33話 バカが空から降ってきた
………
…
「アアアシャアアアアアアアアアシャア!!?!?」
「ヒヒヒヒヒヒヒ!! フイッーシュ!! 2匹目エエエエエエエ!!」
穴蔵から飛び出た巨大な蛇の化け物、2級モンスターテイタノスメヤ。
炙り出しは成功だ。危険を込みで巣穴に腕を突っ込み、キリヤイバを流し込んだ甲斐がある。
「シャアアアアア!?」
穴蔵から身をよじり、瀑布の如く這い出るその巨体。蛇の化け物が外敵を、遠山鳴人の存在を認識した。
口から青い血を吐き散らしつつ、蛇の化け物が外敵に向かって身体をもたげ、口を開いて叫びを放つ。
常人であれば、気を失ってもおかしくない光景、自らを容易に締め殺せるだろうその体躯、狩りに最適化したその進化。
モンスター。人間の上、食物連鎖の上に存在するものーー
人間よりも強く、人間を喰らう生命。両者の関係はシンプルな弱者と強者のはずでいて。
「おっ? 気合い入ってんなこいつ!」
しかし、ソレを無視するものが人間の中にはいる。
力、知性、精神を武器として携え、自らよりもはるか上の生命に立ち向かうものがいる。
現代において、怪物に挑むものは探索者と呼称されていた。
そしてこの世界においてはーー
「ヒヒヒ、キリヤイバ」
遠山鳴人が、化け物を目の前にして嗤った。
遠山鳴人が、化け物へその見えざる牙と爪を向けた。
「シャアアアアアアアア!!」
牙を剥く蛇の化け物。遺伝子が殺す為の形を象り、強きものとして存在する生命はしかし、まだ死なぬ。
身体の中身をキリに刻まれようとも、その身に宿す膨大な生命の力はまだ潰えぬ。
「うおっと?! タフいなこいつ!?」
上から噛み付いてくる蛇の一撃。
遠山が地面に滑り込みながらそれを躱し、森の中を駆け出す。このモンスターの狩り方は既に組み立ててある。
遠山には、人間にはモンスターのような機能はない。爪も、牙も、鱗も、その身体に生命を殺す為の機能は元々備わってすらいない。
「シャアアア!…… アアアア?!」
ぼた、ぼた。青い血を蛇が吐き続ける。そう、人にはモンスターのような戦うための機能など存在しない。
人とモンスターには生命としての歴然とした差が存在する、なのにーー
「手加減しすぎたか。本気だすとぶり返しがやべーんだよなー」
なのに、今、嗤っているのは人の方だ。狩りを楽しんでいるのは人の方だ。
「シャ……アアア!!」
蛇の化け物が命を振り絞る。
巨体を震わせ、森の合間を駆ける人を追う。人などエサのはず、人など食料のはず。
なのに、その巨体は遠山鳴人を捉えることは出来ない。
木々を盾に、時には地面に躊躇いなく飛び込み、蛇の攻撃を遠山がかわし続ける。
「うおっと! 今のはやばかった!」
紙一重。
蛇の巨体が遠山目掛けて一直線、シンプルな速さはあともう少しで遠山を捉えていた。蛇の化け物はそのまま大きな幹に頭から突っ込む。
木が揺れる。大きく開かれた蛇の顎が木の幹を咥え込んでいた。みしり、木々が軋む。
「シャ…… は、グア」
「いやー、蛇の癖に噛み付くのかよ。さすが化け物、なんでもありだな」
どの攻撃も、蛇の化け物のどのような動きも当たればタダでは済まない。今、遠山が生きているのはたまたま蛇の化け物の攻撃をかわし続けることが出来ていただけだ。
なのに、嗤う。化け物は、笑えない。
その身に仕込まれたキリが体の表面を傷つけずにじわり、じわりと身体を内側から切り刻み続ける。
「シャア……アアアアアア」
蛇の化け物が木の幹から顎を外す。突き刺さっている牙の跡、人間など一撃で串刺しだろう。
「ああ、いい位置だ」
それでも、遠山は笑い続ける。ソレが化け物と理解していてなお、ソレの攻撃を一度でも喰らえば多分死ぬことを理解していながら、狩りを。
化け物との殺し合いを愉しむ。
「ヒヒヒヒ……」
人という生命、その種としての恐ろしさとはなにか。
知性? 凶暴性? 団結力? 持久力?
そのどれでもあり、どれでもない。
人類という種の持つ最も恐ろしき特性。
モンスターの跋扈する大地にて彼らを惑星の支配者たらしめたものは何か。
ーー多様性
人というか弱い生命、その中からたまにソレらは現れる。
ソレらは多数の人が恐れ、逃げ惑うモノに自ら近づく。
死と危険、しかしその中でのみ見出せるモノがあるとして、ソレらは危険を冒すのだ。
才能か、成り行きか、意思か、偶然か、運命か、気分か、欲望か、善性か。
理由はそれぞれ。しかし必ず、人が生きている以上彼らは必ず現れる。
群れの中から脱却するもの、未知に挑むもの、試練を望むもの。
怪物と戦う者。
ああ、要はーー
「シャ?! アアアア?!」
「身体は傷付けねえよ、お前らの鱗やら皮は高く売れるらしいからなあ!」
キリヤイバ、出力増加。自分が倒れず、しかし確実に相手の生命を蝕む強度へ。
ーーイかれた奴らは必ず現れる。恐怖を、理不尽を、危険を、それら全てをものともせずに笑いながら進む者。
そんな連中が常に、人類の殻を壊してきた。
人の中にはそんな連中が確かに存在する。そして、遠山鳴人もまたそんなイかれた連中の1人だった。
イかれた男が、叫ぶ。
「ラザール!」
そして常に、人間という種の段階を進めたのはそんなイカれた奴らだ。
毒があると知っていながら美味いという理由だけで毒魚をも喰らう、そんな奴らが必ず現れる。
ソレが人類の恐ろしさ。上位生物の存在するこの世界においてなお、繁栄する種族たる所以。
そんな連中をも孕み、存在を許す。
おぞましい多様性。それこそが最も繁栄した種族の恐ろしさーー
「既に」
影に愛された男が、音もなく樹上から舞い降りる、構えるのは市販品の大ぶりのナイフ。
三日月のように湾曲した刀身を逆手に構えて影が落ちた。
「シャ?! ア……」
アンブッシュ、忍殺。
遠山鳴人にしか注意を向けていなかった蛇の化け物、その頭に深々と突き刺さる刃。
「フン、ヌ!!」
ラザールが身体を捻り、刃を抉り込ませる。蛇が身体を大きく震わせ、そして3つある瞳を見開き叫び、すぐに力なく地面にその身体を沈めた。
「おみごと、ラザール」
「アンタこそ、まさか本当にテイタノスメヤを2頭も狩ってしまうとは……」
「まあこれが相性の差ってヤツだな。イノシシを獲物とするコイツらは俺にとってとても相性の良い獲物だった、でもイノシシの化け物には今の俺ではこんな簡単には勝てねえ。生態の違いで、狩る側と狩られる側が簡単に入れ替わるのが恐ろしいとこだよ」
1匹目の蛇の化け物はキリヤイバの使用だけで仕留めた。
2匹目の体の大きな個体は事前の打ち合わせ通り、仕留めきれなかった時のトドメとして樹上に潜んでいたラザールの一撃により終わらせた。
「……アンタ、怖くないのか?」
「あ?」
ラザールの静かな問いかけに、遠山が首を傾げた。
「オレの影があったとはいえ、テイタノスメヤの巣の入り口に腕を突っ込んだり、あまつさえ飛び出してきた連中の真正面に陣取ったり…… なぜ、そんなことが出来る?」
ラザールの縦に裂かれた瞳孔が遠山をじっと、見つめている。その声色に込められた感情を遠山は察した。
怒っているような、恐れているような。
ああ、やはり、ラザールはいいやつだ。遠山は真面目にその問いに答える。
「んー、いや、怖いよ、普通に。コイツらは紛うことなき化け物だ。俺たち人間と違ってその身体全てが殺すこと、狩ることに特化してやがる。コイツらにとっては殺すことがすなわち生きることだからな、コイツらが強者で、俺は弱者だ」
「だったらなぜ……」
「え? だってそうしないと殺せねーじゃん。巣に腕突っ込んだのは俺の仕込みを素早く完了させるため、真正面に立ってたのは、ラザールのトドメの一撃を確実にするためと、キリヤイバの威力を底上げするため。まあやっぱ距離が近い方が確実に殺せるんだよ」
ケロッと遠山は心のままに答える。今回の作戦ではそれが一番効率が良かった、そしてソレは充分にリスクとリターンが見合った行動だった。
「……フ、俺には化け物よりよほど、アンタのが怖いよ」
ふにゃりとラザールの雰囲気が和らいだ。ため息を吐き、近くの木の幹にもたれかかる。
「あー? いやどう見ても化け物の方が怖いだろ? ほら、みてみろよ、この牙に、この筋肉。こりゃ締め付けられたらマジで人間なんかぺちゃんこだな」
生き絶えた丸太よりも太い蛇の胴体を遠山がパシパシと叩く。恐るべき筋肉の固まり、ヒトの身体がいかに脆弱かを思い知らされる。
「頼りになるヤツだよ、ナルヒト」
「いや、ラザール、あんたもやっぱやるな。木の上からの一撃、見事だよ、俺に出来るかな……」
「まあ、不意打ちは得意でね、こんど時間があったら少し教えようかい?」
「マジ? 頼むわ、戦闘技術はいくら学んでも無駄にはならねーからなー」
「ああ、さて、じゃあコイツらを積め込むか、台車に載ればいいが」
「ああ、かなりでかいな。まあ台車も何故かそこそこでかいの貸してくれてるしなんとかなるだろ。てか、この台車、マジで軽すぎてビビるんだが」
「王国の木材を使っているんだろう? 頑丈で軽い種類がほとんどだ。特に樹海から伐り出された木は特殊なものは変わったものも多くてな。ひとりでに動き出す木材や、地面から浮く木材なんてのも」
「何ソレ怖い」
なんだ、その面白木材。遠山はファンタジー的な世間話を聞き流しつつ、大きな獲物の運搬にとりかかる。
日は高く、しかしそよ風が涼しい。日差しから守られたけやきの中、冒険者たちが荷運びを進める。
遠山の冒険者としての一日はまだ、続く。
………
……
…
「ほんとに軽いな、この台車。だが、アレだな、獲物の重さと大きさ考えればよかった」
「あ、ああ、ほんとにその通りだよ、ナルヒト。アンタがいなければ台車を引くのも無理だった、ろうな」
仲良く台車をひきながら息を切らす遠山とラザール。
森林の道をゴリゴリと車輪が音を鳴らして進んでいく。なんとか気合いで2頭の仕留めた蛇の化け物を台車に詰め込めたものの、やはり運搬はなかなかにキツイ。
「重い…… 100キロ以上ありそうだ…… この台車じゃなけりゃ運べてもいねえな。タイヤもスプリングもないのになんだこれ、チートか?」
「タイヤ? スプリング? くそ、重い…… だが、休憩しながらだとなんとか街まで帰れそうだな」
「ああ、筋トレの1つとして考えようぜ。キリヤイバの全力使用控えて良かったぜ。本気出してたら今頃ゲロゲロでーー ラザール」
遠山がすっと、表情を消す。
疲労した様子を隠すように瞬時に息を整え、足を止めた。
「……ああ、つけられてるな。数は恐らく5人。装備は軽装備が殆ど…… チッ、弓を持ってるのが3人」
ラザールも同じく、一瞬で息を整え目つきを鋭くした。
2人はほぼ同時に気づいた、尾けられている。確実に、不特定多数の人間が遠巻きからこちらを尾行している。
「すげえな、数と装備までわかんのか。下手くそな尾行だが、人数まではわからなかったな」
遠山がわからなかった人数までラザールは把握していた。なるほど、"斥候"という役割はかなり重要らしい。
「二手に別れた…… 2人、正面…… 3人、背後、出てくるぞ」
ラザールが目を瞑り、静かにつぶやく。
次の瞬間、軽薄な男の声が薮の中から響いた。
「よー、よー! お2人さん、すこーし止まってくれるかあ?」
道の脇から藪をかき分けてそいつらは現れた。
革の鎧、腰に下げた剣、丸い軽盾。同業者だ。
「……誰だ?」
遠山とラザールは足を止めて、急に目の前に現れた男2人と相対する。ラザールへ視線を投げると、まだ後ろに3人いると小声で教えてくれた。
「お? お前ら、サバスたちと揉めてた新入りか? おいおいおい、嘘だろ?! お前らがソレ、狩ったのかよ?」
ツーブロックヘアの男が遠山とラザールを見て指を鳴らす。言われてみればこちらもなんとなく見覚えがある連中だ。
あの始末した門番たちと仲良さげにしてた冒険者のチーム、そいつらだ。
「ティタノスメヤ?! マジかよ!? ギルドに卸せば3ヶ月は遊んで暮らせるぞ!」
そいつらはしかし、遠山の問いに答えない。軽薄な微笑みをヘラヘラ浮かべながら遠山たちの引いている台車を指さす。
目が見開き、顔に興奮の色が広がっている。その台車の価値を知っているのだろう。
「だとしたら?」
遠山が短く言葉を返す。このあとの展開に備えて心を落ち着かせる、頭も冷やす、息を整える。
「あーん? おいおい、睨むなよ。まあ、なんだ。ほら、わかるだろ?」
「ああ、その通り。まああれだよ、ほら、俺たちは言うなればお前ら新人の先輩だろ? 後輩の様子が気になって少し見にきたわけさ。そしたらなんとびっくり、テイタノスメヤだろ、それ? どうやって狩ったんだ?」
男たちの顔にわかりやすい欲望が見えた。軽薄で薄っぺらい欲望。遠山が嫌うものの1つ。
欲望と向き合うのではなく、それに呑まれた雑魚の顔。あの門番たちと同じ顔をそいつらもしていた。
「言いたくねえ」
「ぶは! ボーン、きいたかよ、言いたくねえだってよ! あー、一応聞くけど状況わかってるよな?」
「……ああ、ご丁寧に道を塞ぎやがって。悪いが早くこの商品を捌きたいんだ。どいてくれるか? 先輩」
遠山が言葉を返す。コイツらが退く気はないことなど理解していた。
「んー、口の利き方がなっちゃあいねーなあ…… 先輩らしく、後輩の指導してやらんといけないみたいだ」
「ああ、そのとおりだなー。指導料は、そうだな、その台車、オレたちによこせよ」
「やっぱりか」
予想通りだ。コイツらは自分たちの獲物を奪おうとしている。こちらが死に物狂いで得た商品を、楽して労せず奪おうとしている。
想像力のない薄い笑顔をそいつらがヘラヘラ浮かべ続ける。
「……横取りする気か?」
ラザールが低い声でつぶやく。目の瞳孔が開き、少し開いた口からは鋭い牙が見え隠れしていた。
「おーおー、薄汚えリザドニアンもいるなー。ん? リザドニアンに、黒髪の男、なんか聞いたことあるような組合せだな。まあいいや、おい」
「ああ、狙いもつけてるよ、リーダー」
「動かないでねー、リザドニアンに黒髪ニンゲン」
ザザ。後ろの薮をかき分ける音。隠れていた奴らが遠山たちの背後をとっていた。
射手の声、2人とも女だ。1人は獣人、1人は人間。男女混合のチーム、装備から見て男が前衛、女が後衛。
ラザールの言葉が正しいなら、あと1人潜んでいる。
「そういうわけだ。いや勘違いしないでくれ、何も指導料で全部もらうわけじゃねえよ。これは決して横取りとかそういうのではない。獲物が重そうで苦労してたろ? 俺たちがギルドに持って行ってやるよ。ああ、手間賃と運び代で売り上げの9割をもらうだけでいいんだ。社会勉強も一緒に出来る、ほら? わかるだろ?」
「年長者の言うことは聞いとくもんだぜ? 怪我したくねえよな? まああれだよ、ほら、お前らみたいな新人がこんな大物をまっとうな方法で狩れるわけもねえ。ん? スラム街のガキでも攫って囮にしたか? 毒でも飲ませてそれを化け物に食わせたりしたんだろ?」
ぎぎぎ。
背後で、矢を弓に番える音が聞こえた。
距離はそんな離れていない。下手くそでも外すことはない距離だろう。
「……こういうこと、よくしてんのか?」
脅されている。
コイツらは、遠山たちの獲物を奪おうとしている。
ヘラヘラ笑う知性の感じられないそのツラに浮かぶのは余裕。
コイツらは自分が強者であると信じている、遠山たちは獲物で、自分たちはそれを狩る力のある強者だと本気でそう考えている、そんな顔。
「あーん? なんだ、文句あるのか? してたらなんかお前に関係あるのかよ?」
「いやー、ありがとうありがとう。ここんところ実入りが悪くてな。久しぶりにいい酒飲んでいい女抱けるってもんだ。ほら、うちのメンバーも悪くはねえんだが…… 飽きるだろ? いつも同じメニューだとよ?」
「ちょっとー、ボーン聞こえてるんだけどー、指滑らしてアンタに矢尻向けそうだわ」
ギャハハハハハハハ。
冒険者のパーティが笑いをあげる。どいつもこいつもみんな浮かれている。彼らの頭にはこれから先のハッピーな事実しか写っていない。
素人がまぐれで狩った大物を奪い、その金で豪遊することしか頭にない。
彼らはあくまで小悪党だ。少しばかり小賢しく、少しばかり腕が立つだけの普通の人間だ。
今回だけでなく、いつもこのように稼いでいる。門番とつるんで分け前をワイロとして渡している為、被害者は泣き寝入りするしかない。それを経験として知っている。
もちろん彼らのは脅しだ。彼らには遠山たちを殺すつもりなど微塵もなかった。むしろ、人殺しという大それたことが出来るような人間でもない。
ただイタズラに毎日を面白おかしく、楽に生きていければいい。そんな人種だった。
だから、気づかない。目の前にいる2人。彼らが脅している新人2人がどれだけ懸命に、本気で人生を生きようとしているかを。
だから、想像することも出来ない。懸命に生きる人間が敵に対してどういう反応をとるかも、想像することすら出来なかった。
「まあ、いーからさっさとその台車よこしな、新人」
彼らはこう考えていた。いつもと同じ。最悪骨の一つや二つ折って無理やりでも奪えばいい。
「いい勉強になったろ? 人生そんな甘くねーんだよ」
いつも上手くいっている、だから今日もうまくいく
「ごめんねー、新人さん。でもほら、また頑張って狩ってきなよ! 大丈夫大丈夫! 若いんだからなんでも出来るって!」
自分たちは奪うだけ。面白おかしく人生を歩んでいくのだ。
「矢が刺さると痛いよー、こっちも大事にはしたくないしさ! あ、助けとか呼んでも意味ないからね! あと門番とかにチクッてもいいことないよー」
ギャハハハハハハハ。響く笑い。
そう、そんな毎日がずっと続く。彼らは本気でそう信じていた。
ああ、しかし、彼らは知らない。もう、明日どころか今日すらきえて亡くなることを。
遠山とラザールが黙って、そいつらを見つめてーー
「モチベーションをありがとう」
判断は早く。そこに笑いも何もない。
「は?」
訳の分からない言葉に、未だ冒険者たちはうすら笑いを浮かべて。
最期の瞬間を迎えた。
「ラザール」
「影の導き」
言葉にせずとも、ラザールと遠山の意思は同じ。
「は?」
悪事を覆い隠す眷属の外套が、悪人2人を覆い隠す。
悪人2人が完全に見えなくなる。
「き、消えた?! どこに?!」
小悪党は慄くだけ。彼らは知らないのだ。本物の悪意と決意がどのようなものか。
「1匹目」
「え? ぶっ?!」
本物の悪意と決意がどれだけ簡単に、あっけなく命を奪うのか、それを最期まで知ることはなかった。
影が、動く。
突如、射手の背後に現れた遠山。背後からその軽い体を押し倒す。女の腰から短剣を奪い、それをそのまま押し倒すと同時に女の心臓に突き立てた。
「ぼ、え???」
「じゃあな」
ぐじり。分厚い刃が革鎧の薄い部分を突き破り、捻られた刀身が心臓を破壊する。とどめとばかりに抜かれた短剣が女の喉を裂いた。
肉食の獣がウサギを噛み殺すかのごとく、遠山がうさぎ耳の獣人を殺す。
「ぷえ」
「2匹だ、ナルヒト」
ラザールはさらにスマートだ。もう1人の射手の女の口を抑え、自分の短剣で喉を掻き切る。
びくり、びくりと震え、口と首から血を流しながら女の身体が崩れ落ちた。
「サンキュ」
「は? え?」
あっという間に訪れた最期の時、自分達の選択ミス。本物の悪意、本物の殺人者の前に冒険者たちは未だ、事態が飲み込めていない。
「ギャッ?!」
「いい弓じゃないか」
藪の方から悲鳴が響く。備えのために隠れていた最後の射手、しかしその隠密は"影の牙"からすればおふざけにしか見えない。
ラザールは死体が手放した弓矢を奪い、それをなんともなしに扱い、射殺した。
「あ、ぐ?! ああああああ?! 脚が!?」
「うわ、難しいな、弓。探索者街でアーチェリーたまにしてたんだけど」
対して遠山も同じように、死骸から弓矢を奪ってシャバリ。
弦を弾き、片目を瞑り狙いをつけるが、やはりなかなか難しい。リーダー格のよく喋る男の腹を狙ったのだが、太腿に突き刺さってしまう。
「ひ、な、なんだコイツら?!」
まだ無事な男が慄く。剣を腰から引き抜くもその手はすでに震え、剣先が定まってすらいなかった。
「いや、お前らがなんだよ、急に襲いかかってきやがって、怖いだろうが」
「まだこっちは手を出してなかったろうが! ウェザ!? ホルン?! バーティ?! うそだろ、死んじまったのか? チクショウ!? なんで、こんな……?! 3人とも女だぞ!!」
涙声で叫ぶ男。
まだ手を出していない? 女?
遠山は心底そいつの言動が心底理解出来なかった。
「………………???」
だから、黙って首を傾げるだけ。
「っひーーーー化け物……」
その様子が何に見えたのだろうか? 叫んだ男は短い悲鳴をあげて尻餅をついた。
「どうする、ナルヒト。残りは2人。1人は手負い、もう1人は…… そもそも簡単そうだな」
「……うーん、まあなんか横取りの常習犯っぽいし、あの門番ども見てたら取り締まる側も当てになんねー。また絡まれたり、逆恨みも面倒だから殺すわ」
そうか、と短くラザールが呟き、ウサギ耳の獣人から剣を奪う。
「は? こ、殺す? お、おい冗談だよな?! い、いかれてんのか!? まだ俺たちなんもしてないのに」
太腿に矢が突き刺さっているリーダー格の男がひきつった声を絞り出す。
「弓矢むけてうちの商品パクろうとした時点で立派な強盗だろーが、虫けらめ。ところで不思議だな、殺人犯したヤツよりも万引きとかカツアゲしてるヤツの方がムカつくのは俺だけか?」
見逃す理由が何一つなかった。遠山が一歩、近づく。
「ひ、ひ」
唯一無傷だった男、女だぞ! と叫んだ割と良識のありそうだった奴は耐えきれないとばかりに立ち上がり、背中を見せて逃げ出した。
「あ?! ボーン!? 逃げんな、置いてくなよ!」
残された仲間の声はもう、その背中には届かない、が、しかし。
「よいしょ」
「ビっ?!」
仲間の声は届かずとも、遠山の殺意は届いた。背中に矢が突き刺さり、おもちゃのようにその場に倒れる。
「お、ストライク。弓もなかなか悪くないな。トドメ刺してくるわ」
「ああ、お気をつけて、ほら、使うといい」
「サンキュー」
なるほど、弓矢も練習すれば悪くないかも知れない。遠山はラザールから剣を受け取り、口笛を吹きながら歩いていく。
呆然とこちらを見上げる負傷した男を横目に、背中に矢が突き刺さった男の元へ歩く遠山。
「あ、あああえ、いたい、くるし、なんで、どうして、こんなひどいこと…… ひど、すぎるぅ、ああ、バーティ…… うう」
矢が刺さった男は泣いていた。死んだ仲間を想い、惨めに、それでも生き足掻こうと地面を這っている。
「あ、ああ…… た、たのむ、たのむよう…… ほんとは俺は反対だったんだ…… 強盗なんて、ずっと上手くいく訳ないって…… 反対だったんだよう…… お、お願い、こ、殺さないで……」
最期の命ごい。この期に及んでまだ、この男も理解していなかった。他人が命懸けで得たものを奪うと言うことがどういうことなのかを。
死ぬその寸前まで理解することは出来なかった。
この男にも色々あるのだろう。話を聞けばもしかしたら同情出来る点もあるのかも知れない。少し、遠山は考えて
「すまん、こっちもやること多くてさ。いちいちお前1人に時間かけれねえんだ」
「ぐぺ」
死骸から奪った剣を無造作に突き立てる。
首の真後ろに突き刺した剣が皮膚を、骨を、肉を抉り、命を終わらせた。
「こ、殺した、ほんとに、殺した…… え? も、もう俺だけ?」
一瞬で仲間を失った男。リーダー格のソイツが目をぱちくりさせながら間抜けにつぶやいた。現実を理解できていない、遠山たちの行動の素早さに何一つ適応出来ていなかった。
脚に矢が刺さった男、最後に生き残ったリーダー格の男が尻餅ついたまま、あとずさる。
遠山から離れようとする。
その先にはしかし、ラザールがいた。小さくため息をつき、呆れたように首を振っていた。
「ごめんな、俺がもっと強ければお前らを殺さずに無力化出来たかもしれねえ。もうすこし勇敢であればお前らを生かすことが出来たかも知らねえ」
遠山がその様子を眺めて、血塗れの剣を地面に引きずりながら、最期の1人を追う。
「は、あ? なにを」
「でも、そうじゃないんだよ。俺は弱い。敵は殺さないと無害化出来ない。俺は臆病だ、お前を生かして仕返しされないか怖くて仕方ない」
「し、仕返し?! し、しない!! そんなことしない! た。たのむ、見逃して、見逃してくれ! か、家族う、家族がいるんだ! こんなとこで、死ねないんだよう!」
「…………そうか、家族か……」
男の喚き声に、遠山が立ち止まる。
「あ、ああ、そうだ! まだ2歳にもなっていない娘と、体の弱い妻がーー」
光明、助かる道筋を見つけたとばかりに男がペラペラ話し始めてーー
「じゃあ、そいつらも始末しないとな。復讐されるのも面倒だ」
遠山が力強く頷いた。敵は始末する、復讐されるのは面倒くさい。遺恨は残さず全て消す。それが1番確実だ。
「ーーは?」
ようやく、この男は理解できた。
「笑えよ、どうした? さっきまで仲間とたのしく笑ってたよな? 命かけて得た報酬を、笑いながら奪うつもりだったんだろ? ほら、笑えって」
自分たちが、ナニに手を出してしまったのかと言うことを。
この世には敵に回してはいけない人種が存在するということをようやく知ることが出来た。あまりにも遅すぎて、あまりにも高い授業料を払った後ではあったが。
「ひ、ひ、や、ヤダ! 嫌だ! 嫌だァァァ! くるな、近寄るなあああ!」
誰も聞かない命乞いが、森に響く。助けは来ない、彼らの言葉通りに。
「……笑えねえな、お前」
「あーー」
遠山が剣を、振り上げて。
「そ!こまで、ディィィィィィィィィィィィィす!!!!」
空から降り降りるバカでかい声。
「っ?!!」
反射的に遠山は後ろへ飛び退く。
「ナルヒト!?」
「ゲホ! ゲホッ、な、なんだ?」
土が舞い上がる。湿った森の土の匂いが鼻に飛び込む、顔に飛び散った砂埃を払い、前を見た。
「あ、は、え?」
立ちはだかっていた。
今まさに、トドメを刺そうとした男の目の前に、1人の女が庇うように立ちはだかる。
いや、意味がわからない。この女、一体どこから現れたーー
「ウィーフック! 天使の羽にかけて! ややや、これはいけません! いけませんよ、そこのあなた!」
「は? 俺? て、いうかアンタ、今空から……」
藍色髪を一纏め、金属の薄い銀鎧は身体に馴染むが如く。腰に指すは奇妙なデザインの持ち手の剣。
「私が空から降ってきたことなど些細なことディス! 天使様の剣として、大ジャンプ程度は嗜みですので! いえ、今はそんなことは良いのディス! 天使様の兵たる門兵を殺害した犯人を探していればなんと! また別の殺人現場に出くわしてしまいました! あなた! 彼の命乞いにまるで聞く耳を持ちませんでしたね! ソレはいけません! 汝"慈愛"をもって人と接せよ! 天使様のお言葉にそうあるのディス!」
キンキンとよく響く声。まん丸の眼がキラキラ光る。ついでになぜか銀鎧もキラキラ光る。
「誇り高き天使教会、騎士団の"第一騎士"としてその蛮行、見過ごせません! 見過ごせませんとも!」
星の形をした虹彩をギラギラと見開き、テンションのヤバい女がビシッと、遠山を指さした。
「………やべえヤツ出てきたな」
遠山は更なる厄介ごとの予感を確かに感じとる。
目の前の女騎士から放たれる、私! 人の話を聞かない人間です!オーラに思わずうなだれた。
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
<苦しいです、評価してください> デモンズ感