146話 耳の怪物VS幸運&英雄
「は? な、に?」
突如、馬車の中に現れたソレが頭を、耳の形をした頭を傾げる。
ぐにり、大きな耳頭は馬車の天井にぶつかってわずかにへしゃげている。
最初、王女はソレが何かはすぐに理解できなかった。
短い手足、膨れた腹、幼児の肉体に似た胴体。
そして、耳だ。
2つの耳が向かい合うようにくっついている。
それがその生き物の顔になって――
「おみみだよ」
「避けろ!!!! バカ姫!!!!」
「えっ?」
自らの英雄の怒号、身体中に感じる衝撃。
一瞬、王女の視界は真っ白に染まり、色々な記憶が脳裏を巡った。
それは幼い頃の記憶、双子の姉や竜の巫女と心を通わせたあの日。
そして、幸運にも世界の未来を知る事になったあの夜。
ウィスと出会い、己の臣下として迎え入れたあの瞬間。
フォルトナの、脳裏に廻った記憶、それは――走馬灯。
「おい、起きろ! おい!! バカ姫!!」
「え、あ……」
きーん。
耳鳴りと共に響くウィスの言葉にフォルトナは目を開いた。
視界いっぱいに広がるウィスの顔、久しぶりに見る本気で焦った表情。
ああ、自分はいま彼に抱きしめられているのか。
何が起きた?
馬車は? 御者台は? 副葬品である馬達は……
「ゲラゲラゲラ、ゲラゲラゲラ!! OH!! horse? ウマウマウマウマウマ」
ぐしゃ、ぐしゃっ。
馬車を引いている副葬品、首のない馬達を何度も何度も何度も小さな手で叩いている。
漂流物である首なし馬達には命はない。
そのはずなのに、どうしようもなく壊されている、そんな感覚をフォルトナは抱いた。
まだ幼く善悪の区別がない子供が、無邪気にいきものを解体して遊ぶあれに似ていた。
「……ウィス、あれは?」
「知らん知らん知らん、マジで知らねえ。急に出てきて、馬車を一瞬で破壊しやがった。脱出が遅れてたら、俺もお前も死んでたぞォ」
「モンスター、ですよね?」
「逆にそれ以外の何かだった場合、俺様もう何も信じれなくなる」
「……耳、ですよね? あれ」
「まあ、耳、だろう……なあ……」
「おみみ?」
「おい、なんかお前に興味を持たれてらっしゃるぞ」
「ウィスでしょ、どう見てもウィスにご興味を持たれてらっしゃるでしょ。でも、あんな見た目のモンスターです、そんな強くないのでは?」
「……おい、何考えてやがる」
「今、この周囲には”不吉な開戦の鈴”の効果でたくさんのモンスターが現れています。冒険都市からの追撃を躱す為に用意した彼らは、無差別に人を襲い、都市を襲い、混乱をもたらすでしょう。私達を追うものは絶対にモンスターとの戦いを避けては通れない。ええ、よほど、幸運でもない限りね」
フォルトナは冷静だった。
無差別に暴れるモンスターによって追手を攪乱、そして自分達は幸運によってモンスターの影響を受けない。
これは漂竜物と権能による最大限の効果を発揮させる為のコンボ。
自分の打った手に間違いはないと確信している。
だが、フォルトナ自身もまだ気付いていない。
「近くに出現した強く恐ろしいモンスターが現れて、モンスター同士で殺し合いがはじまるのでは? ええ」
自分が早口になっている事に。
「おみみ~。AH……Das ist nicht die Insel Babel, diese verdammte Sturmfrau, die alles durcheinanderbringt. Wie weit wurde sie weggeweht?」
ぽよん、ぽよんぽよん。
大きなお耳が粉々にした馬車の残骸を踏みつぶす。
飛び跳ね、潰す、そのたび大きなお耳たぶがぽよぽよ揺れる。
「幸運にも」
ばさり。
羽音。遥か上空。
平原に一気に影が差す。
ばさり、ふわり。それは燃える翼、赤い尾羽、太陽を遮るほどの巨体。
「バカ姫、お前、こんなもんまで召喚して……」
「開戦の鈴の音に寄せられて現れたみたいですね、幸運にも。かつて、炎竜の炎を浴びてなお、滅びなかった伝説のモンスター、天使教会の外典においては古い大いなるもの――”カミ”と呼ばれていた者の末裔」
「FU~! كبير!!」
『びょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「不死鳥……!! 一部地域では竜と並んで称されるヘレルの塔の最強種が1体!!」
赤い羽根、燃え盛る巨鳥。
それは出現しただけで、国の存続にもかかわる大事変。
フォルトナの国崩しの駒の中でも最強の1つ。
「見てください、ウィス! 不死鳥ですよ! 不死鳥!! 王宮の書庫で上姉さまと読んだ図鑑、そのままです! 死してなお灰から蘇る不死身の生物、竜にすら対抗しうる最強の一種! ちょうどいいです。そこの気持ちの悪い化け物さん」
「おみみ?」
「あなたはフェニックスの強さをチェックする為の実験材料です。もしかしたらアリスお姉さまを殺しきる事だって出来るかも……ああ、すみません、幸運にも、フェニックスはあなたを餌と認定したみたいですよ?」
「みんみ」
むにょん、むにょん。
大きな耳たぶを揺らしながら上を見上げるその化け物。
真上にはもう――。
「馬車を壊したバツです。フェニックスの腹の中で永遠に焼き尽くされなさいな」
『びょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「OH MY GOD――」
ずわさ。
一瞬だった、巨大な燃え盛る鉤爪が地面すれすれをかすめる。
同時に、気持ち悪い化け物の赤ちゃんボディを、ぐわしっと掴み急上昇。
「戦いにすらなりませんね、あれじゃ只の狩りです」
「びょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
フォルトナが見上げる空、巨大な燃える火の鳥が、鉤爪と嘴を器用に使い、飛びながら獲物をバラバラに引き裂いていく。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「あっはっはっは!! 見て! 見て下さい、ウィス! まるでぶさいくな悲鳴ですね! 見た目が醜いからって悲鳴までも不細工だなんて!」
「お、おお……そう、だな……」
「……ウィス? どうしました?」
大笑いするフォルトナと比べ、浮かない顔のウィス。
神妙な顔で、フェニックスの狩りを見つめている。
「……あの、化け物の名前は、なんなんだ?」
「ああ、フェニックスに喰われてる方の奴ですか? ブサイク……いえ、耳みたいなキッショい見た目なので、耳のモンスターとかでいいのでは?」
「……その耳のモンスター、あいつ、おかしいぜ。鳴き声が交じってる………あの耳の穴から……響く声、あれは……」
「鳴き声? 耳の穴? 交じってるって何が?」
その違和感に気づけるか気づけないか。
それを分けるのは、フォルトナが王で、ウィスが戦士であるが故の違いだろう。
「――悲鳴だ、いろんな人間、いや」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――……ギャハッ」
みりみり……。燃え盛る鉤爪に囚われたまま、耳のモンスターの頭? をぶちん。
不死鳥が嘴で捻り千切った。
「生き物の、悲鳴」
「……っえ?」
フォルトナは見た。
耳のモンスターは圧倒的に強い捕食者に殺されながらも、笑い声をあげたような……。
ごくん。
不死鳥がそのちぎった首を飲み込む。
勝負はついた。戦いにすらならない、圧倒的な強者による狩り。
鉤爪に囚われた首なしの肉体もだらりと垂れ下がり、不死鳥の焔によって焼け焦げていく。
終わった、終わった、終わった。
「ウ、ウィス〜もうなんですか、そんな怯えた顔して。見た目は気味の悪いやつでしたけど、もう全部終わりました。さあ、次です。馬車が壊されてしまったので何か、 」
「 」
「」
何か、別の足が必要ですね。そう、言ったつもりだった。
だが、声が、出ない。否、違う。
「 」
「 」
声は出している、フォルトナもウィスも顔を見合わせ驚愕のまま。
世界から音が消えた。
声を出しているのに、何も聞こえない。
風が流れる音も、平原の草花が揺れる音でさえも。
音が、奪われた。
そして、それは。
『!!!!!!!!!!!!!!??????????????』
不死鳥も同じ。叫び声をあげているのに、響かない。
耳のモンスターを食べた瞬間に、身体を痙攣させ、苦しみ始める。
フォルトナもウィスも知らないのだ。
その耳のモンスター、否、化け物がどんな存在なのかを。
『GYAHA』
その化け物は全てを破壊する。
人も、モンスターでさえも。
『ぴょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、お、お、GYAHA,おおおおおおおおおおぎゃははははははは、びょおおおおおおおおおおおおおお……ぎゃはははははははははははははははあははあはは、GYHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!』
パンっ。
不死鳥の首が破裂した。
赤、ピンク、オレンジ。
血や骨や肉。すべてが燃え盛り、まるで花火のようにはじけた。
世界に音が戻る。
首を失ったフェニックスの巨体が地に堕ちる。
弾けた首の断面から、うにょり、ぷるんぷるんと大きな耳が這い出ていずる。
どろり、ドロドロ。
耳の頭から、胴体が生えて、再生。
不死すらも超えた不死身、不滅、そう。
その怪物の名前は――。
「あなた、いったい、なん、です、か?」
「OH YEAH!」
ぽよぽよのお耳を大きく揺らし、短い手をよっと、挙げて。
「アイアム ear」
――耳の怪物。
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