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133話 ナルヒトと人知竜

 


 ピコン



【秘蹟”幸運”により発動していた竜界の障壁が崩壊しました】



【トオヤマナルヒト所有の()()()()()()はすでに竜の権能すらその対象とすることが可能です】



【秘蹟”幸運”による世界改変に失敗しました、人体が損傷します。脾臓の破裂――、スキル”幸運”により秘蹟”幸運”の代償を再判定。唇の薄皮一枚断裂に変更】




「あら……」



 ぺろり。唇をフォルトナが舐める。いつのまにか切れていた唇の端から滴る鉄さびの味を舌で転がす。



「おい、バカ姫。ほら」



「あら、どうも、ウィス。……ふふ、どうやら本当に竜殺しはやって来たみたいですね」



「あんたの幸運で竜の障壁が発動してたんじゃねえのかあ?」






「たった今、それは消えました」




 フォルトナの言葉に、シンと沈黙が鳴った。



「……ほお、そりゃあ、いいなあ」



「ウィス?」




「いやあ、なに。どんな方法にしろよお。竜の障壁を壊せる方法を竜殺しは持ってるってことだろ? いや、なんだ、個人的な楽しみは、蒐集竜だけかと思ったら……竜殺しも楽しめそうじゃねえか」



 ウィスがその肉食の獣のような精悍な顔つきを歪める、恐らくは喜びの表情だ。




「あなた、最初は竜殺しと戦うの嫌がってませんでした?」




「ああ? 嫌だよお? 得体の知れねえ気持ち悪さが奴にはあるからなあ。だが、もしかしたらアイツは俺様の一族の呪いを解くきっかけになるかもしれねえ……そうかあ、竜の障壁を壊せる冒険者かあ」




 ぽん、ぽん。



 ウィスが腰にぶら下げているバケツヘルムを叩いて。



「その兜ですか?」



「ああ、この兜。竜祭りの日から、いやアガトラにきてから妙にこの兜が軽くなっていってんだよ。昨日ようやくそれに気づいてなあ。古い一族の呪いは、もしかしたらここで終わるのかもなあ」




「竜殺しにその兜を渡すおつもりで?」




「正確には押し付ける、だな。まあそれが出来れば最高だ。それに、シンプルにこれは俺様の趣味の話でもある」




「ああ、そういうこと。……わたくしの恐ろしい英雄、せいぜい祈っておきますわね。竜殺しがかの老兵と同じようにあなたの敵、足り得ることを」




 フォルトナが窓をしめながらお道化て呟く。



 もう昨日までのどこかぎこちない様子は彼女から消え去っており。



「ああ、どうもお。……楽しかったなあ、あの爺との殺し合いはよお……」



「はいはい、物騒なこと言うのやめれくださいな。では、そろそろ向かいますか。ウィスは地下闘技場へ。わたくしはアリスお姉さまをお呼びに行ってきますね」




「おお、蒐集竜、様はどちらに?」




「キッチンです」




 ウィスの問いにフォルトナがけろっと答えて。



「……なんでえ?」





「ふふ、女の子同士の秘密、です」





 にっと、フォルトナが笑う。片目を瞑って、ひとさし指を口に添えて。



 いたずらを思いついた向日葵の子どものように。




 ◇◇◇◇





「おお~! すっげえ人だかり。ここまでの道もすごかったけど、ここはさらに、だな」




「竜祭り2日目の中心的催しだもの。でも、さすがは竜様ね。ちらっと確認しただけだけど、帝都や芸術都市の重鎮たちの顔も見かけたわ」




 竜の障壁を超えたのち、竜大使館の前にたどり着いた。ここもヒトでごった返している。




「主教様、馬車はここで良い?」



「ありがと、スヴィ。トッスル、羽の子に馬車の見張りをお願い出来るかしら?」




「御意、主教様。私は以降、また潜んで遠隔で御身の守護を」




「ええ、ありがとう、頼りにしてるわ、トッスル」




「ありがたき」



 しゅんっと猫獣人のトッスルがまた人混みの中へ消える。数秒は遠山も気配を終えていたがすぐにそれも追えなくなった。




「さて、これからどうする?」




「そうね、ここからはあんたとはいったん別行動かしら。私は貴賓席に招待されてるし。……打合せ通りに行きましょう」





「おお、了解。まずは、ドラ子との合流だな」




「ええ、頼んだわよ、トオヤマナルヒト。現状この状況で一番まずいのはアンタと蒐集竜様とが分断されてんのが一番まずい。もうシンプルに直球で、あの方の逃げ道をふさいでなんとかこっちに引き込むわよ」





 ピコン



【サイドクエスト”狩猟大会”が開始されます】



【クエスト内容・あなたは主教と共に死の予言に立ち向かう選択をとりました。現状、敵は狡猾でいまだその正体を完全には明かしていません。ヒュッケバインの卵は巣にのみにある、いや、アンタにわかるように言えば、虎穴に入らずんば虎子を得ずって奴ね、ゴホン。――敵の用意した罠に飛び込むのも時には必要でしょう。竜大使館で行われる狩猟大会において活躍することで、敵の動きを探ることが可能です、また、あなたを避けている蒐集竜ですが、狩猟大会で優勝すれば彼女との謁見も叶うでしょう。竜は儀礼を重んじます。己の前で力を示した戦士に非礼を働くことはないでしょう】



【クエスト目標・”狩猟大会での優勝”】




 遠山が視界に流れるメッセージを確認する。



 昨夜、屋敷で主教と打合せした作戦はシンプル。



 フォルトナの誘い、竜大使館での狩猟大会に乗り込み、ドラ子になんとしてでも会う。その途中でもし、遠山と主教を狙う存在がいればそれを返り討ちにするという脳筋大作戦だ。



 そんな脳筋作戦を可能たらしめているのが――。




「すぷぷ。いやあ、何度見ても、なかなかにあの幼竜も住まいのセンスがいいねえい。ヒナヤ奥石に、ソプラノ石を建材のベースにしている帝国様式の屋敷。ふむ、彫刻の類は……おや驚いた、あれはヘレルの塔で手に入れたのだねえい……ふむ、どうしよう、少し欲しいなあ」





 魔女の三角帽子に、白と黒のゆったりローブ姿の銀髪美竜が竜大使館を眺め、はえーっとしている。



 ご存じ、遠山の愉快な仲間の1人、人知竜だ。





「……まあ、正直あのお方が味方の時点で、向こうが何かしてくる可能性ってほんとに少ないんだけどね」




「そんなになのか? いや、ドラ子と同じでとんでも生き物だっていうのは分かるんだけど」




「人知竜……様を敵に回した時点で、それはつまりこの世界中の魔術師を敵に回すっていうことよ、正気だったらそんなことありえないわ」




 もし、正気じゃなかったら? 


 遠山は喉元までやってきた言葉を飲み込んだ、そんな仮定を目の前の銭ゲバがしていないはずはないからだ。




「怖いのは、私たちの敵が人知竜様を敵に回した時、それが狂気ではなく、正気を以て行われたパターンよ、それはつまり敵は竜を敵に回してもよい準備があるということになるしね」



「もしもの話をするとキリがねえな。まあ、お互いベストを尽くそうや」




「そうね。最後に確認、狩猟大会には本当にスヴィをつけなくていいの? 彼女のフォローがあれば狩猟大会の優勝は確実になるけども」




「ふんす」



 ちみっこ聖女のスヴィパイセンが馬車の御者台から降りて腰に手を当てて胸を張る。




「だろうな、パイセンが強いのはよく知ってるよ。でも、パイセンはあんたの護衛にしておこう。キングが問答無用の暴力で取られるのが怖い」




「ぶい、任せて、こうはい。主教サマはわたしがばっちりお守りするので」



 無表情のままピースしながらうんうんとパイセンがうなずく。



「だ、そうだ。主教サマ」




「ま、こっちからしたらありがたい話なんだけど。それにしたってあんた、せめて第一の騎士か、影の牙を連れてくればよかったのに」




「主教サマ、今のこうはいに必要ないよ」




「え?」



 主教の言葉に珍しくスヴィが首を横に振って。



「こうはい、初めて会った時と比べて、ものすごく強くなってるから」



 スヴィの蒼い瞳がじっと遠山を見つめる、きっと彼女には主教には見えていないものが見えている。



「パワーアップイベントはこなしてきてるぜ、ボス」




「……ああ、はいはい、これだから戦闘出来るタイプの脳筋は嫌だわ、言語化出来ない謎の共通認識があるんだもの」




「まあ、分かった。ここから先はお互い賭けるしかないものね。――トオヤマナルヒト」




「あ?」



 ふとかけられた言葉、主教がまっすぐ遠山を見つめていて。



「死ぬんじゃないわよ。アンタは私の部下なんだからね」



 すっと、彼女の糸のような目が開いた。紫水晶を施したような理知の光を宿す目が、遠山を映して。




「――ひひひ、あんたもな。俺の上司なんだからよ」





 ぱちん。軽く手のひらを叩き合わせる。小気味よい音と軽い感触が返ってきた。




「厄介で生意気なクソ部下だけどね。幸運を」



「こうはい、ファイト」




「ああ、どうも、先輩」




「おや、話は終わったかい。すぷぷ、良いねえい、糸目ちゃん。君は実にいい、天使教会に置いておくのがもったいないねえい。僕の臓器を受領する気はないかい?」




「あら、人知竜様、光栄ですが、私にはきっと魔術師の素養はございません。御身の尊き血肉はまたふさわしきものにお与えになるのが良いかと」




「すぷぷ、それは残念だねえい。素気なくされるとより興味が湧いてくるのはボクの悪い癖だけどお……今回は諦めておくかい、さて、トオヤマくん、ボクはキミの味方だ。さあ、君はこの人知の竜に何を望むんだい?」




「あんたにはこのまま銭ゲバの護衛についてもらいたい、頼めるか?」




「ふうん、すぷぷ。妥当な判断だねえい。いいとも、ほかには?」




「あんたが戦闘不能、もしくは無力化された時のことを話したい」




「えっ、ちょ、トオヤマナルヒト? あんた、何を――」











「――定命の者よ」






「いっ」

「あ」

「え……なに、なに、この寒気」

「おうええ……」

「ちょ、やだ、怖い」

「か、身体が……」

「動かない……」



人々が慄く。



 かああああああ、かあああああああああ。



 冒険都市の半径数キロの生き物、小動物から鳥類、獣、そしてモンスターにヒュームたち。ありとあらゆる定命の存在がその本能に根差す恐怖により、動きを止めた。




 獣はソレに見つからぬように声を潜め、鳥はソレに見つからぬように自ら地面に墜落し、モンスターはソレに見つからぬように自ら命を絶ち、ヒトはソレに見つからぬように一切の動きを止めた。





 全ての生き物たちが、死に近い動きを、静止を選んだのだ。




 全てはこのたった一人の竜の怒気に見つからないために――。







「「「「「「「「――」」」」」」」」」




 一瞬の間に、遠山鳴人の周りを騎士鎧の身を包んだ古い魔術師たちが囲んだ。



 彼らはそれぞれ己の獲物を。指輪をはめた指先、大きな杖の先、指揮棒のような杖、結晶で出来たナイフ、細身の長剣を構えて。





 様々な魔術の触媒、そこから放たれる式は遠山の命を狙っている。








「ひえっ」


「主教サマ、こちらに」




 主教と聖女がノータイムでその場を離れる。蛇ににらまれたカエルのように体を固めた主教を聖女が肩に抱えてえっさほいさ。






「それは、(わたし)への冒涜か? 小さき者よ」





 それは、まぎれもなくこの竜の本質のひとつだ。



 トオヤマへの理由なき親近も想いもきっと本物だろう、トオヤマの味方になるという言葉も本物だろう。




 だが、それと同時になんの矛盾もなく、この傍若無人な殺意は両立してしまう。




「答えよ、小さき者よ、今の言葉はなんだ。――この我の力を見くびっているのか?」




 その竜の前では昼すらも夜となる、その竜の前では人が数百年もの歳月をかけて用意した力でさえ指先ひとつで消える。




 その竜はヒトに優しく、甘く、近く、そしてー―。





「それとも、先に思い知るか? 其方の見くびる我の力をー―その身で」



 残酷だ。



 彼女の影はもはや人の形ではない。



 幾重にも絡まり、ねじ曲がった異様な角、鋭く細い千枚通しのような牙、尖ったアギト。




 竜だ。その麗しい人の身のうちにひしめく本当の彼女の姿が影となり現れている。




 人知竜。彼女もまた、竜なのだ。



 どれだけ気安くても、どれだけ親しみやすくても、どれだけ美しくても。人とは異なる生き物。ゆえにその感覚も、その在り方も、悲痛なほどに人とは違う。






「ああ、それもよいだろうなあ。竜殺し……答えよ、今の言葉を取り消すか、否か」






 暴力と支配を根源の欲求とする上位の生き物が、ヒトに問いかける。




 どろ、どろどろどろ。



 人知竜の足元の地面が溶けだす。土が意志をもつかの如く浮き出して、蛇のように空中を舞う。



 じゅうう、垂れた土が地面を溶かしていく。いったいこの竜は土を何に変質させたのか、どのような現実を侵したのだろうか。




 竜の足元から伸びる影、竜の角の影が嵐に舞う柳の葉のごとくざわめき、次第に遠山の足元へ伸びていく。




「それとも、ああああ、怖くて、声が出ぬか? 我が身を見よ。我が声にこたえよ、定命の者よ。この姿を見よ、我が威を見よ」



 竜が試す、ヒトが答える。



 がこの世界の決まり。魔術師、人知竜の血肉をその身に宿し、ヒトからの脱却を目指す彼らですら、主の怒気のまえに久しく忘れていた恐怖を思い出す。




「これでもそなたは我が、遅れをとると思うのか?」




 そして、竜の影が遠山の影に触れて。万物を溶かす土が遠山の周囲を囲んで。





 竜が、嗤った。




「ヒトごときに――」



























「はい、隙あり」





「……………ぇ?」




 ぱさり。



 人知竜の三角帽子が、彼女の頭から外された。




 誰に?



「え……?」



 1人の騎士鎧姿の魔術師が、今まで遠山へ指揮棒のような杖を向けていた魔術師が気づいた。




 いつのまにか、さっきまでここにいた男がいなくなって。




 その男の血は白色だ。



 その男はすでに神兵としての器になりかけている。それはつまりー―。




遺物拡大解釈(オーバーロード)五里霧中・きりまぎれ」





 いずれ、遠山は行きつく先に行くのだろう。その身体に棲まう者の力、全てが傅くことになるだろう。



「うわ、めっちゃ触り心地いいなこの帽子、ビロード?」



 背後を取る。



 この世界の法則を書き換える術を持つ異端の存在、魔術師も、星の法則すら我が物とする魔術の祖も、誰もそのたった一人の男の動きを捕えていたものはいない。






「まあ、ざっとこんな風によ、あんたの初見の力で不意打ち食らったりした時の話だよ、人知竜」



「――」



 人知竜が、ゆっくり、ゆっくり振り返る。



 そこには己の三角帽子を目深にかぶり、へらへら笑う男の姿が。





「な、な、ど、どうや、って」




 人知竜が途切れ、途切れ、あえぐようにつぶやき。




「秘密。ドラ子といい、アンタといい、ドラゴンども、アンタらは大きな弱点があるな」



「へ?」



 ぽかんと呟く賢いドラゴン。目をぱちぱち開けたり閉じたり。





「舐めプしすぎ」



「――あ、う」




 ぺたん。



 人知竜が腰砕けにその場に座り込む。魔術師たちが血相を変えて人知竜の元に集って。





「さて、これで一回死亡だな、人知竜」






 にいいっと、嗤う遠山。



「あ――」



 その顔に、人知竜が目を大きく見開く、そのあと頭を押さえ呻いて。





「ああああ……そう、だった、そうだったねえい……そうだった、君は、探索者――だったねえい、すぷぷ――ああ、嫌な奴を思い出しそうだよ」




 何かを思い出して、酷いものを見たかのように頭をいやいやと振って。




「小さき定命の者の話を聞く気になったか?」




 賢いドラゴンは素直なドラゴンになった。




 こくこくと、遠山の言葉に何度かうなずいた。



読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



ダンワル2巻も出るので凄えたのしみにして頂ければ。



ストルがめちゃくちゃええんじゃ……

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― 新着の感想 ―
[良い点] またチベスナマンが竜にわからせしてる……
[良い点] オラもストル好いぃ
[気になる点] 人知竜の臓器の腑分けって「貴方」の腑分けされた臓器のダウングレード版なのかしら。「貴方」の臓器はそれぞれ役割があって持ってる能力も其々だけど人知竜は魔術の才能を見出すだけ?とか
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