19話 汝、その強欲をいだいて率いよ
「待ってくれ、頭が追いつかない…… シエラ・スペシャル? 筋肉ゲキ強ジジイ? それに、ドラ子? 待て、俺は頭がおかしくなったのか? その、ドラ子とは、蒐集竜のことなのか?」
目の前で、ラザールが額に手を当て唸っている。
ジロジロ見つめてくる浮浪者を睨みつけて散らしつつ、遠山とラザールは屋台広場に場所を移していた。
「おう、ドラ子。アリスって名前は恥ずいらしいぞ、いい名前だと思うけどな」
遠山が廃材のテーブルに頬杖ついて呟く。
そういえば手紙がどうのこうの言っていたが、住所不定無職のこの状態では無理そうだ。まあ、竜だし気は長いだろう、多分。
「我らが偉大なりて大いなる歯よ、俺は頭がおかしくなりそうだ…… 蒐集竜から逃げおおせるだけでも奇跡なのに、それを倒し、あまつさえ友人、しかも名前呼び……」
「お、おいおい、ラザール、大丈夫か? 頭痛いんか?」
ラザールが頭を抑えて机に突っ伏す。頭から生えているトゲが机に刺さらないだろうかと少し遠山は心配した。
「あ、ああ、すまない。こうも簡単に自分の常識が壊されるとはね…… まあ、アンタが嘘をつくとは思いにくい。信じるよ、ナルヒト」
ため息つきつつ、ラザールが頷く。
「そーか、まあざっと、こっちの状況はそんな感じだ。早めに合流できてよかったぜ」
「まったく、アンタはほんとにめちゃくちゃだな…… まあ、だがこうしてまた会えてよかったよ、必死で身を隠していた甲斐があったというものだ」
身を隠していた、やはり苦労をかけていたらしい。
「それだ、ラザール。俺は話した、次はお前の番だ。ありゃどーいう仕組みだ? 影がモワーッてよ」
明らかにラザールのアレは異常だ。
普通の人間が出来ていい芸当じゃない。いや、普通のトカゲ人間が出来ていい芸当じゃない。
「……俺からすればアンタの霧の方が気になるんだが…… アンタは命の恩人だ、そんなアンタに隠し事をこれ以上続けるのは、我らの祖に恥じることになるな」
しゅー、とラザールが息を吐いた、ため息の音がユニークだな。遠山は頬杖ついたまま呑気に対面に座るラザールを見つめる。
「あれは俺の"スキル"だ。影の中に身を隠すことが出来るものでな。あの中でグースカと寝ていてたらアンタの霧に燻り出されたわけさ」
「スキル……? そういやルカもそんなこと言ってたような」
ルカを追いかけていたときのことを思い出す。捕まえる寸前、スキルなんたらかんたらとか言っていたような。
スキル。なるほど、そういうのがあるパターンの異世界か。いいね、嫌いじゃない、そういうのでいいんだよ、そういうので。
遠山はポカーンと口を開けつつ、頭の中で情報を整理する。
スキル、とやらを使える人間がいる、と。
「おい、待ってくれ、なんだその顔は? アンタのその霧もスキルなんだろう、はじめて聞いたみたいな顔をしてるぞ」
「あー、いやまあ、なんだ。一般教養としては履修済みなんだが実際、その他人が口にしてるとこに遭遇するのはじめてでなあ。俺の故郷でスキルとかどーとか言い出したら多分、暖かい目で見つめられちまう」
「……なんだ、それは? まあアンタにも事情があるんだろ? 深くは聞かないよ」
ラザールがあたりを見回し、机に身を乗り出し声をひそめた。
「だが、信じられないな…… はは、まさか蒐集竜に見初められ、あまつさえ自由を許されるとは…… ああ、愉快だ」
「ラザール、ドラ子はアンタのことも評価してたぞ。帝国中がアンタを探しても、見つからなかったって」
「はは、まあ、唯一の取り柄でね、逃げたり隠れたりするのは得意なんだ…… だが、よかった。この1ヶ月、隠れ続けた甲斐があった。俺が捕まることでアンタに迷惑がかかったらどうしようかと、それだけが気がかりだった」
「おお、1ヶ月…… まて、1ヶ月? いやいやいや、お前と別れてから1時間も経って…… いや、待て、ドラ子もそんなこと言っていたような」
今更ながら、そのタイムラグに気づく。
ドラ子をぶちのめし、ワニジャクシから逃れて、怪しいエルフ女に出会ってからは体感では1時間ほどしか経っていないはずだが……
「ふむ、塔の中では時間が捻じ曲がった場所もあるという。そこでは過去に生きていた人間と出会ったり、逆に未来を生きる人間とも話せたりするようだ、アンタ、そこに迷い込んだんじゃないか?」
「おいおいおい、バベルよりも魔境じゃねーか。下手したらウラシマ太郎ってか? 笑えねー」
当たり前のようにラザールが告げるやばい真実。
科学は残念ながらこの世界では無力らしい。
「ウラシマが何かは知らないが、事実、200年前の大戦の折に消失した物品や副葬品が見つかることもあるからな。塔はだからこそ、この国にとっての重要な場所でもあるのさ」
「なるほど、読めてきた。だから、冒険都市ってわけか」
バベル島と同じ理屈だ。
やばい場所にはしかし、財宝が眠る。時代も世界も関係なく、人は宝と危険に惹かれるのだろう。
炎に向かう蛾のように。
「はは、まるで帝国に来たのが初めて、いや、常識を知るのがはじめてと言った様子だな」
「案外そうかもしれねえぜ、ラザール。どうする、俺が別の世界からやってきたって言ったらよ」
ラザールの言葉に遠山がニヤリと笑う。さて、どの辺りまで自分の来歴を話すべきか。
会話の中でそれを探っていこうとしたところ、
「関係ないな」
「お?」
意外な言葉。しかし、それは頼もしく。
「関係ないさ、ナルヒト。アンタはいい奴で俺の命の恩人だ。それだけわかっていればたとえアンタが何者だろうと俺の信頼は変わらない」
「ほ、ほーん」
少し、照れる。なんだかんだ遠山は友達が少ない。面と向かって褒められることに慣れていなかった。
「……だが逆に問おう。気にならないのか? 俺のスキル…… 俺の、過去のことややってきたこと」
「ひひひ、ラザール、そりゃねえよ。お前が俺のことを気にしないって言ったのに、俺だけてめえの前歴気にして詮索なんて、ダサい真似出来るかよ」
ラザールの言葉を笑う。やはり、このトカゲはいい奴だ。
「……それがカラスに追われるようなことだとしてもか?」
笑う遠山に、ラザールの声が低くなった。
「カラス?」
恐らく文脈的に、鳥のあれとは違うだろう。
遠山が聞き返す。そうだ、確かリダたちとの会話でも出てきていたはずだ。
カラス。犯罪者ギルドーー
「ああ、この1ヶ月、俺が追跡をかわしていたのは帝国や冒険者、そして教会騎士だけではないんだ。カラス、俺は奴らにも追われている」
ラザールの表情が暗くなる。後悔と、不安。それが入り混じる表情。
縦に避けた目は細まり、尻尾がくるりと丸まっていてーー
「あ、そうなんか。まあ、そんなことよりよ、ラザール、お前の夢の話だが」
あっけらからん。遠山が言葉を右から左に受け流す。
「ああ、気にするのも無理はーー ……まて、ナルヒト、今、アンタ、ものすごい軽く流さなかったか? 聞いていたのか?俺の話を」
ラザールが目を剥く。ありえない、といったように。
「あー、なんかカラスがどうのこうのだろ? 聞いてたよ。ルカやリダもカラスがうんたらかんたら言ってたな。気にした方がいいのか?」
実感がないのと、遠山はすでにラザールを抱き込むことを決めていた。
だから、竜にも挑み殺したのだ。
今更、ラザールの過去や、トラブルなどは遠山の決定を変えるに値しないものだった。
ラザールが、ぱちくり、ぱちくり、目を瞬かせ、それから
「ふ、はははははははは!! ああ、これはいい!! アンタ、ほんとに大バカかあるいは大物だな! そうか、そうだよな。そりゃそうだ! 竜を恐れぬアンタが、カラス程度恐るわけはない! ははははは!」
周りの人間がギョッとするほどの声量。
トカゲが大口をあけて、腹を抱えて大笑い。
「おお、ラザール、アンタそんな笑うこともあるんだな」
「ふふふふ、心底愉快だったからね。だが、フェアではないな。ナルヒト、俺の過去を気にしないと言ってくれたアンタに、俺は誠実でいたい。だから、聞いてくれ」
腹を抱え、眼を拭いながらラザールが居住まいを正す。
遠山も頬杖をやめて、椅子に座り直した。
「あ?」
「俺は"王国"の出身だ。あの国で俺は、"シャドウ・トゥース"と呼ばれていた」
「なにそれかっこいい」
いいなあ。そういう通り名。
おれ、"カナヅチの遠山"とかいうセンスゼロの呼び名だったなあ。なんだよ、カナヅチって。それただの泳げない人じゃん。
上級探索者試験で一緒になったあの灰色髪のイケメンのことをわずかに思い出す。
アイツがつけたあだ名は一気に広まっていた。まあ、悪い気はしなかったが。
「……やはり知らないか。帝国にもその名前は広がっている筈なんだがな。……ナルヒト、俺は薄汚い、呪われた犯罪者だ」
「へえ」
ラザールの言葉に遠山が短く返事をする。
「盗み、脅迫、殺し、詐欺、誘拐…… およそ社会において悪と呼ばれることは全てやった。荒れた王国の風土や、種族への差別を言い訳にすることはない、俺は自分で選び、悪事を仕事として行ってきた」
縦に裂けたラザールの爬虫類の目。
それが写しているのは、今か、それとも過去の記憶か。
「才能もあった。俺は影に愛されている。天使の眷属の1人、"悪事のフローリア"、俺は彼女の口づけを受けている、そう持て囃されていた」
ラザールの指が、こつん、こつんとボロテーブルを規則的に叩く。
「お、ファンタジーぽいな。それで?」
「……王国は帝国よりも貧富の差が激しい。俺の種族は過去の過ちから人類国家の全てで迫害の対象になっている。まともな職どころか都市部では住む場所すら与えられないのが普通だ。……長い内乱、募る不和、俺の才能を発揮するに王国は最適な場所だった」
「ふーん」
リザドニアン、だったか。確かに周りの連中の反応や会話の内容をおもいかえしてみると、どこか差別的な印象があるのは間違いない。
「アンタ、ほんとに理解しているのか? 俺は、俺は他人を傷つけて生きてきた悪党なんだぞ」
ラザールが心配するように遠山に語りかける。
遠山はその様子がおかしくて、おかしくて。
「ひひひ」
笑いを止めることが出来なかった。
「何がおかしい?」
「いや、悪い。悪党がよ、いちいちそんなこと他人に言うなんて、偉い律儀な悪党もいたもんだと思ってな」
だめだ、やっぱこいついいやつだ。遠山は自分の見立てが間違いではないことを確信する。
「そ、それは、アンタに不義理だと」
「それだよ、ラザール。俺がアンタを気に入ったのはそれだ。不義理、ラザール、この世には不義理を不義理とも思わないたまたま人間の形をしてるだけの化け物がうじゃうじゃいる。……アンタは違うよ、ラザール」
はっきりと言葉を伝える。
「な、ナルヒト……」
「他人を傷付けて、か。それを言うなら俺もだ。俺は自分の欲望のために命を殺して金を稼いできた人間だ。化け物を殺した、あいつらだって生きるために人を食うだけだ。そのただ、生きてる命を俺は踏み潰し、自分の欲望を満たすための仕事にしていた」
そこに後悔もなく、遠山は全てをたのしんでいた。
「俺とアンタ、違うのは1つ。後悔してるかどうか、だ。俺はしていない、何も後悔することなどない。だが、別にアンタが昔の悪事を後悔することを責めてるわけでもない」
「ど、どういうことだ?」
ラザールが困惑している。ただ、尻尾だけは忙しなく動いていて。
「結局俺らに違いはねーってことさ。ラザール、俺は知っている、アンタが他人にメシを食わせてやろうとする人間だということを」
あの馬車の中で。
「アンタは自分の命と引き換えでも、土壇場で他人を裏切らない人間だということを」
あの塔の中で。
ラザールは、常に遠山に証明してきたのだ。その隠しきれない善性を。
それはもう遠山鳴人の欲しいものになっていた。
「例え世界の全てがアンタを悪人だと、呪われた咎人と貶めようとも、俺だけは知っている、アンタがいい奴だということ」
だから、言い切る。それは誰に覆すことの出来ない事実。
「アンタのことを悪人だと誹る奴は俺の敵だ、世界全てがアンタの敵になろうと、俺だけは味方だ。俺はもう、そう決めている」
だから、決めた。その為ならば敵を殺すことを。
「な、なんで、そこまで」
「ーー湖のほとりに家を建てたかった」
その言葉は光景。
遠山鳴人の間違いない最期の瞬間に浮かんだ願いの光景。
「そ、れは……」
「俺が最期の瞬間思ったのはそれだった。そしてあの時、アンタが最期に口にしたのもそれだった。ラザール、俺たちは恐らく幸運だ」
「幸運?」
「死ぬ瞬間、ここが自分の最期だと覚悟したとき、いまわのきわの最期の言葉。その景色、死を前に思う光景を共有出来る人間と出会える奴が、いったいこの世に何人いる?」
「あ……」
ラザールが目を見開く。遠山の茶色い瞳がそのトカゲヅラを映す。
「俺は決めた。今度こそ、俺は湖のほとりに家を建てる。金を稼ぎ、敵を殺し、欲望を叶える。それにはアンタが必要だ。俺と同じ、欲望の光景を持つアンタという相棒が必要なんだ」
もう2度と、終わらない。
ここに続きがあったのだから。
「だからラザール。俺はアンタの味方だ。そしてアンタも俺の味方だ。約束通り、話をしようぜ、俺たちのこれからの話。そしてたどり着くべき欲望の話を」
今度こそ、必ず辿り着く。
欲望のままに、欲しいものを手に入れる。それが遠山鳴人の全てだ。
そこには、このトカゲ男が、このお人好しがどうしても必要なのだ。
「……俺みたいな男が夢を見てもいいのだろうか」
「いい」
縦に裂けたひとみが、揺れる。
「俺が傷付けた人々はそれを許してくれないだろう」
「俺が許す」
トカゲ男の声が、水気を帯びる。
「……アンタに迷惑をかけるぞ」
「俺はお前の3倍は迷惑かける自信がある」
ぽたり、ぽたり。
廃材のテーブルに、雫がおちて、染み込んだ。
「は、はは…… ジョーヤニヲコクウコ。ああ、歯よ。貴女が俺たちを創り出してくれたことを感謝する」
不思議な言葉を唱えた後、ラザールが胸に手を当てて俯く。
何かへ祈りを捧げながら、静かにその目には涙を湛えて。
「お、おいおい、泣くなよ! 勘弁してくれ、何か気に障ったか?」
「いや、いや、逆だよ、ナルヒト。……こんな言葉をかけられたのは生まれて初めてだ、俺は生きてて、よかった……」
「ラザール……」
ラザールの気持ちが遠山にはわかる。
生きるというのは、やはり辛いことだ。暗闇に進めなくなる時もある。よく、知っている。
「……改めて、ナルヒト。答えさせてくれ。ああ、そうだ。湖のほとりに店を建てたかった。これが死を前にした時に現れた願いで、俺の夢だ。俺も噛ませてくれ、ナルヒト。君のその強く、そして強欲な夢に俺も賭けてみたい」
「ひひ、ラザール、いいツラんなったじゃねえか。これは契約だ。俺の欲望とアンタの夢は重なっている。俺たちは生きる限り、それを追い求める。己の全能力をかけて、そこに辿り着く。一抜けはなしだ。死ぬことも許されない」
ここに、しかし、2人が揃う。
同じ強欲の景色を共有する冒険奴隷が2人、再会したのだ。
「望むところだ。我が祖、偉大なる祖にかけて誓う。アンタの欲望が俺の夢。必ず、俺たちの光景に辿り着くことを約束する」
もう2度と、道を誤ることはない。
進むべき道を見失い、過去に悩んでいた影に愛されし牙は、彼方よりやってきた強欲に見出されたのだから。
「イェース、交渉成立だな。こーゆーときは酒でも酌み交わすのが俺の故郷の習わしなんだが、あいにく金がねえ」
遠山はえらく軽くなってしまった革袋を揺らす。
調子に乗って使いすぎた感は否めない。
「おっと、それならいいものがある」
ニヤリと、ラザールが笑う。
「ラザール、これは?」
ニヤリ、遠山も笑う。
「天使教会謹製のハチミツ酒、その名も"天使のくちづけ"、まあ、なんだ、冒険都市にも俺のセーフハウスがあってね。そこから持ってきたシロモノさ。どうだい、俺たちの夢の始まりを天使のキスに祝福してもらうのは」
「ひひひ、ラザール、アンタ結構キザだな」
「アンタに言われたくないよ、ナルヒト」
チベットスナギツネのような細い目が歪む。
爬虫類特有の冷たい瞳が、細められた。
2人の凶相が、ニタリ。
その笑顔は不思議なことによく似ていた。
ラザールが2つの小さな盃を懐から取り出す。
どちらともなく、その琥珀色の液体が揺れるビンに手を出して伸ばしてーー
「お、にいさん!!」
痛々しいほど、弱く、しかし通る声だった。
「んあ?」
「おっと?」
ビンに伸びかけた手が止まり、遠山が目を丸くする。
その声の主を知っていたから。
「ニコ?」
「おねがい……! おにいさん、お願い! リダが、ルカが、ころされちゃ……う」
ボロボロの姿、目に青あざを持つニコがよろめきながら地面に倒れた。
「いかん!」
ラザールが慌てて少女に駆け寄る。遠山は立ち上がりその光景を見ていた。
ピコン
メッセージが世界に踊る。
【サイドクエスト】
【"汝、その強欲をいだいて率いよ"】
【クエスト目標 子供たちの運命を決める】
「…………なんだよ、それ」
ずきり。
遠山の頭が痛む。痛めつけられたニコと、幼い頃に別れたけむくじゃらの友の姿がどうしようもなくーー
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<苦しいです、評価してください> デモンズ感
次回大暴れ回、お楽しみに!
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