122話 月明かりの滲む部屋で
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ざ、ざざーん。ざーん。ざざー。
波の音がする。わたくしはこの音を知っている。
『ねえ、……フォルトナ、私たち、ここで死んじゃうのかな』
わたくしと同じ顔、双子の姉のトレナ。最後に、帝国へ渡る船で別れたころと比べると、幼い顔をしている。
『お父様も、お母様も、私たちのこと嫌いになったのかな、お迎えに来るって言ったのに、いい子にしてたら、お迎えに来てくれるって言ってたのに……う、わあああああああん、うえねえさま、上兄さまあああ、トレナ、いい子にするから……もうわがままも言わないから、お迎えにきてよおおおお、お腹空いた、喉乾いた、暑い、あついよおおおおおおおおお』
わたくしの双子の姉が、涙をぽろぽろとこぼしながら、この状況では貴重な水分を消費していっている。
この状況……? ああ、おもいだした。
蒼い海、遠くには白波が経ち、呑気に海鳥が海面近くを飛んでいる。浅瀬はきらきらと日光を反射しきらめく、しゃわしゃわと砕ける波の音、泡が寄せては引いていく。
あのクソ親に、旅行と言われて連れてこられた離島。そうだ、古い夢を見ている。
双子の姉と一緒に、親にこの島に置いて行かれたんだ。確か、この時はまだお互い5歳くらいだったか。
『ねえ、フォルトナァ~どうしよお~なんで、私たち、置いてかれたのかなあ~』
『……簡単ですよ、トレナ。わたくしたちのどちらもが、上姉さまや上兄さまのような金の髪を持って生まれていないからです。顔もお父様とお母様2人ともにも似ていない、それに双子で、おまけに王家の血に必ず3歳までに現れる”秘蹟”も持っていない。くだらない因習や伝統を重んじる家ですから、余計な血を間引くことで、上姉さまや上兄さまがさらに素晴らしい血に成長すると思っているのでしょうね』
『え、え~どういうことなのお~、わ、わたしはバカだけど、フォルトナは頭が良いのにい~』
『それすらも、あの人達からすれば排斥の理由だったのでしょう。わたくしたち2人は中途半端だったんですよ。あなたは自分がバカであるという認識すらできないほどに愚かであれば良かった、わたくしはあの人たちがこんな風に手を汚さずにこんな早い段階でわたくしたちを切るのだと予想を立てることが出来るほど賢ければよかった。でも、わたくしたちの両方、そうではなかったんですよ』
少なくとも、始末されるのは多分わたくしだけ、トレナは見逃されるだろうという見込みは間違いだったらしい。
ここで死ぬ。力もなく、才能もない子どもたちにこんな孤島で生きていく力はない。
『わああああああ、やだよおおお、死にたく、死にたくないよおおおおお』
『うるさいなあ……』
ああ、イライラする。ああ、思い出した。
わたくしは、どうして忘れていたんだろう。
そうだ、わたくしは昔からイライラしていたんだ。自分の運命に、自分の家族に、自分の国に、自分の姉に、そして。
『……なんて、運のない……』
自分自身のツキのなさに、イライラする。
生まれるタイミングが良ければ、あの姉と兄さえいなければ、この双子の姉さえいなければ、いいや、何よりこのクソったれの王族なんぞに生まれなければ。
『ああ、ほんと、全て、ムカつきますね……』
古い夢をわたくしは見ている。
才なきゆえに、運なきゆえに、弱さゆえに、親に捨てられて野垂れ死にかけた時の夢を。
『全部、全部、ムカつく、何が王家だ、何が剪定だ、何が運命だ……ムカつく、ムカつく、何一つ思い通りにいかない人生が、人生ひとつ好きにできない自分の無能さが、本当に、ムカつく」
空はあんなに高く、海はこんなに広く、砂浜はあまりにも美しいのに、自分だけがくだらない。自分の存在のしょうもなさがたまらなく嫌いだった。
『えええええええ~ん、いやだよおおおお』
だからこの双子の姉も嫌いだった。自分の無能さをそのまま鏡として映し出されたような存在が。でも何より嫌いなのは自分だった。そんな見下している存在と実際は大して変わらないちっぽけな自分がほんとに嫌いで。
『全部、全部ぶっ壊れてしまえばいいのに……』
そんな呟きすら無力で無意味。
波の音、寄せては返す砂と貝殻がこすれる音、水が砕けて響く音、世界の音に消されていく。
――そうだ、わたくしはこの後どうなったのだろう。幼い子どもだけで、生きていけるわけがない。
でも、そう、わたくしとトレナはここを生き延びた。帰還したんだ。
ふふ、あの時の、わたくしとトレナが王宮に戻った時の、あの、父親と母親の顔と言ったら――。
フフ。ああ、あれは良かった。あの2人を人形に変える瞬間の顔と同じくらい、あれはとてもよかった。
ムカつく連中が慄き、恐れ、喚く姿からしか摂れない栄養はきっとあるのでしょう。
ああ、でも、思い出せない、わたくしたちは本当にどうやって――。
『ふかか』
『『あ』』
目の前、砂浜に舞い降りたのは、揺らめく金色の輝き。ヒトの身では決して届かぬ大空を飛びこの世界ですべての自由を赦された上位の存在。
おとぎ話で聞いた存在、もし、天使様が本当にいるのだとしたらきっと彼女のように美しく。
『小さき者よ、奇遇だな。暇つぶしの散歩であったが、さて、妙なところに妙な者がおる。貴様ら、名前は? 良い、名乗ることを赦そう、ぞ』
きっと、その時彼女は機嫌がよかったのだ。きっとそれは彼女のきまぐれだったのだ。
彼女にとってこの出会いはきっと、大したことではなかった。彼女にとってわたくしの存在は大したきっかけにもならなかった。
でも、わたくしにとって、ちっぽけなフォルトナ・ロイド・アームストロングにとって、彼女、アリス・ドラル・フレアテイルとの出会いはーー。
『む? なんだ、その方ら。小さきものよ。呆けた顔をするなよ。ふかか、いや、だが、中々に面白き顔をしおってからに』
とても、綺麗で。
ああ、こんな、こんな綺麗なものを見れるなんて、わたくしは、なんて、なんて。幸運ーー。
◇◇◇◇
「……ああ…………あれ」
彼女は、自分の寝言で目を覚ました。
重い体、ふかふかのベッドに魂ごと寝かしこまれていたように。上体だけを気怠げに起こす。
「何か、夢を、見ていたような……」
寝室。壁にかけられた小さなカンテラとカーテンの隙間から届く月の光がゆっくりとフォルトナの寝ぼけ眼に光を慣れさせてーー。
「おい、姫様よ、眠れねえのか」
「……ウィス?」
驚きよりもまず少し感心した。声をかけられるまで存在どころか気配すら分からなかった。大きい図体でどのように忍んでいたのだろうか。
「おう」
ウィス。フォルトナの従者にして今は竜大使館の執事見習い。簡素な布の服のまま、壁によりかかりこちらを見つめる赤髪の男。
「いや、おう、じゃなくて。あなた、ここ、女性の従者の宿舎なんですけど」
「ああ? 何言ってんだよ。アンタは俺様の主だろうがァ。闇討ちされたらどうすんだよ」
「されませんよ、おバカ。執事長殿にばれるのでは?」
フォルトナがベッドに横たわり、上体だけを起こしたままウィスの言葉にため息をつく。
「……あー、あの爺さんにはきちんと筋通してる、王族の護衛として寝室に待機する許可、きちんともらってんよぉ」
「……突然現れた魔術学院にも驚きましたけど、やはり”鬼人”が正直、一番怖いですね。何を考えているか分からない超越者は厄介です。すでにわたくしたちの企みもばれてたりして?」
「そりゃねえよ、あの爺さん、そういうのに対しては即殺してくるタイプだ。まあぶっちゃけアレは強すぎて他者を警戒するって概念自体がねえんだろ。ヒトから化け物に成り上がった存在は、歳月を経るごとに、ヒトであった強みをなくしていくもんさ」
おそらく、この先、ウィスが長い修練と幾たびの死線を超え、そして運良くたどり着くべきところに辿り着き、必要なものを備え、そしてその先もまた修練を重ねたその先、その遥か高みにいる男、それがあの執事。
ベルナル・ オドニアス。
伝説の中での呼び名は鬼人。あの炎竜と殺し合い、ついには一度も死ぬことの無かった最強の武人。
正直、アレさえいなければもっと早くにこの2人は帝国へ渡っていたかも知れない。彼女達の目標たる、完全なる竜狩りにあの男は大きな障害としてたちはだかっていた。
「まあそのくらい付け込める余地がないとゲームにすらなりませんよねえ。まあ、恐らくうまくいくでしょうね。例え殺すことなど到底出来ない理外の存在でも、世の中色々、抜け道はあるものですから」
部屋に置いてある小さなバスケットを眺めるフォルトナ。王家の至宝であり、フォルトナ達の切り札の入れ物。
王国では漂竜物、帝国では副葬品と呼ばれる異端の力持つ物品を、文字通り縮小し、隠遁して持ち歩ける理外のアイテム。
「漂竜物、"フルーツバスケット"ねえ。王家の至宝として伝えられてきたのが、上位生物からバレないように漂竜物を複数隠し持つことの出来る宝、か。……お前んとこの先祖、やる気満々じゃねえか」
「フフ、王国の人類種は帝国の人類種とは違って、愛憎入り混じった感情を上位生物へ向けていますからねえ。まあ、それも気持ち悪いものですけど」
「皮肉なもんだな。上位生物狩りの宿命やら、ヒトの復権やらを背負ってこの世に生まれたアンタの上姉様やら上兄様は、そこにたどり着く前にアンタという異物にぶっ殺されちまったんだからよ」
「ええ、そうですね。フフ、とても強くて頼りになる力がわたくしの味方をしてくれましたから。その調子で、竜と鬼人も行けたりしませんか?」
「ぎゃははは、うっせえバカ。……そォだなあ、この忌々しいクソデバフアイテムさえ、誰かさんのように幸運にも手放せてしまえばなあ」
言いながら、ウィスが己の腰に巻き付けているそれを忌々しげに眺める。
鈍色の、縦と横にシンプルなスリットの入ったそれ、バケツのような形の兜だ。
「ああ。そのバケツヘルム……ほんとなんなんですかね、漂竜物でもないし、誰かの秘蹟による産物でも、もちろんスキルや魔術式でもないそれ。フフフ、執事服に似合ってなさすぎでしょう?」
「うるっせえ、仕方ないだろうが。代々のへロス家の当主は呪われてんだよ、このクソ兜に。外しても気づいたら自分で身に着けちまうし、捨てても次の日には枕元に戻ってきてる。ああ、これをぶっ壊そうとした俺の爺さんは、4回目の試みの時に心臓が止まって死んじまったしよォ、クソ、たまに身体が軽くなったと思えば急に重くなったり、幻覚やら幻聴は聞こえるわ、夢見は悪くなるわ……ほんとなんとかなんねえかなあ」
「あら、でも、夢でその兜が解呪の方法を教えてくれていたのでしょう? えーと、なんでしたっけ?」
フォルトナが首を傾げて頭を悩ませる。その様子にウィスが少しため息をついて口を開いた。
「"まそ鏡照るべき月を、白栲の雲か隠せる、天つ霧かも"」
ツラツラと紡がれた言葉。それはこの世界においては御伽噺として伝えられているある教養。
「ああ、そうそう。それ、古代ニホン語の、古唄でしたっけ? ああ、ウィスが帝国の歴史書読んでたのって……」
「ああ、帝都大学は古代ニホン研究が盛んだからなァ。そこの金持ちかつお暇な学者連中の古唄の研究を読み漁ってた。まあ、言うても実はこの古唄の意味は、俺の爺さんが解読したんだけどな」
「あら、アグレッシブならお爺さまですね。それで、その古唄どんな、意味なんですか?」
「あ〜、まあこの古唄自体はアレだ。"照るべきハズの月明かりを遮るのは白い雲か、それとも空に拡がる霧か"だったか? まあ大した意味のねえ詩みたいなもんだ。結局、解呪の方法は今もわかっちゃいねえ」
「呪いを解く定番と言えば……ああ、誰かに押し付けるとかじゃないんですか?」
「そこですぐその発想に至るのがアンタだよなァ……」
「む。なんか引っかかる言い方……ふ、んん~、ふわ……まだ夜半ですか、……明け方も遠く、夜はまだ濃い。わたくし、二度寝としゃれこみます、貴方もお休みなさいな、ウィス」
じとっと、琥珀色の眼を細めたフォルトナが大きく伸びをする。シルク生地の寝巻き、起伏のある身体のシルエットがはっきりと顕になって。
「……いいのか、お姫様」
あくびをしつつ、ベッドに潜り込もうとするフォルトナにウィスが小さな声を向けた。
「なにが、ですか? ウィス」
フォルトナがカーテンの向こう側を眺める。ウィスと目を合わすことはしない。
「とぼけんなァ、今日の話だ。ありゃ、なんだ」
「ーー……」
沈黙。フォルトナはそのまま、月の光が漏れる窓を眺めたままま黙る。ウィスも何も言わない。
時たまに響く風の音が何度か鳴った後、フォルトナが口を開いた。
「……アリ――、蒐集竜様のお言葉通りですよ。古い話です、ただ昔、わたくしとトレナがあのお方と出会ったことがある、それだけの事です」
「んな話、俺様、一度も聞いたことねえぞォ」
フォルトナが、ようやくウィスの方を向く。ベッドの上、首を傾け、腕組みしつつ唸る。
「仕方ないじゃないですかー。おそらくは王妃の、ああ、お母様の秘蹟です。王国に所属するヒュームの記憶に干渉する彼女の力で、きっとわたくしの記憶から蒐集竜様との記憶が封印されていたのでしょう。まったく、王家の血に宿る秘蹟はどれも陰鬱で厄介なもので気持ち悪いですね。あ、もしかして、あの出来損ないのトレナにも、本当は何らかの秘蹟が――」
「よくしゃべるじゃねえかァ、お姫様、アンタの口数が多くなる時は大体、なんか考え事をしている時だぜ」
「……うるさいですね。何が言いたいんですか?」
ため息、フォルトナが目を瞑ったままウィスに問いかける。
「別に。ただよお、アンタがどうするんだろうなあって思っただけだ。……やめるなら今のうちだぜ」
やめるなら今のうち。
本来の予定ならば、決してこの2人の話題には出てこない筈の言葉だった。
踏み潰してきたのだ。これまで、この2人は全てを。
1人は己のしたいことをしたいままに。
1人は己が主人と決めたもののために。
家族を滅ぼした、血を滅ぼした、国を滅ぼした、その笑いと嘆きと慟哭と叫びの行進の中、全てを踏み潰してきたのだ。
だが、ここに来てーー。
「んー……そう、です、ねえ」
決して止まるはずのない愚者の行進、その足並みに乱れが。
今まで、何かを言いよどむ姿なんて、少なくともウィスは見た事がない。そしてその様子が演技ではないことも分かっていた。
ウィスがじっと窓の外を眺めるフォルトナを見る。
月の光に照らされるその女の顔。カーテンを開けず、しかし月を見上げることをやめない彼女。
自然と、男の口は開いていた。
「俺ぁ、力だ。俺様はアンタの振るう暴力そのものだ」
「んー?」
「俺様が俺様の在り方をあの時決めた。アンタが振るう力として俺様ァよ、ここにいる。だから、まあ、なんだ、その……」
がしがしと頭を掻く男の様子に、フォルトナが星の虹彩の眼を細め、少し笑う、その男の不器用な様子がどうにも面白くて。
「ああ、なるほど。クスクス、俺に気兼ねせず好きにしろ、という訳ですか。フフ、ウィス、ウィスウィスウィス〜いい奴じゃあないですかぁ」
ぴんぴんと人差し指をウィスにむけリズムよく振りながらお道化るフォルトナ。
「うっせぇ、ぼけぇ。……まあ、そう言う事だァ」
「うーん、厄介、厄介ですねえ。まさか、時間差で恩人、いえ、恩竜のことを思い出すなんてなあ……フフ、もう今更にも程があるのに……さて、これは果たして不運なのでしょうか、それとも……」
ベッドの上、片膝を立てそこに顎を預けて目を瞑る。
フォルトナは眠る前のまどろみを味わいながらたわいのない言葉を繰り続ける。
「まあ、一応は竜教団の生き残り連中もこの街に配備済みだァ。5本爪の死骸人形も手筈通り用意してある」
「フフ、こわーい鬼札の鬼人と、全知竜、いや、人知竜への対策も用意済み……竜を殺す為の王家の至宝もたんまり準備。上姉様の力も確保済み。彼女と彼……彼等も今回はわたくし達に横入りすることはなく、竜の祭りはもう明後日、いや、日付が変わってるから、もう明日、仕掛けは上々、あとは結果をごろうじろ、ですか?」
「ああ。そうだなぁ。狩りの手順は完了してる。だが、まあ、正直、それでも……」
「普通に考えれば、竜の7つの命、いえ、今はもう6つか。それを削り切るのは至難の業。まあ、いいとこ成功率は、1割、あるかないかでしょうねえ」
「ケッ、まあ、そんなとこだろうなぁ。だが、1割あんなら充分だ。アンタの幸運がドミノ倒しのように作用するだろ」
「ええ、あとなんやかんやきっと貴方と竜が戦えば、自然に英雄という役割が発動して、いいとこ一回の戦闘で3個くらい命削るとこまで行ける気がするんですよね〜」
「幸運にも、か?」
「いえ、これは貴方の実力で、ですよ」
「……アンタのあの気色悪い矢印は?」
「ん〜うんともすんとも。これ、こちらからは決して触れも消しも、何も干渉出来ませんから」
フォルトナが目を瞑り、それからまた目を開く。
星形の虹彩に映る、空中を踊る文字。それは彼女にしか見えない彼女だけの運命の知らせーー。
【メインクエスト・"さらば、竜よ"】
【クエスト目標・蒐集竜の討伐】
【オプション目標・新王国再建のための人員を入手し、人形化する。候補・”元影の牙”、”元王国宮廷商人”、”正義の幼体”、”英雄の芽”、"聖女"、"ティーチの末裔"、"帝都大学の黒バラ"、"魔術学院賢人会議"etc……】
【オプション目標・冒険都市に逗留している元勇者パーティーと会話する……★CLEAR! このクエストにおいては"射手"と"盗賊"からの横入りは入りません】
【クエスト説明・貴女は貴女の成したいことをするままに、全てを踏み潰してきた。親を乗り越え、覇王を処し、月光を遮った。ここに、ヒュームの王の血は幸運の前に統一された。さあ、次だ。次へ行こう。運命を履行し、運命を乗り越えるために。過去を、思い出をも捨てるのだ。運命の知らせを聞くあなたは進み続けなければならない。もう誰にも負けたくないのなら。さらば、竜よ。さらば、風よ、さらば、鴉よ、さらば、世界よ。さあ、いと高き空に中指を立てましょう】
【※注意・”天使教会主教・カノサ・テイエル・フイルド”、及び”竜殺し”の人形化はINT、POW値の関係で不可能です。この2名はあなたの運命の大きな妨げになることでしょう】
【※警告・”鬼人”、”全知竜”が冒険都市に逗留しています。この2名との戦闘が発生した時点でウィス・ポステタス・へロスの死亡ロストが確定します】
「わたくし達が履行するべき運命は、依然、竜の討伐を指し示していますね」
「ふうん、あの覇王の姉様をぶっ殺した時とおんなじかぁ。さて、さて。上姉様殿をぶっ殺した時の報酬は凄かったからなあ。竜を殺したときにはいったいどんなものが手に入るんだか」
言いながらウィスが首に掛けている妙な飾りを摘んで掲げる。
それは、紐に通された小枝、何かの、"樹"の小枝にも見えた。
「そうですね……」
竜を殺す。
発した言葉にフォルトナはいつもの微笑みではなく、また、ウィスの知らない顔で答える。
その顔、その表情につける名前も、その顔の表現もウィスは知らない。
「ケッ、なんて顔してんだよ」
「ウィス?」
「いいか、もう次は言わねえ、だからよく聞けや」
ウィス・ポステタス・ヘロスが壁から離れる。
ゆっくりと、力強い足取りでベッドへ近づき。
「お前の好きにしろ。お前が当初の予定通りお前の運試しを続けんなら好きにしろ。お前が古い思い出を大切にしたいっつーんなら好きにしろ。お前がお前の運命をどうしたいか、お前が進みてえのか、お前が止まりたいのか、全部好きにしろや」
「それは、心強いですね。ふふ、ねえ、ウィス。わたくしはね、外側に行きたいんです、……わたくしはね、この世界が嫌いなんです」
「知ってる」
「運命の試練を超え続け、わたくしはいつか運命の外側へと向かう。その為にこのクソみたいな世界をぶち壊したい。わたくしの幸運が果たしてどこにたどり着くのかを、知りたい」
だから殺した。姉を、兄を。
だから滅ぼした。家族を。ちっぽけな自分の世界そのものだった存在を。
その先に何があるのかを知りたかった。
「ああ。したいことをしたいようにすればいいさ。俺様の主、いや、我が王よ」
「ふふ、ああ、そうですね、したいことをしたいように、そうです、わたくしはもう、何にも負けたくない」
それは彼女のオリジン。
負けたくない。
何に負けたくないのかも、分からないけど。
フォルトナの進む理由はそれだ。
ある男が気分が悪いのが理由のように、ある男が善人が報われる光景を望むように、ある男がたどり着くべき夢を欲するように。
ただ、なにものにも負けたくない。
それこそが、彼女の進む理由だ。
「……」
「でもね、あの思い出は本当に美しいものでした。世界は嫌いです、運命も嫌いです、ヒトも、怪物も、他人も、わたくしは、わたくし以外のものが基本的に嫌いです。見下しています、全部全部全部くだらないものと思っています。それでもね、わたくしは彼女が、あの傲慢で気高く独りぼっちで美しい金色の竜のことだけは好きです」
「そおかァ」
「はい、大好きです。ふふ、ほんとにね、わたくし、竜のことは、大好きなんですよ、ウィス」
フォルトナがまた、ウィスから目を逸らした。
何故かわからないが、ウィスはそれが嫌だった。
だから。
「バカ姫」
「はい」
呼びかける。
「俺様の主人」
「はい」
呼びかける。
「――我が王」
「――はい」
呼びかける。
「ウィス・ポステタス・へロスはフォルトナ・ロイド・アームストロングの剣であり、力。汝はその思うがまま、気の向くままに剣と力を振るわれるが宜しい」
朱い瞳に、赤い髪。
力の英雄が、王へ跪く。
「――剣は、主人に善性なんざ求めちゃいねえよ」
「ーーそうですか、それは慎重に使わないといけませんね」
月明かりが、ぼんやり、王と英雄へ染み込むように。
「ああ、そうしてく……いや、それすらも、アンタの好きにするといいさ。まあ、なんだ、ここまで来たら最後まで付き合うさ、何から始める?」
英雄が、寝台の王を見上げる。その号令に従うだけだ。それが例えどんな無理難題であろうともーー。
「うーん、とりあえず、寝ます! 明日は、ああ、もう今日ですね、――アリスお姉さまとお菓子作りのお約束がありますから」
「ええ」
「なんでも、かの竜殺しともう一度普通にお話したいんだとか! ふふ、明後日からはもう竜祭り! そして竜殺しは屋台をするんでしょう? これはもう、自然な感じで差し入れを持っていって挨拶! もうこれしかありません! 大丈夫です、アリスお姉さまのような美竜が差し入れ持って行って嫌がったり断ったりするような男なんて存在するはずありませんもの! じゃあ、ウィス、おやすみ! スぴょー……」
「マジか、コイツ」
ベッドから漏れる寝息は本当に寝ているときの音だ。ウィスがため息をつき再び壁にもたれかかる。
腕組みをして、カーテンの隙間から見える夜の闇を見た。月の灯りがじわりと漏れ出すように揺蕩う。それは決して夜の道を照らすような強い目印となるようなものではない。
「……まあ、いいかァ。今更だ。……祭りでもお菓子作りでも、どんな道でも付き合うぜ」
だが、ウィスにはそれでよかった。それが正しい道に誘うものではなくても。夜の闇の中に自らが見つけた月の光がある。
「バカ姫様」
ただ、それだけで、良かった。
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