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24話 父さんな、仕事辞めてパン屋しようと思うんだ

 



「父さんな、仕事やめてパン屋しようと思うんだ」




 部屋から出て、中庭のベンチに腰掛けた遠山、ラザール、リダ。




 油で燃え続けるカンテラの周りに羽虫がたかるのをぼーっと眺めながら遠山はつぶやいた。




「え?」



「何を言ってるんだ、ナルヒト」



 その呟きは完全に滑った。



 遠山は咳払いしながら言葉を続ける。




「……まあ、そのままの意味だ。俺の人生の目標は欲望のままにハッピーに人生を生きることで、目下1番やりたいことは湖のほとりに家を建てることなんだが…… そのために何が必要かわかる?」



「……かね、か?」



 リダが首を傾げながら遠山へ。



「リダくん、正解、その通りだ。金だ、結局、人間社会の中で自分の願いを叶える為には多かれ少なかれ絶対に金が必要になる。経済システムと社会がつながっている以上、金っつーモンから目を逸らすことはできないわけだ」




 金のない惨めさ、そして金が人生に及ぼす影響を遠山はよく知っている。




 それは自由への切符であり、不自由からの首輪でもある。




「む、要はナルヒト、君は金が1番大事と言いたいわけか?」




 ラザールが少し口を尖らせて遠山へ。



 彼のことだ。金に関していい思い出ばかりじゃないのだろう。



「いや、1番じゃねー。金っつーのが厄介なのはそこだよ、ラザール。金は万能だ、俺ら人間の発明した最大の成果と言ってもいい。こいつが有れば大抵のことはなんとかなっちまう。だからみんな勘違いするんだよ。金があれば幸せになれるってな」




「違うのか、アニキ?」




「ああ、違う。金がねえと不幸になる、これはあながち間違ってねえ。食いたいもんも食えねえ、やりたいことが出来ねえ、これは容易に不幸に繋がるからな。だが金があったら幸せなのか、これも微妙に違うと俺は思う」




 リダの問いかけに遠山がすんなり返事を返す。




 灯りの少ない中庭。



 しかし、夜空の中にぽっかり浮かぶ白い月が、闇を薄くしてくれていた。




「じゃあ、どうすればいいんだ?」




「簡単なことだよ、リダ。金とはあくまで手段だ。たどり着くための切符だと思えばいい。まあ要はバランスだ。程よく貯めて程よく使う。どちらに傾くのも不健康だ。たくさん稼いでたくさん使う、これが肝要だ」




 金。



 社会の中で関係せずにはいられないもの。




 力であり、重しであり、そして報酬でもある。



「1番大事なのは光景だ。自分がどこにいってどうなりたいのか。俺たちの目の前にあるのは全てだ。実質的に俺らは自由なんだよ、行って、見て、俺らは自分のなりたいもんになり、やりたいようにやる権利がある。金はそれを円滑に行うための道具に過ぎねえ……みんなそれを忘れてるんだ」




 目の前の生活のことに囚われると、一気にそれが見えなくなる。不安や毎日の辛さは呪いとなり、進む力を奪っていく。




 遠山はそれをよく知っていた。進むことが出来なくなった人間に待つのは絶望しかないことも、よく。





「なりたい自分、か……」




「欲望のままに。俺のブレないモンはそれだ。そのためには金がいる。ラザール、お前のなりたいモン、辿り着きたい光景はなんだ?」





 光景。人にはそれが必要だ。簡単に絶望に飲まれる毎日の中、一欠片でもいい。



 こうなりたいという光景、希望。決して滅ばないそれを遠山はきちんと認識している。




 仲間たちとそれを共有すべく遠山が言葉を紡ぐ。





【隠し技能発動】



 一瞬、現れたメッセージ、しかし月明かりにほどかれるように消えていく。




「……俺は、誰かを満たしてやりたい。奪うだけだった自分を変えたい。誰かに何かを与えたい」




 ラザールが問いかけに答える。彼の言葉は闇を彷徨うかのごとく。しかしきちんと吐き出された声は遠山に届く。




 カンテラの灯りが揺れた。



「よしきた、ならもうパン屋するしかないでしょ、はい論破。次、リダ」



 力技しかない返事で遠山がラザールの運命を決めた。




「え、おい、ナルヒト」




 ラザールが呆れた声をだす。しかし、どこかその顔は嬉しそうで。



「え、な、なんだ、アニキ? なんの会話だこれ」




 急に話を振られたリダがしどろもどろになり始める。



「いいから、お前は何がしたい? これからどうなって何が欲しくて何を求める? それを言え」




 希望なんぞなかったはずのスラム街の孤児。



 彼にも同じく遠山は問いかける。



 希望を、欲望の光景を問う。




「俺、俺は……」



 遠山にじっと、見つめられたリダは言葉をモゴモゴ繰り返し、やがて息を吸って、吐いた。





「ーー水が、冷たかったんだ」



「ほう」



 リダの落ち着いた言葉。遠山とラザールは静かにそれを聞く。




 月明かりの下で虫の声が静かに重なっていく。



「さっき、身体を洗った時、とても冷たくて、……その、初めてだった。雨みたいに温くない水…… 気持ちよかった。アイツらも、気持ちよさそうに身体を洗ってて…… 正直、今恵まれ過ぎててよくわかんねえ。でも、今が続けばいいと思う、俺はそれで充分だ……」




「維持することも戦いだ、リダ。はい、つまり、パン屋するしかねえな」




「……その、なんだ。ナルヒト、パン屋、したいのか?」




「したい!! 元々よ、探索者辞めたあとはなんか商売して見たかったんだよ。永遠に続けられる仕事じゃねーからなー」




「商売、ね。なるほど、……俺に気を遣う必要はない、アンタのやることに俺はついていくと決めているからな」




「あ、アニキ! 俺だってそうだ! あんたについてくぜ!」




 心強い言葉。遠山は少し笑う。




 そして夜空を見上げて、月を見た。



「はは、ありがたくて涙出るわ」



「……だが、どうしてパン屋なんだい? ナルヒト、店をやるのなら他にもたくさんあると思うんだが」




 ラザールから至極当たり前の問いかけが。




 その問いに、つぶやく。



「ラザールのパンとドラ子んとこのステーキだけだ」




 口の中に蘇るラザールのパンの優しい味。香辛料と肉汁が溶け合ったステーキの熱さ。




 あれは美味かった。




「なに?」




「こっちに来て俺の口にあったもんだよ。まああんまり他のモン食べてねえから一概には言えねえんだけど、その、なんだ。俺はおそらくこの世界でかなり上位で舌が肥えていると思う」




「なんの話だ?」



「あー、その、あんまこういう話はしたくねえんどけど。リダ、お前さっきババアがわけてくれたメシ、アレどうだった? 美味かったか?」




「ああ! 美味かったぜ! あんな美味いモン初めて食った」




「……そうか。ラザールは?」



「ああ、おいしく頂いたが、そういえばナルヒト、お前はほとんど食べていなかったな」



「……まずかったんだよ。食えねえ訳じゃねえ。腹壊すような料理でもねえ。だが、塩っ辛くて旨味がなく、煮詰め過ぎてパッサパサ、まろやかさも香り高さもなんもなかった。……イギリス街の料理みてえだった」




 要は口に合わなかったのだ。食っても食っても塩っ辛いだけのドロドロのスープにパサパサの野菜や何かの肉。



 一口食べて理解した。



 この都市の庶民の食べ物は食が合わない可能性が非常に高いと。



「塩っ辛い? 旨味?」



「俺の生まれたところはおかしな国でな。"食"に関することにかけたら世界でもおそらく一位か二位を争うほどうるさい国なんだ」



「国……?」



「ああ、それが美味いモンだと分かれば、全身が痺れて死ぬ毒があろうと食べる。国の真上にミサイルぶち込まれても遺憾の意で済ませるが、おそらく食料に手を出されたらマジで殺しにいく、そんな国でな」




「み、みさ? アニキ、なんだそりゃ」




「まあみんな食べるってことに異様なこだわりを持つ民族だと思ってくれればそれでいい。まあ御多分に漏れず俺もその国の民らしく舌が肥えに肥えている。多分帝国の料理はほとんどが口に合わねえんだと思うよ。由々しき事態ではあるが、これは利用出来る」




 ニホン人にとって最大級のピンチだ。



 飯が合わない。これは早急に解決するべき事案だ。



 しかし、だからこそ気付けたこともある。



「ど、どういうことだ、ナルヒト」




 目を丸くするトカゲ男。遠山鳴人は彼の才能に気づいていた。




「ラザール、つまり、あんたのパンは本当に美味いんだよ」




「お、おれの?」




「ああ、優しい味だった。さっき出された硬いだけのざらついたパンとは違う。生地はふんわり、しかしきちんと噛み応えもあり、素朴だが小麦本来の味も楽しめた、あれ、美味かったよ、ほんと」




「そ、そうかい。なんだ、その、改めて言われると照れるな。俺の一族に伝わる作り方なんだ。天使粉の中でも安めの黒くてふすまの多いやつを使ってるんだが」




「ああ、なるほど。黒パンってやつか。玄米的な感じで俺は好きだった」



 舌が肥えている人間ならあの良さがわかるだろう。おそらくバターやらなんやら使われていない素材そのもの味。



 なぜあんな滋味深くなるのかはわからないが。




「まあ。要はな、ラザール。何度も言うがお前のパンは美味いんだ。売れる、間違いなくお前のパンは売れるんだよ、商機と勝機をあんたのパンに俺は見た」



 遠山にはすでにイメージが出来上がっている。



 この異世界ライフの攻略法。どのようにして辿り着くかをイメージしている。



「だ、だが、ナルヒト、俺はリザドニアンだ。俺なんぞが作ったパンをこの都市の人間が受け入れてくれるとは思えない……」



 上擦った声と裏腹にラザールの尻尾がしょげている。




 その言葉はたしかにその通りだろう。商売をするにあたりその人物のイメージとはかなり重要なものとなる。




「安心しろ、ラザール。職人と社長はあんた。あんたの仕事は美味いパンを作ること、そしてそれを売るのは部長たる俺の仕事だ。方法を必ず見つける、アンタのパンをこの都市、いや、帝国とやら全域に広げてやる」




「あ、アニキ、アンタそんなこと考えて…… でも、それはかなり難しいんじゃ」




 リダはやはり賢い。その道の困難さを理解できるほどには。



 遠山は心強い従業員に笑いかける。




「でも、じゃねえ、リダ。いいじゃないか、ワクワクしてこないか?」




【隠し技能 発動】




 その舌は、人を茹らせる。




「差別種族のリザドニアン、スラム街から出たばかりのガキども、そして住所不定無職の流れ者。まあ、みんな残念ながら社会のど底辺だ。これより下を探すのが難しいほどにな」




「………」



 遠山の自虐の言葉、しかしそれは真実だ。



 だがーー



「ひひひひひ、せっかくの異世界ライフだ。俺は俺の好きなように、欲望のままに生きてやる。お約束のことを始めるんだ、俺たちで」




 だが遠山はその真実ごときであゆみを、欲望を諦める男ではない。






「お約束? なんだそれは?」





「成り上がり」



 短い言葉。



 遠山がカンテラに揺蕩う炎をじっと、目に収めつぶやく。





「いっときの流行りからは外れてるかもしんねえが、これは良いものだ。良いものは決して滅びない。俺がそれを証明する、俺たちの存在をこの世界に刻む、価値を証明する」




 この短い時間でも感じた彼らへの差別。



 特にそれに対して義憤に駆られたわけでもない。人間である以上、いや生き物である以上、差別は必ず存在するものだ。



 だが、それを覆してやるのも面白いかもしれない。



 遠山鳴人の原動力。欲望、それにさまざまな燃料が焚べられていく。





「湖のほとりに家を建てる、店を建てる、今を維持する。俺はお前ら全ての欲望を肯定する。必ず、お前たちをそこへ連れて行く。だから、頼む。力を貸してくれ。俺の異世界成り上がりライフにはお前たちが必要だ」




 成せなかったこと。現代ダンジョンライフは終わった、しかし続きはここにある。




 ならば今度こそ全てをやろう。やりたいことを全て、欲しいものを全て手に入れて、それから死のう。




 やりたいことをしない理由、欲しいものを諦める言い訳。それらを考える時間すら、惜しい。



「……ふ、ナルヒト。お前は不思議な奴だ。何を言ってるのかわからないのに、お前の言葉を聞いてると、ワクワクしてしまう。まるで蛇の舌でも持っているようだな」




「アニキ、俺はアンタに与えられた側の存在だ。少なくとも俺はアンタについていきたい。アンタの側にいてアンタの見る光景と同じものを見ていたいと思う。こっちから、よろしく頼みてえ」




「よし、話は決まりだな。俺らの当面の目標は"パン屋の開業"だ。そのために必要なもんをこれから集める」





 最短最速で、全ての困難をぶちのめす。必ず、たどり着く。




 遠山鳴人が、簡潔に言葉を述べる




「まずは"金"、これがないとなんも始まんねえ。最低でも寝る場所と食うモンに困らねえ額は確保しておきたい」




「それはそうだが、どうやって稼ぐ?」



「法に触れる方法はNGだ。企業活動にはコンプラがついて回る。あくまでクリーンな方法で金を稼ぐしかない。リダ、ラザール。俺は少し常識に疎いところがある。コネやらなんやら無しで生命の危険がなく、手っ取り早く金を稼げる方法、犯罪以外で思いつくもんは?」




「そんな方法…… 」



「アニキ、流石にそれは……」




「まあ、どこの世界でもそれは一緒か。じゃあ条件を緩くしよう。生命と引き換えに金を真っ当に稼ぐ方法は?」





「………なるほど、そういうことか。フ、それなら話は別だ。アンタにピッタリの仕事があるよ、竜殺し」




「……冒険者」




「やっぱそうなる訳だ。ふーん、冒険者、ねえ」




 遠山はニヤニヤが抑えられない。はじめて探索者という職業を知った時の瞬間を思い出す。



 人生が動き出す瞬間の痺れ。



 異世界ライフだ、冒険者になり、化け物を殺し金を稼いで店をやる。




 仲間は少なく、立場は弱い。



 パン作りの得意なトカゲに、割と賢い孤児たち。



 イロモノばかりだが、それがいい。退屈とは無縁だろう。







「よし、シンプルに行こう。まずは生活に苦労しないためだけの"金を稼ぐ" たのしいたのしい金策パートの始まりだ」





「アニキ。その、俺も冒険者に」




「いや、リダ。悪いがしばらくお前らは大人しくしとけ。カラスとか言う連中、あの時絡んできた奴らは皆殺しにしてるから大丈夫だとは思うが、ほとぼり冷めるまでお前らは目立たない方がいい」



「う、わ、わかった」



「いや、一緒に行動した方が安全か? ラザール、どう思う?」




「ふむ、奴らは狡猾で執念深い。だがナルヒトの言う通り俺たちと子供たちの関係を知っているカラスはもうこの世にいない。しばらくは追手もないと考えていいだろう。むしろ、俺たちは目立つからな。あまり一緒にいるところを人々に見られない方が噂も広まりにくいはずだ」




「OK、決まりだ。リダ、お前はルカたちの面倒を見ろ。それがお前にしか出来ない仕事だ。いいな?」




「……わかったよ、それがあんたの助けになるなら」




「聞き分けいいガキは好きだぜ、さて、ラザールアンタには」




「おいおい、ナルヒト。選択肢は1つだ。俺も冒険者になるさ。アンタだけにリスクは負わせない」




「いや、でもお前にはパン製造の全てを任せたいんだが」




「完全な分業は店を持ってからの話だろう? 俺はたしかに戦闘は苦手だが、斥候役としてならおそらく一級冒険者並みの仕事をするぞ」




「あの、影か…… なるほど、うーん、でもなあ……」



「なに、無茶はしない。基本的に鉄火場ではアンタの指示に従う。ホロームの頸は1人では狩れない、と言う奴だな」




「ああうん。何となく言いたいことはわかるよ。……わかった、ラザール、力を貸してくれ」



「アンタについていくよ。それに冒険者となりモンスターを狩ってレベルを上げればそれだけ体も強くなる。パン作りには体力も欠かせないしな。運が良ければ器用さも上がるかもしれない」




「ああ、そうだな……ーーうん? レベル?」




「ああ、レベルだ。たしかにリスクはあるかも知れないがそれなりのリターンはある。……おい、まさか、レベルのことまで知らないなど言わないでくれよ」




「いや、その概念は知ってるんだけど、え、あんの? レベル」



「……本当にどうやって竜を殺したんだ? ナルヒト、アンタほんとにどこからやってきた?」




「だからニホンだって言ってるだろ?」




「またそうやって…… まあいい。とにかく俺が冒険者になるのもリスクばかりじゃない。リターンもあるんだ。金を稼ぐのに人手は多い方がいいだろう?」




「まあ確かに。しかし、レベルか。そーか、レベルあんのか……」




「……そんなに気になるなら冒険者ギルドで調べてもらうといい。帝国のやり方がどうかはわからないが少なくとも王国では冒険者になれば、そういうサービスを、受けることが出来たぞ」




「マジでか? やべえ、こうしちゃいられねえ。明日の予定は冒険者になることだな。えーと、やっぱ組合、違うな、ギルドに登録しに行く感じか?」




「まあ、そうだろう。王国と帝国では申請方法が違うかもしれないから一概には言えないけどね」




「よし、明日の行動方針決まり! とにかく金だ、金稼ぐぞー! 金策パートの始まりじゃい」




「元気がいいな、ふわあ。俺もそろそろ眠らせてもらう。リダ、君もゆっくり休むといい。宿屋の主人には明日、俺から5日分泊まれるように金を支払っておくよ」




「すまねえ、何から何まで、アンタらに。俺ら、恩を返せる時がくるのか?」




「当たり前だろ、お前らにはこれからじゃんじゃん働いてもらう。明日は俺らが帰るまではとりあえず宿から出るなよ。部屋で休んだら中庭で遊んどけ。ガキにはそういう時間も必要だ」




「遊ぶ……か。俺たちに、こんな時間がくるなんて、昨日まで思ってなかった。ありがとう、アニキ、ダンナ。働ける時が来たら、いつでも言ってくれ」




「おう、こき使うから覚悟しといてくれよ? ラザール、俺ぁ、寝る。明日はどれくらいに起きればいい?」




「ふむ、冒険者ギルドは早朝から開いている筈だ。朝にしか出ないモンスターを狩る冒険者もいるからね。早めに動くに越したことはないだろう」




「あいよ、じゃあ日の出とともに行動開始だな。あー、歯ぁ磨きてー。その辺の生活水準も見直さねーとなー。そういや部屋にメモ用紙置いてたよな? この辺じゃあ紙は貴重じゃないのか?」




「紙かい? パルプ紙なら帝国の主要産業の1つだ。特に貴重品というわけではないな」




「ふーん、技術進歩に偏りがある気がするな、建物やらなんならは中世ヨーロッパなんだが……」




「何の話だい?」



「いや、気にすんな。まあ、色々常識知らずだからな。またいろいろ聞くかも。ほんじゃ寝ようぜ。明日は早い」




「ああ、そうしよう」



「俺、ベッドで寝るの初めてだよ、あんなにぐっすり眠れるんだな」



「わかる、石の上とかで寝た後だとベッドのありがたみすげえよな。んー、藁と布じゃなくてマットとスプリングが恋しい……」





 3人が思い思いに呟きながら、部屋に戻る。



 穏やかに夜が過ぎていく。明日への期待と目標を決めた遠山たちは部屋に戻り寝床についた瞬間、驚くほどすんなりと眠りに落ちた。





「ねっむ……」




 部屋に置いてあるメモ帳。羽ペンの先をインクに浸し、わずかなロウソクの火と窓から差し込む月明かりを頼りに、遠山がメモを書き終える。




「だいたいこんなもんか。……異世界、実際に異世界に来ちまうと考えること多すぎてやべえな。はー、ステータスオープンとか言えば見れるタイプの奴ならもーちょい楽だったんだけどなー」




 その辺のお約束は残念ながら当てはまらないらしい。それらしいものといえば、あの要所で現れる矢印とメッセージだけだ。




「信用しきるのは論外だが、完全無視も違う気するな。……まあ今日はもう寝よ、明日は冒険者ギルドかー、む、ふふふ。やべえ、冒険者ギルドって、もう名前だけでテンション上がるわ、寝れるかなこの感じで」




 ベッドで固まって眠る子供たちの寝息と、部屋の片隅で立ったまま眠るラザール。




「ま、悪くねーか、たまにはこんなのも」



 遠山も藁と布のソファに寝転んだ瞬間、がくりと眠りに落ちる。



 初めて探索に出た時の夜と同じく、自分がいつ眠りについたのかすらわからない深く、迷うような眠りに。



 ……

 …




 夢を見た。




 霧が立ち込める平原の中、何かがその霧の中で蠢いている。



 それはどこか懐かしいような気もするし、全く知らない何かのような気もする。




 そのもっと奥には灯りが見える。ゆらゆら揺れるカンテラの灯り。



 建物……




 気付けば、その建物を見上げていた。



 円形のガラス張りが印象的な建物。なぜかその建物は燃えていた。火の粉がぱちり、ぱちり飛んでいる。




 触れても熱くない。ふと、看板が目の前に立っていて。















『バ&#ルト€2・公文書館』




 その文字の意味を理解する前に、夢は唐突に終わった。


遠山のメモ


とりあえず今日から気が向いた時にメモをとることにした。わけわかんねー状況なのは変わらないが大事なのは自分が今、生きてて、ここが現実だってことだ。


生きてんなら、俺は欲望のままに進んでいく。だが気持ちだけで何とかなるほど人生は甘くねー。


状況整理と考えをまとめるために箇条書きで気になることと、いまわかってることをまとめようと思う。




・わかってること


1 ラザールとガキども。これは少なくとも俺の味方で仲間だ。身内な以上こいつらの欲望も全て叶えてやりたい。それはもう俺のやりたいことで欲望になっちまった。


2今の状況。あのエルフ、何言ってるかほとんどわからなかったし、もうあんま覚えていないが俺は生きてる、そう言った。心臓も動いてるし腹も減る、このメモ書いてる今も眠たくて仕方ねー。身体の感覚、そして何よりキリヤイバを使用した時の感じ。前の世界っていうとなんか変な感じするけどその時となんら変わんねー。まあ、あとは敵を殺す時の手応え。これも同じだ。夢や幻じゃあない、俺はたしかに生きて、続きの中にいる。そういうことにして今は納得しておこうと思う

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― 新着の感想 ―
とうとう米に手を出してきたアメリカにどう対応するかねぇー 国土に落ちないならと慣れてしまう国民性 
>国の真上にミサイルぶち込まれても遺憾の意で済ませるが、おそらく食料に手を出されたらマジで殺しにいく、そんな国でな 外国人による米転売に対してブチ切れ国民だらけの現在、マジで笑えない例えになりましたな…
[一言] ラザールの声は下記のどなたかであろう。 関俊彦さん 子安武人さん 緑川光さん 石田彰さん 諏訪部順一さん 妙に色気のある声とのことだからね。 異論はあるでしょうが、それはそれ。 とりあえ…
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