15話 メインクエスト(BADエンド仕様)
「うお、これ美味えな。なんの肉だ?」
灼熱の温泉から生還した遠山。
招かれた食事、クソでかテーブルの上には銀色の皿に載せられた食事がいくつも。
「ふかか、だろう? ファノン、我がメイド長の作る料理は帝国広しといえど五本の指に入ろう。この肉は都市の壁の外、平原地帯にたまにしか現れぬ"七面豚"から数百gしか取れぬ希少部位なのだ。うむ、美味い」
絶妙な焼き加減のステーキ。初めて聞く生き物の肉だが、美味い。
「これは、黒胡椒に、ナツメグ、グレービーソースにはワイン混ぜてんのか? 醤油なしでもここまでコクが出るのは肉汁が美味いから?」
溢れる肉汁の中に感じる香辛料の味。
熱々の肉の脂に溶け込んだスパイスの刺激と脂自体のまろやかな味が混ざり合い、飲むように食べることが出来る。
かけられているソースも深い味わいで飽きが来ない。少しフルーティーな味は、肉ととても相性が良かった。
「む、むむ? すまんがオレは料理の製法まではーー」
「おめ、お目が高いです、友人さま。……お嬢様や執事を始め、この屋敷の方は基本、食材の良し悪ししかわからないのに! 調味料などにお詳しいのですね!」
そばに控えていたメイドさんがぐわりと前に出てきた。
「おおう、すごいキラキラした目。……良かった、味覚の好き嫌いは同じみたいだな」
遠山は心配ごとが1つ消えたことに内心胸を撫で下ろす。食事の嗜好が全く合わないことが不安だったのだ。
「お口にあってなによりです。この胡椒は、"王国"の一部地域からしかとれない希少な香辛料でして…… よよよ、仕入れるのにもそれなりに苦労しているのです」
「待て、メイドさん。もしかしてこの黒胡椒、かなり高かったりするのか? いや、黒胡椒だけじゃない、香辛料、えーと伝わるか? こういう香り付けの為の乾き物なんだが」
おっと、まずいな。スパイスの類がもし貴重品だった場合、この味もごく一部の富裕層しか味わえないものになってしまう。
「お料理に相当おくわしいとお見受けしました! 友人どの! ええ、ええ! そうなのです! 当大使館で使われる1週間分の香辛料でおそらく、冒険都市の貴族地区以外でしたら家を建てることが出来るほどの金額です!」
そしてその嫌な予感は当たっていた。ドラ子は恐らく状況や、周囲の反応から察するにこの世界ヒエラルキーの中でも相当上位の存在だ。
故に食べられるこの味。
つまり、遠山が生活基盤を整える中、普通の市民の生活水準だと食事が合わない可能性がまだ存在しているということだ。
非常にまずい。メシがまずいのはつらい、辛すぎる、耐えられない、死んでしまう。
「……なるほど、産地が少ない、いや、航海技術の関係か? メイドさん、もし知ってたらでいいんだけどこの胡椒やら香辛料やらの産地と、この街? はどれくらい離れてる? 輸送の手段は?」
ニホン人として譲れない食へのこだわりが、遠山を行動させる。ついでにこの世界の技術やら地理やらも学ぶために会話の中から探ろうとして
「距離、までは細かいことは分かりませんがー、仕入れ先の商人が言うには海路にて1月から3月ほどかかるとのことですねー。モンスターに襲われるかどうかでも日程が変わるとぼやいていましたし」
「モンスター…… まて、まさか、あの塔以外にも怪物が出る、ってことか。なるほど…… さすが異世界」
オタク知識と地頭の回転を合わせ、仮説立てる。
技術レベルはつまり、現代の基準に合わせれば大航海時代前。所々、中世とルネサンス期にも似ている部分もある。
あの大浴場も恐らく富裕層ゆえの施設だろう。
まずいな、庶民レベルの生活だとメシと風呂、あとトイレがどうなっているのかすげえ不安。
遠山が現代生活において確保された生活面の一定水準のことを心配しはじめていたところ、
「1つ、よろしいですかな、友人殿」
「へい」
「貴方様、何者にございますでしょう? 一般常識を知らないにしては、その、妙に教養があるといいますか。……先程、故郷は遠い、と申しておられたが、生まれはどちらに?」
執事からの質問。
遠山はすぐに答えることはしない。
「……その前に聞かせてくれ。この国に、異世界、転移、この辺の言葉が禁句になってたりとか、あとはそうだな、魔法とかで違う世界から人間を呼んだりする儀式があったりしねえか?」
そろそろ色々なことを考えていかなければならないだろう。
だがオタク知識が伝える。ここは慎重に対応するべきだと。
「いせかい? ま、ほう? ナルヒト、それはなんだ?」
「……失礼、お嬢様、ギルドからの情報だと友人殿は冒険奴隷に身を落とす前、冒険者と戦闘になり、頭を打たれているとのこと、……ここは話を合わせてあまり刺激なさらないほうが」
「うう、くろうしてきたんですね、友人どの。おかわりもありますので、どうぞ」
「おいコラ、竜グループ。可哀想な人扱いしてんじゃねえ」
生暖かい視線を向けられた遠山が文句を言う。
だが、今の反応で可能性が絞れてきた。
異世界転生、転移のお約束、その1。
世界の常識として異世界を認識しており、また国単位で異世界から人間を呼び寄せているパターン。
今回はそれには当てはまらない。つまり、今の遠山の状況はこの世界においてもイレギュラーというワケだ。
「下手に異世界やらなんやら言わない方が良さそうだな。頭の愉快な人間扱いだ……」
だとすると、適当にカバーストーリーを作らなければならない。それにはマジでこの世界へのある程度の理解が必要不可欠だ。
「む、ナルヒト、すまぬ。話しにくいことを聞いたな。良いのだ、オレはナルヒトが何者であろうと気にせぬ。……それよりも貴様、これからどうするつもりなのだ? 行く当てはあるのか?」
ドラ子の言葉に遠山が頭を回す。
正直、安全策を取るのならドラ子に甘えて、この竜大使館とやらを生活基盤にしつつ、この世界を学ぶのが安全策ではある、のだが。
「嬉しくて涙が出そうだよ、ドラ子。……んー、まあ行く当てはないんだが、探さんといけん奴がいる。ドラ子、俺のあのボロい奴隷服はどこにある?」
今はそれよりもあいつを探さなければならない。
「む、あれか。……やっぱかえさぬとダメか?」
「いや、え? なにそれどういう意味だ? いや服が大事というよりはあのポケットの中に入れていたモンなんだけど」
「というと、友人殿、仰られているのはこれですかな?」
老人、執事のベルナルがお盆に載せたあるものを遠山に差し出す。
金色のプレート状の首飾りに、竜の爪のデザインの印鑑。
「おお、それそれ。ドラ子から剥ぎ取った印鑑と首飾り。すまん、それお前ぶっ殺した時に取ってたんだよ」
「ああ、冒険者章と帰還印か。ふかか、良い良い、2つともナルヒトにくれてやるわい。オレを一度殺した報酬よ。……んむ? 帰還印が起動していないな…… ナルヒト、貴様、どうやって塔から脱出したのだ?」
ドラ子が印鑑をつまみ、首を捻りながらそれを見つめる。
「……おお、その辺も説明いるか。なんかよくわかんねえ気取った喋り方の女だ。あれ、でもなんかそいつ記憶を奪うだとかなんとか言ってたな……」
そうだ、あの妙なエルフのこともある。あいつ記憶がどーのこーの言っていたが、なんだったんだ?
遠山にはあの時のやりとりが記憶としてがっつり残っていた。
「お嬢様」
ベルナルが優しい目を遠山に向けたあと、ドラ子をたしなめる。
お前、その可哀想な人間見る目やめてくんない?
そう思いつつ、詮索を交わせそうだったのであえて否定はしなかった。
「む、そ、そうか。いや、良いのだ、ナルヒト。すまぬな。そのまた落ち着いたらで構わん。オレにとって大事なのは貴様とこうしてまた再会出来たこと、そして、貴様と、と、ととと、友になれたことのだから」
「お嬢様、尻尾が出ておいでです。竜変化をおやめください」
ドラ子はドラ子でその辺はどうでもよかったのだろう。
照れるように頬に手を添えながら、白い服の裾から急に生えた金色の尻尾をフリフリと振り始めている。
「む、すまぬ。して、ナルヒト。探したい者とはやはり、あのリザドニアンか?」
しゅんっと、一瞬で尻尾が消える。どういうシステムなのだろうか。
「リザドニアン…… ラザールのことか? ならそうだ。あのトカゲさんと話したいことがあってな。ドラ子お前はきっと嘘はつかない奴だ。お前が帰れるって言ったんだ。ラザールはこの街にいるんだろ?」
そう、遠山の目下の目標はあのトカゲ男だ。
トカゲ男のラザール。塔で別れたあの人?の良い奴との再会こそ遠山鳴人が自分で決めた最初の目標である。
「お嬢様、もしや、そのラザールというリザドニアンは……」
「うむ、で、あろうな。ナルヒト、そのリザドニアンのことだがな、実はオレも探していたのだ」
「マジか!? ん、いた?」
思ってもいない声に遠山が反応する。だがすぐにベルナリやドラ子の表情や言葉にひっかかった。
「そう、いた、だ。もう探してはおらぬ。正確にはあの銭ゲバ女教皇の予言が今日という日を指して以降その必要はなくなったからのう」
「……そうか、俺を探すためにラザールを探していたわけか」
瞬時にピンと来た。
そうだ、ドラ子が自分を探していたならあの時行動を共にしていたラザールが手がかりとするのは必然だ。
「その通り、ふかか、ナルヒト、貴様中々に頭の回転が早くていいのう。そう、貴様を探す唯一の手がかりはあのリザドニアンだった。オレは竜大使館の権力を用いて、ギルドや教会、さまざまな勢力にあのリザドニアンを探させたのだがな、結局見つからなかったのだ」
「……死んでる、あの印を使って飛ばされたのが別の場所だった、なんて間抜けなことはねえよな」
最悪のパターンを予想し、遠山は無意識に声を低くした。
「ふかか、舐めるなよ、ナルヒト。竜は約束を守る、これは絶対の事実だ。あのリザドニアンは間違いなくこの冒険都市に送還された」
ドラ子は不敵な表情を浮かべ遠山へ答える。友となってもその竜独特の威圧感や、考え方に変わりはないようだ。
「例え死んでいたとて、オレは死体ですら手がかりとして求めていたのだ。未だ何も報告がないというのはつまり、あのリザドニアンはオレ、ひいては冒険都市の追跡を掻い潜り、身を潜めているということさ」
「それ、割とすげえな。探すのも苦労ーー」
でんでん。
遠山の耳に響く太鼓の音。
視界に流れるのはクエストからのメッセージ
【サイドクエスト発生
【路地裏のトカゲを追って】
【目標、冒険都市アガルタ、スラム街を調べる】
「……いや、なんとかなりそうだわ。ふう、美味かった、ご馳走でした。この礼はさせてもらう。風呂も入れて貰って飯までご馳走になった。ありがとう、ドラ子」
これ、便利だな、やっぱり。
由来がわかんねーのが気になるが今はこれに従うのがはやそうだ。
遠山の行動指針が固まった。クエストマーカー、オープンワールドゲームでそれに従うのに慣れ親しんでいるのでそんなに違和感はなく。
「ふ、かか。何、気にするでない。と、友達なのだからな、だが、ほ、ほんとにもう行ってしまうのか…… よ、よいのだぞ、せめて1日くらい、いや、な、ナルヒトならばもう竜大使館に住んでもいいのだぞ?」
「いや流石にそれはいいわ。そこまで世話になるわけにゃいかん」
「…………」
「んな顔すんなよ、ドラ子。もうダチだ。どうしてもやばくなったら力借りるかも知れねえし、また顔見せに来るから」
「ほ、ほんとか? ほんとにほんとなのだな?! 貴様、竜に嘘をつくとロクなことにならんぞ」
「嘘は吐かねえよ、少なくとも友達には。まあ、多分」
「む。むむ…… わかった。またナルヒトを怒らせるのも嫌だし、貴様のことを尊重しよう」
「お、いい兆候だ。尊重ってのは大事だぜ、じゃ、俺のボロい服返してくれ。流石にこの寝巻きみてーな格好じゃまずいしな」
「む、むむ、しかしあの服は…… あ、じいや、あれを」
「は、お嬢様、既に用意してございます」
ぱちり。
ベルナリが指を鳴らす。
部屋の扉が開き、メイドさんがマネキンの乗った台車を押して入室した。
「あ、うそ、それ!」
遠山が目を輝かせる。見慣れた原色の赤がどぎつい化学繊維と怪物素材で編まれたマウンテンパーカー、防刃素材の灰色のカーゴパンツ。
遠山鳴人の探索服がマネキンに揃えられていた。
「2級冒険者パーティ、"ライカンズ"の生き残り、いや、正確には奴らの昇級調査をしていた男から買い取った代物だ。ナルヒトを探す手がかりとして蒐めた物だが…… 貴様がこれを着るのが正しいだろう?」
ニヤリとドラ子が形の良い唇を吊り上げて笑う。
「お、おおお…… ドラ子、俺は今猛烈に感動している。……2度とコイツは着れねえと思ってたが」
「不思議な素材ですな。工房の連中が何日もこれを見せて欲しいと竜大使館に陳情していたほどに」
「ふん、ドワーフ風情にオレの蒐集品を触らすものかよ、ファラン」
ドラ子がメイドさんに視線で指示を出し、
「はい、承知いたしました、お嬢様」
竜大使館の誇るメイド部隊が一瞬で遠山を取り囲んだ。
「うお?!」
「着せ替え完了。赤色の服装は悪目立ちするのでローブをご用意してみました」
「ふかか、良い、似合うではないか、ナルヒト。そのローブはまあ、なんだ。オレからの贈り物だ、えっと、着てくれると嬉しい」
「うおおおお、これイカすな! マジかドラ子! すげえ、ビロードっぽいのにすげえ頑丈。ジェダイじゃん…… かっこよ。こりゃあデカい借りだな。……アリス・ドラル・フレアテイル」
大満足。こんな、ローブ、しかもフード付き。ジェダイ以外の何者でもない。とてもいいものだ。
「な、なんだ?」
「ありがとう、お前の俺への施しは忘れない。ムカつく奴をぶちのめすのも、いい奴に借りを返すのも、俺の欲望だ。ありがとう、ほんとに」
「ふ、かか。……なるほど、これはいいものだな。ナルヒト、そのあれだ。オレと貴様は友達なのだからあれだぞ、何か困ったことがあったら言え。オレが助ける」
「お、お嬢様……」
「お、おー」
「そうか、心強いよ。お前も困ったことがあったら言ってくれ、俺が助けるよ」
「ふかか、文だ、オレ、文を書くからな! 宿が決まったら教えるのだぞ! 絶対だ、絶対ぜったい絶対だぞ!」
「ひひひ、ああ、わかったよ」
「うむ、約束だ。……爺や、ナルヒトを送ってやれ。それと、冒険都市と帝国に、知らせを。今日を以って黒髪の奴隷の捜索を全て止めさせよ。今後一切、黒髪の奴隷への詮索は許さぬ」
「は、そのように徹底させましょうぞ」
「悪いな、何から何まで」
「ふむ、惚れたか?」
にししと笑うドラ子。
「うるせえよ、鎧ヤロー」
遠山が軽口をかえす。それはもう気軽な友のやりとりで。
「では善は急げということで。ファラン」
「執事殿、既に外に馬車をご用意してます。御者は執事殿でいいですよね」
「うむ、ベルナル、ナルヒトを頼む。街まで送るのだ、む、そうだ、路銀はどれほど持たすべきか? 白金貨50枚もあればよいか?」
「……すまん、白金貨50枚ってどれくらいのことが出来る金額なんだ?」
「そうですな…… だいたい都市の市民の平均年収が年に銀貨500枚ですので。その100倍の金額かと。貴族街に家を建てることも容易ですな」
「ひえ」
「む、足りぬか?」
キョトンとした顔で小首を傾げるドラゴン。遠山はがくりと肩を落とした。
金銭感覚の違いだけは、どうしようも無さそうだ、と。
デンデン、太鼓の音がまた。
【メインくえすと』
【竜を狩ルもノ】
【ああ、良いじゃないか。竜は油断し、あなたに心を許した。狙い通りじゃないか。今の竜ならば残り6つの命もあなたに捧げるだろう】
【クエすと目標 蒐集竜の殺害】
どくん。
メッセージが揺らぐ。遠山の瞳孔が開き、抗いがたい衝動が身体に満ちる。
酔いにも似た感覚。使命感じみた殺意。
それは確実に遠山自身のものではない。植え付けられた悪意ーー
「どうした? ナルヒト」
ああ、竜は気付かない。どこまでも傲慢で気高く、そして純粋なこの生き物は気づかない。
友を疑うことなど、考えもしない。そんな生き物なのだから。
遠山の手が震える。熱病に浮かされるように、その手がドラ子の白い首にふと伸びて
「……ナルヒト?」
がしり。遠山がそれを掴んだ。にぎりしめ、潰すつもりで。
「舐めるのも大概にしろ、てめえ」
【ぎゅぶ】
矢印、↓
遠山の手は、友を傷付けることは絶対にない。
友を殺せと指す示す、そのクソ矢印を握りしめ
「死んでろ」
ぐしゃり。大理石の床に矢印を叩きつけ、思い切り踏みつける。
じゃり、じゃり。遠山にしか見出せないその矢印を粉々に踏み崩した。
「ヒヒ」
もう↓はぴくりとも動かない。
「うわ……」
「やはり、友人殿…… いえ、いいのです、皆まで言わなくて…… ファラン、我々は暖かく見守るのみ」
「……ナルヒト、やはり少し我が館で休んだほうがいいのではないか? 悩みがあるなら聞くぞ?」
急に虚空に手を伸ばしたかと思えば、地面をふみつけはじめ、静かに笑う遠山。
そんな彼に向けて暖かな視線がいくつか。
「いや、違くて」
遠山は結局、そのヤバイ奴という誤解を解くことはできなかった。
………
…
かぽ、かぽ。
昼過ぎを少し回ったころだろうか。
馬鹿みたいな大金を持たせて文通の為の紙やペンを持たせてくるドラゴンや、無表情でハンカチを振るメイドさんに見送られ出発する。
遠山は馬車に揺られていた。
「本当によろしかったのですか? 銅貨50枚の路銀だけで。それだと場末の安宿ですら3日泊まれば尽きる金額ですが」
「ああ、充分すよ。ぼろ宿3日分だけでいいって言った時のドラ子の顔、ありゃ見物でしたね」
3日分の路銀だけもらう。そしてこの金は必ず返す。そう言った瞬間のドラ子の顔を思い出す。
背景に宇宙が広がり、ポケッーとした顔はかなり笑えた。宇宙ドラゴン。
「ほほほ、お嬢様からしたら銅貨という存在が理解出来ぬのでしょう、そろそろ大使館の庭園を抜けます。冒険都市を一望することが出来ますよ」
うららかな日差しが差し込むケヤキの林。
整地された土の道路を馬車が進む。
「お、おお…… マジか、これが……」
林を抜ける。
小高い丘、そこからその街が、その光景が遠山鳴人の目に飛び込んだ。
「冒険都市、"アガトラ"、帝国において帝都に並び立つ国家の要所。第三文明、第一紀に何者かが作りし、壁に囲まれた防壁都市でもあります」
街、建物。人の営み。
冒険都市、異世界の光景が広がる。
レンガ作りの家々、都市を貫く川、一際目立つ聖堂のような建物。
そして気づいた。その街並みの光景の向こう側に壁が広がっていることを。
「壁、これ、街一つ全部壁で覆われてんのか?」
「おっしゃる通りです。約100メートルほどの高さでしょうか。壁にはそれぞれ東西南北に門が存在し、都市への出入り口となっているのです」
「水源は? これだけの街だ。あの流れてる川か?」
「ほう…… おっしゃる通り、北のヒナヤ山脈地方から流れるウイン大河の支流が都市の中心を貫いています、生活水はその川か、地下水を汲み上げてまかなっているのです」
「なるほど、これだけ発展するわけだ。てか、あれ、塔……か?」
そして嫌でも目に飛び込んでくるのはそのデタラメな風景。
バベル島のイギリス街やフランス街の街並みに似た光景の中、街の中央には異物が聳え立つ。
塔。
天に伸びる黒い建造物。それは太く街の中央に楔が打たれているのかと錯覚する光景だ。
「ほほ、塔よりも先に水源を気にされる方はあなたくらいでしょうな。ええ、あれこそが、人界におけるこの世に残った神秘の地、そのうちの1つ」
「帝国、いえ、人類種の悲願たる制覇がかけられし神秘の土地、"ヘレルの塔"にございますれば」
そして、何より遠山が理解出来なかったのは、
「上が見えねえんだけど、どういう仕組みだ?」
ことばの通り。上が見えない。
塔は文字通り天に向かって伸びているのだがどう見ても途中で消えているのだ。
「"魔術学院"の話を信じるのであれば、曰く、塔はズレている、だそうです」
「ズレている?」
「ええ、ここより異なる場所につながっている、人界でも竜界でもない遠く離れたどこか、でしたかな? 故に外からでは塔の全容は目では確認出来ない、と。おや……そういえばあなたさまも似たようなことを先程おっしゃられておりましたな、いせかい、ふむ、異なる世界ということですかな?」
「おっと、なーんか俺、予想ついてきちゃったぞ」
「ほほ、もしやあなたさま、塔の上からやって来られたのですか? ここではないどこかからの旅人…… ほほ、これは失礼、私もこれで塔級冒険者の末席を汚すもの。ロマンがつきぬものでして」
「ロマンが嫌いな男はいませんよ。俺もあの塔の上に何があるか気になりますね」
「……おとぎ話を信じるのであれば、ヘレルの塔の頂上には"全て"があるのだそうです」
「異なる場所がどうのこうのって話じゃなかったですっけ」
「ほほ、それはいわゆる大人の話。私のこれは幼子が子守に聞く"天使教会"が伝える御伽噺の類です、この世界を創りたもうた"天使"。それが手慰みにつくったのがあの塔。天使の試練たる塔の制覇者には全てが与えられる、でしたかな」
「子供向けのおとぎ話にしてはいやに、なんか、くすぐりますね、ロマンを」
「ほほ、ロマンは大事ですので」
老人と探索者。カポカポとどこか心地よい馬のひづめの音。
海外旅行にでもきたかのような高揚感。ああ、すげえ、ファンタジーの街並みだ。遠山はその光景を噛み締める。
ゆっくり、ゆっくり丘を下りながらその都市を眺めつつ時間がのんびり流れていった。
【メインくえスト はっセイ】
【帰還】
【クエスト目標 "ヘレルの塔"を制覇する】
「……きなくせー」
「ほ、なにか?」
遠山が冷ややかな目で景色の中に混じる塔を眺める。
すぐに、そのメッセージは流れて消えた。
<苦しいです、評価してください> デモンズ感
いつもありがとうございます。




