天使軍 明日桜の心情
「うちな・・・ ホンマに要らん子やってん・・・」
加奈子は敢えてその言葉に突っ込みは入れなかった。
そして優しく抱擁しながら、明日桜の話を黙って聞き入れている。
その横では黙って下を向き、明日桜の言葉に耳を傾ける雅史が佇んでいる。
「でも、戸弩力先生はこんなうちでも気に掛けてくれてたんよ・・・」
「明日桜ちゃん、本当にごめんよ・・・」
「!」
「・・・」
「・・・」
「只の患者と先生やったんやろうけども、聞いてくれると嬉しい・・・」
「そ、そんな事は・・・」
加奈子が戸弩力の口を押え、今は喋らない様に留めた。
「うちね、中一の時にはもう膠原病に掛かっててん。
最初行った病院は「ただの風邪や」って言われて、薬だけ貰ってんけど、いつまでも熱が下がらんし、筋肉痛も治らんし、倦怠感が凄いからお母さんに何かおかしいって言ってたんやけど・・・
そのうち蕁麻疹も出て来て、また病院行ったら「麻疹やなっ」って・・・
また違う薬を貰って、それを飲んでても治らんかってん。
蕁麻疹も痒くなかったから辛さは無かったんやけど、関節痛と全身に赤い湿疹がいつまでも消えんから何回もお母さんにおかしいと思うって言ったんやけどな。
お母さんも働いてたし、忙しくて「薬飲んで寝とったら治るわ」って言われてて、んでも1週間も2週間も治らんから流石にお父さんがおかしいって、大きな病院で診てもらう事を考えてくれてん。
んで、ポーアイの市民病院で診てもらったら、小児スティルやって診断されてん」
加奈子は聞いたことの無い病状に、怪訝な顔をして戸弩力の方を見た。
「スティル病と言って、成人スティルと小児スティルとに区別されてます。
症状は今言った様な、発熱、発疹、関節痛を繰り返して、そのうち肝障害や咽頭炎を起こしたり、麻疹や蕁麻疹に良く似た皮膚疾患を起こします」
「・・・
最初はステロイド治療ですぐに良くなるよって言われたんやけど、本検査ですぐに膠原病を併発してるって宣告されてん。
そこの先生曰く、もうちょっと早けりゃ本当にステロイド系の薬だけで完治出来たのにって言われたの。
一旦は病状も良くなって退院して普通に学校にも行けてたんやけど、中2の秋頃にまた熱で寝込んで、そこから何度も何度も再発して入院と退院を繰り返してるうちに、今度は全身性エリテマトーデスって病気になっちゃってん」
「全身性エリテマトーデス(SLE)って病気は、免疫が自分の体細胞を攻撃するように狂ってしまう自己免疫疾患の病気なんです」
「・・・
中1の頃はお姉ちゃんもお兄ちゃんもお母さんも良くお見舞いにきてくれたんやけど、だんだんとくる回数が減って来て、もう中3の頃にはお父さん以外はボチボチとしか来なくなってん。
高校に入ってからも、何回か再発してまた病院に戻って来てるうちに、今度は遅効性骨髄性白血病を患っているって言われたん・・・
その病気に権威を持ってる先生が戸弩力先生やったから、こっちの病院に転院してきたんよ。
お父さんも病院の真裏が職場やから、こっちの方が良かったって言ってくれた・・・
仕事終わりに、毎日、面会時間一杯まで来てくれてたんやけど・・・
去年の秋に、お父さんが転勤になっちゃって・・・
うちが入退院繰り返してるから出張は行けないって拒絶してたんやけど、企業戦士のお父さんに今度は拒否権は発動されへんかってん。
んで、お母さんらがうちの面倒見ないとあかんねんけど、それがめんどいし、しんどかったみたい。
1日外泊を許されたから、お父さんが休みの前の日に迎えに来てくれて家に帰ったんやけど・・・
家に着いたら、お母さんらが言い合いしてるんが聞こえて来てん・・・
うちさえおらなんだらもっと自由に生きれるのにってお姉ちゃんが言うの…
お母さんは、仕事しながら病院に行くのがどれだけ苦痛かって言ってた…
お兄ちゃんが、あんな奴産まれてこなけりゃよかったんやって言いはったら、お母さんとお姉ちゃんが「ゆうたら可愛そうやけどそうゆうこっちゃ」「それなっ」って賛同する言葉を言ってたの…
お父さんがうちの肩を抱いて「明日桜、ちょっとお腹空いたからご飯を食べに行こう」って・・・
家に入りたくなかったから、素直にその言葉を聞いてまたお父さんの車に戻って・・・
泣いたの・・・」
「頑張ったんだね、明日桜ちゃんは強い子だよ」
「・・・
んでね、先生も知ってると思うけど、去年のクリスマスにお父さんが事故に巻き込まれて・・・」
『亡くなったの?』
「うん・・・
阪高 でね大きいトラックの運転手さんが、走ってる最中に頭の血管が切れて倒れて、他の車を巻き込んで大事故を起こしたん、その被害車両の中にお父さんの車も含まれてて・・・」
『・・・』
「お通夜とお葬式に出る為に、介助士さんと先生に付き添って貰って家に帰ったんやけど、もう全然相手にもしてくれへんくて」
「あぁ何となく覚えてるけど、誰も明日桜ちゃんに寄ってこなかったよね…」
「・・・
お葬式も終わってまた病院に帰ってきた2日後かな?
お兄ちゃんが本当に久々に来て、開口一番「遺産相続を拒否してくれ」って・・・
お父さんの物は何一つ貰う事が出来なくなるって言うから「嫌だっ」って言ったん。
一旦部屋から出て行ったお兄ちゃんとお母さんがまた戻って来て「お母さん、来てたんやね」って言っても返事もしてくれなくて、もう一回相続を辞退して欲しいって言われたの。
「もう何年も父親の金を喰いまくって、これからも金が掛かるのに、それでも尚みんなと同じ遺産分け出来ると思うか?」ってゆうから、それは病気だから仕方が無いやんって言っても納得してくれへんかってん。
何かお父さんの形見が欲しいって言ったんやけど「何もお前にやる物は無いっ!」
って、まったく相手にしてくれへんかったんよ・・・ 」
「それは・・・ なんか初めて知ったけど、つらかったね・・・」
「・・・
1週間くらいしたら、司法書士だって人とお兄ちゃんが一緒に部屋に来て、遺産相続放棄の書類を何枚も持って来てサインをしなさいって強制的に言われたん」
『サインはしたの?』
「うん、もうどうでも良いって思ってサインしちゃったの・・・」
『まぁこんな世界になったから遺産は使い道も無かっただろうけど、でも形見の品は何か欲しかったね』
「・・・
でも、な~んか、加奈子さんに全部吐き出したらスッキリしちゃったw」
『・・・』
「・・・」
加奈子はまた、明日桜を抱きしめる腕に力を入れた。
--ちょっと前--
「おっ?小さな魔獣を抱いた奴が飛んでるぞ?」
「あいつらの仲間かな?」
2人は夜空を見上げて、空を飛ぶ人間を見ていた。
見た事も無い、突然現れた奇妙な森の大きな木の上で。
「おっ?今朝見た、羽のある人間も飛んで行ったぞ?」
「ハーピーかなぁ?人間が羽を持つって見た事も聞いた事も無いけどな」
「でも気配は人間のそれですけどね」
索敵要員で供をしているイタチ族の男が進言する。
7.8.9番街と10番街の間に、突如現れた深い森。
その森を簡易的に調査に来てみたが、夜闇に塗れて全容が掴めない為、翌朝大勢で調査に来ることにしていた。
「おっ?また1人飛んで行ったぞw」
「競争でもしとんかな?w」
「まぁ取り敢えず一回戻ろうか」
森から出た一行は、7番街へと歩いて行った。
(注1 阪高:阪神高速道路の略




