131話 1日目の夜 それぞれの前哨戦
「ういーす、じゃあとりあえず、今日一日お疲れ。がきんちょどもは?」
夜、竜祭りの夜の部はまだ続いているのだろう。
窓の外から街から響く音楽が夜風に乗って、わずかに届いている。
「よく寝ていますディス。みんなかなり頑張ってくれてましたから、相当疲れも溜まってる筈ディス。水浴びしてご飯食べたらすぐすやすやでした」
「ふむ、水浴びもいいが、そろそろその辺も考えないといけねえな。竜祭りが終わった頃にはよ」
「ふう、始まった時はどうなるものかと思ったが、なんとか形にはなりそうだな。人知竜様と魔術学院には当分頭が上がらないよ」
パン屋の屋台、初日をなんとか乗り越え、撤収。夕飯を済ませて、子供達が疲れで寝静まった後、遠山の一味はリビングでテーブルを囲んでいた。
「ディス、連中にも人の心があったのが驚きディス。まあ. ラザールのパンがそれほど素晴らしいものだった、という認識が正しいのでしょうけど」
簡素な布の寝巻き、いつものポニテを解いてただの美少女になっているストルが椅子から足をぷらぷらさせながらつぶやいて。
「 すぷぷ、そうだねえい。ホットドッグ、あれは素晴らしいかった、新たなる知見だよう……」
ふわり。
そよ風が吹いた、そして次の瞬間には空いていた席に当たり前のように夜を従わせるような闇色の美女が現れていた。
人知竜が、急にきた。
「「「…………」」」
遠山がグビリと水を飲む、ラザールがむしゃりと夜食用のレベツの葉っぱにソーセージを包んだものを口に放り込む、そしてストルはイスのそばに立てかけていた剣を手にして。
「ッ!」
無言で振り抜こうとーー。
「ストップ! ストル! ハウス! ラザールくん! お酒をストルくんに飲ませて!」
「そ、それで落ち着くのか!? 対応合ってるか!?」
現実逃避から戻ってきた大人2人がストルを抑える。
その様子を人知竜はニコニコと見守っていた。
「ディス!! どこから入ってきやがりましたディスか! この魔術学院の護り竜は!」
「やだなあ、正義の幼体。そんなにいきむなよう。ずっといたさ。君が子供達を寝かしつける為に子守唄を歌っている時から、ずっとねえい」
「ぎゃ!? み、見てたのディスか!? お、おのれ、人知竜……」
「あー……まあ、ストル落ち着いてくれ。人知竜、アンタもあまりうちの騎士を煽らないでくれ」
「ふうん、うちの騎士、かあ。いいねえい、その呼び方。僕のことはなんて呼んでくれるんだい?」
によによ、余裕の微笑みの人知竜。
遠山はチベスナ顔で目をぱちくりした後に。
「人知竜」
名前を呼ぶ。
「……名前で読んでもいいんだよ?」
人知竜がコテンと首を傾げる。彼女の液体の闇のような髪が動きに合わせて垂れ下がる。
魔術師が見たらそれだけで、心臓が止まってしまうような可憐さに、チベスナがまた目をぱちくりして。
「アイ」
「しゅぷ」
チベスナに名前を呼ばれた人知竜が目を見開いて固まる。攻撃力は高いが、守備力は低い。
まあ、攻めるのは上手いが攻め込まれると弱いのは、ある島への攻略を見ても明らかではあった。
「やべ、固まった。まあいい。ちょうど話したかったメンバーが大体揃った。とりあえず、人知竜、今日はありがとう、本当に助かった」
固まった人知竜に遠山がぺこりと頭を下げる。
「俺からも同じ感謝の言葉を。古き偉大なる全知、いや、人知の竜よ。御身と魔術学院の皆様には感謝しきれない」
ラザールもそれに倣い、ぺこり。マナートカゲ。
「……なあに。ラザールくん。君はもっと胸を張るべきさ。気難しい魔術師たちを虜にした己のパン作りの才能をねえい……あれは、本当に美味しかったよう」
「光栄です」
「だけど、すぷぷ。今日のラザールくんの奮戦と感謝を伝えるだけの場じゃあないよねえい。ここは。遠山鳴人くん、何か僕に頼みたいことがあるんじゃないかな」
「なんでも、お見通しか。……ああ。ラザール、ストルも聞いてくれ。この前話した予言の話だ」
「予言って」
「そう、俺と銭ゲバのどちらか、あるいは両方がこの竜祭りで死ぬかもしれねえって奴」
「「……」」
「俺はこういうお約束には詳しくてな。古今東西、物語でよくあるのはこういうピンチを仲間を心配させたくなくて黙って自分1人でなんとかしようとするってのがあるあるなんだが、悪いが俺には余裕がない」
「だから、きちんとここで話していたくてな。……明日、俺と銭ゲバは予言に出てきた敵、かもしれねえ奴の誘いに乗る」
「以前の話では、何もしない、という方向じゃなかったか?」
「状況が変わったのさ。ラザール。今日、向こうの方から俺と銭ゲバに接触があった」
「一応、ワタシはあなたの動向に注意していたはずですが、怪しい人物は……」
「俺も、特に……」
「なるほど。たまたま運悪く、店が忙しかったのと、少し俺と銭ゲバが屋台から離れているタイミングあったろ? その時だ。だが、ラザールとストル両方の索敵から外れる、か」
何かがおかしい、話が出来すぎだ。やはりあのメイドの女は……。
「な、る、ほ、ど。トオヤマくん、つまり君、自分と銭ゲバちゃんを囮にするつもりかい?」
「お見通しか。そうだ、”幸運と英雄”。現時点では確定ではないが、怪しいのはあの女、フォルトナ・ロイド・アームストロングとその従者だ」
「フォルトナ……」
「ラザール、お前の元雇い主、か?」
「……王国は派閥がいくつかあってね。王に忠誠を誓う王家派、その息女、ルート第一王女を中心とした第一王女派、そして、子息である王子を盛り立てる王子派。この三つの勢力が主力で、俺は王家派に属する勢力だった。フォルトナ様、いや、フォルトナとは直接的なかかわりはないが……」
「現状、奴が仮想敵だ。知ってることがあったら教えてくれ」
「感想になるが、その、よく、分からないんだ」
「よくわからない?」
「あ、ああ。すまない、思考に靄がかかっているようで、その、思い出せない、考えてみると、これはおかしいな……」
「人知竜?」
「ふうむ、興味深いねえい。今、ラザールくんを視た。でも、魔術式や秘蹟の影響は見当たらないねえい。だけど、なんていうのかな。……なにかが、歪んでいる、という奴かな?」
「歪んでいる?」
「うん、言語化が難しいねえい」
「道、ふうむ。君たち定命の者にどう説明したらいいものか、なんというべきか、 ラザールくんが何も思い出せないというのが理由もなく決まっている、そんな感じだねえい」
「ディス? あなた、何を言ってるんですか?」
「ああ、心配しないで良いよ、正義の幼体、きみの頭が悪いんじゃなくて、僕の説明が迂遠だということは理解しているからねえい」
「トオヤマ、わたし、この女嫌いディス」
「ごめんなー、ストル。でも味方なんだよ、ごめんなー」
「……いや、人知竜様のいうとおりだ。俺は、何か、おかしい。フォルトナ、フォルトナ様……幸運、俺は、俺は何かを知って、覚えて……」
「ラザール、すまん、もういい」
「ナルヒト?」
「これでフォルトナとやらのきな臭さが増した。片付けるに越したことはない。良い加減、後手に回るのも、もう、面倒だ」
「トオヤマ、しかし、彼女は王族ディス。それに今や竜大使館の所属に……」
「それだ、ストル。俺と銭ゲバもそれで最初は様子見を選んだ。だが、今日、具体的に向こうから誘いをかけて来た、上等だ、乗ってやろうじゃねえか」
「作戦はシンプルだ。明日、俺と銭ゲバはフォルトナの誘い通り、竜大使館の狩猟大会に向かう。そこで、フォルトナがこちらになんらかの悪意をもった行動を取った時点で始末する」
「ふうむ、トオヤマくん、つまり、先手は向こうに譲る、と?」
「ああ、必要なのは連中を始末する理由だ。竜大使館に奉公に出てる王族を討つ正当な理由が欲しい、正当防衛って奴だな」
「もし、向こうが手を出してこなかったら?」
「その時はその時だ。良いことじゃねえか。俺や銭ゲバの考えすぎ、予言なんて適当なものでした、めでたし、めでたし、ってな」
まあ、その後にも仕掛けてきたりする可能性がないわけではないが、それはその時に考えればいい。
遠山は冷静に、相手を殺す算段を整えていく。要はこれはいつもと変わらない。怪物を殺すために装備を揃えたり、情報を集めたりするのと同じことだ。
「リスクがあるねえい。こと、殺し合いにおいて先手をむざむざ相手に譲るのは悪手だと思うけど……」
「その点に関しては、まあ、うん。そう。悔しいが、一つはっきり言えるのは、すでに俺たちは前哨戦で負けてるんだよ。フォルトナとやらが本当に俺を殺す仕込みとして、竜大使館に身を寄せたのなら、もう、見事というしかねえ」
「王族という立場、竜大使館という勢力の特異性。ドラ子っつー扱いの難しい災害みたいな存在さえも奴はクリアしたってわけだ。……中々の冒険上手じゃねえか」
「……トオヤマくん、キミ、今……」
「あ? あれ? ひ、ひひ。ああ、なんでだろうな。わかんねえ」
嘘を、ついた。
遠山は自分がなぜ笑ってるのか本当は理解している。
すこし、楽しい。
立ち回りの見事な敵の考えに思いを馳せ、それにどのように対抗するか、自分の駒と相手の駒を想像し、それの活用を考える。
対等な敵との争い。
その行為が、少し楽しかった。
遠山には今や大事なものがたくさん出来た。友人、仲間。前の世界ではあまり恵まれなかったものが、この続きの世界ではたくさん出来た。
負ければそれを全て喪う、全て無くす。それを理解して尚、だめだ、やはり、少し楽しい。
「すぷぷ、トオヤマくん、キミは救いようがないねえい。ああ、でも、とても良いねえい……」
「あ、やべ。そうか、心が読めるんだっけ? 竜は」
「おっと、気分を害したかい?」
「いや、そうでもない。……すまん、ラザール、ストル。一つ嘘をついた」
「嘘?」
「今、少し楽しいんだ。フォルトナってやつがどんな風に俺を殺そうとしてんのか。何をしようとして、どのように盤面を探ってるか、考えるのが、楽しい」
「ああ、うん。大丈夫ディス、今更トオヤマにそのへんの倫理観は期待していないディスので」
「むしろ驚きだ。本気で誤魔化せてると思っていたのか? ナルヒト、アンタ最初から笑っていたぞ」
「え、まじ?」
「あ、ああ、あれ? 待って? もう少し、ストルにしろ、ラザールにしろ、こう反応ないの? 今、俺、命狙われたり、最悪、負けたらお前らにも影響ありそうなことを楽しいとか言っちゃったんだけど」
「「慣れた」」
「慣れた?」
「「うん」」
「あ、そう……」
「すぷぷ、それで、人格に問題のある我らが竜殺し殿? 具体的な作戦をお聞かせ願いたいなあ」
「あー……うん。作戦、ああ。そうだな、説明するよ」
「作戦名は"正当防衛"、シンプルに行こうや」
にいっと、遠山が笑う。
蝋燭の火がゆらゆら揺れる中、影の牙、騎士、そして竜を交えた冒険の作戦は続いた。
◇◇◇◇
夜だった。
竜大使館のフォルトナに与えられた貴賓室の中、彼女はベッドに腰掛ける。
窓を見上げる、月の明かりが注ぐ。
「眠らねえのか。明日は早いんだろ」
当たり前のように彼女の部屋に侍り、壁に身を寄せていたウィスの言葉。
フォルトナが目を瞑り、頷く。
「ウィス」
「なんだぁ?」
「貴方は運命を信じますか?」
「……アンタにしか見えない矢印の話か?」
「いえ、それがね、もしかしたら、わたくしだけじゃないのかもしれないんです」
「あ?」
「それどころか、ふふ、わたくしはもしかしたら、とてつもない勘違いを、していたのかもしれません」
「……」
「お父様とお母様を人形にしました。魂を殺して、幸運にも手に入った魔術学院の力により人形にしました」
【クエスト名・"親子"】
【クエストクリア! "あなたは見事に王の魂を殺し、人形 に変えました"】
「上姉様を殺しました。あの老兵も、彼女を慕うものもその全てを屠りました、幸運にも覇王はわたくしの前に敗れたのです」
【クエスト名・"覇王、落日"】
【クエストクリア! ルート・ロイド・アームストロングを始末しました。覇王の道はあなたの前に潰えました】
「上兄様を殺しました。月の光もわたくしには届かず、彼の全てを負けさせ、殺しました。わたくしの、甥か姪になるはずだった者も殺しました」
【クエスト名・"新月の日"】
【クエストクリア! 貴方は王家の血に連なるものの殆どを殺しました。おめでとうございます。継承秘蹟の殆どを手に入れることが出来ます】
それは彼女の、冒険の記録。
道が示されていた。だからそれを履行した。
たどり着くべき場所が示されていた、だからそれを目指した。
出来るから、やった。
あとに残るのは、血まみれの冒険の記録。自分が進んだ道には慟哭と悲鳴と怨嗟のみが積もっている。
「でも、別にそれはいいのです。納得してやりましたから、別に」
フォルトナの独白を、ウィスは黙って耳を傾ける。
「運命を履行し、運命を進める。そうすれば先に行ける。わたくしはこの世界が嫌いです。だから、わたくしはなすがまま、気の向くままにやってきました、でも、もし、それが始めから間違えていたとしたら?」
「わたくしは、運命を履行するのではなく、わたくしが本当にやるべきは運命に逆らうことだったのでは?」
「幸運、この力がもしも、本当はその為にあったものだとしたら?」
「お父様もお母様も上姉様も上兄様も……トレナも、わたくしはもし、もしーー」
手にかけることなく、たどり着けたのでは?
その先をフォルトナは口には出来なかった。それをすれば、自分がどうなるか、分かっていたからだ。
「この矢印……」
フォルトナは、今、自分を指差す矢印に手を伸ばす。あの男がそうしたように、それを叩こうとして。
すかっ。虚しく、手はすり抜けるだけ。
決して矢印に触れることは出来ない。
「あは、ふふ。そうですよね、今更、そんな都合の良いこと……」
「姫様よお、悪いが俺様ぁ、アンタの苦しみはどうでもいい、理解もできねえし、するつもりもねえ」
あくびしながらウィスが言い放つ。そのまま壁に体を預けて。
ベットに座り、俯く主人をみて。
「前にも言った。好きにしろや、俺様はどっちでもいい」
「ウィス……貴方は……」
「俺様は剣だ、俺様は力だ。それだけでいい、でも、まあ、あれだ。アンタの気づいていないアンタの正体を俺は知ってる」
「え?」
「クソガキさ。アンタは結局、シンプルだ。ムカつくんだろ? 気に入らないんだろ? だから、王国をぶち壊した。癇癪で暴れるガキと同じさ。運命とか関係なく、多分アンタはいつかやってたぜ」
「あ……」
「だから、好きにしろ。俺様、もう寝る」
好き勝手に言って、そのままウィスが立ったまま目を瞑る。
フォルトナがそれをみて、少し笑う。
「好きに、ですか」
フォルトナが、呟く。
原点が彼女にはあった。生まれた時からムカついていた。生まれた時から腹が立って仕方なかった。
「好きに」
ああ、そうだ。
フォルトナが窓の外を眺める。
夜に、月が浮いている、炭を溶かし込んだ水の上にぽっかりと浮かぶ。
思い出す。
自分の原点を。
「幸運にも」
窓を見る、もう、それしか見えない。月が、本当に綺麗で。
「幸運にも、今日は、月が綺麗ですね」
ーーもう、それだけでよかった。
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