30話 街の外へ
…………
……
…
「………彼らは行ったかい?」
ぱちり。
遠山とラザールの2人が部屋から出て行った瞬間、伸びていたはずの小太りの男が片目を開いた。
「……ええ、無事、冒険者登録も完了しております」
書類をまとめながらギルドマスターが返事を返す。
「おや、起きてることきづいてたの?」
「貴方のことです、肝心な所は見逃さないと存じております。領主様」
「いやはや、さすがはマリーくん。……人見水晶はほんとうに不調なのかい?」
狸寝入りを決め込んでいた曲者、サパンがテーブルの上に置かれたままの副葬品を見つめる。
ギルド運営において絶対の基準となるこのアイテム、それの不可解な反応を見過ごすような無能はこの都市の責任者にはなれない。
「まさか。あり得ません、副葬品に誤作動など聞いた事がございません、それにほら、正常です。なんの問題もなく起動しております」
マリーが手をかざす。すると自然に人見水晶はほのかに紫色の光を灯し、彼女の情報を写し始めた。
「………竜に気に入られ、統一言語が読めないと思えば異様に古代ニホン語に精通し、人見水晶による検査を受け付けない、極め付けは人見水晶からの声を聞く男、かい」
厄ネタしかない。
サパンは薄くなり始めてカツラで誤魔化している頭をかきむしりながらうつむく。
扱い方がわからないのだ。あの男を果たして取り込むのが正しいのか、放っておくのが良いのか。
「"眷属憑き"、でしょうか? であるなら、彼の異質さは全て説明できますが」
マリーがつぶやく言葉。
"眷属憑き" 各時代において、争乱の種になってきた厄介で、秘匿されている存在たち。
サパンは思考を巡らせる、あの男、竜殺し、トオヤマナルヒトの不透明さはたしかに眷属憑きならば説明をつけることが出来る。
だが、サパンの勘、主に嫌な予感を感じるのに長けたそれが警鐘を鳴らしていた。
安易な答えを出すべきではない、と。
「……判断を急ぐ必要はないさ。彼の動向はこの街の勢力のほとんどが監視しているはずだしそのうち判断材料も揃う…… 竜をあまり刺激したくもないしね。……おや、マリーくん、人見水晶が」
サパンはその勘に従い、結論を先送りにする。ギルドマスターもそれに頷いて。
ふと、人見水晶がまたおかしな動きを見せた。
断続的に、ぱっ、パッ、と紫色の光を点滅させてーー
「……え?」
彼らは知る故もない。
現代世界においてパソコンがたまに見せるその挙動、あまりに情報量の多すぎる作業をさせた際にたまに見せる動き。
処理落ちしたパソコンのような動きを人見水晶が見せていた。
サパンとマリーが固唾を呑んで、人見水晶を見守って。
『トオヤマ ナルヒト 推奨ロール』
『探索者』
はっきりと人見水晶が文字を写した。読める文字だ、しかしその言葉の意味はこの世界にはもう残っていなかった。
「タン、サクシャ?」
マリーが小さくつぶやく。教養深い彼女も知らない言葉だ。
「……マリーくん、これは」
「初めて見る、冒険者ロールです……」
サパンの問いにマリーが首を振る。
サパンが自分の顎を撫でる。数秒で結論を出した。
「ウーノくんが残した記録、あれを全て帝都大学の調査機関へ。竜専門学と先史文明学、天使学の権威の意見が聞きたい」
「かしこまりました、領主さま。……直接的な監視はいらないので?」
「今は彼の不透明さも怖いが、何より怖いのは蒐集竜だよ、見ただろう? 彼女の様子を。変わりすぎた、たった1日で。あの男、竜殺しが彼女を変えてしまった。あれでは竜ではなく、ヒトだ。竜の力を持ったヒト、しかも10代程度の精神年齢のね。それでいて倫理観や判断基準は竜独特の超然的なものときている、何が彼女の逆鱗に触れるかわからない以上、直接干渉は一切抜きだ、いいね」
竜殺しの不透明さは言うなれば真昼の大通りに死者が徘徊してるような不気味さ。そこにいるはずのないものが当たり前の顔をして存在している恐怖。
しかし蒐集竜への恐怖はそのまま、文字通り竜という規格外への恐れだ。
真昼の死者より、普通に竜の方が怖い。
それがたとえ竜を殺す死者であってもあれはまだ人の範疇にいると領主は判断した。
「お言葉のままに、サパン・フォン・ティーチ辺境伯。我らが街、冒険都市アガトラの領主様」
「頼んだよ、ハイデマリー・スナベリア、冒険都市アガトラのギルドマスター」
短い言葉、小さく礼をし部屋を出て行くギルドマスターをサパンが見送る。
優秀な街の勢力の代表に心強さを感じつつ、サパンがソファから立ち上がり伸びをした。
「ふーぅ、さてさて、やることが山積みだ。竜のご機嫌取りに、各勢力との情報共有、帝都への報告…… 貴族院の連中め、ここで死んだら化けて出てやるぞう」
いやだいやだ、小さくつぶやくその声とは裏腹に、その髭に隠れた唇はどこか愉快そうにつり上がっていた。
………
……
「で、ナルヒト、本当にいきなりこれでいいのか? 一応申請はしてきたが」
「おー、ラザール、サンキュー。手間かけたな。ああ、問題ねえ」
街を歩く。
レンガで作られた建物、赤茶けた石畳の道路は思ったより歩きにくい。アスファルトって案外すごいものだったんだな、と遠山はのんびり現代の技術の素晴らしさを考える。
「狩猟、ね。たしかに稼ぎは大きいかも知れないがその分リスクもある、覚悟の上というわけかい?」
ギルドにて冒険者章を受け取った遠山たちが次に行ったのは依頼の受理ではなく、狩猟の申請だった。
「おお、さっきの説明聞いて確信した。彼らの目的に近づくためには仕事としては狩猟っつーのが1番合ってる。なにより、商人とのコネが手に入るのがでけー」
「商人とのコネ?」
遠山は隣に歩くラザールににやりと笑いかける。
指をふりながら頭の中で組み立てていた計画を言葉にした。
「ああ、ラザール、俺ら探索者…… じゃない、冒険者の強みって何かわかるか?」
「冒険者の強み? ……そうだな、帝国でいえばギルドの後ろ盾を得ることが出来ることか?」
「まあそれもあるな。嬉しい誤算だが行政のレベルが予想よりかなり高い。だが最大の強みはそうじゃない」
目抜き通りを進む。馬車が行き交い、人々が血管を通る血液のように進み続ける。
所々に出店している店、店舗を構えていたり、露店だったり営業方法は様々だが、どの店も活気がある。
それだけでこの帝国とやらの治世がそれなりにうまく行ってることが伝わる。
「自分自身を商品化出来ることだ」
遠山が自分を指差して、それからラザールを指さす。
一際背の高い獣人が向こうから歩いてくる。遠山は目線も合わさずするりと躱し、舌打ちを背中にあびながら歩き続ける。
「どういう意味だ?」
ラザールが遠山のみのこなしに目を見開きながらも商品化という言葉を確認する。
「俺はまだこの辺の常識には疎いが、おそらくモンスター素材とやらの供給はほとんど冒険者ギルド頼りなんだろ? そして、実質その素材を回収してくんのは俺たち冒険者なわけだ」
遠山の目線は、目抜き通りのそこら中に置かれてある商品に注がれる。
鉄製の武器を飾っている店舗、生活雑貨のようなものをおいてる露店、木のジョッキになみなみの飲み物を注いでいる店。
さまざまな店が入り乱れるこの通り、しかしそのなかの商品のほとんどに動物の毛皮や、甲殻のようなものをあつらえたデザインが見てとれる。
ギルドマスターの言葉通り、モンスター素材とやらはこの国の経済商品のほとんどに流通しているらしい。
「……ああ、なるほど。お抱え、か」
ラザールが遠山の言いたいことを理解したようだ。なるほどと小さく頷く。
「おっと、もうそういう概念があるのか? そゆこと。いわば俺らは一次産業者、なるのは簡単かも知れないが、続けるのは誰でも出来る仕事ではない。安定してモンスター素材を回収出来る優秀な冒険者ってのはその個人そのものが資産になれる、俺はそう思う」
需要の高いその商品はしかし、取り引きや畜産では手に入らない。文字通り命懸けでモンスターを狩り殺さないと手に入らないものだ。
なるほど、ギルドが自分たちを介しての取り引きを願うわけだ。コレはたしかに金になる。
遠山は歩きながら街並みをつぶさに観察する。
露店でも日差しよけの屋根はおそらく布ではなく、何かの皮? いや翼膜か?
街を行き交う馬車も幌の素材が木だけではない、黒っぽい甲羅や骨が使われているものも何台かみかけた。
すれ違う冒険者らしき武器を構え、装備を整えた人間。その鎧や武器にも明らかに鉄だけじゃなく生き物の骨や角が使われている。
経済の基礎。おそらくこの世界、少なくともこの都市の経済活動の礎の1つには密接にモンスターが関わっている。
「ということは、ナルヒトの狙いは商人への売り込みか?」
ラザールの声に遠山が頷く。
「正解、今俺らに必要なのは冒険者ギルドっつー組織の中での地位や評価よりも金とコネだ。狩猟を通じての商人との個人的繋がりはこれから先、パン屋を経営するのに必ず生きてくる」
商人とのコネ。なんの縁もない土地での商売の開業には必ずコレが必要だと遠山は睨んでいる。
商人ギルドという言葉が存在しているのだ。連中は必ず既得権益を守るため連携している。それは敵に回すよりも利用する方が得だと遠山は判断していた。
「………驚いたな。アンタはほんとに不思議な奴だ。子どもでも知ってる常識を知らないかと思えば、今はこれだ。ふ、ああ、わかった。アンタについていくさ」
「おう、どうも。と言ってもまずは獲物の選定からだな。目端の利く商人からの接触を待つにも、それとガキどもの食費や宿代にもまずは今日成果を得ないとな。えーと、都市から1番近い狩場で獲れるのはなんだったけ?」
「ああ、これに書いてある通りだ。ジャイアントボア、ホーンラビット、スマイルバード…… 野獣種かつ、3級クラスのモンスターが殆どだ」
ラザールが懐から折られた冊子を取り出す。そこには遠山の読めない文字と、いくつかのわかりやすい絵が書かれていた。
「いやー、周辺に出る獲物の情報まで無償で配ってるとは思わんかったな、あのギルドマスター相当やり手だぜ」
ギルド内で無償で配っているのを見つけた時は口を開けて固まってしまったくらいだ。
正直、これが1番の懸念だったのだがそれはこの冊子により一気に解決した。
遠山の最大の懸念、それは獲物の情報不足だ。
現代ダンジョンの探索者ならば組合の情報端末やら、果ては民間のWikiなどで怪物種の生態情報や特徴、時には攻略法まで調べられてしまうのだが、ここではそうはいかない。
見知らぬ土地どころか見知らぬ世界。通常の生態系から外れ、独自の生態を持つ明らかに危険な生物、モンスター。
探索者時代の経験ややり方がそのまま通用するほど甘いものではないだろう。あまりにもその獲物に対して知識がないのが心配ではあったのだが全てこの冊子で解決した。
「だろうな、王国ではこのようなモノ存在すらしていなかった。だがしかし、かなりこの冊子も余っていたな」
ラザールが見事な仕事だ、と小さく唸る。
読むことは出来なかったがラザールの翻訳曰く、そのモンスターの名前から生態情報、目撃情報が多い時間帯、場所、そしてなんと他の冒険者から聞き取りしたうえでの簡易ではあるが注意点までもが示された冊子だ。
遠山からしたら金以上に価値のある代物だった。その冊子の存在も遠山に狩猟という選択肢を選ばせた1つの要因だろう。
「あー、たしかに。まああれだろ。俺らに絡んできたりしてきた連中のレベルから察するに奴らは情報の重要性を理解出来るオツムがないんかもな。ひひひ、競合相手が少ないっつーのはラッキーだぜ」
「それはあるかもな。3級モンスターの情報を必要とするレベルの連中は敵の情報よりも、己の装備や仲間の質を重視して、情報の重要性を理解している連中には逆にこの冊子程度の情報は既に必要なくなっているのかも知れないな」
「お、ラザール、いい事言うな。なるほど、需要と供給のミスマッチか。んー、あのギルドマスターの年から考えてちょうど今は組織の変革期なんかもしれねーな。ギルド全体のボトムアップを図るため、色々なことを試して、変化してる最中。いいねえ、商売のチャンスが増える」
遠山が笑う。ギルドマスターの少し疲れた顔を思い出しーー
するとそこに風体の悪い男が真正面から急にぶつかろうとしてきた。するり、躱し、同時に遠山のローブのポケットへ伸ばされていた指を掴む。
「ああ、だが俺たちと同じく金が入り用で狩猟を狙ってる同業者も多い。油断はできないぞ、おっと、スリか」
「ああ、スリだ。よいしょっと」
ぼきり。
なんの反応も躊躇いもなしに細い指を反対側に折り曲げる。骨が折れて腱がだめになる感覚。それを捨てるように折った手をぺしりと放して、悲鳴をあげるスリを蹴飛ばし、進み始める。
ラザールもあまり気にしていない。スリを見下ろしため息をついたあと、また歩き始める。
「えっと、なんの話だっけ。ああ、同業者との競合か、ショージキあんま気にする必要もねえと思うぞ」
「何故だ?」
「近道狙う奴はすぐに死ぬからな、回転も速いだろ。こーゆーお宝同然の冊子が余ってるっていう時点で俺らと同じランクの奴らはおそらくほとんど素人だ。普通、こういうのに飛びついて当たり前だと思うんだけどな」
恐らくこれの価値を知る連中はもう無茶な狩猟に頼らなくても生活できるやつなんじゃないか?
遠山はスリの悶絶と悲鳴を背中にうけながら進む。
「ふむ、帝国人はわりかし名誉や慣習を重んじる者が多いからな。新しいことに対しての感受性は薄いのかもしれん」
「ふうん…… それは少し、パン屋業の方では厄介だな。ま、その辺はおいおい考えるとして、見えたな、あそこか?」
街並みを見たり、スリの指を折ってたりしたらいつのまにか辿りついたようだ。
巨大な都市を覆う壁がいつのまにか遠景から、見上げるオブジェになる位置まで街の外縁部に来たようだ。
「ああ、東門。アガトラの出入り口の1つだ。あそこで申請書を出せば平原地帯のモンスターの狩猟が可能なはずだよ」
ラザールが申請書を広げながらつぶやく。
「おー、こうしてみると壁すげーたけーな。城塞都市って奴だな、ほんと」
遠山が海外旅行に来た気分で壁を見上げる。
何十メートルあるんだ、ありゃ。100メートルはないかもしれないが少なくとも人が登れるような高さではない。
そんなのが街をぐるりと囲んでいるのだ、中に巨人が入っていないかと少し心配になった。
「大戦期に帝国の初代皇帝と天使教会の第一主教が作った街と壁だ。ざっと考えると200年モノだな。当時の聖人と、"秘蹟持ち"の力で作られたこの壁は噂では"竜"と争うために作られたとかなんとか」
「はは、そりゃいいな。竜は呑気に壁のうちで好き放題してんのに」
軽口叩きながらこれまた馬鹿でかい開かれた門のとこまで歩く。
道路も広く、門も見上げるほどにでかい。
戦車やらなんやらでも平気で進めそうだ。遠山たちがそのまま進む。
いつのまにか人の通りが極端に少なくなっていて。
「そこで止まれ、この東門は冒険者ギルドにより認可を受けている者しか通れない、旅人や市民は反対の西門からのみ都市の出入りが許可されている」
門まであと少し、と言ったところで一際大きな建物、タペストリーや旗が飾られた建物に待機していた人物たちに呼び止められる。
帽子のような兜に、銀色の鎧にこれみよがしの大きな鉾槍。
「いや、冒険者です。これ、冒険者章」
遠山がローブから青銅で出来たドックタグに似たプレートを掲げる。
「……チッ、4級の青銅章か。依頼ではないな、その様子だと。狩猟の申請書は?」
明らかに門番たちの表情が変わった。侮蔑と見下しをミックスさせた嫌な顔だ。
「ああ、ここに」
「……リザドニアンか。ギルドも落ちたもんだ。お前みたいなトカゲも受け入れるんだからな」
ラザールが広げた申請書をひったくるように奪う門番。遠山が一言文句を言おうと一歩進む、それをラザールが視線で制した。
「はは、帝国人の懐の深さに感謝するよ」
門番の言葉に笑顔で対応するラザール。遠山は一瞬目を瞑り、小さく息を吐いた。
「ふん、ヘラヘラしやがって。この辺の錠前を一つでも触ってみろ。その手を斬り落としてやるからな」
「ああ、それは恐ろしい、気をつけるとしよう」
「……もういいか、確認出来たろ?」
低い声が出た。ラザールが大人の対応をしているんだ、自分がキレたら意味がない。遠山はさっさとここを離れたくて仕方ない。
「あ? なんだ、貴様その態度は? 4級のなりたて風情が口の利き方を知らんらしいな」
門番が遠山の態度にめくじらを立てる。かちゃりと鎧を鳴らして遠山に近づいた。
「……ナルヒト、よせ。教会騎士の警邏だ。ギルドの時と違い、揉めればこちらが拘束されるぞ」
「……了解、ラザール」
負けじとその門番に詰め寄ろうとする遠山をラザールが制す。その言葉に遠山が頷き、喧嘩を買うのをやめた。
そうだ、落ち着け、落ち着け。ちょっとムカついたくらいでいちいち揉めてたらキリがない。こいつらは言うなれば畜生揃いの暗黒時代のヨーロッパくらいの倫理感しかないんだ。
現代ニホンの常識と倫理を備えた俺の方が譲るべきだ、うん、コイツらは動物なんだから優しくしよう、うん。
頭の中で色々考えて遠山は目の前の門番を許すロジックを編み出す。
落ち着いてきた、手続きは済んだろうからもう行こうとして前へ進もうとした、その時だ。
「ふん、まあいい、身の程知らずに狩猟に向かうバカだ。すぐに死ぬだろうさ…… ん」
門番がニヤニヤして顔で、遠山とラザールに手を差し出す。
手のひらを上に、まるで何かを渡せとばかりの態度だった。
「……なんだ、いや、なんです? 書類の確認は終わったろ、通るぞ」
「素人が、知らないのか? 通行料と手数料を払ってもらおう。ギルドで教わらなかったのか?」
当たり前のように、そしてヘラヘラした笑みを貼り付けたまま門番が言い切る。
「…………」
遠山の頭の中、脳みそに冷たい水が広がる感覚が走った。
「…………そんな話は聞いていない。門番に金を払うなんてギルドから説明はなかったぞ」
賄賂の要求だ、それもクソみたいな理由とクソみたいな人種からの。
「そりゃ残念、伝達がうまく行ってなかったな。周りの奴らにも聞いてみようか? なあ、お前ら! ここの冒険者が外に出たいらしいんだが、手数料貰わないといけないよな!?」
ラザールの抗議の言葉に、門番はしかし笑いながら周りの仲間を呼ぶ。
「あー、そだな、4級で、徒党にも入ってないんなら、保証金がいるな、補償金が」
「ああ、そうだな、俺ら門番の大事な時間を、てめえらみたいな素人に使ってるんだ。ほら、素直に出すもん出せよ」
ゾロゾロと遠山とラザールを囲むように集まる門番たち。ヘラヘラしつつも、全員武器は握っている。
なるほど、今、自分たちはカモにされかけてるらしい。遠山は状況を理解する。
「あ、またやってるよ、あいつら。おーい、ヴイル、俺らの徒党これからいつもの狩猟だから、通るぞー」
「おーう、稼いでこい、今度奢れよー」
囲まれている遠山たちを尻目に、門番たちを素通りする連中がいた。3人組、みな武装している所からおそらく同業者だろう。
「……おい待て、何故あいつらを通している? アンタらの言う保証金だか、通行料はおろか申請書や冒険者章の確認もしていないぞ」
ラザールがすんなりと門をくぐっていく冒険者たちをみて更に声を上げる。
「あー? あいつらはいいんだよ、3級の徒党で、信頼がある。いちいち申請なんざ確認しなくてもギルドの方できちんと処理してるさ」
いい加減な仕事に、汚職。おそらくあの連中とこの門番はなんらかの利害関係にあるのだろう。
「……なるほど、こーゆー構造か。ギルドマスターもこりゃ相当苦労してんな」
あの冊子に見られるギルドマスターの努力はしかし、残念ながら末端までは届いていない。
教会とやらとギルドの足並みも揃っていないのだろう。
遠山は黙って、そいつらを観察する。
装備がなかなかに潤沢だ、人数も多い。ラザールもいることから真正面から無傷で皆殺しは難しいだろう。それに時間を掛ければ目撃者も出る。
教会の警邏、昨日始末したカラスとかいう連中とは違い、体制側の人間だ。真正面から殺すとこちらが悪者にされてしまう。
「……めんどいな」
「あ? なんか言ったか? 俺はどっちでもいいんだぜ。通行料2人で銀貨1枚、払えねえのなら通さねえよ?」
「むしろ教会の公務の邪魔として牢に入るか? ん? どっちでも構わないけど」
門番たちがヘラヘラ笑い続ける。完全にこちらを舐めている顔だ。彼らからすれば低級の冒険者などその程度の存在なのだろう。
「……ナルヒト、穏便に行こう。コイツらを敵に回しても得はない」
「……だな。っふー、わかったよ、わかったさ。払うよ、悪かった、アンタらの手間をかけちまった」
遠山はやり方を変える、そうだ、大人になれ、大人に。
ここで揉めても仕方ないーー
遠山がそいつらに頭を下げようとした時、門番が遠山の態度にわかりやすい笑顔を浮かべた。
「お? 物分かりいいじゃねーか、そうそう最初から素直に金払えばいいんだよ」
「へへ、女なら金以外でも通してやる方法もあるけど、リザドニアンと黒髪男なら銀貨以外に通る方法はねえわな」
「ぎゃはははは、ああ、この前のあの田舎女! かわいそーにもう1週間見かけてねえな、そういや」
「お前が使いすぎたからじゃねーのかよ!」
「ばーか、最後の方は女の方も悦んでたっつーの!」
下卑た笑いが遠山とラザールを包んだ。
人の痛みを理解どころか、想像すらすることのないだろう人間の顔。
ラザールが一瞬、怒気を現し牙を剥きかける。
「…………………」
「っ!? ……………」
遠山がすっ、と腕を上げてラザールを制した。遠山の栗色の眼に笑い合う門番たちの顔が映り込む。
生まれつき強い側、奪う側にしかいなかった人間の顔だ。自分より強い相手には決して逆らわず、自分より弱い相手にだけその幼稚な攻撃を向ける人間の顔だ。
ぴきり、奥歯の奥、こめかみの中に音が響いた。
遠山鳴人の1番嫌いなタイプの人種だ。
気が、変わった。穏便に済ませるのも、金を払うのもナシだ。
獣にくれてやるものなど、一文たりともありはしない。遠山が、静かに笑った。
「はは、あ、そうだ、金を払う前に1つ聞かせてくれ。アンタらんとこの教会ってさ、"竜"をどう思ってんだ?」
とぐろを巻くような苛立ちと怒りを笑顔に隠して、遠山は自然に話しかける。
「ナルヒト?」
ラザールの怪訝な声。
「あ? なんだ、竜?」
「どーでもいいから早く金払えよ、しょっぴくぞー」
遠山の言葉にそれぞれの反応を返す門番たち。
ピコン、奴らの顔に矢印が浮かんだ。
【スピーチ・チャレンジ発生】
【会話材料多数 "ギルドマスター" "天使教会" "竜大使館"、"ギルドの改革"】
【"蒐集竜"の塔級冒険章】
「いやいやちょい気になったんだ。竜とかギルドマスターがぼやいててな。最近、この東門でギルドや教会に許可を得ずにお小遣い稼ぎしてる奴らがいるって」
スピーチチャレンジ。遠山の舌が蠢く。真っ赤な嘘ぁ、そんな話、ギルドマスターは一切していない。
「………………………あ?」
「いま。なんて?」
それでも、奴らは反応した。後ろ暗い行動だとは理解しているのだろう。バレてはまずいと理解しているのだろう。
だからこそ、遠山の呟きは毒のように広がる。
「ギャハ、おいおい、冒険者、お前嘘下手すぎだろ。お前みたいなこっぱものがあの人らの知り合いのわけねえだろうが」
門番の1人がうわずった声を上げる。周りの門番たちもその声に1人、また1人とヘラヘラ笑い始めた。
「ああ、はは、ばれちった? いや、なに、ジョーク、ジョークさ。えーと、銀貨1枚だったな、少し待ってくれ。いま、財布の中ひっくり返すからよ……」
遠山もその笑いに合わせてヘラヘラ笑い出す。
懐から革袋を取り出した。中身に金はもう入っていないことなど百も承知。
しかし、その革袋の中にはアレが入っていた。
「おっと、間違えた」
ぽとり。
ひっくり返した革袋からそれが滑り落ちて、遠山の手のひらに。
金色のドックタグ。プレート、竜を殺したなによりの証拠。
「………っは? おい、お前、それ」
門番の1人が目をむいた。それが何か一目で理解したらしい。
「ああ、気にしないでくれ。すまんすまん、これは違うよな。金色だけどお金じゃないもんな。いやー、そっかそっか。通行料かー、いや別に気にしないでくれよ。そういうの大事だよな。これから長い付き合いになるんだ。きちんとアンタらの顔も覚えたよ」
遠山がこれみよがしに金色の冒険者章をてのひらで転がす。
門番たちの目線はそれに釘付けとなっていた。
「……まて、まてまて、お前、それ、手に持ってるの、金色の冒険者章……か?」
「あ、はは、いやいや、ニセモンだろ、おい、な? てか、え? さっき、竜とかギルドマスターが俺たちのことをーー」
明らかに奴らの声がうわずり始めた。
4級冒険者のくだらないブラフなど、彼らにとってはいつものことだ。
ワイロを誤魔化すために下手な嘘や、しょうもない脅しをかけてくる。そんな冒険者たち、主に道理を知らない新人の冒険者を痛めつけ、金品を剥いだら、時にはそれ以外のもので払わせたりするのが彼らの副収入だった。
だが、今日は違う。明らかに目の前のローブの冒険者は何かが違うと感じ始めて。
「いや悪い悪い、あれはだからジョーダンですって。ジョークだよ、……ギルドマスターとしても冒険者ギルドと教会の関係にヒビが入るような真似する奴は目障りだろうし、竜の方はシンプルに癇癪で人を殺すからなあ。ワイロとかあんま好きなタイプじゃねーからな、アイツ」
「お前、なんの話をしてる? つまらねえジョークで揶揄うんならタダじゃおかねーぞ」
「お、おい、待て、待てよ、あれ間違いなく塔級冒険者章だろ、あの金色、騎士長と同じ奴だろ?!」
「ば、ばか言うな!? ニセモンに決まってるだろ! おい、冒険者、それ貸せ!」
1人の門番はその違和感、いや恐怖に耐えられなかった。
遠山が手のひらで転がすそれ、金色の冒険者章を強引に奪い取って。
「あ」
「こんなおもちゃで俺らをビビらせよーー」
遠山がぽかんと口を開ける。
そしてにやりと笑った門番はしかし、言葉の途中で白目を剥いて、そのまま受身も取らずに地面に倒れた。
「おい!? どうした?! 倒れたぞ!?」
「……ほ、本物だ。本物の、"塔級冒険者章"、本人か、本人が認めた者以外が触ったら、災いが起きるって」
「お、おい、待てよ、コイツ、じゃあ、まさか本当に」
「……………黒髪、リザドニアン…… おい!?! 教会報に載ってた蒐集竜様を殺した冒険奴隷! そいつらも黒髪とリザドニアンの奴隷の2人組だって」
門番たちに動揺が、広がる。
遠山の舌が彼らを絡め取る。
「お、おい、おい! 冒険者、フードを取れ、早く」
「はいどーぞ」
門番の言う通り、遠山がローブのフードを下げる。狡猾な肉食の獣に似た顔で、おののく小悪党たちを眺めた。
「黒髪、栗色の眼…… お前、いや、アンタまさかーー 本当に」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒ、なあその前に聞かせてくれ。アンタらはギルドと竜の敵か?」
歪んだ笑い、的確な言葉。
「は?」
毒となり、門番たちを蝕む。
「冒険者ギルドは現在、体制の改革を進めるために賄賂や汚職に関わる存在の炙り出しを行っていてな。竜もまた、自分の足元に浅ましい虫が這うのを快く思っていないんだよ、可哀想にこの虫どもはギルドと竜に目障りな敵だと認識されちまったらしい」
「ひ……」
「あぶく噴いてら、可哀想に。これは返してもらうぜ」
遠山が白目をむいてぴくぴく痙攣する門番からプレートを回収し、話を続ける。
「……こいつ、触っても平気なんだ。……蒐集竜の冒険者章だから」
ずり、誰か1人、門番のうちの1人があとずさりを始めた。
「その虫どもはなかなかに小賢しいらしく。なかなか尻尾を掴ませねえらしい。そこで、竜が認めるほどの実力を持ち、なおかつ冒険者ギルドにおいてはカモにされるような新人の協力者による囮調査が近々実行されるらしい…… ああ、まあ、ジョークだよ、全部ただの冗談さ。門番さんたち」
「あ、う……」
「だがまあ、この協力者も不真面目でな。必ずしもギルドや竜との共同歩調をとるわけではない。むしろ厄介ごとには関わりたくないんだ。だから、うん、きっとこの協力者はこう考えてる。門番の中にワイロを要求するような虫などいない、ただの噂だった。ああ、こういう報告が1番全て穏便にすむんだけどなあ」
遠山が門番の1人1人を眺める。
もう、そいつらからは余裕の溢れる笑顔は消えていて。
「で、なんだったけ? えーと、通行料、いくら必要なんだ?」
「い。いや。なんでもない、書類を確認した。良いあ狩り……」
その言葉のあと、一斉に頭を下げる門番ども。
ラザールは苦笑し、頭を下げて通り始める。
遠山はしかし、じっと門番を見つめて動かない。
1、2、3、4。
4人。こちらに頭を下げても、剣呑な目つきをしている人間を4人見つけた。
遺恨は残さない。穏便に済ませたつもりだが、やはりコレが1番確実だ。
「ナルヒト?」
なかなかその場を動こうとしない遠山にラザールが声をかける。
「……ああ、どうも。お仕事ご苦労さん。……安心しろよ、全部、ジョークさ。今行くよ、ラザール」
ようやく、遠山が歩き始めた。
ローブの内側、誰も見えないその位置で静かに欠けたヤイバを己の身体から取り出して。
「あ、ああ」
「……ラザール、今あの辺りに俺たち以外の人間はいたか?」
「いや、先程素通りした彼ら以外はいなかった」
「そうか、なら、いいや」
遠山たちが門をくぐる。
分厚いかべのトンネルを通る、灯されるカンテラの光の先に陽光に満ちる出口が見えた。
「何をする気だ?」
ラザールが首を傾げる。
その時だった。
遠くの方、トンネルの入り口、遠山とラザールの背後から大きく、汚い悲鳴が聞こえた。
断末魔の叫びーー
「いや、もう終わった」
ヤイバをしまう。
時間差での使用は初めてだが、たしかな手応えをきちんと感じた。
「……そこまでやる必要があったか?」
「悪い、なんか女がどうたらこうたら言ってたのが無性にムカついて……」
「…………細かくは聞かないでおくよ」
「おう、助かる。なに、死んでいい虫が数匹この世から消えただけだ。後から変に絡まれても厄介だしな」
「……確かに何人かはアンタを睨んでいたな。殺気も漏れていた。教会も下の方は腐っているらしい」
「だな。汚物を消毒する趣味はねえがはこっちに飛び跳ねてくるなら話は別だ。きちんと掃除するのが全うな人間の仕事ってな」
言いながら遠山は思う。
明らかにここに来てから、殺すということへの抵抗感がどんどん薄れている。
静かに冷たく酔っているような感覚。少し考えて小さく息を吐いた。
まあ、いっか。死んで困るような奴らでもなさそうだったし。
「よし、気を取り直して、行こうぜ、ラザーーー」
ル。遠山は、言葉を失った。
トンネルをくぐった先には、世界が広がっていた。
蒼い空。見上げていると上下の感覚を失いそうになる、現代では見られない青い空。
風が草原の上を泳いでいるようだ。薄緑の大地が風がそよぐたびにみじろぎしていく。
圧倒的な、自然と世界。広い広い外の世界が壁の向こうに広がる。
「ふ、どうしたナルヒト。まるで、街の外を見るのが初めてだ、ていう顔だぞ」
「へ、へへ、うるせーよ、少し腹減ってるだけだ」
キリを使った反動による空腹と眩暈、それを押し殺して遠山は思い切り目の前に広がる平原の空気を吸った。
仕事を始めよう。
緑の匂いを吸い込み、吐き出す。蒼空が広がり、雲が揺蕩う。
「いい景色だ……」
カスのようだ。この自然の光景の前では奴らの命を奪ったことのなんとちっぽけなことだろうか。
遠山は3歩ほど地面を踏みしめたあとすぐに自分が殺した門番たちの顔を忘れた。
ピコン
【目撃者、全員殺害につき勢力評価変動なし、犯罪歴追加なし】
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!




