、アイツには祈らない方がいいと思うけど」





「はは、友よ。まるで竜と顔見知りのようなことをいうのだな……………… うん、……え、違うよね、そんなことないよな」




 ドロモラの声が先細っていく。



 今、さりげなく見せつけられた異常性と、あの噂の竜殺しの話。




 仮に、そうだ。仮に竜を殺せるような存在、特異性を持つ人間ならば、テイタノスメヤの狩猟をなんなく行えてもおかしいことはーー










「騎士ストル! もう、アナタなんでこんなところにいるのよ!」




 綺麗な声が、響いた。



 驚きと、しかし確かな信頼が混じった女の声。




 細身の身体に、ストルと同じ銀色の薄い鎧。ケープに似たマントだけのシンプルな装飾。



 ストルと同じ一括りにされたポニーテールは長く、腰のあたりまで下げられていて。




「あ! クレイデアじゃないディスか! 見てください! このコップ、すごく可愛くないディス?」



 ストルがニコニコ顔でお店の商品をその女性に見せる。





「あ、かわいい…… じゃなくて! もう、このおバカ! 犯人を見つけてきます! とか言ってどこかに行ったと思ったらこんな所でなにしてるのよ!」




 理知的で、綺麗に整った顔をしかめさせ、細身の女騎士がストルへ詰め寄る。




「あ、えへへ。すみませんディス。ちょっとそこの冒険者さんたちと色々ありまして」





「はあ? 冒険者……? あの申し訳ありません。うちのバカがご迷惑をおかけしたようで」




 ストルが指さした冒険者、遠山とラザールがわかりやすい愛想笑いを浮かべた。



「む、いや、そんなことは…… なあ、ナルヒト」




「お、おお。獲物運んで貰ったしな。ストルさん、そのお友達が来たんだろ? そろそろ仕事に戻った方が……」




「む、そうディスね! いやー、なかなか楽しい時間でしたディス! こんどオフのときにお買い物に来ますディス!」




「教会騎士様にお越し頂けるのは光栄です、またのお越しを」




 ビスエが、ほっと一息つきつつ礼儀的に問題ない所作で頭を下げる。




「ほんと、ごめんなさい。ストル、なんでこんなことになってるか説明してもらうわよ」




 ぺこりぺこりと頭を何度も下げる細身の女騎士。苦労していることがすぐにわかる。




 その場にいた全員に律儀に頭を下げた細身の女騎士はくわりと目を吊り上げて、ストルの小さな顔をつかみ、ほっぺたをぐにょぐにゅと掴み回した。





「イダっ!? イダダダ!! クレイデア! 顔、掴まないでっ、かお! 顔の皮が剥げる!」




「おばか! あなたがそんなやわなもんですか! ようやく"死の気配"を探れたのよ! これから門番殺害の犯人を追うのだからあなたもーー」






 どこかほのぼのした空間。美少女と美少女が戯け合う非常に遠山にとって素晴らしい空気が流れていた空間。





 しかし、それは呆気なく終わった。





 細身の女騎士が、ふと、遠山を見つめ始める。




 何かに気づいたように、何かに目を奪われているように。




 ああ、人は真に恐ろしいものをみた時、固まるものだ。





「………なにか?」




 遠山が静かに言葉を投げかけて。





「う、う、あ…… う、そ、なに、アナタ……? ありえない、……は? いみ、わかんない」





 先ほどまでの清廉な雰囲気は消えた。



 頬にさしていた赤みはいっきに消え失せまっしろに。




 真っ黒の黒曜石のごとき瞳は頼りなく揺れ動く。





 明らかに細身の女騎士の身体は怯えていた。





「どうしたのディスか、クレイデア。黒髪さんを見て、そんな震えて」




ストルがその異変に気づいたのだろう。カタカタと揺れている細身の女騎士の手のひらを握る。





「……….ストル、アナタ、なんでこの人たちと一緒にここまで来たの……」




絞り出したかのような声は儚く。



目は真っ直ぐ、遠山から離れない。




「え、へへ、お恥ずかしいのディスが、私がその、この2人を門番殺害の犯人だと勘違いしちゃって…… そのお詫びに「違う」




頭を掻きながらえへへと話すストルの言葉、それを細身の女騎士の声が途切らせた。



「え?」






「勘違いなんかじゃない、……なんて、なんておぞましい死の香り…… いや違う、死者? ううん、死者なのに死んでない、生きてる、死んでるのに、生きてる……なに、これ、ほんとに、人?」




自分の口元を押さえ、つぶやく細身の女騎士。




身体は震えて、顔面は蒼白。しかしその身に染み付いた騎士の誇りは彼女の足を退げることはしない。




「やばい雰囲気がする、ラザール」




「ああ、俺もそう思うよ、ナルヒト」



明らかに様子のおかしい女を前に、冒険者がぼやいた。




自分達には常にトラブルが降りかかる。それを諦めている、そんな声色だった。




「クレイデア?」




 ストルがその細身の騎士へ声をかけた瞬間だった。





「お、オエエエエエエエ!! オエ、プあ、オウぇ」





 遠山を見て、細身の女騎士がえづく。嫌悪感がそのまま吐瀉物に変わり、キラキラを石畳に撒き散らす。





「え?! ももももももも、クレイデア?! なんで? どうしてディス? なにか、悪い物でも食べたのディスか?!」





「違う、違うの、ストル。あなた、2人に正義の問答は使ったのよね、ねえ」




 口を拭いながら、細身の騎士が首を振る。本当に理解できないものを恐れる目は、遠山鳴人に向けられていて。




「え、ええ、もちろん、それで正義は何も……」





「質問は?! 質問と答えは?! きちんとハイかいいえで答えさせたの?! はぐらかせられたり、誤魔化したり、言葉をすり替えたりは?!」





「そんなこと…… あっ」





「やばい、これはヤバいぞラザール」




「ああ、ヤバいな」






「死が、私に見せる。彼を指差す死の姿が。死の呪いをすら嗤うそのおぞましさ、なんなの、一体どう生きればそんなに、そんな風になるの?!  あなた、中に何がいて…… あ、ああ、怖い、怖い怖い怖い! 死すら届かない境界…… なに、それ、けむくじゃら、ふかいきり、こうぶんしょかん? いや、いや! 見ないで、こっちを見ないで!」




「いや、お前がこっちを見てんだろ。ラザール、あの女酷くないか、人の顔見て吐いたぞ」




「ふむ、俺だったらショックで寝込むが、ナルヒトなら大丈夫だろう」




「てめ、なんか愉快な性格を隠さなくなってきたな」




 まだ軽口を叩き続ける遠山とラザール。




 しかし静かにラザールは周囲の様子を確認し、腰の短剣をいつでも抜ける準備をしている。




 遠山は身体の中に意識を集中、キリヤイバの状態を身体と相談中、……ヤバい、割と疲れが溜まっている。うまく使えるか自信がない。





「クレイデア、まさか」




 ストルが静かに、取り乱しつつある細身の女騎士に声をかけて。しかし、その声色からはもう、ラザールと一緒に商品を眺めてはしゃいでいた少女性は消えていた。





「この人、この人よ、門番を殺したのは! "死"が告げている、死が呪ってる! 私の秘蹟は誤魔化せない、黒髪の冒険者! 門番たちの死が彼を指さした! 自らを殺した殺人者を、教えてくれている!」





 指を刺す細身の騎士、その指先はもちろん、死すら乗り越えてこの世界にたどり着いた強欲な男へ向けられていて。






「……………」




 ああ、"正義"が再び、その矛先を探し始めた。



 その水色の目、遠山に向けられてーー








「おめめ、こわっ」





 完全にストルのスイッチが切り替わったことを否応なく遠山は理解した。






読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください> デモンズ感

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― 新着の感想 ―
[一言] シーーーーーーザーーーーーーーァァァァ!!!
[良い点] やべートコ [気になる点] 天使の名前からこう、色々妄想が膨らみますなぁ 某お薬の原液作った会社は実は作ったのではなく、この時代の超再生能力持ったナニカを見付けただけなのでわ、とかとか […
[良い点] ストルちゃん、もう天使教会が用意した対竜改造人間に見えてきた。なんか脳内でいろんなセーフティかかってそう。 [気になる点] クレイデアさんsanチェックの時間です。 [一言] リサリサせん…
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