表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/147

1話 奴隷スタート



〜2028年、9月、ニホン、バベル島直下


〜現代ダンジョン、"バベルの大穴"、第二階層"大草原地帯"にて〜




 



 湖のほとりに小さな家を建てたかった。



 遠山鳴人はふと、思う。



 腹の傷、既に痛みはなく、ただ暖かいだけ。



「いい、景色、だなあ…… ちくしょう」



 目の前には青々とした大草原。



 足をひきずり、血を流しながら1人ゆく。



「……そうだ、パソコンのHD……処分、してもらわねえと……」



 家はモダンなログハウス。



 畳マットで、優しいい草の香り。もちろん冷暖房床暖房完備、冬は暖かく、夏は涼しい、そんな家。



 湖のほとりには、サウナを建てよう。



 朝、まだ鳥も起きていない時間からサウナに入り、誰も触れていない湖で体を冷やす。




「マジでやらかした。コレまじでやべえ」



 俺だけの家を建てたかった。



 そこにはお抱えのシェフ、パン職人がいてその日の気分に合わせて焼き立てのパンが出るんだ。




「あー、コレヤバイ。死ぬ、今度こそ死ぬ、カッコつけるんじゃなかったわ、マジで」



 歩き続ける、一歩進むたびに腹から血が垂れ続ける。止まらない。




 犬も、飼おう。



 しば犬でもなんでもいい、ある程度大きくてもふもふしてるやつがいい。




 その家にたまに、気の合う仲間を呼んで、酒飲んで騒いで歌って泳いで、美味いモン食って。



 ドサッ。



「かね、金にも困らねえ…… 食いたいモンを食いたいだけ買って、栄養バランスの取れた最高の飯を用意して、無駄に飲みもしねえ高い酒買ったり、使わねえ家電買ったり…… 贅沢、して」




 急に膝が抜けた。うつ伏せに倒れる。



 衝撃で内臓がこぼれたかと錯覚するが、まだ大丈夫なようだ。



 身体が妙に暖かい。



 ああ、自分の血溜まりか。



 遠山はもう薄く笑うしかなかった。



 草原の青い匂いと、血の鉄錆の匂いが混じり合う。



「何匹殺した……? あいつら、逃げ切れたのか?」



 うわごとのように、遠山は呟く。



 怪物種。一ツ目草原オオザルの固い骨を砕く感触はもう手のひらから消えて久しい。



 5匹殺した所までは覚えていたが、後は分からない。気付けばこんな風に朦朧と歩き続けていた。



「大草原が、死に場所か…… 出来ればベッドの上で死にたかったな」



 赤茶色の登山用パーカーのような上着、カーゴパンツに機能性に秀でた革の加工ブーツ。



 キツめのアウトドアスタイルに身を包んだ遠山がブツブツと、血を流しながら呟く。



 遠山 鳴人は、探索者だ。



 3年前、世界に突如現れたその土地。



 怪物蔓延り、財宝が眠るこの世唯一にして、最後の神秘の場所。現代ダンジョン、バベルの大穴を進む少しイかれた人種。


 探索者を始めて3年。



 現代ダンジョンが世界に現れるのと同時に探索者になった数少ない古株の探索者だった。



「あー、クソ。せっかく上級探索者になれたのに…… これから楽しくなる所だったのによー……」



 素質はあった。



 怪物を始末することに抵抗はなかった。甘い青い血の匂いもすぐに慣れた。



 鍛える事にも真摯に向き合って来た。どうすれば効率よく殺せるか。それを覚えるのにあまり苦労しなかった。




「はあ…… あんだけ、殺したから、か。ま、殺されも、する、よなあ」




 探索の準備を怠る事もなく、己の力を過信せずに逃げる時は逃げ、生き延びて来た。



 怪物種を殺し、その素材を剥ぎ金にする。怪物種の宝を奪い、金にする。



「もっと、早めに、逃げれば、……あ、やべ、暗い……」



 自分の欲望を叶える為に、探索者になった。



 遠山 鳴人は探索者になってようやく、人生は割と楽しいものなんじゃないかと考えるようになっていた。


 失うだけだった人生が上向きになる筈だった。



 それでも、死ぬときは死ぬ。



 今日がその時だ。



「どこで…… 間違えたんだ…… 俺」



 眦に浮かぶのは涙。悔しさか怖さか、あるいは両方か。


 依頼を受けたのが間違いだったのか。



 仲間を庇ったのが間違いだったのか。



 仲間を作ったのが間違いだったのか。


 それとも、



「探索者……なったのが間違いだったか……」



 呟き、笑う。



 馬鹿か、俺は。



 遠山の頭の中に探索者になってからの3年が駆け巡る。



「たのしかった…… 本当に楽しかった。戦って、殺して、また戦って、殺して、金稼いで、うまいモン食って、贅沢して」




 たのしかった。



 遠山は楽しかったのだ。



 探索者という血みどろの生き方が。



 奪って、戦って得る。その生き方がとても楽しかった。



 まるで幼い頃に憧れた創作物の登場人物、ファンタジーに出てくる荒くれ者達、"冒険者"のような生き様が楽しかったのだ。



「……は、はは。次は、間違えねえ…… そうだ、戦術を見直そう、早めにキリヤイバを使って…… 銃弾もケチらずに……」



 頭に巡るは今回の戦闘の反省点、どこか貧乏性が抜けなかった為に、"切り札"を使うのを躊躇った。



 遠山はエリクサーは使わずに取っておくタイプの人間だった。



「あー… 次だ、次。次はもうドバドバ使お。開幕ブッパとかも、いいかな……」



 ゴポリ、口を開くと、黒い塊のような血がまろび出る。飲み込もうとしてもダメだ。喉に力が入らない。



 身体の力が抜けていく。



 ず、ズズズズズ。



 その時、まるで身体がダンジョンに沈み込んでいくような錯覚。




「……ワオ、沈殿現象…… はは、絶対死ぬ奴じゃん」




 錯覚ではない。



 現代ダンジョン、バベルの大穴において確認されている異常現象の1つ。



 沈殿現象。



 意味はその名の通り、その地帯が沈んで消えるのだ。



 満身創痍の死にかけ、もう指先しか動けない遠山が静かに、しかし確実にダンジョンへ沈んで行く。



 遠山 鳴人は遺体すら残らない。このまま消えて行く。



 遠山の意識がちぎれかけたその時、胸元のポケットに入れていた端末が鳴り響いた。



[鳴人!! 鳴人!! 聞こえるか?! 俺だ! 今自衛軍の救援チームと合流した! 頼む、返事してくれ!!]




 仲間の声だ。



 気の良い馬鹿だ。せっかく逃したのに来てどうすんだ、馬鹿。お前、来月結婚するんだろうが。



 遠山は溢れる笑いを抑えなかった。



 最期に、声が聞こえてよかった。そう思った。




「鳩村…… 聞こえ、てる、無事か……」



[鳴人!! よかった……! おい、今どんな状況だ?! 俺たちは無事だ! お前のお陰で、日下部も生きてる! 後はお前さえ生還すりゃ、大勝利なんだよ!]



「……ならいい。まあ、お前らが生きてんなら、俺の勝ちだな…… 」



[おい…… 何言ってやがる?! お前今大丈夫なんだよな?! おい! 怪我は?]



 端末の声が割れて聞こえる。機械がダメになったんじゃなく自分の耳がダメになっているんだろう。



「鳩村…… もう、時間がない……、頼みが、あるんだ、聞いてくれ」




[な、なんだ! なんでも聞く、なんでも聞いてやるから! お前、頑張れよ!!]




「……俺のHDに入れてある秘蔵フォルダ…… ファンタジーコスプレモノのR18お宝画像…… あとエルフとか吸血鬼モノの薄い本、あれ処分しといて。遺品整理の時に恥ずかしいから…… それと、俺の異世界転生ファンタジー小説は全部お前にや……るから」




[ば、馬鹿野朗!!んなもんいらねえ!! 縁起でもねえ事言ってんじゃーー]




 ブツッ。


 回線が途切れる。



 気付けば身体の半分以上が地面に沈んでいる。



 蟻地獄の巣みてえだな。遠山は呑気に考える。



「……これで、問題ねえ。仲間は生きてた。HDの秘蔵コレクションの削除も頼んだ…… お気に入りの小説は少し勿体ないが…… はは、俺の勝ちだな」



 視界が暗くなる。



 目を開けているのに、いや、目を開けている事すらわからなくなる。



 今、自分がどんな状況にいるのかも理解できなくて、無性に寒くて、頼りなくて、寂しかった。



 これが、死。



 俺の、死。


 俺の終わり。



 怖くてたまらない、悔しくてたまらない。





 だが、それでも最期に、遠山は笑った。



「ああ、愉しかった。次はもっと、うまくやってやあ。金、稼いで、家建てて、そうだ、店もやっちまうか。もっと自由に、好き放題…… 探索、冒険して、金、飯、か、ぞく…… いぬ…… アぁ、タロウ…… 」




 ひどい人生だった。親は早くに2人とも死ぬし、仲良くなった子犬は大雨の日に川に流されるし、施設では職員にしばかれ続けるし、好きになった子は医者と結婚しちまうし。



 しかし、次こそはーー



 探索者になってからの3年、たのしい現代ダンジョンライフは遠山にそう思わせてくれるものだった。



 最期にそう思えるのは、とても幸運な事だ。



 遠山は満足げに笑ってーー



 闇が。


 もう、何も分からない。


 上級探索者、遠山鳴人の端末反応は二階層にて消失。



 駆け付けた救援チームが最後の端末反応の地点を探すも、遺体を発見出来ず。周囲には大規模な沈殿現象の痕跡有り。



 血の匂いに寄せられた怪物種の攻撃を受け、救援チームは撤退。



 後日



 探索者組合より、上級探索者、遠山鳴人の遺体捜索任務がとある探索者チームへと依頼された。






 遠山の行方は、誰も知らない。




 ………

 …





「あら、濃い匂い。あなたもまた、"貴方"なのね?」



「私の箱庭をたのしんでくれて、ありがとう。あなたもまた貴方に成る可能性がある人だった」



「耳も、腕も、目も、内臓も、脚も、脳みそも、口も、心臓も。みんな目覚めた。あの子達も自分の意思で動き始めた。あの子を、あの子達にしようと色々してるみたいね。ふふ、あなたが沢山来てくれたからかも」




「あなたは惜しいな。あなたはかなり"貴方"に近いみたい。その欲張りな所とても素敵よ。でもここではダメね。もう死んじゃったもの」




「ここは私の箱庭、貴方の墓所、あなたの終わりの場所。でも、あなたはここで終わっても良いの?」




「ふふ、そうね。あなたでも"貴方"でも同じ事を言うよね。いいよ。あなたを続けさせてあげる。でもね、ここじゃダメなの、あなたはここでは終わったの」



「1つのことが終わったら元に戻ることってとても難しいの、だから無理なのよ。あなたはもうここでは生きることは出来ない」




「でも安心して! あなたに向いた場所がある。あなたは貴方に成るかもしれないのだから! 少しエコひいきしてあげちゃうね」




「そこはここではない世界。こことは異なる世界。それでもきっとあなたは楽しめるはず。あなたはそこで好きにしていいの」




「ねえ、あなたはどんな風にしたいの? どんな人生を歩みたいの? 何が欲しくて、何を大事にしてるの?」



「市民になって普通の生活を送るもよし。商人になってお金を稼ぐのもありね。あ! 大道芸人とかもありね! 見てみたいかも!」




「もちろん、危険な生き方もある。兵士になって戦争に行くのも良いし、騎士になって武功を立てるのも良い、貴族にだってなれるかもよ? 」




「あなたが興味あるなら、学院を探して魔術を習ってみてもいいかも! 素質があるかどうかは分からないけれど…… でもあなたならなんとかなりそう! あとは、そうね! 教会! ……はちょっと恥ずかしいから、出来ればあまり来なくてもいいかな…? でもでも貴方に似てるあなたにお願いされたらまたエコひいきしちゃうかも」



「悪いことをしても良いの。泥棒になってたくさんの宝を盗むのも素敵、そうね、暗殺者のギルドもあるからそれを探して、血で生きて行くのもいいかも。あなた素質あるもの!」




「後は、あとはね、人間以外の種族と仲良くなるのもいいかもね。エルフと唄を歌ったり、ホビットと賭け事したり、ドワーフと酒盛りしたり! 後は竜族と食べ比べしたり、そう! 吸血鬼のお城も探してみて! とても綺麗なのよ!」




「でもね、わたしはやっぱりあなたは冒険者が向いてると思うな。この箱庭を心から楽しんでくれてたもの。きっと、その世界の柱も気にいるわ」




「うん! そうしましょ! ねえ、最上階まで来てよ! もし、あなたが望むのならここへまた戻れるかも知れないわ」



  「貴方に近いあなたが柱を登り切った後に世界がどうなるか、とても気になるわ! 柱を登りなさいな、探索者さん!」



「それにそうだわ!! 柱に置いてきた貴方の副葬品! あなたなら少しだけ使ってもいいわ! 許してあげる!! 貴方はあなたに顔や体格も似ているからきっと、似合うわ!」




「ふふ、楽しみだなあ。どれだけかかっても良い。全ての経験が、あなたの道のりが、その全てが、あなたを貴方へと至らせるのだから」




「それと、これは私からの贈り物。"お耳さん"が面白いことしてたからそれを私なりにアレンジしてみたの。あなたがこれから行く世界は、その、少しだけこの世界より難しいからね」




「安心して! "難しい"だったのが"すごく難しい"になるくらいだから! これはあなたの助けになるわ。きっと、あなたのライフをよりわかりやすくしてくれる筈よ。"矢印の導き"を助けにしてね、"あの子"もそろそろ退屈してる頃だし、お話相手になってあげて! 大丈夫、きっと気が合うわ。だってあの子も元は上の島に住んでたんだもの!」




「ああ、大丈夫よ? 本当に肝心な時は矢印は出てこないわ!! ふふ、こういうの"縛りプレイ"っていうのよね? ええ、素敵な言葉だわ。全部簡単じゃ、つまらないもの」






「あ、そろそろだね。わたしの箱庭を楽しんでくれてありがとう。ねえ、あなた、あなたの人生の続きを見せてよ、ええ、そうーー」







「現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで」








「たのしんでね! あなたは、どんな人生をみせてくれるのかな」


 声が消えて、それから。


 光。


 闇の中に光が何度か瞬いた。



 落ちていくような、登っていくような浮遊感。




 そしてーー





 ver1.0から、ver¥$→へ。



 "探索者深度"引継ぎ


 所有"遺物"引継ぎ


 獲得技能を"スキル"へと変換……… 変換失敗。



 "鈍器取扱い"、"いぬ大好き人間"、"殺人適性"、"オタク"、"頭ハッピーセット"、"戦闘思考"、"女運:hopeless"などの技能をそのままに引き継ぎ。




 プレゼント特典 "秘蹟"【クエストマーカー(BADエンド好き)】を獲得……



 ………

 …


 ごとん、ごとん。



 揺れていた。



 ごとん。大きく、揺れた。



「……ふが」



 目が覚める。尻と背中に硬い感触、自分が何かに座っていることに気付く。



 遠山鳴人はゆっくり、目を開けた。





「ああ、そこのあんた、やっと目を覚ましたか」



「……あ?」



 やけに渋い声、声の方を見る。



「あの街の関所を抜けようとしたんだろう? 俺やそこらへんの難民連中と同じで、"冒険者"共の罠に飛び込んだわけだ。だが、ついていないな、よりによって"冒険奴隷"を探していた連中に捕まるとは、ロクな死に方は出来ないみたいだ」




 誰だ、こいつ、何言ってーー



 遠山が、息を呑む。



 目の前に座って、話しかけて来た男の顔を見て、固まった。




「……どうしたんだい? リザドニアンがそんなに珍しいかな?」



 トカゲだ。


 トカゲヅラの男が座っている。



 目の前で、ボロの服を纏ったトカゲ男がそれはもう流暢な言葉で話していた。



 遠山は目をこする。トカゲヅラを眺めて、彼の頭の上にフヨフヨと浮いているそれに気付いた。



 ↓



 こんなのが、フヨフヨと浮いていて。



「……やじるし……?」



 ふわり、矢印の上にまたフヨフヨと何かが浮かんでいた。



 なんど、目を擦っても、ソレははっきりとーー






 メインクエスト


 【冒険奴隷】




 クエストマーカーが、デンデンと低い太鼓の音ともに。



 遠山だけにソレは聞こえた。






※ゲーム風ギミックありますがVRオチ、仮想空間オチ、夢オチではありませんのでご安心ください。作者はその展開に村を焼かれたので憎悪しています




お待たせしました!



新作始まります。<苦しいです、評価してください> デモンズ感

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても・・・スカイリムです コミックからやってきました
凡人探索者のあと関連作品どれ読もうかと悩んだ末に、こちらのコミカライズ読んでこちら読みはじめました。 凡人探索者の今時点の最新話読んだのもあり、こっちも今から読み進めるのが楽しみです仕方ないです。
[気になる点] 改行が多すぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ