脱出準備とレベリング
冷蔵庫でも経験値を得られる事がわかったので6階に向かう。
同じように玄関の鍵が開いてる部屋を探す。
そして廊下の1か所にまとめてから一気に投げ入れる。
7階に移動したときに美咲がポツリと呟く。
「ここ、あのジジババの家だよ」
7階の一室を指さして言う。
「お父さんに無理やり買わせた家だから、取り返したいってずっと思ってた」
「まぁもう住人はこの世に居ないんだから取り返したみたいなもんじゃない?」
「・・・・・」
「鍵は閉まってるから、もしも中の家具とか捨てたいなら、どっか空いてる部屋からベランダの仕切り板を壊して行こうか?」
「祖父母のご遺体探ればカギは持ってると思うけど?」
「もうここには住めないから、いいわ」
7階8階9階と同じことを繰り返す。
その間、美咲はまた陰気くさい顔をしていたが、レベルが上がったお知らせで少し顔を上げだした。
自分の顔を両手で パンッ と叩き一言呟いた。
「ごめんね」
健斗は無言で美咲の頭を優しく撫でた。
上階になるほど落とした冷蔵庫はバウンドして巻き込み炸裂でゴブリンの数を減らす。
下を見ればもう20台ほどの冷蔵庫が無造作に転がっている。
「もうワンフロアーやったら終わろうか?」
「10階でキリいいしー」
10階は空いてる家が2件しかなかったが、ベランダに出て仕切り板を壊して隣の家に侵入する事にした。
下の階でもそれをやれば良かったんだろうが、ちょっと罪悪感を覚えていた。
どのみち他人の家に不法侵入するのだから同じ事だと思うけど、と言われたからだが。
RPGゲームみたいに他人の家に勝手に入り、タンスとか無断で開けて小さなコインをパクるよりはましだろう。
いや、冷蔵庫持ち出す方が質が悪いか。
ベランダから隣の家に侵入してると、まだ非難も被害も無い家族が数組いた。
外から聞こえる悲鳴に恐怖し、ドアを開けて様子を見ることも出来なかったらしい。
このマンション全体でまだまだ結構な数の潜伏者は居るんだろうと思う。
「もう普通のフニャヘラ美咲ちゃんに戻ったな」
「なんやその変な称号は?」
住人たちに今の現状を二人で詳しく説明するが、すんなりと理解してくれる人は居ない。
信じないならもうそれ以上は言い様が無いよ?
好きにしてくれ。
廊下に5台の冷蔵庫を集めて順に投げ落とす。
3台目を投げる時、手前側は冷蔵庫が瓦礫の山になっていたので
「奥に投げるから力一杯目一杯ねー」
「りょ~かい」
「んじゃ~いくよー いっせ~ので、せ」
手を放すタイミングが合わず冷蔵庫と一緒に美咲が飛ばされてしまった。
「ヒェェェェェー」
「バッ、美咲~」
慌ててアルミの柵の上に乗り一番上の手すりを美咲の方に蹴り、落ちていく美咲へとダイブする。
すぐに捕まえられたが、これからどうする?
一緒に落ちていく冷蔵庫に飛び乗って、跳躍でどこかの階に飛び込もう。
だが同じ速度で落ちていく冷蔵庫に飛び移れない。
美咲は何も言わずにしがみつくだけだった。
「何があっても最後まで目だけは開けとけ」
「ギリギリの刹那、目を瞑ってる奴に奇跡は起きない」
「最後まで、助かる気持ちは捨てんなよ」
ヒューーー
そう言いながら、フッと1つのスキルが明確に且つ鮮明に頭の中に浮かぶ。
「風纏!」
大声で唱えると、健斗の身体に薄い水色の風がまとわりつく。
そして抱いてる美咲も巻き込んでふわりとその場で浮き、ゆっくりと落ちていく。
「おぉぉぉぉぉー」
「すんげぇ~健ちゃん!」
「惚れた?」
「うんうん、惚れなおした♪」
さりげない、ふざけた言葉だが、妙に心がくすぐったい。
それより、スキルのおかげで助かったーっと胸を撫で下ろす。
ドンガラガッシャンシャン
冷蔵庫は下に届き、大きな音をあげて跳ね回る。
またゴブリン達を蹂躙していく。
あそこに落ちていたらどうなっていただろう?
身体が強化された今なら着地は出来るかもしれないが、その後すぐにゴブリンに襲われたら一溜りも無かっただろう。
(ヒュン)
「あれっ?」
「どした?」
「ステータスオープン」
「えっ?」
「あははははははははは」
美咲が壊れた?
「風纏!!!」
美咲の身体に薄黄緑色の風がまとわりつく。
「えぇぇぇぇぇぇ? なんで?」
「ふふふ パクったった」
美咲が健斗の風纏の中に包まれて落ちていくうちに、スキルとして風纏を覚えたようだ。
行動発生系らしい覚え方だ。
空を飛ぶ奴に捕まってたら、飛行スキルも覚えるんだろうか。
「ど、どろぼー」
「ふふふ、取ったもん勝ちや」
「ちょっと色がちゃうんやなー」
「みさきいろー」
満面の笑みで嬉しそうにしている美咲が健斗の身体から離れていき浮いている。
天空から落ちてくるシータのように仰向けになり手足を広げる。
「ヒャッハー!」
「パリピかよっ」
シータではなかった。
なんとなくだが、このまとわりつく風をコントロール出来そうな気がした。
目を瞑り少し精神統一して下方に風が吹くイメージをすると、身体が上に浮き上がる。
「ヒャッホー」
まだ拙いが上下左右前後に斜めに自由自在に移動できる素晴らしい空中移動系のスキルだった。
「なんや、なんやー」
美咲が下で叫んでる。
空中から飛び込みをするように下に向かって行く。
美咲に追いつくと抱きかかえ、5階の廊下にゆっくりと降りる。
「これは練習しないとなー」
「どうやんの?」
「そりゃー教えられんな」
「ケチかっ」
5階の廊下で美咲が顔を真っ赤にしながら一生懸命 風纏のコントロールを修行中である。
自分がやった事を教えたが、こればっかりは感覚の問題なので練習するしかない。
もうお昼もとっくに回っているので健斗はそばで座って菓子パンをむさぼる。
乾いた口の中にミネラルウォーターを流し込む。
「おーい、ほどほどにして飯くえやー」
「もうちょっと、なんとなくわかりかけてきた」
真面目なのか負けん気が強いのかわからんが、まぁ諦めの早い奴よりは好感が持てる。
「おっ? ほ~れ~」
どうやら身に着けたようだ。
嬉しそうにずっと飛び回る美咲に向かって
「飯食ってからまたやれよ」
「美咲も十分中2だよ(笑)」
呼び捨てにしてしまったが、美咲は特に気にした様子もない。
まぁさっきも叫んだ時に呼び捨てだったから2回目だし。
「あ~腹減ったーめっし食わせ~」
ラップのようなリズムで語りかけてくる美咲にビニールに入った菓子パンを渡す。
クロワッサンの間に生クリームと特性カスタードクリームが入った絶品だ。
神戸はとにかくパンが美味しい。
二人とも腹も膨れて【風纏】の練習に励む。
下を見たら、あれだけ居たゴブリンがもう100体も居ないくらいだった。
これなら軽くいけそうかな?
そう思案してると隣に美咲が来た。
「これくらいやったら軽くいけそうやなー」
「ははは、今思ってた」
「真似すんなやぁ」
「おまえじゃー」
脳天チョップをしようとしたが、軽くかわされた。
「取り合えず、せっかく踊り場にバリケード作ったんやから利用しよか。」
移動は風纏で浮きながら滑るように行く。
二人でやるとなかなかシュールだ。
タンスの後ろの一人しか通れない隙間から、囮役の健斗が出ていく。
美咲はその出口で待ち構える。
バリケードの前の踊り場に立つと健斗は刀を抜き、声をあげながら振り回す。
何体かのゴブリンがこっちに気づき襲い掛かってくる。
手前の何体かを倒しておこうと剣を横薙ぎにはらう。
思ったほど突っ込んでこなかったため、空振りだ。
(ヒュン)
「ん?」
ゴブリンは倒れてないしレベルアップじゃないな?
急いで戻って、迫りくるゴブリンは美咲に任せる。
「ステータスオープン」
「おぉ。」
風魔法に【風刃】が追加されてる。
目を瞑り風刃の詳細を心で感じる。
なんとなくだが理解できた。
美咲はコソコソ1体づつ入ってくるゴブリンをサクサクと倒しては死体を踊り場の外に投げ捨てる。
7~8体のゴブリンを倒した美咲と入れ替わり、また囮として出ていく。
美咲は俺の顔をジッと見つめる。
「なんかあった?」
「新しいスキル覚えた」
「あ~~ずるっ」
「人のスキルパクったくせによく言うわ」
「え~やん、オソロやしー」
そんな会話を経て踊り場の前面に立つ。
大声をあげゴブリンの注意を惹く。
刃を横に向け覚えたてのスキルを唱える
「風刃!」
刃に薄水色の風がまとう。
「破っ!!!」
そのまま横薙ぎに剣を振るうと剣の形のまま風の刃が飛んでいく。
正面に居た5~6体のゴブリンを斬り倒し、そのままの勢いで冷蔵庫の山も切り崩しながら吹き飛ばす。
「すんげぇ威力」
その音を聞きつけて別のゴブリン達も集まってくる。
階下まで降りていき
「風刃!」
「風刃!!」
「風刃!!!」
「ふ~う~じ~ん!!!」
廊下の奥まで切り裂く。
立ってるだけを切り裂く。
嫌だーと言っても切り裂く。
何が何でも切り裂く切り裂く。
四方八方見える範囲のゴブリンを掃討してしまった。
フラフラと廊下を歩いていると後ろから激しい痛みが襲う。
振り返ると美咲が俺の背中を蹴り上げていた。
「ずっこいずっこいずっこいわー」
「うちの経験値かえせ~」
「さっき一人で倒してたやん」
「ちょっとだけやん、こんなに一杯倒しやがってー」
「まだ向こう側とかエレベーターホールにも居ると思うよ」
「行って来るー」
腕をブンブン振り回し前傾姿勢で風に乗りながら美咲が行く。
「サイコパスな戦闘狂めっ!」
「ついてこ~いポチ!」
「誰が犬やねん!」
危なっかしいので自分も風に乗り後ろからついていく
廊下を曲がったところで数体のゴブリンがこちらに向かってくる。
風纏を解放し、自分の足で床を蹴る。
「風舞!」
薄い緑色の風に包まれる。 初めて見た。
「風纏!!」
薄黄緑色の風が薄緑色の風とマーブル模様を織りなす。
とても華麗で目が釘付けになる。
ジャキンッ
爪が飛び出る
ザクッ
低空飛行でゴブリンの腹を切り裂き、左手1本で倒立回転しながら横のゴブリンの頭部に蹴りを入れる。
倒立バージョンの扇風脚だ。
2回転3回転
ゴギッゴギュボギッ
気持ちの悪い音がしてそのゴブリン達の首が有り得ない方向に曲がる。
(あんな蹴りを平気で俺にぶつけてくる美咲がちょっと怖い)
スクッと立ち上がると目の前のゴブリンの顔面をメイデンクローで殴る。
爪が突き刺さり瞬時に命を奪い取る。
爪を引き抜き右腕を後ろに引き、隣のゴブリンに左足で上段へハイキック。
そいつの首が折れ曲がりそのままアルミ柵の外へと飛んでいく。
電光石火とはこんな状態を言うんだろうな。
ほんと、美咲は凄い。
怒らせないようにしよう。
勢いづいた美咲は、バウンドしてここまで転がってきてる冷蔵庫の上に乗り、向こう側のゴブリンに空中を滑空しながら向かっていく。
身体に纏わっている風のドレスがとても綺麗だ。
美咲はもう大丈夫だろう。
エレベーターホールの方に進むとやはり数体のゴブリンと複数の人間の遺体が転がっていた。
こちらに向かってくる奴らを剣で切り散らし、美咲の真似をして顔面に蹴りを入れようとしたが、脚がそこまで上がらなかった。
(はずかしー)
美咲に見られてなかったから良かったが。
今晩から寝る前に柔軟体操をやろうと心に決めた。それまでハイキックは封印だ。
空ぶった拍子に、ゴブリンの持つ小刀に軽く右足を斬られたが、大した傷ではなかった。
でも油断しすぎてた。 反省。
奥に固まっていたゴブリンに風刃をぶつける。サクサクと切り刻んで殲滅終了。
美咲のように派手な攻撃は出来ないが、この剣と風刃のおかげで戦闘は楽である。
「おわった~?」
美咲がヒョコっと顔を出し首を傾けて問いかけてくる。
「今終わったとこ」
「全滅かな?」
「多分もうこの階にはおらんと思う」
「あっちはレベル4とか3とかが固まってたよ」
「強かった?」
「いんやー、レベル見たときはちょっとビビったけど、戦ったら大した事なかった」
「あんだけおったのに、うちらすんごいなぁ」
「レベルも10以上になったみたいやし、もうこのマンションともおさらばかな」
「ステータスオープン」
庄内 健斗 (31)
Lv 14
種族 【新人類】選択
職業 【魔剣士】選択
称号 【風切の刃】
基本能力一覧
GMR/PRE
HP 1679/1682
MP 920/920
STR 345
DEF 309
AGI 209(+27)
DEX 177
INT 248(+43)
SP/329
基本技能一覧
魔風剣 超跳躍
風魔法-[風纏]-[風刃]
2421/1901
「うちも同じくらいは上がっとう」
二ツ石 美咲(19)
Lv 14
種族 【新人類】 選択
職業 【舞闘師】 選択
称号 【荒舞台の舞姫】
基本能力一覧
GMR/SPE
HP 1725/1725
MP 176/176
STR 381
DEF 427
AGI 537(+81)
DEX 256
INT 92
SP/410
基本技能一覧
風舞 風纏 舞扇
扇風脚 超跳躍 覗き見 爪操術
2373/1956
「HPが伸びとんね~」
「な~んか、レベルは同じやのに、ステに差があるな~」
「最後の+や-がなくなったねー」
「取得経験値も美咲のが多いって、どうゆうこっちゃ」
「膝まづけ!我が僕よ!」
「INT100も無いアホの子が何ゆ~とんや」
「アホゆ~な!」
「あれ?美咲に称号ついとんな」
「おほほほほほ。舞姫だよ~」
「壊れた冷蔵庫の残骸の上で踊るアホ姫ね」
「チェ~スト~」
爪が出てないメイデンクローで首を突く。
「無茶すんなー アホ姫~ 死んだか思たわ」
ドタバタと二人っきりで暴れ楽しむ。精神年齢が同じくらいなんだろう。
「ちょっと休憩な~」
「ハァハァ」
「舞扇ってどんなスキル?」
「ん~ 大きい扇子みたいな感じのやけど、メイちゃんしてたら使いにくい」
「もったいないなー」
「まぁメイちゃんが壊れたら使うよ」
「日暮れが近いけど、寝るところどうしよっかー。」
「とりま、ここからは出よう」
「だね」
エレベーターホールの奥の防火扉を開け、階段を下に降りていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。