2話 メインクエスト【冒険奴隷 遠山鳴人】
〜??? 奴隷馬車3号車のホロの中にて〜
「……ウソだろ」
「どうした? ずっと眠っていたようだがアンタ、この状況でずいぶんと、その、肝が太いんだな」
【目標達成 "リザドニアンの奴隷"と会話する】
トカゲが喋った。また視界に言葉が流れて風景に溶けるように消えていく。
いつのまにか矢印も消えていた。
「矢印、消えた……」
「……どうやらまだ寝ぼけているようだな。うむ、その、もし、よければだが」
トカゲ男が懐から何かの包みを取り出す。紙? いや何かの植物の葉に包まれていたのは、茶色のふわふわした何か。
「俺が作っておいた黒パンがある。食うかい?」
どういうことだ、これ。
ダンジョンで死んだと思ったら同じ馬車に乗っているトカゲにパンを勧められている。
遠山がぼーっと、差し出されたパンを眺めて固まっていると
「……ああ、いや、すまない、リザドニアンが作ったものなど気持ち悪くて食えないよな」
しょんぼりした様子なのがはっきりわかる。
尻尾がへにょんと垂れて目尻が下がった表情は人間よりもわかりやすい。
「あ、いやいや、食っていいんならもらうよ。どうも」
ライ麦のパンだろうか? 遠山は差し出されたそれをパクリと口に放り込む。
もふり。少しパサパサしてるが良く噛むとほのかな甘みに生地の柔らかさがよくわかる。滋養の感じる味だ。
「……食った? 食ったのか?」
トカゲが目を丸くした。
「え、ダメだった? うめえな、好みの味だ。甘さ控えめで健康的、ライ麦か?」
遠山の言葉にトカゲ男が、あ、うと言葉を詰まらせている。
縦に大きく開かれた瞳孔が、黒パンをモグモグと頬張るその姿をじっと映していた。
「うまい、うまいのか、……そうか、そうか……」
顔を抑えてトカゲ男が下を向く。
渡したパンが惜しくなったのだろうか。肩を震わせるトカゲ男を見つめ、遠山はあることに今更気づいた。
「……あれ、てかなんでお前手錠外れてんの?」
「あ、ああ、連中安物使ってたからな。忍ばせておいたロックピックで外したんだ。荷馬車の中じゃバレないさ」
「ほーん、夢にしては設定がしっかりしてんな」
「おい!! うるせえぞ!! 静かにしてろ! 奴隷ども!」
ホロの向こうから下品な声が響いた。耳に響く大声に遠山が顔を顰める。
「……思ったより耳のいいやつもいるそうだな。獣人も混じってそうだ」
「獣人…… ほーん。あれか、異世界転生モノに最近ハマってたからそういう夢か。死んだ後に見る夢、いや走馬灯とはまた違うな」
死後体験? 花畑の中で死んだ家族が待ってるのが定石だが、家族がいないとこういう夢になるわけか。
遠山はなんとなく自分を納得させ、息を吸う。身体の感覚もまるで現実だ。何一つ朧気な部分がない。
「……アンタとは微妙に話が噛み合わないな。どこから来たんだい? 故郷は? 見た目的には帝国の東の出かな? 黒い髪と栗色の瞳は珍しい」
「あー、故郷? ニホン。ニホンのヒロシマだ、まあ物心ついた頃には施設暮らしだったからどこで生まれたかまでは覚えてねーけどな」
「ニホン……? "第二文明の大ニホン共和国"の話か? ふむ、アンタさっき冒険者の連中と大立ち回りしてたからな。頭でも打ったんだろう。……だけど、いい奴だな。リザドニアンとこうしてまともに話して、あまつさえ差し出されたパンを食べてくれるんだから」
「いや、逆だろ。パンわけてくれたアンタの方がいい奴だと思うけど」
遠山の何気ない呟きに、トカゲ男の動きが止まった。口を開けて、ポカンと、固まる。
がらら。車輪の一際大きな音。
馬車が止まったのだと感覚で分かった。
「……止まってしまったか。最期にいい思い出が出来た。ありがとう、旅人さん」
トカゲ男がどこか影のある笑いを浮かべる。
「え? 夢? なんだ、止まったってどう言うことだ?」
「……一巻の終わりってやつさ。ああ、偉大なる祖、そして清廉なる我らが天使に感謝を。最期の瞬間にあなたたちは俺に夢を見せてくれた」
「世界観が分からん、どういう夢だ。……夢にしちゃあ、なんか、なあ……」
祈り出すトカゲに遠山が頭を捻る。未だに状況が掴めない。
「おい!! さっさっと降りろ!! 目的地だ!! 妙な真似すんなよ!」
「スプーン、そこの馬車はあの男が入ってる馬車だ。ロン隊長からの指令ではあまり刺激するなって言われただろ?」
「うるせえよ!! ちんけなコソ泥リザドニアンに、お登りのヒューマン程度だろうが! ロンの野郎の肝っ玉がちいせえだけだ! おい、降りろ! 咬み殺すぞ! 奴隷ども!」
「……いくか。獣人は短気だ。癇癪で殺されかねん」
「お、おお、獣人……? トカゲ男の次は獣人…… えらくファンタジー気味な夢だな。異世界転生モノ読みすぎたなこりゃ」
立ち上がり、トカゲ男に先を促されるまま腰をかがめてホロの中を進む。
開かれた扉から外へ降りるーー
「ようやく降りてきたか、往生際が悪い! オラ! さっさと降りろ!! クソが!」
まじか。
トカゲの次は、犬みたいな男、犬男だ。
皮の胸当て、簡素なズボン、けむくじゃらだが身体は完全に人間、首から上は尖った口に、尖った犬耳。
犬ヅラ。だがあまり可愛くない。人間の嫌なところと獣の不気味さが合体した顔だ。
マジで、獣人。ファンタジーモノの獣人、そのまんまのやつがいた。
周りをよく見ると同じような馬車がたくさん停まっている、いかつい連中がそれの御者をして、荷台から人を下ろしていた。
「フラン、このひとたち、みんな……」
「エル、仕方ないでしょ? 塔は危険なんだから。彼らを使ってある程度モンスターの位置や危険地帯を把握しておかないと。みんながみんな塔級のような真似が出来るわけないわ」
近くの馬車の御者席から聞こえた綺麗な声、遠山がそちらをちらりと見て、固まる。
まじかよ。
ぴょこん。その女、頭の上についているあるモノに釘付けになる。
簡素で実用的そうな軽そうな革鎧、タイツのようなボトムス、西洋人風の整った顔、そしてーー
「猫耳…… マジか、いい夢すぎるだろ」
遠山の視線に気づいたのだろうか、小柄な方の猫耳がちらりとこちらを見て、気まずそうに目を伏せた。
え、どう言う反応?
「おい!! 早く一列に並べ!! お前はこっちだ!」
ぐいっと、肩を引っ張られる。しかし遠山はびくともしない。あまり力を感じなかったので引っ張られたことにも気付かない。
どこだ、ここ?
建物、洞窟?
遠山があたりの様子を確認する。広いホールのような空間、床や壁は人工物らしく磨かれている。所々に灯されたたいまつが光源みたいだ。
「な、に? なん、だコイツ、重てえ……?! おい、この、こっちだ! この!!」
いよいよ両手で坊主頭の男が遠山の肩を引っ張り、ようやく引っ張られていたことに気付いた。
「おっと、ああ、そっちね、へいへい」
「なん、だ、こいつ……」
気味の悪いものを見たかのように坊主頭の男がその場から立ち去る。
遠山は同じボロボロの服装をしている連中の方へと歩く。
歩きながら周りをよく見ると武器を揃えて武装している連中が多い。馬車に乗っている女も男も、武装しているのがいる。
「ここで待て!! 命令あるまで動くなよ! 奴隷!」
遠山がキョロキョロし続けていると、不意に声をかけられた。
「おい、てめえ、今さっきエル・フラン姉妹に色目送ってたよな?」
遠山よりも2つ頭ほど高い身長、上から獣の唸り声混ざりの言葉がふりかかる。強い獣臭とともに、
「え、なに? ヴっ?!」
いきなり鳩尾を殴られた。思わずその場に倒れ込む。
「次、舐めたことしてみろ。その耳、引きちぎって目を引き抜いてやる。奴隷風情が調子に乗んなよ」
髪の毛を引っ張られ、耳元で凄まれる。
けむくじゃらの獣ヅラ、酒臭さと獣臭さが混じる体臭。
夢とは思えないリアル。
だからこそ遠山スイッチは簡単に入った。遠山鳴人を"探索者"たらしめていた適性だ。
あと2回、ムカついたらコイツを殺そう。
「おい、スプーン、いいの入ってたな」
「ああ、あの奴隷、我らがお姫様たちに色目つかってやがったからな。猿野郎はどこでも誰にでも発情するから手に負えねえよ、ぎゃはは!」
遠山が、仲間と笑いながら背を向けて歩いていく犬男をじっと、見る。
仲間からチベットスナギツネに似ていると言われた細い目がじっと、自分を殴った犬男の背中を見つめていた。
「……おい、あんた、大丈夫か? 1番最悪な奴隷、冒険者の奴隷らしい扱いだったな…… "塔のカナリア"か」
手を貸して起こしてくれたのはさっきのトカゲ男だった。いつのまにか外していたはずの手錠を付け直している。手先が器用なのだろうか?
「いてて、冒険者…… あいつら、冒険者? あのギルドとかなんやらでわちゃわちゃするやつ?」
ファンタジー小説などでお馴染みのそれ。
遠山は割と簡単にそれを受け入れた。馴染みのある言葉だ。
「ああ、その冒険者だ。数ある奴隷の雇い主でも最悪の部類だ。……この感じ、おそらく塔への挑戦を許された1級、もしくは2級の徒党ってところか。カナリア奴隷とは……1番ロクな目に合わない奴隷だな」
「ほー、夢にしてはなんか複雑だな。いてて、それにしてもリアルだ。腹ぁ、殴られた感触もリアルでよお」
「……あんたが正気に戻ればもしや、とも思っていたがどうやら無理らしいな。どうやら2級の徒党が複数組んでいるみたいだ。……良い思い出を胸に覚悟を決めるとしよう」
トカゲ男はそれから俯き、黙ってしまう。なんか夢の割にマジに細部が細かいな。
遠山は何ともなしに、ざわつく周りに聞き耳を立てる。
馬車がどんどん後続から現れてちょっとした集団になりつつある。馬の匂いが少し、鼻についた。
回廊、馬車が何台も通れるのに屋内か。遠山はその場所にどこか懐かしい感覚を覚える。
ダンジョン、現代ダンジョン、バベルの大穴の中で感じるヒリついた感覚をここでも感じていた。
「アイリス! それぞれのメンバーに装備チェック!! 徹底させな! それと奴隷連中の要注意メンバーの引率を一度集めて! 特にあのアホ三兄弟! 今日は失敗するわけにはいかないよ!」
「ロン隊長はどこ? またお腹下したの? もう、あの人はほんとメンタルがミジンコなんだから、腕だけなら1級にも引けを取らないのに」
「各員、"サイクロプス"の出現予想の区間を再整理! それぞれの区間にまず"カナリア奴隷"を放って様子を見ます、奴隷の手錠に探査系の魔術式紋が入ってるか再確認しておいてください!」
「あの暴れた奴はどこの馬車だ? ああ、あの三兄弟んとこか。なら大丈夫だろ。中々頑丈な奴だったな。出会いが違ってりゃ冒険者になってそこそこ行けたんじゃねえか?」
「まあ、巡り合わせだわね。とにかく今日の仕事はミスは許されない。後もう少しで"竜の巫女"様も参られる、情けない所は見せれないよ、少しでもあの方の興を引かないと」
「"塔級冒険者"との狩り競争、ね。これさえうまくやれば俺らも一級の目が出てくる、やっと運が廻ってきたんだ、成功させるぞ」
うん、やっぱり、細かい。夢、夢だよな。
身体の感覚や着ているものを確認する。
粗末な布の服、腰に巻かれている布、粗末なズボンに、グダグダの革の靴。
トカゲ男と似たり寄ったりの粗末な服装。奴隷衣装のような。
「……なんかサウナの館内着をしょぼくしたような服だな、こりゃ」
「おい!! 無駄口たたくんじゃねえ!! ぶち殺すぞ!」
叫ぶ犬男、殺す、という言葉をあまりにも軽く扱い、弱々しい奴隷達を蹴飛ばしたりするその様子。
遠山はまたムカついた。
あと1回。
ボロ布の集団が冒険者達に追い立てられながら、動き始める、
遠山もぼんやりと流れに乗って前についていく。ボロ布の服を着せられている人間は皆一様に手首を手錠で縛られているようだ。
……どう言う夢だ、これ、ほんとに。
てか、俺、死んだよな?
あの化け猿の群れ突破して、一層デカい化け猿始末して、そのあと腹を抉られて、なんとかにげて、でも、ダメだったはずだ。
……そこから、どうなった? 誰か、が、何か言っていたような……
遠山が記憶を掘り起こそうとしたその時
「トカゲ!! てめえもさっさと歩け! 皮を剥いでサイフにしてやろうか?!」
またやかましい声が響いた。低く怒鳴る声、子供の頃にいた施設の職員が子どもたちに向ける怒鳴り声に似ていた。
「ああ、わかってるよ……ッブ?!」
「あ、ひでえ」
トカゲ男が、犬男に殴り飛ばされた。警告も何もなく、なんの遠慮もなく振われた拳。
暴力。自分がやるのは別として、他人が振るうのを見るのは気分が悪い。
それでも遠山はそれから目を離さない。
「偉そうな話し方してんじゃねえ、リザドニアン。許可なくしゃべるな、トカゲ野郎と同じ空気を吸うだけでも気分が悪くなる」
「……う、うう……」
地面に這いつくばり
「あ? なんだ、こいつ、まだ何か隠し持ってやがる…… なんだ、こりゃ、パン、か?」
「ほー、こりゃすげえ、ロン隊長の持ち物検査を潜ったのかよ。コソ泥にしとくにゃ惜しいなあ」
「リザドニアンが。汚ねえモン見せやがって。隠し持って食おうとしてたのか?」
「……違う、誰か、腹を空かせたらいけないと思って」
トカゲ男がよろよろと体を起こす、しゃがみながらも、犬男が投げ捨てた黒パンを拾おうとして
「あ」
ぐしゃり。
トカゲ男の目の前で、武装した犬男がそのパンを踏み潰した。
「ぶふ!! ギャハハははは!! おい! 聞いたかよ!! 誰か腹を空かせたらってよ!! 馬鹿が! リザドニアンの持ってたパンなんて誰が食うかよ!! 俺なら餓死寸前でもてめえが触れたもんなんざ舐めたくもねえよ!」
「……あ、俺の作った、パンが……」
トカゲ男が呆然と、踏み潰されたパンクズを眺めて呟く。
その呟きでさらに周りの連中の笑い声が大きく、大きく。
「作ったあ!? おい、お前ら聞いたかよ! リザドニアンがパンを作ったってよ!!」
「略奪と侵略しか能のねえ呪われた種族がパン作り!! 笑わせるなよ! 気持ち悪い!!」
「賭けてもいいぜ! てめえの作ったパンなんざ誰も食わねえ!! 気持ち悪くて吐きそうだ!! 奴隷ですら絶対にそんな気持ち悪いモン食わねえよ!!」
「おいおーい、あんまいじめんなよ、お前ら。まあ、トカゲヤローなら別にいいか」
「汚い、ちょっと、その奴隷あたしたちに近づけないでよね。鳥肌立ってきちゃう」
ぎゃははははははは
汚い笑いが渦巻く。
「……く、う」
トカゲ男が、うずくまり、丸まる。長い尻尾がくるりと身体を巻いていた。
粗野な男たちの嘲り、罵倒、汚い言葉が、広い回廊に響き渡り続けた。
周りの誰1人それを咎める奴はいない。
同じボロを纏った奴隷と呼ばれている連中さえ、どこかニヤニヤとした笑いをその口に浮かべてさえいた。
「あ?」
「お?」
「なんだあ?」
その笑いを止めたのは、ある奴隷だ。
ふっと、列からはみ出て、静かにその耳障りな笑いを響かせる奴らのもとへ現れた。
遠山鳴人が、その笑いを止めた。犬男たちは笑いを止めて急に現れた奴隷を見つめていた。
「もったいねえ」
パンを、拾った。
踏み潰されてもまだきちんと形が残っていた。いいパンの証拠だ。
手錠で縛られた手、指先をプラプラ揺らし、可能な限り埃を払って、そのままそれを口に放り投げる。
「…………え?」
「…………あ?」
踏み潰されたパンを遠山鳴人がひょいと拾いそのまま食べた。
もぐり、もぐり。じゃり。
砂まじり、埃まじり。
それでも呆気に取られた犬男たちのツラを見ながら食べるパンは悪くなかった。
「美味え」
遠山が、げふっ。ゲップをかます。
「て、てめえ!!! 何勝手に動いてやがる!! 奴隷が!!」
「こ、コイツ、汚ねえ、リザドニアンが作ったパン、食いやがった」
「黒い髪に栗色の瞳、1番暴れてたやつだ!ロン隊長が押さえつけた奴隷だ!!」
一気に逆立つ毛、犬男たちが唾を飛ばして叫び散らす。
「あ、あんた……」
「トカゲ男、まだパンあるのか?」
「え、あ、いや、今ので最後だ」
「そうか、じゃ、また作ってくれ。美味かった、金は今度払う」
「あ、あ、ああ。いや、アンタ、なんで、大丈夫なのか?」
「まあこの量なら腹は壊さんだろう、それより」
遠山は、トカゲ男の前に立ち、絡んできていた犬男たちを眺める。
まただ、また矢印。犬男たちをフヨフヨ浮かぶ↓が指している。
1、2、3匹。
武装、手斧、腰に刺した剣、背中に引っ掛けているデカイ槌。
軽装、毛皮が分厚いから余計なもんがいらないのか? 夢のくせに設定がこまけーなー。
遠山は呑気に、そいつらを眺めて定めた。
「何勝手に話してんだ!?! また痛めつけられてえのか!! 奴隷!! 俺たち冒険者を舐めてんのか!? 2級の徒党だぞ!」
「もう少し痛めとこうぜ、どうせサイクロプスを誘き出す餌なんだ、足や腕折っておいてもいいだろ」
「ロン隊長にはまたコイツが暴れたからっつとこうぜ!! 舐めた真似しやがって!!」
「おい見ろよ、あの兄弟がまた奴隷に絡んでやがる」
「スプーン、あんま殺すなよ! そいつらにだって経費かかってんだからなー」
周りの人間。
武装している連中は止めようとはしない。面白い見せ物が始まった、といわんばかりにヤジやガヤを飛ばし始める。
下卑たヤジ、耳に響く口笛。
「うざいな、こいつら」
"仕込みは既に終わっている"
皆殺しにしてやろうかと遠山は一瞬考えたが、アレを使用した後のぶり返しを考えてそれを抑えた。
「民度が低い、おまけに練度も低そうだ」
「ごちゃごちゃ何言ってんだ!! 奴隷!!」
「おーい、おいおい、俺聞こえたぞー! なんかそいつ、お前らのこと雑魚とか言ってたぞ、スプーン、マクロ!」
「ぎゃはは! 奴隷にバカにされてんじゃねーか!」
「あーあ、あの奴隷死んだな」
周りの武装した男たちのヤジに犬男3人がキレ散らかす。
「このやろう、は? 奴隷が俺たちに舐めた口たたいたってのか?」
1番手前の犬男がずかずかと近づいてくる。牙を剥き出しにして、腰に刺してあった剣を引き抜いていた。
「痛い目にあってもらうぜ、ヒューマン。俺はなあ、てめえみたいな奴隷が好き勝手に調子乗るのが我慢ならねえんだ」
犬男が、手斧の峰、それをハンマーのように遠山に向けて振り上げて。
「3回目」
「「「あ?」」」
遠山の呟きに犬男たちが同時に間抜けな声を上げた。
「3回目だ、お前」
遠山が、凄む犬男たち、自分よりも頭2つは身長の高いそいつらを見上げた。
「人のこと殴る奴は悪い奴だ。食いもん粗末にする奴はクソだ。人の作ったものを踏み躙る奴は怪物だ。……俺は探索者だからな、怪物は殺すぞ」
コイツらよく見ると、あの時の猿どもと似たような雰囲気するな。
本格的にムカついてきた。
遠山が通告を犬男たちに告げる。
ぽかんと、犬男たちがそれぞれの顔を見合わせてーー
「「「ぎゃははははははは!!!」」」
大笑い。一気に噴き出す。
周りのヤジを飛ばしている連中も同じだ、最高に面白く、そしてマヌケをみた。そんな下品な笑いがホールに響く。
「おいおいおいおい、聞いたかよ! アイツ、死んだわ」
「ぎゃははは! アイツら、冒険奴隷にあんな態度とられてやんの!」
「お、お姉ちゃん、あの人、殺されちゃう」
「エル、もう見るのはおよし。まあ、バカどものガス抜きに1人の奴隷で済むのなら安いものさね」
好き勝手宣う連中、"冒険者"とやらを遠山は顔色1つ変えずに、観察する。
そして、やれる。そう判断した。体付き、腕は太いが腹が突き出ている奴が多い。
動作、顎をあげて背筋がフラフラしてる奴がほとんど。
どれを見ても、2流、いや3流と判断した。
獲物の品定めを静かに終えて、遠山がその準備を始める。誰も気付かない、その奴隷がその身体に忍ばせている兵器のことに。
「人生をなるべく豊かに生きる方法は沢山ある。俺の場合は1つのルールに従うって決めたあんだ」
「なんだ、コイツ、気持ち悪ぃ、おい、何か聞こえたかよ」
「俺は俺のやりたいことをやる、欲しいものを手に入れようと努力する。自分の願いに正直に生きる、俺は俺の欲を裏切らない。それだけは、決めてんだよ」
「いいや、怖くて頭いかれたんだろ。やっちまおうぜ!」
「それは夢の中でも、変わんねー。ムカつく奴をぶちのめしたいっつーのも、欲。俺の欲望だ」
遠山は言葉を止めない。目の前で殺意をわかりやすく膨らませる犬男たちに向けて、淡々と言い放つ。
「俺は俺の欲望のままに。そーゆーふうに決めてんだよ」
「何いってんるでちゅかー? ぎゃは、冒険奴隷、恐ろしくて頭おかしくなったか? ほれ、ほれ、殺せるもんなら殺してみろよ、ほれ」
犬男の1匹が、手錠をはめられている遠山に対して顔を差し出すように戯ける。
「俺らのうち、1人の顔を殴れでもしたら逃してやってもーー ……あ?」
ぺちゃ。
犬男の言葉が止まる。
遠山が至近距離で吐いた唾が、けむくじゃらの顔から垂れていた。
今の遠山の欲望は1つ。
「ケモノ臭えんだよ、シャワー浴びてこい、タコ」
コイツらを永遠に黙らせることだ。
「こ、コイツ、唾を!!? 猿野郎!!」
遠山に向かって振り下ろされた手斧。バカらしく手だけは早いようだ。
遠山は両手を手錠で縛られて丸腰状態。
トカゲ男が、新たな暴力の予感にまた目を覆ったーー
ジャリリリリリリ!!
「あ?」
手錠、左右をつなぐその鎖で遠山が振り下ろされた手斧の一撃を滑り、絡め取るように受け止め
「な!?」
「安物だな、こりゃ」
ばきり。簡素な作り、粗末な素材の鎖が千切れる。
遠山鳴人の、"上級探索者"の両腕が自由になった。
「あ、ぎゃ?!!」
結果的に空振りした一撃、すきだらけの犬男。
指を2本、そのまま犬男の目に突き刺す。目潰し。
悲鳴、呆気に取られる他の獣人を尻目に悲鳴をあげる犬男が、手斧、自分の獲物を手から滑り落とした。
「武器手放すとか、お前ド素人か?」
そのまま手斧を遠山が拾い、当たり前のように振り下ろす。
ぐしゃり。脳天へ振り下ろした刃が簡単に頭蓋を砕く。
見た目よりもこの頭蓋、毛皮、骨は柔らかかった。
「1人」
「は、べ?」
どかっと、白目を向いて血を流しながら、倒れるそれを蹴り飛ばす。
まだ、取り巻きは呆気に取られて動いていない。
簡単すぎる、怪物種の群れの方が何倍も手強い。
「あ、ヨイショ」
「ぅア?」
踏み込み、手斧を振り上げる。容赦、加減、一切存在しない。遠山鳴人はそういう人間だ。
ぶん! 空を裂く手斧の一撃。2人目の獣人、ズボンの下、股間に向けてゴルフスイングのように振り上げる。
キン。
何かを潰した。
「べ、べべ、べ」
あぶくを吹きながら2人目が倒れる。
「あ、は、はぁ?! お前ら、どうして、なんで!? 奴隷があああ!!」
「お、お前、さっき俺の鳩尾とトカゲさん殴ったやつか。リベンジするわ」
「ああああああああ?!!」
ようやく、事態を理解したのか。最後に残った犬男が剣を振りかぶる。
仲間を殺した奴隷をたたっきろうとしてーー
「ぶ、え?」
脇腹に、手斧が食い込む。大ぶりすぎるその剣の振り方は容易に遠山鳴人の脇腹への攻撃を許した。
「痛くても止まんなよ。気合い見せろ、気合い」
ぶるぷると痛みで体をくの字に曲げる犬男。
ぱしり。
「あ」
「目には目を、みぞおちにはみぞおちを」
ぶっつ。
犬男の力の抜けた手から剣を遠山が奪う。あとはもう雑にそのまま剣先を犬男のみぞおちにねじり込んだ。
「え、ぶ」
「死ね、タコ」
そのまま、さらに剣の突き刺さった腹へ前蹴り。
もちろん剣は杭のように蹴りによって打ち込まれ、更に犬男の鳩尾に食い込む。
「ぎゅぶ」
潰れたカエルみたいな声を吐き出し、犬男が仰向けに倒れる。バタバタと手足を暴れさせていたが、すぐに死んだセミみたいに固まって静かになった。
あっという間に、3人死んだ。
探索者が、冒険者を3人殺した。
「武器はよく手入れしてんじゃねえか。でも手斧か。いまいち中途半端で好みじゃねえんだよなあ」
からん。
役目を終えた手斧を投げ捨てる音が大きく、広く、響いていた。
【オプション目標達成 冒険者を始末する】
【メイン目標更新 冒険者の包囲網から逃げろ!】
目の端にまた、メッセージが。
ははん、なるほど。これ、結構便利だな。
遠山が視界に映る、フヨフヨ浮かぶ矢印が示す先を眺めた。
<苦しいです、評価してください> デモンズ感
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