139話 紙一重の攻防
「ナルヒト、我が街の民は傷付けるな、それ以外は許す」
「了解、ドラ子」
竜と竜殺し。少し気まずい感じになっていた2人はしかし、殺し合いとなった瞬間に切り替わる。
片や暴力と支配を根源欲求とする上位生物。
片や殺す事を生業とし、真摯にそれに向き合ってきた根っからの頭がハッピーな戦闘生物。
アリス・ドラル・フレアテイルと遠山鳴人は戦闘において容易に噛み合う。
「合わせよ、ナルヒト」
「あいよ、ドラ子」
竜の瞳、見つめるだけで他者を灼きつくす金色の焔。
遠山のキリ。触れるだけで他者を斬り刻む白き霧。
2つの異なる暴力が混ざり合う。
遠山の身体中から蒸気のように噴き上がるキリが、竜の金色の焔と混じる。
夏の昼、青空を支配する積乱雲のようなソレが、竜と竜殺しの上に現れて。
「ッ!? ウィス!」
「わかってらァ!! 舌噛むなよオ!」
フォルトナの判断は早い。竜単体による攻撃であれば己の権能と化した"幸運"により当たる事はないだろう。
だが、遠山鳴人。運命を放り投げた異物の攻撃は未知数。
顔面を殴られた、という事実がフォルトナに遠山鳴人という存在への最大の警戒を与える。
「ヤバっ! 来てます、来てますわよ!」
「ぎゃ、はははは!! なんだァ、アイツらァ! 化け物かよ!」
フォルトナをお姫様抱っこの形でウィスが抱える。浮島となっているフロアから彼らが飛び降りるのと、焔霧が一気に彼らがいた場所を攫うのは同時だった。
「チッ」
「ふむ。フォルにポステタス。悪くない反応だ」
見事に飛び降りたフォルトナとウィスを遠山とアリスが見下ろす。
竜と竜殺しの圧倒的な暴、それに王女と英雄がどう対応するか、これはそういう戦いで。
「ーーわたくしの幸運による直接的な攻撃は不可能です、が」
彼女の星型の虹彩が歪んで。
「おっと」
「む」
ぐらり。
唐突に、浮島。つまり、遠山とアリスが立つフロアが傾く。
あり得ないこと。確率的に、どのような運がーー絡めば。
「幸運にもあなた達の足場は崩れる。直接的には効かずとも。フフ、間接的なものならば、可能みたいですね」
「うお」
当然、遠山は落ちる。人間は空を飛べない。
「ナルヒト!!」
竜が背中に焔の翼を生やし、落ちる竜殺しを追う。だがしかし、
「わあ」
「だめ!」
瓦礫。崩れる浮島が、観客席の方へ。
王女の秘蹟により動けない親子、親は子を庇うことも出来ない。降り注く瓦礫を見つめることしかーー。
竜の動きが、一瞬止まり。
「ドラ子!! 街の連中を! ガキもいる!」
「ッ!!」
落ちながら叫ぶ竜殺しの声に、竜が再び動き出す。
固まり、あとは押しつぶされるのみとなっている観客席に飛び、その拳を振り払うように。
瓦礫が粉微塵に砕ける。
人々を血のシミに変えるはずの大岩はただの砂利粒と化して。
「ナルヒト!!」
勿論、代わりに遠山は落ちていく。この男にまだ空を歩いたり、走ったりするほどの特異性はなく。
「なるほどォ、それがお前らの隙かァ」
「やべ」
とん、とん、とん。
それを見逃すこの男ではない。どのような身体能力であればこのような芸当が可能か。
崩れ、落ちていく瓦礫を足場に、力の英雄が空を駆け上る。
「弱い奴から狙うのが定石だよなァ」
片腕のまま振られる折れた両手剣。しかし直撃すれば死。
遠山にその刃が迫り。
「同感だ」
「!?」
ニタァと、落ちながら笑う遠山の凶相。
英雄の本能的な部分が警鐘を鳴らしまくる。
「すきあり」
「えっ」
そよぐ黒いマフラー。金色の癖っ毛、エメラルド色の瞳。
小柄な黒い影が、フォルトナを真上から狙って。
「大主教令、寿命5日使用。”私は誰にも従わない”続けて、大主教令、寿命3日。"スヴィ、疾く"」
すっと開いた糸のような目から紫水晶の輝きの瞳が灯る。
天使教会主教、カノサ・テイエル・フイルドは利を見逃さない。
覇王の令を主教の令が上書きしていく。
ヒュームに対する絶対命令権。だが、フォルトナはその本来の持ち主ではない。
遠山鳴人に感じた確かな恐怖、揺らぐ心はそのまま秘蹟の強度に繋がる。
当初は上書きに10年の寿命を要求されていた秘跡の強度はすでにカノサにとって払えるコストにまでダウンしていた。
「ある意味さぁ〜安心したわけよ。オホホホホ。竜を騙し、竜殺しを殺そうとした大罪人。やりやすくて助かるわぁ、戦後処理も王国にふんだくれるわぁ」
カノサは観客席から降りることもせず、そのまま冷たい目を闘技場に向けて。
「ーー正当なる防衛よね。王女サマ?」
「しまっーーフォルトナ! なっ!?」
パキ、パキ、パキ。
あり得ざる光景、突如ウィスの周りを覆うように現れる白銀の冷気。
ソレは現実を己が認識で冒す禁忌の術。
「魔術式、仮説倫理構築」
騎士鎧の老婆、魔術学院の歴代学長の中でも特に人知竜から信を置かれた彼女。
いち早く、ヒュームの王の戒めを解いていて。
「ぶちのめしなさい、スヴィ」
「攻勢術式・"雹包み"」
天使教会の女主人が己が最大の武力を振るう。
魔術学院の古い存在が己が業を振るう。
無防備な王女に。無防備な英雄に。
彼女達が敵に回したのは冒険都市アガトラそのもので。
「フフっ」
「ギャハハハハハハ!!」
聖女の振るう大槌の一撃は王女を血のシミに変える、はずだった。
「え」
瞬く冷気。肉体を捨て、魔術式そのものに人格を移した人外の力は英雄を瞬く間に凍死させる、はずだった。
「これは」
だが、そうはならない。
「幸運にも」
大槌の先端が外れ、明後日の方向にすっ飛んでいく。
一体どのような確率、いや何がどうなればそうなるのか説明は出来ない。
聖女が振り下ろした大槌は経年劣化か、それとも彼女の膂力に耐えれなかったのか。
だが結果として。
「ご機嫌よう、主席聖女様。ああ、という事はやはり、遠山鳴人は天使協会と組んでいるのですね」
「……っ」
その不気味さに聖女は本能的にそれ以上の追撃をやめる。己の主人に手が届く範囲に下がって。
王女は死なず。
「遅いなァ」
また一方で、英雄の周りを覆っていた冷気が払われる。
空中で身をよじり、振るわれた隻腕の一撃。ただその男が手を振るった、それだけで魔術式によってゆがめられた現実は吹き飛ばされた。
「魔術師じゃあ、俺様はやれねえぞォ」
王女と英雄。
異分子。すでにこの2人は腕試しを終えている。計略も含め、たった2人で一国を堕とした災厄。
ヒュームの中でも上から数えたほうが早い実力者を容易にいなす2人。
今回の戦いは彼女たちがアガトラに挑むのではない。アガトラが彼女たちに立ち向かうのだ。
「ウィス、ここに」
「おうよ、バカ姫」
覇王の令により身動きの取れないものが多数の中、それでも拘束を解いた実力者、もしくは頭の回る者たち。
それらを王女と英雄が眺めて。
「参りましたね、ウィス。御覧なさいな。天使協会と魔術学院が手を取り合っておりますよ」
「珍しい事もあるもんだなァ。ここまで敵が多くなってるとは思わなかったァ」
不敵に笑う2人。
本来ならば、この世界が歩む正しい歴史であればきっとアガトラは王女と英雄の前に敗北していただろう。
だが。
「ぶるもおおおおお、もおおおおおお」
「ナイス、牛くん」
ぷらん、ぷらん。
牛の巨人につままれて逆さまのままに吊られる男。浮島からの落下から間一髪、古代種がその男をキャッチしていた。
「やっぱり死なないですねえ、アレ」
「死なねえなァ、さっき一番のチャンスだったんだが……」
「ナルヒト、無事か?」
「見ての通り。お前のペットは優秀だな」
ミノタウロスに地面に降ろしてもらった遠山が地面に降りる。
空から降りてきたアリス、どうやら観客に被害はないらしい。
「ぶるも」
「ふむ、よい。後で良い食事を用意してやろう。ナルヒト、どうだ、やれそうか?」
「まだなんとも。だが、爺さんや人知竜を転移させた手はもうどうやら使えない、もしくは必要な物が足りないと見た。接近した途端に場外ってのはなさそうだぜ」
「そうか。……時間をかける理由もない。だが、フォル、あれからは妙な気配がする。正直、オレの攻撃が当たる気がしないぞ」
「安心しろ、幸運女は俺がやる。お前は赤髪を抑えてくれ」
「いいだろう」
竜と竜殺しが獲物を見つめる。
的確に敵の手札を考慮しつつ、攻略を進める。
遠山の見立ては正しい。
既にフォルトナにアリスや遠山を無理やりに転移させる手札はもうない。
「……やりにくいですねえ、アレ」
心底いやそうな目で王女が唸る。
彼女からすればアガトラ勢力からの横やりが本格化する前に場所を変えたいのが本音。
「ヒヒヒヒヒヒ、王女様。良い顔になったきたな、やりがいがあるよ」
「ほんと、厄介ですねえ。白い霧漏れてますけど?」
「心配するな、そういう体質だ」
遠山の身体から白い霧が漏れ続ける。開かれた瞳からもたなびく白い霧は、もうどうしようもなく彼の身体に広がる。
「……バカ姫、場所が悪ィな。竜と竜殺しをやるには、アイツら2人を引き離す必要があるぞォ。思った以上に息があってやがる」
「ええ、わかっていますよ、ウィス」
「それとお、あとひとつ。てめえ、あの竜殺しには多分殺されるよな? "幸運"がアイツにだけ全く作用してねえ」
「それも、わかってます、ウィス」
天敵。
フォルトナ・ロイド・アームストロングにとってまさしく遠山鳴人はそれだ。
「まさか、上姉様以上に恐ろしいヒトがいるなんて……フフ。毒も効かない、幸運もダメ……ああ、なんて、怖い……」
隙。何かきっかけが欲しい。
フォルトナが本人も自覚していない野性的な笑みをたたえる。
決して彼女は認めないだろう、その表情の種類は目の前の竜殺しが浮かべているものと同じ系統のものだということを。
「フォルトナ」
「はい?」
ウィスの問いかけ。フォルトナが視線を。
「策がある。竜殺しは俺サマに任せろ」
「へえ。あなたが策を……あの老兵の時と同じですね」
「さっきのやり取りで分かったァ。この殺し合いの、竜狩りの肝は竜殺しだ。あいつさえ始末すれば、残りはなんとかなる」
「竜も?」
「まあ、なんとかしてみせらァ」
英雄が、竜と並ぶ男を見つめる。
白いキリを従える気持ちの悪い存在、”異常”な存在を見つめて。
カタカタカタカタ。
彼の腰元に巻き付けたバケツヘルムが揺れる。
彼の一族に伝わる呪いの兜。それは時々理解できない音を発し、ポステタスの家の子供たちを震え上がらせるのだ。
今、この瞬間のように。
バケツヘルムのスリットが、なぜか、遠山の方を見つめて。
《”Paranormal” activity is detected. We're going into sealed mode to protect human life.》
言葉の意味は分からずともウィスはその使い方を本能で理解していた。
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
明日、書籍版発売します! すでにご購入頂きました方、ご予約頂いた方、たのしんで頂ければ幸いです。
まだ迷ってる方は気が向いたり、たまたま本があったらワンタッチ触ってみたりしてください。そして、紙の本の裏表紙を見てみてください。
主教サマ派のあなたはその本をレジに持っていってしまうでしょう。