130話 トオヤマ≠フォルトナ
「うっわ、トオヤマナルヒト、アンタ……とうとう、ついに、頭が……」
本気の不審者を見る目だ。
主教が、糸目を燻らせて遠山を見つめる。
「あ、違う! 違う違う違う違う! これはそういうんじゃねえよ! つか、お前知ってるだろうが俺が……おっと」
クエストマーカーがまた、だ。再び遠山を指差す。
【竜大使館には向かわな】
「うっとおしいな」
すかさずそれをまた握り、雑巾搾りしてその辺に投げ捨てる。
「ーーなんで」
「うん……?」
「あ、いえ、ふふ、なんでもござ」
「うわ、また出てきやがる。なんだこれ。よっと」
息継ぎのように矢印を壊して曲げて捨てていく。
フォルトナの顔は逆光で隠れて見えない。
「ーー竜殺し様」
「うん?」
「明日、竜大使館で竜祭りを記念しての狩猟大会が開かれるのはご存知ですか?」
「え? あ、そう言えば街の呼び込みで、なんか……ドラ子にはなんも聞いてねえけど」
「最近正式に決まったことですから。……アリスお姉様はきっと、貴方様にきてほしいと願っているはずです。ええ、わたくしは、それをお伝えに参りました」
「狩猟大会? おい、なんだ、そりゃ……」
「ああ、そうですよね、お忙しいですよね、竜祭りで自由市場に参加しているのなら、そんな暇はありませんよね」
【クエスト目標・竜大使館には行かない】
「いや、行くけど」
まただ。メッセージが流れると同時に、また何かがおかしい。自分の頭の上に矢印が現れている。
また捨てる。当たり前のように。
「そーーうですか」
目の前の女、フォルトナの表情は変わらない。穏やかな微笑みを浮かべたまま、遠山をじっと見つめて。
「ああ、そうだ。あのドラゴン、このまま放っておくとまた独特な拗ね方しそうだし」
「そうですか」
「ああ、そうなんだよ。あんたは知らないだろうけど」
「いえ、知ってますよ。あのお方は、自由なようでいて、その実とても、繊細ですから」
「へえ」
「どうされましたか?」
「いや、アンタアレだな」
【主エスト目標・口を閉じろ】
【ク人ト目標・それ以上何も言うな】
【クエ公ト目標・やめて】
【クエス幸目標・従って。なんで、なんで、なんで、なんで】
【クエスト目運・あなただけ、なんで逆らえるの、なんで、思い通りにならないの、そう願ったのに、叶うはずなのに】
【運命・お前はそれ以上喋ってはならない、竜大使館にも行かない。アリス・ドラル・フレアテイルのことを考えることも許されーー】
目の前に一気に現れるメッセージ。いつもとは違う様子のメッセージが視界を埋め尽くさんばかりに。
ぴこん、ぴこん、ぴこん、ピコピコピコピコピ
頭に、腕に、足に、首に、顔に。身体の至る所にあの蛍光色の矢印が現れる。
それは、運命の知らせ。幸運なものが願ったことにより、幸運にも叶ってしまう望み。
運命は、今、遠山鳴人がそれ以上喋らないことを、今すぐ黙る事を決定してーー
【ウケるwwwwwwwコイツ本当人の話聞かねえwwwwwーーいいのよ、遠山鳴人。あんたはそれで。知識の眷属、ハーヴィーの名の元に。アンタの運命の補助輪役として、告げる。"技能、発動】
霧に飲まれかけているソレが、あまりの愉快さに一瞬浮き出る。
その冒険はすでにハーヴィーの興味の対象となっていて。
【"思い通りにはならない"】
「アンタ、ドラ子の事好きなんだな」
「」
ベキベキベキベキベキ。
フォルトナの差し向けた幸運が、終わる。
遠山を指していたいくつもの矢印が、勝手に1人でにねじ曲がり、歪み、へし折れていく。
人の話を聞かない、聞く気がまるでない男。
そもそも、そんな奴が他人が望む運命に従うはずも、従える筈もない。何せ、遠山鳴人の運命はすでに捻じ曲げている。他でもない自分自身の手で。
「ど、うやって」
「あ?」
フォルトナは知らない。運命を履行することで先に行こうとしていた彼女は知るはずもない。この男の現在ではのプレイスタイルはーー
「よし、決めた。店はラザールとドロモラに任せて、俺はその狩猟大会に行くわ。店の宣伝しちゃうぞー」
メインクエストぶん投げプレイ。
興味深いサイドクエストが発生すれば、メインクエストなんてもう、関係ない。
【メインクエスト"竜と運命"が失敗しました】
【サイドクエストが発生しました】
このメッセージ。いつもの感じだ。さっきまでの強制するようなものでなく。
【クエスト名"狩りの時間"が進行します。竜大使館に向かう事でクエストは進行します】
「ーー」
「まあ、というわけだ。メイドさん、どうも。ドラ子に伝えといてくれ。待ってろ、逃げんなよって」
「……承知、致しました」
表情がこわばったのは一瞬、フォルトナがすぐに柔らかく微笑んで、スカートの端をつまみ一礼。
くるりと振り返り、去っていく。
「あ、メイドさん、少し待って」
「……まだ、何か?」
ほんの少し、疲れているように見える彼女に遠山が差し出したのは。
「ホットドッグだ。良かったら帰り道でつまんでくれ。超美味いから」
「ーーありがとうございます」
ホットドッグを受け取った彼女がぺこりと頭を下げ、去っていく。彼女が振り返ることはない。
「……どう思う? 審問官殿」
主教の短い問いかけ。その意味がわからないほど遠山はボケてはいない。
「推定クロ。多めに見積もって灰色。でも、やるのは今じゃない」
「珍しく気が合うわね。……一瞬、アンタの奇行の前、私は一瞬だけど全部忘れたわ。あの王女様を警戒していたことや、アンタと擦り合わせた予言の内容とか。全部忘れてレイン・インの竜祭り限定衣装でのイベントの事と、お金のことしか頭になかった。これは……」
「判定に困るんだよ、アンタの記憶は」
絶妙にフォルトナ関係なしに主教の責任かも知れない記憶の一時的な忘却。だが、それは遠山も同じ事だ。
「で。どうするの? まあ、何はともあれ……7割は罠よ? このタイミングで、この内容。竜大使館で野暮なこと出来るわけがない、と思いたいとこだけど。……アンタという前例がある以上もう、ありえない、なんて言えないわ」
「主教様が俺の敵じゃなくて良かったよ。臆病で有能な権力者ほど厄介なもんはねえ」
「それ、褒めてるつもりだとしたらセンスなさすぎ。……本気で行くつもりなのね」
「俺の故郷には虎穴に入らずんば虎児をえず、というありがたい言葉があってだな。まあ、ドーンとやってみようや」
「古代ニホンの言葉の引用とかは色街の高いお店でやりなさい。鼻につくわ。……さて、どうしたものか。竜大使館か、教会の羽と、アンタだけじゃ向かわせるのは少し、足りない気がするわね。……まあ、でもどのみち狩猟大会へは私、顔を出さなきゃだし……ああ、なるほど」
「え、主教様も行くの? 竜大使館」
「ったり前でしょ。蒐集竜様の催しなんだから。つーかアレだわ。間違いなく、フォルトナが何かやらかすんならここだわ。結果的にアンタが向かうのは私たちにとっては妙手になるかも」
「お? またスーパーかしこが発動したか?」
「っさいわね、凡人が天才を茶化してんじゃないわよ。明日の竜大使館には、この街の権力者が揃う。舞台が整ってしまうのよ。本当にフォルトナが何かをしでかすつもりなら、一手で、冒険都市をめちゃくちゃにしてしまえる舞台がね」
「あー、確かにアレだな。火をつけるんなら燃料は一箇所にまとめてぶち込んだ方が、燃え上がる訳だ」
主教の言葉に遠山が頭を捻る。
「さて、どうしたものか。表向きはフォルトナは王国の貴賓客。暗殺はもってのほか、奴を怪しむ理由はあまり公には出来ない、となるともう、あれね。正攻法で行くしかないわ」
ため息をつく主教。その声色はしかし存外にはっきりしたもので。
「お、もしかして同じこと考えてるか?」
遠山が視線を主教に預けて。
「「最強の手札を揃えて出たとこ勝負」」
2人の声が重なる。
主教はうへえっと顔を歪ませる。遠山はイタズラが成功したガキみたいな表情で。
「……私、やっぱアンタのこと嫌いだわ」
「俺はそうでもねえぜ、主教様」
そして、2人が同時に屋台のテラス席に座る、現時点での味方最強戦力を眺めた。
「すぷぷ、ニコちゃん、これはなんというソースだい? へけ、ケチャップ! いいねえい、ポモドロを煮込んでお砂糖と塩で味付けしたのかい。どれどれ……むむ! ほのかな酸味とポモドロの旨みがホットドッグの塩気を包んでまろやかに! なんかどんどんお腹が空いてくる味だねえい!」
パクパク人知竜が、ケチャップにより新たな知見を得ている。
「よし、頼み込むか」
「ほんと、頼むわよ。……って、アンタ、なんで笑ってんの?」
主教はふと気づいた。この面倒な状況の中、思った以上に竜殺しが殺伐とはしていないことを。
「あ? おー、いや、ふと思ったんだよ。ファンタジーのお祭りの中、竜の棲家で謎のイベント、しかもそこには俺の命を狙ってるかもしれない敵がいる……これ、かなりよー」
初めから遠山鳴人は知っている。これは自分の続きの人生。本来ならば、あの箱庭で終わっていた遠山鳴人の続きなのだ。
だから、これは。
「冒険だなあって」
ひひっと遠山が薄ら笑いを浮かべて人知竜の元へ。
「……きっしょー」
それを見送る主教から漏れる声は祭りの喧騒に紛れていった。
◇◇◇◇
渡されたホットドッグ。奇妙な形のパンはしかしよく考えてみればなんてことない誰にでも思いつくようなものだ。
でも、フォルトナはそれを今の今まで考えつくことも出来なかった。
「枷……」
そう、この世界はそういう風に出来ている。運命により調律され、配役されている。誰もそれに逆らうことなどできない。
己の運命を自覚しようとも、それに逆らうことなどーー。
「そんな、わけが、ない」
フォルトナは急足で街をゆく。さっき自分が見たモノを彼女は決して認めるわけには行かなかった。
運命が捻じ曲がる、運命が無視される、運命がぶん投げられる。
そんな生き方が出来るヒュームがいて良いはずはない。もし、それが本当なら自分は、一体何のために。
ふと、手に持ったままのホットドッグを見つめる。
「食べれるわけ、ないじゃないですか」
フォルトナがそれを口にすることは決してなかった。でも、決してそれを捨てることも出来なかった。
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