31話 生活のはじまり
「やあ、友よ、そのいでたちに目つき、冒険者だろう?」
「あ?」
「誰だ?」
門を出て少し歩いた時だった。
道端に立っている旗と台車のようなものを積み上げた小さな露店がぽつりと。
そこを通りがかった瞬間、どこかインチキ臭い声が遠山とラザールにかけられる。
「おおっと、そう警戒しないでくれ、ここはまだ都市門の付近だ。君たち冒険者が警戒すべきモンスターは現れないさ」
髪を1つに束ね、質素なシャツ姿の壮年の男性がひらひらと手を振る。
「モンスター以外にも警戒すべき敵はいると思うけどな」
「ほう、はははは、これはこれは。なるほど、口も立つらしいな、冒険者」
遠山の皮肉にニヤリとした笑みを返す壮年の男性。
少し脅かすように睨んだつもりだが全く気にしていないようだ。
「……何者だ?」
ラザールも同じく声を低くしながら男を見つめる。縦に裂けた瞳孔が細まっている。
「あまり警戒しないでくれ、リザドニアン。君のその縦に裂けた目を見ると懐かしき故郷を思い出す」
「王国民か?」
男の言葉にラザールが少し雰囲気を和らげた。
「元、だがね。一月前に帝国民としての戸籍を手に入れている。資産も全てこの国に移している今、私はすでに帝国民さ」
「……で、おっさん、なんか用か?」
遠山が男を観察する。露店の旗や看板の文字が読めない為アレだが、店の背後に積まれているのは台車だ。
商人なのだろう、別の店員らしき若い男が台車を布巾で磨いている。
「ああ、もちろん、もちろん用だとも。そして商人が人間に話しかける用など1つさ。君たちに素晴らしい商品を紹介したくてね」
「台車、か?」
背後の商品を手で示す男、促されるままに遠山とラザールがその商品を見つめる。
「おお、友よ、その通りだ。君たちのような優秀な冒険者にこそ必要な商品だろう?」
「なるほど…… 獲物の運搬用か。たしかにそれは考えていなかったな」
「あー、たしかに。探索者ん時は組合の回収チームやら巡回部隊いたしな」
失念していた。怪物を始末してそれを売る狩猟。考えたら解体の段取りや回収の方法をとくに考えていなかった。
探索者時代は割と分業が進んでいたためその辺に遠山は気を回してはいなかったのだ。
「ふふ、わたしにはわかる。君たちは非常に優れた冒険者だ。獲物を追い詰め、その素材を持ち帰る帝国の資産になり得るだろう。そんな君たちの手助けをするためにわたしはここで商売をしているわけだ」
「ほーん、で、いくらだ?」
ニヤニヤした笑みを浮かべる店主、その言葉に間髪入れず遠山は商談を開始する。
「ふふふ、話が早いな。一目でこの商品の価値を見抜いたと見える。ああ、友よ、手助けと言ったろう? この押し車、素材はなんと王国の"樹海"から切り出したホウレンの木材に、工房の技師が設計製造した一品ものだ。丈夫で軽く、しなやかな素晴らしいものだ。通常買うとしたらまあ、金貨2枚はかかるだろう」
すうっと、笑みを薄めつつ店主が言葉を手繰り始める。
「かなり割高だな。金貨2枚とは帝都の役人の一月分の給金に等しい」
ラザールが腕を組み、ふんっと息を鳴らしつつ口を尖らせた。店主はまるで気にしていないようだ。
「価値を理解してもらえて嬉しいよ、リザドニアン。だが君たちにそこまでの負担をしてもらう気はない。レンタルだ、今日一日この台車を大銅貨一枚で貸し出そう。どうだい?」
「大銅貨一枚? こちらとしてはありがたいが……」
店主の言葉にラザールが僅かに目を見開いた。やはりというかなんというか、ラザールはあまりこの手の腹芸は得意ではないようだ。
「んー、なるほど、そういうことか。……おっさん、最近、景気はどうだい? 需要と供給、そう例えば、市場で不足しているモンスター素材とやらがあったりするのか?」
しかし、この男は違う。腹芸、脅し、嘘、説得、なんでもござれ。副葬品にキモいと言われた知性と、殺すべき時に殺せるハッピーな頭を持つ探索者は、すぐに店主の意図を察していた。
「ナルヒト?」
ラザールは遠山の言葉がまるで理解できていないようだ、首を傾げておしだまる。
「ほう! ほうほうほう! ふふふ、素晴らしい、本当に腕だけでなく、口も回り、頭も切れるらしい。冒険者にしておくのがもったいないと感じるほどにな。冒険者、その質問に答えよう」
だが店主は遠山の言いたいことに気づいたらしい。ニヤニヤした笑いを完全に消して、
「興味深いとしか言いようがない、帝国は今大きな内乱を抱えているわけでもなく平和な状況だ。物流は滞りなく進み、災害に悩まされることなく、物価の乱高下もない、いわゆる平和と呼ばれる状況だ。このような世相で価値の上がる商品といえばーー」
店主が指をくるくる振りながら言葉を回す、そのいきつぎの間に、
「なるほど、贅沢品か。それも承認欲求やらを高める高級品に稀少品。シンプルに手に入れるのが難しくて珍しいものだ」
遠山が店主の言葉の先を予想し、重ねる。すらすらと流れるようにつむがれていた言葉と呼吸がこの時、初めて止まった。
「ーー失礼だが、君は帝都の学位の人間かね? それとも商人上がりの冒険者…… 良家の子息…… いや、恵まれた者特有の雰囲気ではない、どちらかと言えば飢えと渇望を知る人間の眼…… 何者だね?」
すうっと、細められる目、飄々としていた態度は消えて残ったのは冷徹に目の前の人物の価値を探ろうとする商人本来の姿だった。
「今日なりたての冒険者だ。決めた、アンタから台車を借りたい。大銅貨一枚、ラザールまだ金残ってるか?」
「あ、ああ。ギリギリだが払うことは出来る」
サラリと遠山が商人の冷たい目線をかわしつつ、ラザールにサイフの中身を確認する。料金を払うことを伝えようとして
「待ちたまえ、気が変わった。無料だ、金はいらない、使ってくれ」
店主が遠山の差し出した大銅貨を受け取らずに、積まれた台車を指さした。
「……商人の言うタダは信用ならないぞ、ナルヒト」
「ああ、そりゃ俺もそう思う、でも今回は多分話は別だよ、ラザール。……おっさん、アンタ良い商売考えたな。たしかにこのやり方ならめんどくさがりの冒険者と直接商談出来る可能性が増すわけだ」
にやりと遠山が店主に笑う、似たような笑いを店主も浮かべた。
「ナルヒト、何を?」
急に笑い始めたキモい2人に戸惑うラザール。しかし遠山と店主は互いに、フフフと笑い続ける。
「ふふふふ、やはり気付いていたか。冒険者でなければうちの店員として雇いたいほどだよ。ああ、その通り、しかし勘違いしないでくれ。私は何も強制しない。君たちに願うのは1つだけ、台車を使い終わったあとはきちんと私のところに返してくれるだけでいいさ」
「ん、了解。ちなみに、参考までに聞きたいんだが、アンタの思うこの平原地帯のモンスターの中で1番これからの市場の目玉になれるのはどいつだ?」
「友よ、平原地帯のモンスター素材は汎用性が高く誰も素晴らしいものだ。しかし、特筆して言うのであれば、2級モンスター、テイタノスメヤ。奴の眼と皮は貴族階級の人間にも需要のある高級品だ。少しでも目端の効く商人ならそのような素材を持ち帰る冒険者と懇意になろうとするだろう。ふふ、なに、他意はないけどね」
「ふーん。なるほどね。OK、了解。ありがたくこれ借りるよ」
「ああ、良い狩りを。私は昼まではここにいる。昼以降の返却の場合は、商業区の青空市場にいる、そこに返しにきてくれ」
「おう。わかった。壊さないように気をつけるよ」
「ふふ、幸運を祈る、友よ」
若い男が引いてきた台車を受け取り、遠山とラザールはその店を後にする。
台車を引いた遠山はその軽さに驚いていた。小さな馬車のホロくらいの大きさなのに、ありえないほどに軽い。
ラザールからの台車交代の声をかわし、しばらく2人は街道を歩き続ける。
平原に渡る風は涼しく、ピクニックにでも来たような気分になる。
「なあ、ナルヒト、一体アンタとあいつはなんの話をしていたんだ?」
ふと、隣を歩くラザールが遠山に問いかけた。
「ああ、悪い、説明してなかったな。なに、俺たちは運が良かった。スポンサー候補を早くも見つけれたってわけだ」
ガラガラと台車を引きつつ、遠山がその問いに答えた。
「スポンサー?」
「ラザール、商人の立場で冒険者との直接取引をしたい場合、1番の障害が何かわかるか?」
「……む。そうだな、……ギルドか?」
「正解。ギルドの立場としてはモンスター素材はなるべく自分を通して卸したい、利益の固まり、ドル箱だからな。だが商人としては正直、まともに取引出来る相手ならギルドを通さずに直接商品を仕入れたい。1円でも経費を節約したがるのは商人のサガだ」
「イチエン? だがそれとさっきの会話、何が関係あるんだ?」
「ラザール、ギルドマスターとの会話覚えてるか? 冒険者はあまり商人とは直接交渉しないって。なんで冒険者が商人よりもギルドへ素材を引き取ってもらってると思う?」
「ふむ、信用の問題じゃないか? 商人連中は口が回る、冒険者は正直腹芸が得意な人種がなる仕事でなないからな」
「ああ、それもある。だが俺が考えるに、1番の障害、それはな、めんどくさいんだ」
「めんどう?」
遠山の言葉にラザールが聞き返す。遠山が頷き言葉を紡ぐ。
「ああ、ギルドに素材を卸す奴が多いのは恐らくそれが一番楽なんだよ。たしか初心者は"依頼"、ギルドに持ち込まれた仕事からこなすのがセオリーだったな」
「ああ、こんなふうにのっけから狩猟を行うのは珍しいだろうな」
ラザールが肩をすくめ、遠山を見る。
「そこだよ、ラザール。つまり真っ当な冒険者はひよっこの頃に慣習づけられるんだ。仕事はギルドが回してくれるもの、仕事の成果はギルドに提出するものってな。コツコツ依頼でやりくりしてた奴らが狩猟も狙えるようになった時、その成果をどこに売るようになると思う?」
遠山がラザールに指を立て、問いかける。
「……なるほど、そういうことか。ギルドだ。新人の頃に植え付けられた慣れを利用するわけだ。……ふ、あのギルドマスター、やはり色々考えてるな」
少し考えた後、ラザールが頷いた。頭の回転が早い奴とする会話は楽でいい。
「ああ、生半可なカシコじゃねえ。人の心理とかも良く理解しているすげえカシコだ。で、あの商人のおっさんはその仕組みに気付いている、気付いた上で冒険者からの直接仕入れが出来る商売の仕組みを考えたんだろ」
基本的に冒険者が面倒くさがりという前提で組まれたギルド優位のシステム。それを自然に運営している事実にあのギルドマスターの有能さが現れている。
「だが、それがどうして台車の賃貸業に繋がるんだ?」
ラザールの言葉はもっともだ。しかし遠山には確固とした確信がある。
「ラザール、あのおっさんの言ってた青空市場の場所と冒険者ギルドの位置を思い返してくれ。何か気付かないか?」
「位置……… 近いな。冒険者ギルドへの道はいくつかあるが、台車を引けるほどの大きな道となるとどうしても商業区の青空市場を通る…… あ、そういうことか!」
ラザールが懐から取り出した地図を眺め、そして急に声を張り上げた。
遠山が頷く。
「気付いたか。その通り、あのおっさんから台車を借りた冒険者は高い確率で冒険者ギルドへたどり着く前に、またあの商人のおっさんと接触する仕組みになっているわけだ」
遠山が台車を引きながら、ラザールに視線を投げる。
「狩りを終えた冒険者が、ギルドより先に出会う取引先が自然に出来る、そりゃ全員と取引が出来るわけじゃねえし、そもそも商品の的確な仕入れが出来るわけでもない。ただチャンスは増えるわな。気に入った、あのおっさん、きなくせえが抜け目がない。組むんならああいう相手がいいな」
つまり、あの商人は
「抜け目がないのはどっちだか……」
ラザールがため息をつきながらつぶやく、しかし遠山を見る目はどこか嬉しそうで。
「ひひ、褒め言葉と受け取っておくさ。まあ、とりあえず何はともあれ狩りを成功させねえとな、どんな奴がいるんかなー」
遠山はにかりと歯を剥き出して笑い、想像する。異なる世界の怪物、それは一体どのような化け物だろう。
「……やり込んだゲームのダウンロードコンテンツみてえだなあ。ヒヒヒヒ、たのしみだ」
遠山もやはり、どこまで行っても探索者。
欲望と夢、それが遠山鳴人の根っこであり、幹。しかしそれとは別に好きなのだ。全てを賭けて怪物と殺し合うその瞬間、そういう生き方が好きだった。
「ふ、頼りにしてるよ、ナルヒト。そうだな、ジャイアンボア辺りが食用にもなってるしいいんじゃないか? 3級冒険者の徒党がよく狙ってるらしいが」
「ふうん、灰ゴブリン的な感じか? んー、いやでもアイツらグループによっては初見殺し的な要素もあるから一概には言えねえか」
「いよぉーし、バンバンぶっ殺してじゃんじゃん稼ぐぞー! たのしそー」
台車が呑気にガラガラと鳴る。ケラケラ笑う遠山に、ラザールが力を抜いて笑った。
「ほんと、頼りになる奴だよ、アンタは」
………
……
…
「驚いたな、まさか冒険者に商売の仕組みを見透かされるとは。少し舐めすぎていたらしい」
奇妙な冒険者2人組だった。
差別種族であるリザドニアンに、南部領では珍しい黒髪の男。
リザドニアンを冒険奴隷ではなく、仲間として扱っていた点もこの帝国では珍しい。
商人ギルド所属、ドロモラ商会会長、ドロモラ・ヴレーメンは台車を引いていく彼らの後ろ姿を見つめる。
まあ、何よりの異質な点は、冒険者という人種らしからぬ観察眼と考察力。成り立てと言っていたからには4級の冒険者なのだろう、しかし、そんなルーキーとは思えない奇妙な場慣れ感。
「店長ぉ、もう青空市場に戻るんですか? いつもならまだ門の前でカモ、じゃない、貸し出しのためにあそこにまだ残ってる時間ですよ?」
撤収の指示をうけて、王国からの従業員である若い男が呑気な声を上げる。
「ビスエ、早急に商人ギルドに向かえ、先程の冒険者の外見から情報を得てこい」
背後にいる従業員の方を振り向かずに、ドロモラは簡潔な指示を出した。
黒髪の男に、リザドニアン。心当たりがある2人組だ。まさか、という気持ちが強いが少しの疑念を無視しない姿勢がドロモラを自分の商会を持つ商人にまで押し上げていた。
「えー、パシリですかあ?」
「馬鹿者、俺の従業員だろうが。業務範囲だ。もしかるとあの冒険者ども、とんだ掘り出し物かもしれん。王国はおろか、この帝国でも俺の商売の仕組みを見抜いた冒険者は初めてだ」
冒険者という連中への認識を改めなければならないかもしれない。
特にあの黒髪の男、アレはどちらかと言えばこちら側の人間、頭を使って事を成す人間の目をしていた、筈だ。
すこし物騒すぎる気もしたが。
「それ店長の思い込みじゃないです?」
「いいや、少なくともあの黒髪は全てを見抜いた上で俺から台車を借りたはずだ。俺が無料で台車を貸し出した意図も全て理解している。ふふ、久しぶりにまともな人間と取引が出来そうだ。残りの台車は丁稚連中に運ばせておく。急げよ、商売は常にーー」
ドロモラが商会の社訓を口にして。
「正しく、早く、速く、疾く。わかってますよ」
従業員の男がその言葉を遮った。呑気な部分もあるが、この従業員の聡明な部分をドロモラは気に入っていた。
「ならその言葉通りに急いでくれると助かる。ギルドからの情報を確認したら青空市場の露店に戻れ。必ず、あの冒険者たちが冒険者ギルドへ戻る前に声をかけるぞ。……いや、奴らならあっちから俺たちの元へ戻るか」
「ほっ」
ふと、いつのまにかドロモラの前に立っていた従業員の男が吹き出した。
「どうした、ビスエ」
ドロモラが眉を顰めてその様子に首を傾げた。
「いんやいんや、なに、店長が笑ってるとこ初めて見たなって」
しししっと、短く笑う愛想の良い従業員。
「ふん、どうだかな」
鼻息をふんっと、しかしドロモラは顔を晒す。
たしかに、先程の会話は楽しかった。決して言葉に出すつもりはなかったが。
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<苦しいです、評価してください> デモンズ感