悪魔の選択
(チッ!
あんの女~ふざけやがって・・・
いつの間にあんなスキルや戦闘力を手にしやがったんじゃ・・・
クッソ~クッソ~
)
櫻庭通は先ほどまでの光景を思い出しては、苛立つ心を静める術を探す。
七和田や他のクランメンバーにそんな顔を見せる事は出来ないので、先にこっそりと一人で中学の自分のスペースに戻って来ていた。
(ゴブリンやオーク相手なら、今のままでも問題は無いと、悠長に構えとったけど・・・
これは早急にレベルアップと攻撃スキルの取得が必要になってきたぞ
)
現在トオルの隠蔽スキルは、レベルとステータスの数字を隠蔽し、任意の数字に置き換えて見せれるようにしか出来ない。
その為に、あまり強力な攻撃スキルの取得を回避していた。
スキルや職業や称号はまだ隠蔽できないからだ。
レベルも現在は12だが、隠蔽で6に見せている。
ステータス数字も全て半分の表示にしてある。
悪意のある、鑑定系のスキルを持ってる奴に警戒されない為である。
悪意が無くても、勝手にステを見られて色々と考察されるのも耐えがたい屈辱だからだ。
そう、トオルは自分以外の人間を一切信用していないし信頼もしていない。
他人に、どんなに些細な事でも利用されるのは屈辱である。
他人は自分の糧にするか利用するだけの物としか捉えていない。
(あの女が火と土の属性で、あの青いゴブリンが水の属性・・・
風の属性では"良い勝負"がいいとこだろう
雷は水には強いだろうが、火にはどないやろ?土にはいけるかな?
やはり闇魔法か空間、召喚、聖霊、精霊、光・・・
ふっ 聖霊や光は俺には似合わんな
召喚も精霊も他人頼りなのがいまいちか・・・
闇魔法はイメージが難しいな
暗闇の中でも目が見えてしまうしな
影魔法はいけそうか?
空間・・・
空間はいけそうやな
)
トオルはレベル上げと並行して強力な魔法やスキルを手に入れる準備を始める。
(まずは手下を作る事から始めるか
しかし、恐怖で縛る事にも限界があるしなあ
あいつらは逆らわないだろうが、逃げる可能性は高い・・・
)
コンコン
ドアをノックする音がする
「はい、どちらさまで?」
「七和田さん達が帰ってまいりました」
クランの雑用を担当している少年が伝令としてトオルに七和田の帰還を知らせた。
「すぐに会議室に行きます」
「お願いします」
そう言うとトオルは立ち上がり自分のスペースを出て会議室に向かう。
会議室に入ると、すでに数人の幹部連中が各自の椅子に座り雑談をしていた。
トオルの顔を見ると全員が立ちあがり、軽くだが挨拶を交わしてくる。
実際、トオルのクランでの立ち位置は七和田に次ぐNo2の地位に居る。
物腰が柔らかく偉ぶる事も無く、豊富な知識と鋭い洞察力、観察力で物事を捉え、類稀なる発想力で次々に新しい事案を提案するその姿を神聖視する連中も多数いる。
事実、七和田よりも信頼は厚いし女性からの人気は絶大だ。
小さい頃のトオルを知る人物もそこそこ居るが、皆が皆、神童だったと声を揃えて言う。
勉強も出来て運動も出来る、誰にでも優しく、そして人望も厚かった。
京都にある日本で2番目に難易度の高い大学に現役でTOP入学した事も知れ渡っている。
ある意味カリスマ的な存在なのが今のトオルである。
そんなトオルのステータスパネルには、同族殺し、殺人鬼の称号や詐欺詐称、強奪や造話などのスキルがある事は皆知らない事実である。
姉であり、被害者であり、鑑定スキルを持つ加奈子以外には。
「ただいま戻りました~」
「おかえりなさい」
七和田が軽い調子で帰還の挨拶をする横に、ここでは見慣れぬ人物が目に入った。
「トオルちゃん、ただいま~」
「あぁ・・・」
(なんでこのクソ女がここに居るんだ・・・)
(七和田の馬鹿が連れて来たのか・・・)
クランの会議に姉加奈子が参加しているのがイライラを増加させる。
だが決して顔には出さない。そう無表情のスキルはこんな事にも有効なのである。
加奈子が一人でゴブリンを殲滅すると言うが、トオルは反対する。
何も姉を想って言ってる訳では無い。
ここのクランでの立ち位置を作られる事が少し嫌だからだ。
トオルはもう人に利用される側にはなりたくないと強く思っている。
その為にも、人を利用する立場の人間にならなければならない。
とても簡単な事だ。
人を信用しなければ良い。人間なんぞに信頼を置かなければ良い。
本当に簡単な事だ。
だが、その為には人間からは信頼も信用もされる位置に居なければならない。
自分の能力なら、人に信用させるなんて事もそう難しいものでも無い。
ただ、身内で姉の加奈子は別だ。
あいつには自分の挫折後の人生も見られている。
腹いせにレイプまでした事を根に持たれていると少し困る。
だが、偽善者の実の姉、加奈子はまず人に自分の素性を話すことは無いだろう。
それでも加奈子が今のクラン、もうすぐギルドと名乗る集団の中で幹部クラスになる事は阻止しておきたい。
一通り会議が終わり、早めに加奈子から離れておこうとしているのに、その加奈子が話しかけて来る。
家に帰る前にどこかに寄りたいと言った話だった。
これ幸いとトオルはもう実家には帰らない事を伝える。
もう少し引き留められるかと思っていたが、案外あっさりと承諾された。
ちょっと拍子抜けしたが、それはそれで面倒な事にならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
トオルの一日は、クランの幹部になる少し前からなかなかハードなものだった。
それはちょっとでも早く人間からの信頼を得るために自分の持てる知識と労力を惜しみなく使っていたからだ。
朝の会議が終わると、1~2時間のフリータイムの後クランの業務に尽く。
食料の貯蔵量と消費量の推移や、新しいメンバーの把握、遠征隊の選別や派遣先の選択などほとんどの進行をトオルがまかなう。
会議も終わり、トオルは飼っているペットの食事やりに出かけないといけない。
これは厄災以降毎日欠かさず行っているルーティンだ。
食事は一日一回と少なめだが、クランの残り物を分けてもらい持ち出すので、やはり最低限の気は使わないとメンバーや幹部から不平不満が出ると困る。
ペットを隔離している建物に入ると、階段をドンドン上がっていった。
最上階の閉鎖扉を暗証番号入力で開けて、その階のいくつかの部屋の鍵を開けていく。
部屋に入るとペットの糞の始末をし、水と食料を与えていく。
ニオイが酷いモノは水シャワーで軽く洗ってやる。
ペット部屋は4つあり、そのすべてを清掃配食し、しばし愛でていると、だいたい自由時間の半分が無くなる。
それでもトオルが世話をしないと、このペット達は死んでしまうだろう。
中学校に戻る前にウエストコートの状況を視察する事も日課に入っている。
ウエストはイースト程の堅固な集団は出来ていないが、小規模のクランやパーティーがいくつも乱立している。
その為に、食糧の奪い合いをはじめ、各種の犯罪が横行していないか調査をしている。
ウエストが荒れて、自分たちのイーストコートに流れ込んで来る事は避けたいものだ。
これはトオルだけでは無く、クランの幹部が日常的に行っているものであるが、トオルの思惑はクランの幹部とは大幅に違いがある。
利用できる人間の物色を兼ねている。
それと危険人物の把握も大事な調査の内容である。
トオルの一日はある意味充実している。
しかし、それもこれも自分だけの為に出来る事を、思慮深く考えているだけだ。
中学に戻り、業務をこなし、外も暗くなってきたくらいで配給の食事の時間である。
元々食べ物にこだわりが無いので、有る物を出されただけでも十分満足はしている。
食事も終わり、校内の見回りをするついでにブラブラと徘徊していると、戸弩力ファミリーの男が一人でムスッとした顔で歩いて来る。
「どうされたのですか?配給の時間だと思いますが?」
「あっトオルさん・・・」
「ちょっと部屋で嫌な事があったもんで・・・」
「何か揉め事ですか?」
「いえ、リーダーが連れてきた天使だのなんだのって女がちょっと気に食わなくて」
「ちょっと詳しくお話を聞かせてくれませんか?」
「私なら何かしらの手助けや助言が出来ると思いますから」
トオルは加奈子に敵意を持つこの男をまずは仲間に引き入れようと考えた。
「それでは、私の部屋に行きましょうか?人に聞かれるのも嫌でしょうからね」
トオルの思惑など知らない男はノコノコと後を付いて行った。




