29話 たのしい冒険者登録、キャラ・ロール!
「色々ございましたが、当ギルドのルールは変わらず。"くるもの拒まず去るものは赦されない" この原則に則り、貴方たちを歓迎いたします」
コホン、スーツに似た制服姿の美女がソファに浅く腰掛け咳払いをした。
「……ああ、感謝する、ようやく本来の目的を果たせそうだ」
ラザールが眉間に手をやりながら美女の声に頷く。
「ええ、ほんと、お気持ちはわかります…… ご苦労されるでしょうね」
ギルドマスターとラザールが互いにうんうんと頷き合う。2人ともえらく憔悴した様子で。
「ら、ラザール、なんかえらく疲れてるけど大丈夫か?」
遠山がラザールへ声をかける、本人はあくまで割と呑気にしていた。
「ふ…… 大丈夫さ。朝から超越者同士のいざこざに巻き込まれたり、竜と同じ部屋に入れられたり、竜と教会の戦争の始まりを目撃したような気がしたが全てはノープロブレムだよ、ナルヒト」
「……女主教さまの無事を祈るしかありません、強く、生きて欲しいものですね」
「あー、やっぱそういう話になんのか。なんでまたそんなことに」
英雄と竜の小競り合いに巻き込まれた男はしかし、いまいちことの重大さを理解していない。
やべえ奴同士の喧嘩に巻き込まれた、怖かったーくらいの感覚だ。
しかし、この世界の常識をきちんと理解しているギルドマスターとラザールはそうではない。
「………失礼ながら、彼はいつもこんな感じなのですか?」
じとーっと、風呂場にいるナメクジを見つめる目つきでギルドマスターが遠山を見つめる。
「ああ…… 出会った時からこんな感じさ」
どこか遠い目をしたラザールが力なく頷いた。
「それは…… ご苦労、ご心中、お察し致します…… 」
「心遣い感謝する、ギルドマスター殿」
互いに静かに何かを分かち合いながら頷くラザールとギルドマスター。
「え、なに、ちょいちょい、その手のかかる子供を持つ保護者ムーブはなんだね、ラザールくん」
遠山が首を傾げて問いかける、しかしーー
「それでギルドマスター殿、竜の言葉通り俺たちは冒険者になりにきた。色々あったが登録自体は問題ないだろうか?」
するりとラザールは遠山の絡みを無視し、話を続けた。
「ガン無視?! なんで、ラザール! あれ、なに、少し怒ってる? おーい」
「ええ、もちろんです。冒険者ギルドにおいては明確な帝国での犯罪歴、それもよほど凶悪なものでない限りは基本的に過去を問うこともありません。ええ、帝国においての犯罪歴がないのであれば」
喚く遠山をおいといて、ギルドマスターが眼鏡を吹きつつラザールの言葉に返事をする。
「ふ、なるほど、流石は冒険都市アガトラのギルドマスター、伊達ではないという訳だ」
ギルドマスターの射抜くような鋭い目つき、しかしラザールは静かに笑いそれをいなす。
「それほどでもありません、常に"王国"の情勢は嫌でも冒険都市や帝都には伝わるものです。……貴方がここにいる時点で"王国"の諜報もかなり弱体化していることがわかりますね」
「帝国ほどあの国は度量が深くなくてね。王族は古い血に拘り、貴族は利権にしか価値を見出さない。人心は荒れ、国は乱れている。帝国とは大違いだ」
ラザールの声が僅かに低くなった。
「我々の国には竜を始め、手本となるべき存在が多く存在しますゆえに。しかし、王国のギルドはまだまだ意気軒昂と聞きますが」
「意気軒昂、ね。ああ、逆にあの国はもう"樹海"の深層到達に全てを賭けている状態なのだろう。冒険者ギルドも棄民の体のいい隠れ蓑として使われるほどにな」
自嘲気味のその笑いは、一応ラザール自身の祖国…… たまたま生まれた集落があった国に対する小さな郷愁か。
「……なるほど、そういうことでしたか。繰り返しますが我々は来るもの拒まず。貴方が帝国において"影の牙"とならない限り、我々は貴方を歓迎します。鱗の民、竜に近しい、"歯"の子よ」
ギルドマスターはラザールの言葉から"王国"の現状を察したらしい。息を吐き、奇妙な言葉で返事を締める。
「ほう、ギルドマスター殿は博学であられるな。その呼ばれ方をするのは久しぶりだ。くく」
ラザールが少し愉快げに笑った。
「……帝国、いえ、人類国家に蔓延するあなた方リザドニアンへの偏見、蔑視は別としてあなたという個人に思うところはありません。ギルドマスターとして貴方がその能力をギルドへ寄与してくださることを祈っております」
ラザールとギルドマスター、大人のテンポとやりとりを理解している2人が静かに会話を繰り返す。
「……ほへー」
ぽけーっと、口を開けてるのは遠山鳴人。先程の一件で見せた剣呑な雰囲気はどこへやら。
完全にスイッチの切れている男は知性の感じられない顔でそのやりとりを見つめていた。
「なんだ。ナルヒト」
ラザールがあまりにもな顔をしている遠山に声をかける。
「いや、ラザールがこんな喋るの珍しいって思ってな」
遠山が呑気に返事をする。今の遠山脳みその浅い部分、1センチくらいの位置しか使っていない顔をしていた。
「ふ、俺もたまには知性的な人間と話したくなる時があるのさ」
「あー? たまには? それはおかしいぜ、お前俺と毎日会話してんじゃん」
何言ってんだこいつ、知性の権化とも言える存在がここにいるのに。
ラザールの言葉に心底不思議そうな顔で、遠山が首を傾げた。
「…………すまない、ギルドマスター殿、彼は、その、悪い奴ではないんだ」
ラザールが何か、とても口に合わない食べ物を食べてしまったような顔をした後、何故か対面のギルドマスターに頭を下げた。
「え、ええ、ご心中、ご心労ほんとにお察し致します」
ギルドマスターも同じく、ラザールに頭を下げる。その顔は優しく。
しかし、2人とも決して遠山とは目を合わそうとしていない。
「あれれ、なんでだ、ラザールもお姉さんさんも俺と目合わせてくんないぞ?」
「コホン、では本題へ移りましょう。冒険者ギルド、ひいては冒険者について説明しても?」
「ああ、よろしく頼む」
「え、無視? ……はい、よろしくお願いします」
「ではまず、冒険者とはどんな存在なのか。リザドニアンのあなた、ラザール氏は既にご存知とは思いますが、冒険者とは冒険者ギルドにおいて公式の認可を受けた労働従事者を指します。我々というギルドを通して冒険者は日夜、帝国の基幹産業として活動して頂いております」
「自分で冒険者と名乗るだけではダメなわけだな」
「はい、正直、その仕事柄冒険者という職業を選ぶものは血の気の多い人物や暴力的な性質を待つ人物が多いです。統制なき力自慢は山賊と変わりありません。奴らのような獣と冒険者の違いは誇りとルールを理解出来るか否か、逆に言えばこれくらいしかあの犯罪者たちと冒険者を明確に分ける区別はございません」
「ほう、中々に辛口だな、ギルドマスター殿」
「冒険者を貶すつもりはありません。大戦以前、及び大戦期に存在した"狩人"のシステムを受け継ぎ、国家の運営に寄与する冒険者は帝国の重要な礎です。しかし、同時に危険な暴力装置であるという自覚も必要だと私は考えております」
「ああ、同感だ。冒険奴隷などの仕組みから何から、連中はなかなかに残忍なやつも多いからな」
「ご理解いただけて何よりです。我々ギルドは冒険者たちの活動を支援すると同時に彼らを統制する役目、社会に対する防波堤の役割も受け持っております」
「まあ、つまるところ、アウトロー。公認された荒くれ者、かいつまんで言えばそれが冒険者です」
「公認された荒くれ者、か。くく、違いない」
「では次に主な冒険者の仕事と報酬体系について。基本的に4級から2級までの冒険者は自由業です。一部の例外を除きギルドからの拘束命令などはありません。日々、ギルドに舞い込んでくる依頼をご自分でお選びになって受ける形になります」
「ふむ、その辺は王国と一緒か。失礼だが、依頼の種類はどんなものがある?」
「はい、基本的にはありとあらゆるものが。というのが適切な表現でしょうか? 4級向けの清掃から始まる委託仕事から一級向けの討伐依頼、下水道の清掃や、都市周辺の脅威の排除、多岐に渡っております」
「なるほど、迷子の捜索からモンスターの討伐まで、国の何でも屋というのは王国も帝国も同じか」
「ええ、動かないゴミから動いて喋るゴミ、失礼、帝国から手配されている山賊団や盗賊団の清掃もまた冒険者ギルドに舞い込んでくる仕事の一つです。ただ、基本的に討伐依頼は3級冒険者からが受けることが可能となっておりますのであしからず」
動かないゴミ、綺麗な笑顔で辛辣な言葉を紡ぐギルドマスター、山賊とやらに苦労させられているのだろうか?
遠山がふと、言葉をあげた。
「ん? それじゃ4級の時はほとんど鉄火場、命のやり取りは無しってことなんか?」
討伐依頼、要は命を奪う仕事は3級から。この言葉に遠山は引っかかっていた。
「いえ、決してそういうわけではありません。ギルドにおいては都市周辺、特に壁の外に広がる"平原地帯"などの狩場におけるモンスターの狩猟を推奨しております。冒険者の自己責任で依頼にないモンスターに挑むことは特に禁じられておりませんので」
「ふーん、なるほど、なるほど。思ったより厳しい組織だな。命の価値が低いわけだ」
ギルドマスターの言葉。
自己責任、禁じていない。つまり依頼という形でなければモンスターに挑んで死のうがどうなろうが知らないというわけだ。
己の力の見極めも出来ない頭も力も弱いものはいらないということなのだろう。
逆に力がなくとも少し頭を働かせることができれば、安全な依頼で経験を積むことが出来る。
自然に篩がかけられていくシステム。現代のように人権という仕組みが過剰なほどに守られている社会基盤ではおよそ為し得ないだろう冷たい合理性に遠山は気付いた。
「……貴方はやはり、只の変人ではないようですね。竜が気にかける理由が今、少しわかりました」
そのシステムに遠山が気付いたことを察したらしいギルドマスターが少し目を愉快げに歪めた。
「え、褒められてる? 貶されてる?」
「こほん、かいつまんで話せば冒険者の仕事には大きく分けて2種類の仕事の方法があるという訳です。1つは今説明した、"依頼"を受けてそれを達成し報酬金を得るやり方。そしてもう一つは"狩猟"。依頼を受けずにギルドの管理している土地、もしくは未開の地でモンスターを狩り、その素材をギルドへ売却し報酬を得るやり方」
遠山の問いかけを咳払いでスルーしつつ、ギルドマスターが淡々と説明を続ける。
「主に"依頼"と"狩猟"、この2つが冒険者の仕事と思って頂ければ結構です」
「ふうん、自由探索みたいなもんか。狩猟ってのは無許可で狩り放題になるんですか?」
現代ダンジョンの運営システムにも似たような仕組みが存在していたことから遠山の理解は早い。疑問を端的に問いかけていく。
「いえ、モンスターといえどやはり生態系の一部を形成する大事な存在です。冒険者ギルドと帝国はなるべくそれのバランスを取ることを重視しています。厳しい取り締まりがあるわけではありませんが、狩猟の場合でも窓口での申請が必要です」
「なるほど、行政がしっかりしてる。……ちなみに狩猟で狩ったモンスターの卸先はーー」
遠山の問いかけ。
ギルドマスターの眼鏡の奥の瞳が少し揺れた。
「冒険者が狩ったモンスターは全て、ギルドの預かりとなります。……基本的にはギルドを通して商人ギルドや各地の商人に卸されるのが通例です」
「通例…… 基本的……ですか」
僅かな言葉の澱み、それを遠山は見過ごさない。威圧的ではないにしろ更なる説明を態度で求める。
「はあ…… なかなかにめざとい方ですね。ええ、あまりギルドとしては好ましくないのですが、例外として商人ギルドからの公認を得ている商人に対してのみ冒険者から直接モンスター素材の交渉を許可しています。ただ、やはりあちらは交渉ごとにかけては海千山千の達人たち、値切りなどにあうのが多いためおすすめは出来ません」
「いやいや、なるほど、ご忠告痛み入ります。ほんと予想よりすげえシステムがしっかりしてる」
遠山は内心ほくそ笑む。
たしかに手間を考えればギルドへ卸すのが1番早いのだが、商人との直接交渉とはつまり個人間でのコネ作りが可能という訳だ。
あくまで今のところ遠山たちの目標は生活資金の確保だが、最終的な目的の為には商人たちとのコネも早いうちに作るに越したことはないだろう。
パターンとこれからの行動のプランが次々組み立っていく、生活の工面を考えること、あまり遠山はそういうの嫌いではなかった。
「……出来ればギルドを通じてモンスター素材をおろして頂ければ助かります。彼らの素材は生活の基礎はもちろん、食料、嗜好品、贅沢品など多岐に渡り、帝国という国を為す基幹産業と言っても過言ではありません。その素材の均一化も我々の職務ですので」
「ええ、もちろんもちろん。ギルドに逆らうことはしませんとも。お世話になるぶん義理は果たしますよ」
要は、やりすぎるなという意味だろう。
モンスター素材とやらの市場価格の操作もギルドの仕事のうちの1つなのだと遠山は会話から予想する。
「ええ、それに4級冒険者の1番多い死因が狩猟です。一攫千金を狙い、自分の手に負えないモンスターを狙って全滅、遺体も残らないというのが常でございますので」
「ああ、たしかに、どこも考えることは同じか」
現代ダンジョンでも同じだ。
探索者制度黎明期、と言っても初年度の話だが同じように探索者が大金を得るために実力以上の怪物種の討伐を狙う時期があった。
怪物種87号 ソウゲンオオジグモ。
馬鹿でかい二階建ての家くらいの大きさの地面に潜む地クモだ。
そいつの蜘蛛糸が新開発の衝撃吸収繊維の材料になることから一気に市場取引価格が高騰。確か300センチの蜘蛛糸で先進国で家が立つレベルの金額だったはず。
まあ死ぬわ、死ぬわ。
酔いで恐怖心を無くした探索者がたくさんソウゲンオオジグモのオヤツになったのをよく覚えている。
結局、それを受けて探索者組合が怪物種に対しての接触禁止制度を取り入れたことによりブームは去った筈だ。
「あん時は無茶したなあ……」
もちろん例に漏れず遠山も欲に目が眩んだバカの1人。大多数の欲に目が眩んだバカと違う点は1つ、遠山はオヤツにならず生き残った、ただそれだけだ。
ただ、1匹をタイマンでぶち殺したまでは良かったが結局2匹3匹と血の匂いに釣られて地面から這い出てきた為、素材を諦めて逃走するという間抜けな結末には終わっていたが。
「ナルヒト?」
「お、おお、すまんすまん、ちょっと思い出に浸ってた」
「……ですので充分な実力がつくまでは基本的には"依頼"を受けてコツコツやるのが大成への近道かと存じます。依頼もまた冒険者等級と同じようにランクづけされており、自分の依頼と同等か、ひとつ上の等級までしか受けることが出来ない、つまりそれぞれよ身の丈にあったものを受けれるようにできておりますので」
「4級なら3級の依頼までは受けれるということか。なるほど、王国のギルドと違いきちんと整備されているな。帝国の国力の高さの秘訣がわかるよ」
「光栄です、影の牙、いえ、ラザール氏」
「ふ、中々に人が悪いな、ギルドマスター殿」
ふふ、と2人が静かに微笑み合う。
どことなくいい雰囲気の中、遠山だけがそのノリからあぶれており
「……ラザール、お前もしかして結構モテる?」
「さあ、考えたことも無かったな」
「モテる奴のセリフ!!」
サラリといいのけるラザールに遠山が目を剥いた。
遠山はモテない、金も割とあって、性格も自己認識では善人のはずなのに恐ろしいほどにモテなかった。
「コホン、では以上が冒険者に関する大体の説明です。お二人とも冒険者登録ということでよろしいですね?」
ギルドマスターが場の空気を締め直す、
「ああ、宜しく頼む」
「お願いします!」
「では手続きに入りましょう。ウーノ、お願いします」
「はい、失礼します、ギルドマスター」
音もなく、部屋のドアが開いた。ギルドマスターとよく似た簡素な白シャツに黒いサスペンダー付きのスラックスの制服姿。
ボーイッシュな短髪美女がバインダーを遠山達の目の前に広げる。
「……これは? 書類?」
遠山がそれを眺めて、つぶやく。踊る字の数々、名前を書くための空欄から何かの契約書だと予想する。
「はい、冒険者契約者、ああ、先程の竜の逆鱗に触れたプリジ・スクロールのような真の意味での強制力はございませんのでご安心を。内容をよく読み、納得いただければサインをお願いします。それが終わればお2人は晴れて冒険者、です」
「これは、分厚い契約書だな。全部読む奴はいるのかい?」
ラザールがバインダーを一枚一枚めくりながら目を細めた。
「いえ、残念ながら全てに目を通される方はいらっしゃいません。しかし、冒険者とは一生の仕事です。一度冒険者になった者は社会に対して責任を負う存在となります。契約事項がそれなりの量になって然るものかと」
首をふりつつ、ギルドマスターが言葉を連ねる。じっと理知的な瞳が遠山とラザールを値踏みするように見つめ続けている。
「ふむ、なるほど、2級からは冒険者ギルドの管理している不動産を借りることが出来るのか。それに1ヶ月に金貨1枚の定期給金、各種ギルドからの幇助…… 驚いたな、流石は帝国といったところか」
ラザールが書類を静かに机に戻し息を吐いた。
「……随分読まれるのがお早いのですね」
静かに、しかし僅かに目を見開いたギルドマスターがラザールへつぶやく。
「まあ、前の仕事柄、ね。ナルヒト、俺の方は特に契約に関しては異論はない。内容としては冒険者としての恩恵を本格的に受けれるのは2級になってからということだな。4級、3級は日雇い労働者と同じ扱いだ」
「ええ、ですのでギルドとしても2級冒険者、つまり冒険者として最低限の働きが出来る存在が増えることを願い、そのような制度を取らせて貰っています」
ラザールが遠山に書類の内容をかいつまんで伝える、遠山の意見を待ち、そのまま黙っていると
「………………よめねえ」
小さく、しかし唸るような声を遠山があげた。食い入りながら書類の文に目玉をギョロギョロ動かす遠山、しかし何が書いてあるかは1文字たりともわからなかった。
「なに?」
「あら、意外ですね」
「うそだろ、なんだよ、この筆記体を更に異次元にした文字は」
ロシア人探索者が書く筆記体のメモ帳よりも何が書いてあるかわからなかった。少なくとも遠山の知る言語体系、そのどれとも似ていない。
強いて言うなら、完全に筆記体だ、もはや文字というより絵にすら見えてしまっていたが。
「代表的な統一言語だ。ナルヒト、字が読めないのか?」
「……んー、そうみたいだな。そういやバベルの大穴の共通語現象に慣れてたから忘れてたけど、俺の言葉ってラザールにどう聞こえてんだ?」
「普通に"統一言語"だ」
「ふーん、統一言語、ねえ」
遠山はその言葉に違和感を覚えた。
まだ本格的にこの世界のことを調べたわけではないが、話の節々に出てくる"王国"と"帝国" 、ドラ子の大使館で聞いた海洋貿易の情報。
少なくとも、異なる大陸に2つの国が存在している、なのに、言語は1つ。王国で活動していたらしいラザールが字を扱えるということは統一言語とやらはその名前の通りの存在なのだろう。
しかも獣人やらトカゲ人間、アメリカもびっくりな多種多様な人種の存在する中で、"統一言語"ときたものだ。
きな臭い、そして何か不安になる、遠山が思考の沼に沈みはじめてーー
「………失礼ながら、もしよろしければ代読や代筆も請け負いますが」
「んー、いや、ラザールの判断を信じる。予想より時間をかけてるし、そろそろ働きに出たいしな、えーと、名前ここです?」
「え、ええ、そこに記入していただければ……」
「いいのか? ナルヒト、お前でも時が読めないといいうことは書くことも出来ないんじゃ」
字が読めない男が書けるわけもない。周りの反応は当たり前のものだ。
確かに遠山はこの世界の字を書くことは出来ない、だが書き慣れた字はあるのだ。
「あ、やべ、普通に書いちゃった」
"遠山鳴人"
探索者業というのことさら申請が多い、ニホンの探索者組合支部においては未だに紙書類が多く使われている、その時のノリで反射的に書類にはニホン語で名前が記入されていて。
「やべ、これじゃダメだよな」
言語体系が違うのだ、ニホン語を書いたところで意味がない。
遠山が羽ペンで書いてしまった自分の名前をじっと、眺めた。
「まあ…… ふふ、お人が悪いのですね」
しかし、ギルドマスター、そしてラザールの反応は遠山が予想していたものとは違っていた。
「この字…… まさか、ナルヒト、これは名前か?」
愉快げに口に手を当てて笑うギルドマスター、目を剥いて遠山と書類を見比べるラザール。
「え? あ、うん」
どこか、感心したような様子のラザールに遠山が頷く。
なんだ、この反応。2人の悪くない反応に遠山が眉を顰めていると。
「クスクス、統一言語が読めないなどと言いつつ、まさか"古代ニホン語"を嗜んでおられるとは。さすが、竜の巫女様にあれほど気に入られてるわけです。失礼ですが、ニホン語はどちらで学ばられたのですか?」
「……古代ニホン語?」
ドンピシャで嫌な予感が加速する、その時、遠山の脳裏を駆け巡るのは存在している記憶。
宇宙、猿、惑星、自由の女神………
まさかそのパターンの異世界転生なのか? いや、でもーー
遠山が固まり、目線を下げた。
「ふふ、意地悪なのですね、ふふ、言いたくなればまた教えてくださいね」
その様子を勘違いしたらしいギルドマスターはしかし、確かな親しみを感じる声色で遠山に笑いかけた。
「すごいな、ナルヒト。自分の名前が書けるレベルとは、大学で教鞭が取れるんじゃないか?」
「え? 遠回しにバカにされてる?」
駆け巡る思考を一度止める、そういうのを調べるのは生活に余裕が出来てからだ。遠山はわざと戯けてラザールの言葉をかわした。
「ふふ、では、たしかにお2人のサインを受領しました。今、この瞬間からあなた達2人はこの冒険都市アガトラ所属の冒険者です。あなた達を我々は歓迎いたします」
「ああ」
「どうも」
「はい、では晴れて冒険者となられたので最後に適性検査を受けていただきます」
書類を受け取りながら微笑むギルドマスター。
「適性検査? 心理テストとか、カウンセリングか?」
何故か自分だけ組合からテストやらカウンセリングの案内が頻繁に来ていた探索者時代を思い出す。
「いいえ、テストなとではありません。ギルドにおいては冒険者の方の能力の把握も業務内容のうちでございます。レベルやスキル、素質などを知ることによりギルドとしては適正なランク付を、そして冒険者の方には己の現在の立ち位置を理解することにより成長や仕事選びに活かしてもらうことが可能です。ウーノ?」
「はい、既に。よいしょっと」
ギルドマスターの呼びかけに、ウーノと呼ばれた女性が部屋の隅に置いていたワゴンを運んでくる。
布を被せられた箱をゆっくり、テーブルの上に置きそれが開かれた。
「こりゃ、なんだ、水晶?」
クッションが詰められた箱の中にあったのは占い師が使うような玉、水晶玉だ。人間の頭くらいのサイズ、僅かに紫色がかかるそれが窓から差す光に透かされている。
「人見水晶、天使教会の許可を得て冒険者ギルドに所有が認められている知識の眷属"ハーヴィー"の副葬品です。ラザール氏には馴染み深いのでは?」
ギルドマスターがラザールへ微笑む。
「ああ。だが、ここまで大きな水晶は初めて見た。さすがは天使教会総本山といったところか」
何か嫌なことを思い出したような顔のラザールがモゴモゴとその言葉に答えた。
遠山はその様子を眺めて、そして勘づいた。数々の異世界転生モノを読み尽くし、サブカルにどっぷり浸かっているこの男は察しが良い。
冒険者ギルド、適性、なんか高そうな水晶とくればもう1つしかない。
「……まて、まさかラザールが言ってたレベルやらスキルやら、なんやらかんやら、まさかこれでワカンのか?!」
目を輝かせ、息を荒くしながら遠山がラザールを見て、ギルドマスターを見る、その目は爛々と瞳孔が歪んでいて。
「……ナルヒト、たまにお前は急に興奮することがあるな。その、あまり他の人がいるところでは落ち着いた方がいいぞ」
「あ、はは、こりゃ失敬。えー、でも、えー。やっぱあるわけね、ステータスやらレベルやら。ええやん、そういうお約束、僕は嫌いじゃないよ、うん」
ラザールの忠告はしかし、火のついたオタクのワクワクを止めることは出来ない。
遠山はゲームとかでもキャラメイクやスキル振りができるタイプが好きだ。ゲームのトレイラーでスキルツリーとか見てるだけでワクワクしてしまうタイプのオタクなのだ。
それが、自分自身で、自分のそういうアレを可視化出来る。テンションが上がらないわけがなかった。
「すまない、彼はたまに、その…… 我を失うことがある。そっとしておいてくれると助かる」
付き合いは短いが、遠山がどういう人間かを理解し始めているラザールは既に諦めていた。
「え、ええ、存じております。竜に気に入られるような方です。その、多少は変わってる部分があってしかるものかと」
ギルドマスターも大人の態度で気にしないでいてくれる。
「ウッヒョヒョヒヒヒヒヒヒ、たんのしみだなあ、ステータス。凄いなんかがあったりしたらどうしよ、やべー」
そしてこの場で最も幼稚な男は大人達の態度など知らぬとばかりにテンションを上げ続け、ついにはよだれを垂らしながら笑い始めていた。
「で、では、まずはどちらからお調べになりますか?」
「ラザール、お前、先いいぞ」
「……いいのか? 早く試したくてうずうずしてるように見えるが」
急にスンッとした態度で遠山がラザールに先を譲る。ラザールが見るからにヤバいやつを見る目で遠山を見つめていた。
「俺は給食のプリンは最後に食うタイプなんだよ、いいから早く」
「ああ、わかったわかった。手をかざすやり方でいいのかな」
問答を早々に諦めたラザールが、遠山から視線をギルドマスターに移す。
「はい、"知識の眷属"が所有するこの世界の生命全ての情報の一端を水晶が出力してくれます。……ご安心をラザール氏、あくまで一端、全てではありませんから」
「フッ、意地が悪いのは果たしてどっちやら」
ラザールがかすかに口を歪め、立ち上がり手のひらを水晶の上に翳した。
すぐに異変は起きた。
明らかに、水晶が輝き始める。光が水面を泳ぐ魚のように揺らぎ、紫色の光が部屋に満ちてゆく。
「うお、光って……」
不思議と眩しくないその光、遠山は湧き上がるテンションを抑えつつ様子を見守る。
「……水晶がここまで光るのは珍しいです。情報が多ければ多いほど輝きを増すものですが、これは……」
「………………」
部屋の中、しばらくその紫の光が揺蕩ってーー
『HEY!! listen!』
「ふむ、始まったか」
「あー、ダメだ、読めねー」
水晶に文字が浮かび上がる。残念ながら遠山にはやはり判別不明の文字だったが、ラザール達は読めるらしい。
「静かに、ウーノ、筆記の準備を」
「おまかせを!」
盛り上がる周りに疎外感を感じつつ、遠山もその水晶を見つめてーー
『NAME ラ・ザール(いい名前ですね、古い竜の言葉では、たしか、"再び、立ち上がる者"でしたか)
「え? 声ついてんじゃん」
「ナルヒト」
「あ、ごめん」
文字は読めないが、その後に声が響いた。よかった、これならなんとなくわかりそうだ。遠山は素直に黙って水晶を見つめ始める。
文字が、踊る。
『RACE リザドニアン(侵略者の血筋、果たして良き者として生まれてくるのが正しいのか、それとも悪しき者として生まれつつも、善くあろうとするのが正しいのか)
AGE 32歳
STR(筋力) 4 (一般人よりは鍛えていらっしゃいますね。そこらのチンピラでは相手にならないでしょう)
INT(知性) 4 (物事の道理を理解し、人の話を聞くことが出来る、ああ、稀有な人物ですよ、この世界においてなんと人の話を聞けない愚か者の多いことか)
POW(精神) 3 (このくらいがちょうどいいでしょうね。人間で精神が5以上あるともはやそれは化け物と変わりませんもの)
レベル2 (鉄火場にそれなりに慣れてるわけですね、しかしこれ以上の存在は存在します。人類の中では上位でしょうが、超越者達にはとても敵いませんね)
【スキル "影の導き"】
この人物は影に愛され、導かれている。自らの影の中に潜んだり、影を物質化して扱うことが出来る。"悪事の眷属"フローリアの名の下に、影と共に歩め。
(フローリア、彼女とは関わりたくありませんね)
推奨冒険者ロール "斥候"』
文字がふっと、消える。
同時に響いていた声、不思議とどこかで聞いた覚えのある声に似たそれも止まる。
「……あまりいい気分ではないな。自分を丸裸にされている気分だよ」
ラザールがソファの背もたれに体を預けて大きなため息をつく。
「ふふ、天使の"眷属"の力は我々の理解を超えておりますので致し方ないことかと。水晶の情報からするとやはりラザール氏は斥候タイプのようですね。ギルドの登録もこれでよろしいですか?」
「ああ、構わない。どのみち索敵や隠密は得意だからな。ナルヒトもそれで構わないかい?」
「斥候…… 役割を明確に分けてる感じなのか?」
「はい、冒険者にはそれぞれの適性に応じて等級とは別にクラスもギルドにて設定しております、パーティ募集の際にもクラスによる選抜を利用したりするので便利かと。それでは、次はトオヤマ氏、よろしいですか?」
「お、おう」
出番が来た。気分はジェットコースターの順番待ちが終わった時のようだ。
ワクワクと少しの恐ろしさに遠山は唇を舐めた。
「では、手をかざしてください。水晶が貴方の情報をステータスとして扱ってくれますので」
「たんのしみー」
やべースキルとか必殺技とかあったらどうしよ、いやいやいや、魔法とかそんなんとかさー。
お約束だろ、そういうの、異世界転生だもの、いや、転移か? あー、生きるのたのしー。
IQがだいぶ下がっている遠山がニヤニヤしながらその時を待つ。
ぴかーっと、水晶が光るのを待ってーー
待って………
「…………あれ?」
光らない。水晶は、遠山が手を翳しているにもかかわらず何も起きない。
「何も出てこない? ギルドマスター殿、これは?」
「いえ、そんな…… おかしいですね。こんなこと今まで一度も……」
ギルドマスターが首を捻る。側に仕える女性も首を捻り、さっきオとされている領主はまた意識を失ったままぐーぐー寝息を立てていた。
『パーガガ、ピーピー、ver不適合のタメ、変換チュウ変換チュウ』
壊れたディスプレイだ、ぴか、ぴか、と断続的に光が瞬いた。
「……え?」
「なんだ、この文面は?」
遠山には読めないその字、それを見たラザールが怪訝な声を上げる。
「え、おい、なんだ? 何があった? 読めねえんだけど、俺読めねえんだけど」
「静かに、ナルヒト」
「あ、また光っーー」
『一部技能をスキルへと変換試みましたが、失敗。ver不適合につきレベル設定不可。
エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーver不適合ver不適合ver不適合ver不適合、パッチ認定、認証不可不可不可不可不可不可不可遠山鳴人404404404 遠山鳴鳴ナルヒトナルトオヤマ保有、☆☆ーー螟ゥ荵■強髴ァ逾 、蝗ス■狗■髴ァ逾
保有ーー■■■■■■ノ迪溽堪
NAME 遠bt 鳴 人
age 27?
LEVEL ####
探索¥深度 Ⅱ
STR###
INT 7 (キモ)
POW 5(うわ)
スキるるるるるるる*変換不可
クエスト・ママママママママ¥¥222222¥¥
冒¥2→NO舌
パッシブスキキキキキキキキキキ*変換不可
"技能"一部公開
*頭ハッピーセット
#__tbx
(探索者ってほんと気持ち悪いですね)
*鈍器取り扱い
(殺すのが中々にお上手で。あの時、もし貴方があの島にいればどうなったか。少し気になりますね)
*拡大してゆく自我
¥2<々^夢ーー
(あなたは完成していない、故に人々に強い影響を拡げていくのでしょうね)
*キリの主人
+21」○○○○ 冒険ーー
(なるほど、そういうことですか。はあ、マジで気持ち悪い)
*恐怖耐性
○*1¥¥¥¥¥¥+
(うわ、逆にもう何になら怯えるの、アンタ、おっと、失礼、つい……)
*戦闘思考
+2¥1¥
(頭のいいイカレた人間ほど厄介なものはありませんね、あなたの敵に同情します)
*オタク
+11.+^2☆〒
(まあ、嫌いではないです。公文書館の扉を開く権利があなたにはあるでしょう)
*竜特攻
hhhhhggwgggg
(果たして、鶏が先か卵が先か。悪魔を倒したから英雄たりうるのか、英雄たりうるから悪魔を倒せるのか。そして、竜殺しだから竜を殺せたのか、それとも竜を殺したから竜殺しなのか。どちらにせよあなたは既に異物です。人の身でありながら竜を殺してしまった君は逆説的に竜を殺したりうるモノと成り果てた。世界の概念を滅ぼせる存在、ああ、つまりそれはーー)
*カラス殺し
+16〒1々^☆0
(容赦なく、呵責なく。あの場で1匹残らずカラスどもを始末した手腕は賞賛に値します。1匹でも逃していれば今頃こんなに呑気にはできていなかったでしょうね。まあ、それも時間の問題です。早めに力を手に入れることですね。降りかかる火の粉は払いましょう)
*女運:hopeless
(うわ…… ニホン人、こわい)
………エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーver不適合ver不適合エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー他技能、スキル変換……失敗、探索者適性の技能変換…… 頭ハッピーセットの補正へ加算……… 殺人適性……恒常的素質へ定着中、ー螟ゥ荵狗強■ァ逾 、蝗ス荵狗強■ァ、■■■■■■ノ迪溽堪の影響により殺人適性のランクが最大値へと上昇…… 処理難航、人格への影響、性格変貌……元々そういうモノのため特に無し、身体、精神に異常なし……… ー■ゥ荵狗強髴ァ逾 、蝗ス■狗強髴ァ、■■■■■■ノ迪溽堪による"精神汚染"ロール発生…… "頭ハッピーセット"により判定無しで成功…… 特に影響なし…… 属性判定……中立・悪……』
文字が、消えた。
読めないのは相変わらずだったが、なんとなくラザールの時よりさらにめちゃくちゃな文字のようにも思えた。
「……読めねえんだけど、いい感じだった?」
恐る恐る問いかける遠山、しかし誰も一言も発してくれない。
ノートに記録を取っていた女性は、一瞬、遠山へ視線を向け、すぐにそらす。ヤバい奴から目を逸らすように。
「ギルドマスター、俺にはほとんど読めなかった。文字が歪んでいたり、壊れていたり…… なんだい、あれは、よくあることなのかい?」
ラザールがいつもより低い声でギルドマスターに問いかける。その視線は鋭く。
「……こんなこと、初めてです…… 副葬品の誤作動? 文字化け、不可解な出力…… ウーノ」
表情を険しくしたギルドマスターが短く呼びかける。
「……あ! は、はい、ギルドマスター、一応全て文字化けや理解不能な部分も含めて一言一句書き写しています。書庫の厳重保管区でよろしいですか?」
少し呆けていた彼女はしかし、ギルドマスターからの言葉にぴくりと反応する。
「ええ、それで問題ありません。……申し訳ございません、トオヤマ氏。少し、その副葬品の調子が悪いみたいでして…… 冒険者登録は問題ありませんが正確な適性検査はまた後日でも?」
「ああ、オッケーす、オッケーす。へえ、俺には全部読めないけどそういうこともあるんですね。でも、音声機能の方はまともに動いてませんでした?」
やはり何か不備があったのだろう。音声もどことなくラザールの時より不機嫌そうな感じだった。まあ細かいことは知ることが出来ないのは残念だが、ファンタジーを嗜むものとして実際にスキルやらなんやらをチェックする場に立ち会えただけでも感動モノでーー
「ん?」
遠山は異変に気づく。
部屋の空気が明らかに、こわばっていた。
ラザールは遠山を見て首を傾げていた。
領主は眠りこけたまま。
そして、ギルドマスターともう1人の書記係は明らかに顔を硬らせていた。
「……………音、声……? そんな機能、人見水晶にはございませんが」
「え?」
ぞわり、
背筋が。
「ナルヒト、何を言っている? この水晶には音声機能などはついていないぞ、少なくとも俺には何も聞こえていない」
「え? いやいやいやいや、冗談よせよ。なんか水晶に字が写されるたびに声が出てたろ? ラザールの名前の由来とか、フローリアがどうたらこうたらとか」
「っ!? ……申し訳ございません、お2人とも。実はこれから早急に片付けなくてはならない案件がございまして」
「ああ、わかった、ギルドマスター殿、時間を取らせてすまなかった、ほら、ナルヒト、行こう」
「えー、ちょ、ラザール、ほんとなんだってば! フローリアが性悪とかなんとかよー、えー、待てよ、それ怖くね? 怖くねーから?」
「俺はお前が怖いよ、ナルヒト。だが、大丈夫だ。わかってる、わかってるからナルヒト。うん、あれだけ色々なことがあったんだ、疲れるのは当たり前さ」
「その優しい目つきをやめろ! 俺は正気だ!」
「……またのお越しを、お帰りの前にカウンターにて冒険者章をお受け取りください。本日より酒場のボードにて依頼も受けることが出来ます」
「あー、どうも」
「……最後に2つ、トオヤマ氏。何かギルドで揉め事が起きた時は、竜の巫女が貴方に渡している冒険者章、それが役立つはずです。肌身離さず持つことをおすすめします」
部屋から出て行こうとした瞬間、ギルドマスターが遠山を呼び止める。あまり、顔色がよろしくない。
「あ? あー、あのドラ子の金色のドッグタグみたいな奴か。なるほど、あいつ偉い奴だから紋所みたいなもんか。ご親切にどうも」
「……いえ、どういたしまして。……トオヤマ氏、貴方が聞いた声、とは、どのような?」
「え? いや、女の、声だったと思うけど。え、なにこれ、悪辣なドッキリ?」
「そう、ですか。……いえ、引き止めて申し訳ございません。それではお気をつけて」
「めちゃくちゃ気になるんですがそれは」
「ナルヒト、もう行こう。ほら、一度外の空気を吸った方がいいぞ」
「ラザールくん、その生暖かい優しさやめてくんない?」
なんとなくわちゃわちゃしながら部屋を出る遠山とラザール。
その様子をギルドマスターはじっと、眺めて見送っていた。
彼女がちらりと目線を向けた水晶はもう、なんの光も発さず、部屋に積もる沈黙に従いただそこに佇んでいた。
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