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28話 長い1日の始まり

 



「よい、楽にせよ、オレが許す」



 大きなソファにこれでもかと身体を深く沈めた金髪美人が脚を組む。



 長い脚だ、尊大な態度ですら絵画のような上品さがそこにはある。




「は、はは」



「蒐集竜さま、先程は我等か弱き者のために矛を納めていただき誠にありがとうございました」




 おどおどと下座に座った2人、辺境伯とギルドマスターが目の前の美人、竜に対して頭を下げた。



 ここはギルドの来賓室、本来この部屋の主はギルドマスターで竜の方は客であるはずなのに、まるで我が物顔だ。




「かか、よいよい、マリーよ、手間をかけさせたな。ふむ、オレの友が何やらよからぬ者に絡まれておってな。貴様らには迷惑をかけた、許せ」



「………………ほへ?」




 竜がぺこりと頭を下げる。ソファに腰掛けたまま、背もたれに身体を預けたままの最悪の態度であるが、頭を下げたのだ。




 それは彼、辺境伯にしてこの街の領主、サパンにとってありえない光景で思わずといった様子で間抜けな声を出す。



「ちょ、領主様!!!」




「あ、わわわわ、いえ、いいえいえいえ! 蒐集竜様からそんなお言葉、このサパン、とても受け取れきまれせぬ」



「かか、よい、楽にせよ。のう、ナルヒト、リザドニアン、貴様らも座らぬか。マリーがオレたちに気を使って一席設けた意味がないではないか」



 竜はその態度を咎めず、部屋のすみっこに固まっている2人。ある意味騒動の原因である遠山鳴人とラザールに声をかけた。





「お、おー…… どうする、ラザール」



「……今の俺たちに選択肢があると思うのか? あ、あー、ゴホン、蒐集竜殿、お気遣いありがたく」



 恭しくラザールがドラ子に頭を下げる。



「かか、よいよい。ああ、リザドニアン、貴様とも一度話して見たかったのだ。やるではないか、まさか帝国の追跡を本当に一月も躱すとはな」



「御身の手を煩わせたのなら、謝罪を」




 機嫌良さげにヒラヒラ手を振るドラ子、コロコロ変わる表情は感情を覚えた幼子にも似ていて。




「かかかか、良いさ、貴様を探していたのはナルヒトを探すため。褒めて遣わす、その隠遁の業、見事であった」




「勿体ないお言葉だ、偉大なる竜よ」



 ラザールが敬意を込めた態度でドラ子の言葉に答える。



 遠山はその様子を眺め、こっそりラザールに耳打ちを。



「ラザール、ラザール、ドラ子ってやっぱ偉いやつなのか?」




「……ナルヒト、今は頼むから勘弁してくれ。英雄、勇者パーティやらアガトラの冒険者ギルドマスター、それに"辺境伯"に竜、めまいがしてきた……」



 額に手をやりながらラザールがコソコソとした声量で遠山に返事をする。




「そ、そそそそれでですね、我らが竜よ。本日はど、どのような御用件でギルドへ? 本日は地下番でもなければ、塔への探索予定もなかったはず……」




「かか、なんだ、領主よ、オレがギルドへ来たらダメなのか?」



 揶揄うようにドラ子が笑う。遠山からすればいつものドラ子だが領主にとっては違うようで。




「ピえ?! めめめめめめめ、めっそうもございませぬ!」




 顔を真っ赤、その次は真っ青にして領主が鳴いた。脂汗が滝のように流れる。



「ドラ子、あんま揶揄うなよ、その人顔色が信号機みたいに変わっちってる」




「シンゴーキ? なんだ、それは? まあいい、領主、すまぬ、からかいすぎたな」



 遠山の言葉に首を傾げながらもドラ子が頷く。手を振りながら領主へ軽く謝意を述べた。



「……マリーくん、今、僕聞き間違いしたのかな? 竜の巫女殿が、すまぬってーー へぶら!?」




 ぽけーっ、と表情をなくした領主が隣の女、ギルドマスターにぽかんと問いかけて。



「何蒸し返してんですか?! バカですか!? バカなんですね!? ……コホン、竜の巫女様、大変失礼を。領主様は少し、おつかれのようでして」



「び、こ、こひゅ」



 目にも止まらぬ速さ。



 領主の首をキュッと締め上げてギルドマスターが咳払いをする。小動物のような声をあげて領主はかくりと背もたれに崩れた。



「お。おう、そうか、よ、養生せいと目が覚めたら伝えてくれ。ナルヒト、いつまでそうしておる? はよ、座らぬか。リザドニアン、貴様も許す。あ、オレの隣はナルヒトだけだ、そこの椅子にでも腰掛けよ」



 ギルドマスターの行いはドラ子ですら少し慄かせる。すごい技だ、落とされた領主は穏やかに眠ってるようにすら見える。




「竜よ、寛大な言葉に感謝する。……ナルヒト、ほら」




「あ、お、おう。いいのか?」



 ラザールだけ別の席に座ることに遠山が確認を取り、



「いいに決まってるだろ、早く。竜の機嫌がいいうちに頼む、これ以上超越者の気に当てられると俺は倒れるぞ」



 ラザールはブンブン頭を縦に振りながら遠山を急かせる。目がギロリと余裕なさそうに見開かれていた。




「そりゃ困るな、悪い、ドラ子、失礼する」




「うむ! うむ、良い、よいぞ! ほら、ふかふかなのだ…… おっと、してマリー本題に移るぞ。今日ここにきたのはな、オレとナルヒト、ついでにそこなリザドニアンで徒党を組もうと思うのだ、それの申請をしにきてやったぞ」



 遠山はドラ子の隣に座る。甘い果物、柑橘の爽やかな匂いが一瞬、遠山の鼻をくすぐった。




「徒党ですね、はい承知ーー 徒党……? どなたと、どなたが?」



 ドラ子の言葉に、ギルドマスターの動きが悪くなる。潤滑油の切れた機械のようだ。



「ここにいる3人だ。かか、パーティを組むのは初めてでな。マリー、どのようにすればいいのだ?」



 遠山とラザールの意思無視で、勝手にドラ子の中で決まってるらしいパーティ結成。



 しかし考えてみればドラ子の実力はよくわかっている。遠山はとりあえず話を見守ろうと口をつぐむ。



「竜の巫女様…… その、基本冒険者ギルドでのパーティ組成基準では、上下1つ差の範囲でしかパーティが組めないように出来ていまして……」



 しかし、ギルドマスターが言いにくそうに頭を下げた。



「む? どういうことだ?」



「そ、その、"塔級冒険者"つまり、貴女さまは帝国とギルド両方がヘレルの塔に挑戦すべき最強の冒険者であると認められております。冒険者階級制度における頂点に合わす方です」



「ふむ、当然だな」



「ええ、はい。ですので、蒐集竜様とパーティが組めるのは一級冒険者以上でなければ不可能です。そこにいる方々と蒐集竜様はパーティを組むことはギルド規則に反することに……」




「…………む? む? 待て、マリーよ。ナルヒトの等級はいくつだ?」



 頭の上にハテナマークをたくさん浮かべたドラ子が首を傾げる。



「……ドラ子、俺らまだ登録もしてねえから等級とかないぞ」




 どうやら根本的な勘違いがあるらしい。


 ドラ子はこちらをもうすでに冒険者になっていると思っていたようだ。



「んんん??! 待て、待て待て待て、ナルヒト、そもそも貴様、冒険者ではなかったのか? 冒険奴隷だったのだろう? それに貴様ことあるごとに冒険者がどうのこうの言っておらなかったか?」



「いや多分それ探索者な、探索者」



 冒険奴隷と冒険者にどのような関係があるかはわからないが遠山はうなっているドラ子に事実を伝える。



「む、むー、むむむむ、マリーよ、普通冒険者登録したものは何級から始まるのだ? 一級からか?」



 頭を傾げたドラ子が問いかける。



「い、いえ、貴女のような特別な例以外は皆、最低等級である4級からのスタートになります」



「よ、4級だと? むー、むむむむ」



 がーんと口を開けて、ドラ子が唸り出した。いつのまにか金色の鱗に包まれた尻尾がにゅっと飛び出して、ゆらゆらゆらゆら忙しなげなく揺れている。



「へえ、意外だな、ドラ子。お前、こう言う規則とかは尊重するんだな」



 遠山は素直に思ったことを口にする。




「ひっ、なんてことを」



 ギルドマスターが遠山のあまりにも気軽な物言いに目を剥いていた。



「ナルヒト、貴様竜のことをわかっておらぬな」



 一瞬、ドラ子から漏れる不穏な声、しかし今の遠山には、ドラ子を友達とした遠山にはその程度なんのことはない。




 しれっとその怒気を受け流し、素直に想いを舌にのせ。



「ああ、だから教えてくれよ、お前の口から聞きたい」



【スピーチ成功】



「………♪ かか、仕方ないの。我等竜は"約束"を守る種族なのだ。ギルドの規則とは要は冒険者とギルドの間に定められた約束に他ならぬ。それ以外のことであればこのオレを縛るルールなぞ知らぬが、約束だけは別なのだ」




 メッセージが流れて、ドラ子はどこか上機嫌げに話始める。



「へえ、約束ね。たしかにそれは大切だよな」




 遠山の中で、ドラ子。蒐集竜、アリス・ドラル・フレアテイルに対する認識が深まる。



 独特なルール、独特な感性。多少気安くはなったがやはりこいつは()()()()()()




 そこだけは忘れてはならないだろう。遠山は静かに分析を続ける。




「ああ、それこそが我らの誉れゆえにな。約束だけは必ず守るのだ」






 たしかにあの時のドラ子はそうだった。



 ラザールと遠山に仕掛けた最低最悪の二者択一。しかし、たしかにラザールに渡した帰還印は本物で、言葉通りに逃してくれていた。




「だがどうしたものか。マリー、4級から一級に上がるにどれくらいかかるモノなのだ? 3日くらいか?」



 遠山との会話を切り上げたドラ子がギルドマスターに問いかける。



「い、いえ、一級冒険者とはその、冒険者ギルドにおきても特例である塔級を除けば最強クラスの戦力です。功績はもちろん、貴族院に伝わるほどの実力やその他方面でのギルドへの寄与、または冒険都市からの許可などその道は険しいかと、その、一生を4級で終える冒険者の方が多いくらいでして」




「なんと、そういうものか。ふーむ、塔級か一級しかおらんと思っていたな。どうしたものか。マリー、この男、トオヤマナルヒトはしかし、竜殺し、ぞ? その功績を以って認定も無理か?」



 あくまでドラ子はギルドのルールを守った上でのパーティ結成を望むようだ。



 フェアネス精神とでもいうのか。嫌いじゃない、そういうの嫌いじゃないよと遠山がうんうん頷く。



「……あ、いえ、その前例がないわけではないのですがそれでも特例で3級からの認定になります。いきなり一級は難しく……」



 ギルドマスターが一言一言に気をつけながら、しかしはっきり事実だけを伝えていく。



 竜の威とはただそこにいるだけで有るもの、しかしそれに負けず己の責務をギルドマスター、ハイデマリーが負っていく。



 内心で反射的に領主を落としてしまったことを悔いながらではあったが。




「むー、むー。ナルヒト、貴様、はよう一級にあがれ。オレは貴様と狩りに行きたいのだ」



 口を尖らせてドラ子が不貞腐れたように背もたれに体を沈め、遠山に迫る。



 どうやら今の所のパーティ結成を諦めたようだ。



 聞き分けのいい子どもが、おもちゃを諦めてぶーたれているような雰囲気に思わず遠山の口が緩んだ。




「お、おう、なんだお前可愛いな、まあ級がどうのこうのいまいちわかんねえけどお約束のアレだろ。ランクとかその辺なんだろ? 指定探索者と組めるのが上級探索者以上ってルールとほぼ同じようなもんだ」




 ドラ子が、何言ってんだコイツ、みたいな顔で遠山を見つめる。




 アホみたいに整った顔、アーモンド型の瞳に、長い金色のまつ毛、深い蒼の瞳、美貌に一瞬固まるがなんとかそれに耐えて言葉を続ける。



「まあすぐに追いつくさ、ドラ子。どのみち俺らは金をたくさん稼ぐためにバリバリ冒険者で働かんといけんからな。えーと、ギルドマスターさん、やっぱりその等級が高い方が報酬の良い依頼を受けれるんだよな?」




「ええ、特に一級への指名依頼は、ボードに貼られている無指名依頼とは報酬がまるで違います。一回の依頼で莫大な富を得ることもあるでしょう。そのぶん難易度も比例しますが」




 遠山の言葉にはスラスラ答えるギルドマスター、すんっとした顔には理知の光が宿る、本来の彼女の仕事モードはこちらなのだろう。




「まあそりゃそうだろ。あれ、でも考えたらドラ子、お前なんで俺が冒険者やるって知ってんだ? 館を出た時はまだギルドに行くなんて考えてなかったし、お前に行先伝えてもなかったよな?」



 ふと遠山が気付く。遠山たちとパーティを組むためにここに来たというのなら、まず前提として遠山が金稼ぎの方法を冒険者に定めたことを知らなければならない筈だ。




 もちろんそれを知ってるのは宿屋にいたメンバーだけ。まだドラ子には何も言っていないはずだったが。




「むう……… 言いたくない」




 ぷいっと、ドラ子が顔を背ける。いたずらがバレたこどものように知らないっといった感じに。



「は? なんだそりゃ」




 遠山が眉を顰めて、ドラ子の肩を掴んだ。びくりっと、身体を跳ねさせるドラ子。



 その遠山の行いを見ていたラザールとギルドマスターが青い顔をしてなんかいきなり祈りの言葉を紡ぎ始める、歯やら天使やらモニョモニョ言い始めていた。



「おーい、こっち向けこっち」



 竜への不敬を働く男は祈りを念じる彼らを無視して、ドラ子の意外と細い肩をがしりと掴んで引き寄せる。



 ドラ子が観念したようにくるりと振り向き、目を逸らしながら呟いた。



「…………本に書いてあったのだ。適度な距離感が友情を育むのだ、と。なんか、オレが貴様のことをコソコソ調べさせていたようで言いたくないのだ」



 少し頬を染め、いじいじと長い金髪を自分で触り続けるドラ子。



 遠山はしばらくその言葉をの意味することを考えて。



「……つまり、なんか尾行でもしてたわけか?」





「…………………」



 ドラ子は何も言わない。いじいじ、いじいじ。髪をときながら天井や床をキョロキョロ見回す。



「いや、もうそれ答えじゃん」




「だって、貴様が手紙書かなかったから。……オレに黙って冒険都市を出たのかと」



 ぼそりと、ドラ子が遠山をじっと見つめてつぶやく。



 見るものがみれば卒倒しかねないその光景。竜がまるで年頃の少女のように振る舞うその姿。自分の興味ある異性がなにをしているのか気になって仕方ない、そんな当たり前の少女ーー




「いやだから住所ねえから、俺がお前と別れてまだ1日だぞ」



 だがこの男、遠山の頭はハッピーだ。頭の回転は速いがそういう人間味溢れた解釈はできない、ずばりと事実だけを少女に突きつける。



 もちろん、現代の世界で、遠山はモテなかった。それはもう悲しくなるほどに。




「む、ならもうあれだ! 俺が貴様に家を買ってそこに貴様が住めばーー いや、いやいや、あれだったな。こういうのを貴様は嫌うのだったな。むむむむむ、友情とは難しのう」



 何やらダメンズウォーカーみたいなことを言い出したドラ子はしかし、すんでのところで言葉を濁した。どうやらきちんと大使館で遠山のスイッチがどこで入るかを学習しているようだ。




「わかってくれて何よりだ。まあ早めにお前と組めるように努力するからよ。それに拠点が出来たら絶対教えるから」




 遠山はこちらを尊重してくれようとしているドラ子の態度に表情を柔らかくする。



 いい奴だな、コイツ。ドラ子をあやすようにきちんと言葉を伝えて。




「絶対だぞ! 絶対絶対教えるのだぞ…… うん? すん、すんすんすんすん」



 いきなり。



 遠山の首元をドラ子が握り、引き寄せる、かと思えば遠山の胸に顔を埋めて、すんすんすん嗅ぎ始めた。



「うわ!? お、おい、なに? え? まさか嗅いでる? うそ、俺やっぱ臭う?」



 ドラ子が自分の胸に顔を埋めたことよりも、自分が臭いかもしれないことの方が気になる遠山。



 遠山は部屋が片付いていないのはまあまあ平気だが、体臭があったり不潔なのは無理なタイプの人間だった。洗濯物は畳まないけど、洗剤はめちゃくちゃ使うし、トイレはかなり掃除するタイプのやつだ。




「臭う……、 濃い臭いだ」



 遠山の胸からすっと、顔を離したドラ子。ふらりと立ち上がり、己の鼻を撫でる。



 その表情はさきほどまでの人間味溢れた少女の顔ではない。暗い瞳、表情のない顔。



 この世のことわりから外れた上位生物。世の全て、己の欲望の対象を手元におくことを至上とする竜。



 蒐集竜の顔つきに、ドラ子が変わる。



「うげ、マジかよ、ここにくる前にも水浴びて軽く昨日洗濯もしたんだが…… やっぱ臭うか。こりゃ早めに風呂と洗剤を確保しねえと」




 遠山はしかしそれどころではない。ラザールやギルドマスターが無意識に傅き始める竜の威よりも、自分が臭うかもしれないという事実の方がよほど遠山の心を乱す。



 急がなければ、浴槽につかれる、毎日風呂に入れる生活環境を手に入れなければならない。




「違う、貴様の匂いではないのだ。これは、天使の臭い…… 」



 ボソリ、遠山の空気読めていない言葉にドラ子、アリス・ドラル・フレアテイルが小さく答える。



 その声には力がある、その声には感情が宿る。



 竜の怒りが静かに込められた声ーー


「ひ」



「ぐ、む」



 息苦しさにギルドマスターとラザールがうめいた。それが普通の反応だ。




「あ? お、おい、ドラ子、どした? なんかプレッシャーでみんな気分悪そうなんだが」



 バカが1人、ようやくドラ子の様子に気付いた。ラザールやギルドマスターが恨めしそうな目で遠山を睨んでいて。


「ナルヒト」




「あ、はい」



「貴様、天使、いや、教会の者と会わなんだか? なんだ、この濃い、ねばつく奴らの臭いは」




「あー、教会、教会。ああ、プリジ・スクロールの奴か」



 教会、その言葉は簡単にアレと繋がる。



 黒い小柄なヤバ強いだろうシスター。聖女とやら。





「………………いま、なんと?」



「あー、まあなんだ、その、色々あってな。教会の聖女とやらに助けてもらう代わりに、そのプリジ・スクロールとやらにサインしたんだ。血判をこう、ね。…………なんか不味った?」



 リダの命を救う代わりに彼女と交わした契約書、血判を押した事実をぼそり。



 ドラ子の周囲の空気が冷えて、かと思えば熱くなる。



 世界が竜の怒りに慄いてるかのように、部屋の温度が低くなり、高くなる。先程のウェンフィルバーナとの一悶着の時ですら起こらなかった現象。




 スヤスヤ眠る領主、顔を真っ青にして首を垂れるラザールとギルドマスター。またしても何も分かっていない遠山鳴人27歳独身。



「………いや、良い。貴様はいいのだ。貴様がなにをしようと俺はその全てを肯定しよう。貴様が自由を尊ぶのなら俺も貴様の自由を尊ぼう。だが、なるほど、なるほどなるほど。これが奴らのやりかた、か」




「え、ドラ子、ドラコさん? あの、なんだがお顔がとてもこわいのですが」



 遠山はしかし、その表情。あまりに人間味のない無表情のドラ子にそーっと声をかける。



「かか、かかかかか。かか禍禍禍禍禍禍禍禍禍。なるほどなあ、オレの友と知ってるはずだ、奴らはあの場にいたのだから。ナルヒト、プリジ・スクロールの契約内容は?」



 笑い方がいつもと違う。



 静かな問いかけ、遠山は素直に答える。



「……あるガキを助ける代わりにこの冬までに白金貨50枚、だったな」




「そうか、そうかそうか。貴様はそれを自力で稼ぐのか」



 竜の問い。ここにきてようやく遠山は背筋が冷え始める。



 ドラ子が明確に怒っているのがわかる。何気なくかけられた言葉、まるで答え方を間違えれば殺されてしまうのかと思う錯覚。



 力有るものとはそういう存在だ。



 しかし、遠山は事実だけを、己の美学と生き方に準じて答える。




「当たり前だろ。お前と一緒だよ、ドラ子。約束や契約は放り出さねえ。ロクなことになんねえからな」



 欲望のままに生きることと、ルールを守ることは矛盾しない。遠山の中でそれは全く相反せずに有る決まり事だ。




「……かか、それでいい。それでいいぞ、人間よ。見事、天使の、教会の試練を打ち破ってみよ。……しかしやるではないか、天使のおもちゃどもめ。久しぶりに、コケにされたものだ」



 遠山の答えに、僅かドラ子の怒気が和らぐ。



 ぱちりと、長い指を鳴らした。




「ファラン」



 短く呟かれた言葉は名前。竜に仕える特異生物。



「は、すでに使い魔を教会へ送っております」




 その言葉に、すうっと空間を割って現れるメイドさん。あの無表情のメイドさんだ。




 え、いたの?


 遠山が表情でつっこむが誰も答えてくれない。ラザールやギルドマスターに一緒に突っ込もうよ、メイドが急に現れたよ、と視線で訴えても完全に無視された。





「うむ、良い。主教に伝えよ。全て説明しろ、とな」




「はい、そのように。……今、使い魔を通して伝えました」



「反応は?」




「泡を吹きながら金貨を隠し込んでいる部屋で奇妙な踊りを始めました。挑発、でしょうか?」




「……面白いではないか、銭ゲバめ。聖女やら第一騎士やらで勘違いしているようだな、竜という存在を再度教えてやらねば、な」



 冷たい嗤い。遠山はその顔を見て再確信する。



 やはり、コイツは別の生き物だと。どれだけ気安くてもそれだけは忘れないでおこうと心に決めた。



「ナルヒト、その首輪、見事外してみせよ、出来んとは言わさんぞ」




「あー? なんだそりゃ。払うに決まってるだろ。借りたモンは必ず返すさ」



 だがそれと怯えて恐るのは別だ。あくまで遠山はこちらを心配してくれる友人へ言葉を返す。




「ふん、その言葉覚えておく。……急用が出来た、もう少し貴様と共にいたかったがオレはもうゆく。ナルヒト、落ち着いたらでかまわん、また大使館へ遊びにこい」



「おお、ありがとう。顔出しに行くさ。拠点出来たらまた教える」




「うむ、それと早う等級を上げるのだ。竜の狩りに参列することを許してやる」




「ああ、そりゃたのしみだ」




「ふん、ではな。……絶対絶対遊びに来いよ、来なかったらひどいぞ」




「わかってるって、今日は助かった、ありがとう、ドラ子」




 遠山がすっと、差し出す。




「……これはなんだ?」



 ドラ子がじっと、差し出されたそれと遠山の顔を交互に見つめた。



「え、握手だけど。ダメだった?」




「……ふふ、バカめ、ダメなわけなかろうが」



 ふっと、顔を緩めたドラ子、差し出された遠山の手をぎゅっと握る。




「わ、ちからつよ」



「貴様が弱いのだ、バカめ…… では行ってくる、良き冒険を、トオヤマナルヒト」




「おーう、サンキュー。良い探索を、ドラ子」




 ドラ子に言葉を返す遠山。その言葉はいつも仲間に向けていた定型文。探索者の中でいつのまにか馴染みの言葉になっていた再会を願う言葉。




「ふん。マリー、では其奴らを頼んだぞ。領主が目を覚ましたならよろしく伝えておいてくれ」




「は、承知致しました」



 ギルドマスターが頭を下げる。顔色を悪くして、竜の威に伏せていても彼女はこの街の、冒険都市の冒険者ギルドの長たりえる人物であった。





 ふ、と笑うドラ子、そのそばには無表情なメイドさん。



 彼女達が振り向き、メイドさんが革靴をコツリ鳴らす。



 瞬間、嘘のようにドラ子とメイドさんの輪郭が景色に溶けて消えていく。



 数秒後にはその気配すらも消えて。



 竜たちがギルドを去っていった。





「えー、かっけー」





「………嵐は去ったか」




 遠山が呑気に、ラザールが重いため息を。



 コホン、綺麗な咳払い。竜にこの場を託されたギルドマスター、ハイデマリーが息を整えて。




「……それでは、その、改めまして、お2人とも。ようこそ、冒険者ギルドへ」




 ぎこちなく、微笑んだ。



 長い1日はまだ続く。






読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



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― 新着の感想 ―
主教は不思議な踊りを踊った! 竜の巫女が あらわれた! 竜巫女のしもべが あらわれた!
[一言] 主教さんの踊りが見たい! ドラ子との別れの挨拶に「フォースが共にあらんことを」のセリフを言って欲しかった笑
[良い点] マリーさんの痛みに溢れるお腹の明日はどっちだ! [一言] とても大変好みですわ
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