140話 竜祭り追撃戦 その1
「じゃあ、お姫様ァ、段取りはそう言う感じで」
「簡単に言ってくれますね、ウィス。失敗したらあなた死にますよ」
「ギャハハ、骨は拾ってくれるよなァ」
「残ってたら、ええ、命懸けで」
ぞくり。
遠山の背筋に今まで感じたことのない違和感が走る。
それはこの世界に来てから基本的には挑戦者側だった遠山に向けられたことのないもの。
「ドラ子、何かヤバい、気をつけろ」
「わかった。ふかか。……ああ、確かに。そなたを前にした時と同じ嫌な予感がするぞ」
竜殺しと竜が最大の警戒を始める。
キリと焔が彼らの周りへ揺蕩う。
竜殺しのキリと竜の焔、これを抜ける事が出来る者はおそらく、今の英雄でもーー。
「幸運にも」
フォルトナの星形の虹彩が揺らめく。
新たなる眷属の席への挑戦する事すら可能なその異能が、世界を歪める。
「……む?」
警戒していた竜と竜殺しの身には何も起きない。
竜が首を傾げる中、竜殺しは一瞬の空白の後、すぐに気づいた。
その気づきは同類故の予感か。
それとも己がフオルトナの立場であれば必ずやると即座に判断できた知性故かーー。
「銭ゲバ!!!! 先輩!! 銭ゲバを守ーー」
「もう遅い」
人形の美貌に、凶暴な笑みが宿る。
フォルトナがにいいいっと唇を吊り上げて。
「ッ!?」
「エッ?」
客席。
ヒュームの王の令により動けない主教。
聖女が、本能で彼女の危機を悟り、主人の元へ戻ろうとーー。
「幸運にも、賢き主教の心臓は動きを止める」
「しまっーー!?」
その女、幸運にとって天使教会と竜殺しの結びつきは厄介だった。
この国に来てやりにくかったのは、この女の存在だ。
天使教会の動向は明らかに自分達を警戒していてーー。
「ああ、いと賢き主教様。貴女もわたくしにとって大いなる試練にございますれば」
星の虹彩の輝きをもう誰にも止められない。
「え、ーーカッ、え、こ、息……が……あ……」
「主教様!! 嘘……やだ!! 主教様!!」
賓客席、異常。
主教カノサ・テイエル・フイルドが胸を抑え、顔を真っ赤に染め上げて。
「銭ゲバ!! クソが!! ーーえ?」
「やぁっと隙見せたなァ、オイ」
それは明確な遠山鳴人の隙。
英雄はそれを見逃さない。
金の焔がたどり着くよりも先に、白いキリが気づくよりも先に。
間合いへ。
「ナルヒーーッ!?」
「幸運にも。お姉様の足場はその強すぎる踏み込みにより陥没する」
ずぼ。
竜の膂力に、地面が悲鳴を上げて石畳が陥没する。
それもちょうどアリスの足を一瞬捕えるような形で。
充分すぎる隙。
ウィスの攻撃を、遠山は1人で捌く必要がある。
ピコン
【技能・戦闘思考】
敵、膂力は竜に近い、速度も竜よりわずかに劣る、白兵戦、無理。獲物、大剣、ならーー。
その判断は早い。
キリヤイバを構えてウィスの首元を狙う。
大剣の一撃ならばキリヤイバの方が届くのが早い。
徒手空拳によるカウンターならば、キリヤイバの自爆攻撃でダメージを狙える。
「ギャハハ、やっぱこえーな、お前」
「あ?」
だが、ウィスの行動は遠山のどれの予想からも離れていて。
すぽん。
「は?」
視界が、暗い。
尋常ではない速度で、頭に何かを被された?
それを理解した瞬間。
「ギャハハ、やっぱりだ、外せた、外せちまったァ」
「うーー」
ぼっ。
音が遅れる、腹が潰れる感覚。
気付いた時にはもう、遠山の体が吹き飛んで。
「それやるよ、竜殺し」
腹を蹴り飛ばされ、遠山が転がって。
「なん、だっ、これ……!?」
視界が狭い、息苦しい。
遠山が自分の状況を理解するよりも前に。
「ギャハハ、イッテエ。腹の臓物潰すつもりで蹴ったのによお、霧に邪魔されたァ」
ウィスの蹴りをクッションのように受け止めた濃いキリ。
遠山の身体からすでに漏れつつあるその異常。
それが、ソレを目覚めさせた。
《”Paranormal” activity is detected. We're going into sealed mode to protect human life.》
《VS paranormal existence system activated, boundary exceedance confirmed, type determination started》
「おい、待て、これなんだよ……?」
それは、鉄の兜だ。
バケツをひっくり返したような無骨なデザイン。
わずかなスリットから視界が通る。
「兜……!?」
遠山の顔にはそれがかぶせられた。
黒ずんだバケツヘルム。
意味が分からない。だが、すぐに運命の知らせがよくないことを告げる。
ピコん
【でろでろでろででん、呪われた装備を装備しました、外せません】
「あ?」
【警告・あなたの白い血にVSパラノーマルシステムが作動しました】
【すべての行動に多大なるデバフが発生します】
「――あ!?」
《Started analyzing physical information, confirmed erosion from very strong mystery》
《Blood genes are severely damaged, 75% of the composition is being converted to an unknown substance, and the composition is already becoming less and less human》
バケツヘルムから音がする。
「英語……!?」
それは驚くことに遠山のいた世界の言葉で。
その場に這いつくばる。
何か、何かがおかしい。
身体から力が抜けてーー。
「はず、せない……!? マジかよ」
重いのか、くっついてるのかも理解できない謎の現象。
このバケツヘルムは外せない……!
《The body's activity is suppressed for the classification and investigation of erosion mysteries》
「あらぁ、もしかして、隙ですかァ、竜殺し」
「ギャハハハハハ! おいおい、お前、それ被って死なねえのかよ! ある意味ビビるわ! まあ、いいや、じゃあな」
幸運の権能が、英雄の膂力が。
前後不覚の遠山を狙ってーー。
「ナニヲシテイル?」
「「ッ!?」」
義死反応。
生き物が天敵に捕食されるのを防ぐべく、身体が勝手に行う死んだフリ。
ウィスとフォルトナ。
ヒュームにとっての上位の生物"竜"からの明確な殺意。
見えぬはずのアギトが、ないはずの爪が。
竜の部位が己の身体に食い込んだかのような錯覚。
「や、ベ」
「ああ、ほんとに素敵……」
「ナルヒトニ、ナニヲシタ?」
ぼおう、金色の焔が遠山を守るように空を走る。
竜の瞳が、フォルトナに狙いをつけて。
「おっと、やっぱ互いにいきなり王様は取れねえよなァ」
英雄の身体が最も早く竜の威より回復する。
己の王を狙う金色の焔を大剣で斬り払う。
「うっわ、怖え〜」
「あはは、素敵です、お姉様……やはり、貴女はその方が綺麗……」
英雄と王女。
金色の焔を切り裂いた先に見えたのは、アリス・ドラル・フレアテイルの竜の顔。
大きく縦に裂けた瞳。金色の髪たちのぼるやうに、陽炎のように輝く焔。
竜、だ。
仲間を傷つけられ、外敵を前にした竜の顔。
「オレノタカラニ、サワルナ」
焔。
竜が扱うこの世界の現象そのものが、王女と英雄を襲う。
「おい、姫さま、これ! シャレになんねえ!」
「ええ、ですね。……元々まともにやり合って勝てるなんて微塵も思っておりません。我々は挑戦者です。ええ、出来ることは全てやらせてもらいましょう」
「もう、イイ。死ね」
竜が、目の前の存在を完全に敵として認識する。
まずい。
遠山は本能で理解する。
この状況はまずい。
頭に血が昇った絶対強者、それに慄きつつも戦うことを諦めない挑戦者。
この状況を遠山はよく知っている。
自分がなん度も繰り返し、体験したパターン。
これは、奴らの怪物狩りだ。
フォルトナとウィスが狩人、なら、狩られる怪物はーー。
「く、そ……キリヤイバ」
援護を、そしてそのあとは銭ゲバをなんとか、早く。
だが
《Confirmation of signs of relic use and start of suppression.
Relic type identified, Japanese mythology ...... and several other unknown random numbers confirmed》
しゅううううう。
「は?」
キリヤイバから漏れたキリがたちどころに消えていく。
身体は関節の全てに錘をつけられたかの如く鈍い。
思考にはモヤ。
身体の全てにデバフが。
「クソ……いきなり大ピンチかよ」
【竜の祭り、あなたの一つ目の死は幸運によって訪れる。
死を避けることは出来ない
あなたはそれを恐れてはならない。
異なる世界より来たりしあなたは止まった鼓動を雷によって動かす術を知っているのだから】
【祭りの日、あなたの死は英雄によってもたらされる。
死を避けてはならない。
最後の切り札すら封じられたその後に、分水嶺は訪れる。
手綱を握るのはどちらか、決める時が来るだろう】
メッセージが流れる。
あの日、主教と確認した最悪の未来予想図。
自分たちの予想は正しかった。
フォルトナとウィス、この2人こそが、敵。
「……ひひ、絶対負けねえぞ」
最悪の状況の中、遠山は笑って。
「ーーウィス」
「あ?」
「逃げましょう、ここはまずいです」
「あ?」
その笑いを、フォルトナだけが目にしていた。
竜の怒りを前にしてなお、陶酔していた女。
それが、無力化された遠山のその笑みを見た、ただそれだけで。
「場所を、変えます。あの男の近くにいたら、まずい」
「……俺の一族の兜をアイツは被っちまってる、ああなるともう、そのうち衰弱死するだけだけどぉ?」
「それでも、です。来なさい、"四つ辻の馬車"」
フォルトナがカバンの口を開く。
そこから飛び出るように現れるのは、馬車。
首のない4匹の馬が牽く馬車が、現れて。
「アガトラの街へ、場所をかえます」
「撤退戦は難しいんだぜ、まあ、いいや、好きにしろよ、お姫様よお。あー、でも、身体が軽いや、あのクソ兜ともようやくおさらば出来たしよお!」
その馬車が空を歩み出す。
動き出した腕利きの魔術師がその馬車を狙うも。
「幸運にも」
眷属の席に手をかけた権能持ちには届かない。全ての魔術式は発動すら失敗して。
「お姉様、追いかけてくださいますよね?」
「……」
「貴女の縄張り、守れますか?」
それは竜への最大の挑発。
アガトラはアリスの縄張りだ。
ソレを理解した上で、フォルトナはーー。
地下闘技場の出口へ、馬車がものすごい速度で駆けていく。
竜は、一瞬、迷う。
馬車を、そして、遠山を、それから倒れる主教へ目を向けて。
「ドラ子」
「…………」
兜のスリット越しに遠山は彼女の目をみる。
竜の友は何も答えない。
遠山からの言葉を待っているように。
悪手、だろう。
今、ドラ子を1人にするべきでない。
敵は明確に竜を狩ろうとしている。
【あなたの手札は削られる。
鬼は古い樹の海の底へ、黒き竜は古い終わりへ。
それでもコールは果たされる。
決着はあなたにしかつけられない】
【十字兜十字兜じゅうじかぶと。
数多の化け物と殺し合う運命にある男たちの執念。
十字兜十字兜じゅうじかぶと。
素晴らしきヒトのヨスガ】
今の所、状況はあの予言通り。
だから、今は落ち着かなければ。
アリスと固まって行動、自分のそばに居させなければ。
遠山の理性はそう判断した。
「お前の力を見せてやれ、ドラゴン」
「……! 銭ゲバを死なせるな、我が竜殺し」
気付けば勝手に言葉が漏れる。
遠山の理性以外の全ては、竜を信じた。
金色の残滓を残し、規格外の生き物がその馬車を追い始める。
這いつくばる遠山に、竜はなんの心配も言葉も手向けない。
竜は知っていた。
己を殺した戦士が、この程度のことを1人でどうにも出来ないわけがないと。
【祭りの日、あなたは2択を強いられる。友か、未来か。
どちらを選んでも構わない、迷うことは許されない。
怒りを優先するもいいだろう、義を優先するのもいいだろう。
二兎を追わない者に、二兎を得る機会はない】
遠山に迷うことは許されない。
「……やってやるよ、ドラ子」
目指すは一つ完全勝利。
あのクソ迷惑な2人を始末し、冒険者の格付けを終わらせる。
そのために、まずは。
「主教様、主教サマ!! やだ、なんで、なんで治らないの!? 秘蹟が、どうして!? なんで、やだ、息が、変! 治れ、治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ」
「カッ、ヒュー、ヒュー、かっ」
客席。
重い身体を引きずり、ミノタウルスくんの元へ。
そのまま客席まで運んでもらった味山が見たのは、半狂乱の聖女と顔を真っ青にした主教。
「先輩、銭ゲバは――」
「わからない! 急に、急になの! なんど秘蹟で治しても!! 治らない! やだ、主教サマ、カノサ様! 起きて、起きてよう!!」
聖女スヴィの癒しの力、そのすさまじさは全身火傷の焼死寸前の人物を蘇生させるほどだ。
ケガや傷を治す力がまるで効いていない。
《Combat Continuity Program activated, 93% DNA match with humans, life form not present in ...... database》
「うわ……くそ、なんだよ……」
バケツヘルムから鳴り響く電子音声。
力がこれに吸い取られていくようだ。
【対超常存在決戦兵器の簡易戦闘継続プログラムが起動しています、カノサ・テイエル・フイルドの状態を確認……INT値によるアイデアロールが発生します】
《Symptoms confirmed: generalized convulsions, abnormal sweating, loss of consciousness, abnormal vitals, and abnormalities in the electrical signal system.
Organ position, consistent with mankind.
Abnormality was found in the heart region.
High possibility of ventricular fibrillation》
【クエスト発生・”1つ目の死”が発生します、失敗した場合、カノサ・テイエル・フイルドは死亡します】
【予言を覆す必要があります、すべての技能、すべての知識を総動員し、仲間を救ってください】
【警告・このクエストに時間を掛けた場合、アリス・ドラル・フレアテイルが敗北します】
「いつものクソクエスト、だが……」
遠山に見える運命の知らせ。
奇妙なバケツヘルムは外せず、ずっと力を吸い取って。
だが。遠山鳴人にはまだこれがある。
「なめんなよ。銭ゲバ、死なせねえぞ」
「後輩……! どうしよう、どうしよう、主教様、息をしてない!! どうしよう! ねえ!!」
「先輩、あんたの力は死人を治すのは出来ないんだよな、すぐに答えてくれ」
「う、ん。でも、”すべてのケガと呪い”を治すことができる……、でも主教様、全然、秘蹟を使っても治らない!!」
「じゃあ、銭ゲバのこれは呪いやケガじゃないってことだ。これはーー」
【INT値によるアイデアロールが発生します。素性”元上級探索者”により貴方には最低限の現代医療知識が備わっています】
脳内に情報が回る。
身体の調子は最悪、遺物の使用もできない。
だが、遠山にはまだ考える力が残っている。
――幸運にも、賢き主教の心臓は動きを止める
フォルトナの言葉、幸運による権能がこの事態を引き起こした。
だが、それは呪いなどの類ではない。
幸運による影響なのは間違いない。だが、これはもっと遠回しなやり方だ。
ーー怪我や呪いの類ではない。
ーー主教の呼吸は止まったり、再開したりを繰り返す。
「……予言を覆す? まて、おい、クソメッセージ。これはどの予言のことを言っている?」
思考の末に出たその質問。
遠山にはそれが答えとなった。
【竜の祭り、あなたの一つ目の死は幸運によって訪れる。
死を避けることは出来ない
あなたはそれを恐れてはならない。
異なる世界より来たりしあなたは止まった鼓動を雷によって動かす術を知っているのだから】
「止まった鼓動……雷……心臓……あ!!」
《アイデアロール、判定成功》
わかった。
今、必要なことが。
「こう、はい……! 主教様が、主教サマが死んじゃう……」
わんわん泣き出す聖女の肩をバケツヘルムの変質者ががばっと掴んで。
「先輩! 体を治す力では今の銭ゲバを救うのは無理だ。もしかしたらこの世界では治療することなんて不可能かも知らねえ! だが、今は違う!!」
遠山がスヴィの肩を強く掴んだ。
「ある、の? 主教サマを救う方法が……」
「一つ……ある」
「えっ」
「電気だ! 電気さえあればなんとかなるかもしれねえ! 魔術師の皆さん、電気……雷をうまく扱える奴はいるか?」
いつのまにか様子を確認しにきた魔術師たちが、味山の周りの空をそれぞれの方法で飛んでいて。
「人知竜様の言いつけです。何かあれば、全力で貴方に力を貸せと。雷の魔術式は私の専攻です、竜殺しよ」
騎士鎧の魔術師が1人、遠山の前へ。
彼の手には青白い電気が迸っていて。
「こ、後輩、何をするつもり? 魔術師に人を癒すことは出来ない、私の力で、私が薬草を、天使の雫を作れば主教サマも」
「間に合うわけねえだろ! あと数分すれば銭ゲバは死ぬぞ! すぐに準備を!」
「何を、する気なの? 後輩、主教サマはーー」
「今銭ゲバに必要なのは薬でも癒しの力でもない! めちゃくちゃになった身体の電気信号を一撃で元に戻す電気ショックだ!」
「へ?」
「銭ゲバは呪われたわけでも怪我をした訳でもない! これは、心室細動による心臓発作だ!」
遠山が、バケツヘルムを被ったまま、マントをバサリと翻し。
ーー異なる世界より来たりしあなたは止まった鼓動を雷によって動かす術を知っているのだから
「これより!! 天使教会主教カノサ・テイエル・フイルドの心室細動除去、ーー電気ショック治療を開始する!」
ギュッ。
久しぶりの更新ですみません。
しばらく不定期で更新します。
完結まで書くので気長にお付き合い頂ければ幸いです。
書籍や漫画出てるのでそちらもぜひ検討していただければ幸いです。
絵が全て良い。