136話 竜とヒトと人間と
[God bless you. Amen]
「え」
「え」
震えるのは、ウィス・ポステタス・ヘロスの腰に巻かれたバケツヘルム。
そして、今、2人の聴覚が間違っていなければーー
「喋った……?」
しかも、今の響きはまるで遠山のいた現代の言葉、英語……?
「ーーぎゃっはっは、そう、かァ……」
唖然とする遠山と、何かを理解するように頷くウィス。
振り上げられたバスターソードがくるりと彼の背中へ回されて、いつのまにか消えていた。
「……あ?」
一歩、二歩、ヘラヘラしながらウィスが遠山からあとずさり。
「やめた。俺様の負けでいいやァ、やれ、竜殺ーー」
ウィスがニッと、笑みを浮かべて。
【技能発動・"頭ハッピーセット"が発動します】
「ソォィ!!」
「グェッ!?」
ここぞとばかりに、遠山が身体を跳ね起こしメイスでウィスの頭をぶん殴る。
ぼおう!! 金色の焔が発生し、メイスの直撃からウィスの頭部を守るも衝撃は伝わったらしい。
「なら俺の勝ちでいいな」
「うお……普通に痛え……テメェ、今の流れで普通躊躇なく殴るもんかね」
よろめいたウィスに遠山が腕組みしながら、ふんと鼻を鳴らした、
「うるせえ、今回は勝てばいいんだ、勝てば。……なんで気が変わった」
「あー、いってー。ああ、いや別にィ。俺様ァは主人に狩猟大会に出ろって言われただけだァ。優勝しろとは言われてねェ、それに、まあ、いいもん見せてくれた礼だよ、礼」
「いいもん?」
「ぎゃっはっはっは。ああ、いいねェ。あのバカ姫についてきた甲斐があったァ、退屈しなくて好きだぜェ、俺様は。この世界がよお」
「何言ってんだ、あいつ」
闘技場から去っていくウィスの大きな背中を眺めながら遠山が呟く。
ひゅおおおお。
空気が流れる。ふと周りを見回すとそこにはもう遠山しか立っているものはいない。
「「「「ーーうおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
沈黙の後に、響く歓声。観客席が湧く。
「なんだ!? なんだ、なんだよ! 今の見たか!?」
「一級モンスターだけじゃなくて、古代種までやっちまったぞ!?」
「あれ、誰だ!? この狩猟大会は2級冒険者までしかいないんじゃなかったのか?!」
「いや、そのはずだけど……でもどっかで見た事が……」
「あ、あたし、知ってる。あの人、冒険者ギルドに急に現れて、竜様に連れていかれた人だ」
「容赦なく頭ぶん殴っててワロタ」
「頭殴られた方平気そうでワロタ」
「あれが、竜殺し……やべえやつじゃん」
観客が口々に狩猟大会の優勝者に驚嘆する。アガトラの市民は皆ミーハーで民度は低い、だがーー。
「すごかったぞ!」
「お前めちゃくちゃ強いじゃん!! 良いぞー! さすが俺たちの街の冒険者だ!」
「アガトラの冒険者最高だ! 早く一級になれよー!!」
「いいモン見せてもらったよー! ありがとー!!」
「「「「「「トッオヤマ! トッオヤマ! トッオヤマ! トッオヤマ!」」」」」
だが、この街は冒険に挑むものを、そして相応しい力を持つものを歓迎する。アガトラの市民もまた同様に力に対しての敬意の表し方を知っていた。
「……ひひひ、現金な奴らだな、おい」
遠山は正直、まだこの街があまり好きではない。多くのトラブル、弱肉強食のルール、きっと当たり前に転がっている悲劇。この街は人を喰う、たくさんの夢や善意や希望を食い荒らし、屍とし、その養分でここまで大きくなった街だ。
だが、それでも遠山もまた敬意に対する反応はわきまえていた。
「ヒヒヒヒヒ!! 見たかあああああ! アガトラ!! これが竜殺しの力だ!! ラザール・ベーカリーをよろしくお願いしまあああああああああす!!」
「「「「「「「」」」」」」」」」
一瞬の沈黙。そして――。
「「「「「「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」
「「「「「「竜殺し!! 竜殺し!! 竜殺し‼! 竜殺し!!! 竜殺し!!!!!」」」」」
「ラザールベーカリーってなんだ?」
「さあ? 名前的にパン屋さんじゃない? あとで街で探してみる?」
「あ! 俺知ってるぞ! リザドニアンのパン屋だ!」
「え~。リザドニアンのパン屋……? 大丈夫なの、それ?」
「ばっか、お前、言うじゃん? バカ美味いんだよ! そこのパン! マジで食ってみろって!」
「え~じゃあ、あとで行くか?」
「ありよりのあり!!」
「あ! 俺も知ってる! ホットドッグだよな? 教会の許可を得ている新しいパンだろ?」
「この包み紙、たくさん集めるとなんか景品と交換してもらえるらしいぞ」
「うお、教会の公印じゃん、ガチかよ……」
もう、遠山はこの世界の異分子ではないのかもしれない。
少しづつ、本当に少しづつだが、その行動はゆっくりとしかし確実にアガトラに変化をもたらしている。
右手を掲げ、声援に遠山が答える。
目を凝らすと、見知った顔を貴賓席に見つける。小さく手を振っている聖女先輩と、苦笑いしながら拍手している銭ゲバ、そして――。
「わあああああああああああああああああああ!! すごおおおおおおおおい! 見た、見たよねえい!? あれ、ボクの推しでーす!! 副葬品を従えたボクの推しでえええええええええす!! あ、こっち見た! あ、でも、なんか、あれだねえい、よくないものが混じってる……ふんむ、どうしてくれようか」
”こっち見て”、”キリヤイバして”、”竜殺しして!”
なぜか遠山にもわかるニホン語で書かれたデカい団扇をピコピコ振る銀髪の美竜。大丈夫だろうか、一応あの、護衛の為にあそこにいてもらっているのだが……。
「アイツ、一番お祭り気分じゃん……まあいいか、お祭りだし」
遠山がぼやく、しばらくの間、歓声に応える。そして、また上を見る。
ここにきた一番の理由も。
竜祭り。死の予言、パン屋、いろいろなイベントがあるが、遠山自身にとって今一番大事なことは――。
「さて、ドラ子。ようやくたどり着いた。今度こそお話してくれるよな」
今日は竜祭り。これは竜が死に、そして生き返ったことを祝う祭りだ。
殺した男と殺された竜。遠山の続きはそこから始まったのだ。だからここを誤魔化すことは出来なかった。
「はーい!! 皆様!! 盛大な歓声をありがとうございます!! でも、その歓声はもう少し温存しておいてくださいね! それでは、狩猟大会の優勝者へ、蒐集竜様より贈呈の品が送られます! 優勝者はこちらへ。っと、ふふ、下にいましたね、そういえば、えーっとアリスお姉さま?」
「……良い、くるしゅうない。ふかか、もう良いぞ。テリオス、起きよ」
「あ?」
「ぶるるるるるるるるるるるるる……」
ごきん、ごきん、ごきん。
骨がこすれあい関節が鳴る音、しかしそれは腹に鳴り響くほどに大きく。
「まじか」
「ぶるるるるるるるっる」
ミノタウロス。ここではヘレルの門番と呼ばれるらしい古代種のモンスターが起き上がる。遠山にへし折られて逆向きになった首の位置を自分でもとに戻しながら。
「おいおいおいおいおい、なんだよ、第二ラウンドか? しつこい展開は嫌われるぞ……ん?」
「ぶるるる……」
のし、のし、のし。
地響きを立てつつ、こちらへ歩み寄る巨大なミノタウロス。しかし、敵意や圧力をまるで感じない、そればかりか――。
「お?」
「ぶるるる」
彼がその場に片膝をつき、首を垂れる。敬意かそれよりも重たい何かを示すように。そして、遠山に向けて手を差し伸べた。
「優勝者よ、其方は我が蒐集品にその力を示した、そやつは強者に対しては礼を尽くす。返礼してやれ」
「返礼って……こうか?」
上から響く竜の言葉の通りに、遠山は取り合えず腰を追って真っすぐ直角90度に礼をする。
「ぶも」
「お?」
どうやらミノタウロスは満足してくれたらしい、一鳴きした後、さらにこちらに手を伸ばしてくる。
「ぶも」
「そやつは認めた者ならば肩に乗せるぞ。テリオスにここまで運んでもらえ」
竜が上の浮いているフロアから声を下ろしてくる。確かにミノタウロスに運んでもらえれば届きそうだ。
「乗れって事? マジかよ」
おそるおそる、遠山がミノタウロスの手のひらに上へ。地面と同じくらいに固く、しっかりしている。普通に地面と変わらない足場だ。
「ぶもももももも」
遠山の身体と同じくらいあるミノタウロスの顔が歪む、もしかしたら本人?なりの笑顔なのかもしれない。
「うおっと」
あっという間にぐいっと持ち上げられる、視野が広く、そして観客席と同じ高さに、一瞬でまたそれよりもはるか高く、歓声の渦を昇るように闘技場空間の最も高い位置へ。
「あら、どうも~凄い戦いでしたよ、竜殺しのトオヤマナルヒト様、本当にお越しいただいてんですね」
「よう、最近よく会うな。フォルトナ殿下。メイド服がお似合いで」
「あら、光栄です、あなたもその返り血が目立たないローブ、よくなじんでおいでですよ」
「そりゃどうも。貰いもんでな。送り主のセンスがいいらしい」
「ああ、それはそうでしょう。どうぞ、前へ」
恭しくロングスカートの両端を持ち上げて礼をするフォルトナを通り越し、遠山は前へ。
歓声は未だ下から響く。空中に浮かぶフロアの奥に彼女がいた。
玉座のような椅子にゆうゆうと腰掛け、長い脚を組んだまま尊大にこちらを見下ろしてくる。
美しい豊穣の豊かな金髪は彼女が扱う金色の焔のように揺れる。空の最も高い場所、ダークブルーの成層圏を閉じ込めた蒼い瞳には人ならざる縦に裂かれた瞳孔が静かにこちらを見つめてくる。
竜が、いた。
モンスターを退け、冒険者を蹴散らし、古代種に力を示し、英雄と競い、たどり着いた先には竜がいた。
「……」
彼女は何も言わない。友誼を結び、この世界で初めてできた友人であるはずの彼女はここまできてまだ、こんな感じだ。
さて、どうしよう。そうだな、まずは話を聞くか。それともこの前のあの夢の世界の話でもするか。あんときの制服姿は似合っていたとか、ドラゴンの姿はかっこよかったとか、あの化け物きもかったよなとか。
ピコン。
【スピーチチャレンジが発生します。竜の興味を引き、竜の関心を得て、竜との関係を修復しましょう】
舌の挑戦が冒険の手助けを。そうだ、考えると竜大使館でのいざこざも会話によって切り抜けた。舌を用いて、意表をついて、意志を示して。
【サイドクエスト・”狩猟大会”が進行中です。スピーチチャレンジに成功する事でアリス・ドラル・フレアテイルとの関係性が修復されます】
【クエストが連動しています。?????の干渉によりこのスピーチチャレンジには運による補正が働きます。どんな言葉でも竜はあなたの言葉を聞くでしょう】
メッセージ。遠山の冒険を時に助け、時にややこしくする奇妙なシステム。これもまた遠山の冒険といつもともにあった。
めんどくさい竜を説得し、仲間に引き入れる。ああ、それは冒険だろう。誰しもが思う自由な冒険を飾るイベントのひとつだろう。
「……」
「……さあ、竜殺し様、アリスお姉さまの前へ」
目の前に竜、背後には王女様。冒険の配役としては上等だ。
さあ、冒険を。一心不乱に攻略を。祭りの日はまだ続く。死の予言も未だ見通せず。危険やトラブルが大量に。
さあ、さあ、さあ。冒険者よ。前へ――。
運命を。
【クエストが進行します】
冒険を。
【スピーチチャレンジが進行します】
異世界オープンワールドの攻略を――。
【目標。蒐集竜・アリス・ドラル・フレアテイルの攻略を開始――】
「ドラ子さあ、君なんで屋台に来ないんだよ、どういう事だよ、このすっぽかしドラゴンがよお」
「――えっ?」
「……は?」
【はァ?】
きょとんとしたドラゴン、目を見開く王女。
遠山の放った言葉は、竜を懐柔するものでも、攻略するものでもなく。
【スピーチチャレンジを――】
「うるっさい、黙れ、消えろ、今そういう気分じゃねえ」
ぺしん。現れたメッセージを蝿を叩き落すようにぶったたて黙らせる。メッセージはすんっと消えた。
「え、いや、その……」
「それにさあ、ドラ子くんさあ、君、なーんかこの前から、というかここに来てからもそうだけど、なんかよそよそしくない? さっきもさあ、俺と目が合ったら逸らすわ。なんか微妙に上から話しかけてくる時も距離感あるしさあ。なに? 俺なんかしたか? ん?」
「う、あ。いや、そ。のう……」
ねちねち、ねちねち。嫌味とは裏腹にはっきりした足取りで遠山がずんずんと竜の元へ進む。
会場の誰しもがいつのまにか固唾をのんでいた。それは次の瞬間には遠山が竜に殺されてもおかしくないからだ。
「……」
後ろにいる王女の表情を見るものは誰もいない。
「そもそもさあ。えーっと、なんだっけ。竜は約束を守る生き物だっけ? んん? あれ、お前、確か俺らの屋台に来てくれるっつー話だったよな?」
「あ、う。それは……」
ああ、だがいつまで経ってもその男は、焼かれない。竜がその男を殺すことはない。
ああ、そうだ。これはとてもシンプルな話だったのだ
。この会場にいる人、いやこの世界のすべての人にとって彼女は”蒐集竜”であるけども。
「ドラ子」てめー言い分があんなら聞いてやらんこともないぜ? んー?」
遠山にとっては彼女は”友達”だ。
そう、これはつまり。
「てめー言い分があんなら聞いてやらんこともないぜ? んー?」
「む、むむう……」
玉座に座る竜の真ん前、チベスナが竜を見下ろしガンつけて。竜が困ったように唸りだす。
――友達が友達に、文句を言いに来た、ただそれだけの話だ。
「なに、これ」
ぼそっと。
漏らされた言葉は本人以外には届かない。
「ドラ子、ドラ子よお、んで、何か言うことは?」
「……って」
「ん?」
「だって、……貴様が、貴様のとこになんか、たくさんオレ以外の仲良さそうなのがたくさんいたし」
「はあ? なに? お前もしかしてパン屋の近く来てたんか?」
「む。むむむむ」
「あ、また黙ったぞ、このドラゴン。オラ、話せ、黙るなドラゴン」
がたん、がたん、がたん。
アガトラの市民たちは今信じられないものを見ている。
揺らしている、蒐集竜の座る椅子を! なんかガキがするいたずらのようなことを真顔で!
観衆たちが悲鳴を上げ、何人かは気分を悪くしたように頭を押さえてうなだれている。
「こ、こら、オレの席を揺らすでない! 貴様、な、なんか近いぞ、距離が!」
「それだ、それも気に入らねー、ドラ子。俺の名前、貴様じゃねえんだけど」
「む、だ、だから、揺らすなと言うとるのに! オレは竜だぞ!」
「あっそ、俺は冒険者だ。で、名前は貴様じゃない」
「む、むむむむ! わ、わかった! わかったから、ナルヒト!オレの席ををゆらすな!」
「はいよ、ごめんね。ようやく名前呼んだな、ドラ子」
「むー……ほんと、ほんとなんなのだ、貴様は。オレは、オレがバカみたいじゃないか……オレばかりがおかしくて、貴様は何も変わらなくて」
声を小さくする竜、きっとその言葉は遠山と、背後の者にしか聞こえていない。
「オレは、変なのだ。あの日。あの夢の時からずっと、オレは何か、貴様のことで、貴様を、ナルヒトを見ると――」
竜の蒼い目から小さな雫がこぼれ――。
「あ、そうだ。ドラ子、すまん、ちょっとこれ見て」
――る前に、遠山が玉座の腕掛けの部分に腰を預けてローブから何か取り出した。
もう誰もこの男のペースについていけていない。
遠山が取り出したものは――。
「…………なんだ、これは」
「お前のフィギュア」
「ふい、ぎあ……? は?」
そこにあったのは、見事な再現度で造られたアリス・ドラル・フレアテイルの未塗装フィギュア! 美しい顔をそのままに、衣装の揺らめきや、手にまとう金色の焔までも忠実に再現、そして何よりはその表情!
「すまん、事後報告になった。工房のドワーフの中に天才がいてな……つい……その作ってもらっちゃった」
「これ、どうするのだ?」
「飾る。んで、すみません! ドラ子さん! どうか、どうかこれの商品化の許可もいただきたく!! 大変差し出がましいことではあるんですが!」
瞬時に土下座の体勢を取った遠山が地面に頭をこすりつけたまま叫ぶ。
このフィギュアの件に関しては完全に、遠山のダメなオタク部分の暴走故に出来てしまった産物だ。本人もそれは必死に謝罪する。
「ナルヒト、貴様、まさか、この為にわざわざここまで、狩猟大会に来たのか?」
「え、まあ、これもある、でもどのみちここに来て、逃げ場なくさないとお前ずっと俺を避けてそうだったし」
「そう、か」
「はい、そうです」
沈黙。
竜が額を押さえて、顔を伏せて。
やばい。怒らしたかもしれない。遠山は思わずラザールとストルの姿を捜す、でも考えるとアイツらは竜案件の時はすっと姿を消しているのであんま関係なかった。
「ふかか」
「うん?」
「ふふ、ふふふふふふ。ふかかかかかかかかかかかかかか! ――”あっはっはっはっは、なんだよ、それ! あっはっはっはっは” ふかかかかかか、貴様、ナルヒト貴様は、バカだな! ふかかかか、ああ、ナルヒト――」
竜が笑う。お腹を抱え、目じりに溜まる涙をぬぐい――。
一瞬、ほんの一瞬だけ、その瞳の色が黒に。
「――”とーやま”は」
「――あ?」
今、ドラ子の様子が。
だが、次の瞬間にはもう、彼女の瞳は蒼い瞳に。
「はあ、笑った。良い、もう良い。何か馬鹿らしくなってきた。そなたの事で悩むのは、もうやめだ、付き合いきれんよ」
「おっと、そこはかとないバカにした感。え、フィギュアはちなみに……」
「ふむ……見れば見るほど素晴らしい出来よな。……オレの姿を模した像はあれどこれほど小さく、また精巧なものは見たことない。条件を付けよう。これの作者と会わせよ。であるならそなたの商売にオレを利用することも許す」
「マジかよ、ドラ子。あー作者の先生には俺からいよーくお願いしとくよ」
「ああ、そうしてくれ。ああ、もう笑いすぎて疲れた……ナルヒト、もうオレ達、何をしていたんだろうな」
「あ、そうだ、狩猟大会、そういや、なんか竜から贈呈品があるとかないとか」
「ふか」
「ん? なんだ、その反応」
竜がまた固まる。
「いや、そ、のな。実は、2つ、用意しているのだ。……ナルヒトがここに来た時に……仲直りできた時に渡そうと思ってたもの別にある。1つ目は竜大使館の蒐集品から気に入ったものを渡そうと思う。これは竜祭りの後に屋敷に来て選ぶが良い」
「え、マジ? 大盤振る舞いじゃん」
「で、その、もう一つのものは悪いが、選ぶことができなくてな……、あ。も、もちろん、い、いらなければそれで、いいんだが」
「え、いらない訳ないじゃん。いや~たのしみだなあ! 俺、考えたら何かに優勝するとか体験あんましてないからよー。なんかメダルとかくれんのか?」
「……これ、だ……」
「ん?」
おずおずと竜が玉座の裏に回り込み、腕にぶら下げたそれ、小さな籠、バスケットを差し出してくる。
そこには包み紙にくるまれた板状のもの。茶色で、暖かくそして、香ばしい香りがする。
「く、クッキー、焼き菓子を焼いてみたのだ……その、ヒトは仲直りするときに食べ物を送ったりすると聞いてな……コーアという少しほろ苦い木の実を使った、御菓子で……う、うまく焼けたと思うのだが……で。でも、いらなけば本当に大丈夫だ、ほんとはもっと練習して渡したかったのだが、慣れてなくて」
おずおずと視線を下にもじもじしながら呟くドラゴン。
遠山からの返事はなく。
「あ、や、やっぱり、やめ――」
「え、おい、マジかよ! ”ココアクッキー”みたいじゃん! もらいまーす!! おお、うめえ!」
「ふか」
その辺のデリカシーがもちろんない遠山がもぐもぐと差し出されたクッキーを食べる。
小麦、いや天使粉の芳醇な香りとほんのりほろ苦いココア風味がとても良い。良い火と炉で焼いたのだろうか、ほんのりと暖かい。
「お、美味しいか? 変じゃ、ないか?」
「おお、マジで美味い……これ、レシピ知りたいな……ドラ子、これどんなレシピなんだ?」
「そ、そうか、美味しいのか……良かった。う、うむ、レシピだな、ふむ、どうやら顔見知りのようだからちょうどよい。フォル、ここに」
「――はい、アリスお姉さま」
そして。
彼女がその場に呼ばれる。
ずっと、ずっと。竜殺しと竜のやり取りを背後で見ていた彼女が。
「狩猟大会の後、屋敷にナルヒトを招く。その時で良い、そなたが教えてくれた焼き菓子のレシピを教えてやれ」
「――はい、お姉さま」
「ふかか、良い日だ、今日は。オレは本当に愉快な友をえたものだ。……だが、ふむ」
言いながら竜が、アリスがフォルトナの顔を見つめる。
「フォル、そなたもまた、オレのー―」
「アリスお姉さま」
竜の言葉を王女が遮った。普段の彼女なら決してやらないことだった。
「む?」
「お恐れながら、まずは観衆にお姉さまのお言葉を、狩猟大会の優勝者のご紹介をされては?」
「む、それもそうだな、ナルヒト、こっちに来い、今からそなたの紹介を――」
今日は竜にとって良い日だ。友とのわだかまりもなくなり、古い知己への認識もまた新たなものになるかも知れない。
ヒトは退屈だ、世界は退屈だ。
だが、案外そうでもないのかもしれない。
竜殺し、そしてフォルトナ。
フォルトナに、竜への挑戦心があるのは知っていた。そしてそれを竜は好ましいものだと思っていた。
良い、と。
時が来れば受けて立とう。強き定命の者からの挑戦、それを受けるのもまた竜の誉であり、愉しみであると。
ああ、ナルヒト。そなたがここへ来てから、そなたと出会えてから、オレは世界をもう退屈とはつまらないものとは思わないよ。
割と、そう、世界とは生きるとはたのし
ばたん。
ごんっ。
「えっ?」
「……」
それは頭を打つ音だった。体を急に倒して、なんの受け身もなく倒れた人体が鳴らした音だった。
「……え?」
男が急に倒れた。誰が、ナルヒトだ。
トオヤマナルヒトが、急に倒れて――。
「ナルヒト……? ど、どうした? つまずいたのか?」
「」
男は何も答えない。
それどころか――。
「あっ」
つー。
男の顔、うつ伏せに倒れてピクリとも動かない顔の辺りから液体が流れている。
赤にシロが混じった血だと気づいたのは竜の嗅覚故。
「ナルヒト? ナルヒーー」
「クスクス。あらあら、まあまあ。ふふ、あーあ、当たっちゃいましたか」
アリスが遠山の元へ駆け寄ろうとした瞬間、笑い声がした。
「は?」
「ねえ、アリスお姉さま。大変です、どうやら、お姉さまが作ったクッキーの中に、コーアの実じゃないものが混ざっていたみたいです」
「……待て、フォル、貴様。何を――」
竜は知らなかった。いや、知っていたはずなのに、あの日、身を以て体験したはずなのに、それを忘れてしまっていた。
「あーあ」
フォルトナ、その星型の虹彩の目が歪む、物言わず斃れた男の流れる血を見て。
「本当に、食べてしまったんですか?」
ヒトの持つ、悪意を。竜は――。
【猛毒であるカークオを摂取しました、あなたは死亡しまー―いえ、違いましたね。貴方は”ヒューム”ではありません】
ピコン
【特性が適用されます】
【ホモ・サピエンス】
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