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厄災の始まりは 神戸 から  作者: Ryu-zu
第四章 東灘区 六甲アイランド 天使と悪魔
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天使の苦悩

 「おはよーございます」


雅史は教室に入ると、元気に朝の挨拶を全員に向かって言った。

だが、この教室の人々の関心は、フィルと子オオカミに集中している。


   「あ、赤い犬~?」

「おはようございますー 犬じゃなくて狼ですよー」

   「キャ~可愛い~」


 「今日は、朝の会議が終わってからレベルアップを目指しますー」

 「よろしいですか~」


   「キャ~キャ~」


誰も聞いてない・・・


「まぁしばらくしたら皆さん飽きも出てくるだろうし、会議に行きますか」


赤い子はすぐに人の輪の中に溶け込んでいったが、オレンジの子は麗菜のそばを離れない。


「紗衣さん徳さん、フィルは連れて行くので子供達をお願いしますね」

加奈子と雅史は紗衣と徳太郎に後を託して七和田達の待つ会議室に出かけた。



会議室に入ると、皆がフィルの大きさと威風に驚き慄いた。


「大丈夫ですよ。私の眷属になっていますので」

 『そんなもん、犬畜生がいつ人間に牙剥くかわからんやろー』


大切な眷属(なかま)を犬畜生呼ばわりされた事に加奈子は憤る。


「狼ですし、この子は人の言葉も操るし、何よりあなたよりも知能は高いですよー」

 『ふ、ふざけんな!こんな魔獣と比べんな!』

「あらあら、フィルはどう思いますか?」


フィルは加奈子の意図を察している。

その男の顔をしばし見つめた後、鼻で笑い顔をそむけた。

その態度に男はますます顔を真っ赤にする。


 「いい加減辞めときなさい」

 「彼女の眷属だと言うなら問題は無いでしょう」

トオルが一言いうとその男は黙って顔を背けた。

横でフィルがヒヒヒと笑う。




朝の会議で、昨日見つけた青いコンビニにまだ物資が残っている事を報告する。


そして、眷属契約の発生条件も併せて報告しておく。

眷属を増やす事は戦力増強になるが、食糧事情も絡んでくるので慎重に行使しないといけない。

狼なら自分で餌を取れるんだが。



一通り話も終わり、雑談に入った時、加奈子はトオルに話しかける


「トオルちゃん、食糧めぐってクラン同士で争ったりする要素ってあるのかな?」

 「今のところはお互いに干渉しないようにしてますが、いつまで続くか」

「やっぱり備蓄が無くなるくらいからが危ないね」

 「そうなる前に、自衛できる態勢とか作っておかないと」

「自給自足は考えてないの?」

 「農業に精通した人がこんな都会島には居ないってのが大きいかな」

「やってればスキルが発動する人も出て来るんじゃないのかなー」

 「あぁスキルか・・・ ちょっとまた考えてみるよ」

 (チッ!めんどくせー事ぬかすなよ、この(あま)は・・・)


それからいくつかの懸念事項をトオルとクランの幹部達と軽く話した後、コンビニへの収穫部隊を結成しているのを横目で見ながら雅史と一緒に教室に戻る。






朝の配給が丁度来たところで、赤い子オオカミも解放されフィルの元に駆けよってくる。

オレンジの子は徳太郎と麗菜と明日桜と3人で遊んでいる。


明日桜(あすか)ちゃん、まだレベル付ける事に関心は無いままかな?」

加奈子が問いかける。


明日桜は笑いながら必要ないと答える。

 「うちなぁ要らん子やしなー」


「何があったのかな?良かったら聞かせてくれない?」

加奈子が少し踏み入って問題を解決しようとしてみた。


 「色々や~」

明日桜は満面の笑みでそう答えた。

しかし加奈子には泣いてるように見えてしまった。


 (ん~ ちゃんと向き合いたいけど、一時断念・・・)



オレンジの子はまだ朝飯を食べてなかったので何か食べさせようと思ったが、オオカミ族の子供は基本は新鮮なお肉しか食べないようで、加奈子が持ってきた物に食指は動かないようだ。

だが赤い子は人間の食べ物に興味津々でにおいを嗅いだり口に入れたりしている。


明日桜は元々朝食を食べる習慣が無い様で、配給のリンゴジュースを飲み干すと机の上に座り、両手をついて足をブラブラさせながらオレンジの子オオカミを見つめていた。


「明日桜ちゃん、暇ならお散歩行こうか?」

「この子がまだ朝ご飯食べてないから、ブラブラと」

 「うんうん、行きたい行きたい」


(フィルー、この子の朝食を物色しに行くけど、どうする?)

 (我もお供致す。この子らにもソロソロ戦闘を教えたいとも思っておるし)


(・・・ねえ?フィルのその武家言葉のような日本語ってどこで覚えたの?)

 (わからぬ。わからぬが、この言葉が自然に出て来るので致し方ない)

 (主様(ぬしさま)はこの言葉が気に入らぬか?)

(そんなことは無いよー)

(ただ、この子達が会話できるようになったらどんな風に喋るんだろうって思ったの)

 (二人共、言語理解は覚えておるようだから問題は無かろう)



どうせ出かけるならそのまま新しい人たちのレベル付けもしてしまおうと加奈子は思った。


「紗衣さん、彩花さん、麗菜さ~ん、着いてきてもらえますかー?」

  「いよいよ修行の始まりですか?」

雲国彩花がウキウキした顔で楽しそうな顔で近寄って来る。

「そうですね、出来ればお昼までに職業選択までいきたいですね」

彩花はワクワクしている。


  「ほ、本当に若返れるのでしょうか?」

雲国紗衣がドキドキした顔で期待に満ちた目で訴えて来る。

「えぇ間違いなく彩花さんくらいの若さには戻れます」

紗衣はニヤニヤしている。


  「あの青い頭のゴブリンくらいは倒せるようになりますか?」

麗菜がギラギラした顔で戦闘意欲むき出しの顔で聞いて来る。

「碧髪のゴブリンは特別な存在だから無理かもしれませんが・・・」


麗菜は少しがっかりしたような顔をしたが、すぐにまた意欲満々の顔で訊ねて来る。


  「加奈子さんならあいつは倒せますか?」

「今のところ、2戦2引き分けです・・・」

  「えっ?」

「1度目は私は死にかけました」

  「ええっ?」

「頭部を半分潰されて立ち上がる力も入らずに・・・」

  「「「えぇぇぇぇぇ?」」」

「起死回生の1発が入らなかったら本当に殺されてました」

「あいつを倒すまで、あの時の後悔や絶望感や屈辱は絶対に忘れません!」


 「僕もあいつに殺されかけたのを加奈子さんに生き返らせてもらったんです」

 「あの屈辱を払拭するには、あいつを倒せるくらいの力を身に付けないと」

雅史もあっさりとキャリヤに殺されかけた事を忘れるはずもない。


  「深い因縁があるのですね」

感慨深げに麗菜が両腕を組み、うんうんと(こうべ)を垂れる。

自分もその因縁の輪に入っている事に気づいているのだろうか。





出かける前に徳太郎と雅史を呼んで今日の段取りを打ち合わせる。

戸弩力ファミリーのほぼ全員をレベル付きにする事。


1人だけ不貞腐れたおじさん以外は今日中に最低職業選択まで進める事。

レベル持ちの人はレベルやスキルの底上げを出来る所までやる事。


今後、何があっても自分たちの身を守れる力と仲間を守れる力を身に付ける事。

それが戸弩力ファミリーの目標であり使命だと思って欲しい。

みんなに聞こえるように徳太郎と雅史に伝えた。


「それでは皆さん、またお昼に会いましょう」

「ぜ~~~~~~たいに死なないように! いいですね?」



  「加奈子さーん、赤ちゃんはそっちに行っちゃうの?」

緑と言う小学生の少女が寂しそうに加奈子に訴える。

「うん、じゃ~緑ちゃんはこちらに来ますか?」

  「うんうん、赤ちゃんと一緒がいいー」

「雅史さん、いいかしら?」

 「はい、加奈子さんとなら安全でしょうし」

  「おやっ?戸弩力さんの方は危険なんですかな?」

数人の男女が笑いながらだが雅史を責める言葉をぶつけて来る。




加奈子は自分の考えで皆を巻き込むことが本当に正しいのかまだ結論を出せずにいる。

戸弩力ファミリーは余命の限られた人がほとんどなので、死に行くよりも生き行く方が良かろう、と思うのは自分勝手な思い込みでは無いだろうかと考えている。

でも本人たちの生きたいと言う言葉は加奈子の考えを後押ししてくれているのも事実だ。


治癒魔法を使った事で皆に感謝されて調子に乗ってしまっているんじゃないだろうか?

種族こそ天使になったが、本当に自分の考えが人を救う事になるのだろうか?

自分はそこまで聖人君子でも無ければ自己犠牲を厭わない訳でも無い。

ましてや英雄願望がある訳でも無い。

文句を言われれば腹も立つし、敵意を向けられるとその相手を敵視するし、それほど心の器も小さいのに何を勘違いして救いの神みたいな事をしようとしているのだろうか・・・

あの中年の男にも言われたけど、何様のつもりでこんな考えをしているんだろう・・・


 ((あるじ)よ、思考が駄々洩れであるぞ)


フィルからの念話でハッと気づいたが時すでに遅しで、徳太郎にも雅史にも思い悩んでいたことがばれてしまった。


 (師匠、自分はすでに死に体(しにたい)だったのを救って頂いた)

 (それは紛れも無い事実であって、天使の救いの手そのものだと思っている)

 (師匠がどんな思いで自分を救ってくれたのかはわからないが、救われた事実が変わる事は無いぞ)


  (加奈子さん、僕ももう死ぬのを待つだけの大怪我を負わされたのに、今こうしてここで生きているのは紛れも無く加奈子さんの想いとその治癒魔法のおかげです)

  (もっと自分の考えに誇りを持って下さい!自分は死ぬまで着いて行きます)


 (そうじゃよ。儂もなにがあっても師匠に尽いて行くと決めとるからの)

 (例え結果が間違いだったと言う事になったとしても、儂は師匠を責める事は無い)

(な、なんかそう言って貰えると・・・ ウッ)


  「加奈子さん?どうしたの?」

念話で会話をしていたのに、急に涙ぐんでしまうから周りが驚くのは当たり前だ。


「大丈夫よ。ちょっと目にゴミが入ったみたい」


そんな言い訳が今時通じる訳も無いだろうが、何かあったのだろうと皆が察してそれ以上は誰も突っ込まない。


ただ、念話中の表情の変化を見ていた明日桜と緑だけは、何も聞かず悲しげな顔でそっと加奈子の服の袖を掴む。


その二人の行動が(いと)おしすぎて、思わず加奈子は二人を抱きしめてしまった。

そして気づいた。

ここに居る人達は、健康な人達よりも他人の心の痛みに敏感なんだと言う事を。

そして人の心情を読み取る力が強い事を。


「ごめんね、もう大丈夫だよ」



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