26話 お前の名前をーー
「よし、じゃあ、入るぞ、ラザール」
「ああ、大丈夫、そばにいるさ」
遠山は円形の建物を見上げる。
造りは木造、ロングハウスという奴だろうか? 船を逆さまにしたような作りの大きな建物だ。
わかりやすく建物の壁や屋根には盾や剣、そして見たことない生き物の骨がオブジェとして飾られている?
「失礼しまーす」
冒険者ギルドの扉を開ける。初めて入る飲食店のドアを開ける時に似た微妙なドキドキを携えて。
そこには、やはり、遠山の思い描いていた光景が広がっていた。
「順番! 順番にお並びください!」
「依頼貰ったあ! ジャイアントボアの牙の収集! 俺これな!」
活気。
朝だというのに強いビールの匂いに、火にかけられた肉の脂が弾ける音。
「この前行った色街の新店舗、ありゃあ良かったなあ。ひひひ、獣人のかわいい子たくさんいてよ」
「いやそれよりレイン・インっていう店いいぜ? 女は一級品でシステムも斬新、逆指名制度っつてよー」
耳をすませば下世話な話、血気盛んな連中は色街と深いつながりにある。
「装備の確認が完了次第出発するぞ。外で待たせてる冒険奴隷を餌にして、森林地帯のベロアフォルスを誘き出す」
「ういーす。何人生き残るかなあー」
多種多様。バベル島も様々な人種の集う坩堝だったが、ここは別格。
何しろーー
「うみゃ、なんか急に湿気てきたな…… 毛がべたついてきたよ」
「ふおふお、ワシの髭もなんか湿気とるわ、一雨くるかのう」
「この前発売されたオイルよかったぜ。尻尾のツヤが違うわ」
亜人、そう呼んでいいのかわからないが明らかに遠山の知るホモ・サピエンスとは程遠い姿のヒトもたくさん。
獣耳に尻尾付きの獣人。
豊かな髭に筋骨隆々の身長の低いおっさん連中、多分ドワーフ。
シンプルに身長が低い、しかし顔は成人のホビットっぽいの。
ザ・ファンタジーの光景に遠山が目を輝かせる。
指輪物語やらなんやらの王道ファンタジーから2010年代から2020年代に流行ったライトノベルやWEB小説ファンタジー、それらにどっぷり浸かっていた男からすればもう、遊園地みたいなものだ。
角笛みたいな杯で酒飲んでるよ。あれ欲しい。
もうワクワクして仕方ない。
「やべえ。ドワーフにホビット、獣人かよ。あとはエルフがいりゃ全て揃うな」
「はは、純粋なエルフはいないだろうがハーフエルフなら多いだろう。ナルヒトはギルドは初めてかい?」
ラザールが目をキラキラさせる遠山に話しかける。
「似たような所はよく行ってたけどな。でもあれだ、朝からこんな騒がしいとはな」
「ああ、勤勉な冒険者や新人がこの時間は多いからな。みんな少しでも割りのいい依頼を取ろうと必死なわけだ」
入り口を進み、建物の中に入る。
火の灯されたシャンデリア、テーブルやイスの並ぶ飲食出来るスペースと、依頼書の張り付けられたでかいボード、ガラスで仕切られた銀行に似た受付スペース。
冒険者ギルド。昨日ここを訪れた時は観察する暇がなかった。
見回せば見回すほど、テンションが上がってくる。
「すげえ、テーマパークに来たみたいだぜ…… だが、あの揉み合いの中に突撃する気はねえな」
遠山が大混雑の受付スペースを眺める。超人気のアトラクションに民度低い連中が詰め寄せてるみたいだ。
依頼書らしき紙の取り合い、順番の奪い合い、なんでもありの大乱戦。
遠山は嫌いなものが多い。人混みもその中の1つだ。
「ああ、登録にはおそらく時間がかかるだろうしね。ふむ、だがやはりさすがはアガトラの冒険者ギルド、活気が違うものだ」
ラザールが長い顎に手を当てふむ、と唸る。
どんッ、ラザールの身体がよろけた。
「おいお前ら何つったてんだよ、邪魔だ! どけ」
わざと、だろう。背後からぶつかってきた大男が唾を散らして怒鳴り始める。
「おっと、すまない」
「うわ、リザドニアンかよ。ふん、ここにはてめえが盗めるようなもんなんざねえぞ、プッ」
落ち着いて謝るラザール、それを汚いものでも見る目つきで見下ろし、大男がラザールの足元に唾を吐き捨てる。
「……面倒を起こす気はない、すまなかった。ナルヒト、行こう」
侮辱に対してもラザールは表情を変えない。冒険者ギルドに来たのはカネを稼ぐためだ。トラブルを起こす為ではない。
感情を押し殺す術を身につけているリザドニアンがその大男の視界から逃れるべく頭を下げる。
だが、残念ながらこの聡明なリザドニアンの友人はそういうのはしない。聡明ではないのだ、ハッピーセットなのだ、頭が。
「いいのかよ、ラザール。そもそもぶつかってきたのはこのウスノロだ。どうやら前もはっきり見えねえ間抜けでもあるらしいな」
遠山は感情を殺すよりもムカつく存在を殺す方が好きなタイプだ。
がっつり聞こえるように、大男を貶す。
「あ? なんだって?」
ピクリ、ロン毛の大男が目に血管を浮き立たせる。
鉄の胸当てに毛皮のズボン、腰に差している剣、間違いなく荒くれ者の冒険者。
遠山が自分より頭2つほど身長の高いそいつを見上げて、値踏みする。
「……ナルヒト、お前はまたそうやって…… 連れがすまない、まだ都市に来たばかりで不慣れなんだ。無礼を許っーー うっ」
ぼす。
大男の拳がラザールの鳩尾を捉える。たまらずラザールが身体をくの字におってその場に膝をついた。
はい、殺そ。遠山のスイッチが異様に簡単に入る。
「グダグダうっせえんだよ! トカゲ! おい、そこのローブ! 俺のことをなんつった?! ウスノロだって?」
「………大丈夫か? ラザール」
唾を吐き散らすそいつを無視して遠山がラザールに手を貸す。
「あ、ああ、大丈夫だ。今面倒ごとを起こすのはまずい。ここはひとまず……」
引き起こしたラザールはそれでもこの場を収めようとしていた。
「おい、見ろよ、ガルドの奴が誰かいじめてんぞ」
「リザドニアンじゃねえか、珍しいな。ヒヒ、冒険奴隷にでもするか? 奴ら斥候としてはなかなかだぜ」
「おーい、ガルド、勢い余ってこの前みたいに殺すなよ、可哀想だったな、あのガキ。田舎から出てきていきなりガルドに絡まれてよ、連れの女も奪われてガルドにおもちゃにされて捨てられてよ」
「まあ仕方ねえよ、自己責任が俺たち冒険者のルールだからなあ」
汚い嗤いが耳に触る。
何人かの冒険者がこちらに気づき、ニヤニヤと見せ物を見るかのように囃し立て始める。
「まずいな、注目されている…… ナルヒト、一旦出直そう、あまり騒ぎを起こすと厄介だ」
至極当たり前の意見、ラザールが痛みに顔を歪めつつも遠山を外へ促し、
「すまん無理」
短い言葉で遠山がそれを無視する。
「お、おい、ナルヒト」
ラザールを庇うように大男と対面する遠山、じっと、ソイツの身体を観察する。
「なんだあ? その目、なんか文句あんのかよ?」
大男が下卑た嗤いを唇に浮かべる。
遠山の嫌いなタイプの人間だ、それなりに腕が立ち、暴力が得意で、そして思慮が浅くて不潔で凶暴。
コイツはいなくてもいい人間だ。子供時代に、けむくじゃらの友を奪った奴らと同じ匂いが大男から漂う。
「…………三流だな。酒くせえ。朝まで飲んでた証拠だ。体臭で容易に化け物どもに位置を悟られるな、それじゃ」
品定めは終わった。
殺せる、そう判断した。
「は?」
「背丈の割に腹が出てる。上半身に比べて下半身が貧弱だ。ろくに走り込んでもねえ、鍛えてもねえ身体。でけえ図体だけに頼った肉の塊だ」
遠山が指を差しながら男の体つきを評価する。やはりこの世界の人間は差が激しい。雑魚とヤバい奴の間に隔絶した差がある。
「てめえ、何言ってやがる? あ? 死にてえのか?」
常人であればその体格を見ただけで少し圧されるだろう大男の威圧。
しかし、遠山はにやにやした笑みを崩さない。
「聞こえなかったのかよ、目だけじゃなくて耳も悪いんだな。いや、顔と頭もか。ヒヒヒ、いいとこなさすぎだな、生きてる価値あんのか? お前」
弱い、それだけで遠山がコイツに遠慮する理由はなくなった。
「殺す!!」
大男がその太い腕を遠山の首に伸ばす、それよりも遥かに先んじて、遠山の前蹴りが大男の股間に食い込んだ。
ぷち、なにかを蹴り上げるキモい感触、だがクリーンヒットだ。
「オバっ?!」
大男が、身体を痙攣させ股を押さえながらその場に崩れる。
「やっぱのろいな」
見下ろす遠山。
遠山が狙いを定める、痛みにもんどりうつ大男、その下がった首をじっと見つめて。
「お、おい、ガルド、アイツやべえんじゃねえの?」
「嘘だろ、なにが起きた? ガルドが膝ついてんぞ」
野次馬たちも異様に気づいたのかざわめき始める。
だが、遠山には、獲物の仕留め方を考えている探索者にはなにも聞こえない。
「てべ、きん、きん、は……」
よだれを垂らし、目を真っ赤に充血させた大男が遠山のダーティープレイに文句を言う。しかし、彼は勘違いしていた。
今するべきことは、ケンカのやり方に文句を言うことではなく、痛みを無視して這いつくばっても逃げることだった。
大男は選択肢を間違えた。
大男にとっては、ほんのお遊び。ギルドに現れた見慣れない顔の奴らをおちょくり、突き回して遊ぶ、それだけだった。
だが、それは決して大男ごときが突っついていい存在ではなかったのだ。もう、遅いが。
「殺すってんなら、殺されることも覚悟しとるよな?」
突っつかれたら、殺す。
おちょくられても、殺す。
欲望のままに、生かすもの、殺すもの。決めるのは俺だ。
遠山が、殺すべきものを見下ろして。
「ーーは?」
伝わったのだ。遠山の異様な雰囲気が。大男の顔が一気に青ざめる。
遠山が金的を抑えて這いつくばる男の首に狙いをつける。一撃で踏み折る、そのつもりで。
「よせ、ナルヒト!! 殺すな!」
ラザールの静止虚しく。
遠山は少し不思議に思えた。はて、妙だ。ここまで自分は血の気が多かっただろうか?
一瞬湧き出た疑問はしかし、霧に覆われるかのように消えていく、まあ、いいか。
「ヒヒ」
短い嗤いの元、大男の首を踏み折ーー
「はい、おしまい。おしまいだ。動かないでよ、黒髪クン」
勢いよく足を振り下ろし、しかしピタリと止まった。止めさせられた。自分よりも遥かに鋭く濃い殺気を背中に浴びたからだ。
「……誰だ?」
冷水を頭からぶっかけられたに等しい感覚に耐え、遠山が短く問いかける。
「今日の地下当番。君らみたいな血の気の多い馬鹿たちのお目付役さ。私の仕事、あまり増やさないでくれると助かるんだけど」
ぎりり、引き絞られる音は、おそらく弓の音。
狙われている、背中を。見てもないのに分かる圧倒的な殺気。アリスや、ベリナル、そしてあの聖女とやらと同じ気配。
「あ、あんたは…… ナルヒト、頼む。言う通りにしてくれ」
ラザールの声がさらに硬く。今度は遠山はきちんと頷いた。
ゆっくり両手を上げて、敵意のないことをアピールする。
「……運が良かったな、ウスノロ。次から喧嘩売る相手は選べよ」
本気で踏み折るつもりだった足をゆっくりと戻す。少しでも妙なことをすれば射抜かれる、それに気づいたからだ。
「ひ、ひ、ひい」
色々漏らしながら、大男が這いつくばって離れていく。惨めな姿だ、始末するのは今度にしよう。遠山はソイツの顔を覚えていた。
「あらら、本気で殺す気だったわけね。……キミ、嫌な風を纏うね。ドロドロして血生臭い…… でも、とても暖かい。不思議で奇妙な風…… 邪悪と善良がぐちゃぐちゃになってる風だ」
「血生臭いとか言うんなら問答無用で鏃を向けるアンタも人のことは言えねえんじゃねえの?」
どこかで、聞いたことがある声だ。遠山は背後からかけられる女の声に聞き覚えがあることに気づく。
「ふうん、度胸もある、か。ゆっくり、振り向いてもらえるかな?」
女の声に遠山が頷く。
「あ、アンタ、まさか、その銀髪、銀色の目に、羽弓……」
狼狽したラザールの声。こいつ色々事情通だな、と遠山がどこか呑気なことを思い。
「トカゲさん、キミも動かないでね。フローリアの風を纏う悪事の申し子。悪いけど、私はキミも充分に怖いよ」
「お、おい、あれ、あの銀髪、あの人……」
「うそ、ほんとだ。ほんものだ。……初めて見た…… いつも地下にいる時はでてこないのに」
「同じ人間とは思えないほど、綺麗……」
「ガルドと揉めてた奴ら、あいつら誰だ? 見たことあるか?」
「お、おい、あの黒髪の男、昨日の……」
「あ、しゅ、蒐集竜の……」
周囲が明らかにざわめき始める。
どうやら遠山に見覚えがある奴らもいるらしい、まあ昨日のことだ、それもそうだろう。
「辺りが騒がしくなってきたね。振り向いてもらえるかな?」
「へいへい…… あーー?」
振り向き、驚く。
見たことがあった。
「どうしたんだい? 驚いた顔をするね。鏃を向けられてるのも気付いてただろうに。私が誰かも知ってるだろ?」
長い銀色の髪、その中で一房結ばれた三つ編みがどこからか吹く風に揺蕩う。
陶磁器のような肌、桜色の唇、芸術品のような小さな鼻。
服装こそ、あの時のモコモコ民族衣装とはちがう。小さな肩掛けのマントに上品な皮のジャケット、短いパンツに動きやすそうな白いタイツ。
「アンタ…… ウェンフィルバーナ、か……?」
目の色は、虹色ではなく、何故か銀色。
塔で。出会ったあのクソエルフ。
羽飾りのついた弓矢を遠山に構えて。
「いかにも、元勇者パーティ射手のーー」
「ウェンフィルバーナ・ジルバソル・トゥスク! なんだよ、アンタもここにいたんかよ! あの後大変だっーー あえ?」
遠山がその名前を口にする。瞬間、比較的友好的な表情だった女から、全ての感情が抜け落ちた。まるで本来の貌はそれだと言わんばかりに。
ピコン
【隠しクエスト発生】
【Know your name】
こんな時にーー
「ーー誰に、その名を聞いた」
メッセージに気を取られた瞬間だ。冷たい声が全身に浴びせられる。
気付けば視界が転がり、肺から息が叩き出された。
叩きつけられ、床に押さえつけられている。動きも気配も、反応すら出来なかった。
「が、は…… 」
「ナルヒト!! グウ?!」
「動くな、リザドニアン、次は殺す。答えろ、ヒューマン、その名を誰に聞いたんだ」
ウェンフィルバーナ。銀髪の少し以前と様子が違うそいつが、遠山を地面に押し倒し、拘束する。
駆け寄ろうとしたラザールも、ウェンフィルバーナが指先を向けただけで吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
冒険者ギルドの空気が一変する。
なんだなんだと野次馬が集まり初めて
「ーー寄るな、有象無象ども」
ばた、り、ばたばた。ウェンフィルバーナがその銀色の瞳を向けた瞬間…半分以上の冒険者、主に3級以下の練度の低い者が倒れふした。
「ゲホっ!? てめ、なんだァ、健忘症か? 自分で名乗ったんだろうが! シエラスペシャルがどうとかよ!」
知人、そのはずの女からの急な蛮行に遠山が叫ぶ。もがこうとするが動けない、全く動けない。その華奢な体のどこにこの剛力が備わるのか。
「しえら、スペシャル? 意味が分からない、答えろ。さもなければトカゲごと殺す」
自分で名乗ってその言葉を初めて聞いたかのように女がつぶやく。冷たい声と殺気はラザールまでにも向けられて。
「……どう言うことだ。お前、誰だ? クソエルフじゃないのか?」
遠山が別れ際の言葉を使って。
「ーーエルフじゃない」
静か、しかし、ああ、悲鳴、泣き声にも似た女の声。
「あぶ」
「ア」
「ウェ」
人がまた倒れる。その言葉を向けられたわけでもないのに。
しかし、呪詛の如き力の篭る言葉は半端な人間全ての意識を刈り取る。古き英雄の舌にはその力があるのだ。
大いなる魔の王を討ち滅ぼした英雄、彼ら彼女らに与えられた報酬ーー
「お、おいおいおい、何、なんかスイッチ押しちまった? なあ、あんま殺意ぐつぐつ向けるのやめてもらえるか?」
「……答えないわけだ。なら、いい。キミを殺して風に聞くよ」
「なんだそのJ-POPみたいなセリフは」
「ナルヒト!! だめだ! やめろ!」
「死ね」
そこには明確な死があった。
ほんの少しのボタンを遠山は掛け違えた。先程の大男と同じように間違えた、気付けなかったのだ。目の前の女が何者なのかを。
交通事故のようなものだ、死とはいつもこうして理不尽に降りかかる。
ーーしかし、遠山もまた理不尽に素直に斃れる人間ではなかった。
「お前が死ね」
その頭はハッピーセット。死ねと言ってくる人間に死ねと返す人間性は既に覚悟を決めていた。
キリヤイバ最大出力。キリ範囲最小限。
ラザールを巻き込まずにコイツと自分にだけ影響がある範囲にできるだけキリを絞る。
自分1人で死んでたまるか、俺を殺すのなら、お前も死ね。
キリヤイバは既にーー
「おやおやおやおやおや、これはこれは、存外躾がなっておらんな。射手」
冷たい殺気が蒸れて、水に変わる。そんな感覚。
熱だ。明らかに熱を持った新たな殺気がギルドの酒場に満ちた。
「勇者がいなければやっていいことと悪いことの区別すらつかんとは、かか、獣と変わらんわけだ。ほんに笑わせてくれるものよ」
冷たくて、熱くて、クラクラする。遠山は濃密なプレッシャーに意識を持っていかれないように歯を食いしばる。
見れば酒場にいる連中の半分は泡を吹いて倒れていた。
だが、その熱気が今は同時に心強く。
「ッ……」
濃い気配。明らかに人ではない何かの持つそれを銀髪女も感じたのだろう。動揺が遠山を押さえつけている腕から伝わる。
「あ、アンタは」
辛うじて、意識を保っていたらしいラザールが言葉を詰まらせる。
息することすら億劫になりそうな気配。自然と首を垂れたくなる圧倒的上位者の気配。
それを遠山は知っていた。
「……はは、ナイスタイミング。お前、良くも悪くもタイミングいいやつだな」
遠山が声をかける。
長い金髪はひとりでに輝き、その顔は神が贔屓したかのように美しい。
空の最も蒼く、暗いダークブルーの領域、きっとそこに繋がる片眼を女は宿していた。
「ドラ子」
アリス・ドラル・フレアテイル、帝国の護り竜。
豪華な金髪の隻眼ど美人。
白いワイシャツに似た上着。長い脚にアホほど似合う皮のズボン。シンプルな格好なのに存在感が際立つ。
少し前は宿敵、今は友達、きっと、多分。
友達の金髪の竜が、くびれた腰に手を当て、遠山に向けて鼻息を漏らす。
「ふん、手紙も送らぬ貴様など知らぬ。……怪我はないか、ナルヒト」
どこか拗ねた言葉、しかしその声音は柔らかく。
「頑丈なのが取り柄でな、あとお前無茶言うな。俺まだ住所ねえよ」
「……蒐集竜、なぜ貴女がここに」
銀髪の女、ウェンフィルバーナがアリスへ問いかける。
「黙れ、射手、オレに質問するな、貴様が手にかけようとしているそこの男、それはこのオレ、蒐集竜の…………」
問いを一蹴、ウェンフィルバーナへ向けた鋭い威圧はしかし、遠山を見つめモゴモゴ言い始めることで消えていく。
「……要領をえないね、蒐集竜。何が言いたい?」
その竜らしからぬ様子にウェンフィルバーナが眉を顰め
「その男から手を離せ、というか誰の断りをえて其奴に触れておる? 貴様ごとき勇者のオマケ風情が手を出していい男ではないのだ」
しかし、また空気が一変。ウェンフィルバーナに話しかけられた瞬間、竜の声が怒気に塗れる。
「……嫌だと言ったら?」
彼女は例えるならば月だ。その怜悧な白銀の煌めきは生命を見惚れるうちに一瞬で刈り取ってしまう、そんな輝き。
「塔級冒険者が1人、帝国から消えることになる。なに、それだけのことだ」
彼女は例えるならば太陽だ。その輝きと熱の前に生命はひれ伏し焼き尽くされるのは待つだけ。
「それは、貴女が消えるということかな、蒐集竜」
「かか、よい、囀るではないか、主人を失くした哀れな従者よ」
月と太陽が、向かい合う。理外の存在。指先を動かすことすら躊躇う濃い怒気と殺気を匂いすら感じそうなそれを纏いて。
しかし互いに表情は朗らかで。
「……こわー」
遠山の感想はそれしか、なかった。
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
<苦しいです、評価してください> デモンズ感